伊勢物語 第4章(第17段〜第22段)
待つ人と忘れ草
桜の盛りに久しぶりに訪れた人と、移り気の名を立てられた桜の歌のやりとり、色あせた菊を贈って男の心を試す女、同じ宮仕えの場にいながら疎遠になった恋、旅先から贈った楓の紅葉。後半は、ささいなことから家を出た女と残された男の忘れ草の贈答、別れた二人が千夜を一夜にと歌い合う再会を読む。
- 1年年としごろごろごろ音音おとづれづれずれざりざりざりけるけるける人人ひとののの、、、櫻櫻さくらののの盛盛さかりににに見見みにににきたりきたりきたりけれけれければばば、、、あるじあるじあるじ、、、
- 2「「「あだあだあだなりなりなりととと名名なにににこそこそこそたてたてたてれれれさくらさくらさくら花花ばな年年としにににまれまれまれなるなるなる人人ひとももも待待まちちちけりけりけり」」」。。。
- 3かへしかへしかへし、、、
- 4「「「けふけふきょうこここずずずははは明日明日あすははは雪雪ゆきとととぞぞぞふりふりふりなななましましまし消消きえええずずずはははありありありともともとも花花はなととと見見みましましましややや」」」。。。
- 5むかしむかしむかし、、、なまなまなまあるあるある女女おんなありありありけりけりけり。。。男男おとこちかうちかうちこうありありありけりけりけり。。。女女おんな歌歌うたよむよむよむ人人ひとなりなりなりけれけれければばば、、、こゝろみこゝろみこころみむむんとてとてとて、、、菊菊きくののの花花はなのののうつろへうつろへうつろえるるるををを折折おりりりててて、、、男男おとこのののもともともとへへへやるやるやる。。。
- 6「「「くれなゐくれなゐくれないににににほふにほふにおうはははいづらいづらいずらしらしらしら雪雪ゆきののの枝枝えだもももににに降降ふるるるかかかととともももみゆみゆみゆ」」」。。。
- 7男男おとこしらしらしらずずずよみよみよみににに詠詠よみみみけるけるける、、、
- 8「「「くれなゐくれなゐくれないににににほふにほふにおうがががうへうへうえのののしらしらしら菊菊ぎくはははをりをりおりけるけるける人人ひとののの袖袖そでかかかとととももも見見みゆゆゆ」」」。。。
- 9むかしむかしむかし、、、男男おとこ、、、宮宮みやづかへづかへづかえしししけるけるける女女おんなののの方方かたににに、、、なりなりなりけるけるける人人ひとをををあひあひあいしりしりしりたりたりたりけるけるける、、、ほどほどほどもももなくなくなくかれかれかれにににけりけりけり。。。おなじおなじおなじ所所ところなれなれなればばば、、、女女おんなのののめめめにににははは見見みゆるゆるゆるものものものからからから、、、男男おとこはははあるあるあるものものものかかかとととももも思思おもひひいたらたらたらずずず、、、女女おんな、、、
- 10「「「天天あま雲雲ぐものののよそよそよそにににももも人人ひとのののなりなりなりゆくゆくゆくかかかさすがさすがさすがににに目目めにににははは見見みゆるゆるゆるものものものからからから」」」
- 11とととよめよめよめりりりけれけれければばば、、、男男おとこかへしかへしかへし、、、
- 12「「「ゆきゆきゆき返返かえりりり空空そらにににのみのみのみしししてててふるふるふることことことはははわわわがががゐるゐるいる山山やまののの風風かぜはやみはやみはやみなりなりなり」」」
- 13とととよめよめよめりりりけるけるけるははは、、、またまたまた男男おとこあるあるある女女おんなににになむなむなんありありありけるけるける。。。
- 14むかしむかしむかし、、、男男おとこ、、、大和大和やまとにににあるあるある女女おんなををを見見みてててよばひよばひよばいてててあひあひあいにににけりけりけり。。。さてさてさてほどほどほどへへへててて、、、宮宮みやづかへづかへづかえするするする人人ひとなりなりなりけれけれければばば、、、かへりかへりかえりくるくるくる道道みちににに、、、やよひやよひやよいばかりばかりばかりにににかへでかへでかへでののの紅葉紅葉もみじのののいといといとおもしろきおもしろきおもしろきををを折折おりりりててて、、、女女おんなのののもともともとににに道道みちよりよりよりいひいひいいやるやるやる、、、
