今鏡 第九「むかしがたり」 第77章
かしこき道々
諸道の名人たちの昔語り。医師丹波雅忠は来訪者の病を顔色で見抜き、陰陽師賀茂有行は地震を予言した。笙の名手時光は帝の召しにも応じず唱歌に没頭し、帝はかえって感嘆した。篳篥の名手用光は海賊に襲われて篳篥を吹き、海賊を感動させて退けた。女院を感嘆させた殿上人の朗詠と読経、能因法師の月の歌の話で巻九が結ばれる。
- 1常陸常陸ひたち介介すけととと聞聞きこえしこえしこえし人人ひと、、、くすしにくすしにくすしに尋尋たずぬべきぬべきぬべき事事ことありてありてありて、、、ががが許許もとにゆけりけるににゆけりけるににゆけりけるに、、、しばしとてしばしとてしばしとて、、、障子障子しょうじのつらにのつらにのつらに据据すゑたりけるにゑたりけるにえたりけるに、、、まらうどまらうどまろうど饗應饗應きょうおうしけるあひだにしけるあひだにしけるあいだに、、、門門もんよりよりより入入いりくるりくるりくる病病やまひひひ人人ひとををを、、、かねてかねてかねて顏顏かおけしきけしきけしきををを見見みててて、、、「「「是是これれれはははそのそのその病病やまひひひををを問問とひにひにいに來來くるるる者者ものなりなりなり」」」。。。
- 2といひてといひてといいて、、、たづぬればたづぬればたずぬれば誠誠まことにしかありけりにしかありけりにしかありけり。。。其其そののの中中なかににに、、、見苦見苦みぐるしきこともありしきこともありしきこともあり。。。をかしきこともありてをかしきこともありておかしきこともありて、、、えいひやらねばえいひやらねばえいいやらねば、、、皆皆みな心心こころえたりなどいひてえたりなどいひてえたりなどいいて、、、つくろふべきつくろふべきつくろうべきやうなどいひつゝやうなどいひつゝようなどいいつつ、、、あへしらへやりけるにあへしらへやりけるにあえしらえやりけるに、、、まらうどまらうどまろうどははは、、、なりけりなりけりなりけり。。。
- 3家家いえあるじあるじあるじ盃盃さかずきとりたるとりたるとりたるををを「「「とくとくとく其其そのみきめせのみきめせのみきめせ。。。只今只今ただいま振振ふらんずればらんずればらんずれば、、、うちこぼしてんずうちこぼしてんずうちこぼしてんず」」」。。。といふにといふにというに、、、さしもやさしもやさしもやははは。。。とやとやとや思思おもひけんひけんいけん。。。
- 4いそがぬいそがぬいそがぬ程程ほどににに、、、なゐおびたゞしくなゐおびたゞしくないおびただしく振振ふりてりてりて、、、はたとはたとはたとひとしきひとしきひとしき酒酒さけををを、、、うちこぼしてけりうちこぼしてけりうちこぼしてけり。。。あさましきあさましきあさましき事事ことどもどもども聞聞ききたりとぞきたりとぞきたりとぞ語語かたりけるりけるりける。。。
- 5中頃中頃なかごろ笙笙しょうののの笛笛ふえののの師師しにてにてにて、、、市市いちノノノ佑佑じょうととと聞聞きこえしがこえしがこえしが、、、いづれのいづれのいずれの御時御時おおんときにかにかにか。。。內內うちよりよりより召召めしけるにしけるにしけるに、、、同同おなじやうにじやうにじょうに老老おいたるいたるいたる者者ものととと、、、ふたりふたりふたり碁碁ごうちてうちてうちて、、、歌歌うたうたふうたふうたう樣樣さまによりあはせてによりあはせてによりあわせて、、、おおおほかたほかたほかた聞聞ききもいれずきもいれずきもいれず、、、御返御返おおんかえしりもりもりも申申もうさゞりければさゞりければさざりければ、、、御使御使おおんつかいあざけりてあざけりてあざけりて、、、歸歸かえりりり參參まいりてりてりて、、、かくなんかくなんかくなん侍侍はべるるる。。。
