古典ライブラリー

今鏡 第七「村上の源氏」 第65章

新枕

雅実の子孫。顕通の子雅通、天台座主明雲。次男の中院右大臣雅定は笙の名手で、名笛「まじりまろ」を伝え、家の舞「胡飲酒」を極めた。笛と舞の伝承をめぐる楽人たちの逸話、通わなくなった女が別の男に嫁いだと聞いて贈った「新枕」の歌、郭公の連歌、潔い出家が語られる。

  1. 1このおとゞのこのおとゞのこのおとどの御子みこ御子みこみこははは、、、大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごん通かよ通かよかよととと申まう申まうもうしてしてして、、、父ちゝ父ちゝちちおとゞよりもさきにおとゞよりもさきにおとどよりもさきにうせうせうせ給たま給たまたまひにきひにきいにき。。。其そ其そそののの御子みこ御子みこみこははは、、、今いま今いまいまののの內大臣ないだいじん內大臣ないだいじんないだいじん通つう通つうつうののの大將だいしやう大將だいしやうだいしょうととと申まう申まうもうすなるべしすなるべしすなるべし。。。
  2. 2此こ此ここののの大將だいしやう大將だいしやうだいしょうののの御母おほんはは御母おほんははおおんははははは、、、能よし能よしよし俊しゆん俊しゆんしゅんののの治部卿ぢぶきやう治部卿ぢぶきやうじぶきょうのむすめにやおはすらんのむすめにやおはすらんのむすめにやおわすらん。。。又また又またまた此こ此ここののの御兄おほんあに御兄おほんあにおおんあにににに、、、つのかみつのかみつのかみ廣ひろ廣ひろひろ綱つな綱つなつなのむすめののむすめののむすめのはらにはらにはらに、、、山やま山やまやまののの座主ざす座主ざすざす權けん權けんけん僧正そうじやう僧正そうじやうそうじょうとてとてとて、、、今いま今いまいまにおはすなるこそにおはすなるこそにおわすなるこそ、、、世よ世よよののの末すゑ末すゑすえにににははは、、、かやうなるかやうなるかようなる天てん天てんてん台だい台だいだい座主ざす座主ざすざすはははおはしがたくうけたまはれおはしがたくうけたまはれおわしがたくうけたまわれ。。。
  3. 3我わ我わわががが道みち道みちみちののの法文ほふもん法文ほふもんほうもんをもをもをも深ふか深ふかふかくくく學まな學まなまなびびび給たま給たまたまふふう。。。かた〳〵かた〳〵かたかた世よ世よよにににたふとたふととうとくてくてくて、、、御心みこころ御心みこころみこころばへもばへもばえも重おも重おもおもくおはするにやくおはするにやくおわするにや。。。山やま山やまやまのののうへこぞりてうへこぞりてうえこぞりて、、、もちゐもちゐもちい奉たてまつ奉たてまつたてまつりたるとかやりたるとかやりたるとかや。。。
  4. 4うちつゞきたもつうちつゞきたもつうちつづきたもつ人ひと人ひとひと、、、ありがたくきこえありがたくきこえありがたくきこえ給たま給たまたまふにふにうに、、、などなどなど鐘かね鐘かねかねならしてならしてならして、、、起おこ起おこおこるるる事こと事ことことだにだにだに侍はべ侍はべはべらぬとかやらぬとかやらぬとかや。。。又また又またまた太政だいじやう太政だいじやうだいじょうのおとゞののおとゞののおとどの御子みこ御子みこみこにてにてにてははは、、、右大臣うだいじん右大臣うだいじんうだいじん雅まさ雅まさまさ定ぢやう定ぢやうじょうととと申まう申まうもうしてしてして、、、さきにもさきにもさきにも舞人まひびと舞人まひびとまいびとののの事こと事ことこと申まう申まうもうししし侍はべ侍はべはべるるる。。。
  5. 5中なか中なかなかノノノ院ゐん院ゐんいんのおとゞとておはしきのおとゞとておはしきのおとどとておわしき。。。御母おほんはは御母おほんははおおんははははは賀が賀ががノノノ兵衞ひやうゑ兵衞ひやうゑひょうえとかいひしがいもとかいひしがいもとかいいしがいもうとにてうとにてうとにて、、、下﨟げらふ下﨟げらふげろう女房にようばう女房にようばうにょうぼうにおはせしかどにおはせしかどにおわせしかど、、、兄あに兄あにあにののの大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごんよりもよりもよりも、、、おぼえもおはしもてなしおぼえもおはしもてなしおぼえもおわしもてなし申まう申まうもうししし給たま給たまたまひきひきいき。。。
