古典ライブラリー

今鏡 第六「藤波の下」 第51章

弓の音

宗通の次男、太政大臣伊通は詩文と書にすぐれたが、口の悪い皮肉屋として知られた。宰相のまま上臈を越えられて官を返上し、牛車を大路で焼いて籠居したが、やがて異例の昇進で中納言となる。籠居の折に借りた弓を返す時の歌、娘の九条院呈子の歌などが語られる。

  1. 1そのそのその宗通むねみち宗通むねみちむねみちののの大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごんののの次郞じらう次郞じらうじろうにおはせしにおはせしにおわせし、、、太政大臣だいじやうだいじん太政大臣だいじやうだいじんだいじょうだいじん通つう通つうつうのおとゞおはしきのおとゞおはしきのおとどおわしき。。。詩し詩ししなどなどなど作つく作つくつくりりり給たま給たまたまふかたふかたうかた、、、いとよくおはしけりいとよくおはしけりいとよくおわしけり。。。手て手ててもよくかきもよくかきもよくかき給たま給たまたまひけりひけりいけり。。。
  2. 2よきよきよき上達部かんだちめ上達部かんだちめかんだちめとておはしけるにとておはしけるにとておわしけるに、、、あまりいちあまりいちあまりいちはやはやはやくてくてくて、、、世よ世よよののの物もの物ものものいひにてぞおはしけるいひにてぞおはしけるいいにてぞおわしける。。。こもりゐこもりゐこもりい給たま給たまたまへりしへりしえりし折をり折をりおりももも、、、御幸みゆき御幸みゆきみゆきなどなどなど見み見みみ給たま給たまたまひてひていてははは「「「大夫だいぶ大夫だいぶだいぶ變へん變へんへんじてじてじて、、、百ひやく百ひやくひゃく殿上人てんじやうびと殿上人てんじやうびとてんじょうびとになりにけりになりにけりになりにけり」」」。。。
  3. 3などのたまひなどのたまひなどのたまい、、、またまたまた「「「籠こも籠こもこもりゐたるりゐたるりいたるははは苦くる苦くるくるしからねどしからねどしからねど、、、世よ世よよににに交まじ交まじまじらららはははまほしきことまほしきことまほしきことははは、、、人ひと人ひとひとのいたくのいたくのいたく烏帽子えぼうし烏帽子えぼうしえぼうしのしりのしりのしり高たか高たかたかくあげたるにくあげたるにくあげたるに、、、うなじのくぼにゆひてうなじのくぼにゆひてうなじのくぼにゆいて、、、出い出いいでんとおもふなりでんとおもふなりでんとおもうなり」」」。。。
  4. 4などなどなど、、、世よ世よよににに似に似ににぬやうにのたまひけりぬやうにのたまひけりぬようにのたまいけり。。。またまたまた右衞門うゑもん右衞門うゑもんうえもんノノノ督かみ督かみかみ、、、武者むしや武者むしやむしゃおこしてのちおこしてのちおこしてのち、、、除目ぢもく除目ぢもくじもくををを行おこな行おこなおこなへりしへりしえりし見み見みみ給たま給たまたまひてひていてははは、、、「「「などなどなど、、、ははは官ぐわん官ぐわんがんもならぬにかあらんもならぬにかあらんもならぬにかあらん。。。井ゐ井ゐいこそこそこそ人ひと人ひとひとははは多おほ多おほおおくくく殺ころ殺ころころしたれしたれしたれ」」」。。。
  5. 5などなどなど、、、かやうのことかやうのことかようのことをををのみのみのみ、、、ののの給たま給たまたまふふう人ひと人ひとひとになんおはしけるになんおはしけるになんおわしける。。。籠こも籠こもこもりりり居ゐ居ゐい給たま給たまたまひしひしいし事こと事ことことははは、、、宰相さいしやう宰相さいしやうさいしょうにおはせしににおはせしににおわせしに、、、われよりわれよりわれより上﨟じやうらふ上﨟じやうらふじょうろう四人よたり四人よたりよたり中納言ちゆうなごん中納言ちゆうなごんちゅうなごんになれるにになれるにになれるに、、、我わ我わわれれれひとりひとりひとり殘のこ殘のこのこりたりりたりりたり。。。
