古典ライブラリー

今鏡 第六「藤波の下」 第52章

雁がね

宗通の子、侍従大納言成通は、笛・歌・今様・蹴鞠・馬術・早業と、あらゆる芸に秀でた。忍んで通った女房の家の侍たちに待ち伏せされると、堂々と正装して現れ、女房をもらい受けて出て行った。白河院の寵愛、述懐の歌、涙もろい人柄、弟の重通の薫る香などが語られる。

  1. 1かのかのかの九條くでう九條くでうくじょうノノノ民部卿みんぶきやう民部卿みんぶきやうみんぶきょうののの四郞しらう四郞しらうしろうにやおはしけんにやおはしけんにやおわしけん。。。侍從大納言じじゆうのだいなごん侍從大納言じじゆうのだいなごんじじゅうのだいなごんととと申まう申まうもうすこそすこそすこそ、、、よろづのよろづのよろずの事こと事ことこと、、、能よし能よしよし多おほ多おほおおくくく聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまひしかひしかいしか。。。笛ふえ笛ふえふえ歌うた歌うたうた詩し詩ししなどなどなど、、、其そ其そそのきこえおはしてのきこえおはしてのきこえおわして、、、歌うた歌うたうたひひい給たま給たまたまふふう事こと事ことこと、、、類たぐ類たぐたぐひなきひなきひなき人ひと人ひとひとにおはしきにおはしきにおわしき。。。
  2. 2又また又またまた足あし足あしあしにおはするにおはするにおわする事こと事ことことももも、、、昔むかし昔むかしむかしもありがたきことになんもありがたきことになんもありがたきことになん侍はべ侍はべはべりけるりけるりける。。。大方おほかた大方おほかたおおかたことにことにことに力ちから力ちからちからいれいれいれ給たま給たまたまへるさまへるさまえるさま、、、ゆゆしくおはしけりゆゆしくおはしけりゆゆしくおわしけり。。。鞠まり鞠まりまりももも千せん千せんせん日ひ日ひひかゝずならしかゝずならしかかずならし給たま給たまたまひけりひけりいけり。。。
  3. 3今樣いまやう今樣いまやういまようももも、、、碁ご碁ごご盤ばん盤ばんばんににに碁ご碁ごご石いし石いしいしををを百ひやく百ひやくひゃくかぞかぞかぞへおきてへおきてへおきて、、、うるはしくうるはしくうるわしく裝束さうぞく裝束さうぞくそうぞくししし給たま給たまたまひてひていて、、、帶おび帶おびおびなどもとかでなどもとかでなどもとかで、、、「「「のみのりはのみのりはのみのりわしな〴〵にしな〴〵にしなじなに」」」といふといふという同おな同おなおなじじじ歌うた歌うたうたををを、、、一夜ひとよ一夜ひとよひとよにもゝかへりにもゝかへりにももかえり數かず數かずかずへてへてえて、、、百ひやく百ひやくひゃく夜よ夜よよ謠うた謠うたうたひひひ給たま給たまたまひなどしけりひなどしけりいなどしけり。。。
  4. 4馬むま馬むまうまににに乘の乘ののりりり給たま給たまたまふふう事こと事ことことももも、、、すぐれておはしけりすぐれておはしけりすぐれておわしけり。。。白川しらかは白川しらかはしらかわののの御幸みゆき御幸みゆきみゆきににに、、、馬むま馬むまうまののの川がは川がはがわににに伏ふ伏ふふしたりけるにしたりけるにしたりけるに、、、鞍くら鞍くらくらののの上うへ上うへうえにすぐにたちにすぐにたちにすぐにたち給たま給たまたまひてひていて、、、つゆぬれつゆぬれつゆぬれ給たま給たまたまふふう所ところ所ところところおはせざりけるもおはせざりけるもおわせざりけるも、、、ことことこと人ひと人ひとひとならばならばならば水みづ水みづみずにこそにこそにこそうちうちうち入い入いいれられましかれられましかれられましか。。。
  5. 5大おほ大おほおおかたかたかた早はや早はやはや業ごふ業ごふごうをををさへさへさへ並なら並ならならびなくしびなくしびなくし給たま給たまたまひければひければいければ、、、そりそりそり返かへ返かへかえりたるりたるりたる履ふ履ふふはははきてきてきて、、、のののほこぎのほこぎのほこぎの上うへ上うへうえあゆみたまひあゆみたまひあゆみたまい、、、車くるま車くるまくるまのまへのまへのまえうしろうしろうしろ、、、ついぢのついぢのついじのうらうへうらうへうろうえ、、、とゞこほるとゞこほるとどこおる所ところ所ところところおはせざりけるおはせざりけるおわせざりける、、、餘あま餘あまあまりにりにりに到いた到いたいたらぬらぬらぬ隈くま隈くまくまもおはせざりければもおはせざりければもおわせざりければ、、、宮內卿くないきやう宮內卿くないきやうくないきょう賢けん賢けんけんととと聞き聞ききこえられしこえられしこえられし人ひと人ひとひとののの許もと許もともとなりけるなりけるなりける女房にようばう女房にようばうにょうぼうににに、、、しのびてしのびてしのびてよる〳〵よる〳〵よるよる樣さま樣さまさまをやをやをやつしてつしてつして、、、通かよ通かよかよひひひ給たま給たまたまひけるひけるいけるををを、、、さぶらひどもさぶらひどもさぶらいども、、、いかなるいかなるいかなるものゝふものゝふもののふののの、、、局つぼね局つぼねつぼねへへへいかにかといかにかといかにかと思おも思おもおもひてひていて、、、窺うかゞ窺うかゞうかがひてひてひて、、、あしたにあしたにあしたに出い出いいでんでんでんををを討う討ううちちち伏ふ伏ふふせんといひせんといひせんといい、、、支さゝ支さゝささ度わた度わたわたしあへりければしあへりければしあえりければ、、、女房にようばう女房にようばうにょうぼういみじくいみじくいみじく思おも思おもおもひなげきてひなげきていなげきて、、、例れい例れいれいののの日暮ひく日暮ひくひくれにければれにければれにければ、、、おはしたりけるにおはしたりけるにおわしたりけるに、、、泣な泣ななくくく〳〵〳〵なくこのこのこの次第しだい次第しだいしだいををを語かた語かたかたりければりければりければ、、、「「「いと〳〵いと〳〵いといと苦くる苦くるくるしかるまじきしかるまじきしかるまじき事こと事ことことなりなりなり。。。きときときと歸かへ歸かへかえりこんりこんりこん」」」。。。とてとてとて出い出いいででで給たま給たまたまひにけりひにけりいにけり。。。
  6. 6女房にようばう女房にようばうにょうぼうのいへるのいへるのいえる如ごと如ごとごとくにくにくに門もん門もんもんどもさしまはしてどもさしまはしてどもさしまわして、、、さき〴〵にもさき〴〵にもさきざきにも似に似ににずずず、、、嚴きび嚴きびきびしげなりければしげなりければしげなりければ、、、人ひと人ひとひとなかりけるなかりけるなかりける方かた方かたかたのついぢのついぢのついじををを、、、やす〳〵とやす〳〵とやすやすと越こ越ここえておはしにけりえておはしにけりえておわしにけり。。。
  7. 7女房にようばう女房にようばうにょうぼうははは、、、かくかくかく聞き聞きききておはしぬればきておはしぬればきておわしぬれば、、、又また又またまたはははよもよもよも歸かへ歸かへかえりりり給たま給たまたまはじとはじとわじと思おも思おもおもひけるひけるいけるほどにほどにほどに、、、とばかりありてとばかりありてとばかりありて袋ふくろ袋ふくろふくろををを手て手ててづからもちてづからもちてずからもちて、、、又また又またまたををを越こ越ここえてかへりえてかへりえてかえり入い入いいりりり給たま給たまたまひにけりひにけりいにけり。。。
