伊勢物語 第7章(第39段〜第42段)
螢と紫
崇子内親王の葬送の夜、女車に乗った男のもとに色好みの源至が螢を入れる。親に恋人を追い出されて気を失う若い男、「紫のひともと」の古歌を踏まえて貧しい義理の兄弟に衣を贈る男、浮気な女のもとへの通い路を疑う男。恋とゆかりの心を描く四つの段。
- 1昔昔むかし、、、ののの帝帝みかどととと申申もうすすすみかどみかどみかどおはしおはしおわしましましましけりけりけり。。。そのそのその帝帝みかどのののみこみこみこににに、、、ととと申申もうすすすいまそかりいまそかりいまそかりけりけりけり。。。そのそのそのみこみこみこうせうせうせたまひたまひたまいててておほんおほんおおんはふりはふりほうりののの夜夜よ、、、そのそのその宮宮みやののの隣隣となりなりなりなりけるけるける男男おとこ御御おおんはふりはふりほうり見見みむむんとてとてとて、、、女女おんなにににあひあひあい乘乘のりりりててて出出いでででたりたりたりけりけりけり。。。いといといと久久ひさしうしうしゅうゐゐいててていでいでいで奉奉たてまつらららずずず、、、うちうちうち歎歎なげきききててて止止やみみみぬぬぬべかりべかりべかりけるけるけるあひだあひだあいだににに、、、あめあめあめののの下下したののの色色いろごのみごのみごのみ源源みなもとのののととといふいふいう人人ひと、、、これこれこれもももものものものみるみるみるににに、、、このこのこの車車くるまををを女女おんな車車ぐるまととと見見みててて、、、寄寄よりりり來來きてててとかくとかくとかくなまめくなまめくなまめくあひだあひだあいだににに、、、かのかのかの至至いたる、、、螢螢ほたるをををとりとりとりててて女女おんなののの車車くるまににに入入いれれれたりたりたりけるけるけるををを、、、車車くるまなりなりなりけるけるける人人ひと、、、このこのこの螢螢ほたるのののともすともすともす火火ひにににややや見見みゆゆゆらむらむらん、、、ともしともしともしけちけちけちなななむむんとととすすすとてとてとて乘乘のれれれるるる男男おとこのののよめよめよめるるる、、、
- 2「「「いでゝいでゝいでていないないなばばばかぎりかぎりかぎりなるなるなるべみべみべみともしともしともしけちけちけち年年とし經經へぬるぬるぬるかかかとととなくなくなく聲聲こえをををきけきけきけ」」」。。。
- 3かのかのかの至至いたるかへしかへしかへし、、、
- 4「「「いといといとあはれあはれあわれなくなくなくぞぞぞきこゆるきこゆるきこゆるともしともしともしけちけちけち消消きゆるゆるゆるものものものとととももも我我われははは知知しらららずずずななな」」」。。。
- 5天天あめののの下下したののの色色いろ好好ごのみののの歌歌うたにににてててはははなほなほなおぞぞぞありありありけるけるける。。。至至いたるはははがががおほぢおほぢおおじなりなりなり。。。みこみこみこのののほいほいほいなしなしなし。。。
- 6昔昔むかし、、、わかきわかきわかき男男おとこ、、、けしうけしうけしゅうはははあらあらあらぬぬぬ女女おんなををを思思おもひひいけりけりけり。。。さかしらさかしらさかしらするするする親親おやありありありててて、、、思思おもひひいもももぞぞぞつくつくつくとてとてとて、、、このこのこの女女おんなをををほかほかほかへへへおひおひおいやらやらやらむむんとととすすす。。。さささこそこそこそいへいへいえ、、、まだまだまだ逐逐おひひいやらやらやらずずず。。。人人ひとののの子子こなれなれなればばば、、、またまたまたこゝろこゝろこころいきほひいきほひいきおいなかりなかりなかりけれけれければばばとゞむるとゞむるとどむるいきほひいきほひいきおいなしなしなし。。。