古典ライブラリー

今鏡 第九「むかしがたり」 第76章

誠の道

仏道に心を寄せた文人たちの昔語り。慶滋保胤は泣く女に自分の帯を与えて小舎人の帯を借りて出仕し、出家後は増賀聖に止観を学ぼうとして泣いてばかりいて殴られた。大江定基(寂照)は愛妻の死を機に出家して宋に渡り円通大師となった。統理の出家と増賀の世話、前世の願を果たした公経、前世が牛だった定俊の話などが語られる。

  1. 1のののひじりひじりひじりははは、、、やんごとなきやんごとなきやんごとなき博士はかせ博士はかせはかせにてにてにて、、、文ふみ文ふみふみ作つく作つくつくるるる道みち道みちみち類たぐ類たぐたぐひひひ少すくな少すくなすくなくてくてくて、、、世よ世よよにつかへけれどにつかへけれどにつかえけれど、、、心こころ心こころこころはははひとへにひとへにひとえに、、、佛ほとけ佛ほとけほとけののの道みち道みちみちににに深ふか深ふかふかくそみてくそみてくそみて、、、あはれびのあはれびのあわれびの心こころ心こころこころのみありければのみありければのみありければ、、、大內記だいないき大內記だいないきだいないきにてにてにて、、、記しる記しるしるすべきすべきすべき事こと事ことことありてありてありて、、、催もよほ催もよほもよおされてされてされて內うち內うちうちににに參まゐ參まゐまいれりけるにれりけるにれりけるに、、、左衞門さゑもん左衞門さゑもんさえもんののの陣ぢん陣ぢんじんなどのなどのなどの方かた方かたかたにやにやにや。。。
  2. 2女をんな女をんなおんなののの泣な泣ななきてきてきて立た立たたてるがありけるてるがありけるてるがありけるををを、、、「「「何事なにごと何事なにごとなにごとのあればのあればのあれば、、、かくかくかくははは泣な泣ななくぞくぞくぞ」」」。。。ととと問と問ととひければひければいければ、、、「「「あるじのあるじのあるじの使つかひ使つかひつかいにてにてにて、、、ののの帶おび帶おびおびををを人ひと人ひとひとににに借か借かかりてりてりて、、、もてまかりつるがもてまかりつるがもてまかりつるが、、、道みち道みちみちににに落おと落おとおとしてしてして侍はべ侍はべはべればればれば、、、あるじにもあるじにもあるじにも、、、重おも重おもおもくくく戒いまし戒いましいましめられんずらむめられんずらむめられんずらむ。。。さばかりのさばかりのさばかりの物もの物ものものををを失うしな失うしなうしなひつるひつるいつる、、、あさましくあさましくあさましく悲かな悲かなかなしくてしくてしくて、、、歸かへ歸かへかえるるる空そら空そらそらもなければもなければもなければ、、、思おも思おもおもひやるひやるいやる方かた方かたかたもなくてもなくてもなくて、、、それそれそれををを泣な泣ななききき侍はべ侍はべはべるなりるなりるなり」」」。。。
  3. 3ととと申まう申まうもうしければしければしければ、、、心こころ心こころこころのののうちうちうち推お推おおししし量はか量はかはかるにるにるに、、、誠まこと誠まことまことにさぞにさぞにさぞ悲かな悲かなかなしからんとてしからんとてしからんとて、、、わがさしたるわがさしたるわがさしたる帶おび帶おびおびをををときてときてときて、、、取と取ととらせたりければらせたりければらせたりければ、、、元もと元もともとののの帶おび帶おびおびにににはははあらねどもあらねどもあらねども、、、「「「空むな空むなむなしくしくしく失うしな失うしなうしなひてひていて、、、申まう申まうもうすかたなからんよりもすかたなからんよりもすかたなからんよりも、、、おのづからおのづからおのずから罪つみ罪つみつみもよろしくやもよろしくやもよろしくや侍はべ侍はべはべるるる」」」。。。
  4. 4とてとてとて、、、「「「これこれこれをもをもをもてまからんずるてまからんずるてまからんずる嬉うれ嬉うれうれしさしさしさ」」」ととと、、、手て手ててをををすりてすりてすりて、、、とりてまかりにけりとりてまかりにけりとりてまかりにけり。。。さてさてさて片隅かたすみ片隅かたすみかたすみににに帶おび帶おびおびもなくてもなくてもなくて、、、隱かく隱かくかくれゐたりけるれゐたりけるれいたりける程ほど程ほどほどににに、、、事こと事ことこと始はじま始はじまはじまりければりければりければ、、、おおおそし〳〵とそし〳〵とそしそしと催もよほ催もよほもよおされてされてされて、、、みくらのみくらのみくらの小舍人こどねり小舍人こどねりこどねりとかにとかにとかに、、、帶おび帶おびおびををを借か借かかりてぞりてぞりてぞ、、、公事くじ公事くじくじははは勤つと勤つとつとめられめられめられ侍はべ侍はべはべりけるりけるりける。。。
  5. 5亭てい亭ていていののの記き記ききとてかゝれたるとてかゝれたるとてかかれたるふみにもふみにもふみにも、、、身み身みみははは朝あした朝あしたあしたにありてにありてにありて、、、心こころ心こころこころははは隱こもり隱こもりこもりにありとぞにありとぞにありとぞ侍はべ侍はべはべるなるるなるるなる。。。
  6. 6中務なかつかさ中務なかつかさなかつかさののの宮みや宮みやみやののの、、、ものものもの習なら習ならならひひい給たま給たまたまひけるにもひけるにもいけるにも、、、ふみふみふみ少すこ少すこすこししし敎をし敎をしおしへたてまつりてへたてまつりてえたてまつりてははは、、、目め目めめををを閉と閉ととぢてぢてじて、、、佛ほとけ佛ほとけほとけをををねんじねんじねんじ奉たてまつ奉たてまつたてまつりてぞりてぞりてぞ、、、怠おこた怠おこたおこたらずらずらず勤つと勤つとつとめめめ給たま給たまたまひけるひけるいける。。。かくてかくてかくて年とし年としとしをををわたりけるわたりけるわたりける程ほど程ほどほどににに、、、年とし年としとしたけてぞたけてぞたけてぞ、、、かしらおろしてかしらおろしてかしらおろして、、、橫川よかは橫川よかはよかわにのぼりてにのぼりてにのぼりて、、、法文ほふもん法文ほふもんほうもんならひならひならい給たま給たまたまひけるにひけるにいけるに、、、ひじりのひじりのひじりの、、、まだまだまだ橫川よかは橫川よかはよかわににに住す住すすみみみ給たま給たまたまひけるひけるいけるほどにてほどにてほどにて、、、ののの明あ明ああ靜しづか靜しづかしずかなることなることなること、、、前まへ前まへまえ代よ代よよにいまだにいまだにいまだ聞き聞ききかずかずかず。。。
  7. 7とよみとよみとよみ給たま給たまたまひけるひけるいける、、、このこのこの入道にふだう入道にふだうにゅうどう、、、たゞたゞただ泣な泣ななきになきければきになきければきになきければ、、、ひじりひじりひじり「「「かくやかくやかくやはははいつしかいつしかいつしか泣な泣ななくべきくべきくべき」」」。。。とてとてとて、、、こぶしこぶしこぶしををを握にぎ握にぎにぎりてりてりて、、、打う打ううちちち給たま給たまたまひければひければいければ、、、我わ我わわれもれもれも人ひと人ひとひとももも、、、事こと事ことことにがりてにがりてにがりて、、、立た立たたちにけりちにけりちにけり。。。
