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伊勢物語 第12章(第69段〜第75段)

狩の使

狩の使として伊勢に下った男は、斎宮の親の言いつけで手厚くもてなされ、ある夜、斎宮みずから男の寝所を訪れる。夢かうつつかと問う歌、盃に書かれた上の句と松明の炭で書き継いだ下の句を残して、男は尾張へ旅立つ。続いて、大淀の渡し、神の斎垣、月の桂、海松布をめぐる伊勢の恋の歌の段を読む。

  1. 1昔むかし昔むかしむかし、、、男をとこ男をとこおとこありありありけりけりけり。。。そのそのその男をとこ男をとこおとこ、、、伊い伊いい勢せ勢せせののの國くに國くにくにににに狩かり狩かりかりのののにににいきいきいきけるけるけるににに、、、かのかのかのいせいせいせののの齋さい齋さいさいなりなりなりけるけるける人ひと人ひとひとのののおやおやおや「「「常つね常つねつねににに使つかひ使つかひつかいよりよりよりははは、、、このこのこの人ひと人ひとひとよくよくよくいたはれいたはれいたわれ」」」ととといひいひいいやれやれやれりりりけれけれければばば、、、おやおやおやのののいふいふいうことことことなりなりなりけれけれければばば、、、いといといとねんごろねんごろねんごろにににいたはりいたはりいたわりけりけりけり。。。旦あした旦あしたあしたにににははは狩かり狩かりかりににに出いだ出いだいだししし立た立たたてゝてゝててやりやりやり、、、夕ゆふ夕ゆふゆうさりさりさりはははかへりかへりかえりつゝつゝつつそこそこそこににに來こ來ここざりざりざりけりけりけり。。。かくかくかくてててねんごろねんごろねんごろにににいたはりいたはりいたわりけりけりけり。。。
  2. 2二ふつ二ふつふつ日か日かかととといふいふいう夜よ夜よよ、、、男をとこ男をとこおとこ「「「われわれわれてててあはあはあわむむん」」」ととといふいふいう。。。女をんな女をんなおんなもももはたはたはたあはあはあわじじじとととももも思おも思おもおもへへえらららずずず。。。されどされどされど人ひと人ひとひとめめめしげゝれしげゝれしげければばばえええあはあはあわずずず。。。つかひつかひつかいとととあるあるある人ひと人ひとひとなれなれなればばば遠とほ遠とほとおくくくもももやどさやどさやどさずずず。。。女をんな女をんなおんなのののねやねやねやももも近ちか近ちかちかくくくありありありけれけれければばば、、、女をんな女をんなおんな、、、人ひと人ひとひとをををしづめしづめしずめててて、、、ねねねばかりばかりばかりににに男をとこ男をとこおとこのののもともともとにににきたりきたりきたりけりけりけり。。。男をとこ男をとこおとこ、、、はたはたはた、、、ねねねられられられざりざりざりけれけれければばば、、、とととのののかたかたかたををを見み見みみ出いだ出いだいだしししててて臥ふ臥ふふせせせるるるににに、、、月つき月つきつきのののおぼろおぼろおぼろなるなるなるににに、、、人ひと人ひとひとのののかげかげかげするするするををを見み見みみれれればばば、、、ちひさきちひさきちいさきわらはわらはわらわををを先さき先さきさきににに立た立たたてゝてゝてて人ひと人ひとひとたてたてたてりりり。。。男をとこ男をとこおとこいといといと嬉うれ嬉うれうれしくしくしくててて、、、我わ我わわがががぬるぬるぬる所ところ所ところところにににゐゐいててて入い入いいりりりててて、、、ねねねひとつひとつひとつよりよりより丑うし丑うしうし三み三みみつつつまでまでまであるあるあるににに、、、まだまだまだ何なに何なになに事ごと事ごとごともももかたらはかたらはかたらわぬぬぬににに歸かへ歸かへかえりりりにににけりけりけり。。。男をとこ男をとこおとこ、、、いといといとかなしくかなしくかなしくてててねねねずずずなりなりなりにににけりけりけり。。。つとめてつとめてつとめていぶかしけれいぶかしけれいぶかしけれどどど、、、我わ我わわががが人ひと人ひとひとをををやるやるやるべきべきべきにににしもしもしもあらあらあらねねねばばば、、、いといといと心こころ心こころこころもともともとなくなくなくててて待ま待ままちちち居を居をおれれればばば、、、明あ明ああけけけ離はな離はなはなれれれてててしばししばししばしあるあるあるににに、、、女をんな女をんなおんなのののもともともとよりよりよりことばことばことばはははなくなくなくててて、、、
  3. 3「「「君きみ君きみきみやややこここしししわれわれわれやややゆきゆきゆきけむけむけんおもほえおもほえおもおえずずず夢ゆめ夢ゆめゆめかかかうつゝうつゝうつつかかかねねねてててかかかさめさめさめてててかかか」」」。。。
