古典ライブラリー

今鏡 第六「藤波の下」 第57章

宮城野

徳大寺右大臣公能の娘たち。長女忻子は後白河天皇の皇后、次女は出家、三女多子は頼長の養女として近衛天皇の皇后となり、のちに二条天皇にも再び入内して「二代の后」となった。多子の「思ひきや」の歌、その教養と、姉の上西門院と並んだ時の装束の美しさ、公能の子実定・実家・実守ら徳大寺家の公達が語られる。

  1. 1此こ此ここのおとゞののおとゞののおとどの御おん御おんおんむすめむすめむすめ、、、俊しゆん俊しゆんしゅん忠たゞ忠たゞただ中納言ちゆうなごん中納言ちゆうなごんちゅうなごんのむすめののむすめののむすめの腹はら腹はらはらににに、、、四人よたり四人よたりよたりおはすときこえおはすときこえおわすときこえ給たま給たまたまふふう。。。おおおほいほいほい君きみ君きみきみはははいまのいまのいまの皇后宮くわうごうぐう皇后宮くわうごうぐうこうごうぐうにおはしますとぞにおはしますとぞにおわしますとぞ。。。このこのこの院ゐん院ゐんいんののの位くらゐ位くらゐくらいののの御時おほんとき御時おほんときおおんときににに、、、きさきにきさきにきさきに立た立たたちちち給たま給たまたまひしひしいし、、、御名みな御名みなみなはははととと申まう申まうもうすなるべしすなるべしすなるべし。。。
  2. 2そのそのその次つぎ次つぎつぎににに姫君ひめぎみ姫君ひめぎみひめぎみおはしきおはしきおわしき。。。「「「きさききさききさきふたりふたりふたりののの中なか中なかなかにておぼろげのにておぼろげのにておぼろげの御おん御おんおん振舞ふるまひ振舞ふるまひふるまいあるまじあるまじあるまじ。。。佛ほとけ佛ほとけほとけののの道みち道みちみちにこそにこそにこそははは、、、入い入いいらせらせらせ給たま給たまたまはははめめめ」」」。。。ととと故こ故ここおおおほいほいほい殿どの殿どのどののたまはせければのたまはせければのたまわせければ、、、それにたがはずそれにたがはずそれにたがわず、、、若わか若わかわかくおはすなるにくおはすなるにくおわすなるに、、、御おん御おんおんぐしおろしぐしおろしぐしおろし給たま給たまたまひたるひたるいたる、、、ととと聞き聞ききききき侍はべ侍はべはべるるる、、、いとあはれにいとあはれにいとあわれに、、、このこのこの御事おほんこと御事おほんことおおんことををを誰た誰たたれかよみれかよみれかよみ給たま給たまたまへるとかやへるとかやえるとかや。。。
  3. 3ののの秋あき秋あきあきののの野中のなか野中のなかのなかのののみなへしなべてのみなへしなべてのみなえしなべての花はな花はなはなにまじるべきかにまじるべきかにまじるべきかははは
  4. 4とぞとぞとぞ聞き聞ききききき侍はべ侍はべはべりしりしりし。。。誠まこと誠まことまことにいとありがたくにいとありがたくにいとありがたく、、、契ちぎ契ちぎちぎりおきりおきりおき給たま給たまたまふともふともうとも、、、そのまゝにおぼしなりそのまゝにおぼしなりそのままにおぼしなり給たま給たまたまふふう、、、いと〳〵ありがたくいと〳〵ありがたくいといとありがたく物もの物ものものししし給たま給たまたまふふう御心みこころ御心みこころみこころなるべしなるべしなるべし。。。
  5. 5ののの君きみ君きみきみははは宇治うぢ宇治うぢうじののの左ひだり左ひだりひだりのおとゞののおとゞののおとどの北きた北きたきたののの方かた方かたかたののの、、、父ちゝ父ちゝちちおとゞのおとゞのおとどの御おん御おんおんいもいもいもうとにおはすればうとにおはすればうとにおわすれば御子みこ御子みこみこにしたてまつりにしたてまつりにしたてまつり給たま給たまたまひてひていて、、、近衞こんゑ近衞こんゑこんえのみかどののみかどののみかどの御時おほんとき御時おほんときおおんとき、、、姉宮あねみや姉宮あねみやあねみやよりさきによりさきによりさきに、、、十一じふいち十一じふいちじゅういちにてにてにて后きさき后きさききさきににに立た立たたちちち給たま給たまたまへりへりえり。。。
  6. 6近衞こんゑ近衞こんゑこんえのみかどものみかどものみかども此こ此ここののの宮みや宮みやみやももも、、、そのかみまだそのかみまだそのかみまだ幼をさな幼をさなおさなくおはしましゝくおはしましゝくおわしまししほどにほどにほどに、、、のおほきおとゞののおほきおとゞののおおきおとどの御おん御おんおんむすめむすめむすめををを、、、鳥羽とば鳥羽とばとばノノノ院ゐん院ゐんいん、、、などのなどのなどの御おん御おんおんさたにてさたにてさたにて、、、女御にようご女御にようごにょうごにたてまつりたまへりにたてまつりたまへりにたてまつりたまえり。。。
