古典ライブラリー

今鏡 第八「みこたち」 第72章

はらはらの御子

巻八の結び。后や女御以外の母から生まれた皇子・皇女たち(はらはらの御子)。白河・堀河・鳥羽・崇徳・後白河・二条の各天皇の皇子女と、出家した法親王たちが語られる。無位の皇子の袍の色をめぐる考証、法親王の始まり、覚法法親王・行慶らの歌、崇徳院の皇子重仁親王とその母兵衛佐の悲運などが記される。

  1. 1きさいのきさいのきさいの宮みや宮みやみや、、、女御にようご女御にようごにょうご更衣かうい更衣かういこういにおはせねどにおはせねどにおわせねど、、、御子みこ御子みこみこうみたてまつりうみたてまつりうみたてまつり給たま給たまたまへるへるえるところ〴〵ところ〴〵ところどころ、、、近ちか近ちかちかききき御代みよ御代みよみよにあまたにあまたにあまた聞き聞ききこえこえこえ給たま給たまたまひきひきいき。。。后きさき后きさききさきばらのばらのばらの宮みや宮みやみやたちたちたちははは、、、皆みな皆みなみな申まう申まうもうししし侍はべ侍はべはべりぬりぬりぬ。。。
  2. 2ちり〴〵にちり〴〵にちりじりにうちうちうち續つゞ續つゞつづきおはしますきおはしますきおわします多おほ多おほおおくきこえくきこえくきこえ給たま給たまたまふふう。。。白河しらかは白河しらかはしらかわノノノ院ゐん院ゐんいんのきさきばらののきさきばらののきさきばらの女宮をんなみや女宮をんなみやおんなみや、、、みところのみところのみところの外ほか外ほかほかににに、、、承香殿しようきやうでん承香殿しようきやうでんじょうきょうでんののの女御にようご女御にようごにょうごののの生う生ううみたてまつりみたてまつりみたてまつり給たま給たまたまひしひしいしははは、、、伊勢いせ伊勢いせいせのいつきにおはしきのいつきにおはしきのいつきにおわしき。。。
  3. 3それそれそれははは四し四ししノノノ宮みや宮みやみやなるべしなるべしなるべし。。。女をんな女をんなおんな五ご五ごご宮みや宮みやみやももも、、、天てん天てんてん仁にん仁にんにん元年ぐわんねん元年ぐわんねんがんねん霜月しもつき霜月しもつきしもつきのころのころのころ、、、御おん御おんおん占うら占うらうらにあひたまひてにあひたまひてにあいたまいて、、、齋宮さいぐう齋宮さいぐうさいぐうときこえときこえときこえ給たま給たまたまひきひきいき。。。御おん御おんおんはははらららははは、、、いづれにかおはしけんいづれにかおはしけんいずれにかおわしけん。。。
  4. 4ひがことにやひがことにやひがことにや侍はべ侍はべはべらんらんらん。。。季すゑ季すゑすえ實み實みみとかとかとか聞き聞ききこえしむすめにやおはしけむこえしむすめにやおはしけむこえしむすめにやおわしけむ。。。勢せい勢せいせい賀が賀がが院ゐん院ゐんいんののの齋宮さいぐう齋宮さいぐうさいぐうととと申まう申まうもうしゝもしゝもししも、、、同おな同おなおなじじじ比ごろ比ごろごろ、、、立た立たたちちち給たま給たまたまふとふとうと聞き聞ききこえきこえきこえき。。。それそれそれははは賴たの賴たのたの綱つな綱つなつなときこえしときこえしときこえし、、、源氏げんじ源氏げんじげんじののの三河みかは三河みかはみかわ守かみ守かみかみなりしがなりしがなりしが女をんな女をんなおんなのののはらにおはすとはらにおはすとはらにおわすと聞き聞ききこえきこえきこえき。。。
  5. 5七十しちじふ七十しちじふしちじゅうにあまりにあまりにあまり給たま給たまたまひてひていて、、、まだおはすとまだおはすとまだおわすと聞き聞ききこえこえこえ給たま給たまたまひきひきいき。。。唐崎からさき唐崎からさきからさきのみそぎのみそぎのみそぎ、、、上西門院じやうさいもんゐん上西門院じやうさいもんゐんじょうさいもんいんせさせせさせせさせ給たま給たまたまひしひしいし比ごろ比ごろごろ、、、そのつゞきにそのつゞきにそのつづきに、、、院ゐん院ゐんいんののの御おん御おんおんさたにてさたにてさたにて、、、殿上人てんじやうびと殿上人てんじやうびとてんじょうびとなどなどなど奉たてまつ奉たてまつたてまつらせらせらせ給たま給たまたまひけりひけりいけり。。。
  6. 6とのもりのかみとのもりのかみとのもりのかみ何なに何なになに大夫だいぶ大夫だいぶだいぶとかとかとか名な名ななありしありしありし人ひと人ひとひと、、、御後見おほんうしろみ御後見おほんうしろみおおんうしろみにてにてにて、、、御車みくるま御車みくるまみくるまのしりにのしりにのしりに、、、綾あや綾あやあやののの指貫さしぬき指貫さしぬきさしぬき、、、院ゐん院ゐんいんのおろしてのおろしてのおろして着き着ききてわたるなどてわたるなどてわたるなど聞き聞ききこえきこえきこえき。。。
  7. 7男をとこ男をとこおとこははは此こ此ここののの世よ世よよにににははは、、、多おほ多おほおおくくく佛ほとけ佛ほとけほとけののの道みち道みちみちににに入い入いいりりり給たま給たまたまひてひていて、、、もかたくてもかたくてもかたくて、、、うへのうへのうえの御衣みけし御衣みけしみけしののの色いろ色いろいろなどもなどもなども、、、たづねえたづねえたずねえ侍はべ侍はべはべらぬらぬらぬ折々をりをり折々をりをりおりおりももも侍はべ侍はべはべるとかやるとかやるとかや。。。位くらゐ位くらゐくらいおはしまさぬおはしまさぬおわしまさぬほどほどほどははは、、、淺黃あさぎ淺黃あさぎあさぎととと日記につき日記につきにっきににに侍はべ侍はべはべるなるるなるるなるをばをばをば、、、靑あを靑あをあおききき色いろ色いろいろかかか。。。
  8. 8黃き黃ききなるかなるかなるか。。。なほおぼつかなくてなほおぼつかなくてなおおぼつかなくて、、、花園はなぞの花園はなぞのはなぞののおのおのおほいどのにほいどのにほいどのに、、、尋たづ尋たづたずねねね奉たてまつ奉たてまつたてまつられけるもられけるもられけるも、、、をさなくておぼえをさなくておぼえおさなくておぼえ給たま給たまたまはぬよしはぬよしわぬよし申まう申まうもうしたまふなどしたまふなどしたまうなど聞き聞ききこえしこえしこえし。。。一ひと一ひとひとノノノ宮みや宮みやみやののの御元服ごげんぷく御元服ごげんぷくごげんぷくのののははは、、、黃き黃ききなるなるなるををを奉たてまつ奉たてまつたてまつりけるなるべしりけるなるべしりけるなるべし。。。
  9. 9位くらゐ位くらゐくらいまだまだまだ得え得ええさせさせさせ給たま給たまたまはははねばねばねば、、、黃き黃ききなるなるなる衣ころも衣ころもころもぞぞぞ、、、誠まこと誠まことまことにもおはしますらんにもおはしますらんにもおわしますらん。。。無な無なな位くらゐ位くらゐくらいののの人ひと人ひとひとははは、、、袍ぱう袍ぱうぽうなるべければなるべければなるべければ、、、小野をの小野をのおのノノノががが、、、隱岐おき隱岐おきおきよりよりより歸かへ歸かへかえりてりてりて、、、作つく作つくつくりたるりたるりたる詩し詩ししにもにもにも、、、「「「請こ請ここふふふ君きみ君きみきみ菊きく菊きくきくををを愛あい愛あいあいせばせばせば、、、我わ我わわれれれををを見み見みみるべしるべしるべし。。。白しろ白しろしろきこときこときことはははかうべにありかうべにありこうべにあり。。。黃き黃ききなることなることなることははは衣きぬ衣きぬきぬにありにありにあり」」」。。。
  10. 10などぞきこえなどぞきこえなどぞきこえ侍はべ侍はべはべりしりしりし。。。神かみ神かみかみののの社やしろ社やしろやしろののの黃もみ黃もみもみ狩衣かりぎぬ狩衣かりぎぬかりぎぬなどもなどもなども、、、位くらゐ位くらゐくらいなきなきなきうへのきぬのうへのきぬのうえのきぬの心こころ心こころこころなるべしなるべしなるべし。。。かやうのついでにかやうのついでにかようのついでに、、、あるあるある人ひと人ひとひとののの申まう申まうもうされけるされけるされけるははは、、、ははは、、、王わう王わうおうののの四位しゐ四位しゐしいののの色いろ色いろいろにてにてにて、、、たゝたゝたた人ひと人ひとひとののの四位しゐ四位しゐしいととと、、、王わう王わうおう五位ごゐ五位ごゐごいとととははは、、、くろあけくろあけくろあけををを着き着きき、、、たゞたゞただ人ひと人ひとひとののの五位ごゐ五位ごゐごい、、、あけのあけのあけの衣きぬ衣きぬきぬにてにてにてうるはしくうるはしくうるわしくはははあるべきあるべきあるべきををを、、、今いま今いまいまののの人心ひとこころ人心ひとこころひとこころおよすげておよすげておよすげて、、、四位しゐ四位しゐしいははは王わう王わうおうののの衣きぬ衣きぬきぬになりになりになり、、、五位ごゐ五位ごゐごいははは四位しゐ四位しゐしいのころものころものころもををを着き着ききるなるべしるなるべしるなるべし。。。
  11. 11檢非違使けびゐし檢非違使けびゐしけびいし上官じやうくわん上官じやうくわんじょうかんなどなどなどははは、、、うるはしくてなほあけうるはしくてなほあけうるわしくてなおあけをををあらためざるべしとぞあらためざるべしとぞあらためざるべしとぞ侍はべ侍はべはべりけるりけるりける。。。
  12. 12佛ほとけ佛ほとけほとけののの道みち道みちみちににに入い入いいりたまへるりたまへるりたまえるははは、、、此こ此ここののの頃ごろ頃ごろごろうちつゞかせうちつゞかせうちつづかせ給たま給たまたまへりへりえり。。。仁和寺にんわじ仁和寺にんわじにんなじににに行法ぎやうぼふ行法ぎやうぼふぎょうぼう親王しんわう親王しんわうしんのうととと聞き聞ききこえたまひしこえたまひしこえたまいしははは、、、白河しらかは白河しらかはしらかわノノノ院ゐん院ゐんいんのみこにおはすのみこにおはすのみこにおわす。。。御おん御おんおんぐしおろさせぐしおろさせぐしおろさせ給たま給たまたまひてひていて、、、やう〳〵おとなにやう〳〵おとなにようようおとなに成な成なならせらせらせ給たま給たまたまふふうほどにほどにほどに、、、いといといとかひ〴〵しくおはしければかひ〴〵しくおはしければかいがいしくおわしければ、、、さらにさらにさらに親王しんわう親王しんわうしんのうののの宣旨せんじ宣旨せんじせんじかぶりかぶりかぶり給たま給たまたまふとぞふとぞうとぞ聞き聞ききこえこえこえ侍はべ侍はべはべりしりしりし。。。
  13. 13御室おむろ御室おむろおむろとておはしましゝとておはしましゝとておわしまししははは、、、三條さんでう三條さんでうさんじょうノノノ院ゐん院ゐんいんののの御子みこ御子みこみこ、、、師し師しし明あ明ああ親王しんわう親王しんわうしんのうときこえときこえときこえ給たま給たまたまひしひしいし、、、まだちごにおはしましてまだちごにおはしましてまだちごにおわしまして、、、親王しんわう親王しんわうしんのうののの御名みな御名みなみなえたまひければえたまひければえたまいければ、、、法師ほふし法師ほふしほうしののの後のち後のちのちははは、、、親王しんわう親王しんわうしんのうののの宣旨せんじ宣旨せんじせんじかぶりかぶりかぶり給たま給たまたまはずはずわず。。。
  14. 14そのそのその宮みや宮みやみやにつけにつけにつけ奉たてまつ奉たてまつたてまつりたまひしにりたまひしにりたまいしに、、、御弟子おほんでし御弟子おほんでしおおんでしののの宮みや宮みやみやはははわらわらわらはははにてにてにて、、、親王しんわう親王しんわうしんのうののの御名みな御名みなみなををを得え得ええたまたまたまはははねばねばねば、、、親王しんわう親王しんわうしんのうののの宣旨せんじ宣旨せんじせんじかぶりたまへりかぶりたまへりかぶりたまえり。。。後のち後のちのち二條にでう二條にでうにじょうのおとゞのおとゞのおとど、、、「「「出家しゆつけ出家しゆつけしゅっけのゝちのゝちののちははは、、、例れい例れいれいなきなきなき由よし由よしよし」」」侍はべ侍はべはべりけれどもりけれどもりけれども、、、白河しらかは白河しらかはしらかわノノノ院ゐん院ゐんいん、、、「「「內親王ないしんわう內親王ないしんわうないしんのうといふこともあればといふこともあればということもあれば、、、法ほふ法ほふほう親王しんわう親王しんわうしんのうもなどかなからんもなどかなからんもなどかなからん」」」。。。
  15. 15とてとてとてはじめてはじめてはじめて法師ほふし法師ほふしほうしののの後のち後のちのち、、、親王しんわう親王しんわうしんのうときこえときこえときこえ給たま給たまたまひしなりひしなりいしなり。。。かくてかくてかくて後のち後のちのちぞぞぞ、、、うちつゞきいづくにもうちつゞきいづくにもうちつづきいずくにも出家しゆつけ出家しゆつけしゅっけののの後のち後のちのちののの親王しんわう親王しんわうしんのうときこえときこえときこえ給たま給たまたまふめるふめるうめる。。。そのおとうとにてそのおとうとにてそのおとうとにて、、、法ほふ法ほふほう々びと々びとびと親王しんわう親王しんわうしんのうときこえたまひしときこえたまひしときこえたまいしははは、、、六條ろくでう六條ろくでうろくじょうののの右みぎ右みぎみぎのおとゞののおとゞののおとどの御おん御おんおんむすめのむすめのむすめの生う生ううみみみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまへりしへりしえりし、、、法性寺ほふしやうじ法性寺ほふしやうじほっしょうじのおとゞののおとゞののおとどの一ひと一ひとひとつつつ御おん御おんおんはははらからにおはすらからにおはすらからにおわす。。。
  16. 16さきにさきにさきに申まう申まうもうししし侍はべ侍はべはべりぬりぬりぬ。。。みかどのみかどのみかどの御子みこ御子みこみこ、、、關白くわんぱく關白くわんぱくかんぱくなどなどなど、、、一ひと一ひとひとつはらにおはしますつはらにおはしますつわらにおわします、、、いとかたきことなるべしいとかたきことなるべしいとかたきことなるべし。。。このこのこの御室おむろ御室おむろおむろははは、、、おほきにおほきにおおきに、、、聲こゑ聲こゑこえ淸きよ淸きよきよらかなるらかなるらかなる人ひと人ひとひとにぞおはしけるにぞおはしけるにぞおわしける。。。
