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伊勢物語 第9章(第51段〜第60段)

長岡の家と花橘

人の庭に植える菊、飾り粽への返礼の雉、逢瀬を断つ鶏の声、夢路の露、草の庵の涙、われから身を砕く恋。長岡の家に押しかけた宮家の女たちとの戯れの歌、東山にこもり死にかけた男の歌を経て、宇佐の使の途中、別れた妻と再会して「花橘」の歌を詠む段までを読む。

  1. 1むかしむかしむかし、、、男をとこ男をとこおとこ、、、人ひと人ひとひとののの前栽せんざい前栽せんざいせんざいににに菊きく菊きくきくうゑうゑうえけるけるけるににに、、、
  2. 2「「「植う植ううゑゑえしししうゑうゑうえばばば秋あき秋あきあきなきなきなき時とき時ときときややや咲さ咲ささかかかざらざらざらむむん花はな花はなはなこそこそこそちらちらちらめめめ根ね根ねねさへさへさえかれかれかれめめめややや」」」。。。
  3. 3むかしむかしむかし、、、男をとこ男をとこおとこありありありけりけりけり。。。人ひと人ひとひとのののもともともとよりよりよりかざりかざりかざりをををおこせおこせおこせたりたりたりけるけるける返かへり返かへりかえり事ごと事ごとごとににに、、、「「「あやめあやめあやめかりかりかり君きみ君きみきみははは沼ぬま沼ぬまぬまにににぞぞぞ惑まど惑まどまどひひいけるけるけるわれわれわれははは野の野ののにににいでゝいでゝいでてかるかるかるぞぞぞわびしきわびしきわびしき」」」。。。とてとてとて、、、雉きじ雉きじきじをををなむなむなんやりやりやりけるけるける。。。
  4. 4昔むかし昔むかしむかし、、、男をとこ男をとこおとこ、、、あひあひあいがたきがたきがたき女をんな女をんなおんなにににあひあひあいててて物語ものがたり物語ものがたりものがたりするするするほどほどほどににに、、、とりとりとりののの鳴な鳴ななきききけれけれければばば、、、
  5. 5「「「いかでいかでいかでかくかくかくとりとりとりののの鳴な鳴ななくくくらむらむらん人ひと人ひとひとしれしれしれずずず思おも思おもおもふふうこゝろこゝろこころはははまだまだまだ夜よ夜よよふかきふかきふかきににに」」」。。。
  6. 6昔むかし昔むかしむかし、、、男をとこ男をとこおとこ、、、つれなかりつれなかりつれなかりけるけるける女をんな女をんなおんなにににいひいひいいやりやりやりけるけるける、、、
  7. 7「「「ゆきゆきゆきやらやらやらぬぬぬ夢ゆめ夢ゆめゆめ路ぢ路ぢじをををたどるたどるたどるたもとたもとたもとにににははは天あま天あまあまつつつそらそらそらなるなるなるつゆつゆつゆやややおくおくおくらむらむらん」」」。。。
  8. 8昔むかし昔むかしむかし、、、男をとこ男をとこおとこ、、、おもひおもひおもいかけかけかけたるたるたる女をんな女をんなおんなのののえええうううまじうまじうまじゅうなりなりなりてててののの世よ世よよににに、、、
  9. 9「「「思おも思おもおもははわずずずはははありありありもももすすすらめらめらめどどど言こと言ことことののの葉は葉ははのののをりふしをりふしおりふしごとごとごとにににたのまたのまたのまるゝるゝるるかなかなかな」」」。。。
  10. 10昔むかし昔むかしむかし、、、男をとこ男をとこおとこ、、、臥ふ臥ふふしししててて思おも思おもおもひひい起お起おおきききててておもひおもひおもい、、、おもひおもひおもいあまりあまりあまりててて、、、
  11. 11「「「わわわががが袖そで袖そでそでははは草くさ草くさくさのののいほりいほりいおりにににあらあらあらねねねどもどもどもくるれくるれくるればばば露つゆ露つゆつゆのののやどりやどりやどりなりなりなりけりけりけり」」」。。。
  12. 12昔むかし昔むかしむかし、、、男をとこ男をとこおとこ、、、人ひと人ひとひとしれしれしれぬぬぬ物もの物ものものおもひおもひおもいけりけりけり。。。つれなきつれなきつれなき人ひと人ひとひとのののもともともとににに、、、
  13. 13「「「戀こ戀ここひひいわびわびわびぬぬぬあまあまあまのののかるかるかるもももににに宿やど宿やどやどるるるてふてふちょうわれわれわれ身み身みみをををももも碎くだ碎くだくだきききつるつるつるかなかなかな」」」。。。
  14. 14昔むかし昔むかしむかし、、、心こころ心こころこころつきつきつきててて色いろ色いろいろ好ごのみ好ごのみごのみなるなるなる男をとこ男をとこおとこ、、、長なが長ながながととといふいふいう所ところ所ところところににに家いへ家いへいえ造つく造つくつくりりりててて居を居をおりりりけりけりけり。。。そこそこそこののの隣となり隣となりとなりなりなりなりけるけるける宮みや宮みやみやばらばらばらににに、、、ことことこともももなきなきなき女をんな女をんなおんなどもどもどもののの、、、田舎ゐなか田舎ゐなかいなかなりなりなりけれけれければばば田た田たたからからからむむんとてとてとて、、、このこのこの男をとこ男をとこおとこのののあるあるあるををを見み見みみててて、、、いみじいみじいみじのののすきすきすきものものもののののしわざしわざしわざやややとてとてとて、、、集あつま集あつまあつまりりりててていりいりいり來き來ききけれけれければばば、、、このこのこの男をとこ男をとこおとこ逃に逃ににげげげててて、、、奧おく奧おくおくにににかくれかくれかくれにににけれけれければばば、、、女をんな女をんなおんな、、、
