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今鏡 第五「藤波の中」 第47章

ふるさとの花の色

巻五の終わりは、師実の僧の子たち。鳥羽院に仏のように敬われた天台座主行玄は、法会で扇の上に五鈷を置いて代わりとしたり、加持で院の瘧病を癒やしたりした。ただ一人残る興福寺の尋範僧正は歌人で、「ぬしなき色はさびしかりけり」と詠んだ。

  1. 1おほとのゝおほとのゝおおとのの僧そう僧そうそう公達きんだち公達きんだちきんだちにににははは、、、山やま山やまやまにににはははののの座主ざす座主ざすざすととと申まう申まうもうしてしてして、、、男をとこ男をとこおとこ公達きんだち公達きんだちきんだちよりよりより、、、兄このかみ兄このかみこのかみにおはしけるなるべしにおはしけるなるべしにおわしけるなるべし。。。奈良なら奈良ならならにににははは覺信大僧正かくしんだいそうじやう覺信大僧正かくしんだいそうじやうかくしんだいそうじょう、、、三井寺みゐでら三井寺みゐでらみいでらにににははは、、、白川しらかは白川しらかはしらかわのののとてとてとて、、、讚岐さぬき讚岐さぬきさぬきのみかどののみかどののみかどの護持僧ごぢそう護持僧ごぢそうごじそうにおはしきにおはしきにおわしき。。。
  2. 2忠敎ただのり忠敎ただのりただのりののの大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごんののの、、、ひとつひとつひとつ腹はら腹はらはらとぞきこえとぞきこえとぞきこえ給たま給たまたまふふう。。。德大寺とくだいじ德大寺とくだいじとくだいじののの法眼ほふげん法眼ほふげんほうげんととと申まう申まうもうしゝしゝししははは、、、花山くわさん花山くわさんかざんノノノ院ゐん院ゐんいんののの左ひだり左ひだりひだりのおとゞののおとゞののおとどの、、、一ひと一ひとひとつつつ腹はら腹はらはらにおはすにおはすにおわす。。。心こころ心こころこころのきゝのきゝのきき給たま給たまたまへるにやへるにやえるにや。。。
  3. 3ののの、、、てなどにめされててなどにめされててなどにめされて、、、參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまひけるとかやひけるとかやいけるとかや。。。などもよくかきなどもよくかきなどもよくかき給たま給たまたまふとぞきこえふとぞきこえうとぞきこえ給たま給たまたまひしひしいし。。。奈良なら奈良ならならにににととと申まう申まうもうしゝもおはしきしゝもおはしきししもおわしき。。。
  4. 4うせうせうせ給たま給たまたまひしひしいしほどにほどにほどに、、、仁和寺にんなじ仁和寺にんなじにんなじののの寬運くわんうん寬運くわんうんかんうんとかいひしとかいひしとかいいし人ひと人ひとひと、、、御修法みしほ御修法みしほみしおののの賞じやう賞じやうじょうににに、、、僧都そうづ僧都そうづそうずになりしになりしになりし、、、いかなりしことにかいかなりしことにかいかなりしことにか。。。誰た誰たたれがれがれが御使おほんつかひ御使おほんつかひおおんつかいひとかやとてひとかやとていとかやとて、、、日毎ひごと日毎ひごとひごとににに、、、みてぐらみてぐらみてぐら奉たてまつ奉たてまつたてまつらるることありとらるることありとらるることありと、、、聞き聞ききこしめしたりけるとかやこしめしたりけるとかやこしめしたりけるとかや。。。
  5. 5二條にでう二條にでうにじょう殿どの殿どのどのののの御時おほんとき御時おほんときおおんときにもにもにも、、、とかやきこえしとかやきこえしとかやきこえし、、、鳥羽とば鳥羽とばとばののの僧正そうじやう僧正そうじやうそうじょう、、、林はやし林はやしはやしののの中なか中なかなかににに、、、しのびてたてられたるしのびてたてられたるしのびてたてられたる、、、丈六ぢやうろく丈六ぢやうろくじょうろくののの明王めいわう明王めいわうめいおうののの御堂みだう御堂みだうみどうにてにてにて、、、みずみずみずほうほうほう行おこな行おこなおこなはせはせわせ給たま給たまたまふなどふなどうなど聞き聞ききこえこえこえ侍はべ侍はべはべりしりしりし。。。