  6. 6譬たと譬たとたとひひひ上﨟じやうらふ上﨟じやうらふじょうろうなりともなりともなりとも、、、後のち後のちのちににに宰相さいしやう宰相さいしやうさいしょうになりたるになりたるになりたる人ひと人ひとひともありもありもあり。。。我わ我わわれこそれこそれこそ成な成ななるべきにるべきにるべきに、、、ひとりならずとてひとりならずとてひとりならずとて、、、宰相さいしやう宰相さいしやうさいしょうをもをもをも、、、兵衞ひやうゑ兵衞ひやうゑひょうえノノノ督かみ督かみかみをもをもをも中宮ちゆうぐう中宮ちゆうぐうちゅうぐうノノノ權大夫ごんのだいぶ權大夫ごんのだいぶごんのだいぶをもをもをも、、、皆みな皆みなみなたてまつりてたてまつりてたてまつりて、、、久ひさ久ひさひさしくしくしく籠こも籠こもこもりりり給たま給たまたまへりきへりきえりき。。。
  7. 7人ひと人ひとひとににに越こ越ここえられたるえられたるえられたる事こと事ことこともなしもなしもなし。。。ことことこと人ひと人ひとひとならばさてもおはすべけれどもならばさてもおはすべけれどもならばさてもおわすべけれども、、、腹立はらだ腹立はらだはらだちてちてちて籠こも籠こもこもりりり給たま給たまたまへりしにへりしにえりしに、、、、、、宰相さいしやう宰相さいしやうさいしょうののの太郞たらう太郞たらうたろう子こ子ここにおはせしにおはせしにおわせし、、、讚岐さぬき讚岐さぬきさぬきののの帝みかど帝みかどみかどののの、、、御おん御おんおんおぼえにおはせしおぼえにおはせしおぼえにおわせし程ほど程ほどほどににに、、、太政大臣だいじやうだいじん太政大臣だいじやうだいじんだいじょうだいじん、、、さきのさきのさきの宰相さいしやう宰相さいしやうさいしょうにてにてにて、、、なりもかへらでなりもかへらでなりもかえらで、、、中納言ちゆうなごん中納言ちゆうなごんちゅうなごんになりになりになり給たま給たまたまひきひきいき。。。
  8. 8ののの座ざ座ざざののの除目ぢもく除目ぢもくじもくににに、、、上達部かんだちめ上達部かんだちめかんだちめになるになるになる例れい例れいれいははは、、、これやこれやこれや始はじ始はじはじめにてめにてめにて侍はべ侍はべはべりけんとぞりけんとぞりけんとぞ聞き聞ききききき侍はべ侍はべはべりしりしりし。。。內うち內うちうちよりよりより院ゐん院ゐんいんににに申まう申まうもうさせさせさせ給たま給たまたまひひい、、、「「「はからはせたまへとはからはせたまへとはからわせたまえと、、、關白くわんぱく關白くわんぱくかんぱくにおほせられよにおほせられよにおおせられよ」」」。。。
  9. 9などなどなど申まう申まうもうさせたまひけるにやさせたまひけるにやさせたまいけるにや。。。さまでさまでさまで御おん御おんおんけしきもあしくもなかりければけしきもあしくもなかりければけしきもあしくもなかりければ、、、なさむとせさせなさむとせさせなさむとせさせ給たま給たまたまふふうををを、、、法性寺ほふしやうじ法性寺ほふしやうじほっしょうじのおとゞのおとゞのおとど關白くわんぱく關白くわんぱくかんぱくにてにてにて、、、あるまじきことゝあるまじきことゝあるまじきこととたび〳〵たび〳〵たびたび申まう申まうもうさせさせさせ給たま給たまたまひければひければいければ、、、いつとなくしぶらせいつとなくしぶらせいつとなくしぶらせ給たま給たまたまひけれどひけれどいけれど、、、院ゐん院ゐんいんにににたび〳〵たび〳〵たびたび御使おほんつかひ御使おほんつかひおおんつかいなどありてなどありてなどありて、、、陣ぢん陣ぢんじんののの座ざ座ざざにてにてにて中納言ちゆうなごん中納言ちゆうなごんちゅうなごんになりになりになり給たま給たまたまひにきひにきいにき。。。
  10. 10御前おまへ御前おまへおまえにてにてにて行おこな行おこなおこなはるゝはるゝわるる除目ぢもく除目ぢもくじもくにこそにこそにこそ、、、上達部かんだちめ上達部かんだちめかんだちめはははなさるなるになさるなるになさるなるに、、、これよりこれよりこれよりはじまりてはじまりてはじまりて、、、此こ此ここののの頃ごろ頃ごろごろはははさてなさるゝとぞさてなさるゝとぞさてなさるるとぞ聞き聞ききこえこえこえ侍はべ侍はべはべるるる。。。うへのうへのうえの御兄おほんあに御兄おほんあにおおんあに人ひと人ひとひとなればなればなれば、、、殿どの殿どのどのにににはははさりがたくおはすべけれどさりがたくおはすべけれどさりがたくおわすべけれど、、、例れい例れいれいなきなきなき事こと事ことことととと申まう申まうもうさせさせさせ給たま給たまたまひけるにこそひけるにこそいけるにこそ。。。