  6. 6此こ此ここのおとゞのおとゞのおとどははは、、、ざえもおはしてざえもおはしてざえもおわして、、、公事くじ公事くじくじなどもなどもなども能よ能よよくくく仕つか仕つかつかへへえ給たま給たまたまひけりひけりいけり。。。笙しやう笙しやうしょうののの笛ふえ笛ふえふえなどすぐれなどすぐれなどすぐれ給たま給たまたまへりけるへりけるえりける、、、とてとてとて侍はべ侍はべはべりしりしりしををを、、、少すこ少すこすこしもたかへずしもたかへずしもたかえず、、、うつしうつしうつし給たま給たまたまへるとぞへるとぞえるとぞ。。。
  7. 7笛ふえ笛ふえふえをもをもをも、、、傳つた傳つたつたへへえ給たま給たまたまへりへりえり。。。まじりまろとまじりまろとまじりまろとははは、、、からのからのからの竹たけ竹たけたけやまとのやまとのやまとの竹たけ竹たけたけののの中なか中なかなかににに、、、すぐれたるねなるすぐれたるねなるすぐれたるねなるををを、、、選えら選えらえらびびび作つく作つくつくりたるとなんりたるとなんりたるとなん。。。まじりまろといふまじりまろといふまじりまろという笙しやう笙しやうしょうののの笛ふえ笛ふえふえははは二ふた二ふたふたつぞつぞつぞ侍はべ侍はべはべるなるるなるるなる。。。
  8. 8時元ときもと時元ときもとときもとががが兄このかみ兄このかみこのかみにてにてにて、、、忠たゞ忠たゞただといひしもといひしもといいしも作つく作つくつくりつたへりつたへりつたえ侍はべ侍はべはべるなりるなりるなり。。。むらといひてむらといひてむらといいて、、、祭まつり祭まつりまつりなどいふなどいふなどいう祭まつり祭まつりまつりわたるものゝわたるものゝわたるものの、、、吹ふ吹ふふきてわたりけるきてわたりけるきてわたりける笛ふえ笛ふえふえののの、、、響ひゞ響ひゞひびききき殊こと殊ことことなるなるなる竹たけ竹たけたけのまじりてのまじりてのまじりて、、、聞き聞ききこえこえこえ侍はべ侍はべはべりければりければりければ、、、棧敷さじき棧敷さじきさじきにてにてにて、、、時とき時ときとき忠たゞ忠たゞただよびよせてよびよせてよびよせて、、、「「「かゝるかゝるかかるはれはれはれにににははは、、、同おな同おなおなじくじくじくははは、、、かやうのかやうのかようの笛ふえ笛ふえふえをををこそこそこそ吹ふ吹ふふかめかめかめ」」」。。。
  9. 9とてとてとて、、、我わ我わわががが笛ぶえ笛ぶえぶえにとりかへてにとりかへてにとりかえて、、、「「「我わ我わわれれれをばをばをば見知みし見知みしみしりたるらんりたるらんりたるらん。。。後のち後のちのちにとりかへんにとりかへんにとりかえん」」」。。。といひければといひければといいければ、、、むらのをのこむらのをのこむらのおのこ喜よろこ喜よろこよろこびてびてびて、、、「「「皆みな皆みなみな見知みし見知みしみしりりり奉たてまつ奉たてまつたてまつれりれりれり」」」。。。
  10. 10とてとてとて、、、とりかへたりけるとりかへたりけるとりかえたりけるををを、、、すぐれたるすぐれたるすぐれたる響ひゞ響ひゞひびきありけるきありけるきありける竹たけ竹たけたけをををぬきかへてぬきかへてぬきかえて、、、えならずえならずえならず調しら調しらしらべたてゝたびたりければべたてゝたびたりければべたててたびたりければ、、、喜よろこ喜よろこよろこびてかへしえてなんびてかへしえてなんびてかえしえてなん侍はべ侍はべはべりけるりけるりける。。。
  11. 11そのまじりまろそのまじりまろそのまじりまろははは、、、時とき時ときとき忠たゞ忠たゞただががが子こ子ここののの時とき時ときとき秀しう秀しうしゅうといひしがといひしがといいしが傳つた傳つたつたへへえ侍はべ侍はべはべりしりしりしををを、、、子こ子ここももも侍はべ侍はべはべらざりしかばらざりしかばらざりしかば、、、此こ此ここののの頃ごろ頃ごろごろははは誰た誰たたれかれかれか傳つた傳つたつたへへえ侍はべ侍はべはべらんらんらん。。。時とき時ときとき忠たゞ忠たゞただははは刑部おさかべ刑部おさかべおさかべノノノ丞じよう丞じようじょう光ひかり光ひかりひかりといひしといひしといいし源氏げんじ源氏げんじげんじのむさののむさののむさの、、、好この好このこのみみみ侍はべ侍はべはべりしにりしにりしに敎をし敎をしおしへてへてえて、、、そのそのその笛ふえ笛ふえふえををを、、、元もと元もともとよりとりこめてよりとりこめてよりとりこめて侍はべ侍はべはべりけるりけるりけるほどにほどにほどに、、、義よし義よしよし光ひかり光ひかりひかりあづまのあづまのあずまの方かた方かたかたへへへまかりけるにまかりけるにまかりけるに、、、時とき時ときとき忠たゞ忠たゞただももも「「「いかでかいかでかいかでか、、、年とし年としとしごろのごろのごろのほいにほいにほいに送おく送おくおくりりり申まう申まうもうさゞらんさゞらんさざらん」」」。。。
