古典ライブラリー

伊勢物語 第2章(第7段〜第11段)

東下り

京に居づらくなった男が、友と東国へ下る。伊勢・尾張の海辺の波、浅間山の煙、三河の八橋のかきつばた、宇津の山の修行者、五月の富士の雪、そして隅田川の都鳥。都を思う歌を重ねる名高い東下りの段を中心に、武蔵の国での婿取りの話と、旅先から友に贈った歌までを読む。

  1. 1昔むかし昔むかしむかし、、、男をとこ男をとこおとこありありありけりけりけり。。。京きやう京きやうきょうにににありありありわびわびわびてててあづまあづまあずまにににいきいきいきけるけるけるににに、、、伊い伊いい勢せ勢せせ尾を尾をお張はり張はりわりのののののの海うみ海うみうみづらづらずらををを行ゆ行ゆゆくくくににに、、、浪なみ浪なみなみのののいといといと白しろ白しろしろくくくたつたつたつををを見み見みみててて、、、
  2. 2「「「いとゞしくいとゞしくいとどしく過す過すすぎぎぎにににしししかたかたかたののの戀こひ戀こひこいしきしきしきにににうらうらうらやましくやましくやましくもももかへるかへるかえる浪なみ浪なみなみかなかなかな」」」
  3. 3とととなむなむなんよめよめよめりりりけるけるける。。。
  4. 4むかしむかしむかし、、、男をとこ男をとこおとこありありありけりけりけり。。。京きやう京きやうきょうややや住す住すすみみみうかりうかりうかりけむけむけん、、、あづまあづまあずまのののかたかたかたにににゆきゆきゆきてててすみすみすみ所どころ所どころどころもとむもとむもとむとてとてとて、、、友とも友ともともとととするするする人ひと人ひとひとひとりひとりひとりふたりふたりふたりしししてててゆきゆきゆきけりけりけり。。。信しな信しなしな濃の濃ののののの國くに國くにくに、、、淺あさ淺あさあさ間ま間ままののの岳たけ岳たけたけにににけぶりけぶりけぶりののの立た立たたつつつををを見み見みみててて、、、
  5. 5「「「信しな信しなしな濃の濃ののなるなるなる淺あさ淺あさあさ間ま間ままのののたけたけたけににに立た立たたつつつけぶりけぶりけぶりをちをちおちかたかたかたののの見み見みみやややはははとがめとがめとがめぬぬぬ」」」
  6. 6昔むかし昔むかしむかし、、、男をとこ男をとこおとこありありありけりけりけり。。。そのそのその男をとこ男をとこおとこ、、、身み身みみをををようようようなきなきなきものものものににに思おも思おもおもひひいなしなしなしててて、、、京きやう京きやうきょうにににはははあらあらあらじじじ、、、あづまあづまあずまののの方かた方かたかたにににすむすむすむべきべきべき國くに國くにくにもとめもとめもとめにににとてとてとてゆきゆきゆきけりけりけり。。。もともともとよりよりより友とも友ともともとととするするする人ひと人ひとひと、、、一ひと一ひとひと人り人りり二ふた二ふたふた人り人りりしししてててもろもろもろともともともにににいきいきいきけりけりけり。。。道みち道みちみち知し知ししれれれるるる人ひと人ひとひともももなくなくなくててて惑まど惑まどまどひひいいきいきいきけりけりけり。。。三み三みみ河かは河かはかわののの國くに國くにくにやつやつやつはしはしはしととといふいふいう所ところ所ところところにににいたりいたりいたりぬぬぬ。。。そこそこそこををを八やつ八やつやつ橋はし橋はしはしととといひいひいいけるけるけるははは水みづ水みづみずゆくゆくゆく河かは河かはかわのののくもくもくもなれなれなればばば橋はし橋はしはしををを八や八ややつつつわたせわたせわたせるるるににによりよりよりてててなむなむなん八やつ八やつやつ橋はし橋はしはしとととはははいひいひいいけるけるける。。。そのそのその澤さは澤さはさわのののほとりほとりほとりののの木き木ききののの蔭かげ蔭かげかげにににおりおりおり居ゐ居ゐいてててかれかれかれくひくひくいけりけりけり。。。そのそのその澤さは澤さはさわにににかきつばたかきつばたかきつばたいといといとおもしろくおもしろくおもしろく咲さ咲ささきききたりたりたり。。。それそれそれををを見み見みみてててあるあるある人ひと人ひとひとのののいはくいはくいわく、、、「「「かきつばたかきつばたかきつばたととといふいふいういついついつ文も文もも字じ字じじををを句く句くくのののかみかみかみにににすゑすゑすえててて、、、旅たび旅たびたびのののこゝろこゝろこころをををよめよめよめ」」」ととといひいひいいけれけれければばば、、、よめよめよめるるる、、、