  11. 11官つかさ官つかさつかさをもをもをも返かへ返かへかえしたてまつりてしたてまつりてしたてまつりて、、、入い入いいりこもりりこもりりこもり給たま給たまたまひけるひけるいける時とき時ときとき、、、ののの車くるま車くるまくるまやぶりてやぶりてやぶりて、、、家いへ家いへいえののの前さき前さきさきののの大宮おほみや大宮おほみやおおみやおもてのおもてのおもての大路おほぢ大路おほぢおおじにてにてにて、、、とりいだしてとりいだしてとりいだして燒や燒ややききき失うしな失うしなうしなひたまひけるひたまひけるいたまいけるははは、、、ののの日ひ日ひひにてにてにて侍はべ侍はべはべりけるとかやりけるとかやりけるとかや。。。
  12. 12さてさてさて紺こん紺こんこんののの水干すいかん水干すいかんすいかんににに、、、くれなゐのくれなゐのくれないの衣ころも衣ころもころもとかとかとか着き着ききててて、、、馬むま馬むまうまにてにてにてへへへ、、、かねとかいふあそびがりかねとかいふあそびがりかねとかいうあそびがり、、、おはしけるおはしけるおわしける道みち道みちみちににに、、、鳥羽とば鳥羽とばとばののの櫻さくら櫻さくらさくらをををなんなんなん好よ好よよききき給たま給たまたまひけるひけるいける。。。
  13. 13かくてかくてかくて月日つきひ月日つきひつきいをををわたりてありかんとわたりてありかんとわたりてありかんと思おも思おもおもふとふとうと、、、院ゐん院ゐんいんののの御おん御おんおんおぼえなりしおぼえなりしおぼえなりし中納言ちゆうなごん中納言ちゆうなごんちゅうなごんににに消息せうそこ消息せうそこしょうそこししし給たま給たまたまひければひければいければ、、、さもとおぼしめしけれどさもとおぼしめしけれどさもとおぼしめしけれど、、、うちうちうち任まか任まかまかせてもえなくてせてもえなくてせてもえなくて、、、みかどのせさせみかどのせさせみかどのせさせ給たま給たまたまふふう、、、あかざりけるなるべしあかざりけるなるべしあかざりけるなるべし。。。
  14. 14さきのさきのさきの宰相さいしやう宰相さいしやうさいしょうにてにてにて中納言ちゆうなごん中納言ちゆうなごんちゅうなごんになるになるになる例れい例れいれいなきなきなき事こと事ことことなれどなれどなれど、、、國くに國くにくにののの宇治うぢ宇治うぢうじににに籠こも籠こもこもりゐてりゐてりいて、、、前さきの前さきのさきのノノノ中納言ちゆうなごん中納言ちゆうなごんちゅうなごんよりよりより大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごんになりたるになりたるになりたる事こと事ことことののの准じゆん准じゆんじゅんらへつべきによりてぞらへつべきによりてぞらえつべきによりてぞ成な成ななりりり給たま給たまたまひけるひけるいける。。。
  15. 15宰相さいしやう宰相さいしやうさいしょうにまづかへしなさんとにまづかへしなさんとにまずかえしなさんと御氣色みけしき御氣色みけしきみけしきありけるありけるありけるををを、、、さてさてさてはははありかんともなかりければありかんともなかりければありかんともなかりければ、、、かたきことなりとかたきことなりとかたきことなりと侍はべ侍はべはべりけるなるべしりけるなるべしりけるなるべし。。。さていりこもりさていりこもりさていりこもり給たま給たまたまひしひしいし時とき時ときとき、、、ノノノ院ゐん院ゐんいん大將だいしやう大將だいしやうだいしょうまだまだまだ中納言ちゆうなごん中納言ちゆうなごんちゅうなごんなどなどなど申まう申まうもうしゝしゝしし折をり折をりおりにやにやにや。。。
  16. 16そのそのその弓ゆみ弓ゆみゆみをををかりかりかり給たま給たまたまへりけるがへりけるがえりけるが、、、つかさたてまつりてつかさたてまつりてつかさたてまつりて、、、返かへ返かへかえしたまふとてしたまふとてしたまうとて、、、
