伊勢物語 第2章(第7段〜第11段)
東下り
京に居づらくなった男が、友と東国へ下る。伊勢・尾張の海辺の波、浅間山の煙、三河の八橋のかきつばた、宇津の山の修行者、五月の富士の雪、そして隅田川の都鳥。都を思う歌を重ねる名高い東下りの段を中心に、武蔵の国での婿取りの話と、旅先から友に贈った歌までを読む。
- 1昔昔むかし、、、男男おとこありありありけりけりけり。。。京京きょうにににありありありわびわびわびてててあづまあづまあずまにににいきいきいきけるけるけるににに、、、伊伊い勢勢せ尾尾お張張わりのののののの海海うみづらづらずらををを行行ゆくくくににに、、、浪浪なみのののいといといと白白しろくくくたつたつたつををを見見みててて、、、
- 2「「「いとゞしくいとゞしくいとどしく過過すぎぎぎにににしししかたかたかたののの戀戀こいしきしきしきにににうらうらうらやましくやましくやましくもももかへるかへるかえる浪浪なみかなかなかな」」」
- 3とととなむなむなんよめよめよめりりりけるけるける。。。
- 4むかしむかしむかし、、、男男おとこありありありけりけりけり。。。京京きょうややや住住すみみみうかりうかりうかりけむけむけん、、、あづまあづまあずまのののかたかたかたにににゆきゆきゆきてててすみすみすみ所所どころもとむもとむもとむとてとてとて、、、友友ともとととするするする人人ひとひとりひとりひとりふたりふたりふたりしししてててゆきゆきゆきけりけりけり。。。信信しな濃濃のののの國國くに、、、淺淺あさ間間まののの岳岳たけにににけぶりけぶりけぶりののの立立たつつつををを見見みててて、、、
- 5「「「信信しな濃濃のなるなるなる淺淺あさ間間まのののたけたけたけににに立立たつつつけぶりけぶりけぶりをちをちおちかたかたかたののの見見みやややはははとがめとがめとがめぬぬぬ」」」
- 6昔昔むかし、、、男男おとこありありありけりけりけり。。。そのそのその男男おとこ、、、身身みをををようようようなきなきなきものものものににに思思おもひひいなしなしなしててて、、、京京きょうにににはははあらあらあらじじじ、、、あづまあづまあずまののの方方かたにににすむすむすむべきべきべき國國くにもとめもとめもとめにににとてとてとてゆきゆきゆきけりけりけり。。。もともともとよりよりより友友ともとととするするする人人ひと、、、一一ひと人人り二二ふた人人りしししてててもろもろもろともともともにににいきいきいきけりけりけり。。。道道みち知知しれれれるるる人人ひともももなくなくなくててて惑惑まどひひいいきいきいきけりけりけり。。。三三み河河かわののの國國くにやつやつやつはしはしはしととといふいふいう所所ところにににいたりいたりいたりぬぬぬ。。。そこそこそこををを八八やつ橋橋はしととといひいひいいけるけるけるははは水水みずゆくゆくゆく河河かわのののくもくもくもなれなれなればばば橋橋はしををを八八やつつつわたせわたせわたせるるるににによりよりよりてててなむなむなん八八やつ橋橋はしとととはははいひいひいいけるけるける。。。そのそのその澤澤さわのののほとりほとりほとりののの木木きののの蔭蔭かげにににおりおりおり居居いてててかれかれかれくひくひくいけりけりけり。。。そのそのその澤澤さわにににかきつばたかきつばたかきつばたいといといとおもしろくおもしろくおもしろく咲咲さきききたりたりたり。。。それそれそれををを見見みてててあるあるある人人ひとのののいはくいはくいわく、、、「「「かきつばたかきつばたかきつばたととといふいふいういついついつ文文も字字じををを句句くのののかみかみかみにににすゑすゑすえててて、、、旅旅たびのののこゝろこゝろこころをををよめよめよめ」」」ととといひいひいいけれけれければばば、、、よめよめよめるるる、、、