- 15「「「君君きみがががためためためたたたをれをれおれるるる枝枝えだははは春春はるながらながらながらかくかくかくこそこそこそ秋秋あきのののもみぢもみぢもみじしししにににけれけれけれ」」」
- 16とてとてとてやりやりやりたりたりたりけれけれければばば、、、返返かえり事事ごとははは京京きょうにににつきつきつきてててなむなむなんもてもてもてきたりきたりきたりけるけるける。。。
- 17「「「いついついつののの間間まにににうつろふうつろふうつろう色色いろのののつきつきつきぬぬぬらむらむらん君君きみがががさとさとさとにににははは春春はるなかるなかるなかるらしらしらし」」」。。。
- 18むかしむかしむかし、、、男男おとこ女女おんな、、、いといといとかしこくかしこくかしこく思思おもひひいかはしかはしかわしててて、、、ことことこと心心ごころなかりなかりなかりけりけりけり。。。さるさるさるをををいかゞいかゞいかがありありありけむけむけん、、、いささかいささかいささかなるなるなる事事ことにににつけつけつけててて、、、世世よののの中中なかをををうしうしうしとととおもひおもひおもいててて、、、出出いでゝでゝでていないないなむむんととと思思おもひひいでででかゝるかゝるかかる歌歌うたをををなむなむなんよみよみよみてててものものものににに書書かきききつけゝるつけゝるつけける。。。
- 19「「「いでゝいでゝいでていないないなばばば心心こころかろしかろしかろしととといひいひいいやややせせせむむん世世よのののありありありさまさまさまををを人人ひとはははしらしらしらねねねばばば」」」
- 20とととよみよみよみおきおきおきててて出出いでゝでゝでていにいにいにけりけりけり。。。このこのこの女女おんなかくかくかく書書かきききおきおきおきたるたるたるををを見見みてててけしうけしうけしゅう心心こころおくおくおくべきべきべきことことこともももおぼえおぼえおぼえぬぬぬををを、、、何何なにににによりよりよりてててかかかかゝらかゝらかからむむんととと、、、いといといといたういたういとううちうちうち泣泣なきききててて、、、いづいづいず方方かたにににもとめもとめもとめ行行ゆかかかむむんととと、、、門門かどににに出出いでゝでゝでてとみとみとみかうみかうみこうみ見見みけれけれけれどどど、、、いづこいづこいずこをををはかりはかりはかりととともももおぼえおぼえおぼえざりざりざりけれけれければばば、、、かへりかへりかえり入入いりりりててて、、、「「「思思おもふふうかひかひかいなきなきなき世世よなりなりなりけりけりけりとしとしとし月月つきをををあだあだあだにににちぎりちぎりちぎりてててわれわれわれやややすまひすまひすまいししし」」」
- 21ととといひいひいいてててながめながめながめ居居おりりり。。。
- 22「「「人人ひとはははいさいさいさ思思おもひひいやややすすすらむらむらん玉玉たまかづらかづらかずらおもおもおもかげかげかげにににのみのみのみいでゝいでゝいでて見見みえええつゝつゝつつ」」」。。。
- 23このこのこの女女おんないといといと久久ひさしくしくしくありありありててて、、、念念ねんじじじわびわびわびてててにににやややありありありけむけむけん、、、いひいひいいおこせおこせおこせたるたるたる。。。
- 24「「「今今いまはははとてとてとてわするゝわするゝわするる草草くさのののたねたねたねをををだにだにだに人人ひとのののこゝろこゝろこころにににまかせまかせまかせずずずもももがながながな」」」。。。
- 25かへしかへしかへし、、、
- 26「「「わすれわすれわすれ植植ううううとととだにだにだにきくきくきくものものものならならならばばば思思おもひひいけりけりけりとととはははしりしりしりもももしししなななましましまし」」」。。。
- 27又又また々々またありしありしありしよりよりよりいひいひいいかはしかはしかわしててて、、、男男おとこ、、、