  17. 17とゝせとゝせととせ餘あま餘あまあまりりり手て手ててならしたりしならしたりしならしたりし梓弓あづさゆみ梓弓あづさゆみあずさゆみ返かへ返かへかえすにつけてねぞなかれけるすにつけてねぞなかれけるすにつけてねぞなかれける
  18. 18とととはべりけるかへしにはべりけるかへしにはべりけるかえしに、、、中なか中なかなかノノノ院ゐん院ゐんいん、、、
  19. 19さりとてもさりとてもさりとても思おも思おもおもひなひないな捨す捨すすてそてそてそ梓弓あづさゆみ梓弓あづさゆみあずさゆみひきかへすひきかへすひきかえす世よ世よよももも有あ有あありもこそすれりもこそすれりもこそすれ
  20. 20ととと侍はべ侍はべはべりけるかひありてりけるかひありてりけるかいありて、、、右衞門うゑもん右衞門うゑもんうえもんノノノ督かみ督かみかみになりになりになり給たま給たまたまへりきへりきえりき。。。御おん御おんおんむすめむすめむすめ近衞こんゑ近衞こんゑこんえのみかどののみかどののみかどの御時おほんとき御時おほんときおおんとき、、、女御にようご女御にようごにょうごにまゐりにまゐりにまいり給たま給たまたまへりしへりしえりし、、、后きさき后きさききさきにたちにたちにたち給たま給たまたまひてひていて、、、帝みかど帝みかどみかどかくれさせかくれさせかくれさせ給たま給たまたまひにしかばひにしかばいにしかば、、、御おん御おんおんぐしおろしぐしおろしぐしおろし給たま給たまたまひてけりひてけりいてけり。。。
  21. 21ノノノ院ゐん院ゐんいんととと申まう申まうもうすなるべしすなるべしすなるべし。。。法性寺殿ほふしやうじどの法性寺殿ほふしやうじどのほっしょうじどのののの御子みこ御子みこみことてとてとて參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまへれどへれどえれど、、、誠まこと誠まことまことにににはははこのこのこの御子みこ御子みこみこなればなればなれば、、、いとめでたきいとめでたきいとめでたき御名みな御名みなみななりなりなり。。。きさきにきさきにきさきにははは立た立たたちちち給たま給たまたまへれどへれどえれど、、、院ゐん院ゐんいんののの御女おほんむすめ御女おほんむすめおおんむすめ、、、一いち一いちいちののの人ひと人ひとひとのなどならぬのなどならぬのなどならぬははは、、、かたきかたきかたき事こと事ことことにてぞにてぞにてぞ侍はべ侍はべはべるなるるなるるなる。。。
  22. 22御おん御おんおんみめもみめもみめも御おん御おんおんけはひもけはひもけわいも、、、いとらうあるいとらうあるいとろうある人ひと人ひとひとになんおはすとてになんおはすとてになんおわすとて、、、鳥羽とば鳥羽とばとばノノノ院ゐん院ゐんいんもいともいともいと有あ有あありりり難がた難がたがたくとぞくとぞくとぞほめさせほめさせほめさせ給たま給たまたまひけるひけるいける。。。近衞こんゑ近衞こんゑこんえのみかどのかくれさせのみかどのかくれさせのみかどのかくれさせ給たま給たまたまひてひていて、、、御おん御おんおんぐしおろしたまひてまたのぐしおろしたまひてまたのぐしおろしたまいてまたの年とし年としとし、、、五月さつき五月さつきさつきのいつかののいつかののいつかの日ひ日ひひ、、、にたてまつらせにたてまつらせにたてまつらせ給たま給たまたまひけるひけるいける、、、
  23. 23あやめあやめあやめ草くさ草くさくさひきたがへたるひきたがへたるひきたがえたる袂たもと袂たもとたもとにににははは昔むかし昔むかしむかしをををこふるねぞかゝりけるこふるねぞかゝりけるこうるねぞかかりける
  24. 24御おん御おんおんかへしかへしかえし
  25. 25さもこそさもこそさもこそははは同おな同おなおなじじじ袂たもと袂たもとたもとののの色いろ色いろいろならめかはらぬねならめかはらぬねならめかわらぬねをもをもをもかけてけるかなかけてけるかなかけてけるかな
  26. 26ととと侍はべ侍はべはべりけるとぞりけるとぞりけるとぞ聞き聞ききこえこえこえ侍はべ侍はべはべりしりしりし。。。
