伊勢物語 第12章(第69段〜第75段)
狩の使
狩の使として伊勢に下った男は、斎宮の親の言いつけで手厚くもてなされ、ある夜、斎宮みずから男の寝所を訪れる。夢かうつつかと問う歌、盃に書かれた上の句と松明の炭で書き継いだ下の句を残して、男は尾張へ旅立つ。続いて、大淀の渡し、神の斎垣、月の桂、海松布をめぐる伊勢の恋の歌の段を読む。
- 1昔昔むかし、、、男男おとこありありありけりけりけり。。。そのそのその男男おとこ、、、伊伊い勢勢せののの國國くにににに狩狩かりのののにににいきいきいきけるけるけるににに、、、かのかのかのいせいせいせののの齋齋さいなりなりなりけるけるける人人ひとのののおやおやおや「「「常常つねににに使使つかいよりよりよりははは、、、このこのこの人人ひとよくよくよくいたはれいたはれいたわれ」」」ととといひいひいいやれやれやれりりりけれけれければばば、、、おやおやおやのののいふいふいうことことことなりなりなりけれけれければばば、、、いといといとねんごろねんごろねんごろにににいたはりいたはりいたわりけりけりけり。。。旦旦あしたにににははは狩狩かりににに出出いだししし立立たてゝてゝててやりやりやり、、、夕夕ゆうさりさりさりはははかへりかへりかえりつゝつゝつつそこそこそこににに來來こざりざりざりけりけりけり。。。かくかくかくてててねんごろねんごろねんごろにににいたはりいたはりいたわりけりけりけり。。。
- 2二二ふつ日日かととといふいふいう夜夜よ、、、男男おとこ「「「われわれわれてててあはあはあわむむん」」」ととといふいふいう。。。女女おんなもももはたはたはたあはあはあわじじじとととももも思思おもへへえらららずずず。。。されどされどされど人人ひとめめめしげゝれしげゝれしげければばばえええあはあはあわずずず。。。つかひつかひつかいとととあるあるある人人ひとなれなれなればばば遠遠とおくくくもももやどさやどさやどさずずず。。。女女おんなのののねやねやねやももも近近ちかくくくありありありけれけれければばば、、、女女おんな、、、人人ひとをををしづめしづめしずめててて、、、ねねねばかりばかりばかりににに男男おとこのののもともともとにににきたりきたりきたりけりけりけり。。。男男おとこ、、、はたはたはた、、、ねねねられられられざりざりざりけれけれければばば、、、とととのののかたかたかたををを見見み出出いだしししててて臥臥ふせせせるるるににに、、、月月つきのののおぼろおぼろおぼろなるなるなるににに、、、人人ひとのののかげかげかげするするするををを見見みれれればばば、、、ちひさきちひさきちいさきわらはわらはわらわををを先先さきににに立立たてゝてゝてて人人ひとたてたてたてりりり。。。男男おとこいといといと嬉嬉うれしくしくしくててて、、、我我わがががぬるぬるぬる所所ところにににゐゐいててて入入いりりりててて、、、ねねねひとつひとつひとつよりよりより丑丑うし三三みつつつまでまでまであるあるあるににに、、、まだまだまだ何何なに事事ごともももかたらはかたらはかたらわぬぬぬににに歸歸かえりりりにににけりけりけり。。。男男おとこ、、、いといといとかなしくかなしくかなしくてててねねねずずずなりなりなりにににけりけりけり。。。つとめてつとめてつとめていぶかしけれいぶかしけれいぶかしけれどどど、、、我我わががが人人ひとをををやるやるやるべきべきべきにににしもしもしもあらあらあらねねねばばば、、、いといといと心心こころもともともとなくなくなくててて待待まちちち居居おれれればばば、、、明明あけけけ離離はなれれれてててしばししばししばしあるあるあるににに、、、女女おんなのののもともともとよりよりよりことばことばことばはははなくなくなくててて、、、
- 3「「「君君きみやややこここしししわれわれわれやややゆきゆきゆきけむけむけんおもほえおもほえおもおえずずず夢夢ゆめかかかうつゝうつゝうつつかかかねねねてててかかかさめさめさめてててかかか」」」。。。