  8. 8又また又またまた程ほど程ほどほど經へ經へへててて、、、「「「さてもやさてもやさてもやははは侍はべ侍はべはべるべきるべきるべき。。。かのかのかのふみふみふみ受う受ううけけけ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり侍はべ侍はべはべらんらんらん」」」。。。ととと申まう申まうもうしければしければしければ、、、又また又またまたさきのさきのさきの如ごと如ごとごとくにくにくに泣な泣ななきければきければきければ、、、またはしたなくまたはしたなくまたわしたなく、、、さいなみければさいなみければさいなみければ、、、後のち後のちのちのことばもえのことばもえのことばもえ聞き聞ききかでかでかで過す過すすぐるぼどにぐるぼどにぐるぼどに、、、又また又またまた懲こ懲ここりずまにりずまにりずまに、、、御おん御おんおんけしきとりけしきとりけしきとり給たま給たまたまひければひければいければ、、、またまたまた更さら更さらさらににに讀よ讀よよみみみ給たま給たまたまふにもふにもうにも、、、同おな同おなおなじやうにいとゞじやうにいとゞじょうにいとど泣な泣ななきききをををりければこそりければこそりければこそ、、、ひじりもひじりもひじりも涙なみだ涙なみだなみだこぼしてこぼしてこぼして、、、「「「誠まこと誠まことまことににに深ふか深ふかふかききき御法みのり御法みのりみのりののの尊たふと尊たふととうとくおぼゆるにこそくおぼゆるにこそくおぼゆるにこそ」」」とてとてとて、、、あはれがりてあはれがりてあわれがりて、、、そのそのそのふみふみふみ靜しづか靜しづかしずかににに授さづ授さづさずけけけ給たま給たまたまひけりひけりいけり。。。
  9. 9さてやんごとなくさてやんごとなくさてやんごとなく侍はべ侍はべはべりければりければりければ、、、御堂みだう御堂みだうみどうののの入道にふだう入道にふだうにゅうどう殿どの殿どのどのももも、、、御戒おほんかい御戒おほんかいおおんかいなどなどなど受う受ううけさせけさせけさせ給たま給たまたまひてひていて、、、ひじりみまかりにけるひじりみまかりにけるひじりみまかりにける時とき時ときときははは、、、などせさせなどせさせなどせさせ給たま給たまたまひてひていて、、、さらしさらしさらし布ぬの布ぬのぬのもゝむらもゝむらももむら給たま給たまたまひけるひけるいける、、、うけぶみうけぶみうけぶみははは、、、のののひじりたてまつりてひじりたてまつりてひじりたてまつりて、、、秀句しうく秀句しうくしゅうくなどかきとゞめなどかきとゞめなどかきとどめ給たま給たまたまひけりひけりいけり。。。
  10. 10昔むかし昔むかしむかし隋ずい隋ずいずいノノノノノノ智者ちしや智者ちしやちしゃニニニ報むく報むくむくゼシゼシゼシ、、、千僧せんそう千僧せんそうせんそうヒトツヲアマシヒトツヲアマシヒトツヲアマシ、、、今いま今いまいま左丞相さじようしやう左丞相さじようしやうさじょうしょうノノノ寂公じやくこう寂公じやくこうじゃくこうトブラフトブラフトブラフ、、、サラシサラシサラシ布ぬの布ぬのぬのモヽチニミテリモヽチニミテリモヽチニミテリ。。。
  11. 11とぞかゝれとぞかゝれとぞかかれはべりけるはべりけるはべりける。。。
  12. 12そのそのその三河みかは三河みかはみかわのののひじりもひじりもひじりも、、、博士はかせ博士はかせはかせにおはしてにおはしてにおわして、、、大江おほえ大江おほえおおえののの氏うぢ氏うぢうじののの、、、上達部かんだちめ上達部かんだちめかんだちめののの子こ子ここににに、、、おはしけるがおはしけるがおわしけるが、、、三河みかは三河みかはみかわノノノ守かみ守かみかみになりてになりてになりて、、、國くに國くにくにへへへ下くだ下くだくだりりり給たま給たまたまひけるにひけるにいけるに、、、類たぐ類たぐたぐひなくおぼえけるひなくおぼえけるひなくおぼえける女をんな女をんなおんなををを、、、具ぐ具ぐぐしておはしけるしておはしけるしておわしける程ほど程ほどほどににに、、、女をんな女をんなおんなみまかりにければみまかりにければみまかりにければ、、、悲かな悲かなかなしびのしびのしびの餘あま餘あまあまりにとりすつることもせでりにとりすつることもせでりにとりすつることもせで、、、なりまかるさまなりまかるさまなりまかるさまををを見み見みみててて、、、心こころ心こころこころをををおこしておこしておこして、、、やがてかしらおろしてやがてかしらおろしてやがてかしらおろして、、、都みやこ都みやこみやこにのぼりてにのぼりてにのぼりて物もの物ものものなどなどなど乞こ乞ここひありきけるにひありきけるにひありきけるに、、、もとのもとのもとの妻め妻めめにてありけるにてありけるにてありける女をんな女をんなおんな、、、「「「我わ我わわれれれををを捨す捨すすてたりしてたりしてたりし報むく報むくむくいにいにいに、、、かゝれとこそかゝれとこそかかれとこそ思おも思おもおもひしにひしにいしに、、、かくかくかく見み見みみなしたることなしたることなしたること」」」。。。
  13. 13などなどなど申まう申まうもうしければしければしければ、、、「「「御德おほんとく御德おほんとくおおんとくににに佛ほとけ佛ほとけほとけになりなんになりなんになりなん事こと事ことこと」」」とてとてとて、、、手て手ててをををすりてすりてすりて喜よろこ喜よろこよろこびけるとびけるとびけると、、、傳つた傳つたつたへへえ語かた語かたかたりりり侍はべ侍はべはべるるる。。。さてさてさて內記ないき內記ないきないきのののひじりひじりひじりををを師し師ししにしにしにし給たま給たまたまひてひていて、、、ひんがしひんがしひんがし山やま山やまやまののの、、、におはしにおはしにおわし、、、橫川よかは橫川よかはよかわにのぼりてもにのぼりてもにのぼりても、、、信のぶ信のぶのぶ僧都そうづ僧都そうづそうずなどになどになどに、、、深ふか深ふかふかききき御法みのり御法みのりみのりののの心こころ心こころこころ汲く汲くくみしりみしりみしり給たま給たまたまひてひていて、、、ののの平へい平へいへい中納言ちゆうなごん中納言ちゆうなごんちゅうなごんののの、、、北きた北きたきた白川しらかは白川しらかはしらかわにてにてにて六十卷ろくじふくわん六十卷ろくじふくわんろくじっかん講かう講かうこうじじじ給たま給たまたまひけるにひけるにいけるにははは、、、僧都そうづ僧都そうづそうず、、、まだまだまだ內供ないぐ內供ないぐないぐにおはしけるにおはしけるにおわしける時とき時ときとき、、、講師かうじ講師かうじこうじせさせせさせせさせ給たま給たまたまへりへりえり。。。
  14. 14このこのこの三河みかは三河みかはみかわののの入道にふだう入道にふだうにゅうどうははは、、、師し師ししとかやにてこそとかやにてこそとかやにてこそははは、、、法華經ほけきやう法華經ほけきやうほけきょうのこゝろのこゝろのこころ說と說とときあらはせるきあらはせるきあらわせるふみもふみもふみも、、、點てん點てんてんじしたゝめてじしたゝめてじしたためて、、、そこばくのそこばくのそこばくの聽き聽きき衆しう衆しうしゅうどもどもども居ゐ居ゐいなみてなみてなみて、、、おの〳〵おの〳〵おのおの讀よ讀よよみしたゝめられみしたゝめられみしたためられ侍はべ侍はべはべりけりりけりりけり。。。