  27. 27太政だいじやう太政だいじやうだいじょうのおとゞののおとゞののおとどの太郞たらう太郞たらうたろうにておはせしにておはせしにておわせし、、、宰相さいしやう宰相さいしやうさいしょうとてとてとてうせうせうせ給たま給たまたまひにきひにきいにき。。。そのそのその宰相さいしやう宰相さいしやうさいしょうははは二郞じらう二郞じらうじろうかかか太郞たらう太郞たらうたろうかにおはすとてかにおはすとてかにおわすとて、、、おほぢのおほぢのおおじの大納言殿だいなごんどの大納言殿だいなごんどのだいなごんどの、、、ぎみとわらぎみとわらぎみとわらははは名な名ななをををつけつけつけ申まう申まうもうししし給たま給たまたまひけりひけりいけり。。。
  28. 28そのそのその宰相さいしやう宰相さいしやうさいしょうののの御子みこ御子みこみこははは、、、此こ此ここののの頃ころ頃ころころ通つう通つうつうののの少將せうしやう少將せうしやうしょうしょうととと申まう申まうもうすなるすなるすなる、、、侍從大納言じじゆうのだいなごん侍從大納言じじゆうのだいなごんじじゅうのだいなごんののの子こ子ここにしにしにし給たま給たまたまひておはしけりひておはしけりいておわしけり。。。またもまたもまたも御子みこ御子みこみこはははおはすとぞおはすとぞおわすとぞ。。。中納言ちゆうなごん中納言ちゆうなごんちゅうなごんととと申まう申まうもうしゝしゝししははは、、、顯隆あきたか顯隆あきたかあきたかののの中納言ちゆうなごん中納言ちゆうなごんちゅうなごんのむすめののむすめののむすめの腹はら腹はらはらにてにてにて、、、むかひばらとてむかひばらとてむかいばらとて、、、むねとしむねとしむねとし給たま給たまたまひしかばひしかばいしかば、、、兄あに兄あにあにののの宰相さいしやう宰相さいしやうさいしょうよりもよりもよりも、、、ときめきときめきときめき給たま給たまたまひきひきいき。。。
  29. 29あにおとゝあにおとゝあにおとと皆みな皆みなみな笛ふえ笛ふえふえをぞをぞをぞ吹ふ吹ふふききき給たま給たまたまひしひしいし。。。ふたりふたりふたりながらおながらおながらおほいほいほい殿どの殿どのどのよりさきによりさきによりさきに、、、かくれかくれかくれ給たま給たまたまひにきひにきいにき、、、伊實これざね伊實これざねこれざねののの中納言ちゆうなごん中納言ちゆうなごんちゅうなごんののの子こ子ここににに、、、少將せうしやう少將せうしやうしょうしょう侍從じじゆう侍從じじゆうじじゅうなどなどなど申まう申まうもうしておはすなりしておはすなりしておわすなり。。。
  30. 30宗通むねみち宗通むねみちむねみちののの大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごんののの三郞さぶらう三郞さぶらうさぶろうにてにてにて、、、通かよ通かよかよ前さきの前さきのさきのノノノ備後守びんごのかみ備後守びんごのかみびんごのかみとておはしきとておはしきとておわしき。。。文ふみ文ふみふみのかたものかたものかたも知し知ししりりり給たま給たまたまひきひきいき。。。箏さう箏さうそうのことのことのこと琵琶びは琵琶びはびわなどなどなど、、、ならびなくすぐれておはしけるならびなくすぐれておはしけるならびなくすぐれておわしけるををを、、、兵衞ひやうゑ兵衞ひやうゑひょうえノノノ佐すけ佐すけすけよりよりより四位しゐ四位しゐしいししし給たま給たまたまひてひていて、、、このこのこの御中おほんなか御中おほんなかおおんなかににに上達部かんだちめ上達部かんだちめかんだちめにもなりにもなりにもなり給たま給たまたまはざりしぞくちをしきはざりしぞくちをしきわざりしぞくちおしき。。。
  31. 31さやうのさやうのさようの道みち道みちみちのすぐれのすぐれのすぐれ給たま給たまたまへるにつけてもへるにつけてもえるにつけても、、、色いろ色いろいろめきすぐしめきすぐしめきすぐし給たま給たまたまへりけるにやへりけるにやえりけるにや。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

