古典ライブラリー

伊勢物語 第1章(第1段〜第6段)

初冠と芥川

元服したばかりの男が春日の里で美しい姉妹を垣間見て歌を贈る初段に始まり、西の京の女との後朝の歌、二条の后との恋と別れ、築地の崩れから通う恋、そして女を盗み出して芥川のほとりで鬼に奪われる話まで、物語の幕開けとなる六つの段。

  1. 1むかしむかしむかし、、、男をとこ男をとこおとこ、、、しししててて奈な奈なな良ら良ららののの京きやう京きやうきょう春かす春かすかす日が日ががののの里さと里さとさとにににしるしるしるよしよしよししししててて狩かり狩かりかりにににいにいにいにけりけりけり。。。そのそのその里さと里さとさとにににいといといとなまめいなまめいなまめいたるたるたる女をんな女をんなおんなすみすみすみけりけりけり。。。このこのこの男をとこ男をとこおとこかいまかいまかいまみみみてててけりけりけり。。。おもほえおもほえおもおえずずずふるふるふる里さと里さとさとにににいといといとはしたはしたはしたなくなくなくてててありありありけれけれければばば心ここ心ここここちちちまどひまどひまどいにににけりけりけり。。。男をとこ男をとこおとこののの着き着ききたりたりたりけるけるける狩かり狩かりかりぎぬぎぬぎぬののの裾すそ裾すそすそをををきりきりきりててて歌うた歌うたうたをををかきかきかきてててやるやるやる。。。そのそのその男をとこ男をとこおとこしのぶしのぶしのぶののの狩かり狩かりかりぎぬぎぬぎぬをををなむなむなんきたりきたりきたりけるけるける。。。
  2. 2「「「春かす春かすかす日が日がが野の野のののののわかわかわかむらさきむらさきむらさきのののすりすりすり衣ごろも衣ごろもごろもしのぶしのぶしのぶのののみだれみだれみだれかぎりかぎりかぎりしらしらしられれれずずず」」」
  3. 3とととなむなむなんおひおひおいててていひいひいいやりやりやりけるけるける。。。ついでついでついでおもしろきおもしろきおもしろきことことことゝゝともももややや思おも思おもおもひひいけむけむけん。。。
  4. 4「「「みちみちみちのののくくくのののしのぶしのぶしのぶもぢずりもぢずりもじずり誰たれ誰たれたれゆゑゆゑゆえにににみだれみだれみだれそめそめそめにににしししわれわれわれならならならなくなくなくににに」」」
  5. 5ととといふいふいう歌うた歌うたうたののの心こころ心こころこころばへばへばえなりなりなり。。。昔むかし昔むかしむかし人びと人びとびとはははかくかくかくをををなむなむなんしししけるけるける。。。
  6. 6昔むかし昔むかしむかし、、、男をとこ男をとこおとこありありありけりけりけり。。。奈な奈なな良ら良ららののの京きやう京きやうきょうははははなれはなれはなれ、、、このこのこの京きやう京きやうきょうははは人ひと人ひとひとののの家いへ家いへいえまだまだまだ定さだま定さだまさだまらららざりざりざりけるけるけるときときときににに、、、西にし西にしにしののの京きやう京きやうきょうににに女をんな女をんなおんなありありありけりけりけり。。。そのそのその女をんな女をんなおんな、、、世よ世よよののの人ひと人ひとひとにににはははまされまされまされりりりけりけりけり。。。そのそのその人ひと人ひとひと、、、かたちかたちかたちよりよりよりははは心こころ心こころこころなむなむなんまさりまさりまさりたりたりたりけるけるける。。。ひとりひとりひとりのみのみのみにににもももあらあらあらざりざりざりけらしけらしけらし。。。それそれそれをををかのかのかのまめまめまめうちうちうち物もの物ものものかたらひかたらひかたらいててて、、、かへりかへりかえり來き來ききててていかゞいかゞいかが思おも思おもおもひひいけむけむけん、、、時とき時ときときはははやよひやよひやよいのののついたちついたちついたち、、、雨あめ雨あめあめそぼそぼそぼふるふるふるにににやりやりやりけるけるける。。。