  15. 15かくてかくてかくて後のち後のちのちにぞにぞにぞ、、、山やま山やまやま三井寺みゐでら三井寺みゐでらみいでらののの僧そう僧そうそうたちもたちもたちも、、、やすらかによみやすらかによみやすらかによみ傳つた傳つたつたへたまふなるへたまふなるえたまうなる。。。遂つひ遂つひついにからにからにから國くに國くにくににおはしてもにおはしてもにおわしても、、、いひしらぬことゞもおはしければいひしらぬことゞもおはしければいいしらぬことどもおわしければ、、、大師だいし大師だいしだいしののの御名みな御名みなみな得え得ええ給たま給たまたまひてひていて、、、圓通ゑんつう圓通ゑんつうえんつう大師だいし大師だいしだいしとこそきこえとこそきこえとこそきこえ給たま給たまたまふめれふめれうめれ。。。
  16. 16かくれたまひけるにかくれたまひけるにかくれたまいけるに、、、佛ほとけ佛ほとけほとけ迎むか迎むかむかへへえ給たま給たまたまひひい、、、樂がく樂がくがくのおとのおとのおと聞き聞ききこえければこえければこえければ、、、それにもそれにもそれにも詩し詩ししつくりつくりつくり、、、歌うた歌うたうたよみなどしよみなどしよみなどし給たま給たまたまひけるもひけるもいけるも、、、もろこしよりもろこしよりもろこしより送おく送おくおくりりり侍はべ侍はべはべりけるりけるりける。。。
  17. 17笙謌しやうか笙謌しやうかしょうかハルカニハルカニハルカニ聞きこ聞きこきこコユコユコユ孤雲こうん孤雲こうんこうんノウヘノウヘノウヘ、、、ススス落日らくじつ落日らくじつらくじつノマヘノマヘノマヘ、、、
  18. 18とつくりとつくりとつくり給たま給たまたまへりへりえり。。。歌うた歌うたうたははわ、、、
  19. 19雲くも雲くもくもののの上うへ上うへうえにににはるかにはるかにはるかに樂がく樂がくがくののの音おと音おとおとすなりすなりすなり人ひと人ひとひとやきくらんひかやきくらんひかやきくらんいか聞き聞ききかもしかもしかもし
  20. 20とよみたまへりけるととよみたまへりけるととよみたまえりけると聞き聞ききこえこえこえ侍はべ侍はべはべりしりしりし。。。
  21. 21又また又またまた少納言せうなごん少納言せうなごんしょうなごんととと聞き聞ききこえしこえしこえし人ひと人ひとひと、、、年とし年としとしごろもごろもごろも世よ世よよをををそむくそむくそむく心こころ心こころこころやありけむやありけむやありけむ。。。月つき月つきつきののの隈くま隈くまくまなくなくなく侍はべ侍はべはべりけるにりけるにりけるに、、、心こころ心こころこころをををすましてすましてすまして、、、山やま山やまやま深ふか深ふかふかくたづねくたづねくたずね入い入いいらんらんらん志こころざし志こころざしこころざしののの、、、せちにせちにせちに催もよほ催もよほもよおしければしければしければ、、、まづまづまず家いへ家いへいえににに、、、「「「設まう設まうもうけよけよけよ。。。出い出いいでんでんでん」」」。。。
  22. 22といひてといひてといいて、、、かしらかしらかしら洗あら洗あらあらひてひていて、、、梳けづ梳けづけずりりりほしなどしけるほしなどしけるほしなどしけるををを、、、妻つま妻つまつまなりけるなりけるなりける女をんな女をんなおんなももも心得こころえ心得こころえこころえててて、、、さめ〴〵とさめ〴〵とさめざめと泣な泣ななきききをををりけれどりけれどりけれど、、、かたみにかたみにかたみに、、、とかくいふとかくいふとかくいう言い言いいはなくてはなくてわなくて、、、あくるあくるあくる日ひ日ひひうるはしきうるはしきうるわしき裝よそ裝よそよそひしてひしてひして、、、一いち一いちいちののの人ひと人ひとひとののの御おん御おんおんもとにもとにもとに詣まう詣まうもうでてでてでて、、、山里やまざと山里やまざとやまざとにまかりこもるべきにまかりこもるべきにまかりこもるべき由よし由よしよしののの、、、いとまいとまいとま申まう申まうもうしけれどしけれどしけれど、、、人ひと人ひとひとももも申まう申まうもうしつがざりけるしつがざりけるしつがざりけるををを、、、しひしひしい申まう申まうもうしければしければしければ聞き聞ききききき給たま給たまたまひてひていて、、、「「「少納言せうなごん少納言せうなごんしょうなごんこなたへこなたへこなたえ」」」とてとてとて、、、出しゆつ出しゆつしゅつあひあひあい給たま給たまたまひてひていて、、、御おん御おんおん數珠ずず數珠ずずずずたびてたびてたびて、、、「「「後のち後のちのちののの世よ世よよははは賴たの賴たのたのむぞむぞむぞ」」」。。。
  23. 23などなどなど侍はべ侍はべはべりければりければりければ、、、數珠ずず數珠ずずずずをばをばをばをさめてをさめておさめて、、、拜はい拜はいはいしたてまつりてしたてまつりてしたてまつりて、、、增賀ぞうが增賀ぞうがぞうがひじりのひじりのひじりの室しつ室しつしつにいたりてにいたりてにいたりて、、、かしらおろしたりけれどかしらおろしたりけれどかしらおろしたりけれど、、、勤つと勤つとつとめめめ行おこな行おこなおこなふふう事こと事ことこともなくてもなくてもなくて、、、ものものもの思おも思おもおもひたるひたるいたる姿すがた姿すがたすがたなりければなりければなりければ、、、ひじりさるひじりさるひじりさる心こころ心こころこころにてにてにて、、、はしたなくはしたなくはしたなく侍はべ侍はべはべりければりければりければ、、、「「「生う生ううみみみ侍はべ侍はべはべるべきるべきるべき月つき月つきつきにあたりたるにあたりたるにあたりたる女をんな女をんなおんなののの侍はべ侍はべはべることのることのることの、、、思おも思おもおもひひい捨す捨すすててて侍はべ侍はべはべれどれどれど、、、いぶせくいぶせくいぶせく思おも思おもおもひたまへてひたまへていたまえて」」」。。。
  24. 24などいふなどいふなどいうををを、、、ひじりひじりひじり都みやこ都みやこみやこにいそぎにいそぎにいそぎ出い出いいでてでてでて、、、そのそのその家いへ家いへいえにおはしたりければにおはしたりければにおわしたりければ、、、えええ生う生ううみやらでみやらでみやらで、、、惱なや惱なやなやみけるみけるみけるををを、、、ひじりひじりひじり祈いの祈いのいのりりり給たま給たまたまひてひていて、、、生う生ううませなどしてませなどしてませなどして、、、人ひと人ひとひとにまめなるにまめなるにまめなる物もの物ものものなどこひなどこひなどこい給たま給たまたまひてひていて、、、車くるま車くるまくるまにつみてにつみてにつみて、、、給たま給たまたまひけりひけりいけり。。。そのそのその統理むねまさ統理むねまさむねまさにににノノノ院ゐん院ゐんいんよりよりより、、、歌うた歌うたうたののの御おん御おんおんかへしかへしかえし給たま給たまたまはははりけるりけるりける、、、
  25. 25忘わす忘わすわすられずられずられず思おも思おもおもひひい出い出いいでつゝやまでつゝやまでつつやま人ひと人ひとひとをををしかしかしか戀こひ戀こひこいしくぞわれもながむるしくぞわれもながむるしくぞわれもながむる