  4. 4男をとこ男をとこおとこ、、、いといといといたういたういとう泣な泣ななきききてててよめよめよめるるる、、、
  5. 5「「「かきかきかきくらすくらすくらす心こころ心こころこころのののやみやみやみにににまどひまどひまどいにににききき夢ゆめ夢ゆめゆめうつゝうつゝうつつとととはははこよひこよひこよいさだめよさだめよさだめよ」」」
  6. 6とととよみよみよみてててやりやりやりててて狩かり狩かりかりににに出い出いいでででぬぬぬ。。。野の野ののにににありありありけけけどどど心こころ心こころこころはははそらそらそらにににててて、、、こよひこよひこよいだにだにだに人ひと人ひとひとしづめしづめしずめててて、、、いといといととくとくとくあはあはあわむむんととと思おも思おもおもふふうににに、、、國くに國くにくにののの守かみ守かみかみ、、、いつきいつきいつきのののみやみやみやのののかみかみかみかけかけかけたるたるたる、、、狩かり狩かりかりののの使つかひ使つかひつかいありありありととと聞き聞きききききててて夜よ夜よよひとひとひと夜よ夜よよ酒さけ酒さけさけ飮の飮ののみみみしししけれけれければばば、、、もはらもはらもはらあひあひあいことことこともももえええせせせででで、、、明あ明ああけけけばばば尾を尾をお張はり張はりわりののの國くに國くにくにへへへたちたちたちなななむむんとととすれすれすればばば、、、男をとこ男をとこおとこももも女をんな女をんなおんなももも人ひと人ひとひとしれしれしれずずず血ち血ちちののの涙なみだ涙なみだなみだををを流なが流ながながせせせどどどえええあはあはあわずずず。。。夜よ夜よよやうやうやうやうようようあけあけあけなななむむんとととするするするほどほどほどににに、、、女をんな女をんなおんなのののかたかたかたよりよりよりいだすいだすいだす盃さかづき盃さかづきさかずきのののうらうらうらににに、、、歌うた歌うたうたををを書か書かかきききててて出いだ出いだいだしししたりたりたり。。。とりとりとりててて見み見みみれれればばば、、、
  7. 7「「「かちかちかち人びと人びとびとのののわたれわたれわたれどどどぬれぬれぬれぬぬぬえええにににしししあれあれあればばば」」」
  8. 8とととかきかきかきててて末すゑ末すゑすえはははなしなしなし。。。そのそのその盃さかづき盃さかづきさかずきのののうらうらうらににに、、、ついついついのののすみすみすみしししててて歌うた歌うたうたののの末すゑ末すゑすえをををかきかきかきつくつくつく。。。
  9. 9「「「またまたまたあふあふあうさかさかさかののの關せき關せきせきははは越こ越ここえええなななむむん」」」
  10. 10とてとてとて明あ明ああくれくれくればばば、、、尾を尾をお張はり張はりわりののの國くに國くにくにへへへ越こ越ここえええにににけりけりけり。。。齋さい齋さいさい宮ぐう宮ぐうぐうははは、、、水みづ水みづみず尾のを尾のをのおののの御おほん御おほんおおん時とき時ときとき、、、文もん文もんもん德とく德とくとく天てん天てんてん皇わう皇わうのうののの御おほん御おほんおおんむすめむすめむすめ、、、これたかこれたかこれたかのののみこみこみこのののいもうといもうといもうとなりなりなり。。。
  11. 11むかしむかしむかし、、、男をとこ男をとこおとこ、、、狩かり狩かりかりののの使つかひ使つかひつかいよりよりよりかへりかへりかえりきききけるけるけるににに、、、大おほ大おほおおのののわたりわたりわたりににに宿やど宿やどやどりりりててていつきいつきいつきのののみやみやみやのののわらはわらはわらわべべべにににいひいひいいかけゝるかけゝるかけける、、、
  12. 12「「「みるみるみるめめめかるかるかるかたかたかたやややいづこいづこいずこぞぞぞ棹さを棹さをさおさしさしさしててて我われ我われわれにににをしへをしへをしへよよよあまあまあまのののつりつりつりふねふねふね」」」。。。
  13. 13むかしむかしむかし、、、男をとこ男をとこおとこ、、、伊い伊いい勢せ勢せせののの齋さい齋さいさい宮ぐう宮ぐうぐうににに御おほん御おほんおおん使つかひ使つかひつかいにににててて參まゐ參まゐまいれれれりりりけれけれければばば、、、かのかのかの宮みや宮みやみやにににすきすきすきごとごとごといひいひいいけるけるける女をんな女をんなおんな、、、私わたくし私わたくしわたくし事ごと事ごとごとにににててて、、、「「「ちはやぶるちはやぶるちはやぶる神かみ神かみかみのののいいいもももこえこえこえぬぬぬべしべしべし大おほ大おほおおみやみやみや人びと人びとびとののの見み見みみまくまくまくほしほしほしさささににに」」」。。。