  7. 7「「「おきおきおきもももせせせずずずねねねもももせせせででで夜よ夜よよをををあかしあかしあかしてててははは春はる春はるはるのののものものものとてとてとてながめながめながめくらしくらしくらしつつつ」」」。。。
  8. 8昔むかし昔むかしむかし、、、男をとこ男をとこおとこありありありけりけりけり。。。けさうけさうけそうじじじけるけるける女をんな女をんなおんなのののもともともとににに、、、ひじきひじきひじきととといふいふいうものものものをををやるやるやるとてとてとて、、、
  9. 9「「「おもひおもひおもいあらあらあらばばば葎むぐら葎むぐらむぐらののの宿やど宿やどやどにににねねねもももしししなななむむんひしきひしきひしきものものものにににははは袖そで袖そでそでをををしししつゝつゝつつももも」」」。。。
  10. 10二に二にに條でう條でうじょうのののののの、、、まだまだまだみかどみかどみかどにににもももつかうつかうつこうまつりまつりまつり給たま給たまたまははわででで、、、たゞたゞただ人びと人びとびとにににててておはしおはしおわしけるけるける時とき時ときときのののことことことなりなりなり。。。
  11. 11昔むかし昔むかしむかし、、、ひんがしひんがしひんがしののの五ご五ごご條でう條でうじょうににに、、、おほきおほきおおきさいさいさいのののおはしおはしおわしましましましけるけるける西にし西にしにしののの對たい對たいたいにににすむすむすむ人ひと人ひとひとありありありけりけりけり。。。それそれそれをををほいほいほいにににはははあらあらあらででで、、、志こころざし志こころざしこころざし深ふか深ふかふかかりかりかりけるけるける人ひと人ひとひとゆきゆきゆきとぶらひとぶらひとぶらいけるけるけるををを、、、むつきむつきむつきののの十日とをか十日とをかとおかばかりばかりばかりのののほどほどほどににに、、、ほかほかほかにににかくれかくれかくれにににけりけりけり。。。ありありあり所どころ所どころどころははは聞き聞ききけけけどどど、、、人ひと人ひとひとのののいきいきいき通かよ通かよかよふふうべきべきべき所ところ所ところところにににもももあらあらあらざりざりざりけれけれければばば、、、猶なほ猶なほなお憂う憂ううしししととと思おも思おもおもひひいつゝつゝつつなむなむなんありありありけるけるける。。。またまたまたののの年とし年としとしのののむつきむつきむつきににに梅うめ梅うめうめののの花はな花はなはな盛ざかり盛ざかりざかりにににこぞこぞこぞをををこひこひこいててていきいきいきててて、、、立た立たたちちちててて見み見みみ居ゐ居ゐいててて見み見みみみれみれみれどどど、、、こぞこぞこぞににに似に似ににるるるべくべくべくもももあらあらあらずずず。。。うちうちうち泣な泣ななきききててて、、、あばらあばらあばらなるなるなる板いた板いたいた敷じき敷じきじきににに、、、月つき月つきつきののの傾かた傾かたかたぶくぶくぶくまでまでまでふせふせふせりりりててて、、、こぞこぞこぞををを思おも思おもおもひひい出い出いいでゝでゝでてよめよめよめるるる。。。
  12. 12「「「月つき月つきつきやややあらあらあらぬぬぬ春はる春はるはるやややむかしむかしむかしのののはるはるはるならならならぬぬぬ我わ我わわががが身み身みみひとつひとつひとつはははもともともとののの身み身みみにににしししててて」」」