  26. 26ととと侍はべ侍はべはべりけるにりけるにりけるに、、、涙なみだ涙なみだなみだのごひのごひのごい侍はべ侍はべはべりければりければりければ、、、「「「東宮とうぐう東宮とうぐうとうぐうよりよりより、、、歌うた歌うたうたたまはりたらんたまはりたらんたまわりたらんははは、、、佛ほとけ佛ほとけほとけにやにやにやはははなるべきなるべきなるべき」」」。。。とととひじりひじりひじり耻は耻ははぢしめぢしめじしめ給たま給たまたまひけるとかやひけるとかやいけるとかや。。。たてまつりたるたてまつりたるたてまつりたる歌うた歌うたうたももも、、、あはれにきこえあはれにきこえあわれにきこえ侍はべ侍はべはべりきりきりき。。。
  27. 27きみにきみにきみに人ひと人ひとひとなれななれななれな習なら習ならならひそひそいそ奧山おくやま奧山おくやまおくやまににに入い入いいりてのりてのりての後のち後のちのちもわびしかりけるもわびしかりけるもわびしかりける
  28. 28とぞよみてたてまつりけるとぞよみてたてまつりけるとぞよみてたてまつりける。。。
  29. 29とかとかとか聞き聞ききこえしこえしこえし手て手ててかきかきかき、、、「「「ことよろしきことよろしきことよろしき國くに國くにくにののの司つかさ司つかさつかさになりたらばになりたらばになりたらば、、、寺てら寺てらてらなどもなどもなども造つく造つくつくらんとらんとらんと思おも思おもおもひしひしいしををを、、、河內かふち河內かふちこうちといふあやしきといふあやしきというあやしき國くに國くにくにになりたればになりたればになりたれば、、、かひなしかひなしかいなし。。。ふるふるふる寺てら寺てらてらなどなどなどをををこそこそこそははは、、、修理すり修理すりすりせめせめせめ」」」。。。
  30. 30ととと思おも思おもおもひてひていて、、、見み見みみありきけるにありきけるにありきけるに、、、あるあるあるふるふるふる寺じ寺じじののの、、、佛ほとけ佛ほとけほとけののの座ざ座ざざののの下した下したしたににに、、、ふみのふみのふみの見み見みみえけるえけるえけるををを、、、披ひら披ひらひらきてきてきて見み見みみければければければ、、、沙門しやもん沙門しやもんしゃもん公經きんつね公經きんつねきんつねととと書ふみ書ふみふみきたるきたるきたるふみにふみにふみに、、、こんこんこん世よ世よよにこのにこのにこの國くに國くにくにののの司つかさ司つかさつかさになりてになりてになりて、、、このこのこの寺じ寺じじ修理すり修理すりすりせんといふせんといふせんという願ぐわん願ぐわんがんたてたるたてたるたてたるふみふみふみ見み見みみてぞてぞてぞ、、、「「「然しか然しかしかるべきるべきるべき契ちぎ契ちぎちぎりなりけるりなりけるりなりける」」」。。。
  31. 31といひけるといひけるといいける。。。かきたるかきたるかきたる文字もじ文字もじもじのさまなどものさまなどものさまなども、、、似に似ににたるたるたる手て手ててになんありけるになんありけるになんありける。。。修理すり修理すりすりのかみのやうにのかみのやうにのかみのように、、、おなじおなじおなじ昔むかし昔むかしむかしののの名な名ななをををつげるなるべしつげるなるべしつげるなるべし。。。
  32. 32大だい大だいだい外記げき外記げきげきといひしがといひしがといいしが、、、越中ゑつちゆう越中ゑつちゆうえっちゅう守かみ守かみかみになりてになりてになりて侍はべ侍はべはべりけるにりけるにりけるに、、、國くに國くにくにののの物もの物ものものははは、、、思おも思おもおもふさまにふさまにうさまに侍はべ侍はべはべりけれどもりけれどもりけれども、、、國くに國くにくにののの人ひと人ひとひとのないがしろにのないがしろにのないがしろに思おも思おもおもへるへるえるををを、、、あやしみおもひてあやしみおもひてあやしみおもいて、、、寐ね寐ねねたりけるたりけるたりける夜よ夜よよののの夢ゆめ夢ゆめゆめににに、、、むかしむかしむかし此こ此ここののの國くに國くにくにににに、、、目め目めめくらきくらきくらきひじりのひじりのひじりの、、、者もの者ものものにてにてにて有あ有あありけるがりけるがりけるが、、、生う生ううまれてかくまれてかくまれてかくはははなりたるぞなりたるぞなりたるぞ。。。
  33. 33人ひと人ひとひとのあなづらはしくのあなづらはしくのあなずらわしく思おも思おもおもへるへるえるははは、、、昔むかし昔むかしむかしのなごりなるべしのなごりなるべしのなごりなるべし。。。そのそのそのひじりひじりひじり、、、さきのさきのさきの世よ世よよににに彼か彼かかののの國くに國くにくにののの牛うし牛うしうしなりけるなりけるなりける時とき時ときとき、、、法華經ほけきやう法華經ほけきやうほけきょう一部いちぶ一部いちぶいちぶををを負お負おおひてひていて、、、山寺やまでら山寺やまでらやまでらにのぼりたりしゆゑににのぼりたりしゆゑににのぼりたりしゆえに、、、持經ぢきやう持經ぢきやうじきょう者もの者ものものになれりしがになれりしがになれりしが、、、此こ此ここののの度たび度たびたびははは國くに國くにくにのかみとなりてのかみとなりてのかみとなりて、、、色いろ色いろいろののの黑くろ黑くろくろきもそのなごりきもそのなごりきもそのなごり、、、とぞとぞとぞ見み見みみたりけるたりけるたりける。。。
  34. 34昔むかし昔むかしむかしのなごりにやのなごりにやのなごりにや。。。末すゑ末すゑすえにににははは法師ほふし法師ほふしほうしになりてになりてになりて、、、のかたにのかたにのかたに籠ごめ籠ごめごめもりゐてもりゐてもりいて、、、行おこな行おこなおこなひけるとぞひけるとぞいけるとぞ、、、聞き聞ききこえこえこえ侍はべ侍はべはべりしりしりし。。。そのそのその子こ子ここにてにてにて、、、信俊のぶとし信俊のぶとしのぶとしときこえしもときこえしもときこえしも、、、身み身みみははは世よ世よよににに仕つか仕つかつかへながらへながらえながら、、、佛ほとけ佛ほとけほとけののの道みち道みちみちをををのみのみのみ營いとな營いとないとなみてみてみて、、、老お老おおいのにいのにいのにははは、、、かしらおろしなどしてかしらおろしなどしてかしらおろしなどして、、、限かぎ限かぎかぎりのりのりの時とき時ときときにのぞみてにのぞみてにのぞみてははは、、、みづからみづからみずから肥後ひご肥後ひごひごノノノ入道にふだう入道にふだうにゅうどう往生わうじやう往生わうじやうおうじょうしたりしたりしたり。。。
  35. 35ととと云い云いいひあひあいあはははんずらむなどんずらむなどんずらむなど申まう申まうもうしてしてして、、、尊たふと尊たふととうとくてくてくてうせにけるにうせにけるにうせにけるに、、、かうばしきかうばしきこうばしき匂にほ匂にほにおひありけるなどひありけるなどいありけるなど、、、きこえきこえきこえ侍はべ侍はべはべりきりきりき。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