  15. 15「「「あれあれあれにににけりけりけりあはれあはれあわれいくいくいく世よ世よよののの宿やど宿やどやどなれなれなれやややすみすみすみけむけむけん人ひと人ひとひとののの音おと音おとおとづれづれずれもももせせせぬぬぬ」」」。。。
  16. 16ととといひいひいいててて、、、このこのこのみやみやみやににに集あつま集あつまあつまりりりきききゐゐいてててありありありけれけれければばば、、、このこのこの男をとこ男をとこおとこ、、、
  17. 17「「「葎むぐら葎むぐらむぐらおひおひおいててて荒あ荒ああれれれたるたるたるやどやどやどのののうれたきうれたきうれたきはははかりかりかりにににももも鬼おに鬼おにおにのののすだくすだくすだくなりなりなりけりけりけり」」」。。。
  18. 18とととなむなむなん出いだ出いだいだしししたりたりたりけるけるける。。。このこのこの女をんな女をんなおんなどもどもども穂ほ穂ほほひろはひろはひろわむむんととといひいひいいけれけれければばば、、、
  19. 19「「「うちうちうちわびわびわびててて落おち落おちおち穂ぼ穂ぼぼひろふひろふひろうととときかきかきかませませませばばば我われ我われわれももも田た田たたづらづらづらにににゆかゆかゆかましましましものものものををを」」」。。。
  20. 20昔むかし昔むかしむかし、、、男をとこ男をとこおとこ、、、京きやう京きやうきょうをををいかゞいかゞいかが思おも思おもおもひひいけむけむけん、、、ひんがしひんがしひんがし山やま山やまやまにににすまはすまはすまわむむんととと思おも思おもおもひひい入い入いいりりりててて、、、
  21. 21「「「すみすみすみわびわびわびぬぬぬ今いま今いまいまはははかぎりかぎりかぎりととと山やま山やまやま里ざと里ざとざとににに身み身みみをををかくすかくすかくすべきべきべきやどやどやどもとめもとめもとめてててむむん」」」。。。
  22. 22かくかくかくてててものものものいたくいたくいたく病や病ややみみみててて死し死ししにににいりいりいりたりたりたりけれけれければばば、、、おもておもておもてににに水みづ水みづみずそゝぎそゝぎそそぎなどなどなどしししててて、、、いきいきいきいでゝいでゝいでて、、、
  23. 23「「「わわわがががうへうへうえににに露つゆ露つゆつゆぞぞぞおくおくおくなるなるなるあまあまあまののの川がは川がはがわとととわたるわたるわたるふねふねふねののの櫂かい櫂かいかいのののしづくしづくしずくかかか」」」。。。
  24. 24とととなむなむなんいひいひいいててていきいきいき出い出いいでででたりたりたりけるけるける。。。
  25. 25昔むかし昔むかしむかし、、、男をとこ男をとこおとこありありありけりけりけり。。。宮みや宮みやみやづかへづかへづかえいそがしくいそがしくいそがしく、、、心こころ心こころこころもももまめまめまめならならならざりざりざりけるけるけるほどほどほどのののいへいへいえとうじとうじとうじまめまめまめににに思おも思おもおもははわむむんととといふいふいう人ひと人ひとひとにににつきつきつきててて、、、ひとひとひとののの國くに國くにくにへへへいにいにいにけりけりけり。。。このこのこの男をとこ男をとこおとこ、、、宇う宇うう佐さ佐ささのののにににててていきいきいきけるけるけるににに、、、あるあるある國くに國くにくにのののののの官人くわんにん官人くわんにんかんにんのののめめめにににてててなむなむなんあるあるあるととと聞き聞きききききててて、、、「「「女をんな女をんなおんなあるじあるじあるじにににかはらけかはらけかわらけとらとらとらせよせよせよ。。。さらさらさらずずずははは飮の飮ののまままじじじ」」」ととといひいひいいけれけれければばば、、、かはらけかはらけかわらけとりとりとりててて出いだ出いだいだしししたりたりたりけるけるけるににに、、、肴さかな肴さかなさかななりなりなりけるけるける橘たちばな橘たちばなたちばなをををとりとりとりててて、、、
  26. 26「「「さつきさつきさつきまつまつまつはなはなはなたちばなたちばなたちばなののの香か香かかをををかけかけかけばばばむかしむかしむかしののの人ひと人ひとひとのののそでそでそでののの香か香かかぞぞぞするするする」」」。。。
  27. 27ととといひいひいいけるけるけるにににぞぞぞ、、、おもひおもひおもい出い出いいでゝでゝでて尼あま尼あまあまににになりなりなりててて山やま山やまやまににに入い入いいりりりにににけるけるける。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔第51段〕昔、ある男が、人の家の庭の植え込みに菊を植えたときに、