  8. 8あしたにあしたにあしたにははは此こ此ここのさぶらひどものさぶらひどものさぶらいども、、、いづらいづらいずら〳〵〳〵いずらとそゞめきあひたるにとそゞめきあひたるにとそぞめきあいたるに、、、日ひ日ひひさしさしさし出い出いいづるまでづるまでずるまで出い出いいでたまはざりければでたまはざりければでたまわざりければ、、、さぶらひどもさぶらひどもさぶらいども杖つゑ杖つゑつえなどもちてなどもちてなどもちて、、、打う打ううちちち伏ふ伏ふふせんずるせんずるせんずる設まう設まうもうけけけをををしてしてして、、、目め目めめをををつけあへりけるにつけあへりけるにつけあえりけるに、、、殊こと殊ことことののの外ほか外ほかほかににに日ひ日ひひ高たか高たかたかくなりてくなりてくなりて、、、まづまづまず烏帽子えぼうし烏帽子えぼうしえぼうしのさきのさきのさきををを、、、さしさしさし出い出いいだしだしだし給たま給たまたまひけりひけりいけり。。。
  9. 9次つぎ次つぎつぎにににののの水干すいかん水干すいかんすいかんののの袖そで袖そでそでのののはしはしはしをををさしさしさし出い出いいだされければだされければだされければ、、、あああははは、、、すでにとてすでにとてすでにとて、、、おの〳〵すみやきあへりけるおの〳〵すみやきあへりけるおのおのすみやきあえりける程ほど程ほどほどににに、、、そのそのその後のち後のちのち、、、新あたら新あたらあたらしきしきしき履くつ履くつくつをををさしさしさし出い出いいだしてだしてだして、、、緣えん緣えんえんにおきにおきにおき給たま給たまたまひけりひけりいけり。。。
  10. 10こここはははいかにといかにといかにと見み見みみるるる程ほど程ほどほどににに、、、いといといと淸きよ淸きよきよらかなるらかなるらかなる直衣なほし直衣なほしのうしににに、、、織物おりもの織物おりものおりものののの指貫さしぬき指貫さしぬきさしぬき着き着ききててて歩あゆ歩あゆあゆみみみ出い出いいででで給たま給たまたまひければひければいければ、、、このさぶらひどもこのさぶらひどもこのさぶらいども逃に逃ににげまどひげまどひげまどい、、、土ど土どどをををほりてほりてほりてひざまづきけりひざまづきけりひざまずきけり。。。
  11. 11履くつ履くつくつをををはははきてきてきて庭には庭にはにわにおりてにおりてにおりて、、、北きた北きたきたののの對たい對たいたいのののうしろうしろうしろをををあゆみあゆみあゆみ參まゐ參まゐまいりければりければりければ、、、つつつぼね〴〵たちさわぎけりぼね〴〵たちさわぎけりぼねぼねたちさわぎけり。。。中門ちゆうもん中門ちゆうもんちゅうもんののの廊らう廊らうろうにのぼりにのぼりにのぼり給たま給たまたまひけるにひけるにいけるに、、、宮內卿くないきやう宮內卿くないきやうくないきょうもたゝずみありかれけるがもたゝずみありかれけるがもたたずみありかれけるが、、、急いそ急いそいそぎぎぎ入い入いいりてりてりて裝束さうぞく裝束さうぞくそうぞくしてしてして、、、出い出いいででで會あ會ああひひい申まう申まうもうされてされてされて、、、「「「こここはははいかなるいかなるいかなる事こと事ことことにかにかにか」」」。。。
  12. 12とさわぎければとさわぎければとさわぎければ、、、「「「べちのべちのべちの事こと事ことことにににははは侍はべ侍はべはべらずらずらず。。。日ひ日ひひごろごろごろ女房にようばう女房にようばうにょうぼうののの許もと許もともとへへへ、、、とき〴〵しのびてとき〴〵しのびてときどきしのびて通かよ通かよかよひひひ侍はべ侍はべはべりつるりつるりつるををを、、、さぶらひのさぶらひのさぶらいの打う打ううちちち伏ふ伏ふふせんとせんとせんと申まう申まうもうすよしすよしすよしうけたまはりてうけたまはりてうけたまわりて、、、そのそのその怠おこた怠おこたおこたりりり申まう申まうもうさんとてなんさんとてなんさんとてなん參まゐ參まゐまいりつるりつるりつる」」」。。。
  13. 13ととと侍はべ侍はべはべりければりければりければ、、、宮內卿くないきやう宮內卿くないきやうくないきょうおほきにさわぎておほきにさわぎておおきにさわぎて、、、「「「このこのこの科とが科とがとがはははいかゞあがひいかゞあがひいかがあがい侍はべ侍はべはべるべきるべきるべき」」」。。。ととと申まう申まうもうされければされければされければ、、、「「「べちのべちのべちの御おん御おんおんあがひあがひあがい侍はべ侍はべはべるまじるまじるまじ。。。彼か彼かかののの女房にようばう女房にようばうにょうぼうををを給たま給たまたまはははりてりてりて、、、出い出いいででで侍はべ侍はべはべらんらんらん」」」。。。
  14. 14とありければとありければとありければ、、、さうなきことにてさうなきことにてそうなきことにて御車みくるま御車みくるまみくるまどものどものどもの人ひと人ひとひとなどなどなどははは、、、かちにてかちにてかちにて門もん門もんもんのとにのとにのとに設まう設まうもうけたりければけたりければけたりければ、、、具ぐ具ぐぐしてしてして出い出いいででで給たま給たまたまひけりひけりいけり。。。女房にようばう女房にようばうにょうぼうさぶらひさぶらひさぶらい、、、すべてすべてすべて家いへ家いへいえのののうちこぞりてうちこぞりてうちこぞりて、、、めづらかなることにてぞめづらかなることにてぞめずらかなることにてぞ侍はべ侍はべはべりけるりけるりける。。。
  15. 15からからから國くに國くにくにににに都みやこ都みやこみやこ王わう王わうおうなどなどなど申まう申まうもうしけんしけんしけん人ひと人ひとひとももも、、、かくやおはしけむかくやおはしけむかくやおわしけむ。。。
  16. 16大方おほかた大方おほかたおおかたははは心こころ心こころこころわかくなどおはしてわかくなどおはしてわかくなどおわして、、、始はじ始はじはじめてめてめて人ひと人ひとひとのむこにおはせしのむこにおはせしのむこにおわせしをををりもりもりも、、、調度てうど調度てうどちょうどののの厨子づし厨子づしずしかきいだしてかきいだしてかきいだして、、、師し師ししのわらのわらのわらはははののの、、、御おん御おんおんおぼえなるにおぼえなるにおぼえなるに給たま給たまたまひなどしひなどしいなどし給たま給たまたまひけりひけりいけり。。。
  17. 17上達部かんだちめ上達部かんだちめかんだちめになりになりになり給たま給たまたまひてもひてもいても、、、賀茂詣かもまうで賀茂詣かもまうでかももうでににに、、、檳榔びらう檳榔びらうびろうににに靑あを靑あをあおすだれかけなどしすだれかけなどしすだれかけなどし給たま給たまたまひしひしいし、、、始はじ始はじはじめたるめたるめたる事こと事ことことにににはははあらねどもあらねどもあらねども、、、さやうにさやうにさように好この好このこのみみみ給たま給たまたまひけるなるべしひけるなるべしいけるなるべし。。。