  17. 17眞言しんごん眞言しんごんしんごんののの道だう道だうどうよくならひよくならひよくならい給たま給たまたまひひい、、、又また又またまた手て手ててかきにてもおはしけりかきにてもおはしけりかきにてもおわしけり。。。御堂みだう御堂みだうみどうののの色紙形しきしがた色紙形しきしがたしきしがたなどかきなどかきなどかき給たま給たまたまふときこえふときこえうときこえ給たま給たまたまひきひきいき。。。ののの大師だいし大師だいしだいしののの、、、手て手ててかきにおはしければにやかきにおはしければにやかきにおわしければにや。。。
  18. 18御室おむろ御室おむろおむろたちもたちもたちも、、、うちつゞきうちつゞきうちつづき、、、手て手ててかきにぞおはすなるかきにぞおはすなるかきにぞおわすなる。。。高野かうや高野かうやこうやへへへまうでたまひけるまうでたまひけるもうでたまいける道みち道みちみちにてにてにて、、、
  19. 19定さだ定さださだめなきめなきめなきうきうきうき世よ世よよののの中なか中なかなかとしりぬればいづくもとしりぬればいづくもとしりぬればいずくも旅たび旅たびたびののの心こころ心こころこころちこそすれちこそすれちこそすれ
  20. 20とよみたまへりけるとぞとよみたまへりけるとぞとよみたまえりけるとぞ。。。橫川よかは橫川よかはよかわののの超こ超ここ僧都そうづ僧都そうづそうずののの、、、「「「よろづのよろづのよろずの事こと事ことことををを夢ゆめ夢ゆめゆめとみるかなとみるかなとみるかな」」」。。。といふといふという歌うた歌うたうた思おも思おもおもひひい出い出いいでられてでられてでられて、、、あはれにきこえあはれにきこえあわれにきこえ侍はべ侍はべはべるるる御歌おほんうた御歌おほんうたおおんうたなりなりなり。。。
  21. 21又また又またまた仁和寺にんわじ仁和寺にんわじにんなじににに藏くら藏くらくら院ゐん院ゐんいんののの宮みや宮みやみやとてもおはしましきとてもおはしましきとてもおわしましき。。。それそれそれははは異こと異ことこと御おん御おんおんはははらなるべしらなるべしらなるべし。。。御母おほんはは御母おほんははおおんははははは大宮おほみや大宮おほみやおおみやののの右みぎ右みぎみぎのおとゞののおとゞののおとどの御子みこ御子みこみこににに、、、なでしこのなでしこのなでしこの宰相さいしやう宰相さいしやうさいしょうとかきこえとかきこえとかきこえ給たま給たまたまひしむすめとぞひしむすめとぞいしむすめとぞ。。。
  22. 22六條ろくでう六條ろくでうろくじょう殿どの殿どのどのとかきこえとかきこえとかきこえ給たま給たまたまひてひていて、、、後のち後のちのちにににははは九條くでう九條くでうくじょうののの民部卿みんぶきやう民部卿みんぶきやうみんぶきょうにおはしけるとかやにおはしけるとかやにおわしけるとかや。。。此こ此ここののの宮みや宮みやみやはははいみじくいみじくいみじく尊たふと尊たふととうとききき人ひと人ひとひとときこえときこえときこえ給たま給たまたまひきひきいき。。。長なが長ながなが尾を尾をおののの宮みや宮みやみやともともとも申まう申まうもうしきしきしき。。。
  23. 23又また又またまた三井寺みゐでら三井寺みゐでらみいでらノノノ大だい大だいだい僧正そうじやう僧正そうじやうそうじょう慶けい慶けいけいととと聞き聞ききこえたまひしもおはしきこえたまひしもおはしきこえたまいしもおわしき。。。備び備びび中なか中なかなか守かみ守かみかみ政じやう政じやうじょう長なが長ながながととと聞き聞ききこえしこえしこえし人ひと人ひとひとのむすめののむすめののむすめのはらにおはすはらにおはすはらにおわす。。。これもこれもこれも眞言しんごん眞言しんごんしんごんよくよくよく習なら習ならならひひい給たま給たまたまへるなるべしへるなるべしえるなるべし。。。
  24. 24このこのこの院ゐん院ゐんいんももも、、、このこのこの僧正そうじやう僧正そうじやうそうじょうにぞにぞにぞ行おこな行おこなおこなひのことひのこといのこと受う受ううけさせけさせけさせ給たま給たまたまふときこえしふときこえしうときこえし。。。法性寺ほふしやうじ法性寺ほふしやうじほっしょうじのおとゞのおとゞのおとど、、、御おん御おんおんぐしおろしぐしおろしぐしおろし給たま給たまたまひてひていて、、、御戒おほんかい御戒おほんかいおおんかいののの師し師ししにしにしにし給たま給たまたまふともきこえきふともきこえきうともきこえき。。。
  25. 25こまのこまのこまの僧正そうじやう僧正そうじやうそうじょうともともとも申まう申まうもうすなるべしすなるべしすなるべし。。。天王寺てんわうじ天王寺てんわうじてんのうじへへへ詣まう詣まうもうでたまひけるにでたまひけるにでたまいけるに、、、難波なには難波なにはなにわをををすぎすぎすぎ給たま給たまたまふとてふとてうとて、、、
  26. 26夕暮ゆふぐれ夕暮ゆふぐれゆうぐれににに浪なみ浪なみなみ花し花ししわたりわたりわたりををを見み見みみ渡わた渡わたわたせばたゞうすせばたゞうすせばたどうす墨すみ墨すみすみ
  27. 27となむきこえしとなむきこえしとなむきこえし。。。ことことこと所ところ所ところところのゆふべののゆふべののゆうべの望のぞ望のぞのぞみよりもみよりもみよりも、、、なになになにはははののの葦あし葦あしあし手て手ててととと見み見みみえんえんえん。。。げにとげにとげにと聞き聞ききこえこえこえ侍はべ侍はべはべりりり。。。歸かへ歸かへかえるるる雁かり雁かりかりのののうすゞみうすゞみうすずみ、、、夕暮ゆふぐれ夕暮ゆふぐれゆうぐれのあしでになりたるものあしでになりたるものあしでになりたるも、、、やさしくきこえやさしくきこえやさしくきこえ侍はべ侍はべはべりりり。。。
  28. 28又また又またまた若わか若わかわか御前おまへ御前おまへおまえ法眼ほふげん法眼ほふげんほうげんときこえときこえときこえ給たま給たまたまへりしもへりしもえりしも、、、白河しらかは白河しらかはしらかわノノノ院ゐん院ゐんいんののの御子みこ御子みこみこにやおはしけむにやおはしけむにやおわしけむ。。。みちのおくのかみみちのおくのかみみちのおくのかみ、、、有あり有ありあり宗むね宗むねむねといひしがといひしがといいしが女をんな女をんなおんなのののはらにおはすとぞはらにおはすとぞはらにおわすとぞ。。。
  29. 29堀河ほりかは堀河ほりかはほりかわのみかどののみかどののみかどの宮みや宮みやみやたちたちたちははは、、、山やま山やまやまににに法印ほふいん法印ほふいんほういんなどなどなど聞き聞ききこえたまひしこえたまひしこえたまいし、、、後のち後のちのちにににははは座主ざす座主ざすざすになりてになりてになりて、、、親王しんわう親王しんわうしんのうののの宣旨せんじ宣旨せんじせんじかぶりかぶりかぶり給たま給たまたまひてひていて、、、ののの宮みや宮みやみやときこえきときこえきときこえき。。。伊勢いせ伊勢いせいせノノノ守かみ守かみかみ時とき時ときとき經ふ經ふふとてとてとて、、、傅ふ傅ふふののの大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごんののの末すゑ末すゑすえととと聞き聞ききこえしむすめのこえしむすめのこえしむすめの、、、生う生ううみたてまつれるとぞみたてまつれるとぞみたてまつれるとぞ。。。
  30. 30又また又またまた仁和寺にんなじ仁和寺にんなじにんなじののの藏くら藏くらくら院ゐん院ゐんいんののの大だい大だいだい僧正そうじやう僧正そうじやうそうじょうととと申まう申まうもうしゝしゝししははは、、、近江あふみ近江あふみおうみ守かみ守かみかみ隆たか隆たかたか宗むね宗むねむねととと聞き聞ききこえしがこえしがこえしが女をんな女をんなおんなのののはらとぞきこえはらとぞきこえはらとぞきこえ給たま給たまたまひしひしいし。。。僧正そうじやう僧正そうじやうそうじょう御身おほんみ御身おほんみおおんみののの沈しづ沈しづしずみみみ給たま給たまたまへるへるえる事こと事ことことをををおもほしけるおもほしけるおもおしける時とき時ときとき、、、よみたまへりけるよみたまへりけるよみたまえりける、、、
  31. 31さみだれのさみだれのさみだれのひまなきひまなきひまなき比ごろ比ごろごろののの雫しづく雫しづくしずくにににははは宿やど宿やどやどもあるじももあるじももあるじも朽く朽くくちにけるかなちにけるかなちにけるかな
  32. 32とぞきこえとぞきこえとぞきこえ侍はべ侍はべはべりしりしりし。。。身み身みみをををしるしるしる雨あめ雨あめあめ、、、時とき時ときときにもあらぬしぐれなどやにもあらぬしぐれなどやにもあらぬしぐれなどや、、、御袖おほんそで御袖おほんそでおおんそでにににふりそひふりそひふりそい給たま給たまたまひけむとひけむといけむと、、、いとあはれにいとあはれにいとあわれに聞き聞ききこえこえこえ侍はべ侍はべはべりりり。。。女宮をんなみや女宮をんなみやおんなみやははは、、、大宮おほみや大宮おほみやおおみやののの齋院さいゐん齋院さいゐんさいいんときこえときこえときこえ給たま給たまたまふおはしきふおはしきうおわしき。。。
  33. 33やがてやがてやがて彼か彼かかののの大宮おほみや大宮おほみやおおみやののの女房にようばう女房にようばうにょうぼうののの、、、生う生ううみたてまつれりけるとなんみたてまつれりけるとなんみたてまつれりけるとなん。。。又また又またまたさきのさきのさきの齋院さいゐん齋院さいゐんさいいんももも、、、堀河ほりかは堀河ほりかはほりかわノノノ院ゐん院ゐんいんののの御おん御おんおんむすめときこえむすめときこえむすめときこえ給たま給たまたまふふう。。。まだまだまだ此こ此ここののの比ごろ比ごろごろもおはするなるべしもおはするなるべしもおわするなるべし。。。
  34. 34鳥羽とば鳥羽とばとばノノノ院ゐん院ゐんいんののの宮みや宮みやみやははは、、、女院にようゐん女院にようゐんにょういんふたところのふたところのふたところの御おん御おんおんはははらのらのらの外ほか外ほかほかににに三井寺みゐでら三井寺みゐでらみいでらののの六ろく六ろくろく宮みや宮みやみや、、、山やま山やまやまののの七しち七しちしち宮みや宮みやみやとておはしますとておはしますとておわします。。。御おん御おんおんはゝはゝはは石淸水いはしみづ石淸水いはしみづいわしみずののの流なが流ながながれとなんれとなんれとなん、、、聞き聞きききたてまつりしきたてまつりしきたてまつりし。。。
  35. 35俊賴としより俊賴としよりとしよりののの撰集せんじふ撰集せんじふせんしゅうににに、、、鹿しか鹿しかしかののの歌うた歌うたうたなどなどなど入い入いいりてりてりて侍はべ侍はべはべりりり。。。光ひかり光ひかりひかり淸きよ淸きよきよ法印ほふいん法印ほふいんほういんとかいひけるとかいひけるとかいいける、、、別當べつたう別當べつたうべっとうのむすめとなむのむすめとなむのむすめとなむ。。。などきこゆるなどきこゆるなどきこゆるははは、、、小こ小ここ大だい大だいだい進すゝ進すゝすすががが腹はら腹はらはらにてにてにて、、、これこれこれはははさきのさきのさきのはらからなるべしはらからなるべしはらからなるべし。。。
  36. 36白河しらかは白河しらかはしらかわノノノ院ゐん院ゐんいんののの御時おほんとき御時おほんときおおんときよりよりより、、、近ちか近ちかちかくさぶらひてくさぶらひてくさぶらいて、、、鳥羽とば鳥羽とばとばノノノ院ゐん院ゐんいんにににははは、、、御子みこ御子みこみこあまたおはしますなるべしあまたおはしますなるべしあまたおわしますなるべし。。。又また又またまたそのそのその同おな同おなおなじはらにじはらにじわらに、、、あやあやあや御前おまへ御前おまへおまえときこえさせたまふときこえさせたまふときこえさせたまう、、、御おん御おんおんぐしおろしてぐしおろしてぐしおろして雙なら雙ならなら林はやし林はやしはやし寺でら寺でらでらといふといふという所ところ所ところところにぞにぞにぞ、、、おはしますなるおはしますなるおわしますなる。。。
  37. 37寺じ寺じじののの宮みや宮みやみやははは、、、ひとゝせひとゝせひととせうせうせうせ給たま給たまたまひにきひにきいにき。。。やまのやまのやまのははは、、、法印ほふいん法印ほふいんほういんなどなどなど申まう申まうもうしゝしゝしし、、、親王しんわう親王しんわうしんのうになりになりになり給たま給たまたまふとぞふとぞうとぞ。。。又また又またまた宰相さいしやう宰相さいしやうさいしょうののの中將ちゆうじやう中將ちゆうじやうちゅうじょう家いへ家いへいえ政まさ政まさまさときこえしときこえしときこえし御おん御おんおんむすめむすめむすめ、、、待賢門院たいけんもんゐん待賢門院たいけんもんゐんたいけんもんいんにおはしけるもにおはしけるもにおわしけるも、、、鳥羽とば鳥羽とばとばノノノ院ゐん院ゐんいんののの御子みこ御子みこみこ生う生ううみたてまつりみたてまつりみたてまつり給たま給たまたまへりしへりしえりし、、、吉田よしだ吉田よしだよしだののの齋宮さいぐう齋宮さいぐうさいぐうととと申まう申まうもうしきしきしき。。。
  38. 38それもそれもそれもうせうせうせ給たま給たまたまひてひていて、、、八はち八はちはち九年くねん九年くねんくねんにもやなりにもやなりにもやなり侍はべ侍はべはべりぬらんりぬらんりぬらん。。。あまにならせあまにならせあまにならせ給たま給たまたまひてひていて、、、智惠ちゑ智惠ちゑちえ深ふか深ふかふかくくく、、、尊たふと尊たふととうとくきこえさせくきこえさせくきこえさせ給たま給たまたまひきひきいき。。。そのそのその御母おほんはは御母おほんははおおんははこそこそこそははは、、、あさましくてあさましくてあさましくてうせうせうせ給たま給たまたまひにしかひにしかいにしか。。。