女女おんなもももいやしけれいやしけれいやしければばばすまふすまふすまう力力ちからなしなしなし。。。さるさるさるあひだあひだあいだにににおもひおもひおもいはははいやいやいやまさりまさりまさりにににまさるまさるまさる。。。俄俄にはかににに親親おやこのこのこの女女おんなををを逐逐おひひいうつうつうつ。。。男男おとこ血血ちののの涙涙なみだをををながせながせながせどもどもども、、、とゞむるとゞむるとどむるよしよしよしなしなしなし。。。ゐゐいててて出出いでゝでゝでていぬいぬいぬ。。。女女おんなかへしかへしかへし人人ひとにににつけつけつけててて、、、
- 7「「「いづこいづこいずこまでまでまでおくりおくりおくりはははしししつつつととと人人ひととはゞとはゞとわばあかあかあかぬぬぬわかれわかれわかれのののなみだなみだなみだ川川がわまでまでまで」」」。。。
- 8男男おとこなくなくなくなくなくなくよめよめよめるるる、、、
- 9「「「いでゝいでゝいでていないないなばばば誰誰たれかかか別別わかれのののかたからかたからかたからむむんありありありしにしにしにまさるまさるまさる今日今日きょうはははかなしかなしかなしももも」」」。。。
- 10とととよみよみよみててて絕絕たえええ入入いりりりにににけりけりけり。。。おやおやおやあわてあわてあわてにににけりけりけり。。。なほなほなお思思おもひひいてててこそこそこそいひいひいいしかしかしか、、、いといといとかくかくかくしもしもしもあらあらあらじじじととと思思おもふふうににに、、、まことまことまことにににたえたえたえ入入いりりりにににけれけれければばば、、、惑惑まどひひいててて願願がんなどなどなどたてたてたてけりけりけり。。。今日今日きょうののの入入いり相相あいばかりばかりばかりににに絕絕たえええ入入いりりりててて、、、またまたまたののの日日ひのののいぬいぬいぬののの時時ときばかりばかりばかりににになむなむなんからうじてからうじてかろうじていきいきいきいでいでいでたりたりたりけるけるける。。。むかしむかしむかしのののわかわかわか人人うどははは、、、さるさるさるすけすけすけるるる物物ものおもひおもひおもいをををなむなむなんしししけるけるける。。。今今いまのののおきなおきなおきなまさにまさにまさにしなしなしなんんんややや。。。
- 11むかしむかしむかし、、、女女おんなはらからはらからはらから二二ふた人人りありありありけりけりけり。。。一一ひと人人りはははいやしきいやしきいやしき男男おとこののの貧貧まずしきしきしき、、、一一ひと人人りはははあてあてあてなるなるなる男男おとこののの徳徳とくあるあるあるもたりもたりもたりけりけりけり。。。賤賤いやしきしきしき男男おとこもたるもたるもたる、、、しはすしはすしわすのののつごもりつごもりつごもりににに、、、うへうへうえのののををを洗洗あらひひいててて手手てづからづからずからはりはりはりけりけりけり。。。志志こころざしはははいたしいたしいたしけれけれけれどどど、、、さるさるさる賤賤いやしきしきしきわざわざわざもももならはならはならわざりざりざりけれけれければばば、、、うへうへうえのののきぬきぬきぬののの肩肩かたをををはりはりはりやりやりやりてててけりけりけり。。。せむせむせむかたかたかたもももなくなくなくててて、、、たゞたゞただなきなきなきににになきなきなきけりけりけり。。。これこれこれをををかのかのかのあてあてあてなるなるなる男男おとこ聞聞ききききててて、、、いといといと心苦心苦こころぐるしかりしかりしかりけれけれければばば、、、いといといと清清きよらららなるなるなるのののうへうへうえのののきぬきぬきぬををを、、、見見みいでゝいでゝいでてやるやるやるとてとてとて、、、