- 4男男おとこ、、、いといといといたういたういとう泣泣なきききてててよめよめよめるるる、、、
- 5「「「かきかきかきくらすくらすくらす心心こころのののやみやみやみにににまどひまどひまどいにににききき夢夢ゆめうつゝうつゝうつつとととはははこよひこよひこよいさだめよさだめよさだめよ」」」
- 6とととよみよみよみてててやりやりやりててて狩狩かりににに出出いでででぬぬぬ。。。野野のにににありありありけけけどどど心心こころはははそらそらそらにににててて、、、こよひこよひこよいだにだにだに人人ひとしづめしづめしずめててて、、、いといといととくとくとくあはあはあわむむんととと思思おもふふうににに、、、國國くにののの守守かみ、、、いつきいつきいつきのののみやみやみやのののかみかみかみかけかけかけたるたるたる、、、狩狩かりののの使使つかいありありありととと聞聞ききききててて夜夜よひとひとひと夜夜よ酒酒さけ飮飮のみみみしししけれけれければばば、、、もはらもはらもはらあひあひあいことことこともももえええせせせででで、、、明明あけけけばばば尾尾お張張わりののの國國くにへへへたちたちたちなななむむんとととすれすれすればばば、、、男男おとこももも女女おんなももも人人ひとしれしれしれずずず血血ちののの涙涙なみだををを流流ながせせせどどどえええあはあはあわずずず。。。夜夜よやうやうやうやうようようあけあけあけなななむむんとととするするするほどほどほどににに、、、女女おんなのののかたかたかたよりよりよりいだすいだすいだす盃盃さかずきのののうらうらうらににに、、、歌歌うたををを書書かきききててて出出いだしししたりたりたり。。。とりとりとりててて見見みれれればばば、、、
- 7「「「かちかちかち人人びとのののわたれわたれわたれどどどぬれぬれぬれぬぬぬえええにににしししあれあれあればばば」」」
- 8とととかきかきかきててて末末すえはははなしなしなし。。。そのそのその盃盃さかずきのののうらうらうらににに、、、ついついついのののすみすみすみしししててて歌歌うたののの末末すえをををかきかきかきつくつくつく。。。
- 9「「「またまたまたあふあふあうさかさかさかののの關關せきははは越越こえええなななむむん」」」
- 10とてとてとて明明あくれくれくればばば、、、尾尾お張張わりののの國國くにへへへ越越こえええにににけりけりけり。。。齋齋さい宮宮ぐうははは、、、水水みず尾尾のおののの御御おおん時時とき、、、文文もん德德とく天天てん皇皇のうののの御御おおんむすめむすめむすめ、、、これたかこれたかこれたかのののみこみこみこのののいもうといもうといもうとなりなりなり。。。
- 11むかしむかしむかし、、、男男おとこ、、、狩狩かりののの使使つかいよりよりよりかへりかへりかえりきききけるけるけるににに、、、大大おおのののわたりわたりわたりににに宿宿やどりりりててていつきいつきいつきのののみやみやみやのののわらはわらはわらわべべべにににいひいひいいかけゝるかけゝるかけける、、、
- 12「「「みるみるみるめめめかるかるかるかたかたかたやややいづこいづこいずこぞぞぞ棹棹さおさしさしさしててて我我われにににをしへをしへをしへよよよあまあまあまのののつりつりつりふねふねふね」」」。。。
- 13むかしむかしむかし、、、男男おとこ、、、伊伊い勢勢せののの齋齋さい宮宮ぐうににに御御おおん使使つかいにににててて參參まいれれれりりりけれけれければばば、、、かのかのかの宮宮みやにににすきすきすきごとごとごといひいひいいけるけるける女女おんな、、、私私わたくし事事ごとにににててて、、、「「「ちはやぶるちはやぶるちはやぶる神神かみのののいいいもももこえこえこえぬぬぬべしべしべし大大おおみやみやみや人人びとののの見見みまくまくまくほしほしほしさささににに」」」。。。
- 14男男おとこ、、、
- 15「「「戀戀こいしくしくしくばばばきききてててももも見見みよよよかしかしかしちはやぶるちはやぶるちはやぶる神神かみのののいさむるいさむるいさむる道道みちならならならなくなくなくににに」」」。。。