  7. 7法性寺ほふしやうじ法性寺ほふしやうじほっしょうじのおとゞののおとゞののおとどの北きた北きたきたののの方かた方かたかたははは、、、九條くでう九條くでうくじょうのおほきおとゞののおほきおとゞののおおきおとどの御おん御おんおんいもいもいもうとにおはすればうとにおはすればうとにおわすれば、、、御子みこ御子みこみことてとてとて、、、うらうへよりうらうへよりうろうえより心こころ心こころこころひとつにてひとつにてひとつにて、、、たてまつりたてまつりたてまつり給たま給たまたまへりしにへりしにえりしに、、、宇治うぢ宇治うぢうじののの左ひだり左ひだりひだりのおとゞのおとゞのおとど、、、年とし年としとしごろごろごろははは兄あに兄あにあにののの法性寺ほふしやうじ法性寺ほふしやうじほっしょうじのおとゞよりものおとゞよりものおとどよりも、、、世よ世よよにあひにあひにあい給たま給たまたまへりしにへりしにえりしに、、、餘あま餘あまあまりにおはせしけにやりにおはせしけにやりにおわせしけにや。。。
  8. 8さすがにさすがにさすがにひとつにもひとつにもひとつにもおしおしおしはりはりはり給たま給たまたまはざりしにはざりしにわざりしに、、、今參いままゐ今參いままゐいままいりりり給たま給たまたまひたるひたるいたる中宮ちゆうぐう中宮ちゆうぐうちゅうぐうのみのみのみ、、、ひとつにおはしますひとつにおはしますひとつにおわします事こと事ことことにてにてにて、、、父ちゝ父ちゝちちののの伊い伊いい通つう通つうつうのおとゞものおとゞものおとども、、、大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごんなどなどなど申まう申まうもうしてしてして、、、常つね常つねつねににに候さふら候さふらそうらひひい給たま給たまたまふふう。。。
  9. 9關白殿くわんぱくどの關白殿くわんぱくどのかんぱくどのももも宇治うぢ宇治うぢうじのおとゞものおとゞものおとども、、、心こころ心こころこころよからぬさまにてよからぬさまにてよからぬさまにて隔へだ隔へだへだててて多おほ多おほおおかりけるかりけるかりける程ほど程ほどほどににに、、、みかどもかくれさせみかどもかくれさせみかどもかくれさせ給たま給たまたまひひい、、、左ひだり左ひだりひだりのおとゞものおとゞものおとどもうせうせうせ給たま給たまたまひてひていて、、、年とし年としとしふるふるふるほどにほどにほどに、、、二條にでう二條にでうにじょうののの帝みかど帝みかどみかどののの御時おほんとき御時おほんときおおんとき、、、あながちにあながちにあながちに御おん御おんおんせうそこせうそこしょうそこ有あ有あありければりければりければ、、、父ちゝ父ちゝちちおとゞにもおとゞにもおとどにも、、、かた〳〵かた〳〵かたかた申まう申まうもうしかへさせしかへさせしかえさせ給たま給たまたまひけれどもひけれどもいけれども、、、しのびたるさまにてしのびたるさまにてしのびたるさまにて、、、參まゐ參まゐまいらせたてまつりらせたてまつりらせたてまつり給たま給たまたまへりけるにへりけるにえりけるに、、、むかしのむかしのむかしの御おん御おんおんすまひもすまひもすまいも同おな同おなおなじさまにてじさまにてじさまにて、、、雲井くもゐ雲井くもゐくもいののの月つき月つきつきももも、、、光ひか光ひかひかりかはらずおぼえさせりかはらずおぼえさせりかわらずおぼえさせ給たま給たまたまひければひければいければ、、、
  10. 10思おも思おもおもひきやうきみながらにめぐりきてひきやうきみながらにめぐりきていきょうきみながらにめぐりきて同おな同おなおなじじじ雲井くもゐ雲井くもゐくもいののの月つき月つきつきををを見み見みみんとんとんとははは
  11. 11とぞとぞとぞ、、、思おも思おもおもひかけずひかけずいかけず、、、傳つた傳つたつたへへえうけうけうけ給たま給たまたまはははりしりしりし。。。かやうにかやうにかように聞き聞ききこえさせこえさせこえさせ給たま給たまたまひしひしいしほどにほどにほどに、、、みかどもみかどもみかども亦また亦またまたかくれさせかくれさせかくれさせ給たま給たまたまひてひていて、、、世よ世よよももも心細こころぼそ心細こころぼそこころぼそくおぼえさせくおぼえさせくおぼえさせ給たま給たまたまひけるにひけるにいけるに、、、例れい例れいれいならずおはしませばならずおはしませばならずおわしませば、、、などきこえてなどきこえてなどきこえて、、、御おん御おんおんぐしおろさせぐしおろさせぐしおろさせ給たま給たまたまひけるひけるいける、、、御おん御おんおんとしとしとし廿五にじふご廿五にじふごにじゅうご六ろく六ろくろくばかりのばかりのばかりの御おん御おんおんほどにほどにほどに、、、おはしけるにやとぞおはしけるにやとぞおわしけるにやとぞ聞き聞ききこえさせこえさせこえさせ給たま給たまたまひしひしいし。。。