大内記の聖(慶滋保胤)は尊い博士で、詩文を作る道では類が少なくて世に仕えていたけれど、心はひたすら仏道に深く染まって、慈悲の心ばかりあったので、大内記として記すべきことがあって催促されて内裏に参った時、左衛門の陣などの方でしょうか、女が泣いて立っていたのを、「何事があって、このように泣くのか」と問うと、「主人の使いで石の帯を人から借りて持ってまいりましたが、道に落としてしまったので、主人にもきっと重く叱られるでしょう。あれほどの物を失ったのがあきれるほど悲しくて、帰る気持ちにもならず、どうしようもなくて、それで泣いているのです」と申したので、心の内を推し量ると、本当にさぞ悲しいだろうと思って、自分の締めていた帯を解いて与えたところ、元の帯ではないけれど、「むなしく失って申しようがないよりも、自然と罪も軽くなるでしょうか」といって、「これを持ってまいれる嬉しさ」と手を擦り合わせて、受け取って帰って行きました。それで片隅に帯もなくて隠れていたうちに、儀式が始まったので、「遅い遅い」と催促されて、御蔵の小舎人とかに帯を借りて、公事は勤められたのでした。『池亭記』といって書かれた書物にも、「身は朝廷にあって、心は隠遁にある」とあるそうです。