- 28「「「忘忘わするるるらむらむらんととと思思おもふふうこゝろこゝろこころのののうたがひうたがひうたがいにににありしありしありしよりよりよりけにけにけにものものものぞぞぞ悲悲かなしきしきしき」」」。。。
- 29かへしかへしかへし、、、
- 30「「「中中なか空空ぞらにににたちたちたちゐるゐるいる雲雲くものののあとあとあともももなくなくなく身身みのののはかなくはかなくはかなくもももなりなりなりぬぬぬべきべきべきかなかなかな」」」
- 31とととはははいひいひいいけれけれけれどどど、、、おのおのおのががが世世よににになりなりなりにににけれけれければばば、、、うとくうとくうとくなりなりなりにににけりけりけり。。。
- 32昔昔むかし、、、はかなくはかなくはかなくててて絕絕たえええにににけるけるける中中なか、、、なほなほなおややや忘忘わすれれれざりざりざりけむけむけん、、、女女おんなのののもともともとよりよりより、、、
- 33「「「うきうきうきながらながらながら人人ひとをををばばばえええしもしもしも忘忘わすれれれねねねばばばかつかつかつうらみうらみうらみつゝつゝつつなほなほなおぞぞぞこひしきこひしきこいしき」」」
- 34ととといへいへいえりりりけれけれければばば、、、さればよさればよさればよととといひいひいいててて、、、男男おとこ、、、
- 35「「「あひあひあいははは見見みででで心心こころひとつひとつひとつをををののの水水みずののの流流ながれれれててて絕絕たえええじじじとととぞぞぞおもふおもふおもう」」」
- 36とととはははいひいひいいけれけれけれどどど、、、そのそのその夜夜よいにいにいにけりけりけり。。。いにしへいにしへいにしえゆくゆくゆくさきさきさきののの事事ことどもどもどもなどなどなどいひいひいいててて、、、
- 37「「「秋秋あきののの夜夜よのののちよちよちよををを一一ひと夜夜よににになずらへなずらへなずらえててて八八や千千ち夜夜よしししねねねばばばややや飽飽あくくく時時ときのののあらあらあらむむん」」」。。。
- 38かへしかへしかへし、、、
- 39「「「秋秋あきののの夜夜よののの千千ち夜夜よをををひとひとひと夜夜よににになせなせなせりりりともともともことばことばことば殘殘のこりりりてててとりとりとりやややなきなきなきなむなむなん」」」。。。
- 40いにしへいにしへいにしえよりよりよりもももあはれあはれあわれにににてててなむなむなん通通かよひひいけるけるける。。。
現代語訳
〔第17段〕何年も訪れてこなかった人が、桜の盛りに花を見に来たので、家の主人が、
「移ろいやすいと評判を立てられている桜の花ですが、一年のうちにまれにしか来ない人をも、こうして散らずに待っていたのですよ」。
客の返歌、
「今日来なかったら、明日には雪のように散ってしまったでしょう。たとえ消えずに残っていても、花として見られたでしょうか」。
〔第18段〕昔、中途半端に風流を気取る女がいた。男は近くに住んでいた。女は歌を詠む人だったので、男を試してみようとして、菊の花の色が変わったのを折って、男のもとへ贈る。
「紅に色づいて美しいというのはどこでしょう。白雪が枝もたわむほど降り積もっているかと見えるばかりです」。
男は、相手の意図に気づかないふりをして詠んだ、
「紅に色づいたその上の白菊は、折ってくれた人の袖の色かと見えます」。
〔第19段〕昔、ある男が、宮仕えをしていた女主人のところで、侍女として仕えていた人と親しい仲になったが、まもなく離れてしまった。同じ所に仕えているので、女の目には男の姿が見えるのに、男は女がいることすら気にもかけない。それで女が、
「天の雲のように、あの人は遠いよそ人になってゆくのか。それでも目には見えているのに」
と詠んだので、男の返歌、
「行ったり来たりして空にばかりいるのは、私のいる山の風が激しいからなのです(あなたのそばに別の男がいるからです)」
と詠んだのは、その女にはほかにも男がいたからだった。
〔第20段〕昔、ある男が、大和に住む女を見初めて求婚し、結ばれた。それからしばらくして、男は宮仕えをする身だったので、京へ帰る途中、三月ごろに楓の若葉がたいそう美しく色づいているのを折って、女のもとへ道中から贈った、