- 16むかしむかしむかし、、、男男おとこ、、、伊伊い勢勢せののの國國くになりなりなりけるけるける女女おんなををを、、、またまたまたはははえええ逢逢あははわででで隣隣となりののの國國くにへへへいくいくいくとてとてとて、、、いみじういみじういみじゅううらみうらみうらみけれけれければばば、、、女女おんな、、、
- 17「「「大大おお淀淀よどののの松松まつはははつらくつらくつらくもももあらあらあらなくなくなくにににうらみうらみうらみてててのみのみのみもももかへるかへるかえる浪浪なみかなかなかな」」」。。。
- 18むかしむかしむかし、、、そこそこそこにににはははありありありととと聞聞きけけけどどど、、、せうそこせうそこしょうそこをををだにだにだにいふいふいうべくべくべくもももあらあらあらぬぬぬ女女おんなのののあたりあたりあたりをををありきありきありきててて男男おとこののの思思おもひひいけるけるける、、、
- 19「「「目目めにににははは見見みててて手手てにににはははとらとらとられれれぬぬぬ月月つきのののうちうちうちののののののごときごときごとき君君きみにににぞぞぞありありありけるけるける」」」。。。
- 20むかしむかしむかし、、、男男おとこ、、、女女おんなをををいたういたういとううらみうらみうらみててて、、、
- 21「「「岩岩いわ根根ねふみふみふみかさなるかさなるかさなる山山やまはははへだてへだてへだてねねねどどどあはあはあわぬぬぬ日日ひおほくおほくおおくこひこひこいわたるわたるわたるかなかなかな」」」。。。
- 22むかしむかしむかし、、、男男おとこ、、、伊伊い勢勢せののの國國くににににゐゐいててていきいきいきてててあらあらあらむむんととといひいひいいけれけれければばば、、、女女おんな、、、
- 23「「「大大おお淀淀よどののの濱濱はまににに生生おふふうてふてふちょうみるみるみるからからからにににこゝろこゝろこころはははなぎなぎなぎぬぬぬかたらはかたらはかたらわねねねどもどもども」」」
- 24ととといひいひいいててて、、、ましてましてましてつれなかりつれなかりつれなかりけれけれければばば、、、男男おとこ、、、
- 25「「「袖袖そでぬれぬれぬれててて蜑蜑あまのののかりかりかりほすほすほすわたつわたつわたつうみうみうみのののみるみるみるをををあふあふあうにににてててやまやまやまむむんとととやややするするする」」」。。。女女おんな、、、
- 26「「「岩岩いわ間間まよりよりより生生おふるふるうるみるみるみるめめめしししつれなくつれなくつれなくばばばしほしほしおひひひしほしほしおみちみちみちかひかひかいもももあらあらあらなむなむなん」」」。。。またまたまた男男おとこ、、、
- 27「「「なみだなみだなみだにににぞぞぞぬれぬれぬれつゝつゝつつしぼるしぼるしぼる世世よののの人人ひとのののつらきつらきつらきこゝろこゝろこころははは袖袖そでのののしづくしづくしずくかかか」」」。。。
- 28世世よにににあふあふあうことことことかたきかたきかたき女女おんなににになむなむなん。。。
現代語訳
〔第69段〕昔、ある男がいた。その男が、伊勢の国に狩の使として行ったときに、あの伊勢の斎宮であった人の親が、「いつもの使よりも、この人を特によくもてなしなさい」と言ってやったので、斎宮は親の言うことなので、たいそう心をこめてもてなした。朝には狩に送り出し、夕方は帰って来ると、斎宮の御殿には来なかった。このように心をこめてもてなした。
二日目の夜、男は「ぜひとも逢いたい」と言う。女も、決して逢うまいとは思っていない。けれども人目が多いので逢うことができない。男は使の中心となる人なので、遠くにも泊めない。女の寝所も近くにあったので、女は人が寝静まるのを待って、子の一つ(午後十一時ごろ)ごろに男のもとへやって来た。男もまた眠れなかったので、外の方を眺めながら横になっていると、おぼろ月の光の中に人影が立つのを見ると、小さな女童を先に立てて人が立っている。男はたいそううれしくて、自分の寝所に連れて入って、子の一つから丑の三つ(午前二時半ごろ)までいたが、まだ何も語り合わないうちに女は帰ってしまった。男はたいそう悲しくて、眠らずにしまった。翌朝、気がかりでならなかったが、自分の方から使いをやるわけにもいかないので、たいそう待ち遠しい思いで待っていると、すっかり夜が明けてしばらくたったころ、女のもとから、言葉はなくて、