その宗通の大納言の次男でいらした方が、太政大臣伊通の大臣です。詩などをお作りになる方面は、たいそうすぐれていらっしゃいました。字もお上手でした。よい上達部でいらっしゃったけれど、あまりに鋭くて、世の毒舌家でいらっしゃいました。籠居していらした時も、御幸などをご覧になっては「百大夫が化けて、百人の殿上人になってしまった」などとおっしゃり、また「籠居しているのは苦しくないが、世間に交わりたいのは、人がひどく烏帽子の後ろを高く上げているのに、(自分は)うなじのくぼに結って出かけてやろうと思うからだ」などと、世間離れしたようにおっしゃいました。また信頼右衛門督が武者を起こして(平治の乱)、その後に除目を行ったのをご覧になっては、「どうして井戸は官職にならないのだろう。井戸こそ人を大勢殺しているのに」などと、このようなことばかりおっしゃる人でいらっしゃいました。籠居なさったわけは、宰相でいらした時、自分より上臈の四人が中納言になったのに、自分一人が残った。たとえ上臈であっても後から宰相になった人もいる。自分こそなるべきなのに一人だけならなかったといって、宰相も、兵衛督も、中宮権大夫も、皆返上して、長く籠居なさったのでした。人に越えられたこともない(のに)。ほかの人ならそのままでいらっしゃるはずだけれども、腹を立てて籠居なさっていたところ、為通が、宰相(伊通)の長男でいらして、讃岐の帝(崇徳)のご寵愛でいらしたころに、(伊通は)太政大臣(へと至る人だが、この時)前宰相のまま、宰相に戻りもせずに中納言になられました。陣の座の除目で上達部になる例は、これが初めでございましたろうと聞きました。帝から院(鳥羽院)に申し上げなさり、「お計らいくださいと関白に仰せください」などと申し上げなさったのでしょうか。それほどご機嫌も悪くなかったので、(院は)任じようとなさったが、法性寺の大臣(忠通)が関白で、あってはならないことだとたびたび申し上げなさったので、いつまでもためらっていらしたけれど、院からたびたび御使いなどがあって、陣の座で中納言になられたのでした。御前で行われる除目でこそ上達部は任じられるものなのに、これから始まって、このごろはそのように任じられると聞こえます。(忠通の)奥方の御兄なので、殿(忠通)としては避けがたい間柄でいらっしゃるはずだけれど、例のないことだと申し上げなさったのでしょう。

