伊勢物語 第11章(第65段〜第68段)
恋せじと
帝の寵愛を受ける女に、殿上に仕える若い在原の男が人目もはばからず恋をする。恋をやめようと御手洗川で禊をしても思いはつのり、男は流され、女は蔵に閉じこめられる。「恋せじと」の段に続いて、難波津の船、生駒山の雪、住吉の浜を詠む三つの旅の段を読む。
- 1昔昔むかし、、、おほやけおほやけおおやけおぼしおぼしおぼしてててつかうつかうつこうたまふたまふたまう女女おんなののの、、、色色いろゆるさゆるさゆるされれれありありありけりけりけり。。。とてとてとていますいますいますかりかりかりけるけるける御御おおんいとこいとこいとこなりなりなりけりけりけり。。。殿上殿上てんじょうににに候候さぶらひひいけるけるける在在あり原原わらなりなりなりけるけるける男男おとこののの、、、まだまだまだいといといと若若わかかりかりかりけるけるけるををを、、、このこのこの女女おんなあひあひあい知知しりりりたりたりたりけりけりけり。。。男男おとこ、、、女女おんながたがたがたゆるさゆるさゆるされれれたりたりたりけれけれければばば、、、女女おんなのののあるあるある所所ところにににきききてててむかひむかひむかい居居おりりりけれけれければばば、、、女女おんな「「「いといといとかたはかたはかたわなりなりなり。。。身身みもももほろびほろびほろびなななむむん。。。かくかくかくなななせせせそそそ」」」ととといひいひいいけれけれければばば、、、
- 2「「「思思おもふふうにににははは忍忍しのぶるぶるぶることことことぞぞぞまけまけまけにににけるけるけるあふあふあうにににしししかへかへかへばばばさもさもさもあらあらあらばばばあれあれあれ」」」
- 3ととといひいひいいててて、、、曹司曹司ぞうしにににおりおりおり給給たまへへえれれればばば、、、れいれいれいのののこのこのこのみさうしみさうしみそうしにににははは、、、人人ひとののの見見みるるるをををもももしらしらしらでででのぼりのぼりのぼりゐゐいけれけれければばば、、、このこのこの女女おんな思思おもひひいわびわびわびててて里里さとへへへゆくゆくゆく。。。さればさればされば何何なにのののよきよきよきことゝことゝことと思思おもひひいててて、、、いきいきいき通通かよひひいけれけれければばば、、、皆皆みな人人ひと聞聞ききききてててわらひわらひわらいけりけりけり。。。つとめてつとめてつとめてののの見見みるるるににに、、、くつくつくつをををとりとりとりててて奧奧おくににに投投なげげげ入入いれれれてててのぼりのぼりのぼりぬぬぬ。。。かくかくかくかたはかたはかたわにににしししつゝつゝつつありありありわたるわたるわたるににに、、、身身みもももいたづらいたづらいたずらににになりなりなりぬぬぬべけれべけれべければばば、、、つひつひついににに亡亡ほろびびびぬぬぬべしべしべしとてとてとて、、、このこのこの男男おとこ「「「いかにいかにいかにせせせむむん。。。我我わがががかゝるかゝるかかる心心こころやめやめやめ給給たまへへえ」」」ととと、、、佛佛ほとけかみかみかみにににももも申申もうしししけれけれけれどどど、、、いやいやいやまさりまさりまさりにににのみのみのみおぼえおぼえおぼえつゝつゝつつ、、、なほなほなおわりわりわりなくなくなく戀戀こいしうしうしゅうのみのみのみおぼえおぼえおぼえけれけれければばば、、、かんなぎかんなぎかんなぎ呼呼よびびびててて、、、戀戀こいせせせじじじととといふいふいう祓祓はらへへえののの具具ぐしししてててなむなむなんいきいきいきけるけるける。。。はらへはらへはらえけるけるけるまゝまゝままににに、、、いとゞいとゞいとどかなしきかなしきかなしきことことことかずかずかずまさりまさりまさりてててありしありしありしよりよりよりけにけにけに戀戀こいしくしくしくおぼえおぼえおぼえけれけれければばば、、、
- 4「「「戀戀こいせせせじじじとととみたらしみたらしみたらしにににせせせしししみそぎみそぎみそぎ神神かみはははうけうけうけずずずもももなりなりなりにににけるけるけるかなかなかな」」」
- 5ととといひいひいいてててなむなむなんいにいにいにけるけるける。。。
