今鏡 第九「むかしがたり」 第73章
あしたづ
巻九「むかしがたり」の始まり。今の世の話を終えた語り手(老女)は、聞き手に促されて昔語りを始める。清和天皇の御息所が亡き院の手紙を漉き返して写経した話、村上天皇が学生藤原雅材を蔵人に取り立て、その恋人を追い出した家の者たちが恥じ入った話、延光が先帝の喪服を生涯脱がなかった話が語られる。
- 1ののの世世よののの事事ことははは、、、人人ひとにぞにぞにぞ問問とひひい奉奉たてまつるべきるべきるべきををを、、、よしなきことよしなきことよしなきこと申申もうしつゞけしつゞけしつづけ侍侍はべるになんるになんるになん。。。」」」などいへばなどいへばなどいえば、、、「「「さらばさらばさらば昔語昔語むかしがたりりもりもりも、、、猶猶なおいかなるいかなるいかなる事事ことかかか聞聞きききき給給たまひしひしいし。。。語語かたりりり給給たまへへえ。。。」」」といふにといふにというに、、、「「「おのづからおのづからおのずから見見みきゝきゝきき侍侍はべりしりしりし事事ことももも、、、ことのつゞきにこそことのつゞきにこそことのつづきにこそ、、、思思おもひいでひいでいいで侍侍はべれれれ。。。且且かつはははきゝきゝきき給給たまへりしへりしえりし事事ことももも、、、たしかにもたしかにもたしかにも覺覺おぼえええ侍侍はべらずらずらず。。。傳傳つたへへえうけたまはりしこともうけたまはりしこともうけたまわりしことも、、、思思おもひひい出出いづるにづるにずるに從從したがひてひていて、、、申申もうしししはべりなんはべりなんはべりなん。。。かたちこそかたちこそかたちこそ人人ひとののの御覽御覽ごらんじじじ所所ところなくともなくともなくとも、、、鏡鏡かがみとととははは、、、などかなりなどかなりなどかなり侍侍はべらざらむらざらむらざらむ」」」。。。とてとてとて、、、
- 2むかしむかしむかし和和とのみかどののみかどののみかどの御時御時おおんとき、、、かた〳〵かた〳〵かたかた多多おおくおはしけるくおはしけるくおわしける中中なかににに、、、ひとりのひとりのひとりの御息所御息所みやすんどころののの、、、太太た上上うえ法皇法皇ほうおうかくれさせかくれさせかくれさせ給給たまへりけるへりけるえりける時時とき、、、御經御經おおんきょう供養供養くようしてしてして、、、佛佛ほとけののの道道みち、、、とぶらひとぶらひとぶらい奉奉たてまつられけるにられけるにられけるに、、、御法御法みのりかきたまへりけるかきたまへりけるかきたまえりけるののの色色いろののの、、、ゆふべのそらのゆふべのそらのゆうべのそらのうすうすうす雲雲くもなどのやうになどのやうになどのように、、、墨染墨染すみぞめなりければなりければなりければ、、、人々人々ひとびと怪怪あやしくしくしく思思おもひけるにひけるにいけるに、、、むかしむかしむかし賜賜たまはははりたまへりけるりたまへりけるりたまえりける、、、御御おんふみどもふみどもふみどもををを色紙色紙しきしにすきてにすきてにすきて、、、御法御法みのりののの料紙料紙りょうしににに、、、なされたりけるなされたりけるなされたりける也也なりけりけりけり。。。
- 3それよりぞそれよりぞそれよりぞ、、、多多おおくくく色紙色紙しきしののの經經つねははは、、、世世よににに傳傳つたはははりけるとなんりけるとなんりけるとなん。。。かきとゞめられたるかきとゞめられたるかきとどめられたるふみなどもふみなどもふみなども侍侍はべらんものらんものらんものををを、、、ののの氏氏うじ、、、贈贈ぞう中納言中納言ちゅうなごんときこえときこえときこえ給給たまひしひしいし、、、宰相宰相さいしょうののの日記日記にっきにぞにぞにぞ、、、このこのこの事事ことはははかゝれたるとかゝれたるとかかれたると聞聞きこえこえこえ侍侍はべりしりしりし。。。