- 6とととうれへうれへうれえ申申もうしければしければしければ、、、いましめいましめいましめはははなくてなくてなくて、、、仰仰おおせられけるせられけるせられけるははは、、、「「「いとあはれなるいとあはれなるいとあわれなる事事ことかなかなかな。。。歌歌がしすましてしすましてしすまして、、、よろづよろづよろず忘忘わすれたるにこそあんなれれたるにこそあんなれれたるにこそあんなれ。。。みかどのみかどのみかどの位位くらいこそこそこそ、、、くちをしけれくちをしけれくちおしけれ。。。さるめでたきさるめでたきさるめでたき事事ことををを、、、往往ゆきてもえきてもえきてもえ聞聞きかぬかぬかぬ」」」。。。
- 7とぞのたまはせけるとぞのたまはせけるとぞのたまわせける。。。といひしといひしといいし篳篥篳篥ひちりきののの師師しととと、、、ふたりふたりふたりををを唱唱とな歌歌うたにしけるとぞにしけるとぞにしけるとぞ、、、後後のちにきこえけるにきこえけるにきこえける。。。そのそのその用光用光もちみつががが、、、撲撲もうののの使使つかいににに西西にしののの國國くにへへへ下下くだりけるにりけるにりけるに、、、きびのきびのきびの國國くにのののほどにてやほどにてやほどにてや。。。
- 8沖沖おきつつつたちきてたちきてたちきて、、、こゝにてこゝにてここにて、、、命命いのちももも絕絕たえぬべくえぬべくえぬべく見見みえければえければえければ、、、かりぎぬかりぎぬかりぎぬ、、、かぶりかぶりかぶり、、、うるはしくしてうるはしくしてうるわしくして、、、屋形屋形やかたのののうへにうへにうえに出出いでてでてでてをををりけるにりけるにりけるに、、、白波白波しらなみののの船船ふねこぎよせければこぎよせければこぎよせければ、、、そのそのその時時とき用光用光もちみつ篳篥篳篥ひちりきとりとりとり出出いだしてだしてだして、、、恨恨うらみたるみたるみたる聲聲こえににに、、、えならずえならずえならず吹吹ふきすましたりければきすましたりければきすましたりければ、、、白波白波しらなみどもどもども、、、おの〳〵おの〳〵おのおの悲悲かなしびのしびのしびの心心こころおこりておこりておこりて、、、をををさへしてさへしてさへして、、、漕漕こぎぎぎはははなれてなれてなれて去去さりにけりとなんりにけりとなんりにけりとなん。。。
- 9さささほどのことわりもなきほどのことわりもなきほどのことわりもなきものゝふものゝふもののふさへさへさえ、、、なさけかくばかりなさけかくばかりなさけかくばかり吹吹ふききき聞聞きかせけんもありかせけんもありかせけんもあり難難がたくくく、、、又又またむかしのむかしのむかしの白波白波しらなみははは、、、なほかゝるなさけなんありけるなほかゝるなさけなんありけるなおかかるなさけなんありける。。。
- 10いとやさしくいとやさしくいとやさしく聞聞きこえこえこえ侍侍はべりしことりしことりしことははは、、、いづれのいづれのいずれの御時御時おおんときにかにかにか侍侍はべりけんりけんりけん。。。中頃中頃なかごろのきさきのきさきのきさき、、、陽明門院陽明門院ようめいもんいんなどにやおはしけんなどにやおはしけんなどにやおわしけん。。。近近ちかききき世世よののの帝帝みかどののの御時御時おおんとき、、、珍珍めずらしくらしくらしく內內うちににに入入いらせらせらせ給給たまへりけるへりけるえりける時時とき、、、月月つきのあかくのあかくのあかく侍侍はべりけるりけるりける夜夜よ、、、「「「昔昔むかしはははかやうにかやうにかように侍侍はべるるる夜夜よははは、、、殿上人殿上人てんじょうびとあそびなどこそあそびなどこそあそびなどこそ、、、內內うちわたりわたりわたりはははしししはべりしかはべりしかはべりしか。。。さやうなるさやうなるさようなる事事ことももも侍侍はべらぬこそらぬこそらぬこそ、、、くちをしくくちをしくくちおしく」」」。。。