  39. 39河內かふち河內かふちこうち守かみ守かみかみなにがしとかなにがしとかなにがしとか、、、いひしがいひしがいいしが子こ子ここなるなるなる男をとこ男をとこおとこののの、、、いかなるいかなるいかなる事こと事ことことのありけるにかのありけるにかのありけるにか。。。失うしな失うしなうしなひひい奉たてまつ奉たてまつたてまつりたるとてりたるとてりたるとて、、、おやもおやもおやも罪つみ罪つみつみかぶりてかぶりてかぶりて、、、都みやこ都みやこみやこにもすまざりきにもすまざりきにもすまざりき。。。
  40. 40又また又またまた德大寺とくだいじ德大寺とくだいじとくだいじののの左ひだり左ひだりひだりのおとゞののおとゞののおとどの御おん御おんおんむすめとてむすめとてむすめとて、、、鳥羽とば鳥羽とばとばののの女院にようゐん女院にようゐんにょういんににに候さふら候さふらそうらひひい給たま給たまたまひけるもひけるもいけるも、、、女をんな女をんなおんな三さん三さんさんのみこのみこのみこ生う生ううみみみ給たま給たまたまひてひていて、、、かすがのかすがのかすがの姫宮ひめみや姫宮ひめみやひめみやときこえときこえときこえ給たま給たまたまふふう。。。冷泉れいぜい冷泉れいぜいれいぜいののの姫宮ひめみや姫宮ひめみやひめみやととと申まう申まうもうすにやすにやすにや、、、其そ其そそののの母はは母ははははををを春日かすが春日かすがかすが殿どの殿どのどのととと申まう申まうもうすなるべしすなるべしすなるべし。。。
  41. 41又また又またまた勢せい勢せいせい賀が賀がが院ゐん院ゐんいんののの姫宮ひめみや姫宮ひめみやひめみや、、、齋院さいゐん齋院さいゐんさいいんのののひめひめひめ宮みや宮みやみや、、、高松たかまつ高松たかまつたかまつののの宮みや宮みやみやなどなどなど聞き聞ききこえさせこえさせこえさせ給たま給たまたまふもおはしますなるべしふもおはしますなるべしうもおわしますなるべし。。。鳥羽とば鳥羽とばとばノノノ院ゐん院ゐんいんののの宮みや宮みやみやたちたちたちははは、、、をとこをとこおとこ女をんな女をんなおんな、、、きさきばらきさきばらきさきばら、、、たゞのなどたゞのなどただのなど取と取ととりりり加くは加くはくわへへえ奉たてまつ奉たてまつたてまつりてりてりて、、、男をとこ男をとこおとこ宮みや宮みやみや八人やたり八人やたりやたり、、、女宮をんなみや女宮をんなみやおんなみや八九人はちくにん八九人はちくにんはちくにんばかりばかりばかり、、、おはしますなるべしおはしますなるべしおわしますなるべし。。。
  42. 42讃岐さぬき讃岐さぬきさぬきノノノ院ゐん院ゐんいんののの一いち一いちいちののの御子みこ御子みこみこときこえときこえときこえ給たま給たまたまひしひしいしははは、、、仁にん仁にんにん親王しんわう親王しんわうしんのうととと申まう申まうもうしけるなるべししけるなるべししけるなるべし。。。そのそのその御母おほんはは御母おほんははおおんはは、、、院ゐん院ゐんいんににに具ぐ具ぐぐししし奉たてまつ奉たてまつたてまつりてりてりて、、、遠とほ遠とほとおくおはしたりけるがくおはしたりけるがくおわしたりけるが、、、歸かへ歸かへかえりのぼりりのぼりりのぼり給たま給たまたまへるとぞきこえへるとぞきこええるとぞきこえ給たま給たまたまふふう。。。
  43. 43みかどみかどみかど位くらゐ位くらゐくらいにおはしましゝにおはしましゝにおわしましし時とき時ときとき、、、きさいのきさいのきさいの宮みや宮みやみや、、、一いち一いちいちののの人ひと人ひとひとののの御おん御おんおんむすめにておはしますにむすめにておはしますにむすめにておわしますに、、、うちのうちのうちの女房にようばう女房にようばうにょうぼうにてにてにて、、、かのかのかの御母おほんはは御母おほんははおおんはは、、、宮仕みやづか宮仕みやづかみやずかへへえ人ひと人ひとひとにてさぶらひにてさぶらひにてさぶらい給たま給たまたまひしがひしがいしが、、、殊こと殊ことことののの外ほか外ほかほかにときめきにときめきにときめき給たま給たまたまひしかばひしかばいしかば、、、きさきのきさきのきさきの御方おほんかた御方おほんかたおおんかたののの人ひと人ひとひとははは、、、めざましくめざましくめざましく思おも思おもおもひあひてひあひていあいて、、、人ひと人ひとひとののの心こころ心こころこころをををのみのみのみはははたらかしたらかしたらかし、、、世よ世よよののの人ひと人ひとひとももも、、、あまりまばゆきまであまりまばゆきまであまりまばゆきまで思おも思おもおもへるなるべしへるなるべしえるなるべし。。。
  44. 44さりとてさりとてさりとて、、、御後見おほんうしろみ御後見おほんうしろみおおんうしろみのつよきもおはせずのつよきもおはせずのつよきもおわせず。。。たゞたゞただ大藏卿おほくらきやう大藏卿おほくらきやうおおくらきょう行宗ゆきむね行宗ゆきむねゆきむねとてとてとて、、、としとしとし七十しちじふ七十しちじふしちじゅうばかりなるがばかりなるがばかりなるが歌うた歌うたうたよみによりてよみによりてよみによりて、、、親した親したしたしくしくしく仕つか仕つかつこうまつりなれたるうまつりなれたるうまつりなれたるををを、、、おやなどいひておやなどいひておやなどいいて、、、ノノノ佐すけ佐すけすけなどつけなどつけなどつけ申まう申まうもうしたるばかりなればしたるばかりなればしたるばかりなれば、、、さるべきさるべきさるべき方人かたびと方人かたびとかたびともなしもなしもなし。。。
  45. 45まことのまことのまことの親おや親おやおやははは、、、をとこにをとこにおとこにはははあらであらであらで、、、紫むらさき紫むらさきむらさきののの袈裟けさ袈裟けさけさなどなどなど給たま給たまたまはははりてりてりて、、、白川しらかは白川しらかはしらかわののの御寺みてら御寺みてらみてらのつかさのつかさのつかさ也なり也なりなりけりけりけり。。。それもそれもそれもうせてうせてうせて年とし年としとしへへへにけりにけりにけり。。。然しか然しかしかるべきるべきるべき人ひと人ひとひとののの子こ子ここなりけれどなりけれどなりけれど、、、男をとこ男をとこおとこならねばならねばならねば、、、かひなかるべしかひなかるべしかいなかるべし。。。
  46. 46常つね常つねつねにさぶらふにさぶらふにさぶらう何なに何なになにののの中將ちゆうじやう中將ちゆうじやうちゅうじょうなどいふなどいふなどいう人ひと人ひとひとののの、、、かたこゝろあるなどもかたこゝろあるなどもかたこころあるなども、、、目め目めめをををそばめらるゝそばめらるゝそばめらるる樣さま樣さまさまにてにてにて、、、はしたなくなんありけるはしたなくなんありけるはしたなくなんありける。。。されどされどされど類たぐ類たぐたぐひなきひなきひなき御心みこころ御心みこころみこころざしざしざしをををさりがたきさりがたきさりがたき事こと事ことことにてにてにて、、、過す過すすぐしぐしぐし給たま給たまたまふふうほどにほどにほどに、、、をのこをのこおのこ君きみ君きみきみゅ生う生ううみみみ出い出いいだしだしだし給たま給たまたまへればへればえれば、、、中宮ちゆうぐう中宮ちゆうぐうちゅうぐうにににはははまだかゝるまだかゝるまだかかる事こと事ことこともなきにもなきにもなきに、、、いとめづらしくいとめづらしくいとめずらしく、、、いとゞいとゞいとど安やす安やすやすからぬつまなるべしからぬつまなるべしからぬつまなるべし。。。
  47. 47御おん御おんおんおほぢのおほぢのおおじの一院いちゐん一院いちゐんいちいんももも聞き聞ききかせかせかせ給たま給たまたまひてひていて、、、迎むか迎むかむかへとりへとりえとり給たま給たまたまひてひていて、、、女院にようゐん女院にようゐんにょういんののの御方おほんかた御方おほんかたおおんかたににに養やしな養やしなやしなひひい申まう申まうもうさせさせさせ給たま給たまたまふふう。。。やう〳〵うちのやう〳〵うちのようよううちの御おん御おんおんめのとごのめのとごのめのとごの、、、播磨はりま播磨はりまはりま守かみ守かみかみ、、、伯耆守はうきのかみ伯耆守はうきのかみほうきのかみなどいふなどいふなどいう人ひと人ひとひとどもどもども、、、彼か彼かかのさとやのさとやのさとや、、、局つぼね局つぼねつぼねなどのなどのなどの女房にようばう女房にようばうにょうぼうなどなどなど、、、上下かみしも上下かみしもかみしものことゞものことゞものことども取と取ととりさだすべきりさだすべきりさだすべき由よし由よしよし、、、うけうけうけ給たま給たまたまはははりてりてりて仕つか仕つかつこうまつりうまつりうまつり、、、若宮わかみや若宮わかみやわかみやののの御おん御おんおんめのとめのとめのと刑部卿ぎやうぶきやう刑部卿ぎやうぶきやうぎょうぶきょうなどいひてなどいひてなどいいて、、、大貳だいに大貳だいにだいにののの御おん御おんおんめのとのをとこときこゆめのとのをとこときこゆめのとのおとこときこゆ。。。
  48. 48みこもみこもみこも親王しんわう親王しんわうしんのうののの宣旨せんじ宣旨せんじせんじなどかぶりなどかぶりなどかぶり給たま給たまたまひてひていて、、、御元服ごげんぷく御元服ごげんぷくごげんぷくなどせさせなどせさせなどせさせ給たま給たまたまひぬひぬいぬ。。。かくてかくてかくて年月としつき年月としつきとしつきすぐさせすぐさせすぐさせ給たま給たまたまふふう程ほど程ほどほどににに、、、位くらゐ位くらゐくらいさらせさらせさらせ給たま給たまたまひてひていて、、、新院しんゐん新院しんゐんしんいんとておはしますにもとておはしますにもとておわしますにも、、、世よ世よよににに類たぐ類たぐたぐひなくてひなくてひなくて、、、過す過すすぐさせたまへばぐさせたまへばぐさせたまえば、、、きさいのきさいのきさいの宮みや宮みやみや、、、殿どの殿どのどのののの御おん御おんおんわたりにわたりにわたりにははは、、、心こころ心こころこころよからずよからずよからず。。。
  49. 49疎うと疎うとうとききき事こと事ことことにてのみおはしますにてのみおはしますにてのみおわします。。。本院ほんゐん本院ほんゐんほんいんののの御おん御おんおんまゝなればまゝなればままなれば、、、世よ世よよををを心こころ心こころこころにまかせさせにまかせさせにまかせさせ給たま給たまたまはずはずわず、、、うちうちうち、、、中宮ちゆうぐう中宮ちゆうぐうちゅうぐう、、、殿との殿とのとのなどになどになどに、、、ひとつにてひとつにてひとつにて、、、世よ世よよののの中なか中なかなかすさまじきすさまじきすさまじき事こと事ことこと多おほ多おほおおくてくてくて、、、おはしますべしおはしますべしおわしますべし。。。
  50. 50かやうなるにつけてもかやうなるにつけてもかようなるにつけても、、、わたくしものにわたくしものにわたくしものに、、、おもほしつゝおもほしつゝおもおしつつ、、、過す過すすぐさせぐさせぐさせ給たま給たまたまふにふにうに、、、法皇ほふわう法皇ほふわうほうおうかくれさせかくれさせかくれさせ給たま給たまたまひぬるひぬるいぬる後のち後のちのち、、、世よ世よよののの中なか中なかなかににに事こと事ことことどもどもども出い出いいできてできてできて、、、讚岐さぬき讚岐さぬきさぬきへへへ遠とほ遠とほとおくおはしましにしかばくおはしましにしかばくおわしましにしかば、、、やがてやがてやがて御船みふね御船みふねみうねににに具ぐ具ぐぐししし奉たてまつ奉たてまつたてまつりてりてりて、、、かのかのかの國くに國くにくにににに年とし年としとし歷へ歷へへ給たま給たまたまひきひきいき。。。
  51. 51一いち一いちいちののの御子みこ御子みこみこももも、、、御おん御おんおんぐしおろしぐしおろしぐしおろし給たま給たまたまひてひていて、、、仁和寺にんわじ仁和寺にんわじにんなじ大だい大だいだい僧正そうじやう僧正そうじやうそうじょう寬くわん寬くわんかん曉あかつき曉あかつきあかつきととと申まう申まうもうしゝにつかせしゝにつかせししにつかせ給たま給たまたまひてひていて、、、眞言しんごん眞言しんごんしんごんなどならはせなどならはせなどならわせ給たま給たまたまひけるにひけるにいけるに、、、敏びん敏びんびんくめでたくおはしましければくめでたくおはしましければくめでたくおわしましければ、、、昔むかし昔むかしむかしののの如ごと如ごとごと親王しんわう親王しんわうしんのうもかくやともかくやともかくやと見み見みみえさせたまひけるにえさせたまひけるにえさせたまいけるに、、、御足おほんあし御足おほんあしおおんあしのやまひおもくならせのやまひおもくならせのやまいおもくならせ給たま給たまたまひてひていて、、、ひとゝせひとゝせひととせうせさせうせさせうせさせ給たま給たまたまひにけりひにけりいにけり。。。
  52. 52御おん御おんおんとしとしとし廿二にじふに廿二にじふににじゅうに三さん三さんさんばかりにやなりばかりにやなりばかりにやなり給たま給たまたまひけんひけんいけん。。。讃岐さぬき讃岐さぬきさぬきにもにもにも、、、御おん御おんおんなげきのあまりにやなげきのあまりにやなげきのあまりにや。。。御惱おほんなや御惱おほんなやおおんなやみつもりてみつもりてみつもりて、、、かしこにてかくれさせかしこにてかくれさせかしこにてかくれさせ給たま給たまたまひにしかばひにしかばいにしかば、、、宮みや宮みやみやののの御母おほんはは御母おほんははおおんははものぼりものぼりものぼり給たま給たまたまひてひていて、、、かしらおろしてかしらおろしてかしらおろして、、、醍醐だいご醍醐だいごだいごのみかどののみかどののみかどの御母おほんはは御母おほんははおおんはは方かた方かたかたののの御寺みてら御寺みてらみてらのわたりにぞのわたりにぞのわたりにぞ、、、住す住すすみたまふなるみたまふなるみたまうなる。。。