- 4村上村上むらかみののの御時御時おおんとき、、、枇杷枇杷びわののの大納言大納言だいなごん、、、藏人藏人くろうどノノノ頭頭とうにてにてにて御御おんおぼえおはしけるにおぼえおはしけるにおぼえおわしけるに、、、少少すこししし御御おんけしきたがひたるけしきたがひたるけしきたがいたる事事こともおはせでもおはせでもおわせで過過すぎぎぎ給給たまひけるにひけるにいけるに、、、心心こころよからぬよからぬよからぬ御御おんけしきのけしきのけしきの見見みえければえければえければ、、、あやしくあやしくあやしく恐恐おそれおぼしてれおぼしてれおぼして、、、籠籠こもりゐりゐりい給給たまへりけるへりけるえりける程程ほどににに、、、めしありければめしありければめしありければ、、、急急いそぎぎぎ參參まいりておはしけるにりておはしけるにりておわしけるに、、、「「「年年としごろごろごろはははおろかならずおろかならずおろかならず、、、たのみてたのみてたのみて過過すぐしつるにぐしつるにぐしつるに、、、くちをしきことくちをしきことくちおしきことははは、、、藤原藤原ふじわらといふといふという學生學生がくしょうののの、、、作作つくりたるりたるりたるふみのいとほしみあるべかりけるふみのいとほしみあるべかりけるふみのいとおしみあるべかりけるをばをばをば、、、などなどなど藏人藏人くろうどになるべきになるべきになるべき由由よしをばをばをば奏奏そうせざりけるぞせざりけるぞせざりけるぞ。。。いといといと賴賴たのむかひなくむかひなくむかいなく」」」。。。
- 5ととと仰仰おおせられければせられければせられければ、、、ことわりことわりことわり申申もうすすす限限かぎりなくてりなくてりなくて、、、やがてやがてやがて仰仰おおせせせ下下くだされけるにされけるにされけるに、、、小舍人小舍人こどねり、、、家家いえををを尋尋たずねてねてねて、、、かねてかよふかねてかよふかねてかよう所所ところありときゝてありときゝてありとききて、、、そのそのその所所ところにいたりてにいたりてにいたりて、、、藏人藏人くろうどになりたるになりたるになりたる由由よし告告つげければげければげければ、、、そのそのその家家いえあるじのむすめのあるじのむすめのあるじのむすめの男男おとこ、、、ののの雜色雜色ぞうしきなりけるがなりけるがなりけるが、、、藏人藏人くろうどににに望望のぞみかけゝるをりふしにてみかけゝるをりふしにてみかけけるおりふしにて、、、我我わがなりぬるとがなりぬるとがなりぬると喜喜よろこびてびてびて、、、祿祿ろくなどなどなど饗應饗應きょうおうせむせむせむ料料りょうににに、、、俄俄にわかににに親親したしきゆかりどもしきゆかりどもしきゆかりども呼呼よびてびてびて、、、營營いとなみけるみけるみけるほどにほどにほどに、、、小舍人小舍人こどねり、、、「「「雜色雜色ぞうしきどのにどのにどのにはははおはせずおはせずおわせず。。。才才さい殿殿どののならせのならせのならせ給給たまへるなりへるなりえるなり」」」。。。
- 6ととと云云いひければひければいければ、、、あやしくなりてあやしくなりてあやしくなりて、、、家家いえあるじいかなるあるじいかなるあるじいかなる事事ことぞとぞとぞと尋尋たずねけるにねけるにねけるに、、、雜色雜色ぞうしきががが妻妻つまののの姉姉あねかかか。。。おとうとかなるおとうとかなるおとうとかなる女房女房にょうぼうののの、、、まかなひなどしけるまかなひなどしけるまかないなどしけるををを、、、このこのこの秀秀ひで才才さいしのびてかよひつゝしのびてかよひつゝしのびてかよいつつ、、、局局つぼねににに住住すみわたりけるみわたりけるみわたりけるををを、、、「「「かゝるかゝるかかる人人ひとこそおはすれこそおはすれこそおわすれ」」」。。。