「あなたのために手折った枝は、春だというのに、このように秋のような紅葉をしていました(あなたを思う私の心の色です)」
と言って贈ったところ、女の返事は、男が京に着いてから届いた。
「いつの間に色が移ろう秋がやって来たのでしょう。あなたの里には春がないらしい(もう心変わりしたのですね)」。
〔第21段〕昔、ある男と女が、たいそう深く愛し合っていて、互いにほかの人に心を移すことはなかった。それなのに、どうしたことだろう、ささいなことをきっかけに、女は夫婦の仲をつらいと思って、家を出て行こうと思い、このような歌を詠んで物に書きつけた。
「私が出て行ったら、軽はずみな女だと人は言うでしょうか。私たちの仲の本当のありさまを、人は知らないので」
と詠み置いて出て行ってしまった。男は、女がこのように書き置いたのを見て、別に心を隔てるようなことも思い当たらないのに、何のせいでこんなことになったのだろうと、たいそうひどく泣いて、どこへ探しに行こうかと門に出てあちこち見回したけれど、どこをあてにしてよいかもわからなかったので、家に戻って、「思っていたかいもない仲だったのだ。長い年月をいいかげんに契って、私は暮らしてきたのだろうか」
と言って物思いにふけっていた。
「あの人は、さあどうだか、私を思ってくれているのだろうか。面影にばかり現れて見えるのだが」。
この女は、ずいぶんたってから、こらえきれなくなったのだろうか、歌を言い寄こした。
「今はもうこれまでと、私を忘れる忘れ草の種だけでも、あなたの心にまかせないでほしいのです(どうか忘れないで)」。
男の返歌、
「忘れ草を植えているとだけでも聞いたなら、あなたが私を思ってくれていたのだと分かるのですが(それさえ聞かないので、忘れられたのでしょう)」。
その後、以前よりもいっそう親しく歌を交わして、男が、
「私を忘れてしまっただろうかと疑う心のせいで、以前よりもいっそう悲しく思われます」。
女の返歌、
「中空に立ちのぼっている雲が跡形もなく消えるように、わが身もはかなく消えてしまいそうです」
とは言ったけれど、それぞれ別の相手と暮らすようになってしまったので、疎遠になってしまった。
〔第22段〕昔、ちょっとしたことで縁の切れてしまった仲だったが、やはり忘れられなかったのだろうか、女のもとから、
「つらいと思いながらも、あなたをどうしても忘れられないので、恨みながらも、やはり恋しいのです」
と言ってきたので、「それ見たことか」と言って、男が、
「逢うことはなくても、心はひとつに通わせていて、川島の水が分かれてもまた合わさって流れるように、二人の仲も絶えることはないと思っています」
とは言ったけれど、その夜、女のもとへ行った。過ぎた昔のことやこれから先のことなどを語り合って、男が、
「秋の長い夜の千夜を一夜と見なして、八千夜共寝をしたなら、満ち足りるときがあるだろうか」。
女の返歌、
「秋の夜の千夜を一夜にしても、語り合う言葉が残っているうちに、鶏が鳴いて夜が明けてしまうでしょう」。
二人は以前よりもいっそう深い思いで通い合ったのだった。
意訳
〔第17・18段〕桜を「あだなり(はかない、移り気だ)」と言われる身に重ね、めったに来ない客をとがめる主人に、客は「今日来たからこそ花を見られたのだ」と切り返す。色あせた菊で男を試す女の歌に、男は白菊の美しさをほめて上手にかわす。歌の機知を競うやりとりである。
〔第19・20段〕同じ職場にいながら目もくれない男に、女は雲にたとえて恨み言を言うが、男はあなたに別の男がいるからだと返す。大和の女との恋では、春の楓の紅葉を自分の思いの色として贈った男に、女は「あなたの里には春がない、もう心が移ったのでしょう」と切り返す。
〔第21段〕深く愛し合っていたはずの夫婦が、ささいなことから別れる。出て行った女と、理由も分からず嘆く男。やがて女から「忘れないで」と歌が届き、ふたたび歌を交わすようになるが、結局それぞれ別の暮らしに入り、疎遠になってしまう。忘れ草をめぐる贈答に、未練と諦めが交錯する。