  53. 53かのかのかの院ゐん院ゐんいんののの御おん御おんおんにほひなればにほひなればにおいなれば、、、ことわりとことわりとことわりと申まう申まうもうしながらしながらしながら、、、歌うた歌うたうたなどこそなどこそなどこそ、、、いとらうありてよみいとらうありてよみいとろうありてよみ給たま給たまたまふなれふなれうなれ。。。のぼりのぼりのぼり給たま給たまたまひたりけるにひたりけるにいたりけるに、、、あるあるある人ひと人ひとひとのとぶらひのとぶらひのとぶらい申まう申まうもうしたりければしたりければしたりければ、、、
  54. 54君きみ君きみきみなくてなくてなくて歸かへ歸かへかえるるる波路なみぢ波路なみぢなみじにしほれこしにしほれこしにしおれこし袂たもと袂たもとたもとををを人ひと人ひとひとののの思おも思おもおもひやらなむひやらなむいやらなむ
  55. 55ととと侍はべ侍はべはべりけるなむりけるなむりけるなむ。。。さこそさこそさこそはははととと、、、いといといと悲かな悲かなかなしくしくしく推お推おおししし量はか量はかはかられられられ侍はべ侍はべはべりしりしりし。。。院ゐん院ゐんいんののの御おん御おんおんおとうとのおとうとのおとうとの、、、仁和寺にんなじ仁和寺にんなじにんなじののの宮みや宮みやみやおはしましゝおはしましゝおわしましし程ほど程ほどほどははは、、、とぶらはせとぶらはせとぶらわせ給たま給たまたまふとふとうと聞き聞ききこえしにこえしにこえしに、、、宮みや宮みやみやもかくれもかくれもかくれ給たま給たまたまひてひていて、、、心こころ心こころこころぐるしくぐるしくぐるしく思おも思おもおもひやりひやりいやり奉たてまつ奉たてまつたてまつるあたりなるべしるあたりなるべしるあたりなるべし。。。
  56. 56そのそのその遠とほ遠とほとおくおはしましたりけるくおはしましたりけるくおわしましたりける人ひと人ひとひとののの、、、まだまだまだ京きやう京きやうきょうにおはしけるににおはしけるににおわしけるに、、、白川しらかは白川しらかはしらかわににに殿どの殿どのどのといふといふという所ところ所ところところををを人ひと人ひとひとののの造つく造つくつくりてりてりて、、、御覽ごらん御覽ごらんごらんぜよなどぜよなどぜよなど申まう申まうもうしければしければしければ、、、わたりてわたりてわたりて見み見みみられけるにられけるにられけるに、、、いとをかしくいとをかしくいとおかしく見み見みみえければえければえければ、、、かきつけさせかきつけさせかきつけさせ給たま給たまたまひけるとなむひけるとなむいけるとなむ。。。
  57. 57川がは川がはがわせきせきせき入い入いいれぬれぬれぬ宿やど宿やどやどののの池水いけみづ池水いけみづいけみずももも人ひと人ひとひとののの心こころ心こころこころははは見み見みみえけるものえけるものえけるものををを
  58. 58とぞきゝとぞきゝとぞきき侍はべ侍はべはべりしりしりし。。。又また又またまた讃岐さぬき讃岐さぬきさぬきノノノ院ゐん院ゐんいんののの皇子みこ皇子みこみこははは、、、それもそれもそれも仁和寺にんなじ仁和寺にんなじにんなじののの宮みや宮みやみやにおはしますなるにおはしますなるにおわしますなる、、、法印ほふいん法印ほふいんほういんにならせにならせにならせ給たま給たまたまへるとぞへるとぞえるとぞ、、、聞き聞ききこえさせたまふこえさせたまふこえさせたまう。。。それもそれもそれも眞言しんごん眞言しんごんしんごんよくよくよく習なら習ならならはせはせわせ給たま給たまたまひてひていて、、、勤つと勤つとつとめめめ行おこな行おこなおこなはせはせわせ給たま給たまたまへりとぞへりとぞえりとぞ。。。
  59. 59上西門院じやうさいもんゐん上西門院じやうさいもんゐんじょうさいもんいん御子みこ御子みこみこにしにしにし申まう申まうもうさせさせさせ給たま給たまたまへるとぞへるとぞえるとぞ。。。其そ其そそののの御母おほんはは御母おほんははおおんははははは師隆もろたか師隆もろたかもろたかののの大藏卿おほくらきやう大藏卿おほくらきやうおおくらきょうののの子こ子ここににに、、、參河みかは參河みかはみかわノノノ權けん權けんけん守かみ守かみかみととと申まう申まうもうすすす人ひと人ひとひとおはしけるむすめのおはしけるむすめのおわしけるむすめの、、、讚岐さぬき讚岐さぬきさぬきのみかどののみかどののみかどの御時おほんとき御時おほんときおおんとき、、、內侍ないし內侍ないしないしのすけにてのすけにてのすけにて、、、候さふら候さふらそうらはれしがはれしがわれしが、、、生う生ううみたてまつりみたてまつりみたてまつり給たま給たまたまへるとぞへるとぞえるとぞ、、、聞き聞ききこえさせこえさせこえさせ給たま給たまたまふふう。。。
  60. 60讚岐さぬき讚岐さぬきさぬきののの法皇ほふわう法皇ほふわうほうおう、、、かくれさせかくれさせかくれさせ給たま給たまたまへりけるへりけるえりける頃ころ頃ころころ、、、御服おほんぶく御服おほんぶくおおんぶくははは、、、いつかいつかいつか奉たてまつ奉たてまつたてまつるとるとると、、、御室おむろ御室おむろおむろよりよりより尋たづ尋たづたずねねね申まう申まうもうさせさせさせ給たま給たまたまへりければへりければえりければ、、、
  61. 61うきながらそのうきながらそのうきながらその松山まつやま松山まつやままつやまのかたみにのかたみにのかたみにはははこよひぞこよひぞこよいぞののの衣きぬ衣きぬきぬをばをばをばきるきるきる
  62. 62とよませとよませとよませ給たま給たまたまへりけるへりけるえりける。。。いとあはれにいとあはれにいとあわれに悲かな悲かなかなしくしくしく。。。又また又またまた御おん御おんおん行おこな行おこなおこなひひいはははてゝてゝてて、、、やすませやすませやすませ給たま給たまたまひけるにひけるにいけるに、、、嵐あらし嵐あらしあらしはははげしくげしくげしく、、、瀧たき瀧たきたきののの音おと音おとおとむせびあひてむせびあひてむせびあいて、、、いといといと心こころ心こころこころぼそくぼそくぼそく聞き聞ききこえけるにこえけるにこえけるに、、、
  63. 63夜よ夜よよもすがらもすがらもすがら枕まくら枕まくらまくらにおつるにおつるにおつる音ね音ねねきけばきけばきけば心こころ心こころこころをををあらふあらふあらう谷川たにがは谷川たにがはたにがわののの水みづ水みづみず
  64. 64とよませたまへりけるとぞとよませたまへりけるとぞとよませたまえりけるとぞ聞き聞ききこえこえこえ侍はべ侍はべはべりしりしりし。。。昔むかし昔むかしむかしののの風かぜ風かぜかぜふきふきふき傳つた傳つたつたへさせへさせえさせ給たま給たまたまふふう。。。いとやさしくいとやさしくいとやさしく。。。女宮をんなみや女宮をんなみやおんなみやははは聞き聞ききこえさせこえさせこえさせ給たま給たまたまはずはずわず。。。
  65. 65今いま今いまいまののの一院いちゐん一院いちゐんいちいんののの宮みや宮みやみやたちたちたちははは、、、あまたおはしますとぞあまたおはしますとぞあまたおわしますとぞ。。。きさきばらのきさきばらのきさきばらの外ほか外ほかほかにににははは、、、高倉たかくら高倉たかくらたかくらののの三位さんみ三位さんみさんみととと申まう申まうもうすなるすなるすなる御おん御おんおんはははらにらにらに、、、仁和寺にんなじ仁和寺にんなじにんなじののの宮みや宮みやみやののの御室おむろ御室おむろおむろ傳つた傳つたつたへておはしますへておはしますえておわします也なり也なりなり。。。
  66. 66まだまだまだ若わか若わかわかくおはしますにくおはしますにくおわしますに、、、御おん御おんおん行おこな行おこなおこなひのひのいの方かた方かたかたももも、、、梵字ぼんじ梵字ぼんじぼんじなどもなどもなども、、、よくかゝせよくかゝせよくかかせ給たま給たまたまふとふとうと聞き聞ききこえさせこえさせこえさせ給たま給たまたまふふう。。。つぎにつぎにつぎに御元服ごげんぷく御元服ごげんぷくごげんぷくせさせせさせせさせ給たま給たまたまへるへるえる、、、おはしますなるもおはしますなるもおわしますなるも、、、御おん御おんおんふみにもたづさはらせふみにもたづさはらせふみにもたずさわらせ給たま給たまたまひひい、、、御手おほんて御手おほんておおんてなどなどなど、、、かゝせたまふとかゝせたまふとかかせたまうと聞き聞ききこえさせこえさせこえさせ給たま給たまたまふふう。。。
  67. 67そのそのその宮みや宮みやみやももも、、、宮みや宮みやみやたちたちたち設まう設まうもうけさせけさせけさせ給たま給たまたまへるとぞへるとぞえるとぞ。。。同おな同おなおなじじじ三位さんみ三位さんみさんみののの御おん御おんおんはははらにらにらに、、、女宮をんなみや女宮をんなみやおんなみやもあまたおはしますなるべしもあまたおはしますなるべしもあまたおわしますなるべし。。。伊勢いせ伊勢いせいせのいつきにてのいつきにてのいつきにて、、、あねおとうとおはしますとあねおとうとおはしますとあねおとうとおわしますと、、、聞き聞ききこえさせたまひしこえさせたまひしこえさせたまいし、、、おとうとのおとうとのおとうとの宮みや宮みやみやははは、、、六條ろくでう六條ろくでうろくじょうノノノ院ゐん院ゐんいんののの宣旨せんじ宣旨せんじせんじ、、、養やしな養やしなやしなひひい奉たてまつ奉たてまつたてまつりてりてりて、、、かのかのかの院ゐん院ゐんいんつたへておはしますとぞつたへておはしますとぞつたえておわしますとぞ聞き聞ききこえさせこえさせこえさせ給たま給たまたまふふう。。。
  68. 68又また又またまた賀茂かも賀茂かもかものいつきにもおはするなるべしのいつきにもおはするなるべしのいつきにもおわするなるべし。。。又女またをんな又女またをんなまたおんな房ばう房ばうぼうのさぶらひのさぶらひのさぶらい給たま給たまたまふなるふなるうなる、、、御おん御おんおんおぼえのおぼえのおぼえの、、、なにがしのぬしとかなにがしのぬしとかなにがしのぬしとか聞き聞ききこえしこえしこえし、、、妹いもうと妹いもうといもうとのののはらにもはらにもはらにも、、、宮みや宮みやみやたちあまたおはしますなるべしたちあまたおはしますなるべしたちあまたおわしますなるべし。。。
  69. 69三井寺みゐでら三井寺みゐでらみいでらににに法印ほふいん法印ほふいんほういん僧都そうづ僧都そうづそうずなどなどなど聞き聞ききこえさせこえさせこえさせ給たま給たまたまふふう。。。またまたまた女宮をんなみや女宮をんなみやおんなみやもおはしますとぞもおはしますとぞもおわしますとぞ。。。大炊おほひ大炊おほひおおいノノノ御門みかど御門みかどみかどののの右みぎ右みぎみぎのおとゞののおとゞののおとどの御おん御おんおんむすめもむすめもむすめも、、、姬ひめ姬ひめひめ宮生みやう宮生みやうみやうみたてまつりみたてまつりみたてまつり給たま給たまたまへるへるえる、、、おはしますとおはしますとおわしますと聞き聞ききこえこえこえ給たま給たまたまふふう。。。又また又またまたことはらことはらことはらののの宮々みやみや宮々みやみやみやみやもあまたおはしますなるべしもあまたおはしますなるべしもあまたおわしますなるべし。。。
  70. 70二條にでう二條にでうにじょうのみかどののみかどののみかどの宮みや宮みやみやたちもたちもたちも、、、をとこをとこおとこ宮女みやをみな宮女みやをみなみやおみな宮みや宮みやみやきこえさせきこえさせきこえさせ給たま給たまたまふふう。。。そのそのその女宮をんなみや女宮をんなみやおんなみやははは、、、內うち內うちうちののの女房にようばう女房にようばうにょうぼううみたてまつりたまへるとぞうみたてまつりたまへるとぞうみたてまつりたまえるとぞ。。。中なか中なかなか原はら原はらはらののの氏うぢ氏うぢうじののの博士はかせ博士はかせはかせのむすめにぞおはすなるのむすめにぞおはすなるのむすめにぞおわすなる。。。
  71. 71男をとこ男をとこおとこ宮みや宮みやみやははは源氏げんじ源氏げんじげんじのののうまのすけとかいふうまのすけとかいふうまのすけとかいう、、、むすめのむすめのむすめの腹はら腹はらはらにおはしますとかにおはしますとかにおわしますとか聞き聞ききこえこえこえ給たま給たまたまふふう。。。又また又またまた德大寺とくだいじ德大寺とくだいじとくだいじのおとゞののおとゞののおとどの御女おほんむすめ御女おほんむすめおおんむすめのののはらとかはらとかはらとか聞き聞ききこえこえこえ給たま給たまたまふふうははは、、、位くらゐ位くらゐくらいにつかせたまへりしにつかせたまへりしにつかせたまえりし、、、さきにさきにさきに申まう申まうもうししし侍はべ侍はべはべりぬりぬりぬ。。。
  72. 72又また又またまたかんのきみのかんのきみのかんのきみの御おん御おんおんおとうとにおはしけるがおとうとにおはしけるがおとうとにおわしけるが、、、生う生ううみたてまつりみたてまつりみたてまつり給たま給たまたまへるへるえる、、、おはしますとおはしますとおわしますと聞き聞ききこえさせたまふこえさせたまふこえさせたまう。。。かくかくかく今いま今いまいまののの世よ世よよののの事こと事ことことををを申まう申まうもうしつゞけしつゞけしつづけ侍はべ侍はべはべるるる。。。いとかしこくいとかしこくいとかしこく、、、かたはらいたくもかたはらいたくもかたわらいたくも侍はべ侍はべはべるべきかなるべきかなるべきかな。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