  6. 6是こ是ここれらよしなきれらよしなきれらよしなき事こと事ことことににに侍はべ侍はべはべりりり。。。山やま山やまやまのののときこえときこえときこえ給たま給たまたまひしひしいしははは、、、やんごとなきやんごとなきやんごとなき眞言しんごん眞言しんごんしんごん師し師ししにてにてにて、、、鳥羽とば鳥羽とばとばノノノ院ゐん院ゐんいん、、、佛ほとけ佛ほとけほとけののの如ごと如ごとごとくにくにくに、、、思おも思おもおもほしほしおし給たま給たまたまふとふとうと聞き聞ききこえきこえきこえき。。。
  7. 7三昧さんまい三昧さんまいさんまいのあざりのあざりのあざりといひしといひしといいし、、、やんごとなきやんごとなきやんごとなき眞言しんごん眞言しんごんしんごん師し師ししににに、、、こまかにこまかにこまかに傳つた傳つたつたへへえ習なら習ならならひひい給たま給たまたまひてひていて、、、心こころ心こころこころばへばへばえ振舞ふるまひ振舞ふるまひふるまいひありがたくひありがたくいありがたく、、、僧そう僧そうそうのあらまほしきさまにてのあらまほしきさまにてのあらまほしきさまにて、、、さるさるさる人ひと人ひとひとまだまだまだ出い出いいできがたくなんおはしけるできがたくなんおはしけるできがたくなんおわしける。。。
  8. 8ののの御おん御おんおん導師だうし導師だうしどうしにおはしけるににおはしけるににおわしけるに、、、日ひ日ひひぐらしあるぐらしあるぐらしある事こと事ことことなればなればなれば、、、僧膳そうぜん僧膳そうぜんそうぜんなどいふなどいふなどいう事こと事ことこともありもありもあり。。。又また又またまたおのづからおのづからおのずから立た立たたちちち給たま給たまたまふことなどありけるにふことなどありけるにうことなどありけるに、、、御扇おほんあふぎ御扇おほんあふぎおおんおうぎのののうへにうへにうえに、、、きてきてきて、、、わがわがわが御代おほんかは御代おほんかはおおんかわりにとゞめりにとゞめりにとどめ給たま給たまたまひけるなどひけるなどいけるなどをもをもをも、、、いといといと心こころ心こころこころにくゝよしありてにくゝよしありてにくくよしありて、、、めもあやにぞめもあやにぞめもあやにぞ思おも思おもおもひあへりけるひあへりけるいあえりける。。。
  9. 9鳥羽とば鳥羽とばとばノノノ院御ゐんおほん院御ゐんおほんいんおおんぐしおろさせぐしおろさせぐしおろさせ給たま給たまたまひしひしいし年とし年としとしにやにやにや侍はべ侍はべはべりけんりけんりけん。。。七月しちぐわつ七月しちぐわつしちがつ計はか計はかはかりよりりよりりより、、、御おん御おんおんはやはやはやみみみ、、、大事だいじ大事だいじだいじにおはしましてにおはしましてにおわしまして、、、月比つきごろ月比つきごろつきごろわづらはせわづらはせわずらわせ給たま給たまたまひしにひしにいしに、、、さま〴〵のさま〴〵のさまざまの御祈おほんいの御祈おほんいのおおんいのりせさせりせさせりせさせ給たま給たまたまはぬはぬわぬ事こと事ことことなくなくなく、、、かた〴〵よりかた〴〵よりかたがたより御祈おほんいの御祈おほんいのおおんいのりしつゝりしつゝりしつつ奉たてまつ奉たてまつたてまつりたまふりたまふりたまう。。。
  10. 10げんざとてげんざとてげんざとて、、、三井寺みゐでら三井寺みゐでらみいでらのののなどいふなどいふなどいう僧そう僧そうそうたちたちたち、、、うちうちうち代かは代かはかわりつゝりつゝりつつ參まゐ參まゐまいりてもりてもりても、、、怠おこた怠おこたおこたらせらせらせ給たま給たまたまはははででで、、、あさましくきこえあさましくきこえあさましくきこえ侍はべ侍はべはべりしにりしにりしに、、、けんざなどしけんざなどしけんざなどし給たま給たまたまふさまにふさまにうさまにはははおはせねどおはせねどおわせねど、、、このこのこの座主ざす座主ざすざすののの參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまひてひていて、、、祈いの祈いのいのりりり奉たてまつ奉たてまつたてまつりたまひけるにこそりたまひけるにこそりたまいけるにこそ、、、かひ〴〵しくかひ〴〵しくかいがいしく怠おこた怠おこたおこたらせらせらせ給たま給たまたまひにければひにければいにければ、、、又また又またまた後のち後のちのちにもにもにも程ほど程ほどほどへてへてへて、、、おこらせおこらせおこらせ給たま給たまたまへりけるにもへりけるにもえりけるにも、、、たび〳〵やめたてまつりたび〳〵やめたてまつりたびたびやめたてまつり給たま給たまたまひけるとこそひけるとこそいけるとこそ、、、聞き聞ききこえこえこえ侍はべ侍はべはべりしかりしかりしか。。。