- 12「「「むらさきむらさきむらさきののの色色いろ濃濃こきききときときときはははめめめもももはるはるはるににに野野のなるなるなる草草くさ木木きぞぞぞわかれわかれわかれざりざりざりけるけるける」」」。。。
- 13武武む藏藏さし野野ののののこゝろこゝろこころなるなるなるべしべしべし。。。
- 14むかしむかしむかし、、、男男おとこ、、、色色いろ好好ごのみとととしるしるしるしるしるしる女女おんなをををあひあひあいいへいへいえりりりけりけりけり。。。されどされどされどにくゝにくゝにくくはたはたはたあらあらあらざりざりざりけりけりけり。。。しばしばしばしばしばしばいきいきいきけれけれけれどどど猶猶なおいといといとうしろうしろうしろめたくめたくめたく、、、さりさりさりとてとてとていかでいかでいかではたはたはたえええあらあらあらざりざりざりけるけるける中中なかなりなりなりけれけれければばば、、、二二ふつ日日か三三み日日かばかりばかりばかりさはるさはるさわる事事ことありありありててて、、、えええいかいかいかでででかくかくかくなむなむなん、、、
- 15「「「いでゝいでゝいでてゆくゆくゆくあとあとあとだにだにだにいまだいまだいまだかはらかはらかわらぬぬぬににに誰誰たががが通通かよい路路じととと今今いまはははなるなるなるらむらむらん」」」
- 16物物ものうたがはしうたがはしうたがわしさささににによめよめよめるるるなりなりなりけりけりけり。。。
現代語訳
〔第39段〕昔、西院の帝と申し上げる帝がいらっしゃった。その帝の皇女に、崇子と申し上げる方がいらっしゃった。その皇女がお亡くなりになって、ご葬送の夜、その宮の隣に住んでいた男が、ご葬送を見ようとして、女車に女と相乗りして出かけた。ずいぶん長いあいだ棺の車がお出ましにならないので、嘆きながら見ずに帰ってしまいそうになっていたところに、天下の色好みである源至という人が、この人も見物に来ていて、この車を女の乗った車と見て、近寄って来てあれこれと色めいたふるまいをするうちに、その至が、螢をつかまえて女の車の中に入れたのを、車の中の女が、この螢のともす光で姿が見えるのではないかと、明かりを消そうとするので、乗っていた男が詠んだ、
「皇女がお出ましになったら、これが最後のお別れになるでしょうから、明かりを消して、短い生涯を嘆いて泣く人々の声をお聞きなさい」。
あの至の返歌、
「たいそうあわれに泣いているのが聞こえます。けれども、明かりを消したからといって、人の命の火が消えるものだとも、私は思いませんね」。
天下の色好みの歌としては、たいしたことのない出来だった。至は源順の祖父である。皇女をしのぶという本来の趣旨にそぐわない。
〔第40段〕昔、若い男が、悪くはない女を恋していた。おせっかいな親がいて、息子が女に夢中になってはいけないと、この女をよそへ追い出そうとする。そうは言っても、まだ追い出してはいない。男は親がかりの身なので、まだ自分の意志を通す力がなかったから、引き止める力がない。女も身分が低いので、抵抗する力がない。そうしているうちに、二人の思いはいよいよつのる。急に親がこの女を追い出す。男は血の涙を流したけれど、引き止めるすべがない。人が女を連れて出て行ってしまった。女が、人にことづけて返歌を寄こした、
「どこまで見送ったのかと人が尋ねたら、名残の尽きない別れの涙の川までと答えてください」。
男が泣く泣く詠んだ、
「自分から出て行くのなら、誰が別れをつらいと思うだろうか。以前にもまして今日は悲しいことだ」。
と詠んで、気を失ってしまった。親はあわててしまった。息子のためを思ってこそ言ったのに、まさかこれほどまでではあるまいと思っていたところ、本当に気を失ってしまったので、うろたえて神仏に願を立てたりした。今日の日暮れごろに気を失って、翌日の戌の刻(午後八時ごろ)ごろに、ようやく息を吹き返した。昔の若者は、このようにひたむきな恋の物思いをしたものだ。今の老人は、とてもこうして死ぬほどの恋はできようか。