官職を返上して籠居なさった時、檳榔毛の車を壊して、家の前の大宮大路で取り出して焼き捨てなさったのは、節会の日だったとか。そして紺の水干に紅の衣とかを着て、馬で川尻へ、かねとかいう遊女のもとへいらした道で、鳥羽の桜を愛されました。「こうして月日を過ごして出歩こうと思う」と、院のご寵愛であった中納言に手紙をなさったので、(院は)もっともだとお思いになったけれど、簡単にはかなえられなくて、帝がなさったのも、(院には)物足りなかったのでしょう。前宰相から中納言になる例はないことだけれど、隆国が宇治に籠居して、前中納言から大納言になったことになぞらえることができるということで、なられたのでした。まず宰相に戻そうという御意向があったのを、それでは出歩くこともできないと思ったので、難しいことだと(伊通が)申したのでしょう。さて籠居なさった時、中院の大将(雅定)がまだ中納言などと申した折でしょうか、その弓を借りていらしたのを、官職を返上して(弓も)お返しになるといって、

十年余りも手に慣らしてきた梓弓を返すにつけても、弦の音ならぬ泣き声が、思わず出てしまうことです。

とありました返歌に、中院(雅定)が、

そうであっても、思い捨ててはいけません。梓弓を引き返すように、世が引き返す(よい時がめぐってくる)こともあるかもしれないのですから。

とありました甲斐があって、(伊通は)右衛門督になられたのでした。御娘が近衛の帝の御代に女御として入内なさった方は、后にお立ちになって、帝がお亡くなりになったので、御髪をおろされました。九条院と申し上げるのでしょう。法性寺殿(忠通)の御子として入内なさったけれど、本当はこの(伊通の)御子なので、たいそうめでたい御名です。后にはお立ちになったけれど、院の御娘や一の人の(御娘)などでない方は、難しいことでございます。御容貌もご様子も、たいそう洗練された方でいらっしゃるといって、鳥羽院もたいそうめったにないとお褒めになりました。近衛の帝がお亡くなりになって、御髪をおろされた翌年、五月五日に、皇嘉門院に差し上げなさった歌、

菖蒲を引くのとは引き違えた(喪服の)袂には、昔を恋い慕う泣き声(菖蒲の根)がかかっていることです。

御返歌

あなたも私も同じ(喪服の)袂の色なのでしょう。変わらない泣き声(菖蒲の根)をかけてくださったことです。

とありましたと聞こえました。

太政大臣(伊通)の長男でいらした方は、宰相として亡くなられました。その宰相は次男か長男かでいらっしゃるといって、祖父の大納言殿(宗通)が「自他君」と童名をおつけ申し上げなさいました。その宰相の御子は、このごろ泰通の少将と申す方で、侍従大納言(成通)が養子になさっていらっしゃいました。ほかにも御子がいらっしゃるとか。伊実中納言と申した方は、顕隆中納言の娘の腹で、正妻腹といって大切になさったので、兄の宰相よりも時めいていらっしゃいました。兄弟とも皆笛をお吹きになりました。お二人とも、大殿(伊通)より先に亡くなられました。伊実中納言の子に、少将・侍従などと申していらっしゃるようです。宗通の大納言の三男として、季通前備後守という方がいらっしゃいました。学問の方面も心得ていらっしゃいました。箏の琴・琵琶などは並ぶ者なくすぐれていらっしゃったのに、兵衛佐から四位になられて、この御一門の中で上達部にもなられなかったのは残念なことです。そのような道にすぐれていらっしゃるにつけても、好色に過ごしすぎていらしたのでしょうか。