中務の宮(具平親王)が(詩文を)習っていらした時にも、書物を少しお教え申し上げては、目を閉じて仏を念じ申し上げて、怠らずお勤めになりました。こうして年を過ごすうちに、年老いてから髪をおろして、横川に上って法文を習われたが、増賀聖がまだ横川に住んでいらしたころで、(増賀が)「止観の明静なること、前代にいまだ聞かず」と読まれたところ、この入道(保胤)がただもう泣きに泣いたので、聖は「こんなにすぐに泣くべきものか」といって、拳を握って打たれたので、自分も人も興ざめして立ってしまいました。また時を経て、「それでもこのままでおられましょうか。あの書物をお受け申し上げましょう」と申したので、(読むと)また前のように泣いたので、また手ひどく叱ったので、続きの言葉も聞けずに過ごしていたが、また懲りずにご機嫌をうかがわれたので、また改めて読まれたが、同じようにいっそう泣いていたので、聖も涙をこぼして、「本当に深い御法が尊く思われるのだろう」といって、しみじみと感じて、その書物を静かに授けられたのでした。そうして尊い人でございましたので、御堂の入道殿(道長)も御戒などを受けられて、聖が亡くなった時は御諷誦などをなさって、晒し布を百反賜った、その受取状は三河の聖(寂照)が書いて差し上げて、秀句などを書き留められました。