  7. 7「「「唐から唐からから衣ころも衣ころもころもきききつゝつゝつつなれなれなれにににしししつまつまつましししあれあれあればばばはるばるはるばるはるばる來き來ききぬるぬるぬる旅たび旅たびたびをををしししぞぞぞおもふおもふおもう」」」
  8. 8とととよめよめよめりりりけれけれければばば、、、みなみなみな人ひと人ひとひとかれかれかれいひいひいいのののうへうへうえににになみだなみだなみだ落おと落おとおとしししてててにににけりけりけり。。。ゆきゆきゆきゆきゆきゆきててて駿する駿するする河が河ががののの國くに國くにくににににいたりいたりいたりぬぬぬ。。。宇う宇うう津つ津つつののの山やま山やまやまにににいたりいたりいたりててて、、、我わ我わわがががいらいらいらむむんとととするするする道みち道みちみちはははいといといとくらうくらうくろうほそきほそきほそきににに、、、つたつたつたかづらかづらかずらはははしげりしげりしげりててて物もの物ものもの心こころ心こころこころぼそくぼそくぼそく、、、すゞろすゞろすずろなるなるなるめめめををを見み見みみるるることことことゝゝと思おも思おもおもふふうににに、、、あひあひあいたりたりたり。。。「「「かゝるかゝるかかる道みち道みちみちはははいかでいかでいかでかかかおはするおはするおわする」」」ととといふいふいうををを見み見みみれれればばば見み見みみししし人ひと人ひとひとなりなりなりけりけりけり。。。京きやう京きやうきょうにににそのそのその人ひと人ひとひとののの御おほん御おほんおおんもともともとにににとてとてとて、、、文ふみ文ふみふみ書か書かかきききてててつくつくつく。。。
  9. 9「「「駿する駿するする河が河ががなるなるなるうつうつうつののの山やま山やまやま邊べ邊べべのののうつゝうつゝうつつにににももも夢ゆめ夢ゆめゆめにににももも人ひと人ひとひとにににあはあはあわぬぬぬなりなりなりけりけりけり」」」。。。
  10. 10富ふ富ふふ士じ士じじののの山やま山やまやまををを見み見みみれれればばば、、、さつきさつきさつきのののつごもりつごもりつごもりににに雪ゆき雪ゆきゆきいといといと白しろ白しろしろうううふれふれふれりりり。。。
  11. 11「「「時とき時ときときしらしらしらぬぬぬ山やま山やまやまはははふじふじふじのののねねねいついついつとととてててかかかかかかのののこここににに雪ゆき雪ゆきゆきのののふるふるふるらむらむらん」」」。。。
  12. 12そのそのその山やま山やまやまはははこゝこゝここにににたとへたとへたとえばばば、、、比ひ比ひひ叡え叡ええののの山やま山やまやまをををはたちはたちはたちばかりばかりばかり重かさ重かさかさねねねあげあげあげたらたらたらむむんほどほどほどしししててて、、、なりなりなりははは鹽しほ鹽しほしおのののやうやうようににになむなむなんありありありけるけるける。。。なほなほなおゆきゆきゆきゆきゆきゆきててて、、、武む武むむ藏さし藏さしさしののの國くに國くにくにとととしもつしもつしもつふさふさふさののの國くに國くにくにとととののの中なか中なかなかにににいといといと大おほ大おほおおきききなるなるなる川かは川かはかわありありあり、、、それそれそれををを隅すみ隅すみすみ田だ田だだ川がは川がはがわととといふいふいう。。。そのそのその河かは河かはかわのののほとりほとりほとりにににむれむれむれ居ゐ居ゐいててて「「「思おも思おもおもひひいやれやれやればばばかぎりかぎりかぎりなくなくなく遠とほ遠とほとおくくくももも來き來ききにににけるけるけるかなかなかな」」」とととわびわびわびあへあへあえるるるににに、、、わたしわたしわたしもりもりもり「「「はやはやはや船ふね船ふねふねににに乘の乘ののれれれ。。。日ひ日ひひもももくれくれくれぬぬぬ」」」ととといふいふいうににに、、、乘の乘ののりりりててて渡わた渡わたわたらららむむんとととするするするににに、、、皆みな皆みなみな人ひと人ひとひとものものものわびしくわびしくわびしくててて、、、京きやう京きやうきょうににに思おも思おもおもふふう人ひと人ひとひとなきなきなきにににしもしもしもあらあらあらずずず。。。