- 7ととと、、、家家いえののの女女おんなどもいひければどもいひければどもいいければ、、、「「「よもそれよもそれよもそれははは藏人藏人くろうどになるべきものにになるべきものにになるべきものにはははあらじあらじあらじ。。。ひがごとならむひがごとならむひがごとならむ。。。」」」ととと謂謂いひけれどひけれどいけれど、、、小舍人小舍人こどねり、、、そのそのその人人ひとなりといひければなりといひければなりといいければ、、、雜色雜色ぞうしきももも家家いえあるじもあるじもあるじも、、、耻耻はちがましくなりてちがましくなりてちがましくなりて、、、「「「かゝるかゝるかかる者者ものかよふによりかよふによりかようにより、、、かゝるかゝるかかる事事ことははは出出いでくるぞでくるぞでくるぞ。。。」」」とてとてとて、、、夜夜よのののうちにうちにうちに、、、そのそのその局局つぼねのしのびづまのしのびづまのしのびずまををを、、、追追おひひい出出いだしてけりだしてけりだしてけり。。。
- 8そのそのその事事ことををを、、、いかでかいかでかいかでか雲雲くもののの上上うえまできこしめしつけゝむまできこしめしつけゝむまできこしめしつけけむ。。。「「「いとほしきことかないとほしきことかないとおしきことかな。。。さてさてさてははは出出いででで仕仕つこうまつらんにうまつらんにうまつらんに、、、裝裝よそひのひのひの然然しかるべきもるべきもるべきも叶叶かなひがたくやあらんひがたくやあらんいがたくやあらん」」」。。。
- 9とてとてとて、、、仰仰おおせられてせられてせられて、、、くらのかみくらのかみくらのかみ調調ととのへてへてえて、、、さま〴〵のさま〴〵のさまざまの天天あめののの羽羽は衣衣ころもたまはりてぞまゐりつかへけるたまはりてぞまゐりつかへけるたまわりてぞまいりつかえける。。。そのそのその作作つくりたるりたるりたる詩詩しははは、、、とかにとかにとかに、、、九九ここのつのさつのさつのさはははになくになくになく。。。
- 10といふといふという題題だいののの序序ついでををを、、、かきたりけるとぞかきたりけるとぞかきたりけるとぞ。。。詞詞ことばをばをばをばえええ覺覺おぼえずえずえず。。。そのそのその心心こころははは、、、「「「廻廻めぐりりり翔翔かけけらんことけらんことけらんことををを、、、ががが島島しまにのぞめばにのぞめばにのぞめば、、、霞霞かすみののの袖袖そで、、、いまだあはずいまだあはずいまだあわず。。。ひくひくひく人人ひとやあるとやあるとやあると、、、淺茅淺茅あさじががが山山やまににに思思おもへばへばえば、、、霜霜しものののうううはははげげげ、、、いたづらにいたづらにいたずらに老老おいにたりいにたりいにたり」」」。。。といふといふという心心こころなりなりなり。。。
- 11又又また村上村上むらかみのみかどのみかどのみかど、、、かのかのかの大納言大納言だいなごんににに、、、「「「われなからんわれなからんわれなからん世世よににに、、、忘忘わすれずれずれず思思おもひひい出出いださんずらむやださんずらむやださんずらむや」」」。。。などなどなど、、、のたまはせければのたまはせければのたまわせければ、、、「「「いかでかつゆいかでかつゆいかでかつゆ忘忘わすれまゐらせれまゐらせれまいらせ侍侍はべらんらんらん。。。」」」ととと答答こたへへえ申申もうされけるされけるされけるををを、、、「「「折節折節おりふしにににははは思思おもひひい出出いだすともだすともだすとも、、、いかでかいかでかいかでか常常つねにににはははわすれざらむわすれざらむわすれざらむ」」」。。。
- 12ととと仰仰おおせられければせられければせられければ、、、「「「御御おんぶくぶくぶくをををぬぎぬぎぬぎ侍侍はべらでらでらで、、、このこのこの世世よをををおくりおくりおくり侍侍はべらんずればらんずればらんずれば、、、かはらぬかはらぬかわらぬ袂袂たもとののの色色いろににに侍侍はべらばらばらば、、、忘忘わすれれれ參參まいらすまじきつまにらすまじきつまにらすまじきつまにははは侍侍はべるべきるべきるべき。。。」」」ととと奏奏そうししし給給たまふふう。。。
- 13誠誠まことにそのにそのにその契契ちぎりにたがはずりにたがはずりにたがわず、、、おはしければおはしければおわしければ、、、後後のちのみかどののみかどののみかどの御時御時おおんときももも、、、色色いろながらながらながら事事ことににに從從したがひひい給給たまひけるひけるいけるををを御覽御覽ごらんじてじてじて、、、御御おん淚淚なみだももも押押おさへあへずへあへずえあえず、、、悲悲かなしませしませしませ給給たまひけるとぞひけるとぞいけるとぞ。。。