「心をこめて植えさえすれば、秋のない時はあっても、咲かないことがあろうか。花は散るだろうが、根まで枯れることなどあろうか」。

〔第52段〕昔、ある男がいた。ある人のもとから飾り粽を贈ってきた返事に、「あなたはあやめを刈りに沼で苦労なさったのですね。私は野に出て、狩りをするのがつらいことです」。と言って、雉を贈った。

〔第53段〕昔、ある男が、なかなか逢えない女に逢って語り合っているうちに、鶏が鳴いたので、

「どうしてこんなに早く鶏が鳴くのだろう。人知れずあなたを思う私の心は、まだ夜深いというのに」。

〔第54段〕昔、ある男が、つれなかった女に詠み贈った、

「夢の中でさえ行き着けない夢路をたどる私の袂には、天の空から露が置くのでしょうか(涙で濡れています)」。

〔第55段〕昔、ある男が、思いをかけていた女が、自分のものにはなりそうもなくなってしまったころに、

「あなたは私を思ってくれないこともあるでしょうが、折にふれてのあなたの言葉に、つい期待してしまうことです」。

〔第56段〕昔、ある男が、寝ては思い、起きては思い、思いあまって、

「私の袖は草の庵ではないけれど、日が暮れると、露(涙)の宿になることだ」。

〔第57段〕昔、ある男が、人知れず物思いをしていた。つれない人のもとに、

「恋に思いわびてしまいました。海人の刈る藻に宿るという「われから」のように、我から身を砕いてしまったことです」。

〔第58段〕昔、物の情趣を解する色好みの男が、長岡という所に家を造って住んでいた。その隣にあった宮家に、なかなかきれいな女房たちがいて、田舎なので稲を刈ろうとして、この男がいるのを見て、「たいそうな色好みのしわざだこと」と言って、集まって入って来たので、この男は逃げて、奥に隠れてしまったので、女が、