〔第22段〕一方こちらは、別れた後も忘れられずに女が歌を寄こし、男は「それ見たことか」と言いながら、その夜のうちに会いに行く。千夜を一夜にしても足りないという男と、語り尽くせぬうちに鶏が鳴くという女。前の段とは対照的に、よりを戻した二人の喜びが描かれる。
語釈・文法注
- なま心
- 中途半端な風流心。「なま」は未熟な、生半可な。
- とをゝ
- 撓(とを)。枝がたわむほどに。
- ごたち
- 御達。宮仕えする女房たち。ここでは宮仕えする女主人に仕える侍女。
- わすれ草
- 萱草(かんぞう)。身につけると憂いを忘れるとされた。
- ありしよりけに
- 以前よりいっそう。「けに」は、いっそう、ことさら。
- おのが世々
- それぞれ別々の生活、別々の相手との暮らし。
- かはしま
- 川島。川の中の島。水がいったん分かれてまた合流することから、再会のたとえ。
文法
- 「年ごろ音づれざりける人の」
- 底本はこの段を「昔」で始めない。通行本文も同じ。
- 「名にこそたてれ」
- 「こそ…たてれ」の係り結びで、逆接に続く。評判は立っているけれど。
- 「けふこずは」
- 「ずは」は、…しないならば。今日来なかったならば。
- 「しらずよみに詠みける」
- 相手の意図(心変わりを責める)を知らないふりをして詠んだ。
- 「見ゆるものから」
- 「ものから」は逆接の接続助詞。見えるのに。
- 「思ひでかゝる歌を」
- 底本の表記。「思ひて」の意。
- 「けしう心おくべきこと」
- 「けしう」は「怪しく」の音便で、打消を伴い、特に…ない。とりたてて心を隔てるようなこと。
- 「とみかうみ」
- あちらを見たりこちらを見たり。あちこち。
- 「さればよ」
- 思ったとおりだ、それ見たことか。
- 「しねばや」
- 「寝(ね)」の已然形+「ば」+疑問の「や」とする説、「死ね」とする説などがある。
和歌
あだなりと名にこそたてれさくら花年にまれなる人も待ちけり
- 詠者
- あるじ
- 状況
- 何年も訪れなかった人が桜の盛りに来たときに詠んだ歌。『古今和歌集』春上によみ人しらずとして載る。
修辞
- 擬人法
- 桜を、移り気と言われながらも客を待っていた者として描く。
- 寓意
- 桜に、待ちつづけた主人自身を重ねる。
けふこずは明日は雪とぞふりなまし消えずはありとも花と見ましや
- 詠者
- 客(男)
- 状況
- 主人の歌への返歌。『古今和歌集』春上に在原業平の歌として載る。
修辞
- 見立て
- 散る花を雪に見立てる。
- 反実仮想
- 「なまし」「ましや」で、今日来たからこそ見られたのだと切り返す。
くれなゐににほふはいづらしら雪の枝もとをゝに降るかともみゆ
- 詠者
- 女
- 状況
- 色の変わった菊を折って、男を試すために贈った歌。
修辞
- 見立て
- 白菊を白雪に見立てる。
- 寓意
- 色のあせた菊に、心変わりした男を重ねて皮肉る。
くれなゐににほふがうへのしら菊はをりける人の袖かとも見ゆ
- 詠者
- 男
- 状況
- 女の意図に気づかないふりをして返した歌。
修辞
- 見立て
- 紅と白の菊を、贈り主の袖の色(重ねの色目)に見立てる。
天雲のよそにも人のなりゆくかさすがに目には見ゆるものから
- 詠者
- 女
- 状況
- 同じ所にいながら疎遠になった男に詠んだ歌。『古今和歌集』恋五に紀有常の娘の歌として載る。
修辞
- 枕詞
- 「天雲の」は「よそ」にかかる。
- 比喩
- 遠ざかる男を空の雲にたとえる。
ゆき返り空にのみしてふることはわがゐる山の風はやみなり
- 詠者
- 男
- 状況
- 女の歌への返歌。『古今和歌集』恋五に在原業平の歌として載る。
修辞
- 比喩
- 自分を雲に、女のそばにいる別の男を激しい山風にたとえる。
- 掛詞
- 「ふる」に「経る」と「降る」を掛ける。
君がためたをれる枝は春ながらかくこそ秋のもみぢしにけれ
- 詠者
- 男
- 状況
- 大和の女のもとから京へ帰る途中、春に色づいた楓の枝を贈ったときの歌。
修辞
- 寓意
- 春の紅葉に、相手を思って赤く染まった自分の心をたとえる。
いつの間にうつろふ色のつきぬらむ君がさとには春なかるらし
- 詠者
- 大和の女
- 状況