  14. 14男をとこ男をとこおとこ、、、
  15. 15「「「戀こひ戀こひこいしくしくしくばばばきききてててももも見み見みみよよよかしかしかしちはやぶるちはやぶるちはやぶる神かみ神かみかみのののいさむるいさむるいさむる道みち道みちみちならならならなくなくなくににに」」」。。。
  16. 16むかしむかしむかし、、、男をとこ男をとこおとこ、、、伊い伊いい勢せ勢せせののの國くに國くにくになりなりなりけるけるける女をんな女をんなおんなををを、、、またまたまたはははえええ逢あ逢ああははわででで隣となり隣となりとなりののの國くに國くにくにへへへいくいくいくとてとてとて、、、いみじういみじういみじゅううらみうらみうらみけれけれければばば、、、女をんな女をんなおんな、、、
  17. 17「「「大おほ大おほおお淀よど淀よどよどののの松まつ松まつまつはははつらくつらくつらくもももあらあらあらなくなくなくにににうらみうらみうらみてててのみのみのみもももかへるかへるかえる浪なみ浪なみなみかなかなかな」」」。。。
  18. 18むかしむかしむかし、、、そこそこそこにににはははありありありととと聞き聞ききけけけどどど、、、せうそこせうそこしょうそこをををだにだにだにいふいふいうべくべくべくもももあらあらあらぬぬぬ女をんな女をんなおんなのののあたりあたりあたりをををありきありきありきててて男をとこ男をとこおとこののの思おも思おもおもひひいけるけるける、、、
  19. 19「「「目め目めめにににははは見み見みみててて手て手ててにににはははとらとらとられれれぬぬぬ月つき月つきつきのののうちうちうちののののののごときごときごとき君きみ君きみきみにににぞぞぞありありありけるけるける」」」。。。
  20. 20むかしむかしむかし、、、男をとこ男をとこおとこ、、、女をんな女をんなおんなをををいたういたういとううらみうらみうらみててて、、、
  21. 21「「「岩いは岩いはいわ根ね根ねねふみふみふみかさなるかさなるかさなる山やま山やまやまはははへだてへだてへだてねねねどどどあはあはあわぬぬぬ日ひ日ひひおほくおほくおおくこひこひこいわたるわたるわたるかなかなかな」」」。。。
  22. 22むかしむかしむかし、、、男をとこ男をとこおとこ、、、伊い伊いい勢せ勢せせののの國くに國くにくににににゐゐいててていきいきいきてててあらあらあらむむんととといひいひいいけれけれければばば、、、女をんな女をんなおんな、、、
  23. 23「「「大おほ大おほおお淀よど淀よどよどののの濱はま濱はまはまににに生お生おおふふうてふてふちょうみるみるみるからからからにににこゝろこゝろこころはははなぎなぎなぎぬぬぬかたらはかたらはかたらわねねねどもどもども」」」
  24. 24ととといひいひいいててて、、、ましてましてましてつれなかりつれなかりつれなかりけれけれければばば、、、男をとこ男をとこおとこ、、、
  25. 25「「「袖そで袖そでそでぬれぬれぬれててて蜑あま蜑あまあまのののかりかりかりほすほすほすわたつわたつわたつうみうみうみのののみるみるみるをををあふあふあうにににてててやまやまやまむむんとととやややするするする」」」。。。女をんな女をんなおんな、、、
  26. 26「「「岩いは岩いはいわ間ま間ままよりよりより生お生おおふるふるうるみるみるみるめめめしししつれなくつれなくつれなくばばばしほしほしおひひひしほしほしおみちみちみちかひかひかいもももあらあらあらなむなむなん」」」。。。またまたまた男をとこ男をとこおとこ、、、
  27. 27「「「なみだなみだなみだにににぞぞぞぬれぬれぬれつゝつゝつつしぼるしぼるしぼる世よ世よよののの人ひと人ひとひとのののつらきつらきつらきこゝろこゝろこころははは袖そで袖そでそでのののしづくしづくしずくかかか」」」。。。
  28. 28世よ世よよにににあふあふあうことことことかたきかたきかたき女をんな女をんなおんなににになむなむなん。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔第69段〕昔、ある男がいた。その男が、伊勢の国に狩の使として行ったときに、あの伊勢の斎宮であった人の親が、「いつもの使よりも、この人を特によくもてなしなさい」と言ってやったので、斎宮は親の言うことなので、たいそう心をこめてもてなした。朝には狩に送り出し、夕方は帰って来ると、斎宮の御殿には来なかった。このように心をこめてもてなした。