「荒れてしまったこと、ああ。いったい何代を経た家なのでしょう。住んでいたという人の訪れもしないとは」。

と言って、この宮に集まって来て座りこんでいたので、この男は、

「葎が生えて荒れた家の情けないことには、かりそめにも鬼が集まって来て騒いでいることだ」。

と言って差し出した。この女房たちが、落ち穂を拾おうと言ったので、

「わびしい思いで落ち穂を拾うと聞いていたなら、私も田んぼに行ったのに」。

〔第59段〕昔、ある男が、京をどう思ったのだろうか、東山に住もうと思い込んで、

「京は住みづらくなってしまった。今はこれまでと、山里に身を隠す家を探そう」。

こうして、ひどく病気になって息が絶えそうになったので、人々が顔に水を注ぎかけたりして、息を吹き返して、

「私の上に露が置いているようだ。天の川の渡し場を渡る舟の櫂からこぼれるしずくだろうか」。

と言って生き返ったのだった。

〔第60段〕昔、ある男がいた。男が宮仕えに忙しく、妻への愛情もこまやかではなかったころ、その妻が「まごころをこめて大切にしよう」と言う人について、地方へ行ってしまった。この男が宇佐の使として旅をしたとき、ある国の接待役の役人の妻になっていると聞いて、「奥方に盃を取らせよ。そうでなければ飲むまい」と言ったので、女が盃を取って差し出したところ、男は酒の肴であった橘の実を取って、

「五月を待って咲く花橘の香りをかぐと、昔親しかった人の袖の香りがすることだ」。

と言ったので、女は昔のことを思い出して、尼になって山にこもってしまった。

意訳

〔第51〜57段〕菊を植えて「根まで枯れはしない」と変わらぬ心を誓う歌、粽に雉を返す機知の歌、逢瀬の夜明けを恨む鶏の歌、夢路をたどって濡れる袂の歌。恋のさまざまな場面を、一首ずつ短い詞書のように切り取っている。「われから」の歌は、海藻に付く小さな虫の名に「我から(自分のせいで)」を掛け、恋に身を砕く自分を嘆く。

〔第58段〕長岡の家に住む色好みの男のもとへ、隣の宮家の女房たちがからかいに押しかける。男は奥に逃げ隠れ、女たちは「住む人も訪れない荒れ家ね」とはやし、男は「鬼が集まって騒いでいる」と返す。稲刈りの季節の田舎を舞台にした、男女の明るい戯れである。

〔第59・60段〕都に住みわびて東山にこもった男は、病に倒れて顔に水をかけられ、それを天の川の舟の櫂のしずくかと詠んで息を吹き返す。宇佐の使の段では、自分を捨てて地方へ去った元の妻に旅先で再会し、橘の香に「昔の人の袖の香」を詠む。その一首で、女は過去を思い出し、尼になってしまう。

語釈・文法注

かざりちまき
飾り粽。五月五日の端午の節句に贈った、色糸などで飾った粽。
われから
海藻に付く小さな甲殻類(ワレカラ)。乾くと殻が割れることから名がついた。「我から(自分のせいで)」を掛けることが多い。
長岡
山城国乙訓郡(今の京都府長岡京市・向日市付近)。一時都が置かれた(長岡京、784〜794)。業平の母、伊都内親王の住まいがあった(第84段)。
宇佐の使
天皇の即位などの際に、豊前国(今の大分県)の宇佐八幡宮へ奉幣のために遣わされた勅使。
しそう
祗承(しぞう)。勅使を迎えて接待する地方の役人。

文法

「植ゑしうゑば」
「し」は強意。植えさえすれば、しっかり植えたならば。
「咲かざらむ」
「や…む」で反語。咲かないことがあろうか。
「根さへかれめや」
「めや」は反語。根まで枯れることがあろうか。
「えうまじうなりての世に」
自分のものにすることはできそうもなくなったころに。
「すまはむ」
「住まふ」は住み続ける。住みつこう。
「田舎なりければ」
底本の表記は「田舎」。長岡は都から離れた田舎だったので。
「いみじのすきもの」
「いみじの」は形容詞の語幹に「の」が付いた形で、たいへんな。
「もとめてむ」
「て」は強意、「む」は意志。きっと探そう。
「まめに思はむ」
真心をこめて大切にしよう。
「さらずは飮まじ」
そうでないなら飲むまい。