  13. 13とととよみよみよみててて、、、夜よ夜よよのののほのぼのほのぼのほのぼのととと明あ明ああくるくるくるににに、、、なくなくなくなくなくなくかへりかへりかえりにににけりけりけり。。。
  14. 14昔むかし昔むかしむかし、、、男をとこ男をとこおとこありありありけりけりけり。。。東ひんがし東ひんがしひんがしののの五ご五ごご條でう條でうじょうわたりわたりわたりにににいといといと忍しの忍しのしのびびびててていきいきいきけりけりけり。。。みそかみそかみそかなるなるなる所ところ所ところところなれなれなればばば、、、門かど門かどかどよりよりよりもももえええ入い入いいらららででで、、、わらはわらはわらわべべべのののふみふみふみあけあけあけたるたるたるのののくづれくづれくずれよりよりより通かよ通かよかよひひいけりけりけり。。。人ひと人ひとひとしげくしげくしげくもももあらあらあらねねねどどど、、、たびたびたび重かさな重かさなかさなりりりけれけれければばば、、、あるじあるじあるじ聞き聞きききききつけつけつけててて、、、そのそのそのかよひかよひかよいぢぢじににに夜よ夜よよごとごとごとににに人ひと人ひとひとをををすゑすゑすえててて守まも守まもまもらららせせせけれけれければばば、、、いけいけいけどもどもどもえええ逢あ逢ああははわでででかへりかへりかえりけりけりけり。。。さてさてさてよめよめよめるるる、、、
  15. 15「「「人ひと人ひとひとしれしれしれぬぬぬわわわがががかよひかよひかよい路ぢ路ぢじののの關せき關せきせき守もり守もりもりはははよひよひよひよひよいよいごとごとごとにににうちうちうちもももねねねなななゝゝなむむん」」」
  16. 16とととよみよみよみけるけるけるををを聞き聞きききききててて、、、いといといといたういたういとうゑんじゑんじえんじけりけりけり。。。あるじあるじあるじゆるしゆるしゆるしてててけりけりけり。。。二に二にに條でう條でうじょうのののきさききさききさきにににしのびしのびしのびててて參まゐ參まゐまいりりりけるけるけるををを、、、世よ世よよのののきこえきこえきこえありありありけれけれければばば、、、たちたちたちのののまもらまもらまもらせせせ給たま給たまたまひひいけるけるけるとぞとぞとぞ。。。
  17. 17昔むかし昔むかしむかし、、、男をとこ男をとこおとこありありありけりけりけり。。。女をんな女をんなおんなのののえええうううまじかりまじかりまじかりけるけるけるををを、、、年とし年としとしををを經へ經へへてててよばひよばひよばいわたりわたりわたりけるけるけるををを、、、からうじてからうじてかろうじて女をんな女をんなおんな心こころ心こころこころあはせあはせあわせてててぬすみぬすみぬすみ出い出いいででで、、、いといといとくらきくらきくらきにににきききけりけりけり。。。あくたあくたあくたととといふいふいうかはかはかはをををゐゐいててていきいきいきけれけれければばば、、、草くさ草くさくさのののうへうへうえにににおきおきおきたりたりたりけるけるける露つゆ露つゆつゆををを、、、「「「かれかれかれははは何なに何なになにぞぞぞ」」」とととなむなむなん男をとこ男をとこおとこににに問と問ととひひいけるけるけるををを、、、ゆくゆくゆくさきさきさきおほくおほくおおく夜よ夜よよもももふけふけふけにににけれけれければばば、、、鬼おに鬼おにおにあるあるある所ところ所ところところとととももも知し知ししらららででで、、、神かみ神かみかみさへさへさえいといといといみじういみじういみじゅう鳴な鳴ななりりり、、、雨あめ雨あめあめもももいたういたういとうふりふりふりけれけれければばば、、、あばらあばらあばらなるなるなるくらくらくらににに、、、女をんな女をんなおんなをををばばば奧おく奧おくおくにににおしおしおし入い入いいれれれててて、、、男をとこ男をとこおとこははは弓ゆみ弓ゆみゆみやややををを負お負おおひひいててて戶と戶とと口ぐち口ぐちぐちににに居を居をおりりり。。。