- 7「「「唐唐から衣衣ころもきききつゝつゝつつなれなれなれにににしししつまつまつましししあれあれあればばばはるばるはるばるはるばる來來きぬるぬるぬる旅旅たびをををしししぞぞぞおもふおもふおもう」」」
- 8とととよめよめよめりりりけれけれければばば、、、みなみなみな人人ひとかれかれかれいひいひいいのののうへうへうえににになみだなみだなみだ落落おとしししてててにににけりけりけり。。。ゆきゆきゆきゆきゆきゆきててて駿駿する河河がののの國國くににににいたりいたりいたりぬぬぬ。。。宇宇う津津つののの山山やまにににいたりいたりいたりててて、、、我我わがががいらいらいらむむんとととするするする道道みちはははいといといとくらうくらうくろうほそきほそきほそきににに、、、つたつたつたかづらかづらかずらはははしげりしげりしげりててて物物もの心心こころぼそくぼそくぼそく、、、すゞろすゞろすずろなるなるなるめめめををを見見みるるることことことゝゝと思思おもふふうににに、、、あひあひあいたりたりたり。。。「「「かゝるかゝるかかる道道みちはははいかでいかでいかでかかかおはするおはするおわする」」」ととといふいふいうををを見見みれれればばば見見みししし人人ひとなりなりなりけりけりけり。。。京京きょうにににそのそのその人人ひとののの御御おおんもともともとにににとてとてとて、、、文文ふみ書書かきききてててつくつくつく。。。
- 9「「「駿駿する河河がなるなるなるうつうつうつののの山山やま邊邊べのののうつゝうつゝうつつにににももも夢夢ゆめにににももも人人ひとにににあはあはあわぬぬぬなりなりなりけりけりけり」」」。。。
- 10富富ふ士士じののの山山やまををを見見みれれればばば、、、さつきさつきさつきのののつごもりつごもりつごもりににに雪雪ゆきいといといと白白しろうううふれふれふれりりり。。。
- 11「「「時時ときしらしらしらぬぬぬ山山やまはははふじふじふじのののねねねいついついつとととてててかかかかかかのののこここににに雪雪ゆきのののふるふるふるらむらむらん」」」。。。
- 12そのそのその山山やまはははこゝこゝここにににたとへたとへたとえばばば、、、比比ひ叡叡えののの山山やまをををはたちはたちはたちばかりばかりばかり重重かさねねねあげあげあげたらたらたらむむんほどほどほどしししててて、、、なりなりなりははは鹽鹽しおのののやうやうようににになむなむなんありありありけるけるける。。。なほなほなおゆきゆきゆきゆきゆきゆきててて、、、武武む藏藏さしののの國國くにとととしもつしもつしもつふさふさふさののの國國くにとととののの中中なかにににいといといと大大おおきききなるなるなる川川かわありありあり、、、それそれそれををを隅隅すみ田田だ川川がわととといふいふいう。。。そのそのその河河かわのののほとりほとりほとりにににむれむれむれ居居いててて「「「思思おもひひいやれやれやればばばかぎりかぎりかぎりなくなくなく遠遠とおくくくももも來來きにににけるけるけるかなかなかな」」」とととわびわびわびあへあへあえるるるににに、、、わたしわたしわたしもりもりもり「「「はやはやはや船船ふねににに乘乘のれれれ。。。日日ひもももくれくれくれぬぬぬ」」」ととといふいふいうににに、、、乘乘のりりりててて渡渡わたらららむむんとととするするするににに、、、皆皆みな人人ひとものものものわびしくわびしくわびしくててて、、、京京きょうににに思思おもふふう人人ひとなきなきなきにににしもしもしもあらあらあらずずず。。。さるさるさるをりをりおりしもしもしも、、、白白しろききき鳥鳥とりのののはしはしはしととと足足あしととと赤赤あかききき鴨鴨かもののの大大おおきききさささなるなるなる、、、水水みずのののうへうへうえににに遊遊あそびびびつゝつゝつついをいをいおをををくふくふくう。。。京京きょうにににははは見見みえええぬぬぬ鳥鳥とりなれなれなればばば皆皆みな人人ひと見見みしらしらしらずずず。。。渡渡わたし守守もりににに問問とひひいけれけれければばば、、、「「「これこれこれなむなむなん都都みやこ」」」ととといふいふいうををを聞聞ききききててて、、、