  18. 18若わか若わかわか盛さか盛さかさかりりりははは左中將さちゆうじやう左中將さちゆうじやうさちゅうじょうとてとてとて、、、すきものすきものすきもの、、、やさしきやさしきやさしき殿上人てんじやうびと殿上人てんじやうびとてんじょうびとののの名高なたか名高なたかなたかきにておはしききにておはしききにておわしき。。。五節ごせち五節ごせちごせちなどになどになどにははは、、、雲くも雲くもくものののうへうへうえ、、、皆みな皆みなみなそのそのその御おん御おんおんまゝなるやうにぞまゝなるやうにぞままなるようにぞ侍はべ侍はべはべりけるりけるりける。。。
  19. 19何いづ何いづいずれのれのれの年とし年としとしにかにかにか。。。五節ごせち五節ごせちごせちににに藏人くらうど藏人くらうどくろうどノノノ頭かしら頭かしらかしらたちのたちのたちの舞ま舞ままひひい給たま給たまたまはざりければはざりければわざりければ、、、殿上人てんじやうびと殿上人てんじやうびとてんじょうびとたちたちたちはやはやはやみてみてみて、、、いかにぞやいかにぞやいかにぞや歌うた歌うたうたひひい給たま給たまたまはざりけるにはざりけるにわざりけるに、、、右う右うう兵衞ひやうゑ兵衞ひやうゑひょうえノノノ督かみ督かみかみ公行きんゆき公行きんゆききんゆきののの、、、まだまだまだ別當べつたう別當べつたうべっとうののの兵衞ひやうゑ兵衞ひやうゑひょうえノノノ佐すけ佐すけすけなどなどなど申まう申まうもうしけんしけんしけん。。。
  20. 20そのそのその人ひと人ひとひとををを表しるし表しるししるしにおしにおしにおし立た立たたてゝてゝてて、、、成通なりみち成通なりみちなりみちののの中將ちゆうじやう中將ちゆうじやうちゅうじょうかくれてかくれてかくれて歌うた歌うたうたひひい給たま給たまたまひけるひけるいけるををを、、、頭かしら頭かしらかしらノノノ辨べん辨べんべんうれへうれへうれえ申まう申まうもうされたりければされたりければされたりければ、、、そのそのその折をり折をりおりにぞにぞにぞ、、、御おん御おんおんかしこまりにてかしこまりにてかしこまりにて、、、しばししばししばし籠こも籠こもこもりゐりゐりい給たま給たまたまへりしへりしえりし。。。
  21. 21白河しらかは白河しらかはしらかわノノノ院ゐん院ゐんいんにににははは御おん御おんおんいとほしみのいとほしみのいとおしみの人ひと人ひとひとにておはしきにておはしきにておわしき。。。殿上人てんじやうびと殿上人てんじやうびとてんじょうびとののの中なか中なかなかにににははは、、、唯ただ唯ただただひとりひとりひとりゆるされておはすとぞゆるされておはすとぞゆるされておわすとぞ聞き聞ききこえしこえしこえし。。。雪ゆき雪ゆきゆきふりのふりのふりの御幸みゆき御幸みゆきみゆきににに、、、狩衣かりぎぬ狩衣かりぎぬかりぎぬををを着き着きき給たま給たまたまへりとてへりとてえりとて、、、こゝろえぬことにこゝろえぬことにこころえぬことに仰おほ仰おほおおせらるゝときゝてせらるゝときゝてせらるるとききて、、、遠とほ遠とほとおとてとてとて侍はべ侍はべはべりしりしりし檢非違使けびゐし檢非違使けびゐしけびいしののの、、、まだわらまだわらまだわらはははにてにてにて、、、御前おまへ御前おまへおまえにもにもにも、、、近ちか近ちかちかくつかはせくつかはせくつかわせ給たま給たまたまひしにひしにいしに、、、「「「わびわびわび申まう申まうもうすよしきかせすよしきかせすよしきかせ參まゐ參まゐまいらせよらせよらせよ」」」。。。
  22. 22とのとのとの給たま給たまたまひければひければいければ、、、はかなくうちいだしてはかなくうちいだしてはかなくうちいだして、、、「「「成通なりみち成通なりみちなりみちこそこそこそひきわたのひきわたのひきわたの事こと事ことこと、、、かしこまりてかしこまりてかしこまりて申まう申まうもうししし候さふら候さふらそうらへへえ」」」。。。ととと申まう申まうもうしたりければしたりければしたりければ、、、あしよしのあしよしのあしよしの御おん御おんおんけしきけしきけしきはははなくてなくてなくて、、、誠まこと誠まことまことににに奇怪きくわい奇怪きくわいきかいなりとぞなりとぞなりとぞ、、、仰おほ仰おほおおせられけるせられけるせられける。。。
  23. 23近衞こんゑ近衞こんゑこんえのすけなどのすけなどのすけなどははは、、、うすものなどうすものなどうすものなど、、、花はな花はなはなのいろのいろのいろ、、、紅葉もみぢ紅葉もみぢもみじのかたなどのかたなどのかたなど、、、染そ染そそめつけらるべかりけるめつけらるべかりけるめつけらるべかりけるををを、、、ひきわたのひきわたのひきわたの麁あら麁あらあら々わか々わかわかしくしくしく、、、思おも思おもおもほしめしけるにやほしめしけるにやおしめしけるにや。。。
  24. 24讃岐さぬき讃岐さぬきさぬきノノノ院ゐん院ゐんいんのくらゐののくらゐののくらいの御時おほんとき御時おほんときおおんとき、、、十五首じふごしゆ十五首じふごしゆじゅうごしゅののの歌うた歌うたうた、、、人々ひとびと人々ひとびとひとびとによませによませによませ給たま給たまたまひけるにひけるにいけるに、、、述懷じゆつくわい述懷じゆつくわいじゅっかいといふといふという題だい題だいだいをををよみよみよみ給たま給たまたまふとてふとてうとて、、、
  25. 25白河しらかは白河しらかはしらかわののの流なが流ながながれれれをををたのむたのむたのむ心こころ心こころこころをばをばをばたれかたれかたれかははは汲く汲くくみてそらにみてそらにみてそらに知し知ししるべきるべきるべき
  26. 26ととと講かう講かうこうぜられけるぜられけるぜられける時とき時ときとき、、、むしろこぞりてむしろこぞりてむしろこぞりて、、、あはれとあはれとあわれと思おも思おもおもひあへりけりひあへりけりいあえりけり。。。涙なみだ涙なみだなみだぐむぐむぐむ人ひと人ひとひともありけるとかやもありけるとかやもありけるとかや。。。おおおほかたほかたほかた、、、歌うた歌うたうたなどもなどもなども、、、をかしくよみをかしくよみおかしくよみ給たま給たまたまひきひきいき。。。かへるかへるかえる雁かり雁かりかりのののうたにうたにうたに、、、
  27. 27こゑせずこゑせずこえせずはははいかでしらましいかでしらましいかでしらまし春霞はるがすみ春霞はるがすみはるがすみへへへだつるそらにだつるそらにだつるそらに歸かへ歸かへかえるるる雁かり雁かりかりがねがねがね
  28. 28とよみとよみとよみ給たま給たまたまへるもへるもえるも、、、淸きよ淸きよきよらかにきこえらかにきこえらかにきこえ侍はべ侍はべはべりりり。。。戀こひ戀こひこいののの歌うた歌うたうたどもゝどもゝどもも、、、「「「こひせよとてもこひせよとてもこいせよとても生う生ううまれざりけりまれざりけりまれざりけり」」」。。。またまたまた「「「ふるふるふる白雪しらゆき白雪しらゆきしらゆきのかたもなくのかたもなくのかたもなく」」」、、、などわがなどわがなどわが心こころ心こころこころよりよりより思おも思おもおもひいだしひいだしいいだし給たま給たまたまへるなるべしへるなるべしえるなるべし。。。