はやはやはや夜よ夜よよももも明あ明ああけけけなななむむんととと思おも思おもおもひひいつゝつゝつつ居ゐ居ゐいたりたりたりけるけるけるににに、、、鬼おに鬼おにおにはやはやはや女をんな女をんなおんなをををばばば一ひと一ひとひと口くち口くちくちにににくひくひくいてててけりけりけり。。。「「「あなあなあなややや」」」ととといひいひいいけれけれけれどどど、、、神かみ神かみかみののの鳴な鳴ななるるるさわぎさわぎさわぎにににえええ聞き聞ききかかかざりざりざりけりけりけり。。。やうやうやうやうようよう夜よ夜よよももも明あ明ああけけけゆくゆくゆくににに見み見みみれれればばばゐゐいててて來こ來ここししし女をんな女をんなおんなもももなしなしなし。。。足あし足あしあしずりずりずりをををしししててて泣な泣ななけけけどもどもどもかひかひかいなしなしなし。。。
  18. 18「「「しらしらしら玉たま玉たまたまかかかなになになにぞぞぞととと人ひと人ひとひとのののとひとひといしししときときとき露つゆ露つゆつゆとととこたへこたへこたえてててけなけなけなましましましものものものををを」」」。。。
  19. 19これこれこれははは二に二にに條でう條でうじょうのののきさききさききさきののの、、、いとこいとこいとこののの女御にようご女御にようごにょうごののの御お御おお許もと許もともとににに仕つか仕つかつこうううまつるまつるまつるやうやうようにににててて居ゐ居ゐい給たま給たまたまへへえけるけるけるををを、、、かたちかたちかたちのののいといといとめでたくめでたくめでたくおはしおはしおわしけれけれければばば、、、ぬすみぬすみぬすみててて負お負おおひひいててて出い出いいでででたりたりたりけるけるけるををを、、、御おほん御おほんおおんせうとせうとしょうと堀ほり堀ほりほり河かは河かはかわのののおとゞおとゞおとど、、、太た太たた郞らう郞らうろう國くに國くにくに經つね經つねつねののの大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごん、、、まだまだまだげらうげらうげろうにににててて內うち內うちうちへへへまゐりまゐりまいり給たま給たまたまふふうにににいみじういみじういみじゅうなくなくなく人ひと人ひとひとあるあるあるををを聞き聞きききききつけつけつけててて、、、とゞめとゞめとどめてててとりとりとり返かへ返かへかえししし給たま給たまたもうううてててけりけりけり。。。それそれそれをををかくかくかく鬼おに鬼おにおにとととはははいふいふいうなりなりなりけりけりけり。。。まだまだまだいといといとわかうわかうわこうてててたゞたゞただにににおはしおはしおわしけるけるける時とき時ときときとととややや。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔第1段〕昔、ある男が、元服して、奈良の都の春日の里に、領地がある縁で、鷹狩りに出かけた。その里に、たいそう若々しく美しい姉妹が住んでいた。この男は物のすき間からのぞき見てしまった。思いがけず、さびれた古い都に、まったく不釣り合いなほど美しい姿でいたので、心が乱れてしまった。男は着ていた狩衣の裾を切って、それに歌を書いて贈る。その男は、しのぶずりの狩衣を着ていたのだった。