后の宮や女御・更衣ではいらっしゃらないけれど、御子をお産み申し上げた方々は、近い御代に大勢聞こえました。后腹の宮たちは皆申し上げました。(ほかの方々も)散り散りに引き続いて多くいらっしゃると聞こえます。白河院の后腹の女宮お三方のほかに、承香殿の女御がお産み申し上げた方は、伊勢の斎宮でいらっしゃいました。それは女四宮でしょう。女五宮も、天仁元年(1108)十一月ごろに御占いに当たられて、斎宮と申し上げました。御母はどなたでいらしたでしょうか。間違いでしょうか、季実とか申した人の娘でいらしたでしょうか。勢賀院の斎宮と申した方も同じころにお立ちになったと聞こえました。それは頼綱と申した源氏の三河守であった人の娘の腹でいらっしゃると聞こえました。七十を過ぎられて、まだご存命と聞こえました。唐崎の禊を上西門院がなさったころ、その続きに院のお計らいで殿上人などを(供に)差し上げなさいました。主殿頭何大夫とか名のある人が御後見として御車の後ろに乗り、綾の指貫で、院のお下がりを着て通ったなどと聞こえました。

男宮は今の世では多く仏道に入られて、御元服も難しくて、袍の色なども尋ねてもわからない折々もあるとか。位がおありにならない間は「浅黄」と日記にあるのを、青い色か黄色か、やはりはっきりせず、花園の大臣(有仁)にお尋ね申されたのも、幼くて覚えていらっしゃらない旨を申されたなどと聞こえました。一宮(崇徳院の重仁親王)の御元服の時は黄色をお召しになったのでしょう。位をまだ得られないので、黄色の衣が本当でもいらっしゃるでしょう。無位の人は黄袍であるはずなので、小野篁が隠岐から帰って作った詩にも、「請う、君が菊を愛するなら、私を見よ。白いのは頭にあり、黄色いのは衣にある」などと聞こえました。神社の黄狩衣なども、位のない袍の意味なのでしょう。このようなついでに、ある人が申されたのは、「橡(黒)の衣は王の四位の色で、臣下の四位と王の五位とは黒緋を着て、臣下の五位は緋の衣を着るのが正しいはずなのに、今の人は心がませて、四位は王の衣になり、五位は四位の衣を着るのだろう。検非違使や上官などは、きちんとしていて、やはり緋を改めないのだろう」ということでございました。