〔第41段〕昔、姉妹が二人いた。一人は身分の低い貧しい男を、一人は身分の高い裕福な男を夫に持っていた。身分の低い男を夫に持った妻が、十二月の末に、夫の袍を洗って、自分の手で張って干した。心をこめてはいたけれど、そうした卑しい仕事にも慣れていなかったので、袍の肩のところを張るときに破ってしまった。どうしようもなくて、ただひたすら泣いた。これをあの身分の高い男が聞いて、たいそう気の毒に思ったので、たいそう美しい緑衫の袍を見つけ出して贈るといって、
「紫草の色が濃いときは、目もはるかに見渡す野の草木の区別もつかないように、妻を深く愛する私には、妻の縁につながる人はみな、分けへだてなく思われるのです」。
「紫の一本ゆゑに武蔵野の草はみながらあはれとぞ見る」という古歌の心を踏まえたのであろう。
〔第42段〕昔、ある男が、浮気な女だと知りながら、その女と親しくしていた。けれども、憎いとはやはり思わなかった。たびたび通ったけれど、それでもたいそう気がかりで、そうかといって、行かないではいられない仲だったので、二日三日ほど差しさわりがあって行けずに、このように詠んだ、
「私が出て行った跡さえまだ変わらないのに、今ごろは誰の通い路になっているのだろう」
疑わしい気持ちから詠んだのだった。
意訳
〔第39段〕亡き皇女の葬列を待つ夜、女と同乗した男の車に、色好みで名高い源至が言い寄り、螢を投げ入れる。女が明かりを消そうとすると、男は「明かりを消して、皇女の短い生涯を嘆く声を聞け」と、場をわきまえよとたしなめる。至は軽口で応じるが、語り手は「天下の色好みにしては凡作、皇女を悼む場にそぐわない」と手厳しい。
〔第40段〕親に恋人を追い出された若者は、見送った涙の川の歌を受けて、自ら去るのならともかく、と嘆いて気を失う。息子を思ってしたことが命にかかわると知った親はうろたえて願を立てる。語り手は、昔の若者はこれほどひたむきな恋をした、今の年寄りにはとてもできまい、と結ぶ。
〔第41・42段〕身分の高い男は、貧しい男に嫁いだ妻の姉妹が夫の袍を破って泣いていると聞き、自分の妻を思う心ゆえに、その縁者も大切に思うのだと、新しい袍を贈る。「紫のゆかり」という言葉の源となった段である。続く段は、浮気な女と知りながら離れられない男が、数日行けないだけで、誰かが通っているのではと疑う歌である。
語釈・文法注
- 西院の帝
- 淳和天皇(786〜840)。退位後に西院(淳和院)に住んだのでこう呼ばれる。
- たかいこ
- 崇子内親王(?〜848)。淳和天皇の皇女。
- 女車
- 女性の乗る牛車。簾の下から女房の衣の裾(出衣、いだしぎぬ)を出して、女が乗っていることを示した。
- 源の至
- 源至(いたる)。嵯峨天皇の孫で、『倭名類聚抄』の編者源順(したごう)の祖父。
- したがふ
- 源順(911〜983)。歌人・学者で、梨壺の五人の一人。
- うへのきぬ
- 袍(ほう)。束帯や衣冠のときに着る上着。位によって色が決まっていた。
- ろうさう
- 緑衫(ろうそう)。六位の官人が着る緑色の袍。
文法
- 「いまそかりけり」
- 「いまそかり」は「あり」の尊敬語。いらっしゃった。
- 「ゐていで奉らず」
- 棺を(車に)乗せてお出し申し上げない。葬列がなかなか出発しないこと。
- 「かぎりなるべみ」
- 「べみ」は「べし」の語幹+接尾語「み」で、…にちがいないので。最後の別れとなるにちがいないので。
- 「なほぞありける」
- 「なほ」は普通、平凡。たいしたことはなかった。
- 「思ひもぞつく」
- 「もぞ」は懸念を表す。(女に)思いを寄せたら困る。