- 男の歌への返歌。男が京に着いてから届いた。
修辞
- 掛詞
- 「秋」に「飽き」を掛け、心変わりをとがめる。
- 寓意
- 「うつろふ色」で男の心変わりをいう。
いでゝいなば心かろしといひやせむ世のありさまを人はしらねば
- 詠者
- 女
- 状況
- 家を出るときに物に書きつけた歌。
修辞
- 反語・疑問
- 「や」で、世間の評判を気にする思いを表す。
思ふかひなき世なりけりとし月をあだにちぎりてわれやすまひし
- 詠者
- 男
- 状況
- 女が出て行ったあと、家に戻って嘆いた歌。
修辞
- 詠嘆
- 「なりけり」で、今気づいた嘆きを表す。
人はいさ思ひやすらむ玉かづらおもかげにのみいでゝ見えつゝ
- 詠者
- 男
- 状況
- 去った女を思って物思いにふけりながら詠んだ歌。
修辞
- 枕詞
- 「玉かづら」は髪飾りで、「おもかげ」に続く。
今はとてわするゝ草のたねをだに人のこゝろにまかせずもがな
- 詠者
- 女
- 状況
- 家を出てしばらくしてから、男に言い寄こした歌。
修辞
- 比喩
- 忘れ草の種に、男が自分を忘れるきっかけをたとえる。
わすれ草植うとだにきくものならば思ひけりとはしりもしなまし
- 詠者
- 男
- 状況
- 女の歌への返歌。
修辞
- 反実仮想
- 「…ならば…まし」で、忘れ草を植えていると聞けばまだ思ってくれていたと分かるのに、と嘆く。
忘るらむと思ふこゝろのうたがひにありしよりけにものぞ悲しき
- 詠者
- 男
- 状況
- ふたたび歌を交わすようになってから、男が詠んだ歌。『古今和歌集』恋四に載る。
修辞
- 強調
- 「ありしよりけに」で、以前にも増した悲しさをいう。
中空にたちゐる雲のあともなく身のはかなくもなりぬべきかな
- 詠者
- 女
- 状況
- 男の歌への返歌。
修辞
- 比喩
- 中空に消える雲に、はかないわが身をたとえる。
うきながら人をばえしも忘れねばかつうらみつゝなほぞこひしき
- 詠者
- 女
- 状況
- 別れた男に、やはり忘れられずに贈った歌。『古今和歌集』恋五に載る。
修辞
- 対比
- 「うらみ」と「こひしき」を並べ、相反する思いを表す。
あひは見で心ひとつをかはしまの水の流れて絕えじとぞおもふ
- 詠者
- 男
- 状況
- 女の歌への返歌。
修辞
- 掛詞
- 「かはしま」に「交はし」と「川島」を掛ける。
- 縁語
- 「水」「流れ」「絶え」が縁語。
秋の夜のちよを一夜になずらへて八千夜しねばや飽く時のあらむ
- 詠者
- 男
- 状況
- よりを戻した夜、昔や将来のことを語り合って詠んだ歌。
修辞
- 誇張
- 千夜を一夜として八千夜という大げさな数で、尽きない思いを表す。
秋の夜の千夜をひと夜になせりともことば殘りてとりやなきなむ
- 詠者
- 女
- 状況
- 男の歌への返歌。
修辞
- 誇張
- 男の誇張を受けて、それでも語り尽くせないと返す。
解説
第17段から第22段は、恋の歌の贈答を中心にした短い段が続く。それぞれ独立した話だが、桜・菊・紅葉・忘れ草といった草木に心を託す歌が多い。とくに第17段の二首は『古今和歌集』春上に並んで載り、物語がそれをもとに場面を作ったと考えられている。
第19段の「天雲の」の歌は、『古今和歌集』では紀有常の娘の歌、「ゆき返り」の歌は業平の歌として載る。紀有常の娘は業平の妻であり、古くは夫婦の歌のやりとりとして読まれていた。物語では、名前を出さずに宮仕えの場での恋に仕立てている。
第21段と第22段は、別れた男女が歌を交わす点で共通しながら、一方は疎遠になり、一方はよりを戻すという対照的な結末になっている。章段を並べて読み比べることで、恋の行方の違いが際立つように配置されているとも考えられる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部三 雑上(伊勢物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、36–39頁(コマ22–23)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日