  12. 12とてとてとて、、、はる〳〵とはる〳〵とはるはると行ゆ行ゆゆきけるきけるきけるををを、、、このこのこの笛ふえ笛ふえふえののの事こと事ことことををを思おも思おもおもふにやとやふにやとやうにやとや心得こころえ心得こころえこころえけんけんけん。。。我わ我わわががが身み身みみはははいかでもいかでもいかでも有あ有あありなんりなんりなん。。。道みち道みちみちののの人ひと人ひとひとにてにてにて、、、このこのこの笛ふえ笛ふえふえをををいかでかいかでかいかでか傳つた傳つたつたへざらんとてへざらんとてえざらんとて、、、返かへ返かへかえしたびたりければしたびたりければしたびたりければ、、、それよりこそそれよりこそそれよりこそ、、、暇いとま暇いとまいとま請こ請ここひてかへりのぼりにけれひてかへりのぼりにけれひてかえりのぼりにけれ。。。
  13. 13其そ其そそののの笛ふえ笛ふえふえをををかくたしなみたれどもかくたしなみたれどもかくたしなみたれども、、、時元ときもと時元ときもとときもと若わか若わかわかかりけるかりけるかりける時とき時ときとき、、、武む武むむ能よし能よしよしといひてといひてといいて、、、えならずえならずえならず笛ふえ笛ふえふえ調てう調てうちょうぶるぶるぶる道みち道みちみちのものありけるがのものありけるがのものありけるが、、、年とし年としとしたけてたけてたけて、、、よるよるよる道みち道みちみちたど〳〵しきにたど〳〵しきにたどたどしきに、、、時元ときもと時元ときもとときもと手て手ててをををひきつゝひきつゝひきつつ、、、まかりければまかりければまかりければ、、、いといといとうれしくうれしくうれしく思おも思おもおもひてひていて、、、えならずえならずえならず調てう調てうちょうぶるやうどもぶるやうどもぶるようども傳つた傳つたつたへてへてえて侍はべ侍はべはべりければにやりければにやりければにや。。。
  14. 14いといといと殊こと殊ことことなるねあるなるねあるなるねある笛ぶえ笛ぶえぶえになんになんになん侍はべ侍はべはべるなるるなるるなる。。。このこのこの右みぎ右みぎみぎのおとゞのおとゞのおとど、、、かゝるかゝるかかる傳つた傳つたつたへおはするのみにもあらずへおはするのみにもあらずえおわするのみにもあらず、、、家いへ家いへいえののの事こと事ことことにてにてにてまひまひまい給たま給たまたまふことふことうこと、、、いみじくいみじくいみじく其そ其そそののの道みち道みちみち得え得ええ給たま給たまたまひてひていて、、、心こころ心こころこころことにおはしけることにおはしけることにおわしける、、、其そ其そそののの舞まひ舞まひまいももも忠たゞ忠たゞただとてありしとてありしとてありし舞人まひびと舞人まひびとまいびとののの、、、連つら連つらつらといひしとといひしとといいしと挑いど挑いどいどみてみてみて、、、祇園ぎをん祇園ぎをんぎおんののの會ゑ會ゑえににに、、、はやしのはやしのはやしの日か日かかとかとかとか。。。
  15. 15殺ころ殺ころころされにければされにければされにければ、、、方かた方かたかた近ちか近ちかちか方かた方かたかたなどいひしもなどいひしもなどいいしも、、、まだいといまだいといまだいといはははけなくてけなくてけなくて、、、習なら習ならならひもひもいも傳つた傳つたつたへねばへねばえねば、、、大だい大だいだい政じやう政じやうじょうのおとゞののおとゞののおとどの、、、忠たゞ忠たゞただ方かた方かたかたにににははは敎をし敎をしおしへたまへるぞかしへたまへるぞかしえたまえるぞかし。。。
  16. 16然しか然しかしかあれどもあれどもあれども、、、このおこのおこのおほいどのばかりほいどのばかりほいどのばかりははは、、、えええ傳つた傳つたつたへざるべしへざるべしえざるべし。。。政じやう政じやうじょう連つら連つらつらははは出雲いづも出雲いづもいずもににに流なが流ながながされてされてされて、、、彼か彼かかののの國くに國くにくにののの司つかさ司つかさつかさのくだりたるにものくだりたるにものくだりたるにも敎をし敎をしおしへへへ、、、又また又またまた子こ子ここののの友とも友ともとも貞さだ貞さださだとかいふもとかいふもとかいうも、、、京きやう京きやうきょうへへへのぼりてのぼりてのぼりて、、、顯仲あきなか顯仲あきなかあきなかとかいひしとかいひしとかいいし中納言ちゆうなごん中納言ちゆうなごんちゅうなごんにもにもにも、、、敎をし敎をしおしへなどすとへなどすとえなどすと聞き聞きききしかどもきしかどもきしかども、、、此こ此ここのおのおのおほいどのゝほいどのゝほいどのの傳つた傳つたつたへへえ給たま給たまたまへるばかりへるばかりえるばかりははは、、、いかでかいかでかいかでか侍はべ侍はべはべらんらんらん。。。