仏道に入られた皇子は、このごろ引き続いていらっしゃいます。仁和寺に覚行法親王と申し上げた方は、白河院の皇子でいらっしゃいます。御髪をおろされて、だんだん大人になられるにつれて、たいそうしっかりしていらしたので、改めて親王の宣旨をこうむられたと聞こえました。大御室としていらっしゃった方は、三条院の御子で師明親王と申し上げた方で、まだ幼児でいらした時に親王の御名を得られたので、法師になった後は親王の宣旨をこうむられませんでした。その宮に(覚行を)お付けになった時、御弟子の宮は童で親王の御名を得ていらっしゃらなかったので、親王の宣旨をこうむられたのです。後二条の大臣(師通)は「出家の後は例がない」と申したけれども、白河院が「内親王ということもあるのだから、法親王もどうしてないことがあろう」といって、初めて法師になった後に親王と申し上げたのです。こうして後、引き続いてどこでも出家の後の親王と申し上げるようです。その弟で覚法法親王と申し上げた方は、六条の右大臣(顕房)の御娘がお産み申し上げた方で、法性寺の大臣(忠通)と同じ御腹のご兄弟でいらっしゃいます。先に申しました。帝の御子と関白などが同じ腹でいらっしゃるのは、たいそうめったにないことでしょう。この御室は大柄で、声の清らかな方でいらっしゃいました。真言の道をよく習われ、また能書でもいらっしゃいました。御堂の色紙形などをお書きになると聞こえました。高野の大師(空海)が能書でいらしたからでしょうか、御室たちも引き続いて能書でいらっしゃるそうです。高野山へ詣でられた道で、