「あなたがいらしたのか、私が行ったのか、よくわかりません。あれは夢だったのか現実だったのか、寝ていたのか覚めていたのか」。
男はたいそうひどく泣いて詠んだ、
「真っ暗になった心の闇に、私も迷ってしまいました。夢か現実かは、今宵(また逢って)確かめてください」
と詠んで贈って、狩に出かけた。野を歩きまわっても心はうわの空で、せめて今夜だけでも人が寝静まるのを待って、早く逢おうと思っていると、伊勢の国守で斎宮寮の長官を兼ねていた人が、狩の使が来ていると聞いて、一晩中酒宴を開いたので、まったく逢うこともできず、夜が明けたら尾張の国へ出発しようとしているので、男も女も人知れず血の涙を流したけれど、逢うことができない。夜がしだいに明けようとするころに、女の方から差し出す盃の裏に、歌を書いて差し出した。手に取って見ると、
「徒歩で渡っても裾も濡れないほどの浅い入り江のように、浅いご縁でしたので」
と書いて、下の句はない。その盃の裏に、男は松明の燃え残りの炭で、歌の下の句を書き継ぐ。
「また逢坂の関を越えて、きっと逢いに来ましょう」
と言って、夜が明けると、尾張の国へ越えて行ってしまった。斎宮は清和天皇の御代の方で、文徳天皇の皇女、惟喬親王の妹である。
〔第70段〕昔、ある男が、狩の使から帰って来たときに、大淀の渡しに泊まって、斎宮に仕える女童に詠みかけた、
「海松布を刈る潟はどこなのか、棹さして私に教えておくれ、海人の釣り舟よ(逢う機会はどこにあるのか教えてほしい)」。
〔第71段〕昔、ある男が、伊勢の斎宮に勅使として参ったところ、その宮で色めいたことを言いかける女房が、私的に、「神の斎垣も越えてしまいそうです。宮から来られた方にお会いしたくて」。
男が、
「恋しいなら、来て逢えばよいでしょう。神が禁じる恋の道ではないのですから」。
〔第72段〕昔、ある男が、伊勢の国にいた女に、二度と逢えないまま隣の国へ行くといって、ひどく恨んだので、女が、
「大淀の松はつれなくもないのに、恨んでばかりで帰っていく波ですね(私はつれなくしていないのに、恨んで去っていくのですね)」。
〔第73段〕昔、そこにいるとは聞くけれど、手紙さえやれそうもない女のあたりを歩きまわって、男が思ったこと、
「目には見えても手には取れない、月の中の桂のようなあなたであることだ」。
〔第74段〕昔、ある男が、女をひどく恨んで、
「岩を踏みしめて越える重なり合う山が隔てているわけでもないのに、逢えない日が多く、恋しく思いつづけることだ」。
〔第75段〕昔、ある男が、「伊勢の国に連れて行って一緒に暮らそう」と言ったので、女が、
「大淀の浜に生えるという海松布ではないけれど、あなたを見るだけで心は和みました。親しく語り合うことはしなくても」
と言って、以前にもましてつれなかったので、男が、
「袖を濡らして海人が刈って干す海の海松布のように、見るだけを逢うことにして、終わりにしようというのですか」。女が、
「岩間から生える海松布が、つれなくても、潮が引いたり満ちたりするうちに、かいもあるでしょう(いつかはそのかいもあるでしょう)」。また男が、
「涙に濡れて絞るのは、世の人のつらい心が、袖のしずくとなって落ちたものなのか」。
なかなか逢うことのできない女であったのだ。
意訳
〔第69段〕斎宮は神に仕える未婚の皇女で、恋は固く禁じられていた。その斎宮が、狩の使として来た男をもてなすうちに、自分から男の寝所を訪れる。何も語り合わないまま去ったあと、「あなたが来たのか、私が行ったのか、夢か現実か」と問う歌が届き、男は「今宵確かめよう」と返すが、国守の酒宴に阻まれて二度と逢えない。別れの朝、盃に書かれた上の句に、男が松明の炭で下の句を書き継ぐ場面は、禁じられた恋の一夜を象徴する名場面である。
