今鏡 第八「みこたち」 第70章
ふし柴
色好みの貴公子有仁。物語の主人公のような有仁のもとには女たちの恋文が届き、友人たちと見せ合っては批評した。「ふし柴」と名づけた女との交際、鳥羽天皇に献上した菊に結ばれていた待賢門院宛ての恋文が帝に見つかった話、夫の恋文の返事を女房に書かせるおおらかな北の方、女房小大進の歌が語られる。
- 1大將殿大將殿だいしょうどの年年とし若若わかくおはしてくおはしてくおわして、、、何事何事なにごともすぐれたるもすぐれたるもすぐれたる人人ひとにてにてにて、、、御心御心みこころばへもあてにおはしきばへもあてにおはしきばえもあてにおわしき。。。昔昔むかしはははかゝるかゝるかかる人人ひともやおはしけんもやおはしけんもやおわしけん。。。このこのこの世世よにににはははいとめづらかにいとめづらかにいとめずらかに、、、かくかくかくわざとわざとわざと物語物語ものがたりなどになどになどに、、、作作つくりいだしたらんやうにおはすればりいだしたらんやうにおはすればりいだしたらんようにおわすれば、、、やさしくやさしくやさしくすき〳〵してすき〳〵してすきすきして事事こと多多おおくきくきくき、、、これかれこれかれこれかれ、、、袖袖そでよりよりよりいろ〳〵のいろ〳〵のいろいろのうすやうにかきたるうすやうにかきたるうすようにかきたる文文ふみののの、、、ひきひきひき結結むすびたるがびたるがびたるが、、、なつかしきなつかしきなつかしき香香かしたるしたるしたる、、、二二ふたつつつ三三みつばかりづつつばかりづつつばかりずつ取取とりりり出出いだしてだしてだして、、、常常つねにたてまつりなどすればにたてまつりなどすればにたてまつりなどすれば、、、これかれこれかれこれかれ見見み給給たまひてひていて、、、あるあるあるははは歌歌うたよみよみよみ、、、色色いろ好好このむむむ君君きみたちなどにたちなどにたちなどに、、、見見みせあはせせあはせせあわせ給給たまひてひていて、、、このこのこの手手てはははまさりたりまさりたりまさりたり。。。
- 2歌歌うたなどもなどもなどもとり〳〵にいひあへりとり〳〵にいひあへりとりとりにいいあえり。。。あるあるあるははは見見みせせせ給給たまはぬもあるべしはぬもあるべしわぬもあるべし。。。又又またのかみやのかみやのかみや。。。少將少將しょうしょうたちなどたちなどたちなど參參まいりりり給給たまへばへばえば、、、かたみにかたみにかたみに女女おんなのことなどいひあはせつゝのことなどいひあはせつゝのことなどいいあわせつつ、、、のしづかなるにものしづかなるにものしずかなるにも、、、語語かたらひらひらい給給たまふふう折折おりもあるべしもあるべしもあるべし。。。
- 3月月つきあかきあかきあかき夜夜よなどなどなどははは、、、車車くるまにてにてにて御隨身御隨身みずいじんひとりひとりひとりふたりふたりふたりばかりばかりばかり、、、何何なに大夫大夫だいぶなどいふなどいふなどいう人人ひと、、、供供ともににに、、、かはる〳〵かちよりあゆみかはる〳〵かちよりあゆみかわるかわるかちよりあゆみ、、、御車御車みくるまににに參參まいりかはりつゝりかはりつゝりかわりつつ、、、ふるきふるきふるき宮宮みやばらあるばらあるばらあるははは色色いろ好好このむむむ所々所々ところどころにわたりにわたりにわたり給給たまひつゝひつゝいつつ、、、人人ひとにににうちまぎれてうちまぎれてうちまぎれて遊遊あそびたまふにびたまふにびたまうに、、、琵琶琵琶びわ笙笙しょうののの笛笛ふえなどなどなどははは、、、人人ひともきゝしりなんとてもきゝしりなんとてもききしりなんとて、、、ことことことひきひきひき、、、笛笛ふえなどぞしなどぞしなどぞし給給たまひけるひけるいける。。。
- 4あるあるある折折おりははは、、、歌歌うたよむよむよむ御御おんたちまうでかよひけるたちまうでかよひけるたちもうでかよいける中中なかにににほいなかりけるにやほいなかりけるにやほいなかりけるにや。。。女女おんな、、、
- 5かねてよりかねてよりかねてより思思おもひしものひしものいしものををを柴柴しばのこるばかりなるのこるばかりなるのこるばかりなる歎歎なげきせんときせんときせんとははは