定めない憂き世の中と知ったので、どこにいても旅の心地がすることだ。

とお詠みになったとか。横川の覚超僧都の「よろづの事を夢とみるかな」という歌が思い出されて、しみじみと聞こえる御歌です。また仁和寺に花蔵院の宮という方もいらっしゃいました。その方は別の御腹でしょう。御母は大宮の右大臣(俊家)の御子で撫子の宰相とか申し上げた方の娘とか。六条殿とか申し上げて、後には九条の民部卿(宗通)の妻でいらしたとか。この宮はたいそう尊い方と聞こえました。長尾の宮とも申しました。また三井寺の大僧正行慶と申し上げた方もいらっしゃいました。備中守政長と申した人の娘の腹でいらっしゃいます。この方も真言をよく習われたのでしょう。この院(後白河院)も、この僧正に修行のことを授けられたと聞こえました。法性寺の大臣が御髪をおろされた時、戒の師になさったとも聞こえました。狛の僧正とも申すのでしょう。天王寺へ詣でられた時、難波を過ぎられるといって、

夕暮れに難波のあたりを見渡すと、ただ薄墨で書いた葦手(の文字)のようだ。

と聞こえました。ほかの所の夕べの眺めよりも、難波の葦手と見えるだろう。なるほどと聞こえます。帰る雁の薄墨(の歌)、夕暮れの葦手になっているのも、優雅に聞こえます。また若御前法眼と申し上げた方も、白河院の御子でいらしたでしょうか。陸奥守有宗といった者の娘の腹でいらっしゃるとか。

堀河の帝の宮たちは、比叡山に法印などと申し上げた方が、後には座主になって親王の宣旨をこうむられて、座主の宮と申し上げました。伊勢守時経といって、傅の大納言(道綱)の子孫と申した人の娘がお産み申し上げたとか。また仁和寺の花蔵院の大僧正と申した方は、近江守隆宗と申した人の娘の腹と聞こえました。僧正がわが身の不遇をお思いになった時に詠まれた歌、

五月雨の絶え間ないころの雫に、宿も主人も朽ちてしまったことだ。

と聞こえました。身を知る雨、時ならぬ時雨などが、御袖に降り添ったのだろうかと、たいそうしみじみと聞こえます。女宮は大宮の斎院と申し上げる方がいらっしゃいました。その大宮(令子内親王)の女房がお産み申し上げたのだそうです。また前の斎院も、堀河院の御娘と申し上げます。まだこのころもいらっしゃるのでしょう。

鳥羽院の宮は、女院お二方の御腹のほかに、三井寺の六宮、比叡山の七宮といらっしゃいます。御母は石清水の流れ(社家の出)と承りました。俊頼の撰集に鹿の歌などが入っております。光清法印とかいった別当の娘とか。小侍従などと申すのは小大進の腹で、この方は先の(六宮らの母の)姉妹なのでしょう。白河院の御代からお側近くお仕えして、鳥羽院との間に御子が大勢いらっしゃるのでしょう。またその同じ腹に、あや御前と申し上げる方は、御髪をおろして双林寺という所にいらっしゃるそうです。寺の宮(六宮)は、ある年亡くなられました。山の宮(七宮)は法印などと申した方で、親王になられるとか。また宰相中将家政と申した人の御娘で待賢門院にお仕えしていた方も、鳥羽院の御子をお産み申し上げた、吉田の斎宮と申し上げました。その方も亡くなられて八、九年にもなったでしょうか。尼になられて、知恵深く尊いと聞こえました。その御母こそ、あきれたことに亡くなられたのでした。河内守誰それとかいった者の子である男が、どんなことがあったのでしょうか、殺し申し上げたといって、親も罪をこうむって、都にも住めなくなりました。また徳大寺の左大臣(実能)の御娘として、鳥羽の女院にお仕えしていた方も女三の宮をお産みになって、春日の姫宮と申し上げます。冷泉の姫宮と申し上げるのでしょうか、その母を春日殿と申すのでしょう。また勢賀院の姫宮、斎院の姫宮、高松の宮などと申し上げる方々もいらっしゃるのでしょう。鳥羽院の宮たちは、男女、后腹・普通の腹などを合わせ申し上げて、男宮八人、女宮八、九人ほどいらっしゃるのでしょう。

讃岐院(崇徳)の一の御子と申し上げた方は、重仁親王と申し上げたのでしょう。その御母は院にお供して遠く(讃岐に)いらしたが、帰り上られたと聞こえます。帝が在位でいらっしゃった時、后の宮(聖子)は一の人(忠通)の御娘でいらっしゃったのに、内裏の女房で、その御母が宮仕え人としてお仕えしていらしたのが、ことのほか寵愛されたので、后の御方の人々は目障りに思い合って、人の心ばかりを動かし、世の人もあまりにまばゆいほどだと思ったのでしょう。かといって御後見の強い方もいらっしゃいません。ただ大蔵卿行宗といって年七十ほどの者が、歌詠みによって親しくお仕え慣れていたのを親などと言って、兵衛佐などと(女房名を)お付け申したばかりなので、しかるべき味方もいません。本当の親は男(俗人)ではなくて、紫の袈裟などを賜って白川の御寺の別当であった者でした。その者も亡くなって年を経ていました。しかるべき人の子ではあったけれど、男(俗人)でないので甲斐がないでしょう。いつもお仕えしていた何の中将などという人で、片思いをしている者なども、目をそばめるような様子で、居心地の悪いことでした。けれども類のないご寵愛を避けがたいこととして過ごしていらしたうちに、男君をお産みになったので、中宮にはまだこのようなこともないのに、たいそう珍しく、いっそう心穏やかでない種となったのでしょう。御祖父の一院(鳥羽院)もお聞きになって、迎え取られて、女院(美福門院)の御方で養い申させなさいました。だんだんと帝の御乳母子の播磨守・伯耆守などという人々が、その里や局などの女房など、上下のことを取り計らうべき旨を承ってお仕えし、若宮の御乳母は刑部卿などといって、大弐の御乳母の夫と聞こえます。御子も親王の宣旨などをこうむられて、御元服などをなさいました。こうして年月を過ごされるうちに、(崇徳天皇は)譲位されて新院としていらっしゃっても、世に類なく(寵愛して)過ごされたので、后の宮や殿(忠通)のあたりでは不快に思って、疎遠になるばかりでいらっしゃいました。本院(鳥羽院)の思うままなので、世を心のままにはおできにならず、帝(近衛)・中宮・殿などが一つになって、世の中は興ざめなことが多くていらっしゃったのでしょう。このようであるにつけても、(重仁親王を)私的な宝のようにお思いになって過ごされていたが、法皇(鳥羽院)がお亡くなりになった後、世の中に事件が起こって(保元の乱)、讃岐へ遠くいらっしゃったので、(母は)そのまま御船にお供して、その国で年を過ごされました。一の御子(重仁)も御髪をおろされて、仁和寺の大僧正寛暁と申した方について、真言などを習われたが、聡くすばらしくいらっしゃったので、昔の真如親王もこのようだったかとお見えになったのに、御足の病が重くなられて、ある年亡くなられました。御年二十二、三ほどでいらしたでしょうか。讃岐(の院)も、御嘆きのあまりでしょうか、ご病気が重なって、かの地で亡くなられたので、宮の御母も上られて髪をおろして、醍醐の帝の御母方の御寺(勧修寺)のあたりにお住みになっているそうです。あの院の御感化なので道理とは申しながら、歌などはたいそう洗練されてお詠みになるそうです。上られた時に、ある人がお見舞い申し上げたところ、