- 6このこのこのみかどみかどみかどははは、、、御御おおんかほかほかおかたちかたちかたちよくよくよくおはしおはしおわしましましましててて、、、佛佛ほとけののの御御み名名なををを御御みこゝろこゝろこころににに入入いれれれててて、、、御御おおんこゑこゑこえはははいといといと尊尊とうとくくくてててまうしまうしもうし給給たまふふうををを聞聞ききききててて、、、女女おんなはははいたういたういとうなきなきなきけりけりけり。。。かゝるかゝるかかる君君きみににに仕仕つこうううまつらまつらまつらででで、、、すくせすくせすくせつたなくつたなくつたなく悲悲かなしきしきしきことことこと、、、このこのこの男男おとこにににほだされほだされほだされてててとてとてとてなむなむなん泣泣なきききけるけるける。。。かゝるかゝるかかるほどほどほどににに帝帝みかど聞聞きこししし召召めしししつけつけつけててて、、、このこのこの男男おとこをををばばば流流ながししし遣遣つかわしししてててけれけれければばば、、、このこのこの女女おんなのののいとこいとこいとこののの御御み息息やす所所どころ女女おんなをををばばばまかでまかでまかでさせさせさせててて、、、倉倉くらににに籠籠こめめめてててしをりしをりしおり給給たもうううけれけれければばば、、、倉倉くらにににこもりこもりこもりてててなくなくなく
- 7「「「あまあまあまのののかるかるかるもももにににすむすむすむ虫虫むしのののわれわれわれからからからとととねねねをををこそこそこそなかなかなかめめめ世世よをををばばばうらみうらみうらみじじじ」」」
- 8とととなきなきなきをれをれおればばば、、、このこのこの男男おとこひとひとひとののの國國くによりよりより夜夜よごとごとごとににに來來きつゝつゝつつ、、、笛笛ふえをををいといといとおもしろくおもしろくおもしろく吹吹ふきききててて、、、聲聲こえはははいといといとをかしうをかしうおかしゅうてててぞぞぞあはれあはれあわれにににうたひうたひうたいけるけるける。。。かゝれかゝれかかればばばこのこのこの女女おんなははは倉倉くらにににこもりこもりこもりながらながらながら、、、それそれそれにににぞぞぞあああなるなるなるとととははは聞聞きけけけどどど、、、あひあひあい見見みるるるべきべきべきにににもももあらあらあらでででなむなむなんありありありけるけるける。。。
- 9「「「さりさりさりともともともととと思思おもふふうらむらむらんこそこそこそ悲悲かなしけれしけれしけれあるあるあるにににもももあらあらあらぬぬぬ身身みをををばばば知知しらららずずずててて」」」
- 10とととおもひおもひおもい居居おりりり。。。男男おとこははは女女おんなしししあはあはあわねねねばばば、、、かくかくかくしししありきありきありきつゝつゝつつ人人ひとののの國國くににににありありありてててうたふうたふうたう。。。
- 11「「「いたづらいたづらいたずらにににゆきゆきゆきてててははは來來きぬるぬるぬるものものものゆゑゆゑゆえににに見見みまくまくまくほしほしほしさささににに誘誘いざなははわれれれつゝつゝつつ」」」。。。
- 12水水みずののの御御おおん時時ときなるなるなるべしべしべし。。。おほみやすんどころおほみやすんどころおおみやすんどころももも染染そめ殿殿どのののの后后きさきなりなりなり。。。五五ご條條じょうののの后后きさきともともとも。。。
- 13むかしむかしむかし、、、男男おとこ、、、津津つののの國國くにににに知知しるるる所所ところありありありけるけるけるににに、、、あにあにあにのののおとゝおとゝおととともともとも達達だちなどなどなどひきひきひきゐゐいててて、、、難難な波波にわのののかたかたかたにににいきいきいきけりけりけり。。。渚渚なぎさををを見見みれれればばば船船ふねどもどもどものののあるあるあるををを見見みててて、、、
- 14「「「難難な波波にわ津津づをををけふけふきょうこそこそこそみつみつみつののの浦浦うらごとごとごとにににこれこれこれやややこのこのこの世世よをををうみうみうみわたるわたるわたる船船ふね」」」。。。
- 15これこれこれをををあはれあはれあわれがりがりがりててて、、、人人ひと々々びとかへりかへりかえりにににけりけりけり。。。