  11. 11かやうのかやうのかようの驗者げんざ驗者げんざげんざにににははは、、、山伏やまぶし山伏やまぶしやまぶしをををのみのみのみ賴たの賴たのたのもしきものにもしきものにもしきものにははは思おも思おもおもひあへるにひあへるにいあえるに、、、誠まこと誠まことまことしきことしきことしきことははは、、、このこのこの度たび度たびたびぞぞぞ見み見みみえええ侍はべ侍はべはべりけるりけるりける。。。山科寺やましなでら山科寺やましなでらやましなでらのののととと申まう申まうもうすぞすぞすぞ、、、ひとりひとりひとり殘のこ殘のこのこりりり給たま給たまたまひてひていて、、、此こ此ここののの頃ごろ頃ごろごろおはするおはするおわする。。。
  12. 12それそれそれははは諸方もろかた諸方もろかたもろかたののの辨べん辨べんべんのむすめののむすめののむすめの腹はら腹はらはらにやにやにや。。。奈良なら奈良ならならにににははは淸きよ淸きよきよききき僧そう僧そうそうもかたきもかたきもかたきををを、、、いといといと尊たふと尊たふととうとききき人ひと人ひとひとにぞおはしますめるにぞおはしますめるにぞおわしますめる。。。和歌わか和歌わかわかこそこそこそ能よ能よよくよみくよみくよみ給たま給たまたまふめれふめれうめれ。。。ときこそときこそときこそ侍はべ侍はべはべりしかりしかりしか。。。
  13. 13やどもやとやどもやとやどもやと花はな花はなはなももも昔むかし昔むかしむかしににに匂にほ匂にほにおへどもぬしなきへどもぬしなきえどもぬしなき色いろ色いろいろはははさびしかりけりさびしかりけりさびしかりけり
  14. 14とよみとよみとよみ給たま給たまたまふふう。。。詞ことば詞ことばことばもいひなれもいひなれもいいなれ、、、すがたもよみすまされすがたもよみすまされすがたもよみすまされ侍はべ侍はべはべるるる。。。ののの大臣おとど大臣おとどおとどののの、、、院ゐん院ゐんいんにてよみたまへるうたにてよみたまへるうたにてよみたまえるうた、、、
  15. 15うちつけにさびしくもあるかもみぢばのうちつけにさびしくもあるかもみぢばのうちつけにさびしくもあるかもみじばの主ぬし主ぬしぬしなきなきなき宿やど宿やどやどははは色いろ色いろいろなかりけりなかりけりなかりけり
  16. 16といふといふという御おん御おんおんうたのうたのうたの心こころ心こころこころなるものからなるものからなるものから、、、よみかへられてよみかへられてよみかえられて、、、いとやさしくきこえいとやさしくきこえいとやさしくきこえ侍はべ侍はべはべるるる。。。ががが、、、「「「月つき月つきつきのののひかりもさびしかりけりひかりもさびしかりけりひかりもさびしかりけり」」」。。。といふといふという歌うた歌うたうたののの心こころ心こころこころなれどもなれどもなれども、、、それにかはりてそれにかはりてそれにかわりて侍はべ侍はべはべりりり。。。
  17. 17おなじおなじおなじ御おん御おんおんはははらのらのらの兄このかみ兄このかみこのかみにてにてにて、、、寺じ寺じじののの仁證法印にんしようほふいん仁證法印にんしようほふいんにんしょうほういんとてもおはしきとてもおはしきとてもおわしき。。。猶なほ猶なほなお僧そう僧そうそう公達きんだち公達きんだちきんだちははは、、、あらあらあら法眼ほふげん法眼ほふげんほうげんなどなどなど申まう申まうもうすもおはしきすもおはしきすもおわしき。。。又また又またまたてらにてらにてらに法印ほふいん法印ほふいんほういんなどなどなど申まう申まうもうすもすもすも、、、大方おほかた大方おほかたおおかたをををのこぎみのこぎみのこぎみ、、、十五六人じふごろくにん十五六人じふごろくにんじゅうごろくにんばかりやおはしましけんばかりやおはしましけんばかりやおわしましけん。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