さるさるさるをりをりおりしもしもしも、、、白しろ白しろしろききき鳥とり鳥とりとりのののはしはしはしととと足あし足あしあしととと赤あか赤あかあかききき鴨かも鴨かもかもののの大おほ大おほおおきききさささなるなるなる、、、水みづ水みづみずのののうへうへうえににに遊あそ遊あそあそびびびつゝつゝつついをいをいおをををくふくふくう。。。京きやう京きやうきょうにににははは見み見みみえええぬぬぬ鳥とり鳥とりとりなれなれなればばば皆みな皆みなみな人ひと人ひとひと見み見みみしらしらしらずずず。。。渡わたし渡わたしわたし守もり守もりもりににに問と問ととひひいけれけれければばば、、、「「「これこれこれなむなむなん都みやこ都みやこみやこ」」」ととといふいふいうををを聞き聞きききききててて、、、
  13. 13「「「名な名ななにににしししおはおはおわゞゞばいざいざいざことゝはむことゝはむこととわんみやこみやこみやこ鳥どり鳥どりどり我わ我わわがががおもふおもふおもう人ひと人ひとひとはははありありありやややなしなしなしやややととと」」」
  14. 14とととよめよめよめりりりけれけれければばば、、、船ふね船ふねふねこぞりこぞりこぞりてててなきなきなきにににけりけりけり。。。
  15. 15むかしむかしむかし、、、男をとこ男をとこおとこ、、、武む武むむ藏さし藏さしさしののの國くに國くにくにまでまでまでまどひまどひまどいありきありきありきけりけりけり。。。さてさてさてそのそのその國くに國くにくににににあるあるある女をんな女をんなおんなをををよばひよばひよばいけりけりけり。。。父ちち父ちちちちはははことことこと人びと人びとびとにににあはせあはせあわせむむんととといひいひいいけるけるけるををを、、、母はは母ははははなむなむなんあてあてあてなるなるなる人ひと人ひとひとににに心こころ心こころこころづけづけづけたりたりたりけるけるける。。。父ちち父ちちちちはははなほなほなおにににててて、、、母はは母ははははなむなむなん藤ふぢ藤ふぢふじ原はら原はらわらなりなりなりけるけるける。。。さてさてさてなむなむなんあてあてあてなるなるなる人ひと人ひとひとにににととと思おも思おもおもひひいけるけるける。。。このこのこの婿むこ婿むこむこににによみよみよみててておこせおこせおこせたりたりたりけるけるける、、、住す住すすむむむ
  16. 16ところところところなむなむなん、、、いるまいるまいるまののの郡こほり郡こほりこおりみよしみよしみよし野の野ののののの里さと里さとさとなりなりなりけるけるける。。。
  17. 17「「「みよしみよしみよし野の野ののののの田た田たたのむのむのむのののもももひたぶるひたぶるひたぶるににに君きみ君きみきみがががかたかたかたにににぞぞぞよるよるよるとととなくなくなくなるなるなる」」」。。。
  18. 18婿むこ婿むこむこがねがねがねかへしかへしかへし、、、
  19. 19「「「我わ我わわがががかたかたかたににによるよるよるととと鳴な鳴ななくくくなるなるなるみよしみよしみよし野の野ののののの田た田たたのむのむのむののの雁かり雁かりかりをををいついついつかかかわすれわすれわすれむむん」」」
  20. 20とととなむなむなん。。。ひとひとひとののの國くに國くにくににににてててももも、、、なほなほなおかゝるかゝるかかることことことなむなむなんやまやまやまざりざりざりけるけるける。。。
  21. 21むかしむかしむかし、、、男をとこ男をとこおとこあづまあづまあずまへへへ行ゆ行ゆゆきききけるけるけるににに、、、友とも友ともともだちだちだちににに道みち道みちみちよりよりよりいひいひいいおこせおこせおこせけるけるける、、、
  22. 22「「「わするわするわするなななよよよほどほどほどははは雲くも雲くもくもゐゐいににになりなりなりぬぬぬともともともそらそらそらゆくゆくゆく月つき月つきつきのののめぐりめぐりめぐりあふあふあうまでまでまで」」」。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔第7段〕昔、ある男がいた。京に住みづらくなって東国へ行ったとき、伊勢と尾張の境の海辺を行くと、波がたいそう白く立つのを見て、