- 16むかしむかしむかし、、、男男おとこ、、、逍遙逍遙しょうようしししににに、、、思思おもふふうどちどちどちかいかいかいつらねつらねつらねててて、、、和和い泉泉ずみののの國國くにへへへきさらぎきさらぎきさらぎばかりばかりばかりにににいきいきいきけりけりけり。。。河內河內こうちののの國國くに生生い駒駒こまののの山山やまををを見見みれれればばば、、、くもりくもりくもりみみみはれはれはれみみみ、、、たちたちたちゐるゐるいる雲雲くもやまやまやまずずず。。。あしたあしたあしたよりよりより曇曇くもりりりてててひるひるひる晴晴はれれれたりたりたり。。。雪雪ゆきいといといとしろうしろうしろう木木こののの末末すえにににふりふりふりたりたりたり。。。それそれそれををを見見みててて、、、かのかのかのゆくゆくゆく人人ひとのののなかなかなかにににたゞたゞただ一一ひと人人りよみよみよみけるけるける、、、「「「きのふきのふきのうけふけふきょう雲雲くものののたちたちたちまひまひまいかくろふかくろふかくろうははは花花はなのののはやしはやしはやしをををうしうしうしとととなりなりなりけりけりけり」」」。。。
- 17昔昔むかし、、、男男おとこ、、、和和い泉泉ずみののの國國くにへへへいきいきいきけりけりけり。。。津津つののの國國くに住住すみ吉吉よしののの郡郡こおり住住すみ吉吉よしののの里里さと住住すみ吉吉よしののの濱濱はまをををゆくゆくゆくににに、、、いといといとおもしろけれおもしろけれおもしろければばばおりおりおりゐゐいつゝつゝつつ行行ゆくくく。。。あるあるある人人ひと「「「住住すみ吉吉よしののの濱濱はまをををよめよめよめ」」」ととといふいふいう。。。
- 18「「「雁雁かり鳴鳴なきききてててきくきくきくのののはなはなはなさくさくさく秋秋あきはははあれあれあれどどどはるはるはるのののうみうみうみべべべにににすみすみすみよしよしよしののの濱濱はま」」」
- 19とととよめよめよめりりりけれけれければばば、、、皆皆みな人人ひと々々びとよまよまよまずずずなりなりなりにににけりけりけり。。。
現代語訳
〔第65段〕昔、帝がご寵愛になってお使いになっていた女で、禁色を許された人がいた。皇太后としていらっしゃった方のいとこであった。殿上の間に仕えていた在原という男で、まだたいそう若かった者を、この女は親しく知っていた。男は、女房たちのいる所への出入りを許されていたので、女のいる所に来て向かい合って座っていたので、女が「たいそうみっともないことです。身の破滅になってしまいます。こんなことはなさらないで」と言ったので、
「あなたを思う心に、忍ぶ心が負けてしまった。逢うことと引きかえになるのなら、どうなってもかまわない」
と言って、女が自分の部屋に下がると、男はいつものように、その部屋に人目もかまわず上がり込んで座っていたので、この女は困り果てて実家へ帰る。すると、かえって好都合だと思って、男が通って行ったので、人々はみな聞いて笑った。翌朝、主殿寮の役人が見ていると、男は(宮中から朝帰りをしたように見せるため)沓を取って奥に投げ入れて殿上に上がった。このように見苦しいことをしつづけているうちに、身も破滅してしまいそうなので、ついには身を滅ぼしてしまうだろうと思って、この男は「どうしよう。私のこの心をやめさせてください」と仏や神にも申し上げたが、思いはつのるばかりで、やはりどうしようもなく恋しく思われたので、陰陽師や巫女を呼んで、恋をしないようにするための祓えの道具を持って出かけた。祓えをするにつれて、ますます悲しさがつのって、以前よりもいっそう恋しく思われたので、
「もう恋はするまいと御手洗川でした禊を、神は受け入れてくださらなかったことだ」
と言って帰って行った。
この帝は、お顔立ちが美しくていらっしゃって、仏の御名を心に深くかけて、お声もたいそう尊く念仏をお唱えになるのを聞いて、女はひどく泣いた。「このような君にお仕えしないで、前世からの宿縁がつたなく悲しいことよ。この男にほだされて」と言って泣いた。そうしているうちに、帝がお聞きつけになって、この男を流罪になさったので、この女のいとこの御息所は、女を宮中から退出させて、蔵に閉じこめて折檻なさったので、女は蔵にこもって泣きながら、
「海人の刈る藻に住む虫の「われから」のように、我から(自分のせいで)声をあげて泣きもしよう。世を恨みはしない」