- 11などなどなど申申もうさせさせさせ給給たまひければひければいければ、、、いといといと耻耻はづかしくおぼしめしけるづかしくおぼしめしけるずかしくおぼしめしける程程ほどににに、、、月月つきののの夜夜よめでたきにめでたきにめでたきに、、、「「「としてとしてとして氷氷こおりしきしきしき」」」といふといふという歌歌うた、、、いといといと花花はなやかなるやかなるやかなる聲聲こえしてしてして、、、謠謠うたひけるがひけるがひけるが、、、なべてなくなべてなくなべてなく聞聞きこえけるにこえけるにこえけるに、、、又又またいといたくしみたるいといたくしみたるいといたくしみたる聲聲こえのののたふとたふととうときにてきにてきにて、、、ののの、、、「「「微滯微滯みたいまづおちてまづおちてまずおちて」」」などいふなどいふなどいう所所ところををを打打うちいでてよまれちいでてよまれちいでてよまれ侍侍はべりけるがりけるがりけるが、、、いづれも〳〵いづれも〳〵いずれもいずれもとり〳〵にとり〳〵にとりとりに、、、めでたくめでたくめでたく聞聞きこえければこえければこえければ、、、「「「昔昔むかしもかばかりのことこそもかばかりのことこそもかばかりのことこそ、、、えききえききえきき侍侍はべらざりしからざりしからざりしか。。。いといといと優優ゆうなるものどもにこそなるものどもにこそなるものどもにこそ侍侍はべりけれりけれりけれ」」」。。。
- 12ととと申申もうさせさせさせ給給たまひけるにこそひけるにこそいけるにこそ、、、御御おん汗汗あせもかわかせもかわかせもかわかせ給給たまひてひていて、、、御心御心みこころもももひろごらせたまひにけれひろごらせたまひにけれひろごらせたまいにけれ。。。ときゝときゝときき侍侍はべりしりしりし。。。後冷泉後冷泉ごれいぜいノノノ院院いんののの御時御時おおんとき、、、上東門院上東門院じょうとうもんいんなどいらせなどいらせなどいらせ給給たまへりけるにやへりけるにやえりけるにや。。。
- 13又又またそのそのその人々人々ひとびとはははののの辨辨べん、、、ののの中將中將ちゅうじょうなどにやおはしけんとぞなどにやおはしけんとぞなどにやおわしけんとぞ、、、人人ひとははは申申もうししし侍侍はべりしりしりし。。。ひがことにやひがことにやひがことにや。。。
- 14又又また、、、月月つきあかくあかくあかく侍侍はべりけるりけるりける夜夜よ、、、いたゐにむかひていたゐにむかひていたいにむかいて、、、庇庇ひさしのののふきふきふき板板いた、、、所々所々ところどころとりのけさせてとりのけさせてとりのけさせて、、、月月つきやどしてやどしてやどして見侍見侍みわべりけるにりけるにりけるに、、、門門かどたゝくたゝくたたく音音おとししし侍侍はべりければりければりければ、、、女女おんなごゑにてごゑにてごえにて、、、とひとひとい侍侍はべりけるにりけるにりけるに、、、うちよりうちよりうちより勅使勅使ちょくしのわたらせのわたらせのわたらせ給給たまへるなりとへるなりとえるなりと、、、といふといふという者者ものののの申申もうしければしければしければ、、、門門もん開開ひらきていづみのもとにきていづみのもとにきていずみのもとに、、、御使御使おおんつかいののの藏人藏人くろうど入入いれれれ侍侍はべりけるにりけるにりけるに、、、「「「仰仰おおせごとになんせごとになんせごとになん。。。月月つきのののうたのすぐれたるうたのすぐれたるうたのすぐれたるははは、、、いづれかあるいづれかあるいずれかある」」」。。。
- 15ととと仰仰おおせせせ侍侍はべりつればりつればりつれば、、、俄俄にわかににに馬馬うまつかさのつかさのつかさの御馬御馬みまめしてめしてめして、、、急急いそぎぎぎ對面對面たいめんするするする由由よしなどなどなど、、、誰誰たれにかれにかれにか有有ありけんりけんりけん。。。そのそのその時時ときののの藏人藏人くろうどののの申申もうししし侍侍はべりければりければりければ、、、