大殿(師実)の僧の公達には、比叡山には理智房の座主と申して、男の公達よりも兄でいらしたのでしょう。奈良には覚信大僧正、三井寺には白川の僧正増智といって、讃岐の帝(崇徳)の護持僧でいらっしゃいました。忠教大納言と同じ腹と聞こえます。徳大寺の法眼と申し上げた方は、花山院の左大臣(家忠)と同じ腹でいらっしゃいます。心がきいていらしたのでしょうか、法金剛院の石立て(作庭)などに召されて参られたとか。梵字などもよくお書きになると聞こえました。奈良に玄覚僧正と申し上げた方もいらっしゃいました。亡くなられたころ、仁和寺の寛運とかいう人が、御修法の賞として僧都になったのは、どういうことだったのでしょうか。誰の御使いとかいって、毎日幣帛を奉っていることがあったとお聞きになったとか。二条殿(師通)の御時にも、範俊とか申した鳥羽の僧正が、林の中にひそかに建てられた丈六の明王の御堂で、修法を行わせなさったなどと聞こえました。これらはつまらないことです。比叡山の座主行玄大僧正と申し上げた方は、尊い真言師で、鳥羽院が仏のようにお思いになっていたと聞きました。三昧阿闍梨良祐という尊い真言師に詳しく伝え習われて、心ばえも振る舞いもめったになく、僧の理想的な姿で、このような人はまだ出てこないほどでいらっしゃいました。尊勝陀羅尼の法会の導師でいらした時、一日中続くことなので、僧膳などということもあります。また自然と座をお立ちになることなどもあった時に、御扇の上に五鈷を置いて、自分の代わりにとどめておかれたことなども、たいそう奥ゆかしく趣があって、目を見張る思いがしたのでした。