  17. 17兄あに兄あにあにののの忠たゞ忠たゞただ方かた方かたかたははは、、、胡飮酒こんじゆ胡飮酒こんじゆこんじゅをををつたへつたへつたえ、、、弟おとうと弟おとうとおとうとののの近ちか近ちかちか方かた方かたかたははは、、、採桑老さいさうらう採桑老さいさうらうさいそうろうををを天王寺てんわうじ天王寺てんわうじてんのうじののの公く公くく貞さだ貞さださだといひしにといひしにといいしに傳つた傳つたつたへてへてえて、、、此こ此ここののの頃ごろ頃ごろごろははは、、、そのそのその子こ子ここどものどものどもの兄弟あにおと兄弟あにおとあにおと、、、筋すぢ筋すぢすじ別わか別わかわかれてれてれて舞ま舞ままひひいはべるとなんはべるとなんはべるとなん。。。
  18. 18忠たゞ忠たゞただ方かた方かたかた近ちか近ちかちか方かた方かたかた、、、といふといふという舞ま舞ままししし侍はべ侍はべはべりしりしりしははは、、、おとうとおとうとおとうとははは、、、兄あに兄あにあにののの型かた型かたかたををを踏ふ踏ふふまぬさまにまぬさまにまぬさまに舞ま舞ままひひい侍はべ侍はべはべりしりしりしははは、、、めづらしきめづらしきめずらしき事こと事ことことににに侍はべ侍はべはべりしりしりしををを、、、子こ子ここどもどもどもはははいかゞいかゞいかが侍はべ侍はべはべるらんとるらんとるらんと、、、ゆかしくゆかしくゆかしく。。。
  19. 19このこのこの右みぎ右みぎみぎのおとゞのおとゞのおとどははは、、、御心みこころ御心みこころみこころばへなどすなほにてばへなどすなほにてばえなどすなおにて、、、いとらうあるいとらうあるいとろうある人ひと人ひとひとにておはしけるにておはしけるにておわしける上うへ上うへうえににに、、、後のち後のちのちののの世よ世よよののの事こと事ことことなどなどなど、、、おぼしとりたるおぼしとりたるおぼしとりたる心こころ心こころこころにやにやにや。。。わづらはしきわづらはしきわずらわしき事こと事ことこともおはせでもおはせでもおわせで、、、いとをかしきいとをかしきいとおかしき人ひと人ひとひとにぞおはせしにぞおはせしにぞおわせし。。。
  20. 20まだまだまだ若わか若わかわかくおはせしくおはせしくおわせし比ごろ比ごろごろにやにやにや。。。伊豫いよ伊豫いよいよののの御おん御おんおんといふといふという女をんな女をんなおんなををを、、、かたらひかたらひかたらい給たま給たまたまひけるにひけるにいけるに、、、物もの物ものもののたまひのたまひのたまい絕た絕たたえてえてえて、、、ほどほどほど經へ經へへぬぬぬほどにほどにほどに、、、山城やましろ山城やましろやましろののの前さき前さきさきののの司つかさ司つかさつかさなるなるなる人ひと人ひとひとになれぬときゝてになれぬときゝてになれぬとききて、、、やりやりやり給たま給たまたまへりけるへりけるえりける御歌みうた御歌みうたみゅうたこそこそこそ、、、いとらうありていとらうありていとろうありて、、、をかしくきゝをかしくきゝおかしくきき侍はべ侍はべはべりしかりしかりしか。。。
  21. 21まことにやみとせもまたでまことにやみとせもまたでまことにやみとせもまたで山城やましろ山城やましろやましろののの伏見ふしみ伏見ふしみふしみののの里さと里さとさとににににににひひひするするする
  22. 22ととと侍はべ侍はべはべりけるりけるりける。。。むかしむかしむかし物語ものがたり物語ものがたりものがたり見み見みみるるる心こころ心こころこころちしてちしてちして、、、いとやさしくこそいとやさしくこそいとやさしくこそうけうけうけ給たま給たまたまはははりしかりしかりしか。。。おおおほかたほかたほかた歌うた歌うたうたよみにおはしきよみにおはしきよみにおわしき。。。殿上人てんじやうびと殿上人てんじやうびとてんじょうびとにおはせしにおはせしにおわせし時とき時ときとき、、、石淸水いはしみづ石淸水いはしみづいわしみずののの臨時りんじ臨時りんじりんじののの祭まつり祭まつりまつりののの使つかひ使つかひつかいしたまへりけるにしたまへりけるにしたまえりけるに、、、そのそのその宮みや宮みやみやにてにてにて、、、御神樂みかぐら御神樂みかぐらみかぐらなどなどなどはははてゝてゝてて、、、まかりいでまかりいでまかりいで給たま給たまたまひけるひけるいける程ほど程ほどほどににに、、、松まつ松まつまつのこずゑにのこずゑにのこずえに郭公ほととぎす郭公ほととぎすほととぎすのなきけるのなきけるのなきけるををを聞き聞きききたまひてきたまひてきたまいて、、、俊賴としより俊賴としよりとしよりののの君きみ君きみきみののの、、、陪從べいじゆう陪從べいじゆうべいじゅうにておはしけるににておはしけるににておわしけるに、、、「「「殿どの殿どのどの、、、これこれこれはははきゝきゝきき給たま給たまたまふやふやうや」」」。。。