- 16よしよよしよよしよ夜夜よしとしとしと人人ひとにつげやらばにつげやらばにつげやらば
- 17こてこてこてふにふにふに似似にたりたりたり待待またずしもあらずたずしもあらずたずしもあらず
- 18といふうたといふうたといううたをををなむなむなん申申もうしけるがしけるがしけるが、、、同同おなじじじ御時御時おおんときののの事事ことにやにやにや侍侍はべりけんりけんりけん。。。たしかにもきゝたしかにもきゝたしかにもきき侍侍はべらざりきらざりきらざりき。。。
現代語訳
常陸介実宗と申した人が、医師に尋ねるべきことがあって雅忠のもとに行ったところ、「しばらく(お待ちを)」といって障子の傍らに座らせておいたが、客をもてなしている間に、門から入ってくる病人を、前もって顔色を見て、「これはその病を問いに来る者だ」と言って、尋ねると本当にそのとおりでした。その中には見苦しいこともあり、おかしいこともあって、(病人が)言い出せないでいると、「皆わかっている」などと言って、治療の方法などを言いながら応対していたが、客は有行でした。家の主人(雅忠)が盃を取ったのを、(有行が)「早くその酒をお飲みなさい。今すぐひどい地震が揺れるので、こぼしてしまうでしょう」と言うと、まさかそんなことはと思ったのでしょうか、急がないでいるうちに地震がひどく揺れて、なみなみと注いだ酒をこぼしてしまいました。(実宗は)驚くべきことを聞いたと語ったそうです。
中ごろ、笙の笛の師で市佑時光と申した者が、どの御代のことでしたか、内裏から召したのに、同じように年老いた者と二人で碁を打って、歌を歌う様子で寄り合って、まったく聞き入れもせず、お返事も申し上げなかったので、御使いはあざけって帰参して、「このようでございます」と訴え申したところ、お叱りはなくて仰せられたのは、「たいそうしみじみとしたことだな。唱歌に没頭して、すべてを忘れているのだろう。帝の位こそ残念だ。そのようなすばらしいことを、行って聞くこともできない」とおっしゃったそうです。用光といった篳篥の師と二人で「裏頭楽」を唱歌にしていたのだと、後に聞こえました。その用光が相撲の使いとして西国へ下った時、吉備の国のあたりでしたか、沖の白波(海賊)が襲ってきて、ここで命も絶えそうに見えたので、狩衣・冠をきちんと整えて屋形の上に出ていたところ、海賊が船を漕ぎ寄せてきたので、その時用光は篳篥を取り出して、恨めしげな音色で何とも言えず吹き澄ましたところ、海賊どもはそれぞれ悲しみの心が起こって、褒美の品まで与えて漕ぎ離れて去っていったということです。それほど道理もわきまえない武士でさえ情けを感じるほどに吹き聞かせたのもめったにないことで、また昔の海賊はやはりこのような情けがあったのでした。
たいそう優雅に聞こえましたことは、どの御代のことでしたか、中ごろの后の上東門院か陽明門院などでいらしたでしょうか、近い世の帝の御代に、珍しく内裏にお入りになった時、月の明るかった夜、「昔はこのような夜は、殿上人が遊びなどをしたものです、内裏のあたりでは。そのようなこともございませんのは残念です」などと申されたので、(帝は)たいそう気恥ずかしくお思いになっていたところ、月夜のすばらしい中に、「凛々として氷鋪けり」という歌を、たいそう華やかな声で歌ったのが並々でなく聞こえたところに、またたいそう身にしみる尊い声で、無量義経の「微渧まづ堕ちて」などという所を読み出されたのが、どちらもそれぞれにすばらしく聞こえたので、「昔もこれほどのことは聞いたことがございませんでした。たいそう優雅な者たちでございますね」と申されたので、(帝は)御冷や汗もお乾きになって、お心も晴れやかになられたと聞きました。後冷泉院の御代に上東門院などが内裏に入られたのでしょうか。またその人々は伊家の弁、敦家の中将などでいらしたのだろうと人は申しました。間違いでしょうか。