  12. 12このこのこの宮みや宮みやみや、、、何事なにごと何事なにごとなにごともえんなるかたもえんなるかたもえんなるかた、、、なさけなさけなさけ多おほ多おほおおくおはしましてくおはしましてくおわしまして、、、御手おほんて御手おほんておおんてうつくしうかゝせうつくしうかゝせうつくしゅうかかせ給たま給たまたまふふう。。。繪ゑ繪ゑえをををさへなべてのさへなべてのさえなべての筆ふで筆ふでふでだちにもあらずなんだちにもあらずなんだちにもあらずなん、、、おはしますなるおはしますなるおわしますなる。。。
  13. 13またほにまたほにまたおに出い出いいでてでてでて、、、ことことこと琵琶びは琵琶びはびわなどなどなどひかせひかせひかせ給たま給たまたまふことふことうことははは、、、聞き聞ききこえさせこえさせこえさせ給たま給たまたまはははねどねどねど、、、優すぐ優すぐすぐれたるれたるれたる人ひと人ひとひとににに劣おと劣おとおとらせらせらせ給たま給たまたまはすはすわす。。。物もの物ものもののねものねものねも、、、能よ能よよくきゝしらせくきゝしらせくききしらせ給たま給たまたまひたるとかやひたるとかやいたるとかや。。。
  14. 14御おん御おんおんせうとたちせうとたちしょうとたち參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまひたるにもひたるにもいたるにも、、、御帳みちやう御帳みちやうみちょうおましなどこそあらめおましなどこそあらめおましなどこそあらめ。。。候さふら候さふらそうろうふふう人々ひとびと人々ひとびとひとびとまでまでまで、、、よろづめやすくよろづめやすくよろずめやすく、、、もてつけたるもてつけたるもてつけたる樣さま樣さまさまにてにてにて、、、人ひと人ひとひと參まゐ參まゐまいるとてるとてるとて、、、今更いまさら今更いまさらいまさらににに臺盤所だいばんどころ臺盤所だいばんどころだいばんどころとかくひきつくろひとかくひきつくろひとかくいきつくろい、、、御おん御おんおん几帳きちやう几帳きちやうきちょうおしいでなどせでおしいでなどせでおしいでなどせで、、、かねてかねてかねて用意ようい用意よういよういやあらんやあらんやあらん。。。
  15. 15心こころ心こころこころにくゝぞおはしますなるにくゝぞおはしますなるにくくぞおわしますなる。。。故こ故ここ左ひだり左ひだりひだりのおとゞものおとゞものおとども、、、中なか中なかなかにとりわきてにとりわきてにとりわきて、、、御心みこころ御心みこころみこころにつかせにつかせにつかせ給たま給たまたまふとてぞふとてぞうとてぞ、、、御子みこ御子みこみこににに養やしな養やしなやしなひひい申まう申まうもうさせたまひけるさせたまひけるさせたまいける。。。かやうになさけかやうになさけかようになさけ多おほ多おほおおくくく、、、おはしますことおはしますことおわしますことをやをやをや聞き聞ききかせかせかせ給たま給たまたまひけんひけんいけん。。。
  16. 16二條にでう二條にでうにじょうノノノ院ゐん院ゐんいんののの御時おほんとき御時おほんときおおんときもあながちにもあながちにもあながちに御おん御おんおんけしきけしきけしき侍はべ侍はべはべりけるなるべしりけるなるべしりけるなるべし。。。このこのこの宮みや宮みやみやたちたちたち、、、おやのおやのおやの御子みこ御子みこみこにおはしませばにおはしませばにおわしませば、、、ことわりとことわりとことわりとははは申まう申まうもうしながらしながらしながら、、、なべてならぬなべてならぬなべてならぬ御姿おほんすがた御姿おほんすがたおおんすがたなんおはしますなるなんおはしますなるなんおわしますなる。。。
  17. 17誰た誰たたれもとれもとれもと申まう申まうもうしながらしながらしながら、、、ののの御姉おほんあね御姉おほんあねおおんあねにおはしますなるにおはしますなるにおわしますなる女院にようゐん女院にようゐんにょういんこそこそこそ、、、すぐれておはしますさますぐれておはしますさますぐれておわしますさまははは、、、ならぶならぶならぶ御おん御おんおんかた〳〵かたくおはしますなるにかた〳〵かたくおはしますなるにかたかたかたくおわしますなるに、、、今いま今いまいまののの皇后宮くわうごうぐう皇后宮くわうごうぐうこうごうぐうにやにやにや。。。