  23. 23ととと侍はべ侍はべはべりければりければりければ、、、「「「思おも思おもおもひかけぬひかけぬいかけぬ春はる春はるはるなけばこそなけばこそなけばこそはべめれはべめれはべめれ」」」。。。ととと心こころ心こころこころとくとくとく答こた答こたこたへへえ給たま給たまたまひけるこそひけるこそいけるこそ、、、いとしもなきいとしもなきいとしもなき歌うた歌うたうたよみよみよみ給たま給たまたまひたらむにひたらむにいたらむにははは、、、遙はるか遙はるかはるかににに優まさ優まさまさりてりてりて聞き聞ききこえけるこえけるこえける。。。
  24. 24中納言ちゆうなごん中納言ちゆうなごんちゅうなごん、、、このこのこの料れう料れうりょうによみおきによみおきによみおき給たま給たまたまひけるにやとさへおぼえてひけるにやとさへおぼえていけるにやとさえおぼえて。。。又また又またまたきゝきゝきき給たま給たまたまひておどろかしひておどろかしいておどろかし給たま給たまたまふもふもうも、、、いうにこそいうにこそいうにこそ侍はべ侍はべはべりけれりけれりけれ。。。かやうにおはせんかやうにおはせんかようにおわせん人ひと人ひとひと、、、いとありがたくいとありがたくいとありがたく侍はべ侍はべはべりりり。。。
  25. 25出家しゆつけ出家しゆつけしゅっけなどしなどしなどし給たま給たまたまひしこそひしこそいしこそ。。。いといといと淸きよ淸きよきよげにげにげに、、、めでたくうけたまはりしかめでたくうけたまはりしかめでたくうけたまわりしか。。。べちのべちのべちの御おん御おんおんやまひなどもなくてやまひなどもなくてやまいなどもなくて、、、たゞこのたゞこのただこの世よ世よよはははかくてかくてかくて、、、後のち後のちのちののの世よ世よよののの御おん御おんおんためとてためとてためとて、、、右大臣うだいじん右大臣うだいじんうだいじん左大將さだいしやう左大將さだいしやうさだいしょうかへしたてまつりてかへしたてまつりてかえしたてまつりて、、、かはりかはりかわり給たま給たまたまはんなどいふはんなどいふわんなどいう御設おほんまう御設おほんまうおおんもうけもなくてけもなくてけもなくて、、、中なか中なかなかノノノ院ゐん院ゐんいんにてかしらおろしてにてかしらおろしてにてかしらおろして、、、籠こも籠こもこもりゐたまへりしこそりゐたまへりしこそりいたまえりしこそ、、、いといといと心こころ心こころこころにくゝにくゝにくく侍はべ侍はべはべりしかりしかりしか。。。
  26. 26御子みこ御子みこみこもおはせねばもおはせねばもおわせねば、、、兄あに兄あにあにののの御子みこ御子みこみこ、、、今いま今いまいまののの內うち內うちうちのおとゞのおとゞのおとど、、、又また又またまた雅兼まさかね雅兼まさかねまさかねののの入道にふだう入道にふだうにゅうどう中納言ちゆうなごん中納言ちゆうなごんちゅうなごんののの御子みこ御子みこみこ、、、房ばう房ばうぼうののの大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごん、、、養やしな養やしなやしなひひい給たま給たまたまへるかひありてへるかひありてえるかいありて、、、位くらゐ位くらゐくらい高たか高たかたかくくく、、、おの〳〵なりおの〳〵なりおのおのなり給たま給たまたまへりへりえり。。。
  27. 27御能おほんのう御能おほんのうおおんのうどもどもどもをををつぎつぎつぎ給たま給たまたまはぬぞくちをしくはぬぞくちをしくわぬぞくちおしく侍はべ侍はべはべるるる。。。內うち內うちうちのおとゞののおとゞののおとどの御子みこ御子みこみこももも少將せうしやう少將せうしやうしょうしょうとてとてとてふたりふたりふたりおはすなりおはすなりおわすなり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