  29. 29ととと聞き聞ききこえていとをかしこえていとをかしこえていとおかし。。。詩し詩ししなどもよくなどもよくなどもよく心得こころえ心得こころえこころえ給たま給たまたまへりけるなるべしへりけるなるべしえりけるなるべし。。。左大辨さだいべん左大辨さだいべんさだいべん宰相さいしやう宰相さいしやうさいしょう業わざ業わざわざといふといふという博士はかせ博士はかせはかせののの語かた語かたかたられけるられけるられけるははは、、、「「「詩し詩ししのことなどのことなどのことなど、、、いはるゝきけばいはるゝきけばいわるるきけば、、、なにがしなにがしなにがし千里ちさと千里ちさとちさとなどもなどもなども作つく作つくつくりたるりたるりたる優いう優いうゆうにきこえてにきこえてにきこえて、、、心こころ心こころこころすむわざになんあるすむわざになんあるすむわざになんある。。。萬里ばんり萬里ばんりばんりととと云い云いいふになりぬればふになりぬればうになりぬれば、、、またいふにもおよばずまたいふにもおよばずまたいうにもおよばず。。。などあるなどあるなどあるははは、、、いといといと興きよう興きようきょうありありあり」」」などぞなどぞなどぞはべりけるはべりけるはべりける。。。餘あま餘あまあまりねりねりね泣な泣ななきやすきやうにぞおはしけるきやすきやうにぞおはしけるきやすきょうにぞおわしける。。。
  30. 30鳥羽とば鳥羽とばとばにてにてにて、、、白河院しらかはゐん白河院しらかはゐんしらかわいん事こと事ことこと御覽ごらん御覽ごらんごらんじけるにじけるにじけるに、、、瀧口たきぐち瀧口たきぐちたきぐちなにがしとかいふなにがしとかいふなにがしとかいう者もの者ものもの、、、射い射いいむとしけるにむとしけるにむとしけるに、、、兄このかみ兄このかみこのかみににに似に似ににてつてつてつはもはもはものゝおぼえあるのゝおぼえあるののおぼえある家いへ家いへいえののの者もの者ものものにてにてにて侍はべ侍はべはべるなるがるなるがるなるが、、、的まと的まとまとたてたてたてはべりけるはべりけるはべりけるををを見み見みみててて、、、「「「弟おとうと弟おとうとおとうとのいかにのいかにのいかに、、、兄あに兄あにあにののの的まと的まとまとたてによるかたてによるかたてによるか。。。いとやさしきいとやさしきいとやさしき事こと事ことことなりなりなり」」」。。。
  31. 31とてとてとて、、、なきなきなき給たま給たまたまひければひければいければ、、、ノノノ帥そつ帥そつそつははは、、、「「「行ゆ行ゆゆ兼かね兼かねかねがやぶさめがやぶさめがやぶさめ射い射いいむにむにむに、、、公く公くく兼かね兼かねかねががが的まと的まとまとたてんたてんたてん、、、あはれなるべきあはれなるべきあわれなるべき事こと事ことことかかかははは」」」。。。とぞとぞとぞ侍はべ侍はべはべりけるりけるりける。。。またあるまたあるまたある源氏げんじ源氏げんじげんじのむさののむさののむさの、、、やさしくやさしくやさしく歌うた歌うたうたよみあそびなどしけるによみあそびなどしけるによみあそびなどしけるに、、、指貫さしぬき指貫さしぬきさしぬきのくゝりのせばくのくゝりのせばくのくくりのせばく見み見みみえければえければえければ、、、「「「おのづからのおのづからのおのずからの事こと事ことこともあらばもあらばもあらば、、、さささははは、、、きとあげんずるかきとあげんずるかきとあげんずるか」」」。。。
  32. 32などいひてもなどいひてもなどいいても涙なみだ涙なみだなみだぐみぐみぐみ給たま給たまたまひけりひけりいけり。。。またまたまた三井寺みゐでら三井寺みゐでらみいでらににに侍はべ侍はべはべりけるりけるりける山伏やまぶし山伏やまぶしやまぶしののの、、、になれりけるとになれりけるとになれりけると語かた語かたかたらひたまひてもらひたまひてもらいたまいても、、、「「「山伏やまぶし山伏やまぶしやまぶしゆかしくゆかしくゆかしくははは、、、それがしそれがしそれがし見み見みみよよよ。。。などいふらんこそなどいふらんこそなどいうらんこそ、、、のすがたのすがたのすがた、、、ゆかしけれゆかしけれゆかしけれ」」」。。。
  33. 33などいひてもなどいひてもなどいいても、、、うちしぐれうちしぐれうちしぐれ給たま給たまたまひけりとひけりといけりと聞き聞ききこえこえこえ給たま給たまたまひきひきいき。。。やすきやすきやすき事こと事ことことももも物もの物ものものをををほむるほむるほむる心こころ心こころこころにてにてにて、、、かくなんおはしけるかくなんおはしけるかくなんおわしける。。。弟おとうと弟おとうとおとうとののの按察あぜち按察あぜちあぜちののの大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごんととと聞き聞ききこえこえこえ給たま給たまたまひしひしいしははは、、、みめなどみめなどみめなどははは似通にかよ似通にかよにかよひひひ給たま給たまたまへりけるがへりけるがえりけるが、、、いまいまいま少すこ少すこすこしにほひありてしにほひありてしにおいありて、、、あいつかはしきあいつかはしきあいつかわしきやうにぞおはしけるやうにぞおはしけるようにぞおわしける。。。
  34. 34いといといと能よし能よしよしなどなどなどはははおはせねどもおはせねどもおわせねども、、、笙しやう笙しやうしょうののの笛ふえ笛ふえふえ吹ふ吹ふふききき、、、琵琶びは琵琶びはびわひきひきひき給たま給たまたまひきひきいき。。。法性寺殿ほふしやうじどの法性寺殿ほふしやうじどのほっしょうじどのにぞにぞにぞ、、、常つね常つねつねはははしたしくさぶらはせしたしくさぶらはせしたしくさぶらわせ給たま給たまたまひけるにひけるにいけるに、、、殿どの殿どのどのももも此こ此ここののの大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごんももも、、、過す過すすぎておはするのちなどもぎておはするのちなどもぎておわするのちなども、、、なつかしくなつかしくなつかしく、、、さとさとさと薰かを薰かをかおるるる香か香かかぞおはしけるぞおはしけるぞおわしける。。。
  35. 35兵部卿ひやうぶきやう兵部卿ひやうぶきやうひょうぶきょうかかかをををるるる大將だいしやう大將だいしやうだいしょうなどおぼえなどおぼえなどおぼえ給たま給たまたまひけるなるべしひけるなるべしいけるなるべし。。。このこのこのふたりふたりふたりののの大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごんたちたちたち、、、御子みこ御子みこみこもおはせでもおはせでもおわせで、、、みなみなみな人ひと人ひとひとののの子こ子ここをぞをぞをぞ養やしな養やしなやしなひひい給たま給たまたまひけるひけるいける。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