二日目の夜、男は「ぜひとも逢いたい」と言う。女も、決して逢うまいとは思っていない。けれども人目が多いので逢うことができない。男は使の中心となる人なので、遠くにも泊めない。女の寝所も近くにあったので、女は人が寝静まるのを待って、子の一つ(午後十一時ごろ)ごろに男のもとへやって来た。男もまた眠れなかったので、外の方を眺めながら横になっていると、おぼろ月の光の中に人影が立つのを見ると、小さな女童を先に立てて人が立っている。男はたいそううれしくて、自分の寝所に連れて入って、子の一つから丑の三つ(午前二時半ごろ)までいたが、まだ何も語り合わないうちに女は帰ってしまった。男はたいそう悲しくて、眠らずにしまった。翌朝、気がかりでならなかったが、自分の方から使いをやるわけにもいかないので、たいそう待ち遠しい思いで待っていると、すっかり夜が明けてしばらくたったころ、女のもとから、言葉はなくて、

「あなたがいらしたのか、私が行ったのか、よくわかりません。あれは夢だったのか現実だったのか、寝ていたのか覚めていたのか」。

男はたいそうひどく泣いて詠んだ、

「真っ暗になった心の闇に、私も迷ってしまいました。夢か現実かは、今宵(また逢って)確かめてください」

と詠んで贈って、狩に出かけた。野を歩きまわっても心はうわの空で、せめて今夜だけでも人が寝静まるのを待って、早く逢おうと思っていると、伊勢の国守で斎宮寮の長官を兼ねていた人が、狩の使が来ていると聞いて、一晩中酒宴を開いたので、まったく逢うこともできず、夜が明けたら尾張の国へ出発しようとしているので、男も女も人知れず血の涙を流したけれど、逢うことができない。夜がしだいに明けようとするころに、女の方から差し出す盃の裏に、歌を書いて差し出した。手に取って見ると、