  18. 18いづれにかおはしますらんいづれにかおはしますらんいずれにかおわしますらん。。。參まゐ參まゐまいらせらせらせ給たま給たまたまへりけるにへりけるにえりけるに、、、人ひと人ひとひとののの見み見みみ比くら比くらくらべまゐらせけるこそべまゐらせけるこそべまいらせけるこそ、、、とり〳〵にいとをかしくとり〳〵にいとをかしくとりとりにいとおかしく、、、見み見みみえさせえさせえさせ給たま給たまたまひけれひけれいけれ。。。女院にようゐん女院にようゐんにょういんははは白しろ白しろしろききき御衣みけし御衣みけしみけし、、、十とを十とをとおにあまりてにあまりてにあまりて重かさ重かさかさなりたるになりたるになりたるに、、、菊きく菊きくきくのののうつろひたるうつろひたるうつろいたる、、、白しろ白しろしろききき二重ふたへ二重ふたへふたえおりおりおり物もの物ものもののののうううはははぎたてまつりてぎたてまつりてぎたてまつりて、、、三尺さんじやく三尺さんじやくさんじゃくののの御おん御おんおん几帳きちやう几帳きちやうきちょうのののうちにゐさせうちにゐさせうちにいさせ給たま給たまたまへりけるにへりけるにえりけるに、、、皇后宮くわうごうぐう皇后宮くわうごうぐうこうごうぐうははは、、、うへうへうえ赤あか赤あかあかいろにていろにていろにて、、、下した下したしたあさあさあさ黃もみ黃もみもみ、、、中なか中なかなかはははじもみぢのじもみぢのじもみじの、、、十とを十とをとおばかりばかりばかり重かさ重かさかさなりたるになりたるになりたるに、、、うううはははぎにぎにぎに同おな同おなおなじいろにじいろにじいろに、、、やがてやがてやがて濃こ濃ここきききえびえびえびめのめのめの小袿こうちき小袿こうちきこうちきののの、、、色々いろいろ色々いろいろいろいろなるなるなる紅葉もみぢ紅葉もみぢもみじうちうちうち散ち散ちちりたるりたるりたるふたへふたへふたえ織物おりもの織物おりものおりものたてまつりたりけるたてまつりたりけるたてまつりたりけるををを、、、見み見みみ參まゐ參まゐまいらせたるらせたるらせたる人ひと人ひとひとののの語かた語かたかたりけるとなんりけるとなんりけるとなん。。。
  19. 19さてさてさて此こ此ここののの大炊おほひ大炊おほひおおいノノノ御門みかど御門みかどみかどののの右みぎ右みぎみぎのおとゞのをのこのおとゞのをのこのおとどのおのこ君きみ君きみきみははは、、、太郞たらう太郞たらうたろうにてにてにてははは三位さんみ三位さんみさんみノノノ中將ちゆうじやう中將ちゆうじやうちゅうじょうととと申まう申まうもうしゝしゝしし、、、宮みや宮みやみやたちのたちのたちの同おな同おなおなじじじ御おん御おんおんはははらにおはするらにおはするらにおわする、、、大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごん定ぢやう定ぢやうじょうととと申まう申まうもうすなりすなりすなり、、、つかさもつかさもつかさも辭じ辭じじししし給たま給たまたまひてひていて籠こも籠こもこもりりり給たま給たまたまへるとかやへるとかやえるとかや。。。
  20. 20さばかりのさばかりのさばかりの英えい英えいえい雄を雄をおにおはするににおはするににおわするに、、、人ひと人ひとひとをををこそこそこそ超こ超ここえええ給たま給たまたまふべきふべきうべきををを、、、人ひと人ひとひとににに超こ超ここえられえられえられ給たま給たまたまひければひければいければ、、、位くらゐ位くらゐくらいにかへてにかへてにかえて超こ超ここえかへしえかへしえかえし給たま給たまたまへるへるえる、、、いとことわりといとことわりといとことわりと聞き聞ききこえこえこえ侍はべ侍はべはべりりり。。。
  21. 21詩し詩ししなどもなどもなども作つく作つくつくりりり給たま給たまたまひひい、、、歌うた歌うたうたもよくよみもよくよみもよくよみ給たま給たまたまふとぞふとぞうとぞ。。。御聲おほんこゑ御聲おほんこゑおおんこえなどもなどもなどもうつくしうてうつくしうてうつくしゅうて、、、おやのおやのおやの御おん御おんおんあとつぎあとつぎあとつぎ給たま給たまたまひてひていて、、、御神樂みかぐら御神樂みかぐらみかぐらののの拍子ひやうし拍子ひやうしひょうしなどもとりなどもとりなどもとり給たま給たまたまひひい、、、今樣いまやう今樣いまやういまようなどもなどもなども能よ能よよくくく謠うた謠うたうたひひひ給たま給たまたまふなるべしふなるべしうなるべし。。。