あの九条の民部卿(宗通)の四男でいらしたでしょうか、侍従大納言成通と申した方こそ、あらゆることに多くの才能があると評判でいらっしゃいました。笛・歌・詩など、その評判がおありで、今様を歌われることは類のない方でいらっしゃいました。また鞠足(蹴鞠の名手)でいらっしゃることも、昔にもめったにないことでございました。だいたい物事に力を入れなさる様子が、並々でなくいらっしゃいました。鞠も千日欠かさずに稽古なさいました。今様も、碁盤に碁石を百数えて置いて、きちんと装束をなさって、帯なども解かずに、「釈迦の御法は品々に」という同じ歌を一夜に百回数えて、百夜歌われたりしました。馬に乗られることも、すぐれていらっしゃいました。白河の御幸で、馬が川に伏してしまった時に、鞍の上にまっすぐ立たれて、少しも濡れたところがおありでなかったのも、ほかの人なら水に落とされたことでしょう。だいたい早業までも並ぶ者なくなさったので、反り返った履をはいて高欄の架木の上を歩かれ、牛車の前後や築地の内外を、とどこおるところもおありでなかった。あまりに行き届かない所もおありでなかったので、宮内卿有賢と申し上げた人のもとにいた女房に、忍んで夜な夜な姿をやつして通っていらしたのを、侍たちが、どんな武士が局へ(通うのか)と思って、うかがって「朝出てくるところを打ち伏せてやろう」と言って準備し合っていたので、女房はたいそう思い嘆いて、いつものように日が暮れて(成通が)いらしたので、泣く泣くこの次第を語ったところ、「まったく困ることではない。すぐに帰ってこよう」といってお出になりました。