と泣いていると、この男は流された国から毎夜やって来ては、笛をたいそう趣深く吹いて、声もたいそう美しく、しみじみと歌った。それで、この女は蔵にこもったまま、あの人がいるようだとは聞くけれど、会うことなどできないでいた。
「それでもいつかはと、あの人が思っているだろうことが悲しい。生きているともいえない私の身を知らないで」
と思っていた。男は、女が会わないので、このように歩きまわっては、流された国に戻って歌う。
「むなしく行っては帰って来るのに、会いたさに誘われて、また出かけて行くことだ」。
清和天皇の御代のことであろう。大御息所も染殿の后である。五条の后ともいう。
〔第66段〕昔、ある男が、摂津の国に領地があったので、兄弟や友人などを連れて、難波の方へ出かけた。渚を見ると、船がいくつもあるのを見て、
「難波津を今日こそ見た。御津の浦ごとに浮かぶ、これがあの、この世をうんざりしながら海を渡って行く船なのか」。
これに感じ入って、人々は(それ以上詠まずに)帰ってしまった。
〔第67段〕昔、ある男が、気の合う仲間たちと連れ立って、和泉の国へ二月ごろに遊びに出かけた。河内の国の生駒山を見ると、曇ったり晴れたりして、雲が絶えず立ちのぼっている。朝から曇って、昼に晴れた。雪がたいそう白く梢に降り積もっていた。それを見て、その一行の中でただ一人が詠んだ、「昨日も今日も雲が立ち舞って山を隠しているのは、花の林(雪の梢)を見せるのがいやだからなのだった」。
〔第68段〕昔、ある男が、和泉の国へ行った。摂津の国住吉の郡、住吉の里、住吉の浜を通ると、たいそう趣があったので、馬から降りて座っては進んで行く。ある人が「住吉の浜を詠め」と言う。
「雁が鳴いて菊の花が咲く秋もよいけれど、春の海辺に住みよいのは、住吉の浜だ」
と詠んだので、ほかの人々はみな詠まずに終わってしまった。
意訳
〔第65段 前半〕帝の寵愛を受ける女に恋をした若い男は、「身を滅ぼす」と止める女に、「逢えるのならどうなってもかまわない」と答え、人目もはばからず通いつめる。ついには自分でも恐ろしくなり、神仏に祈り、恋を断つ祓えまでするが、かえって恋しさがつのる。「恋せじと御手洗川にせし禊」の歌は、恋の情熱の抑えがたさを率直にうたっている。
〔第65段 後半〕念仏を唱える帝の尊い声を聞いて、女は自分の宿縁の拙さを嘆く。やがて男は流され、女は蔵に閉じこめられる。男は毎夜笛を吹き歌いに来るが、女は会えずに「われから」と自分を責める。末尾の「水尾の御時なるべし」以下は、後の人の書き加えで、帝を清和天皇、大御息所を染殿の后(藤原明子)と推定している。
〔第66〜68段〕摂津・河内・和泉を旅する三つの段では、難波津の船に「憂み渡る」世を重ね、生駒山の雪の梢を雲が隠すのを「花の林を見せたくないのだ」と見立て、住吉の浜で「住み良し」の名を詠む。いずれも一行の中で男だけが見事な歌を詠み、ほかの人は詠めずに終わる。
語釈・文法注
- 色ゆるされたる
- 禁色(きんじき、身分の高い人だけが着られる色の衣)を着ることを許された女官。帝の寵愛を受ける身分の高い女性。
- おほみやすんどころ
- 大御息所。帝の母である女御・更衣。ここでは清和天皇の母、藤原明子(染殿の后)とする注記がある。
- とのもづかさ
- 主殿寮(とのもりょう)の役人。宮中の清掃や灯火などを担当した。
- おんやうし
- 陰陽師(おんようじ)。占いや祓えを行う官人。
- みたらし川
- 御手洗川。神社の近くを流れ、参拝の前に身を清める川。賀茂社のものが名高い。
- 水尾の御時
- 清和天皇(850〜880)の御代。清和天皇は晩年、山城国の水尾(今の京都市右京区)に住み、そこに葬られた。
文法
- 「色ゆるされたるありけり」
- 「たる」のあとに「女」を補う。禁色を許された女がいた。
- 「かくなせそ」
- 「な…そ」で禁止。こんなことはしないでください。
- 「あふにしかへば」
- 「し」は強意。逢うことと引きかえにするなら。
- 「されば何のよきことゝ思ひて」
- (女が実家に帰ったので)かえって何と好都合なことだと思って。
- 「くつをとりて奧に投げ入れて」