- 6とてとてとて奉奉たてまつりたりければりたりければりたりければ、、、やがてやがてやがてふしゝばとふしゝばとふししばと付付つけけけ給給たまひてひていて、、、折折おりふしにふしにふしにははは、、、音音おとづれづれずれ奉奉たてまつりければりければりければ、、、今宵今宵こよいはははふししばふししばふししば、、、音音おとすらむものすらむものすらむものををを、、、などあるになどあるになどあるに、、、すぐさずすぐさずすぐさず歌歌うたよみてよみてよみて奉奉たてまつりなどしてりなどしてりなどして、、、いたきものとていたきものとていたきものとて、、、常常つねににに申申もうしかはすしかはすしかわす女女おんなありけりありけりありけり。。。
- 7のさきのいつきののさきのいつきののさきのいつきの御御おんもとにもとにもとに中將中將ちゅうじょうののの御御おんとかいひけるものとかやとかいひけるものとかやとかいいけるものとかや。。。
- 8ののの方方かたははは、、、手手てかきかきかき歌歌うたよみにおはしてよみにおはしてよみにおわして、、、いというなるいというなるいというなる御中御中おおんなからひになむありけるらひになむありけるらいになむありける。。。あまりのあまりのあまりのほかにやおはしけんとほかにやおはしけんとほかにやおわしけんと聞聞きこえしこえしこえしははは、、、鳥羽鳥羽とばノノノ院院いんくらゐのくらゐのくらいの御時御時おおんときににに、、、大將殿大將殿だいしょうどの菊菊きくをををほりにやりてほりにやりてほりにやりて、、、奉奉たてまつりりり給給たまひけるにひけるにいけるに、、、うすやうにかきたるうすやうにかきたるうすようにかきたる文文ふみののの、、、むすびつけてむすびつけてむすびつけて見見みえければえければえければ、、、みかどみかどみかど御覽御覽ごらんじつけてじつけてじつけて、、、「「「かれかれかれははは何何なにぞぞぞ。。。取取とりてりてりて參參まいれれれ」」」。。。
- 9ととと藏人藏人くろうどににに仰仰おおせられけるにせられけるにせられけるに、、、大大おおいいい殿殿どのははは、、、ふとふとふと心心こころえてえてえて色色いろもかはりてもかはりてもかわりて、、、うつふしめになりうつふしめになりうつうしめになり給給たまへりけるへりけるえりけるほどにほどにほどに、、、みかどみかどみかどひろげてひろげてひろげて御覽御覽ごらんじければじければじければ、、、
- 10にににうつろひぬともうつろひぬともうつろいぬとも菊菊きくののの花花はなもとのまがきもとのまがきもとのまがきををを忘忘わすれざらなむれざらなむれざらなむ
- 11とぞありけるとぞありけるとぞありける。。。きさいのきさいのきさいの御姉御姉おおんあねにおはすればにおはすればにおわすれば、、、とき〳〵とき〳〵ときとき參參まいりかよひりかよひりかよい給給たまふにつけつゝふにつけつゝうにつけつつ、、、しのびてきこえしのびてきこえしのびてきこえ給給たまふことなどもおはしけるなるべしふことなどもおはしけるなるべしうことなどもおわしけるなるべし。。。
- 12昔昔むかしのみかどののみかどののみかどの御世御世みよにもにもにも、、、かやうなるかやうなるかようなる御御おんことことことははは聞聞きこえてこえてこえて、、、なほ〳〵などなほ〳〵などなおなおなど仰仰おおせられければせられければせられければ、、、餘餘あまりなるりなるりなる事事ことももも侍侍はべりけるやうにりけるやうにりけるように、、、これもおはしけるにやこれもおはしけるにやこれもおわしけるにや。。。
- 13殿殿どのののの色色いろ好好このみみみ給給たまふなどふなどうなど、、、大方大方おおかたうへうへうえはははのたまはせずのたまはせずのたまわせず、、、へだてもなくてへだてもなくてへだてもなくて、、、文文ふみどもどもども取取とりりり入入いれてれてれて、、、歌歌うたよむよむよむ女房女房にょうぼうにかへしせさせなどしにかへしせさせなどしにかえしせさせなどし、、、上上うえのめのとののめのとののめのとの車車くるまにてぞにてぞにてぞ、、、女女おんなおくりおくりおくり迎迎むかへなどしたまひけるへなどしたまひけるえなどしたまいける。。。
- 14殿殿どのもこゝかしこにありきもこゝかしこにありきもここかしこにありき給給たまひけるひけるいける、、、家家いえののの女房女房にょうぼうどもゝどもゝどもも、、、をとこのをとこのおとこの許許もとよりえたるよりえたるよりえたる文文ふみをもをもをも、、、そのそのその北北きたののの方方かたににに申申もうしあはせてしあはせてしあわせて、、、歌歌うたののの返返かえしなどししなどししなどし給給たまひけるひけるいける。。。