女房の言ったとおりに門々を閉めまわして、以前とも違って厳重な様子だったので、人のいない方の築地を、やすやすと越えて出て行かれました。女房は、こう聞いて出て行かれたのだから、もう二度とお帰りにはなるまいと思っていたところ、しばらくして袋を手ずから持って、また築地を越えて帰って入ってこられました。翌朝、この侍たちが「どこだ、どこだ」とざわめき合っていたが、日が差し出るまでお出にならなかったので、侍たちは杖などを持って打ち伏せる用意をして、目をつけ合っていたところ、意外にも日が高くなってから、まず折烏帽子の先を差し出されました。次に柿色の水干の袖の端を差し出されたので、「あっ、いよいよだ」といって、それぞれ勇み立っていたところ、その後、新しい履を差し出して縁に置かれました。これはどうしたことかと見ていると、たいそう美しい直衣に、織物の指貫を着て歩み出てこられたので、この侍たちは逃げまどい、土を掘るようにしてひざまずきました。履をはいて庭に下り、北の対の後ろを歩いて参られたので、局々は大騒ぎになりました。中門の廊に上られると、宮内卿もぶらぶらしていらしたが、急いで入って装束をして、出てお会い申し上げて、「これはどうしたことでしょう」と騒いだので、「特別のことではございません。日ごろ女房のもとへ時々忍んで通っておりましたのを、侍が打ち伏せようと申していると承りまして、そのお詫びを申し上げようと参ったのです」とおっしゃったので、宮内卿はおおいに騒いで、「この罪はどのように償えばよいでしょう」と申されたので、「特別の償いはいりません。あの女房をいただいて退出しましょう」とおっしゃったので、言うまでもないことで、御車の供の人などは徒歩で門の外に待たせてあったので、(女房を)連れて出て行かれました。女房も侍も、家の中じゅうが、珍しいことだと思ったのでした。唐土の江都王などと申したという人も、このようでいらしたのでしょうか。