意訳

藤原伊通は宗通の子で、のちに太政大臣に至り、為政の心得を説いた『大槐秘抄』を著した。口が悪く、平治の乱後の除目を見て「井戸こそ人を多く殺したのに、なぜ官職にならないのか」と皮肉ったという話は有名である。

宰相の時、上臈四人が中納言に昇進したのに自分だけ取り残されたことに怒って官を返上し、愛用の牛車を大路で焼き捨てて籠居した。章題の「弓の音」は、この時に借りていた弓を返して詠んだ歌と、雅定の慰めの返歌による。

のち伊通は前宰相から一足飛びに中納言となった。陣の座の除目で公卿に任じられた初めの例という。娘の呈子は忠通の養女として近衛天皇の中宮となり(九条院)、天皇の崩御後に出家した。

語釈・文法注

太政大臣伊通
藤原伊通(1093〜1165)。宗通の子。太政大臣。『大槐秘抄』の著者。
百大夫
遊女や傀儡が祀った神。御幸に供奉する殿上人を遊女の神に見立てて皮肉った。
信賴右衞門ノ督
藤原信頼(1133〜1160)。平治の乱を起こし、斬られた。
井は官もならぬにかあらん
平治の乱で多くの人が井戸に投げ込まれて死んだことをふまえた皮肉。
爲通
藤原為通(1112〜1154)。伊通の子。崇徳天皇の寵臣。
陣の座の除目
本来、公卿の任命は天皇の御前の除目で行われたが、陣の座(公卿の会議の場)で任じられた。
檳榔毛の車
檳榔の葉を裂いて屋根を葺いた牛車。上級貴族が用いた。
節會
宮中の儀式の日の宴会。
川尻
淀川の河口。遊女の集まる所として知られた。
隆國
源隆国。宇治に籠居した後、大納言になった。第48章参照。
中ノ院大將
源雅定(1094〜1162)。中院右大臣。
九條ノ院
藤原呈子(1131〜1176)。伊通の娘。忠通の養女として近衛天皇の中宮となった。
皇嘉門院
藤原聖子(1122〜1182)。忠通の娘。崇徳天皇の中宮。
自他ぎみ
「自他君」。次男とも長男ともつかない(どちらでもある)という意の童名か。
泰通の少將
藤原泰通(1147〜1210)。成通の養子。
伊實中納言
藤原伊実(1126〜1160)。伊通の子。
季通
藤原季通。宗通の子。箏・琵琶の名手。

文法

ひきかへす世も有りもこそすれ
「もこそ」は、…するかもしれない。
なりもかへらで
(宰相に)なり返りもしないで。

和歌

とゝせ餘り手ならしたりし梓弓返すにつけてねぞなかれける

詠者
藤原伊通
状況
官を返上して籠居した時、借りていた弓を源雅定に返して詠んだ歌。

修辞

掛詞
「ね」に弓の弦の「音」と泣く「音」をかける。
縁語
「梓弓」「返す」「ね(音)」は弓の縁語。

さりとても思ひな捨てそ梓弓ひきかへす世も有りもこそすれ

詠者
源雅定
状況
伊通の歌への返歌。

修辞

縁語
「梓弓」「ひき」は縁語。
掛詞
「ひきかへす」に弓を引き返すことと、世の運が引き返すことをかける。

あやめ草ひきたがへたる袂には昔をこふるねぞかゝりける

詠者
九条院呈子
状況
近衛天皇崩御の翌年の端午の節句に、同じく夫を亡くした皇嘉門院に贈った歌。

修辞

掛詞
「ね」に菖蒲の「根」と泣く「音」をかける。

さもこそは同じ袂の色ならめかはらぬねをもかけてけるかな

詠者
皇嘉門院
状況
九条院への返歌。

修辞

掛詞
「ね」に「根」と「音」をかける。

解説

伊通は今鏡の中でもとりわけ個性的な人物として描かれる。毒舌や奇行の数々は、硬直した官僚社会への批判とも読める。

関連

出典

底本
関根正直『今鏡新註』 六合館、昭和2年(1927)、239〜244頁(コマ134–137)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日