- 「女かへし人につけて」
- 底本はこの一文と次の歌を本文として刷り、その脇に「下卅八字イ無」(以下の三十八字は異本にない)と注記する。通行本文にはない。
- 「今のおきなまさにしなんや」
- 「まさに…や」は反語。今の老人は、どうして(恋のために)死ぬことができようか。
- 「肩をはりやりてけり」
- 「はりやる」は、張るときに破る。
- 「えいかでかくなむ」
- 「え行かで」。行くことができずに、このように(詠んだ)。
和歌
いでゝいなばかぎりなるべみともしけち年經ぬるかとなく聲をきけ
- 詠者
- 男(女車に乗った男)
- 状況
- 崇子内親王の葬送の夜、源至が車に螢を入れ、女が明かりを消そうとしたときに詠んだ歌。
修辞
- 掛詞
- 「ともしけち」に「灯し消ち(明かりを消して)」と、皇女の命の灯が消えたことを重ねる。
いとあはれなくぞきこゆるともしけち消ゆるものとも我は知らずな
- 詠者
- 源至
- 状況
- 男の歌への返歌。
修辞
- 掛詞
- 「なく」に「泣く」と「無く」を重ねるとする説がある。
いづこまでおくりはしつと人とはゞあかぬわかれのなみだ川まで
- 詠者
- 女
- 状況
- 親に追い出されて連れ去られる途中、人にことづけて男に贈った歌。底本は本文として載せるが、異本にはないと注記する。
修辞
- 比喩
- 別れの涙を川にたとえる。
いでゝいなば誰か別のかたからむありしにまさる今日はかなしも
- 詠者
- 若い男
- 状況
- 恋人を追い出され、泣く泣く詠んだ歌。
修辞
- 反語
- 「誰か…かたからむ」で、自分から去るのならつらくはない、と言う。
むらさきの色濃きときはめもはるに野なる草木ぞわかれざりける
- 詠者
- あてなる男
- 状況
- 妻の姉妹の夫に、新しい袍を贈るときに添えた歌。『古今和歌集』雑上に在原業平の歌として載る。
修辞
- 掛詞
- 「めもはる」に「目も遥(はる)に」と「芽も張る」を掛ける。
- 本歌
- 「紫のひともとゆゑに武蔵野の草はみながらあはれとぞ見る」(『古今和歌集』雑上・よみ人しらず)を踏まえる。
いでゝゆくあとだにいまだかはらぬに誰が通路と今はなるらむ
- 詠者
- 男
- 状況
- 浮気な女のもとに数日行けなかったときに、疑いの心から詠んだ歌。
修辞
- 推量
- 「らむ」で、今ごろ別の男が通っているのではと思いやる。
解説
第39段は、淳和天皇の皇女崇子内親王の葬送(嘉祥元年、848)を背景にした話である。業平は当時二十四歳で、隣に住んでいたというのは事実かどうか分からないが、実在の人物や事件を用いて物語を作っている。源至を「天の下の色好み」としながらその歌を凡作と評する語り手の態度に、『伊勢物語』の「みやび」の基準がうかがえる。
第41段の歌は、『古今和歌集』では業平が妻の姉妹の夫に袍を贈るときの歌として載る。踏まえた古歌「紫のひともとゆゑに」から、愛する人の縁につながる人を「紫のゆかり」と呼ぶようになった。『源氏物語』で、藤壺のゆかりとして紫の上が登場するのも、この言葉を背景にしている。
第40段の結びの「むかしのわか人は、さるすける物おもひをなむしける。今のおきなまさにしなんや」は、昔の若者と今の老人を対比する語り手の評で、物語を語る「今」の視点がはっきり表れる箇所としてよく取り上げられる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部三 雑上(伊勢物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、44–46頁(コマ26–27)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日