だいたいお心が若々しくなどいらっしゃって、初めて人の婿になられた折も、調度の厨子を担ぎ出して、ご寵愛の呪師の童にお与えになったりしました。上達部になられても、賀茂詣に檳榔の車に青簾をかけたりなさったのは、初めてのことではないけれど、そのようなことをお好みになったのでしょう。若い盛りは左中将として、風流人、優雅な殿上人として名高くていらっしゃいました。五節などの時には、宮中は皆この方の思うままのようでございました。何年のことでしたか、五節に蔵人頭たちが舞われなかったので、殿上人たちはやめて、どうしたことか歌われなかったところ、右兵衛督公行が、まだ別当の兵衛佐などと申したでしょうか、その人を表に押し立てて、成通の中将が隠れて歌われたのを、頭弁が訴え申し上げたので、その時に謹慎として、しばらく籠居なさっていました。白河院にはご寵愛の人でいらっしゃいました。殿上人の中では、ただ一人禁色を許されていらっしゃると聞こえました。雪の日の御幸に、引綿の狩衣を着ていらしたといって、(院が)不心得なことだと仰せられていると聞いて、資遠といった検非違使がまだ童で御前近くに召し使われていたのに、「お詫び申し上げると(院に)お聞かせ申せ」とおっしゃったので、(童は)無邪気に口に出して、「成通が、引綿のことを恐縮して申しております」と申し上げたところ、(院は)良いとも悪いとものご様子はなくて、「まことにけしからぬ」と仰せられたそうです。近衛の次将などは、固織や薄物などに花の色や紅葉の形などを染めつけるべきなのに、引綿が粗野だとお思いになったのでしょうか。