- 15大大だい進進じんなどいふなどいふなどいう色色いろ好好このみのみのみの、、、男男おとこのもとよりのもとよりのもとより得得えたるたるたる歌歌うたとてとてとて、、、申申もうしあはせけるしあはせけるしあわせける、、、あまたあまたあまた聞聞きこえしかどこえしかどこえしかど、、、忘忘わすれておぼえれておぼえれておぼえ侍侍はべらずらずらず。。。按察按察あぜちののの中納言中納言ちゅうなごんとかいふとかいふとかいう人人ひとののの、、、おほやうなるもおほやうなるもおおようなるも、、、歌歌うたなどつかはしけるかへりごとになどつかはしけるかへりごとになどつかわしけるかえりごとに、、、小小こ大大だい進進すす、、、
- 16夏山夏山なつやまのしげみがのしげみがのしげみが下下かのののひひい草草くさ露露つゆしらざりつこゝろかくとしらざりつこゝろかくとしらざりつこころかくとははは
- 17などきゝなどきゝなどきき侍侍はべりしりしりし。。。口口くちとくとくとく歌歌うたなどをかしくよみてなどをかしくよみてなどおかしくよみて、、、などいひしものゝやうにぞなどいひしものゝやうにぞなどいいしもののようにぞ侍侍はべりしりしりし。。。伊豫伊豫いよののの御御おんとてとてとて侍侍はべりしもりしもりしも、、、中中なかノノノ院院いんののの大將大將だいしょうののの、、、若若わかくおはせしくおはせしくおわせしほどにほどにほどに、、、ものなどのたまひてものなどのたまひてものなどのたまいて、、、後後のちにににははは、、、山城山城やましろとかいふとかいふとかいう人人ひとににに、、、物物ものいふときゝいふときゝいうときき給給たまひてひていて、、、さきにもさきにもさきにも申申もうししし侍侍はべりつるりつるりつる、、、「「「みとせもまたでみとせもまたでみとせもまたで」」」といふといふという歌歌うたよみよみよみ給給たまへりしぞかしへりしぞかしえりしぞかし。。。
- 18かやうにかやうにかように色色いろ好好このみたまへるみたまへるみたまえる御御おんたちたちたち多多おおくこそきこえくこそきこえくこそきこえ侍侍はべりしかりしかりしか。。。
現代語訳
大将殿(有仁)はお若くて、何事にもすぐれた人で、お心ばえも上品でいらっしゃいました。昔はこのような人もいらしたのでしょうか。今の世ではたいそう珍しく、まるでわざわざ物語などに作り出したようでいらっしゃるので、優雅に風流で(恋の)事も多く、あれこれの者が、袖からいろいろの薄様に書いた手紙の、引き結んだもので慕わしい香りのするものを、二つ三つずつ取り出して、いつも差し上げたりするので、あれこれご覧になって、ある時は歌詠みや色好みの君たちなどに見せ合わせなさって、「この筆跡はまさっている」、歌などもそれぞれに言い合いました。ある時はお見せにならないものもあったでしょう。また兵衛督(実能)や少将たちなどが参られると、互いに女のことなどを話し合いながら、静かな雨の夜にも語り合われる時もあったでしょう。月の明るい夜などは、車で御随身一人二人ほど、何大夫などという人を供に、代わる代わる徒歩で歩いて御車に乗り換えたりしながら、古い宮家や色好みの所々にお出かけになって、人に紛れて遊ばれたが、琵琶や笙の笛などは人も聞き知っているだろうといって、琴や笛などをなさいました。ある時、歌を詠む女房たちが通ってきていた中に、不本意なことがあったのでしょうか、女が、
かねてから思っていたことでした。伏し柴を樵るように、懲りるほどの嘆きをすることになろうとは。
といって差し上げたので、すぐに「ふし柴」とあだ名をおつけになって、折々には便りをなさったので、「今宵はふし柴が便りをするだろう」などとあると、すかさず歌を詠んで差し上げたりして、たいした者だといって、いつも便りを交わす女がいました。土御門の前の斎院のもとに中将の御とかいった者だとか。
北の方(公実の娘)は能書で歌詠みでいらして、たいそう優雅なご夫婦仲でございました。あまりに度が過ぎていらしたのでしょうかと聞こえたのは、鳥羽院が在位の御時、大将殿が菊を掘りにやって献上なさったところ、薄様に書いた手紙が結びつけてあるのが見えたので、帝が見つけられて、「あれは何だ。取って参れ」と蔵人に仰せられたので、大臣はふと心得て顔色も変わって、うつむいていらしたうちに、帝が広げてご覧になったところ、
宮中に移ってしまっても、菊の花よ、もとの垣根(私)を忘れないでほしい。