この大臣(雅実)の御子は大納言顕通と申して、父大臣より先に亡くなられました。その御子は今の内大臣雅通の大将と申し上げるのでしょう。この大将の御母は、能俊の治部卿の娘でいらっしゃるでしょうか。またこの方の御兄に、摂津守広綱の娘の腹に、比叡山の座主明雲権僧正といって今いらっしゃる方こそ、末世にはこのような天台座主はなかなかいらっしゃらないと承ります。我が宗の法文も深く学んでおられます。あれこれ世に尊くて、お心ばえも重々しくていらっしゃるのでしょうか、山の上の者がこぞって重んじ申し上げているとか。引き続いて(座主の地位を)保つ人はめったにないと聞こえるのに、大衆などが鐘を鳴らして騒ぎ立てることさえございませんとか。また太政大臣(雅実)の御子としては右大臣雅定と申して、先にも舞人のことを申しました中院の大臣という方がいらっしゃいました。御母は加賀兵衛とかいった者の妹で、下臈の女房でいらしたけれど、兄の大納言(顕通)よりも寵愛もあって、大切にお扱い申し上げなさいました。この大臣は学才もおありで、公事などもよくお務めになりました。笙の笛などにすぐれていらしたが、時元という者がおりましたのを、少しも違えずに写し取られたとか。「まじりまろ」という笛をも伝えていらっしゃいました。まじりまろとは、唐の竹と日本の竹の中で、すぐれた音のものを選んで作ったものだそうです。まじりまろという笙の笛は二つあるそうです。時元の兄で時忠といった者も作って伝えたそうです。村人が稲荷祭などという祭の行列で吹いて通った笛に、響きが格別な竹が混じって聞こえましたので、(時忠が)桟敷で呼び寄せて、「このような晴れの場には、同じことならこのような笛をこそ吹くがよい」といって、自分の笛と取り替えて、「私のことは知っているだろう。後で取り替えよう」と言ったので、村の男は喜んで「皆存じ上げております」といって取り替えたのを、すぐれた響きのある竹を抜き替えて、見事に調律して返してやったので、(男は)喜んで返してもらったのでした。