讃岐院(崇徳)が在位の御時、十五首の歌を人々にお詠ませになった時、「述懐」という題をお詠みになるといって、

白河の流れを頼みとするように白河院を頼りにしてきた私の心を、誰が汲み取って、自然と知ってくれるでしょうか。

と披講された時、座の人々がこぞってしみじみと感じ合いました。涙ぐむ人もいたとか。だいたい歌なども趣深くお詠みになりました。帰る雁の歌に、

声を立てなければ、どうして知ることができただろう。春霞が隔てている空を帰ってゆく雁を。

とお詠みになったのも、すっきりと聞こえます。恋の歌も、「こひせよとても生まれざりけり」、また「ふる白雪のかたもなく」など、ご自分の心から思い出されたのでしょう、と評判で、たいそう趣深いことです。詩などもよく心得ていらしたのでしょう。左大弁宰相顕業という博士が語られたのは、「(成通が)詩のことなどを言われるのを聞くと、『誰それが千里(という語)なども作っているのが優雅に聞こえて、心が澄むわざである。万里というようになれば、また言うまでもない』などとおっしゃるのは、たいそう興がある」などと(語ったそうです)。たいそう涙もろいご様子でいらっしゃいました。

鳥羽で白河院が流鏑馬ということをご覧になった時、滝口の誰それとかいう者が射ようとしたが、兄と同じく武勇の評判のある家の者だそうですが、(兄が)的を立てていましたのを見て、「弟がどうしたことか、兄が的を立てているのに頼るとは。たいそう殊勝なことだ」といってお泣きになったので、二条の帥(長実)は、「行兼が流鏑馬を射るのに公兼が的を立てるのが、しみじみ感じるようなことだろうか」と言ったそうです。またある源氏の武者が、優雅に歌を詠み遊びなどしていたのに、指貫の括りが狭く見えたので、「万一のことがあったら、それでは、さっと(裾を)上げるつもりなのか」などと言っても涙ぐまれました。また三井寺にいました山伏が法橋になったとお話しになっても、「『山伏を見たいなら、誰それを見よ』などと言われるのこそ、大峰(で修行した)姿が慕わしいのだ」などと言っても、涙を落とされたと聞こえました。たやすいことでも物を褒める心で、このようにいらっしゃいました。弟の按察大納言重通と申し上げた方は、容貌などは似通っていらっしゃったが、もう少し華やかさがあって、愛嬌のある様子でいらっしゃいました。たいして芸能などはおありでなかったけれども、笙の笛を吹き、琵琶を弾かれました。法性寺殿(忠通)にいつも親しくお仕えしていらっしゃったが、殿もこの大納言も、通り過ぎていらした後なども、慕わしく、さっと薫る香がおありでした。(源氏物語の)匂兵部卿・薫大将などのように思われたのでしょう。このお二人の大納言たちは、御子もいらっしゃらないで、皆人の子を養っていらっしゃいました。

意訳

藤原成通は院政期を代表する多芸の人で、とくに蹴鞠では「鞠聖」と称された。今様を百夜歌い通し、鞠を千日欠かさず蹴ったという努力の人でもあった。

女房のもとに通っていたところを侍たちに待ち伏せされた話は、今鏡でも屈指の痛快な逸話。成通は築地を越えて自邸から正装を取ってきて、翌朝、身分を明らかにして堂々と現れ、主人の有賢に女房をもらい受けて去った。

章題の「雁がね」は帰雁の歌による。成通は涙もろく、ささいなことにも感動して泣く人だった。語り手は、こうした心の柔らかさも物を褒める心の表れとして好意的に描く。弟の重通は、源氏物語の匂宮・薫のように良い香りをただよわせていたという。

語釈・文法注

侍從大納言成通
藤原成通(1097〜1162?)。宗通の子。蹴鞠の名手で「鞠聖」と呼ばれた。
今樣
平安中期から流行した新しい歌謡。七五調四句が多い。
鞠足
蹴鞠をする人。蹴鞠の名手。
釋迦のみのりはしな〴〵に
今様の一節。
勾欄のほこぎ
高欄(欄干)の一番上の横木。
ついぢ
築地。土を固めて造った塀。
宮內卿有賢
源有賢(1070〜1139)。楽人として知られた。
折烏帽子
頂を折り曲げた烏帽子。略式。
柿の水干
柿色に染めた水干。身分の低い者や忍びの姿。
江都王
中国の伝説的な色好みの王か。未詳。
呪師
法会の後などで呪術的な芸を演じた芸能者。
色ゆるされて
禁色(天皇の許しがなければ着られない色の衣服)を許されること。
ひきわたの狩衣
真綿を入れた狩衣か。
資遠
検非違使。伝未詳。
かとり
固織。目を細かく固く織った絹。
左大辨宰相顯業
藤原顕業(1090〜1148)。文章博士。
やぶさめ
流鏑馬。馬を走らせながら的を射る武芸。
二條ノ帥
藤原長実。
法橋
僧位の一つ。法印・法眼に次ぐ。
大峯
大峰山。修験道の聖地。
按察の大納言重通
藤原重通(1099〜1161)。宗通の子。
にほふ兵部卿かをる大將
源氏物語の匂宮と薫。ともに良い香りをただよわせる人物として描かれる。

文法

いと〳〵苦しかるまじき事なり
まったく困ることではない。
こはいかにと見る程に
これはどうしたことかと見ていると。
ひきわたの麁々しく、思ほしめしけるにや
「麁々し」は粗野だ。引綿の狩衣を粗野だとお思いになったのだろうか。

和歌

白河の流れをたのむ心をばたれかは汲みてそらに知るべき

詠者
藤原成通
状況
崇徳天皇の十五首歌会で「述懐」の題で詠んだ歌。

修辞

掛詞
「白河」に白河の川と白河院をかける。
縁語
「流れ」「汲み」は川の縁語。

こゑせずはいかでしらまし春霞へだつるそらに歸る雁がね

詠者
藤原成通
状況
帰雁を詠んだ歌。

解説

成通の逸話は『古今著聞集』や『十訓抄』にも多く収められている。今鏡の語り手は、その超人的な技芸と、涙もろく優しい人柄の両面を生き生きと描き出している。

関連

出典

底本
関根正直『今鏡新註』 六合館、昭和2年(1927)、245〜252頁(コマ137–141)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日