- 外から帰ったことを隠すため、自分の沓を殿上の奥に投げ入れ、宮中に泊まっていたように見せかけた。
- 「戀せじといふ祓への具して」
- 恋をしないようにする祓えの道具を持って。
- 「しをり給うければ」
- 「しをる」は、責め苦しめる、折檻する。
- 「それにぞあなる」
- 「あなる」は「あるなる」の撥音便「あんなる」の「ん」を書かない形。あの人がいるようだ。
- 「おりゐつゝ」
- 馬から降りて座っては。
和歌
思ふには忍ぶることぞまけにけるあふにしかへばさもあらばあれ
- 詠者
- 在原なりける男
- 状況
- 「身を滅ぼす」と止める女に答えた歌。『古今和歌集』恋一によみ人しらずとして載る。
修辞
- 対比
- 「思ふ」心と「忍ぶる」心を戦わせ、忍ぶ心が負けたと言う。
戀せじとみたらし川にせしみそぎ神はうけずもなりにけるかな
- 詠者
- 在原なりける男
- 状況
- 恋を断つための祓えをしたのに、かえって恋しさがつのったときに詠んだ歌。『古今和歌集』恋一によみ人しらずとして載る。
修辞
- 擬人法
- 神が禊を受け入れなかったと嘆く。
あまのかるもにすむ虫のわれからとねをこそなかめ世をばうらみじ
- 詠者
- 女
- 状況
- 蔵に閉じこめられて、泣きながら詠んだ歌。『古今和歌集』恋五に藤原直子の歌として載る。
修辞
- 序詞
- 「あまのかるもにすむ虫の」が「われから」を導く。
- 掛詞
- 「われから」に虫の名と「我から」、「ね」に「音(声)」を掛ける。
さりともと思ふらむこそ悲しけれあるにもあらぬ身をば知らずて
- 詠者
- 女
- 状況
- 男の笛と歌を蔵の中で聞きながら思った歌。
修辞
- 推量
- 「らむ」で、外にいる男の心を思いやる。
いたづらにゆきては來ぬるものゆゑに見まくほしさに誘はれつゝ
- 詠者
- 在原なりける男
- 状況
- 女に会えないまま、流された国に戻って歌った歌。『古今和歌集』恋三によみ人しらずとして載る。
修辞
- 逆接
- 「ものゆゑに」で、むだと知りつつ通う心を表す。
難波津をけふこそみつの浦ごとにこれやこの世をうみわたる船
- 詠者
- 男
- 状況
- 摂津の国で兄弟や友人と難波の渚の船を見て詠んだ歌。『後撰和歌集』雑三に在原業平の歌として載る。
修辞
- 掛詞
- 「みつ」に「見つ」と「御津」、「うみ」に「海」と「倦み(うんざりする)」を掛ける。
きのふけふ雲のたちまひかくろふは花のはやしをうしとなりけり
- 詠者
- 男(一行のうち一人)
- 状況
- 生駒山の梢に白く積もった雪を見て詠んだ歌。
修辞
- 見立て
- 梢の雪を花の林に見立てる。
- 擬人法
- 雲が花を見せまいと隠していると見る。
雁鳴きてきくのはなさく秋はあれどはるのうみべにすみよしの濱
- 詠者
- 男
- 状況
- 住吉の浜で、ある人に住吉の浜を詠めと言われて詠んだ歌。
修辞
- 掛詞
- 「すみよし」に地名の「住吉」と「住み良し」を掛ける。
- 対比
- 秋の風情と春の海辺を比べる。
解説
第65段は、帝の寵愛を受ける女と在原の男との禁じられた恋を描く長い段で、二条の后との恋の物語群(第3〜6段など)と結びつけて読まれてきた。ただし末尾の注記は、女を「おほみやすんどころ(染殿の后)」のいとことしており、高子と明子の関係(叔母と姪)とは合わない。こうした注記は後の読者による推定で、物語の本文と矛盾するところもある。
男が祓えの道具を持って御手洗川に行く場面は、恋を病のように考え、祓えで取り除こうとした当時の信仰をうかがわせる。「恋せじと」の歌は、のちに謡曲や俗謡にも引かれ、抑えきれない恋の歌として広く知られた。
第66〜68段は、摂津・河内・和泉を舞台にした旅の段である。いずれも男一人が見事な歌を詠み、ほかの人はそれ以上詠めなくなるという形をとり、主人公の歌の才をたたえる構成になっている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部三 雑上(伊勢物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、52–55頁(コマ30–31)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日