「昔、隋の煬帝が智者大師に報いた時は千僧(の供養)に一人足りなかったが、今、左丞相(道長)が寂公(保胤)を弔うには、晒し布が百に満ちた」

と書かれておりました。

その三河の聖も博士でいらして、大江氏の上達部の子でいらっしゃったが、三河守になって任国へ下られた時、類なく愛しく思った女を連れていらしたところ、女が亡くなったので、悲しみのあまり(亡骸を)葬ることもしないで、変わり果ててゆく様を見て発心して、すぐに髪をおろして都に上って物乞いをして歩いたところ、もとの妻であった女が、「私を捨てた報いに、こうなればよいと思っていたのに、こうなったのを見たこと」などと申したので、「あなたのおかげで仏になれることでしょう」といって、手を擦って喜んだと伝え語っております。そして内記の聖を師として、東山の如意寺にいらっしゃり、横川に上っても源信僧都などに深い御法の心を汲み知られて、惟仲の平中納言が北白川で六十巻(の天台の書)を講じられた時には、覚運僧都がまだ内供でいらした時で、講師をさせなさいました。この三河の入道は読師とかで、法華経の心を説き明かした書物にも訓点をつけて整えて、大勢の聴衆が居並んで、それぞれ読み整えられたのでした。こうして後に、比叡山や三井寺の僧たちも、たやすく読み伝えられるそうです。ついに唐土にいらしても、言いようもないことなどがおありだったので、大師の御名を得られて、円通大師と申し上げるようです。亡くなられた時、仏がお迎えになって楽の音が聞こえたので、それについても詩を作り、歌を詠みなどなさったのも、唐土から送ってまいりました。

「笙歌はるかに聞こゆ孤雲の上、聖衆来迎す落日の前」

とお作りになりました。歌は、

雲の上にはるかに楽の音がするようだ。人も聞いているだろうか。(それとも)空耳だろうか。

とお詠みになったと聞こえました。

また少納言統理と申した人は、長年世を背く心があったのでしょうか、月の隈なかった夜、心を澄まして山深く尋ね入ろうという志がしきりに起こったので、まず家で「髪を洗う湯を用意せよ。出家しよう」と言って、髪を洗い、梳いて乾かしたりしていたのを、妻であった女も心得て、さめざめと泣いていたけれど、互いにあれこれ言う言葉もなくて、翌日きちんとした装束で一の人(道長)のもとに参って、山里に籠るべき旨の暇乞いを申したけれど、人も取り次がなかったのを強いて申したので、お聞きになって、「少納言こちらへ」といって出てお会いになって、御数珠を賜って、「後世は頼むぞ」などとおっしゃったので、数珠を納めて拝し申し上げて、増賀聖の庵に行って髪をおろしたけれど、勤め行うこともなくて物思いをしている様子だったので、聖はそれと察して手厳しく接したところ、「出産するはずの月にあたった女がおりますことが、思い捨てたとはいえ、気がかりに思われまして」などと言うのを、聖は都に急いで出て、その家にいらしたところ、産みきれずに苦しんでいたのを、聖が祈られて産ませたりして、人に実用的な物などを乞われて、車に積んで、産養いまでなさいました。その統理に三条院(東宮時代)から歌の御返歌を賜った、

忘れられずに思い出しながら、山に入った人(あなた)をそのように恋しく思って、私も眺めていることだ。

とありましたので、(統理が)涙を拭っていたので、「東宮から歌をいただいたからといって、仏になれるものか」と聖が恥ずかしめられたとか。(統理が)差し上げた歌も、しみじみと聞こえました。