- 14かのかのかの大納言大納言だいなごんののの夢夢ゆめににに、、、先帝先帝せんだいををを見見みたてまつりてたてまつりてたてまつりて、、、作作つくりりり給給たまへるへるえる詩詩し、、、きこえきこえきこえ侍侍はべりきりきりき。。。「「「夢夢ゆめのののうちにうちにうちに、、、もしもしもし夢夢ゆめのののうちのうちのうちの事事ことをををしらましかばしらましかばしらましかば、、、たとひこのたとひこのたといこの生生しょうををを送送おくるともるともるとも、、、早早はやくくくはははさめざらましさめざらましさめざらまし。。。」」」とぞおぼえとぞおぼえとぞおぼえ侍侍はべるるる。。。
- 15「「「としりせばさめさらましとしりせばさめさらましとしりせばさめさらましををを」」」、、、といふといふという歌歌うたののの同同おなじじじ心心こころなるべしなるべしなるべし。。。
現代語訳
「今の世のことは人にお尋ね申し上げるべきなのに、つまらないことを申し続けてしまいました」などと言うと、(聞き手が)「それなら昔語りも、やはりどんなことをお聞きになりましたか。お話しください」と言うので、「自然と見聞きしましたことも、話の続きでこそ思い出すのです。一方では、お聞きになったことも、確かには覚えておりません。伝え承ったことも、思い出すのに従って申しましょう。容貌こそ人のご覧になるほどのものではなくても、古の鏡として、どうしてならないことがありましょう」といって、
昔、清和の帝の御代に、方々(の妃)が大勢いらっしゃった中で、一人の御息所が、太上法皇(清和院)がお亡くなりになった時に御経供養をして御菩提をお弔い申し上げたが、御経をお書きになった色紙の色が、夕べの空の薄雲などのように墨染めだったので、人々が不思議に思ったところ、昔(院から)いただいたお手紙などを色紙に漉き返して、御経の料紙になさったのでした。それから多く色紙の経が世に伝わったということです。書き留めた書物などもございましょうに、橘氏で贈中納言と申し上げた(広相の)宰相の日記に、このことは書かれていると聞きました。
村上の御代、枇杷の大納言延光が蔵人頭としてご寵愛を受けていらしたが、少しもご機嫌を損ねることもなく過ごしていらしたのに、不機嫌なご様子が見えたので、不審に恐れて籠っていらしたところ、お召しがあったので急いで参られると、(帝は)「長年ひとかたならず頼りにして過ごしてきたのに、残念なことは、藤原雅材という学生の作った詩が気の毒に思われるはずだったのに、どうして蔵人になるべきだということを奏上しなかったのか。たいそう頼みがいもない」と仰せられたので、弁解の言葉もなくて、すぐに(雅材を蔵人に)仰せ下されたところ、御蔵の小舎人が家を尋ねて、前から通う所があると聞いて、その所に行って蔵人になったことを告げると、その家の主人の娘の夫で、蔵人所の雑色であった者が、蔵人を望んでいた折だったので、自分がなったのだと喜んで、祝儀などのもてなしをするために、急に親しい親類などを呼んで準備していたところ、小舎人が「雑色殿ではいらっしゃいません。秀才殿がなられたのです」と言ったので、不審に思って、家の主人がどういうことかと尋ねると、雑色の妻の姉か妹かである女房で、まかないなどをしていたのに、この秀才がひそかに通っていて、局に住みついていたのを、「こういう人がいらっしゃいます」と家の女たちが言ったので、「まさかそれは蔵人になるような者ではあるまい。間違いだろう」と言ったけれど、小舎人がその人だと言ったので、雑色も家の主人も恥ずかしくなって、「このような者が通うから、このようなことが起こるのだ」といって、夜のうちにその局の忍び妻を追い出してしまいました。そのことを、どうして宮中までお聞きつけになったのでしょう、(帝は)「気の毒なことだな。それでは出仕するのに装束のしかるべきものも整えにくいだろう」といって、内蔵寮に仰せられて、内蔵頭が整えて、さまざまの天の羽衣(美しい装束)を賜って、参上してお仕えしたのでした。その作った詩は、釈奠とかで「鶴九つの沢に鳴く」という題の序を書いたものだそうです。言葉は覚えておりません。その意味は、「巡り飛ぶことを蓬莱の島に望むと、霞の袖はまだ合わない。引き立ててくれる人があるかと浅茅の山に思うと、霜の上毛はむなしく老いてしまった」という意味です。