  22. 22籠こも籠こもこもりりり給たま給たまたまへるもあたらしくへるもあたらしくえるもあたらしく侍はべ侍はべはべるるる事こと事ことことかなかなかな。。。次つぎ次つぎつぎににに三位さんみ三位さんみさんみノノノ中將ちゆうじやう中將ちゆうじやうちゅうじょう家いへ家いへいえととと申まう申まうもうすなるすなるすなるははは、、、藏人くらうど藏人くらうどくろうどノノノ頭かうべ頭かうべこうべよりよりより、、、宰相さいしやう宰相さいしやうさいしょうになりになりになり給たま給たまたまひたらんにもひたらんにもいたらんにも、、、なか〳〵まさりてなか〳〵まさりてなかなかまさりて、、、なべてならずなべてならずなべてならず聞き聞ききこえこえこえ侍はべ侍はべはべりりり。。。
  23. 23琴こと琴ことことなどなどなど能よ能よよくひきたまひくひきたまひくいきたまい、、、御聲おほんこゑ御聲おほんこゑおおんこえもすぐれてもすぐれてもすぐれて、、、これもこれもこれも今樣いまやう今樣いまやういまよう神樂かぐら神樂かぐらかぐら、、、うたひうたひうたい給たま給たまたまふときこえふときこえうときこえ給たま給たまたまふふう。。。このこのこの御弟おほんおとうと御弟おほんおとうとおおんおとうとににに頭かしら頭かしらかしらノノノ中將ちゆうじやう中將ちゆうじやうちゅうじょう守かみ守かみかみととと聞き聞ききこえこえこえ給たま給たまたまふもふもうも、、、やまとやまとやまと琴こと琴ことことなどなどなど習なら習ならならひひい傳つた傳つたつたへたまへりへたまへりえたまえり。。。
  24. 24このこのこの君きみ君きみきみたちたちたち、、、皆みな皆みなみな才さい才さいさいなどもおはしてなどもおはしてなどもおわして、、、からやまとのからやまとのからやまとの文ふみ文ふみふみなどなどなど作つく作つくつくりりり給たま給たまたまふふう。。。御おん御おんおんみめもみめもみめも昔むかし昔むかしむかしののの匂にほ匂にほにおひひい殘のこ殘のこのこりてりてりて、、、此こ此ここののの頃ころ頃ころころすぐれすぐれすぐれ給たま給たまたまへるへるえる御有樣おほんありさま御有樣おほんありさまおおんありさまどもにおはすとどもにおはすとどもにおわすと聞き聞ききこえこえこえ給たま給たまたまふふう。。。
  25. 25又また又またまたいづれのいづれのいずれの御おん御おんおんはははらにかおはすらんらにかおはすらんらにかおわすらん。。。山やま山やまやまににに法眼ほふげん法眼ほふげんほうげんとておはすととておはすととておわすと聞き聞ききこえこえこえ給たま給たまたまふふう。。。またまたまた院ゐん院ゐんいんののの姫宮ひめみや姫宮ひめみやひめみょ生う生ううみみみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまへるへるえる姫君ひめぎみ姫君ひめぎみひめぎみもおはすとぞもおはすとぞもおわすとぞ。。。
  26. 26まことやまことやまことや北きた北きたきたののの方かた方かたかたののの御おん御おんおんはははらにやらにやらにや。。。侍從じじゆう侍從じじゆうじじゅうとておはすなるとておはすなるとておわすなるははは、、、頭かしら頭かしらかしらノノノ中將ちゆうじやう中將ちゆうじやうちゅうじょう御子みこ御子みこみこにしにしにし給たま給たまたまふとぞふとぞうとぞ、、、德大寺とくだいじ德大寺とくだいじとくだいじのおとゞののおとゞののおとどの二郞じらう二郞じらうじろうにににははは、、、中なか中なかなかノノノ御門みかど御門みかどみかどののの右みぎ右みぎみぎのおとゞののおとゞののおとどの御おん御おんおんむすめのむすめのむすめのはらにはらにはらに、、、親おや親おやおやののの宰相中將さいしやうのちゆうじやう宰相中將さいしやうのちゆうじやうさいしょうのちゅうじょうとておはしきとておはしきとておわしき。。。