〔第70〜72段〕伊勢から帰る道で、斎宮の女童に「逢う機会はどこにあるのか」と問いかける男。斎宮の女房から「神の垣も越えてしまいそう」と誘われ、「神は恋の道を禁じてはいない」と答える男。恨んで去る男を、寄せては返す波にたとえる伊勢の女。どの段にも、伊勢の海と神域の気配が漂う。
〔第73〜75段〕月の桂のように見えても手の届かない女、山に隔てられているわけでもないのに逢えない女、そして見るだけで心は和むと言いながら逢おうとしない女。海松布(みるめ)と「見る目」を掛けた贈答が重ねられ、「世にあふことかたき女」という結びの一文が、伊勢の恋の段群をまとめている。
語釈・文法注
- 狩の使
- 宮中の宴会に用いる鳥獣を狩るために諸国に派遣された勅使。
- 齋宮
- 斎宮。天皇の代替わりごとに選ばれ、伊勢神宮に仕えた未婚の皇女。恋愛は禁じられていた。
- つかひざね
- 使実。使者の一行の中心となる人、正使。
- ねひとつ
- 子一つ。子の刻(午後十一時〜午前一時)を四つに分けた最初の時刻で、午後十一時ごろ。
- ついまつ
- 続松(ついまつ)。松明(たいまつ)。
- 大淀
- 伊勢国多気郡(今の三重県明和町)の海辺。斎宮の御殿に近い港。
- いがき
- 斎垣。神社の周りに巡らした垣。越えてはならない神域の境。
- 月の桂
- 月の中には桂の木が生えているという中国の伝説による。見えても手の届かないもののたとえ。
文法
- 「そこに來ざりけり」
- 底本は「來ざりけり」。通行本文は「そこに来させけり」で、(狩から帰ると)自分の御殿に来させた、の意。底本のままなら、帰って来ても(男を)そこには来させなかった、と解することになる。
- 「われてあはむ」
- 「われて」は、無理にでも、ぜひとも。
- 「あはじとも思へらず」
- 逢うまいとも思っていない。
- 「こよひさだめよ」
- 底本は「こよひ」で、脇に異本の「よひと」を注記する。通行本文は「世人さだめよ」(世の人が判断してくれ)。
- 「もはらあひこともえせで」
- 「もはら」は打消を伴い、まったく。まったく逢うこともできずに。
- 「えにしあれば」
- 「え」は「江(入り江)」と「縁」を掛ける。「し」は強意。
- 「ちはやぶる」
- 「神」にかかる枕詞。
- 「見まくほしさに」
- 「見まく」は「見む」のク語法。会いたさに。
- 「かひもあらなむ」
- 「なむ」は願望。かいがあってほしい。
和歌
君やこしわれやゆきけむおもほえず夢かうつゝかねてかさめてか
- 詠者
- 斎宮
- 状況
- 男の寝所を訪ねた翌朝、言葉を添えずに贈った歌。『古今和歌集』恋三によみ人しらずとして載る。
修辞
- 対句
- 「君やこし」「われやゆきけむ」、「夢か」「うつゝか」、「ねてか」「さめてか」と疑問を重ね、夢のような一夜の惑いを表す。
かきくらす心のやみにまどひにき夢うつゝとはこよひさだめよ
- 詠者
- 男
- 状況
- 斎宮の歌に、泣きながら返した歌。『古今和歌集』恋三に在原業平の歌として載る(第五句「世人さだめよ」)。
修辞
- 本文の違い
- 底本は「こよひさだめよ」で、今宵もう一度逢って確かめよう、という意になる。
かち人のわたれどぬれぬえにしあれば
- 詠者
- 斎宮
- 状況
- 別れの朝、盃の裏に書いた上の句。
修辞
- 掛詞
- 「え」に「江(入り江)」と「縁」を掛ける。
- 連歌
- 上の句だけを示し、男に下の句を付けさせる。
またあふさかの關は越えなむ
- 詠者
- 男
- 状況
- 斎宮の上の句に、松明の炭で書き継いだ下の句。
修辞
- 掛詞
- 「あふさか」に地名の「逢坂」と「逢ふ」を掛ける。
みるめかるかたやいづこぞ棹さして我にをしへよあまのつりふね
- 詠者
- 男
- 状況