- 13「「「名名なにににしししおはおはおわゞゞばいざいざいざことゝはむことゝはむこととわんみやこみやこみやこ鳥鳥どり我我わがががおもふおもふおもう人人ひとはははありありありやややなしなしなしやややととと」」」
- 14とととよめよめよめりりりけれけれければばば、、、船船ふねこぞりこぞりこぞりてててなきなきなきにににけりけりけり。。。
- 15むかしむかしむかし、、、男男おとこ、、、武武む藏藏さしののの國國くにまでまでまでまどひまどひまどいありきありきありきけりけりけり。。。さてさてさてそのそのその國國くににににあるあるある女女おんなをををよばひよばひよばいけりけりけり。。。父父ちちはははことことこと人人びとにににあはせあはせあわせむむんととといひいひいいけるけるけるををを、、、母母ははなむなむなんあてあてあてなるなるなる人人ひとににに心心こころづけづけづけたりたりたりけるけるける。。。父父ちちはははなほなほなおにににててて、、、母母ははなむなむなん藤藤ふじ原原わらなりなりなりけるけるける。。。さてさてさてなむなむなんあてあてあてなるなるなる人人ひとにににととと思思おもひひいけるけるける。。。このこのこの婿婿むこににによみよみよみててておこせおこせおこせたりたりたりけるけるける、、、住住すむむむ
- 16ところところところなむなむなん、、、いるまいるまいるまののの郡郡こおりみよしみよしみよし野野のののの里里さとなりなりなりけるけるける。。。
- 17「「「みよしみよしみよし野野のののの田田たのむのむのむのののもももひたぶるひたぶるひたぶるににに君君きみがががかたかたかたにににぞぞぞよるよるよるとととなくなくなくなるなるなる」」」。。。
- 18婿婿むこがねがねがねかへしかへしかへし、、、
- 19「「「我我わがががかたかたかたににによるよるよるととと鳴鳴なくくくなるなるなるみよしみよしみよし野野のののの田田たのむのむのむののの雁雁かりをををいついついつかかかわすれわすれわすれむむん」」」
- 20とととなむなむなん。。。ひとひとひとののの國國くににににてててももも、、、なほなほなおかゝるかゝるかかることことことなむなむなんやまやまやまざりざりざりけるけるける。。。
- 21むかしむかしむかし、、、男男おとこあづまあづまあずまへへへ行行ゆきききけるけるけるににに、、、友友ともだちだちだちににに道道みちよりよりよりいひいひいいおこせおこせおこせけるけるける、、、
- 22「「「わするわするわするなななよよよほどほどほどははは雲雲くもゐゐいににになりなりなりぬぬぬともともともそらそらそらゆくゆくゆく月月つきのののめぐりめぐりめぐりあふあふあうまでまでまで」」」。。。
現代語訳
〔第7段〕昔、ある男がいた。京に住みづらくなって東国へ行ったとき、伊勢と尾張の境の海辺を行くと、波がたいそう白く立つのを見て、
「ますます、過ぎて来た方角(都)が恋しいのに、うらやましくも寄せては返っていく波であることよ」
と詠んだのだった。
〔第8段〕昔、ある男がいた。京に住みづらかったのだろうか、東国の方に行って住む所を探そうというので、友とする人一人二人と連れ立って行った。信濃の国の浅間山に煙が立つのを見て、