  27. 27疾と疾ととくうせくうせくうせ給たま給たまたまひにきひにきいにき。。。次つぎ次つぎつぎににに一條いちでう一條いちでういちじょうののの大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごん保ほう保ほうほうととと申まう申まうもうすなるすなるすなる、、、左衞門さゑもん左衞門さゑもんさえもんノノノ督かみ督かみかみののの姫君ひめぎみ姫君ひめぎみひめぎみ、、、廊らう廊らうろうののの御方おほんかた御方おほんかたおおんかたととと申まう申まうもうすすす御おん御おんおんはははらなりらなりらなり。。。當時たうじ當時たうじとうじ大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごんにおはすなりにおはすなりにおわすなり。。。父ちゝ父ちゝちちおとゞにおとゞにおとどに御おん御おんおんみめみめみめははは少すこ少すこすこししし似に似にに給たま給たまたまへるとかやへるとかやえるとかや。。。
  28. 28同おな同おなおなじじじ御おん御おんおんはははらにらにらに公く公くく雲くも雲くもくも僧都そうづ僧都そうづそうずとてとてとて山やま山やまやまにおはすなりにおはすなりにおわすなり。。。異こと異ことことはははらのらのらの御子みこ御子みこみこ僧そう僧そうそうにてにてにて三井寺みゐでら三井寺みゐでらみいでらなどにおはすとぞなどにおはすとぞなどにおわすとぞ。。。春宮大夫とうぐうのだいぶ春宮大夫とうぐうのだいぶとうぐうのだいぶののの末すゑ末すゑすえののの御子みこ御子みこみこははは民部卿みんぶきやう民部卿みんぶきやうみんぶきょうととと申まう申まうもうしておはしきしておはしきしておわしき。。。
  29. 29琴こと琴ことことにてぞにてぞにてぞ、、、御遊おほんあそび御遊おほんあそびおおんあそびびにびにびにはははまじりまじりまじり給たま給たまたまひけるとひけるといけると聞き聞ききききき侍はべ侍はべはべりしりしりし。。。右京うきやう右京うきやううきょうのかみのかみのかみ道みち道みちみち家いへ家いへいえのむすめののむすめののむすめのはらにおはすはらにおはすはらにおわす。。。文ふみ文ふみふみののの方かた方かたかたももも習なら習ならならひひい給たま給たまたまへりけりへりけりえりけり。。。そのそのその御子みこ御子みこみこににに、、、左衞門さゑもん左衞門さゑもんさえもんノノノ督かみ督かみかみ光ひかり光ひかりひかりととと申まう申まうもうすなるこそすなるこそすなるこそ、、、才さい才さいさいなどもおはしてなどもおはしてなどもおわして、、、詩し詩ししつくりつくりつくり給たま給たまたまひひい、、、歌うた歌うたうたもよみてよきもよみてよきもよみてよき人ひと人ひとひとととと聞き聞ききききき奉たてまつ奉たてまつたてまつるにるにるに、、、これもこれもこれも前さき前さきさきののの中納言ちゆうなごん中納言ちゆうなごんちゅうなごんなどなどなどうけうけうけ給たま給たまたまはるこそはるこそわるこそ。。。
  30. 30いかにいかにいかに侍はべ侍はべはべるるる世よ世よよののの中なか中なかなかにかにかにか。。。このこのこの御母おほんはは御母おほんははおおんはは顯賴あきより顯賴あきよりあきよりののの民部卿みんぶきやう民部卿みんぶきやうみんぶきょうのむすめとぞのむすめとぞのむすめとぞ。。。みめもみめもみめも殊こと殊ことことによきによきによき上達部かんだちめ上達部かんだちめかんだちめにてにてにて、、、ちゝのちゝのちちの大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごんにににはははまさりまさりまさり給たま給たまたまへりとぞへりとぞえりとぞ。。。聲こゑ聲こゑこえよくよくよく神樂かぐら神樂かぐらかぐらなどもなどもなども、、、うたひうたひうたい給たま給たまたまふとかふとかうとか。。。
  31. 31これもゆゝしくこれもゆゝしくこれもゆゆしく、、、大おほ大おほおおきなるきなるきなる人ひと人ひとひとにてにてにて、、、御おん御おんおんをををぢのぢのじの通季みちすゑ通季みちすゑみちすえ左衞門さゑもん左衞門さゑもんさえもんノノノ督かみ督かみかみののの御おん御おんおんたけにたけにたけに、、、いといといと劣おと劣おとおとりりり給たま給たまたまはずとぞはずとぞわずとぞうけうけうけ給たま給たまたまはるはるわる。。。すべてよきすべてよきすべてよき人ひと人ひとひとにこそにこそにこそ。。。若わか若わかわかくてもくてもくても、、、てゝのてゝのてての世よ世よよおぼえよりおぼえよりおぼえよりははは殊こと殊ことことののの外ほか外ほかほかににに殿上てんじやう殿上てんじやうてんじょうにゆるされたるにゆるされたるにゆるされたる、、、近衞こんゑ近衞こんゑこんえつかさにてぞおはしけるつかさにてぞおはしけるつかさにてぞおわしける。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