和歌

植ゑしうゑば秋なき時や咲かざらむ花こそちらめ根さへかれめや

詠者
男
状況
人の家の庭に菊を植えるときに詠んだ歌。『古今和歌集』秋下に在原業平の歌として載る。

修辞

寓意
菊の根に、変わらない自分の心をたとえる。

あやめかり君は沼にぞ惑ひけるわれは野にいでゝかるぞわびしき

詠者
男
状況
飾り粽を贈ってきた人への返事に添え、雉を贈ったときの歌。

修辞

掛詞
「かる」に「(あやめを)刈る」と「狩る」を掛ける。
対比
沼であやめを刈る相手と、野で狩りをする自分を対にする。

いかでかくとりの鳴くらむ人しれず思ふこゝろはまだ夜ふかきに

詠者
男
状況
なかなか逢えない女と語り合っているうちに、鶏が鳴いたときの歌。

修辞

掛詞
「夜ふかき」に、夜がまだ深いことと、思いが深いことを重ねる。

ゆきやらぬ夢路をたどるたもとには天つそらなるつゆやおくらむ

詠者
男
状況
つれない女に贈った歌。

修辞

見立て
涙を天から降りた露に見立てる。

思はずはありもすらめど言の葉のをりふしごとにたのまるゝかな

詠者
男
状況
思う女が自分のものになりそうもなくなったころに詠んだ歌。

修辞

縁語
「言の葉」の「葉」と「をりふし(折節、節)」を植物の縁で結ぶ。

わが袖は草のいほりにあらねどもくるれば露のやどりなりけり

詠者
男
状況
寝ても覚めても思いあまって詠んだ歌。

修辞

見立て
涙に濡れる袖を、夕暮れに露の宿る草の庵に見立てる。

戀ひわびぬあまのかるもに宿るてふわれから身をも碎きつるかな

詠者
男
状況
人知れぬ物思いをして、つれない人に贈った歌。

修辞

序詞
「あまのかるもに宿るてふ」が「われから」を導く。
掛詞
「われから」に海の虫の「割殻」と「我から」を掛ける。

あれにけりあはれいく世の宿なれやすみけむ人の音づれもせぬ

詠者
宮家の女
状況
長岡の男の家に押しかけ、奥に隠れた男をからかって詠んだ歌。『古今和歌集』雑下によみ人しらずとして載る。

修辞

戯れ
男が隠れているのを知りながら、空き家のように言ってはやす。

葎おひて荒れたるやどのうれたきはかりにも鬼のすだくなりけり

詠者
男
状況
女房たちの歌への返歌。

修辞

掛詞
「かり」に「仮(かりそめ)」と「刈り(稲刈り)」を掛ける。
比喩
押しかけた女房たちを鬼にたとえる。

うちわびて落穂ひろふときかませば我も田づらにゆかましものを

詠者
男
状況
女房たちが落ち穂を拾おうと言ったのを受けて詠んだ歌。

修辞

反実仮想
「ませば…まし」で、聞いていたら行ったのに、と言う。

すみわびぬ今はかぎりと山里に身をかくすべきやどもとめてむ

詠者
男
状況
京に住みづらくなり、東山に移り住もうと思って詠んだ歌。『後撰和歌集』雑一に在原業平の歌として載る。

修辞

決意
「てむ」で、山里に隠れ住む強い意志を表す。

わがうへに露ぞおくなるあまの川とわたるふねの櫂のしづくか

詠者
男
状況
病で息絶えそうになり、顔に水を注がれて息を吹き返したときの歌。『古今和歌集』雑上に載る。

修辞

見立て
顔にかけられた水を、天の川を渡る舟の櫂のしずくに見立てる。

さつきまつはなたちばなの香をかけばむかしの人のそでの香ぞする

詠者
男
状況
宇佐の使の途中、別れた妻が地方の役人の妻になっているのに出会い、肴の橘を取って詠んだ歌。『古今和歌集』夏によみ人しらずとして載る。

修辞

連想
橘の香りから、昔の人の袖にたきしめた香りを思い起こす。

解説

第60段の「さつきまつ花たちばなの香をかげば昔の人の袖の香ぞする」は、『古今和歌集』によみ人しらずとして載る名歌で、これ以後、橘の香りは昔の恋人や過ぎ去った日々を思い出させるものとして和歌に詠まれるようになった。『源氏物語』の花散里の巻でも、この歌を踏まえて昔をしのぶ場面が描かれる。

第58段の長岡は、業平の母、伊都内親王が住んだ所である(第84段)。宮家の女房たちが男をからかう場面は、恋の悲哀を描く段が多い中で、明るい笑いを含んだ珍しい段として知られる。

第59段の東山は、京の東に連なる山々。都を離れて山里に隠れ住もうとする姿は、第9段の「身をえうなきものに思ひなして」と同じく、世を厭う主人公の一面を表している。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部三 雑上(伊勢物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、49–50頁(コマ28–29)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日