「信濃にある浅間山に立ちのぼる煙を、遠くの土地の人々は見とがめないことがあろうか(誰もが見て不思議に思うだろう)」
〔第9段〕昔、ある男がいた。その男は、自分の身を役に立たないものと思い込んで、京にはいるまい、東国の方に住むのによい国を探しに行こうと出かけた。以前から友としている人、一人二人と一緒に行った。道を知っている人もいなくて、迷いながら行った。三河の国の八橋という所に着いた。そこを八橋といったのは、水の流れる川が蜘蛛の足のように八方に分かれているので、橋を八つ渡してあることから八橋といったのである。その沢のほとりの木陰に馬から降りて座り、乾飯を食べた。その沢にかきつばたがたいそう美しく咲いていた。それを見て、ある人が「かきつばたという五文字を各句の頭に置いて、旅の心を詠め」と言ったので、詠んだ歌、
「唐衣を着慣れるように、慣れ親しんだ妻が都にいるので、はるばるやって来た旅をしみじみと思うことだ」
と詠んだので、一同は乾飯の上に涙を落として、乾飯がふやけてしまった。さらに進んで駿河の国に着いた。宇津の山に着いて、自分たちが入って行こうとする道はたいそう暗く細いうえに、蔦や楓が茂って、なんとなく心細く、思いがけずひどい目にあうことだと思っていると、修行者に出会った。「このような道に、どうしていらっしゃるのですか」と言うのを見ると、都で見知った人であった。京の、あの方のもとへと言って、手紙を書いてことづける。
「駿河にある宇津の山のほとりに来て、うつつ(現実)にも夢にもあなたに会わないことです」。
富士の山を見ると、五月の末だというのに、雪がたいそう白く降り積もっている。
「季節を知らない山は富士の嶺だ。今をいつだと思って、鹿の子まだらに雪が降り積もっているのだろう」。
その山は、ここ(都)の山にたとえると、比叡山を二十ほど重ね上げたような高さで、形は塩尻のようであった。なおも進んで行って、武蔵の国と下総の国との間にたいそう大きな川がある。それを隅田川という。その川のほとりに集まって座り、「思えば限りなく遠くまで来たものだなあ」と嘆き合っていると、渡し守が「早く船に乗れ。日も暮れてしまう」と言うので、乗って渡ろうとすると、一同なんとなくわびしくて、京に恋しく思う人がいないわけではない。ちょうどそのとき、白い鳥で、くちばしと脚が赤い、鴨ほどの大きさの鳥が、水の上で遊びながら魚を食べている。京では見かけない鳥なので、誰も見知らない。渡し守に尋ねると、「これこそ都鳥」と言うのを聞いて、
「都という名を持っているのなら、さあ尋ねよう、都鳥よ。私の恋しく思う人は無事でいるのかいないのかと」
と詠んだので、船の人々はみな泣いてしまった。
〔第10段〕昔、ある男が、武蔵の国までさまよい歩いた。そしてその国にいる女に求婚した。父親はほかの人と結婚させようと言ったが、母親は身分の高い人に心を寄せていた。父親は普通の身分の人で、母親は藤原氏の出身であった。それで、身分の高い人にと思ったのだった。母親がこの婿の候補に歌を詠んで贈ってきた。住む
所は、入間の郡、みよしのの里であった。
「みよしのの田の面にいる雁も、ひたすらにあなたの方に寄ると鳴いているようです(娘もひたすらあなたを頼りにしています)」。
婿の候補の返歌、
「私の方に寄ると鳴いているという、みよしのの田の面の雁を、いつ忘れることがあろうか」
という。都の外の国に行っても、男のこうした恋の行いはやまなかったのだった。
〔第11段〕昔、ある男が東国へ行ったとき、友人たちに道中から歌を書いて贈った、
「忘れないでくれよ。遠く雲のかなたに離れてしまっても、空を行く月がめぐってくるように、ふたたびめぐり逢うまで」。
意訳