鳥羽院が出家なさった年でございましたでしょうか、七月ごろから瘧病が重くていらして、何か月もお患いになったところ、さまざまの御祈祷をなさらないことはなく、方々から御祈祷をして差し上げました。験者として三井寺の覚宗などという僧たちが代わる代わる参っても、よくなられず、あきれるほどと聞こえましたが、験者などをなさるような方ではないけれども、この座主が参られてお祈り申し上げなさったところ、甲斐甲斐しくよくなられたので、また後にも時を経て再発なさった時にも、たびたび治し申し上げなさったと聞きました。このような験者には、山伏ばかりを頼もしいものと思い合っていたのに、本物のことはこの時に見えたのでした。山科寺(興福寺)の尋範僧正と申す方が、ただ一人残られて、このごろいらっしゃいます。その方は諸方の弁の娘の腹でしょうか。奈良には清い僧もめったにいないのに、たいそう尊い人でいらっしゃるようです。和歌こそよくお詠みになるようです。ある時、

やどもやと花も昔に匂へどもぬしなき色はさびしかりけり

とお詠みになります。言葉も言い慣れ、姿もよく詠み澄まされております。近院の大臣(源能有)が河原院でお詠みになった歌、

うちつけにさびしくもあるかもみぢばの主なき宿は色なかりけり

という御歌の心でありながら、詠み変えられて、たいそう優雅に聞こえます。また範永の「月のひかりもさびしかりけり」という歌の心でもありますが、それとも変わっております。同じ腹の兄で、三井寺の仁証法印という方もいらっしゃいました。なお僧の公達は、あら法眼などと申す方もいらっしゃいました。また三井寺に法印などと申す方も(いて)、だいたい男君は十五、六人ほどいらっしゃったでしょうか。

意訳

師実の子には僧となった者も多かった。中でも天台座主行玄は、鳥羽院に深く帰依され、扇の上に五鈷を置いて自分の代わりとしたという逸話は、その奥ゆかしい人柄を伝える。山伏の験者たちが治せなかった鳥羽院の瘧病を、加持で癒やしたことも語られる。

章題の「ふるさとの花の色」は、興福寺の尋範僧正の歌による。主のいない古い家に昔と変わらず咲く花の寂しさを詠んだ歌で、源能有の「主なき宿は色なかりけり」、範永の「月のひかりもさびしかりけり」を本歌としながら、新しく詠み変えたと評される。巻五「藤波の中」はこの歌で結ばれる。

語釈・文法注

理智房の座主
仁源(1058〜1109)。師実の子。天台座主。
白川の僧正增智
増智(1087〜1150?)。師実の子。三井寺の僧。崇徳天皇の護持僧。
法金剛院
待賢門院が仁和寺の近くに建てた寺。第19章参照。
石立て
庭石を据えること。作庭。
梵字
サンスクリットの文字。
玄覺僧正
師実の子。興福寺の僧。
範俊
範俊(1038〜1112)。東寺の僧。鳥羽の僧正。
行玄大僧正
行玄(1097〜1155)。師実の子。天台座主。鳥羽院の帰依を受けた。
三昧のあざり良祐
良祐。比叡山の真言(台密)の師。
尊勝陀羅尼
仏頂尊勝陀羅尼。災厄を除き寿命を延ばす陀羅尼。
五鈷
密教の法具。両端が五つに分かれた金剛杵。
わらはやみ
瘧病(おこり)。周期的に発熱する病。マラリアの類。
覺宗
三井寺の僧。
尋範僧正
尋範(1094〜1174)。師実の子。興福寺別当。
近院の大臣
源能有(845〜897)。文徳天皇の皇子。
河原院
源融の邸宅。融の死後荒廃し、歌人たちの集う場となった。
範永
藤原範永。歌人。

文法

よしなき事に侍り
つまらないことでございます。語り手が脱線を断る言葉。
ときこそ侍りしか
「時こそ」か。ある時。

和歌

やどもやと花も昔に匂へどもぬしなき色はさびしかりけり

詠者
尋範
状況
主のいなくなった家の花を詠んだ歌。

修辞

本歌
源能有「うちつけにさびしくもあるかもみぢばの主なき宿は色なかりけり」。
対比
昔と変わらぬ宿と花の匂いと、主のいない寂しさとを対比する。

うちつけにさびしくもあるかもみぢばの主なき宿は色なかりけり

詠者
源能有
状況
源融の死後、河原院で詠んだ歌(古今集・哀傷)。

解説

巻五「藤波の中」は、忠通・頼長・師実の子孫たちの列伝である。最後に尋範の寂しい花の歌を置くことで、摂関家の栄華の陰にある無常感を漂わせて巻を閉じている。

関連

出典

底本
関根正直『今鏡新註』 六合館、昭和2年(1927)、222〜226頁(コマ126–128)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日