- 狩の使から帰る途中、大淀の渡しで斎宮の女童に詠みかけた歌。『新古今和歌集』恋一に在原業平の歌として載る。
修辞
- 掛詞
- 「みるめ」に「海松布」と「見る目(逢う機会)」、「かた」に「潟」と「方」を掛ける。
ちはやぶる神のいがきもこえぬべし大みや人の見まくほしさに
- 詠者
- 斎宮の女房
- 状況
- 斎宮に勅使として来た男に、私的に贈った歌。『古今和歌集』恋四によみ人しらずとして載る。
修辞
- 枕詞
- 「ちはやぶる」は「神」にかかる。
- 誇張
- 神域の垣を越えてしまいそうだと、思いの強さを訴える。
戀しくばきても見よかしちはやぶる神のいさむる道ならなくに
- 詠者
- 男
- 状況
- 女房の歌への返歌。
修辞
- 枕詞
- 「ちはやぶる」は「神」にかかる。
大淀の松はつらくもあらなくにうらみてのみもかへる浪かな
- 詠者
- 伊勢の女
- 状況
- 逢えないまま去る男が恨むので詠んだ歌。『新古今和歌集』恋五に載る。
修辞
- 掛詞
- 「うらみ」に「浦見」と「恨み」を掛ける。
- 比喩
- 自分を大淀の松に、去る男を返す波にたとえる。
目には見て手にはとられぬ月のうちの桂のごとき君にぞありける
- 詠者
- 男
- 状況
- 近くにいながら手紙さえやれない女のあたりを歩きまわって詠んだ歌。
修辞
- 比喩
- 手の届かない女を、月の中の桂にたとえる。
岩根ふみかさなる山はへだてねどあはぬ日おほくこひわたるかな
- 詠者
- 男
- 状況
- 女をひどく恨んで詠んだ歌。
修辞
- 対比
- 険しい山が隔てていないのに逢えないと、心の隔たりを嘆く。
大淀の濱に生ふてふみるからにこゝろはなぎぬかたらはねども
- 詠者
- 女
- 状況
- 伊勢に連れて行こうという男に返した歌。
修辞
- 序詞
- 「大淀の濱に生ふてふ」が「みる(海松)」を導く。
- 掛詞
- 「みる」に「海松」と「見る」、「なぎ」に「(海が)凪ぎ」と「(心が)和ぎ」を掛ける。
袖ぬれて蜑のかりほすわたつうみのみるをあふにてやまむとやする
- 詠者
- 男
- 状況
- さらにつれない女に詠んだ歌。
修辞
- 序詞
- 「袖ぬれて蜑のかりほすわたつうみの」が「みる」を導く。
- 掛詞
- 「みる」に「海松」と「見る」を掛ける。
岩間より生ふるみるめしつれなくばしほひしほみちかひもあらなむ
- 詠者
- 女
- 状況
- 男の歌への返歌。
修辞
- 掛詞
- 「かひ」に「貝」と「甲斐」を掛ける。
- 縁語
- 「みるめ」「しほひ」「しほみち」「かひ」が海の縁語。
なみだにぞぬれつゝしぼる世の人のつらきこゝろは袖のしづくか
- 詠者
- 男
- 状況
- 女の歌に重ねて詠んだ歌。
修辞
- 見立て
- 人のつれなさを、袖を濡らすしずくに見立てる。
解説
第69段は『伊勢物語』の題名の由来の一つとされる段で、古くはこの段を巻頭に置く本もあったため、物語全体を「伊勢物語」と呼ぶようになったという説がある。斎宮は文徳天皇の皇女で惟喬親王の妹、恬子(やすこ)内親王とされ、物語の末尾の注記もそれを示している。神に仕える斎宮と勅使の一夜という禁忌の恋は、後世の読者に強い印象を与えた。
盃に書いた上の句に男が下の句を付ける場面は、二人で一首を完成させる連歌の早い例としてよく知られる。上の句の「えにし(江・縁)」と下の句の「あふさか(逢坂)」がかみ合い、浅い縁を嘆く女に、男はまた逢いに来ると誓う。
第70段から第75段は、伊勢を舞台にした短い段が続く。大淀の浜や海松布(みるめ)など伊勢の海辺の景物が繰り返し詠まれ、狩の使の段と響き合って、斎宮をめぐる恋の余韻を伝えている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部三 雑上(伊勢物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、55–58頁(コマ31–33)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日