「春日野の若い紫草で摺り染めにした衣の、しのぶずりの乱れ模様のように、あなたを恋い忍ぶ私の心は限りなく乱れています」

と、すぐさま詠んで贈ったのだった。ちょうどよい折にふさわしい趣向だと思ったのだろうか。

「陸奥のしのぶもじずりの乱れ模様のように、ほかの誰のせいで心が乱れはじめた私でもないのに(あなたのせいなのです)」

という歌の趣を踏まえたのである。昔の人は、このように情熱的で、すばやく風雅なふるまいをしたものだ。

〔第2段〕昔、ある男がいた。奈良の都はすでに離れ、この新しい京はまだ人家も定まっていなかったころに、西の京に女が住んでいた。その女は世間の人よりすぐれていた。その人は、容貌よりも心のほうがまさっていた。独り身でもなかったらしい。その女と、あの誠実な男が親しく語り合って、帰って来てどう思ったのだろうか、時は三月一日、雨がしとしと降る日に、歌を贈った。

「起きるでもなく寝るでもなく夜を明かして、昼は春の景物の長雨をながめながら、物思いにふけって一日を過ごしてしまいました」

〔第3段〕昔、ある男がいた。思いを寄せていた女のもとに、ひじき藻というものを贈るというので、

「私を思ってくださるなら、葎の生い茂る荒れた家で共寝をしましょう。敷物には袖を敷いてでも」

これは二条の后が、まだ帝にお仕えにならず、普通の身分でいらっしゃったころのことである。

〔第4段〕昔、東の五条に、皇太后の宮がお住まいになっていた御殿の西の対に住む人がいた。その人を、思いどおりにならない恋と知りつつ、深く心を寄せた男が訪れていたが、正月の十日ごろに、その人はほかへ隠れてしまった。居場所は聞いたけれど、人が行き通えるような所でもなかったので、男はいっそうつらいと思いつづけていた。翌年の正月、梅の花盛りに、去年を恋しく思って西の対に行き、立って見たり座って見たりして見回すけれど、去年の様子とは似ても似つかない。男は泣いて、がらんとした板敷に、月が傾くまで横たわって、去年を思い出して詠んだ。

「月は昔の月ではないのか、春は昔の春ではないのか。わが身だけはもとのままの身であって(すべてが変わってしまったように思われる)」

と詠んで、夜がほのぼのと明けるころに、泣く泣く帰ったのだった。

〔第5段〕昔、ある男がいた。東の五条あたりに、たいそう人目を忍んで通っていた。秘密の所なので、門からも入ることができず、子どもたちが踏みあけた築地の崩れたところから通った。人の出入りが多い所ではないけれど、たび重なったので、家の主人が聞きつけて、その通い道に毎晩番人を置いて見張らせたので、男は行っても逢えずに帰った。そこで詠んだ歌、

「人知れず通う私の通い路の関守は、毎晩毎晩、どうかぐっすり眠ってほしい」

と詠んだのを聞いて、女はたいそうひどく思い悩んだ。それで主人は通うことを許した。二条の后のもとに忍んで参っていたのを、世間の評判になったので、后の兄君たちが見張らせなさったということだ。

〔第6段〕昔、ある男がいた。手に入れられそうにない女に、何年も求婚しつづけていたが、ようやく女も心を合わせたので盗み出し、たいそう暗い夜に逃げて来た。芥川という川のほとりを連れて行くと、草の上に置いた露を見て、女は「あれは何なの」と男に尋ねたが、行く先は遠く、夜もふけてしまったので、鬼のいる所とも知らずに、雷までもひどく鳴り、雨もたいそう降ったので、荒れた蔵に女を奥に押し入れて、男は弓と胡籙を背負って戸口に座っていた。早く夜が明けてほしいと思いながら座っていたところ、鬼がたちまち女を一口に食べてしまった。女は「あれえ」と叫んだけれど、雷の鳴る騒ぎで男には聞こえなかった。しだいに夜が明けていくので見ると、連れて来た女もいない。地団駄を踏んで泣いたけれど、どうしようもない。

「あれは白玉か何かと、あの人が尋ねたとき、露ですよと答えて、その露のように私も消えてしまえばよかったのに」

これは、二条の后が、いとこの女御のもとにお仕えするようなかたちでいらっしゃったのを、容貌がたいそうすばらしくていらっしゃったので、男が盗んで背負って出て行ったのを、后の兄君の堀河の大臣(基経)と、長男の国経の大納言が、まだ身分の低いころで、宮中へ参上なさる途中、ひどく泣く人がいるのを聞きつけて、引き止めて取り返しなさったのだった。それをこのように鬼と言ったのである。后がまだたいそう若く、普通の身分でいらっしゃったころのことだとか。