君(院)を失って帰る波路で、しおれて濡れてきた私の袂を、どうか人は思いやってほしい。

とありましたのは、さぞかしと、たいそう悲しく推し量られました。院の御弟の仁和寺の宮(覚性法親王)がいらっしゃった間はお見舞いなさると聞こえましたが、宮も亡くなられて、気の毒に思いやり申し上げるあたりでしょう。その遠く(讃岐に)いらしたお方(崇徳院)がまだ京にいらっしゃった時、白川に池殿という所を人が造って、ご覧くださいなどと申したので、お出かけになってご覧になったところ、たいそう趣深く見えたので、書きつけられたということです。

音羽川の水を堰き入れていない宿の池水にも、(それを造った)人の心は見えるものだなあ。

と聞きました。また讃岐院の皇子で、その方も仁和寺の宮でいらっしゃるのが、法印になられたと聞こえます。その方も真言をよく習われて、修行を勤めていらっしゃるとか。上西門院が養子になさったとか。その御母は師隆の大蔵卿の子で三河権守と申す人の娘で、讃岐の帝の御代に典侍としてお仕えしていたのが、お産み申し上げたと聞こえます。讃岐の法皇がお亡くなりになったころ、「御服喪はいつなさるのか」と御室(覚性)からお尋ねになったところ、

つらいことだが、あの(讃岐の)松山の(院の)形見として、今宵こそ藤衣(喪服)を着ることです。

とお詠みになりました。たいそうしみじみと悲しく。また御修行が終わってお休みになっていた時、嵐が激しく、滝の音がむせび合って、たいそう心細く聞こえたので、

一晩中、枕に落ちてくる音を聞いていると、心を洗う谷川の水であることよ。

とお詠みになったと聞こえました。昔の(院の)風を吹き伝えていらっしゃいます。たいそう優雅に。女宮は聞こえません。

今の一院(後白河院)の宮たちは、大勢いらっしゃるとか。后腹のほかには、高倉の三位と申す方の御腹に、仁和寺の宮が御室を伝えていらっしゃいます。まだお若くていらっしゃるのに、御修行の方も、梵字などもよくお書きになると聞こえます。次に御元服なさった方(以仁王)もいらっしゃるようですが、学問にも携わられ、字などもお書きになると聞こえます。その宮も宮たちをもうけていらっしゃるとか。同じ三位の御腹に女宮も大勢いらっしゃるのでしょう。伊勢の斎宮として姉妹がいらっしゃると聞こえましたが、妹の宮は六条院の宣旨が養い申し上げて、その院を伝えていらっしゃると聞こえます。また賀茂の斎院にもいらっしゃるのでしょう。また女房でお仕えしている、ご寵愛の誰それの主とか申した人の妹の腹にも、宮たちが大勢いらっしゃるのでしょう。三井寺に法印・僧都などと申し上げます。また女宮もいらっしゃるとか。大炊御門の右大臣(公能)の御娘も、姫宮をお産み申し上げた方がいらっしゃると聞こえます。また別腹の宮々も大勢いらっしゃるのでしょう。

二条の帝の宮たちも、男宮・女宮が聞こえます。その女宮は内裏の女房がお産み申し上げたとか。中原氏の博士の娘でいらっしゃるそうです。男宮は源氏の馬助とかいう者の娘の腹でいらっしゃるとか聞こえます。また徳大寺の大臣(実能)の御娘の腹とか聞こえる方は、位におつきになったと(六条天皇のことは)先に申しました。また尚侍の君の御妹でいらした方がお産み申し上げた方もいらっしゃると聞こえます。このように今の世のことを申し続けました。たいそう畏れ多く、気恥ずかしくもあることですね。

意訳

巻八の最終章は「はらはらの御子」、すなわち后以外のさまざまな母から生まれた皇子・皇女を語る。院政期には多くの皇子が出家して法親王となり、仁和寺などの門跡を継いだ。白河院が「内親王があるなら法親王もあってよい」として覚行を親王としたのが、法親王の始まりとされる。

無位の皇子の袍の色をめぐる考証では、小野篁の詩を引いて黄色が無位の色であることを説く。語り手の有職故実への関心がうかがえる。

崇徳院の寵愛を受けた兵衛佐は、後見もない身で重仁親王を産んだため、中宮聖子や忠通の不興を買った。保元の乱で崇徳院が讃岐に流されると、兵衛佐も同行し、院の死後に都へ戻って出家した。重仁親王も若くして亡くなった。「君なくて歸る波路に」の歌は、その悲運を哀切に伝える。

語釈・文法注

女四ノ宮
善子内親王(1077〜1132)。白河天皇の皇女。伊勢斎宮。
黃袍
黄色の袍。無位の者の服色。
小野ノ篁
小野篁(802〜853)。隠岐に流された後、許されて帰京した。
つるばみのころも
橡(どんぐり)で染めた黒色の衣。四位以上の服色。
覺行法親王
覚行法親王(1075〜1105)。白河天皇の皇子。仁和寺。最初の法親王。
おほ御室
性信入道親王(師明親王、1005〜1085)。三条天皇の皇子。仁和寺。
覺法々親王
覚法法親王(1091〜1153)。白河天皇の皇子。母は源師子。仁和寺。
高野の大師
空海(774〜835)。真言宗の開祖。能書家。
橫川の覺超僧都
覚超(960〜1034)。比叡山の学僧。
花藏院の宮
聖恵法親王(1094〜1137)。白河天皇の皇子。仁和寺。
三井寺ノ大僧正行慶
行慶(1101〜1165)。白河天皇の皇子。三井寺。
あしで
葦手。葦の茂る水辺の景に文字を絵のように散らし書く書法。
座主の宮
最雲法親王(1104〜1162)。堀河天皇の皇子。天台座主。
花藏院の大僧正
寛暁(1103〜1159)。堀河天皇の皇子。仁和寺。
小侍從
女流歌人。石清水別当光清の娘。「待宵の小侍従」として知られる。
重仁親王
重仁親王(1140〜1162)。崇徳天皇の皇子。
兵衞ノ佐
崇徳天皇の寵愛を受けた女房。重仁親王の母。源行宗の養女。
眞如親王
高岳親王。平城天皇の皇子。出家して唐・天竺を目指した。
音羽川
京都東山の川。
藤の衣
喪服。
池殿
平頼盛の邸か。白河にあった。
御元服せさせ給へる
以仁王(1151〜1180)。後白河天皇の皇子。

文法

法親王もなどかなからん
どうして法親王がないことがあろうか、いやあってよい。反語。
いとかしこく、かたはらいたくも侍るべきかな
今の世のことを語るのは、たいそう畏れ多く気恥ずかしいことだ、という語り手の言葉。

和歌

定めなきうき世の中としりぬればいづくも旅の心ちこそすれ

詠者
覚法法親王
状況
高野山へ詣でる道で詠んだ歌。

修辞

趣向
この世そのものが仮の宿であると知れば、どこにいても旅の心地がする、と無常観を詠む。

夕暮に浪花わたりを見渡せばたゞうす墨のあしでなりけり

詠者
行慶
状況
天王寺へ詣でる途中、難波を過ぎる時に詠んだ歌。

修辞

見立て
夕暮れの難波の葦の景色を、薄墨で書いた葦手に見立てる。
掛詞
「あし」に難波の「葦」と葦手をかける。

さみだれのひまなき比の雫には宿もあるじも朽ちにけるかな

詠者
寛暁
状況
わが身の不遇を思った時に詠んだ歌。

修辞

比喩
五月雨に朽ちる宿に、不遇に沈む身を重ねる。

君なくて歸る波路にしほれこし袂を人の思ひやらなむ

詠者
兵衛佐
状況
崇徳院の死後、讃岐から都へ帰った時、見舞った人への返歌。

修辞

掛詞
「しほれ」に潮に濡れることと涙に濡れることをかける。

音羽川せき入れぬ宿の池水も人の心は見えけるものを

詠者
崇徳院
状況
白川の池殿を見に行った時に書きつけた歌。

修辞

本歌
『伊勢物語』の「音羽川せき入れて落とす滝つ瀬に人の心の見えもするかな」をふまえる。

うきながらその松山のかたみにはこよひぞ藤の衣をばきる

詠者
崇徳院の皇子(元性)
状況
崇徳院の死を聞いて、服喪について尋ねられた時の歌。

修辞

掛詞
「松山」に崇徳院の崩じた讃岐の松山と「待つ」を響かせる。

夜もすがら枕におつる音きけば心をあらふ谷川の水

詠者
崇徳院の皇子(元性)
状況
修行を終えて休んだ夜、嵐と滝の音を聞いて詠んだ歌。

解説

巻八の最後で語り手は「今の世のことを申し続けて畏れ多い」と述べ、話題を昔語りへと転じる。今鏡の歴史叙述はここで終わり、巻九・巻十は昔の逸話や和歌・物語論となる。

関連

出典

底本
関根正直『今鏡新註』 六合館、昭和2年(1927)、352〜367頁(コマ191–198)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日