君(東宮)に人は慣れ親しむことを習ってはいけない。奥山に入った後も(その思い出に)わびしいことであった。

と詠んで差し上げました。

公経とか申した能書の人が、「そこそこよい国の国司になったら寺なども造ろうと思っていたのに、河内というつまらない国になったので甲斐もない。古い寺などでも修理しよう」と思って見て回っていたところ、ある古寺の仏の座の下に書物が見えたのを開いて見ると、「沙門公経」と書いた書物に、来世にこの国の国司になってこの寺を修理しようという願を立てた文を見て、「しかるべき宿縁だったのだ」と言ったそうです。書いた文字の様子なども似た筆跡でした。伏見の修理大夫(俊綱)のように、同じ昔の名を継いだのでしょう。

大外記定俊といった者が越中守になっておりましたが、国の産物は思いどおりでありましたけれど、国の人々が軽んじているのを不審に思って寝た夜の夢に、「昔この国に目の見えない聖で持経者であった者が、生まれ変わってこのようになったのだ。人が侮るのは昔の名残であろう。その聖は、前世にこの国の牛であった時、法華経一部を背負って山寺に上ったために持経者になったのだが、今度は国守となって、色の黒いのもその名残だ」と見たそうです。昔の名残でしょうか、晩年には法師になって江文の方に籠って修行したと聞こえました。その子で信俊と申した人も、身は世に仕えながら仏道ばかりを営んで、老いの身には髪をおろしなどして、臨終に臨んでは、「(人々は)自ら『肥後入道往生したり』と言い合うだろう」などと申して、尊く亡くなった時に芳しい匂いがしたなどと聞こえました。

意訳

巻九「誠の道」は、仏道に心を寄せた人々の逸話を集める。慶滋保胤は泣いている女に自分の石帯を与え、自分は小舎人に帯を借りて出仕した。『池亭記』の「身は朝にありて、心は隠にあり」はその生き方を表す。出家後、増賀に天台の止観を学ぼうとしたが、冒頭の句を聞いただけで感涙して殴られたという話は有名である。

大江定基(寂照)は、愛する女の死と、その亡骸が朽ちてゆく様を見て発心し、出家した。宋に渡って円通大師の号を賜り、臨終には聖衆来迎の詩と歌を詠んだ。統理は出家後も身重の妻を案じていたため、増賀は都へ出向いて安産を祈り、産養いまでしてやった。

前世の願を果たして古寺を修理した公経、前世が法華経を背負った牛だったため色黒で侮られた定俊など、因果の話も語られる。

語釈・文法注

大內記のひじり
慶滋保胤。第75章参照。出家して寂心と号した。
石の帶
石帯。束帯の時に締める、玉石の飾りのついた革帯。
池亭の記
慶滋保胤『池亭記』。自邸の生活と隠遁の心を記した漢文の随筆。
增賀ひじり
増賀(917〜1003)。比叡山の僧。名利を嫌い、多武峰に隠棲した。奇行で知られる。
止觀の明靜なること
天台大師智顗『摩訶止観』の冒頭の句「止観明静、前代未聞」。
御諷誦
死者の追善のために経を読誦させ、布施をすること。
隋ノ煬帝ノ智者ニ報ゼシ
隋の煬帝が天台大師智顗のために千僧供養をしたこと。
三河のひじり
寂照(大江定基、?〜1034)。出家して入宋し、円通大師の号を賜った。
如意寺
京都東山の寺。
源信僧都
源信(942〜1017)。恵心僧都。『往生要集』の著者。
惟仲の平中納言
平惟仲(944〜1005)。
覺運僧都
覚運(953〜1007)。比叡山の学僧。
讀師
講会で経題などを読み上げる役。
聖衆來迎
臨終の時、阿弥陀仏と菩薩たちが迎えに来ること。
少納言統理
藤原統理。出家して増賀の弟子となった。
ゆする
髪を洗い整えるための湯や米のとぎ汁。
うぶやしなひ
産養い。出産後の祝いの宴や贈り物。
三條ノ院
三条天皇。当時は東宮。
公經
藤原公経。能書家。河内守。
ふしみの修理のかみ
橘俊綱。伏見に山荘を営んだ。
大外記定俊
中原定俊。
持經者
法華経を常に読誦・受持する者。
江文
京都大原の江文山。

文法

かくやはいつしか泣くべき
こんなにすぐに泣くべきものか。反語。
佛にやはなるべき
仏になれるものか、いやなれない。反語。

和歌

雲の上にはるかに樂の音すなり人やきくらんひか聞かもし

詠者
寂照
状況
臨終に仏の来迎を感じ、楽の音を聞いて詠んだ歌。

修辞

趣向
来迎の楽の音を、他の人も聞いているのか、自分の空耳かと問う。

忘られず思ひ出でつゝやま人をしか戀しくぞわれもながむる

詠者
三条院(東宮)
状況
出家した統理への返歌。

修辞

掛詞
「しか」に「然か(そのように)」と山の「鹿」をかける。

きみに人なれな習ひそ奧山に入りての後もわびしかりける

詠者
藤原統理
状況
出家した後、東宮に奉った歌。

修辞

禁止
「な…そ」で、君に慣れ親しむことを習うなと戒める。

解説

保胤・寂照・増賀は、平安中期の浄土信仰を代表する人物である。今鏡の語り手は、その奇行や人間らしい弱さも含めて、仏道への誠実な姿を描いている。

関連

出典

底本
関根正直『今鏡新註』 六合館、昭和2年(1927)、381〜389頁(コマ205–209)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日