意訳

〔第1段〕元服したての若者が、さびれた旧都で思いがけず美しい姉妹を見つけ、心の乱れを、着ていた狩衣の「しのぶずり」の乱れ模様に託して、その場で衣の裾を切って歌を書き贈る。古歌を踏まえた機転と情熱こそが「いちはやきみやび」であり、物語はこの若々しい一首から始まる。

〔第2・3段〕平安京ができたばかりのころ、心ばえのすぐれた女と語り明かした男は、春の長雨にこと寄せて、眠れずに物思いをつづける自分を歌う。ひじき藻を贈る歌では「ひじき」に「引敷物(ひじきもの)」を掛けて、どんな荒れ家でも二人でいられればよいと訴える。

〔第4段〕身分の高い女性が手の届かない所へ移り、一年後、同じ梅の季節に同じ場所を訪れた男は、何もかも変わってしまった寂しさに打ちのめされる。「月も春も昔のままのはずなのに、すべてが違って見える。変わらないのは自分だけだ」という思いは、変わらない思慕がかえって喪失を際立たせるという逆説として、千年以上読みつがれてきた。

〔第5・6段〕人目を忍ぶ恋は見張りに阻まれ、ついに男は女を盗み出すが、芥川のほとりで鬼に奪われる。露を知らない深窓の姫君と、露のように消えてしまいたかったと嘆く男。物語は最後に、鬼とは后の兄たちのことだったと種明かしをして、二条の后との恋の物語であることをほのめかす。

語釈・文法注

うひかうぶり
初冠。男子が成人して初めて冠をつける儀式。元服。十二〜十六歳ごろに行った。
はらから
同じ母から生まれた兄弟姉妹。ここでは姉妹。
しのぶずり
陸奥の信夫(しのぶ、今の福島市付近)で産したという摺り染め。乱れた模様が特色。「忍ぶ」を掛ける。
おひつき
「追ひ付き」。間をおかずに、すぐさま。
いちはやき
「いちはやし」は、激しい、性急だ。ここでは情熱的ですばやい。
みやび
宮廷風の洗練された振る舞い。風流。「ひなび」(田舎風)の対。
まめ男
誠実な男。「まめ」はまじめ、実直。
ひじきも
海藻のひじき。歌では「引敷物(ひじきもの)」=寝るときに敷く夜具を掛ける。
二條のきさき
藤原高子(842〜910)。藤原長良の娘で、基経の妹。清和天皇の女御となり、陽成天皇を産んだ。物語ではこの段が后になる前の話だと注記される。
おほきさいの宮
大后の宮。皇太后。ここでは仁明天皇の后、藤原順子(高子の叔母)を指すとされる。
ついぢ
築地。土を突き固めて上に屋根をかけた土塀。
せうと
女から見た兄弟。ここでは高子の兄、藤原国経・基経ら。
あくた川
芥川。摂津国(今の大阪府高槻市)の川とされるが、宮中の溝の名とする説もある。
やなぐひ
胡籙。矢を入れて背負う武具。

文法

「しるよしして」
「知る」は領有する。領地がある縁で。
「いとはしたなくて」
「はしたなし」は不釣り合いだ。さびれた里に似合わないほど美しくて、と解するのが普通。
「ことゝもや思ひけむ」
底本の表記。「ついでおもしろきことともや思ひけむ」で、折にかなった趣向だと思ったのだろうか。
「ひとりのみにもあらざりけらし」
独り身ではなかったらしい。「けらし」は「けるらし」のつづまった形。
「立ちて見居て見みれど」
底本の表記のまま。通行本文は「立ちて見、ゐて見、見れど」で、立ったり座ったりして見回すけれど。
「うちもねなゝむ」
「なむ」は他に対する願望の終助詞。「ね」は「寝」の連用形、「な」は完了「ぬ」の未然形で、ぐっすり寝てほしい。
「えうまじかりける」
「え」は不可能を表す副詞、「う」は「得」。手に入れることができそうになかった。
「あなや」
「あな」は感動詞、「や」は間投助詞。驚きや恐怖の叫び。
「けなましものを」
「け」は「消(く)」の連用形、「まし」は反実仮想。消えてしまえばよかったのに。
「たゞにおはしける時」
底本は「たゞに」。通行本文の「ただ人にて」に同じく、まだ后になる前の普通の身分のとき。