この大臣(公能)の御娘は、俊忠中納言の娘の腹に四人いらっしゃると聞こえます。長女は今の皇后宮でいらっしゃるとか。この院(後白河)が在位の御時に后にお立ちになった方で、御名は忻子と申し上げるのでしょう。その次に姫君がいらっしゃいました。「后が二人の間にあって、並一通りのお振る舞いはあるまい。仏の道にこそお入りになるのがよい」と故大臣(公能)がおっしゃったので、それにたがわず、若くていらっしゃるのに御髪をおろされたと聞きますが、たいそうしみじみとしたことに、この御事を誰がお詠みになったのでしょうか、

宮城野の秋の野中の女郎花は、ありふれた花の中に混じるべきでしょうか(いや、混じるべきではない)。

と聞きました。まことにたいそうめったにないことで、(親が)約束しておかれたとしても、そのとおりに決心なさったのは、本当にめったにないご立派なお心なのでしょう。

三の君(多子)は、宇治の左大臣(頼長)の北の方が父大臣(公能)の御妹でいらっしゃるので、(頼長が)養女になさって、近衛の帝の御代に、姉宮(忻子)より先に、十一歳で后にお立ちになりました。近衛の帝もこの宮も、そのころまだ幼くていらっしゃったころに、九条の太政大臣(伊通)の御娘(呈子)を、鳥羽院・女院(美福門院)などのお計らいで女御として入内させなさいました。法性寺の大臣(忠通)の北の方は九条の太政大臣の御妹でいらっしゃるので、(呈子を忠通の)御子として、内外から心を一つにして入内させなさったが、宇治の左大臣は、長年兄の法性寺の大臣よりも時流に乗っていらっしゃったのに、あまりのことだったからでしょうか、さすがに一方的に押し切ることもなさらなかったが、新しく入内なさった中宮(呈子)の方ばかりが一つ(帝のお気に入り)でいらっしゃることになって、父の伊通の大臣も、大納言などと申して、いつもお仕えしていらっしゃいました。関白殿も宇治の大臣も、不仲な様子で隔てが多かったうちに、帝もお亡くなりになり、左大臣も亡くなられて、年を経るうちに、二条の帝の御代に、強いてお便りがあったので、父大臣にも(多子は)あれこれ辞退申し上げなさったけれども、忍んだ様子で入内させ申し上げなさったところ、昔のお住まいも同じ様子で、宮中の月も光が変わらないようにお思いになったので、

思いもしなかった。つらい身のまま再びめぐってきて、同じ宮中の月を見ようとは。

と、思いがけず伝え聞きました。このように申し上げていらしたうちに、帝もまたお亡くなりになって、世も心細くお思いになったので、ご気分がすぐれないなどと聞こえて、御髪をおろされたのは、御年二十五、六ほどでいらしたかと聞こえました。

この宮は、何事も優美な方面に情趣深くいらっしゃって、字を美しくお書きになります。絵までも並の筆づかいではなくていらっしゃるそうです。また表立って琴・琵琶などをお弾きになることは聞こえないけれど、すぐれた人に劣られません。楽の音もよく聞き分けていらっしゃるとか。御兄たちが参上なさった時にも、御帳台や御座などはともかく、仕える人々まで、万事見苦しくなく整った様子で、人が参るからといって、今さら台盤所をあれこれ取り繕ったり、御几帳を押し出したりなどせず、前もって用意があるのでしょうか、奥ゆかしくいらっしゃるそうです。故左大臣(頼長)も、中でもとりわけお心にかなうといって養女になさったのでした。このように情趣深くいらっしゃることをお聞きになったのでしょうか、二条院の御代にも強いてご意向があったのでしょう。この宮たちは、(公能という)親の御子でいらっしゃるので当然とは申しながら、並々でないお姿でいらっしゃるそうです。誰もがすぐれていると申しながら、院(後白河)の御姉でいらっしゃる女院(上西門院)こそ、すぐれていらっしゃるさまは並ぶ方々もないほどでいらっしゃるのに、今の皇后宮(忻子)でしたか、どちらでいらしたでしょうか、参上なさった時に、人が見比べ申し上げたのが、それぞれにたいそう美しくお見えになりました。女院は白い御衣を十枚余り重ねたところに、菊の移ろった色の小袿、白い二重織物の表着をお召しになって、三尺の御几帳の内に座っていらしたところ、皇后宮は、表は赤色で、下は浅黄、中は黄紅葉の衣を十枚ほど重ねたところに、表着も同じ色で、そのまま濃い葡萄染の小袿の、色とりどりの紅葉を散らした二重織物をお召しになっていたのを、拝見した人が語ったということです。

さて、この大炊御門の右大臣(公能)の男君は、長男としては三位中将と申した方で、宮たちと同じ御腹でいらっしゃる大納言実定と申す方が、官職も辞されて籠居なさっているとか。あれほどの英才でいらっしゃるのに、人を越えられるはずなのに、人に越えられなさったので、位と引き換えに越え返されたのは、まことに道理と聞こえます。詩などもお作りになり、歌もよくお詠みになるとか。御声なども美しくて、親の御跡を継がれて、御神楽の拍子などもとられ、今様などもよく歌われるのでしょう。籠居なさっているのも惜しいことでございますね。次に三位中将実家と申す方は、蔵人頭から宰相になられたとしても、それよりもかえってまさって、並々でないと聞こえます。大和琴などをよくお弾きになり、御声もすぐれて、この方も今様・神楽を歌われると聞こえます。この御弟に頭中将実守と申し上げる方も、大和琴などを習い伝えていらっしゃいます。この君たちは、皆学才などもおありで、漢詩や和歌などをお作りになります。御容貌も昔のつやが残って、このごろすぐれていらっしゃる御有様でいらっしゃると聞こえます。また、どの御腹でいらっしゃるのでしょうか、比叡山に法眼としていらっしゃると聞こえます。また院(後白河)の姫宮をお産み申し上げた姫君もいらっしゃるとか。