そのまじりまろは、時忠の子の時秀といった者が伝えておりましたが、子もおりませんでしたので、このごろは誰が伝えていることでしょう。時忠は刑部丞義光といった源氏の武者が好んでおりましたので(笙を)教えて、その笛を元から取り込んでおりましたところ、義光が東国へ下った時、時忠も「どうして、長年の本意として送り申し上げずにいられようか」といって、はるばると付いて行ったのを、この笛のことを思っているのだろうと心得たのでしょうか、「我が身はどうなってもよい。道の人として、この笛をどうして伝えずにいられようか」といって返してやったので、そこで暇乞いをして帰り上ったのでした。その笛をこのように大切にしていたけれど、時元が若かった時、武能といって見事に笛を奏でる道の者がいたが、年老いて夜道がおぼつかなかったので、時元が手を引いて行ったので、たいそう嬉しく思って、見事に奏でる秘伝などを伝えたからでしょうか、たいそう格別な音のある笛だそうです。この右大臣(雅定)は、このような伝えがおありなだけでなく、家の芸として胡飲酒をお舞いになることは、たいそうその道を会得されて、格別でいらっしゃいましたが、その舞も、資忠といった舞人が政連といった者と競って、祇園会の囃子の日とかに殺されたので、(その子の)忠方・近方などといった者もまだたいそう幼くて習い伝えていなかったので、太政大臣(雅実)が忠方にはお教えになったのですよ。そうではあるけれども、この大臣(雅定)ほどには伝えられないでしょう。政連は出雲に流されて、その国の国司が下った時にも教え、また子の友貞とかいう者も京へ上って、顕仲とかいった中納言にも教えたりしたと聞いたけれども、この大臣の伝えていらっしゃるほどのことは、どうしてございましょうか。兄の忠方は胡飲酒を伝え、弟の近方は採桑老を天王寺の公貞といった者に伝えて、このごろはその子どもの兄弟が筋を分けて舞っているそうです。忠方・近方が落蹲という舞をしました時、弟は兄の型を踏まないように舞いましたのは珍しいことでしたが、子どもたちはどうでしょうかと知りたく思います。