とありました。后(待賢門院)の御姉(の夫)でいらっしゃるので、時々参り通われるにつけて、ひそかに申し上げなさることなどもおありだったのでしょう。昔の帝の御代にもこのようなことは聞こえて、「やはりやはり」などと仰せられたので、度が過ぎたこともあったように、この方もそうでいらしたのでしょうか。殿が色好みをなさることなどは、だいたい奥方は何もおっしゃらず、隔てもなくて、手紙などを取り入れて、歌を詠む女房に返歌をさせたりし、奥方の乳母の車で女を送り迎えなどなさいました。殿もあちこちに通われましたが、家の女房たちも、男のもとから得た手紙を、その北の方にご相談申し上げて、歌の返しなどをなさいました。小大進などという色好みの女房が、男のもとから得た歌といってご相談申し上げたものが多く聞こえましたが、忘れて覚えておりません。按察の中納言とかいう人で、おっとりした人が歌などを送った返事に、小大進が、
夏山の茂みの下の思い草のように、(あなたの)心がこのようだとは、露ほども知りませんでした。
などと聞きました。即座に歌などを趣深く詠んで、和泉式部などといった者のようでございました。伊予の御といっておりました者も、中院の大将(雅定)がお若かったころに言い寄られて、後には山城とかいう人と通じていると聞かれて、先にも申しました「三年も待たで」という歌をお詠みになったのですよ。このように色好みの女房たちが多く聞こえました。
意訳
有仁は物語の主人公のような色好みでもあった。女たちから届く恋文を友人と批評し合う場面は、『源氏物語』帚木巻の「雨夜の品定め」を思わせる。章題の「ふし柴」は、女が「ふし柴のこるばかりなる歎き」と詠んだことから、有仁がその女につけたあだ名による。
有仁が鳥羽天皇に献上した菊に、待賢門院(有仁の妻の妹)に宛てた恋文が結ばれていて、天皇に見つかってしまった。「九重にうつろひぬとも」は、宮中に入った女性に自分を忘れないでと訴える歌で、有仁は顔色を変えてうつむいたという。
有仁の北の方は、夫の恋文に女房に返事を書かせ、自分の乳母の車で女を送り迎えさせたという、おおらかな人だった。家の女房たちも恋の相談をもちかけ、小大進は和泉式部のように即妙の歌を詠んだ。
語釈・文法注
- 兵衞のかみ
- 藤原実能。有仁の北の方の兄。第56章参照。
- 雨夜のしづかなる
- 『源氏物語』帚木巻の「雨夜の品定め」を思わせる表現。
- ふし柴
- 伏し柴。地面に生える柴。「樵る」に「懲る」をかける。
- 土御門のさきのいつき
- 禛子内親王。第63章参照。
- 北の方
- 有仁の妻。藤原公実の娘。待賢門院の姉。
- 九重
- 宮中。
- 小大進
- 女流歌人。有仁家の女房。
- 思ひ草
- ナンバンギセルとされる草。恋の思いにかけて詠まれる。
- 和泉式部
- 平安中期の女流歌人。恋の歌で名高い。
文法
- かくわざと物語などに、作りいだしたらんやうにおはすれば
- まるでわざわざ物語に作り出したようでいらっしゃるので。
- 忘れざらなむ
- 「なむ」は他への願望。忘れないでほしい。
和歌
かねてより思ひしものをふし柴のこるばかりなる歎きせんとは
- 詠者
- 中将の御
- 状況
- 有仁との仲に不本意なことがあって贈った歌。
修辞
- 掛詞
- 「こる」に柴を「樵る」と「懲る」、「歎き」に「投げ木(薪)」をかける。
- 縁語
- 「ふし柴」「こる」「なげき」は柴の縁語。
九重にうつろひぬとも菊の花もとのまがきを忘れざらなむ
- 詠者
- 源有仁
- 状況
- 鳥羽天皇に献上した菊に結びつけた、待賢門院宛ての歌。
修辞
- 比喩
- 宮中に移された菊の花を、入内した女性にたとえる。
- 掛詞
- 「うつろふ」に移ることと色変わりすることをかける。
夏山のしげみが下の思ひ草露しらざりつこゝろかくとは
- 詠者
- 小大進
- 状況
- 按察の中納言から歌を贈られた返事。
修辞
- 掛詞
- 「露」に草の露と「少しも」をかける。
- 序詞
- 「夏山のしげみが下の思ひ草」が「露」を導く。
解説
有仁の恋愛譚は、作り物語の世界と現実とが重なり合う院政期の貴族文化をよく伝えている。語り手自身も「物語などに作りいだしたらんやう」と述べている。
関連
出典
- 底本
- 関根正直『今鏡新註』 六合館、昭和2年(1927)、344〜348頁(コマ187–189)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日