また能因法師が、月の明るかった夜、板井に向かって庇の葺き板を所々取り除かせて、月を宿して見ておりましたところ、門を叩く音がしたので、女の声で問うたところ、「内裏から勅使がいらしたのです」と馬部という者が申したので、門を開いて泉のもとに御使いの蔵人を入れましたところ、「仰せ言です。月の歌のすぐれたものはどれか、と仰せられました」というので、急に馬寮の御馬を召して急いで対面したことなど、誰でしたか、その時の蔵人が申しましたので、
月夜よし、夜よしと人に告げてやったなら、
(来てほしいと言っているのに)似ている。待っていないわけでもない。
という歌を申したそうですが、同じ御代のことでしたでしょうか。確かには聞いておりません。
意訳
巻九の最終章「かしこき道々」は、医術・陰陽道・音楽などの名人たちの逸話を集める。医師丹波雅忠は病人の顔を見ただけで病を言い当て、陰陽師賀茂有行は地震を予知して、雅忠が酒をこぼすことまで言い当てた。
笙の名手豊原時光は帝の召しにも応じず唱歌に没頭していたが、帝は「すばらしいことを聞きに行けない帝の位こそ残念だ」と感嘆した。篳篥の名手和邇部用光は、海賊に襲われた時に死を覚悟して正装し、篳篥を吹いて海賊の心を動かした。芸道の力をたたえる名高い逸話である。
女院を感嘆させた殿上人の朗詠と読経の話、能因法師が月の歌として「月夜よし夜よしと人に告げやらば来てふに似たり待たずしもあらず」(古今集・読人しらず)を挙げた話で、巻九は結ばれる。
語釈・文法注
- 常陸介實宗
- 藤原実宗か。伝未詳。
- 雅忠
- 丹波雅忠(1021〜1088)。典薬頭。名医として知られた。
- 有行
- 賀茂有行。陰陽師。
- なゐ
- 地震。
- 市ノ佑時光
- 豊原時光。笙の名手。第48章参照。
- 唱歌
- 楽器の旋律を口で歌うこと。
- 用光
- 和邇部用光。篳篥の名手。
- 裏頭樂
- 雅楽の曲名。
- 相撲の使
- 相撲節会のため、諸国の相撲人を召し集めに遣わされる使い。
- 白波
- 盗賊。ここでは海賊。
- かづけもの
- 褒美として与える品物。
- 上東門院
- 藤原彰子(988〜1074)。道長の娘。一条天皇の中宮。
- 凛々として氷しき
- 『和漢朗詠集』の公乗億の句「秦甸の一千余里、凛々として氷鋪けり」。月光を詠む。
- 無量義經
- 法華経の開経とされる経典。
- 伊家の辨
- 藤原伊家(1046〜1084)。
- 敦家の中將
- 藤原敦家(1033〜1090)。
- 能因法師
- 能因(988〜?)。歌人。数奇者として知られた。
- 馬部
- 馬寮の下級の役人。
- 月夜よし
- 古今集・恋四の読人しらずの歌。
文法
- みかどの位こそ、くちをしけれ
- 帝の位こそ残念だ。自由に名人の演奏を聞きに行けない身を嘆く。
- 待たずしもあらず
- 待っていないわけでもない。
和歌
月夜よしよ夜しと人につげやらばこてふに似たり待たずしもあらず
- 詠者
- 読人しらず(古今集)
- 状況
- 能因法師が、すぐれた月の歌として勅使に答えた歌。
修辞
- 掛詞
- 「こてふ」に「来てふ(来てという)」と「胡蝶」を響かせる。
解説
用光が海賊を退けた話は『十訓抄』『古今著聞集』にも見え、芸の力をたたえる説話として広く知られた。今鏡の語り手は「昔の白波はなほかゝるなさけなんありける」と、今の世の荒々しさと対比している。
関連
出典
- 底本
- 関根正直『今鏡新註』 六合館、昭和2年(1927)、390〜394頁(コマ210–212)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日