「ますます、過ぎて来た方角(都)が恋しいのに、うらやましくも寄せては返っていく波であることよ」

と詠んだのだった。

〔第8段〕昔、ある男がいた。京に住みづらかったのだろうか、東国の方に行って住む所を探そうというので、友とする人一人二人と連れ立って行った。信濃の国の浅間山に煙が立つのを見て、

「信濃にある浅間山に立ちのぼる煙を、遠くの土地の人々は見とがめないことがあろうか(誰もが見て不思議に思うだろう)」

〔第9段〕昔、ある男がいた。その男は、自分の身を役に立たないものと思い込んで、京にはいるまい、東国の方に住むのによい国を探しに行こうと出かけた。以前から友としている人、一人二人と一緒に行った。道を知っている人もいなくて、迷いながら行った。三河の国の八橋という所に着いた。そこを八橋といったのは、水の流れる川が蜘蛛の足のように八方に分かれているので、橋を八つ渡してあることから八橋といったのである。その沢のほとりの木陰に馬から降りて座り、乾飯を食べた。その沢にかきつばたがたいそう美しく咲いていた。それを見て、ある人が「かきつばたという五文字を各句の頭に置いて、旅の心を詠め」と言ったので、詠んだ歌、

「唐衣を着慣れるように、慣れ親しんだ妻が都にいるので、はるばるやって来た旅をしみじみと思うことだ」

と詠んだので、一同は乾飯の上に涙を落として、乾飯がふやけてしまった。さらに進んで駿河の国に着いた。宇津の山に着いて、自分たちが入って行こうとする道はたいそう暗く細いうえに、蔦や楓が茂って、なんとなく心細く、思いがけずひどい目にあうことだと思っていると、修行者に出会った。「このような道に、どうしていらっしゃるのですか」と言うのを見ると、都で見知った人であった。京の、あの方のもとへと言って、手紙を書いてことづける。

「駿河にある宇津の山のほとりに来て、うつつ(現実)にも夢にもあなたに会わないことです」。

富士の山を見ると、五月の末だというのに、雪がたいそう白く降り積もっている。

「季節を知らない山は富士の嶺だ。今をいつだと思って、鹿の子まだらに雪が降り積もっているのだろう」。

その山は、ここ(都)の山にたとえると、比叡山を二十ほど重ね上げたような高さで、形は塩尻のようであった。なおも進んで行って、武蔵の国と下総の国との間にたいそう大きな川がある。それを隅田川という。その川のほとりに集まって座り、「思えば限りなく遠くまで来たものだなあ」と嘆き合っていると、渡し守が「早く船に乗れ。日も暮れてしまう」と言うので、乗って渡ろうとすると、一同なんとなくわびしくて、京に恋しく思う人がいないわけではない。ちょうどそのとき、白い鳥で、くちばしと脚が赤い、鴨ほどの大きさの鳥が、水の上で遊びながら魚を食べている。京では見かけない鳥なので、誰も見知らない。渡し守に尋ねると、「これこそ都鳥」と言うのを聞いて、

「都という名を持っているのなら、さあ尋ねよう、都鳥よ。私の恋しく思う人は無事でいるのかいないのかと」

と詠んだので、船の人々はみな泣いてしまった。

〔第10段〕昔、ある男が、武蔵の国までさまよい歩いた。そしてその国にいる女に求婚した。父親はほかの人と結婚させようと言ったが、母親は身分の高い人に心を寄せていた。父親は普通の身分の人で、母親は藤原氏の出身であった。それで、身分の高い人にと思ったのだった。母親がこの婿の候補に歌を詠んで贈ってきた。住む