そういえば北の方の御腹でしょうか、侍従としていらっしゃる方は、頭中将(実守)が養子になさっているとか。徳大寺の大臣(実能)の次男には、中御門の右大臣(宗忠)の御娘の腹に、公親の宰相中将という方がいらっしゃいました。早く亡くなられました。次に一条の大納言公保と申す方は、左衛門督(通季)の姫君で廊の御方と申す方の御腹です。今は大納言でいらっしゃいます。父大臣に御容貌は少し似ていらっしゃるとか。同じ御腹に公雲僧都といって、比叡山にいらっしゃいます。別の腹の御子は僧として三井寺などにいらっしゃるとか。春宮大夫(公実)の末の御子は、民部卿季成と申していらっしゃいました。和琴で御遊びには加わられたと聞きました。右京大夫道家の娘の腹でいらっしゃいます。学問の方面も習われました。その御子に左衛門督公光と申す方こそ、学才などもおありで、詩を作られ、歌も詠んで、よい人と聞いておりますのに、この方も前中納言などと承るのは、どういう世の中なのでしょうか。この御母は顕頼の民部卿の娘とか。容貌もとりわけよい上達部で、父の大納言にはまさっていらっしゃるとか。声もよく、神楽なども歌われるとか。この方もたいそう大柄な人で、御叔父の通季左衛門督の御背丈にも少しも劣られないと承ります。すべてよい人なのでしょう。若くても、父の世の評判よりはことのほか殿上で重んじられた近衛の官人でいらっしゃいました。

意訳

徳大寺公能の娘たちは、それぞれに数奇な運命をたどった。長女忻子は後白河天皇の皇后、次女は「后二人の間で並の暮らしはできまい」という父の言葉どおり出家した。章題の「宮城野」は、この次女の出家を詠んだ「宮城野の秋の野中のをみなへし」の歌による。

三女多子は叔母の夫頼長の養女となって十一歳で近衛天皇の皇后となったが、忠通も伊通の娘呈子を養女として入内させ、兄弟の対立の場となった。近衛天皇の崩御後、二条天皇が強いて多子を迎え、史上初の「二代の后」となった。多子が再入内して詠んだ「思ひきや」の歌は、『平家物語』にも引かれて有名である。

公能の子実定(のちの後徳大寺左大臣)は、百人一首の「ほととぎす鳴きつる方をながむれば」の作者。弟に越えられた時に官を辞して籠居し、のち大納言に返り咲いた。実家・実守ら兄弟も、和琴や今様にすぐれた教養人だった。

語釈・文法注

忻子
藤原忻子(1134〜1209)。公能の娘。後白河天皇の皇后。
宮城野
陸奥国の歌枕。萩の名所。
をみなへし
女郎花。秋の七草の一つ。ここでは出家した姫君をたとえる。
三の君
藤原多子(1140〜1201)。公能の娘。頼長の養女として近衛天皇の皇后となり、のち二条天皇にも入内した。
九條のおほきおとゞの御むすめ
藤原呈子(九条院)。伊通の娘。第51章参照。
女院
美福門院得子。近衛天皇の母。
院の御姉におはしますなる女院
上西門院統子内親王。後白河天皇の同母姉。第58章参照。
小袿
女房装束の略装で、表着の上に着る丈の短い衣。
えび染め
葡萄染。赤みのある紫色。
大納言實定
藤原実定(1139〜1191)。公能の子。歌人。後徳大寺左大臣。
三位ノ中將實家
藤原実家(1145〜1193)。公能の子。
やまと琴
和琴。日本古来の六弦の琴。
頭ノ中將實守
藤原実守(1147〜1185)。公能の子。
公親の宰相中將
藤原公親(1121〜1160)。実能の子。
一條の大納言公保
藤原公保(1132〜1176)。実能の子。
民部卿季成
藤原季成(1102〜1165)。公実の子。
東琴
和琴。
左衞門ノ督公光
藤原公光(1130〜1178)。季成の子。

文法

なべての花にまじるべきかは
「かは」は反語。ありふれた花に混じるべきだろうか、いや混じるべきではない。
思ひきや
思っただろうか、いや思いもしなかった。反語。

和歌

宮城野の秋の野中のをみなへしなべての花にまじるべきかは

詠者
作者未詳
状況
后となった姉妹の間にいて出家した、公能の次女を詠んだ歌。

修辞

比喩
女郎花を姫君にたとえ、並の花(並の人生)に混じるべきではないとする。

思ひきやうきみながらにめぐりきて同じ雲井の月を見んとは

詠者
藤原多子
状況
近衛天皇の崩御後、二条天皇に再び入内して、昔と変わらない宮中の月を見て詠んだ歌。

修辞

掛詞
「雲井」に空と宮中をかける。
反語
「思ひきや」で、思いもしなかった再入内への感慨を表す。

解説

多子の二代の后は前例のないことで、『平家物語』巻一「二代后」にも詳しく語られる。今鏡は政治的な事情よりも、多子の教養と情趣を中心に描いている。

関連

出典

底本
関根正直『今鏡新註』 六合館、昭和2年(1927)、278〜284頁(コマ154–157)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日