和歌

春日野のわかむらさきのすり衣しのぶのみだれかぎりしられず

詠者
男
状況
春日の里で垣間見た姉妹に、狩衣の裾を切って書き贈った歌。

修辞

序詞
「春日野のわかむらさきのすり衣」が「しのぶのみだれ」を導く。
掛詞
「しのぶ」に信夫摺りと「忍ぶ(恋い慕う)」を掛ける。
本歌
源融(百人一首第14首)の「みちのくのしのぶもぢずり」を踏まえる。

みちのくのしのぶもぢずり誰ゆゑにみだれそめにしわれならなくに

詠者
源融(河原左大臣)
状況
第1段の歌の下敷きとして引かれた古歌。『古今和歌集』恋四に載り、百人一首では第四句が「乱れそめにし」。

修辞

序詞
「みちのくのしのぶもぢずり」が「みだれ」を導く。
掛詞
「そめ」に「染め」と「初め」を掛ける。

おきもせずねもせで夜をあかしては春のものとてながめくらしつ

詠者
男
状況
西の京の女と語り明かして帰った翌朝、春雨の降る日に贈った歌。『古今和歌集』恋三に在原業平の歌として載る。

修辞

掛詞
「ながめ」に「長雨」と「眺め(物思いにふける)」を掛ける。

おもひあらば葎の宿にねもしなむひしきものには袖をしつゝも

詠者
男
状況
ひじき藻を贈るときに添えた歌。

修辞

掛詞
「ひしきもの」に「ひじき藻」と「引敷物(敷き寝の夜具)」を掛ける。「おもひ」の「ひ」に「火」を掛ける説もある。

月やあらぬ春やむかしのはるならぬ我が身ひとつはもとの身にして

詠者
男
状況
去った人を慕い、一年後の梅の季節に西の対を訪れて詠んだ歌。『古今和歌集』恋五に在原業平の歌として載る。

修辞

反語・疑問
「や」を重ね、月も春も昔のままではないのかと問いかける。
対比
変わってしまったように見える周囲と、変わらない「我が身ひとつ」を対比する。

人しれぬわがかよひ路の關守はよひよひごとにうちもねなゝむ

詠者
男
状況
築地の崩れから通う道に番人を置かれ、逢えずに帰って詠んだ歌。『古今和歌集』恋三に在原業平の歌として載る。

修辞

見立て
通い路の見張り番を「関守」に見立てる。

しら玉かなにぞと人のとひしとき露とこたへてけなましものを

詠者
男
状況
芥川で女を鬼に奪われ、露を見て問うた女を思って詠んだ歌。『新古今和歌集』哀傷に在原業平の歌として載る。

修辞

縁語
「露」と「消(け)」が縁語。
反実仮想
「まし」で、露のように消えてしまえばよかったという悔恨を表す。

解説

『伊勢物語』は、主人公の「男」の元服(第1段)から辞世の歌(第125段)までを、短い章段で連ねた歌物語である。主人公は在原業平(825〜880)を思わせる人物で、物語の中の多くの歌が『古今和歌集』に業平の歌として載っている。ただし物語は業平の伝記そのものではなく、業平の歌を核に、さまざまな話が加えられて成長したと考えられている。

第2段の「この京は人の家まだ定らざりける時」は、平安京遷都(794)から間もないころを指す。業平が生まれる前の時代であり、物語がはじめから史実の業平にとらわれていないことがわかる。

第3〜6段は、のちに清和天皇の后となる藤原高子(二条の后)との恋の物語として読まれてきた。各段の末尾の「二條のきさきの…時のことなり」のような注記は、後から加えられたものと考えられている。第6段の芥川の話は、『今昔物語集』などにも鬼の話として見え、後世の絵巻や能にも描かれた。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部三 雑上(伊勢物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、29–31頁(コマ18–19)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日