「徒歩で渡っても裾も濡れないほどの浅い入り江のように、浅いご縁でしたので」

と書いて、下の句はない。その盃の裏に、男は松明の燃え残りの炭で、歌の下の句を書き継ぐ。

「また逢坂の関を越えて、きっと逢いに来ましょう」

と言って、夜が明けると、尾張の国へ越えて行ってしまった。斎宮は清和天皇の御代の方で、文徳天皇の皇女、惟喬親王の妹である。

〔第70段〕昔、ある男が、狩の使から帰って来たときに、大淀の渡しに泊まって、斎宮に仕える女童に詠みかけた、

「海松布を刈る潟はどこなのか、棹さして私に教えておくれ、海人の釣り舟よ(逢う機会はどこにあるのか教えてほしい)」。

〔第71段〕昔、ある男が、伊勢の斎宮に勅使として参ったところ、その宮で色めいたことを言いかける女房が、私的に、「神の斎垣も越えてしまいそうです。宮から来られた方にお会いしたくて」。

男が、

「恋しいなら、来て逢えばよいでしょう。神が禁じる恋の道ではないのですから」。

〔第72段〕昔、ある男が、伊勢の国にいた女に、二度と逢えないまま隣の国へ行くといって、ひどく恨んだので、女が、

「大淀の松はつれなくもないのに、恨んでばかりで帰っていく波ですね(私はつれなくしていないのに、恨んで去っていくのですね)」。

〔第73段〕昔、そこにいるとは聞くけれど、手紙さえやれそうもない女のあたりを歩きまわって、男が思ったこと、

「目には見えても手には取れない、月の中の桂のようなあなたであることだ」。

〔第74段〕昔、ある男が、女をひどく恨んで、

「岩を踏みしめて越える重なり合う山が隔てているわけでもないのに、逢えない日が多く、恋しく思いつづけることだ」。

〔第75段〕昔、ある男が、「伊勢の国に連れて行って一緒に暮らそう」と言ったので、女が、

「大淀の浜に生えるという海松布ではないけれど、あなたを見るだけで心は和みました。親しく語り合うことはしなくても」

と言って、以前にもましてつれなかったので、男が、

「袖を濡らして海人が刈って干す海の海松布のように、見るだけを逢うことにして、終わりにしようというのですか」。女が、

「岩間から生える海松布が、つれなくても、潮が引いたり満ちたりするうちに、かいもあるでしょう(いつかはそのかいもあるでしょう)」。また男が、

「涙に濡れて絞るのは、世の人のつらい心が、袖のしずくとなって落ちたものなのか」。

なかなか逢うことのできない女であったのだ。

意訳

〔第69段〕斎宮は神に仕える未婚の皇女で、恋は固く禁じられていた。その斎宮が、狩の使として来た男をもてなすうちに、自分から男の寝所を訪れる。何も語り合わないまま去ったあと、「あなたが来たのか、私が行ったのか、夢か現実か」と問う歌が届き、男は「今宵確かめよう」と返すが、国守の酒宴に阻まれて二度と逢えない。別れの朝、盃に書かれた上の句に、男が松明の炭で下の句を書き継ぐ場面は、禁じられた恋の一夜を象徴する名場面である。