所は、入間の郡、みよしのの里であった。

「みよしのの田の面にいる雁も、ひたすらにあなたの方に寄ると鳴いているようです(娘もひたすらあなたを頼りにしています)」。

婿の候補の返歌、

「私の方に寄ると鳴いているという、みよしのの田の面の雁を、いつ忘れることがあろうか」

という。都の外の国に行っても、男のこうした恋の行いはやまなかったのだった。

〔第11段〕昔、ある男が東国へ行ったとき、友人たちに道中から歌を書いて贈った、

「忘れないでくれよ。遠く雲のかなたに離れてしまっても、空を行く月がめぐってくるように、ふたたびめぐり逢うまで」。

意訳

〔第7・8段〕都に居づらくなって東へ向かう男は、寄せては返す波に、帰ることのできない自分を重ねてうらやむ。浅間山の煙の歌も、燃える思いを人に見とがめられる身をひそかに嘆くように響く。

〔第9段〕「身をえうなきもの」と思い定めた男の旅は、名所ごとに都への思いを深めていく。かきつばたの五文字を句頭に置いた技巧的な歌も、内容は都に残した妻への思慕であり、一同は涙を流す。宇津の山では夢にさえ会えない人を思い、季節外れの富士の雪に目を見はり、ついに隅田川で「都」の名を持つ鳥に出会う。都鳥に恋しい人の安否を問う歌は、旅の哀しみが極まった一首として、みなを泣かせた。

〔第10・11段〕武蔵の国では、藤原氏出身の母親が都から来た高貴な男を婿にと望み、「田のむの雁」に娘の心を託して歌を贈る。男も誠実に応え、旅先でも恋はやまない。最後は都の友に、空を行く月のようにいつかまためぐり逢おうと呼びかけて、東下りの話群を結ぶ。

語釈・文法注

あはひ
間。境目。伊勢と尾張の国境の海辺。
をちかた人
遠方の人。遠くの土地に住む人。
くもて
蜘蛛手。蜘蛛の足のように四方八方に分かれていること。
かれいひ
乾飯(かれいい)。干した飯で、旅の携帯食。水や湯に浸して食べた。
ほとび
「ほとぶ」は水分を含んでふやける。涙で乾飯がふやけたという誇張。
すぎやうじや
修行者。諸国をめぐって修行する僧。
かのこまだら
鹿の子斑。鹿の背の白い斑点のような模様。山肌にまだらに残る雪のたとえ。
鹽尻
塩田で、砂を円錐形に高く積み上げたもの。富士山の形のたとえ。
都鳥
ユリカモメのこととされる。冬に飛来する白い水鳥で、くちばしと脚が赤い。
なほ人
直人。普通の身分の人。
婿がね
婿の候補。「がね」は、…となるはずのもの。
田のむの雁
「田の面(たのも)の雁」で、田に降りている雁。「頼む」を掛ける。

文法

「京にありわびて」
「わぶ」は、…しかねる。京に住みかねて。
「見やはとがめぬ」
「やは」は反語。見とがめないことがあろうか、きっと見とがめるだろう。
「身をようなきものに思ひなして」
「えうなし」(要無し)を底本は「ようなき」と表記する。自分は役に立たない者だと思い込んで。
「つましあれば」
「し」は強意の副助詞。妻がいるので。
「すゞろなるめを見ること」
「すずろなり」は思いがけない。思いもよらない(つらい)目にあうことよ。
「京に思ふ人なきにしもあらず」
京に恋しく思う人がいないわけではない(いるのだ)。
「名にしおはゞ」
「し」は強意。「おふ」は名として持つ。都という名を持っているならば。
「わするなよ」
「な」は禁止の終助詞。忘れるなよ。