この右大臣は、お心ばえなども素直で、たいそう洗練された人でいらっしゃった上に、後世のことなどを悟っていらしたお心からでしょうか、面倒なこともおありでなく、たいそう風雅な人でいらっしゃいました。まだお若くていらしたころでしょうか、伊予の御という女と懇ろになっていらしたが、便りが途絶えて程もないうちに、山城の前の国司である人と結ばれたと聞いて、贈られた御歌こそ、たいそう洗練されていて、趣深く聞きました。

本当だろうか。三年も待たずに、山城の伏見の里で新枕を交わしているというのは。

とありました。昔物語を見る心地がして、たいそう優雅に承りました。だいたい歌詠みでいらっしゃいました。殿上人でいらした時、石清水臨時祭の勅使をなさった時、その宮で御神楽などが終わって退出なさるころに、松の梢で郭公が鳴いたのをお聞きになって、俊頼の君が陪従でいらしたので、「むくの守殿、これはお聞きになりましたか」とおっしゃったところ、「思ひかけぬ春なけばこそはべめれ(思いがけない春に鳴いたからでしょう)」と即座にお答えになったのこそ、たいしたこともない歌をお詠みになったのよりは、はるかにまさって聞こえました。四条中納言(定頼)がこのために詠んでおかれたのだろうかとさえ思われて。また(郭公を)お聞きになって(俊頼に)声をかけられたのも、優雅なことでございました。このようでいらっしゃる人は、たいそうめったにいません。出家などなさったのこそ、たいそう清らかで、すばらしいと承りました。特別のご病気などもなくて、ただこの世はこのようにして、後世のためにといって、右大臣・左大将を返上されて、代わって(誰かを)任じようなどという御用意もなく、中院で髪をおろして籠居されたのこそ、たいそう奥ゆかしゅうございました。御子もいらっしゃらなかったので、兄の御子、今の内大臣(雅通)、また雅兼の入道中納言の御子の定房の大納言を養っていらした甲斐があって、それぞれ位高くなられました。(雅定の)芸能の数々を継がれないのが残念でございます。内大臣の御子も少将として二人いらっしゃるそうです。

意訳

雅定は笙の名手で、唐と日本の竹から選りすぐった名笛「まじりまろ」を伝え、村上源氏の家の舞「胡飲酒」を極めた。楽人たちの秘曲伝授の逸話――村人の笛の良い竹を抜き取った時忠、東国に下る弟子の源義光を追った時忠、老楽人の手を引いて秘伝を授かった時元――が、生き生きと語られる。

笛の秘伝をめぐる源義光(新羅三郎)の話は有名で、『古今著聞集』などにも見える。義光は後三年の役に向かう途中、追ってきた時秋(本書では時忠)に足柄山で秘曲を伝えたという。

章題の「新枕」は、雅定が別れた女に贈った「まことにや」の歌による。三年待たずに新しい男と枕を交わすのか、という皮肉を、『伊勢物語』の「あらたまの年の三年を待ちわびて」をふまえて優雅に詠んでいる。

語釈・文法注

大納言顯通
源顕通(1081〜1122)。雅実の子。
內大臣雅通
源雅通(1118〜1175)。顕通の子。
山の座主明雲權僧正
明雲(1115〜1184)。顕通の子。天台座主。
大衆
寺院の僧たち。比叡山の大衆はしばしば強訴を行った。
加賀ノ兵衞
女房の名。
時元
豊原時元(1058〜1123)。笙の名手。
まじりまろ
笙の名器の名。唐と日本の竹を交ぜて作ったという。
時忠
豊原時忠。時元の兄。笙の名手。
稻荷祭
伏見稲荷大社の祭。
刑部ノ丞義光
源義光(1045〜1127)。新羅三郎。笙を時忠(時秋とも)に習った。
胡飮酒
舞楽の曲名。胡人が酒に酔って舞う様を表す。
資忠
多資忠(1046〜1100)。舞人。山村政連に殺された。
政連
山村政連。舞人。
忠方近方
多忠方・多近方。資忠の子。
落蹲
舞楽の曲名。
にひ枕
新枕。初めて男女が共寝すること。
むくのかうの殿
「むつのかみ」か。陪従の源俊頼への呼びかけ。
四條中納言
藤原定頼(995〜1045)。歌人。
定房の大納言
源定房(1130〜1188)。雅兼の子。雅定の養子。

文法

我が身はいかでも有りなん
自分の身はどうなってもかまわないだろう。
ゆかしく
知りたく思う。「ゆかしく(侍る)」の省略。

和歌

まことにやみとせもまたで山城の伏見の里ににひ枕する

詠者
源雅定
状況
途絶えていた女が別の男と結ばれたと聞いて贈った歌。

修辞

本歌
『伊勢物語』二十四段「あらたまの年の三年を待ちわびてただ今宵こそ新枕すれ」。
掛詞
「伏見」に地名と「伏し見る(共寝する)」をかける。

解説

芸道の秘伝をめぐる逸話は今鏡の大きな魅力の一つ。笙・笛・舞の伝承の系譜を、楽人たちの人間くさいエピソードとともに書き留めている。

関連

出典

底本
関根正直『今鏡新註』 六合館、昭和2年(1927)、316〜322頁(コマ173–176)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日