〔第70〜72段〕伊勢から帰る道で、斎宮の女童に「逢う機会はどこにあるのか」と問いかける男。斎宮の女房から「神の垣も越えてしまいそう」と誘われ、「神は恋の道を禁じてはいない」と答える男。恨んで去る男を、寄せては返す波にたとえる伊勢の女。どの段にも、伊勢の海と神域の気配が漂う。

〔第73〜75段〕月の桂のように見えても手の届かない女、山に隔てられているわけでもないのに逢えない女、そして見るだけで心は和むと言いながら逢おうとしない女。海松布(みるめ)と「見る目」を掛けた贈答が重ねられ、「世にあふことかたき女」という結びの一文が、伊勢の恋の段群をまとめている。

語釈・文法注

狩の使
宮中の宴会に用いる鳥獣を狩るために諸国に派遣された勅使。
齋宮
斎宮。天皇の代替わりごとに選ばれ、伊勢神宮に仕えた未婚の皇女。恋愛は禁じられていた。
つかひざね
使実。使者の一行の中心となる人、正使。
ねひとつ
子一つ。子の刻(午後十一時〜午前一時)を四つに分けた最初の時刻で、午後十一時ごろ。
ついまつ
続松(ついまつ)。松明(たいまつ)。
大淀
伊勢国多気郡(今の三重県明和町)の海辺。斎宮の御殿に近い港。
いがき
斎垣。神社の周りに巡らした垣。越えてはならない神域の境。
月の桂
月の中には桂の木が生えているという中国の伝説による。見えても手の届かないもののたとえ。

文法

「そこに來ざりけり」
底本は「來ざりけり」。通行本文は「そこに来させけり」で、(狩から帰ると)自分の御殿に来させた、の意。底本のままなら、帰って来ても(男を)そこには来させなかった、と解することになる。
「われてあはむ」
「われて」は、無理にでも、ぜひとも。
「あはじとも思へらず」
逢うまいとも思っていない。
「こよひさだめよ」
底本は「こよひ」で、脇に異本の「よひと」を注記する。通行本文は「世人さだめよ」(世の人が判断してくれ)。
「もはらあひこともえせで」
「もはら」は打消を伴い、まったく。まったく逢うこともできずに。
「えにしあれば」
「え」は「江(入り江)」と「縁」を掛ける。「し」は強意。
「ちはやぶる」
「神」にかかる枕詞。
「見まくほしさに」
「見まく」は「見む」のク語法。会いたさに。
「かひもあらなむ」
「なむ」は願望。かいがあってほしい。