和歌

いとゞしく過ぎにしかたの戀しきにうらやましくもかへる浪かな

詠者
男
状況
東国へ向かう途中、伊勢と尾張の境の海辺で、白く寄せては返す波を見て詠んだ歌。

修辞

掛詞
「かた」に「方(方角)」と「潟」を掛けるとする説がある。
擬人法
返っていく波を、帰ることのできる者としてうらやむ。

信濃なる淺間のたけに立つけぶりをちかた人の見やはとがめぬ

詠者
男
状況
東国へ行く途中、浅間山に煙が立つのを見て詠んだ歌。

修辞

反語
「やは」で、遠くの人も見とがめるだろうと強調する。

唐衣きつゝなれにしつましあればはるばる來ぬる旅をしぞおもふ

詠者
男
状況
三河の八橋で、かきつばたの五文字を各句の頭に置いて旅の心を詠めと言われて詠んだ歌。『古今和歌集』羇旅に在原業平の歌として載る。

修辞

折句
各句の頭に「か・き・つ・ば・た」を置く。
枕詞
「唐衣」は「着る」にかかる枕詞。
序詞
「唐衣きつゝ」が「なれ」を導く。
掛詞
「なれ」に「(衣が)萎れ」と「慣れ」、「つま」に「褄」と「妻」、「はるばる」に「(衣を)張る」と「遥々」、「き」に「着」と「来」を掛ける。
縁語
「なれ」「つま」「はる」「き」は「唐衣」の縁語。

駿河なるうつの山邊のうつゝにも夢にも人にあはぬなりけり

詠者
男
状況
宇津の山で出会った修行者に、京の恋しい人への手紙をことづけたときの歌。

修辞

序詞
「駿河なるうつの山邊の」が同音の「うつつ」を導く。
背景
恋しい人が自分を思えば夢に現れるという当時の考え方を踏まえ、夢にも会えないのは相手が思ってくれないからだと嘆く。

時しらぬ山はふじのねいつとてかかのこまだらに雪のふるらむ

詠者
男
状況
五月の末に、富士山に雪が白く積もっているのを見て詠んだ歌。

修辞

擬人法
季節をわきまえない山として富士をとがめる。
比喩
残雪のまだら模様を「鹿の子まだら」にたとえる。

名にしおはゞいざことゝはむみやこ鳥我がおもふ人はありやなしやと

詠者
男
状況
隅田川の渡しで、都鳥という名を聞いて、都に残した人を思って詠んだ歌。『古今和歌集』羇旅に在原業平の歌として載る。

修辞

擬人法
鳥に呼びかけて問いかける。
掛詞
鳥の名の「みやこ」に都への思いを重ねる。

みよし野の田のむの雁もひたぶるに君がかたにぞよるとなくなる

詠者
女の母
状況
武蔵の国で、娘の婿にと望んだ都の男に贈った歌。

修辞

掛詞
「たのむ」に「田の面」と「頼む」を掛ける。
比喩
雁に娘を、鳴く声に娘の思いをたとえる。

我がかたによると鳴くなるみよし野の田のむの雁をいつかわすれむ

詠者
男(婿がね)
状況
母親の歌への返歌。

修辞

反語
「いつかわすれむ」で、決して忘れないと誓う。
掛詞
贈歌と同じく「たのむ」に「田の面」と「頼む」を掛ける。

わするなよほどは雲ゐになりぬともそらゆく月のめぐりあふまで

詠者
男
状況
東国へ行く途中、都の友人たちに書き送った歌。『拾遺和歌集』では橘忠幹の歌とされる。

修辞

縁語
「雲ゐ」「そら」「月」が縁語。
比喩
空をめぐる月に、ふたたびめぐり逢う日をたとえる。

解説

第7段から第15段までは、男が東国へ下る話をまとめた「東下り」の章段群である。中でも第9段は、八橋・宇津の山・富士山・隅田川と名所をたどる紀行の形をとり、『伊勢物語』の代表的な場面として古くから絵画や工芸の題材になった。八橋のかきつばたは尾形光琳の「燕子花図屏風」「八橋図屏風」に、宇津の山の「蔦の細道」は後の紀行文や絵巻に受けつがれている。

東下りを、二条の后との恋が発覚して都にいられなくなった業平の流離と結びつける読み方は古くからある。ただし史実の業平が東国へ下った記録はなく、旅の話は歌をもとに物語として組み立てられたものと考えられている。

都鳥はユリカモメとされ、今も隅田川に冬鳥として飛来する。東京都の「都の鳥」に選ばれ、隅田川には「言問橋」「業平橋」など、この段にちなむ地名が残っている。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部三 雑上(伊勢物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、31–34頁(コマ19–21)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日