また村上の帝があの大納言に、「私のいない世に、忘れずに思い出してくれるだろうか」などとおっしゃったので、「どうして少しでも忘れ申し上げましょう」とお答え申し上げたのを、「折々には思い出しても、どうしていつも忘れずにいられよう」と仰せられたので、「御服喪の衣を脱がずにこの世を送りましょうから、変わらない袂の色でございましたら、忘れ申し上げないしるしになりましょう」と奏上なさいます。本当にその約束にたがわずいらしたので、後の帝(冷泉・円融)の御代にも、(喪服の)色のまま公事に従っていらっしゃるのをご覧になって、(帝は)御涙もおさえきれずお悲しみになったそうです。あの大納言の夢に先帝を見申し上げてお作りになった詩が聞こえました。「夢の中で、もし夢の中のことだと知っていたなら、たとえこの生を送り尽くしても、早くは覚めなかっただろうに」と覚えております。「夢と知りせば覚めざらましを」という歌と同じ心なのでしょう。
意訳
巻九「むかしがたり」は、語り手が今の世の話を終え、聞き手に促されて昔の逸話を語り始める巻。「いにしへの鏡」という言葉に、「今鏡」という書名の意味が重ねられている。
清和天皇の御息所が、亡き院の手紙を漉き返して写経したため料紙が薄墨色になったという話は、宿紙(漉き返しの紙)による写経の起源として伝えられる。
村上天皇は、学生藤原雅材の詩を見て才を惜しみ、蔵人に取り立てた。雅材の恋人を追い出した家の者たちは恥じ入り、天皇は雅材に装束まで賜った。章題の「あしたづ(葦鶴)」は、雅材の詩の題「鶴九つの沢に鳴く」による。不遇の学者を引き立てる名君の逸話である。
語釈・文法注
- 今の世の事は
- 語り手の老女が、今の世の話を終えて昔語りに移る場面。
- いにしへの鏡
- 昔のことを映す鏡。書名「今鏡」に対応する。
- 淸和のみかど
- 清和天皇(850〜881)。譲位後出家した。
- 色紙
- ここでは、漉き返した薄墨色の紙。宿紙。
- 橘の氏、贈中納言
- 橘広相(837〜890)。文章博士。
- 枇杷の大納言延光
- 源延光(927〜976)。代明親王の子。村上天皇の寵臣。
- 藤原雅材
- 藤原雅材。平安中期の文人。学生から蔵人に取り立てられた。
- みくらの小舍人
- 蔵人所に仕える下級の役人。
- 所の雜色
- 蔵人所の雑色。下級の役人。
- 秀才
- 文章得業生。大学寮の優秀な学生。
- くらつかさ
- 内蔵寮。宮中の宝物・装束などを管理する役所。
- 釋奠
- 大学寮で孔子を祭る儀式。詩会も催された。
- 鶴九つのさはになく
- 『詩経』小雅「鶴鳴」の「鶴九皐に鳴き、声天に聞こゆ」による題。隠れた賢者が世に知られることのたとえ。
- 蓬が島
- 蓬莱山。仙人の住む島。
- 夢としりせばさめさらましを
- 小野小町「思ひつつ寝ればや人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを」(古今集)。
文法
- などかなり侍らざらむ
- どうしてならないことがありましょう、いやなります。反語。
- いかでか雲の上まできこしめしつけゝむ
- どうして宮中までお聞きつけになったのだろう。
解説
巻九は年代順の歴史叙述から離れ、主題ごとに昔の逸話を集めた巻である。『大鏡』の世継たちと同様、語り手と聞き手の対話の形式がここで改めて意識される。
関連
出典
- 底本
- 関根正直『今鏡新註』 六合館、昭和2年(1927)、367〜371頁(コマ198–200)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日