〔第7・8段〕都に居づらくなって東へ向かう男は、寄せては返す波に、帰ることのできない自分を重ねてうらやむ。浅間山の煙の歌も、燃える思いを人に見とがめられる身をひそかに嘆くように響く。
〔第9段〕「身をえうなきもの」と思い定めた男の旅は、名所ごとに都への思いを深めていく。かきつばたの五文字を句頭に置いた技巧的な歌も、内容は都に残した妻への思慕であり、一同は涙を流す。宇津の山では夢にさえ会えない人を思い、季節外れの富士の雪に目を見はり、ついに隅田川で「都」の名を持つ鳥に出会う。都鳥に恋しい人の安否を問う歌は、旅の哀しみが極まった一首として、みなを泣かせた。
〔第10・11段〕武蔵の国では、藤原氏出身の母親が都から来た高貴な男を婿にと望み、「田のむの雁」に娘の心を託して歌を贈る。男も誠実に応え、旅先でも恋はやまない。最後は都の友に、空を行く月のようにいつかまためぐり逢おうと呼びかけて、東下りの話群を結ぶ。
語釈・文法注
- あはひ
- 間。境目。伊勢と尾張の国境の海辺。
- をちかた人
- 遠方の人。遠くの土地に住む人。
- くもて
- 蜘蛛手。蜘蛛の足のように四方八方に分かれていること。
- かれいひ
- 乾飯(かれいい)。干した飯で、旅の携帯食。水や湯に浸して食べた。
- ほとび
- 「ほとぶ」は水分を含んでふやける。涙で乾飯がふやけたという誇張。
- すぎやうじや
- 修行者。諸国をめぐって修行する僧。
- かのこまだら
- 鹿の子斑。鹿の背の白い斑点のような模様。山肌にまだらに残る雪のたとえ。
- 鹽尻
- 塩田で、砂を円錐形に高く積み上げたもの。富士山の形のたとえ。
- 都鳥
- ユリカモメのこととされる。冬に飛来する白い水鳥で、くちばしと脚が赤い。
- なほ人
- 直人。普通の身分の人。
- 婿がね
- 婿の候補。「がね」は、…となるはずのもの。
- 田のむの雁
- 「田の面(たのも)の雁」で、田に降りている雁。「頼む」を掛ける。
文法
- 「京にありわびて」
- 「わぶ」は、…しかねる。京に住みかねて。
- 「見やはとがめぬ」
- 「やは」は反語。見とがめないことがあろうか、きっと見とがめるだろう。
- 「身をようなきものに思ひなして」
- 「えうなし」(要無し)を底本は「ようなき」と表記する。自分は役に立たない者だと思い込んで。
- 「つましあれば」
- 「し」は強意の副助詞。妻がいるので。
- 「すゞろなるめを見ること」
- 「すずろなり」は思いがけない。思いもよらない(つらい)目にあうことよ。
- 「京に思ふ人なきにしもあらず」
- 京に恋しく思う人がいないわけではない(いるのだ)。
- 「名にしおはゞ」
- 「し」は強意。「おふ」は名として持つ。都という名を持っているならば。
- 「わするなよ」
- 「な」は禁止の終助詞。忘れるなよ。
和歌
いとゞしく過ぎにしかたの戀しきにうらやましくもかへる浪かな
- 詠者
- 男
- 状況
- 東国へ向かう途中、伊勢と尾張の境の海辺で、白く寄せては返す波を見て詠んだ歌。
修辞
- 掛詞
- 「かた」に「方(方角)」と「潟」を掛けるとする説がある。
- 擬人法
- 返っていく波を、帰ることのできる者としてうらやむ。
信濃なる淺間のたけに立つけぶりをちかた人の見やはとがめぬ
- 詠者
- 男
- 状況
- 東国へ行く途中、浅間山に煙が立つのを見て詠んだ歌。
修辞
- 反語
- 「やは」で、遠くの人も見とがめるだろうと強調する。
唐衣きつゝなれにしつましあればはるばる來ぬる旅をしぞおもふ
- 詠者
- 男
- 状況
- 三河の八橋で、かきつばたの五文字を各句の頭に置いて旅の心を詠めと言われて詠んだ歌。『古今和歌集』羇旅に在原業平の歌として載る。
修辞
- 折句
- 各句の頭に「か・き・つ・ば・た」を置く。