和歌

君やこしわれやゆきけむおもほえず夢かうつゝかねてかさめてか

詠者
斎宮
状況
男の寝所を訪ねた翌朝、言葉を添えずに贈った歌。『古今和歌集』恋三によみ人しらずとして載る。

修辞

対句
「君やこし」「われやゆきけむ」、「夢か」「うつゝか」、「ねてか」「さめてか」と疑問を重ね、夢のような一夜の惑いを表す。

かきくらす心のやみにまどひにき夢うつゝとはこよひさだめよ

詠者
男
状況
斎宮の歌に、泣きながら返した歌。『古今和歌集』恋三に在原業平の歌として載る(第五句「世人さだめよ」)。

修辞

本文の違い
底本は「こよひさだめよ」で、今宵もう一度逢って確かめよう、という意になる。

かち人のわたれどぬれぬえにしあれば

詠者
斎宮
状況
別れの朝、盃の裏に書いた上の句。

修辞

掛詞
「え」に「江(入り江)」と「縁」を掛ける。
連歌
上の句だけを示し、男に下の句を付けさせる。

またあふさかの關は越えなむ

詠者
男
状況
斎宮の上の句に、松明の炭で書き継いだ下の句。

修辞

掛詞
「あふさか」に地名の「逢坂」と「逢ふ」を掛ける。

みるめかるかたやいづこぞ棹さして我にをしへよあまのつりふね

詠者
男
状況
狩の使から帰る途中、大淀の渡しで斎宮の女童に詠みかけた歌。『新古今和歌集』恋一に在原業平の歌として載る。

修辞

掛詞
「みるめ」に「海松布」と「見る目(逢う機会)」、「かた」に「潟」と「方」を掛ける。

ちはやぶる神のいがきもこえぬべし大みや人の見まくほしさに

詠者
斎宮の女房
状況
斎宮に勅使として来た男に、私的に贈った歌。『古今和歌集』恋四によみ人しらずとして載る。

修辞

枕詞
「ちはやぶる」は「神」にかかる。
誇張
神域の垣を越えてしまいそうだと、思いの強さを訴える。

戀しくばきても見よかしちはやぶる神のいさむる道ならなくに

詠者
男
状況
女房の歌への返歌。

修辞

枕詞
「ちはやぶる」は「神」にかかる。

大淀の松はつらくもあらなくにうらみてのみもかへる浪かな

詠者
伊勢の女
状況
逢えないまま去る男が恨むので詠んだ歌。『新古今和歌集』恋五に載る。

修辞

掛詞
「うらみ」に「浦見」と「恨み」を掛ける。
比喩
自分を大淀の松に、去る男を返す波にたとえる。

目には見て手にはとられぬ月のうちの桂のごとき君にぞありける

詠者
男
状況
近くにいながら手紙さえやれない女のあたりを歩きまわって詠んだ歌。

修辞

比喩
手の届かない女を、月の中の桂にたとえる。

岩根ふみかさなる山はへだてねどあはぬ日おほくこひわたるかな

詠者
男
状況
女をひどく恨んで詠んだ歌。

修辞

対比
険しい山が隔てていないのに逢えないと、心の隔たりを嘆く。

大淀の濱に生ふてふみるからにこゝろはなぎぬかたらはねども

詠者
女
状況
伊勢に連れて行こうという男に返した歌。

修辞

序詞
「大淀の濱に生ふてふ」が「みる(海松)」を導く。
掛詞
「みる」に「海松」と「見る」、「なぎ」に「(海が)凪ぎ」と「(心が)和ぎ」を掛ける。

袖ぬれて蜑のかりほすわたつうみのみるをあふにてやまむとやする

詠者
男
状況
さらにつれない女に詠んだ歌。

修辞

序詞
「袖ぬれて蜑のかりほすわたつうみの」が「みる」を導く。
掛詞
「みる」に「海松」と「見る」を掛ける。

岩間より生ふるみるめしつれなくばしほひしほみちかひもあらなむ

詠者
女
状況
男の歌への返歌。

修辞

掛詞
「かひ」に「貝」と「甲斐」を掛ける。
縁語
「みるめ」「しほひ」「しほみち」「かひ」が海の縁語。

なみだにぞぬれつゝしぼる世の人のつらきこゝろは袖のしづくか

詠者
男
状況
女の歌に重ねて詠んだ歌。

修辞

見立て
人のつれなさを、袖を濡らすしずくに見立てる。

解説

第69段は『伊勢物語』の題名の由来の一つとされる段で、古くはこの段を巻頭に置く本もあったため、物語全体を「伊勢物語」と呼ぶようになったという説がある。斎宮は文徳天皇の皇女で惟喬親王の妹、恬子(やすこ)内親王とされ、物語の末尾の注記もそれを示している。神に仕える斎宮と勅使の一夜という禁忌の恋は、後世の読者に強い印象を与えた。

盃に書いた上の句に男が下の句を付ける場面は、二人で一首を完成させる連歌の早い例としてよく知られる。上の句の「えにし(江・縁)」と下の句の「あふさか(逢坂)」がかみ合い、浅い縁を嘆く女に、男はまた逢いに来ると誓う。

第70段から第75段は、伊勢を舞台にした短い段が続く。大淀の浜や海松布(みるめ)など伊勢の海辺の景物が繰り返し詠まれ、狩の使の段と響き合って、斎宮をめぐる恋の余韻を伝えている。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部三 雑上(伊勢物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、55–58頁(コマ31–33)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日