- 枕詞
- 「唐衣」は「着る」にかかる枕詞。
- 序詞
- 「唐衣きつゝ」が「なれ」を導く。
- 掛詞
- 「なれ」に「(衣が)萎れ」と「慣れ」、「つま」に「褄」と「妻」、「はるばる」に「(衣を)張る」と「遥々」、「き」に「着」と「来」を掛ける。
- 縁語
- 「なれ」「つま」「はる」「き」は「唐衣」の縁語。
駿河なるうつの山邊のうつゝにも夢にも人にあはぬなりけり
- 詠者
- 男
- 状況
- 宇津の山で出会った修行者に、京の恋しい人への手紙をことづけたときの歌。
修辞
- 序詞
- 「駿河なるうつの山邊の」が同音の「うつつ」を導く。
- 背景
- 恋しい人が自分を思えば夢に現れるという当時の考え方を踏まえ、夢にも会えないのは相手が思ってくれないからだと嘆く。
時しらぬ山はふじのねいつとてかかのこまだらに雪のふるらむ
- 詠者
- 男
- 状況
- 五月の末に、富士山に雪が白く積もっているのを見て詠んだ歌。
修辞
- 擬人法
- 季節をわきまえない山として富士をとがめる。
- 比喩
- 残雪のまだら模様を「鹿の子まだら」にたとえる。
名にしおはゞいざことゝはむみやこ鳥我がおもふ人はありやなしやと
- 詠者
- 男
- 状況
- 隅田川の渡しで、都鳥という名を聞いて、都に残した人を思って詠んだ歌。『古今和歌集』羇旅に在原業平の歌として載る。
修辞
- 擬人法
- 鳥に呼びかけて問いかける。
- 掛詞
- 鳥の名の「みやこ」に都への思いを重ねる。
みよし野の田のむの雁もひたぶるに君がかたにぞよるとなくなる
- 詠者
- 女の母
- 状況
- 武蔵の国で、娘の婿にと望んだ都の男に贈った歌。
修辞
- 掛詞
- 「たのむ」に「田の面」と「頼む」を掛ける。
- 比喩
- 雁に娘を、鳴く声に娘の思いをたとえる。
我がかたによると鳴くなるみよし野の田のむの雁をいつかわすれむ
- 詠者
- 男(婿がね)
- 状況
- 母親の歌への返歌。
修辞
- 反語
- 「いつかわすれむ」で、決して忘れないと誓う。
- 掛詞
- 贈歌と同じく「たのむ」に「田の面」と「頼む」を掛ける。
わするなよほどは雲ゐになりぬともそらゆく月のめぐりあふまで
- 詠者
- 男
- 状況
- 東国へ行く途中、都の友人たちに書き送った歌。『拾遺和歌集』では橘忠幹の歌とされる。
修辞
- 縁語
- 「雲ゐ」「そら」「月」が縁語。
- 比喩
- 空をめぐる月に、ふたたびめぐり逢う日をたとえる。
解説
第7段から第15段までは、男が東国へ下る話をまとめた「東下り」の章段群である。中でも第9段は、八橋・宇津の山・富士山・隅田川と名所をたどる紀行の形をとり、『伊勢物語』の代表的な場面として古くから絵画や工芸の題材になった。八橋のかきつばたは尾形光琳の「燕子花図屏風」「八橋図屏風」に、宇津の山の「蔦の細道」は後の紀行文や絵巻に受けつがれている。
東下りを、二条の后との恋が発覚して都にいられなくなった業平の流離と結びつける読み方は古くからある。ただし史実の業平が東国へ下った記録はなく、旅の話は歌をもとに物語として組み立てられたものと考えられている。
都鳥はユリカモメとされ、今も隅田川に冬鳥として飛来する。東京都の「都の鳥」に選ばれ、隅田川には「言問橋」「業平橋」など、この段にちなむ地名が残っている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部三 雑上(伊勢物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、31–34頁(コマ19–21)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日