今鏡 第五「藤波の中」 第39章
菊の露
忠通は仏法にも深く通じ、菊の枝に歌を添えて導師に布施を与えた。心静かで物事に動じない性格のため一時は不遇だったが、保元の乱後は氏の長者に返り咲き、子孫も栄えた。出家後は円観と名のり、没後は極楽の蓮の上にいると夢に見られた。
- 1法門法門ほうもんのかたのかたのかたははは、、、底底そこををを極極きわめさせめさせめさせ給給たまひてひていて、、、山山やま、、、三井寺三井寺みいでら、、、東大寺東大寺とうだいじ、、、などなどなど智惠智惠ちえあるあるある僧綱僧綱そうごう、、、大德大德だいとこももも、、、內裏內裏うちににに御讀經御讀經みどきょうなどなどなど勤勤つとむるむるむる折折おりににに、、、御簾御簾みすのののうちにてうちにてうちにて、、、深深ふかききき心心こころたづねたづねたずね問問とはせはせわせ給給たまひひい、、、わがわがわが殿殿どのにてにてにて、、、などなどなど行行おこなはせはせわせ給給たまふふう折折おりふしのふしのふしの事事ことにつけてにつけてにつけて、、、經論經論きょうろんののの深深ふかききき事事こと、、、ひろきひろきひろき心心こころ、、、汲汲くみつくさせみつくさせみつくさせ給給たまはぬはぬわぬ事事ことなくなんなくなんなくなん、、、おはしましけるおはしましけるおわしましける。。。
- 2御佛御佛みほとけ供養供養くようせさせせさせせさせ給給たまひけるひけるいける御御おん導師導師どうしににに、、、菊菊きくののの枝枝えだにさしてにさしてにさして給給たまはせけるはせけるわせける、、、
- 3たぐひなきたぐひなきたぐいなき御法御法みのりををを菊菊きくののの花花はななればつもれるなればつもれるなればつもれる罪罪つみははは露露つゆももも殘殘のこらじらじらじ
- 4などぞきこえなどぞきこえなどぞきこえ侍侍はべりしりしりし。。。御心御心みこころばへもばへもばえも、、、すき〴〵しくのみおはしましながらすき〴〵しくのみおはしましながらすきずきしくのみおわしましながら、、、わづらはしくわづらはしくわずらわしく、、、とりがたきとりがたきとりがたき御心御心みこころにてにてにて、、、ひか〴〵しきひか〴〵しきひかびかしき事事ことはははおはしまさでおはしまさでおわしまさで、、、何事何事なにごともおどろかぬやうにぞおはしましけるもおどろかぬやうにぞおはしましけるもおどろかぬようにぞおわしましける。。。
- 5さればさればされば世世よにもにもにも似似にさせさせさせ給給たまはははででで、、、いづいづいず方方かたにもにもにも、、、踈踈うときやうにきやうにきょうに、、、聞聞きこえさせこえさせこえさせ給給たまひてひていて、、、公達公達きんだちなどなどなど心心こころもとなくもとなくもとなく、、、聞聞きこえさせこえさせこえさせ給給たまひしかどもひしかどもいしかども、、、世世よののの中中なかみだれみだれみだれ出出いできてできてできて後後のち、、、元元もとのやうにのやうにのように、、、氏氏うじののの長者長者ちょうじゃにもにもにも、、、かへりならせかへりならせかえりならせ給給たまひきひきいき。。。
- 6男男おとこ公達公達きんだちももも、、、位位くらい高高たかくならせくならせくならせ給給たまひてひていて、、、法師法師ほうしにおはしますもにおはしますもにおわしますも、、、僧正僧正そうじょうともならせともならせともならせ給給たまひひい、、、ところ〴〵のところ〴〵のところどころのもせさせもせさせもせさせ給給たまへりへりえり。。。女御女御にょうごきさききさききさき、、、かた〴〵おはしてかた〴〵おはしてかたがたおわして、、、よろづあるべきことよろづあるべきことよろずあるべきこと、、、皆皆みなおはしましきおはしましきおわしましき。。。
- 7むかしむかしむかし時時ときにあはせにあはせにあわせ給給たまひたるひたるいたる、、、一一いちののの人人ひとににに劣劣おとらせらせらせ給給たまふふう事事ことなかりきなかりきなかりき。。。馬馬うまををを失失うしなひてひていて、、、なげかざりけんなげかざりけんなげかざりけんなどのやうにてなどのやうにてなどのようにて、、、おはしましゝけにやおはしましゝけにやおわしまししけにや。。。
- 8苦苦くるしきしきしき世世よをををすぐさせすぐさせすぐさせ給給たまひてひていて後後のちははは、、、かくかくかく榮榮さかえさせえさせえさせ給給たまへりへりえり。。。作作つくらせらせらせ給給たまひたるひたるいたる御詩御詩ぎょしとてとてとて、、、人人ひとののの申申もうしゝしゝししははは、、、
- 9官祿身官祿身かんろくみニアマリテニアマリテニアマリテ世世よヲテラストイヘドモヲテラストイヘドモヲテラストイヘドモ、、、素閑性素閑性そかんせいニウケテニウケテニウケテ權權けんヲアラソハズヲアラソハズヲアラソハズ。。。
- 10とかやとかやとかや作作つくらせらせらせ給給たまへるもへるもえるも、、、そのそのその心心こころなるべしなるべしなるべし。。。さやうのさやうのさようの御心御心みこころにやにやにや。。。又又また近衞近衞こんえのみかどののみかどののみかどの悲悲かなしびのあまりにやしびのあまりにやしびのあまりにや。。。關白關白かんぱくににに此此このたびならせのたびならせのたびならせ給給たまひしひしいし始始はじめにめにめに、、、彼彼かのみかどのみかどのみかど、、、にをさめたてまつりしにをさめたてまつりしにおさめたてまつりし御供御供おおんともせさせせさせせさせ給給たまへりしへりしえりし、、、かちよりおはしますさまにてかちよりおはしますさまにてかちよりおわしますさまにて、、、御輿御輿みこしののの綱綱つなををを長長ながくなされたりしにやくなされたりしにやくなされたりしにや。。。
- 11日記日記にっきにしなしてかゝれてぞにしなしてかゝれてぞにしなしてかかれてぞ、、、末末すえざまざまざまはははおはしましけるおはしましけるおわしましける。。。いとあはれにいとあはれにいとあわれに、、、悲悲かなしくなむしくなむしくなむ侍侍はべりけるりけるりける。。。
- 12二條二條にじょうノノノ院院いんくらゐにくらゐにくらいに卽卽つかせかせかせ給給たまひしひしいし時時とき、、、關白關白かんぱくをばをばをば御子御子みこににに讓讓ゆずりまさせりまさせりまさせ給給たまひてひていて、、、大殿大殿おおとのとておはしましゝとておはしましゝとておわしまししほどにほどにほどに、、、御御おんぐしおろさせぐしおろさせぐしおろさせ給給たまひてひていて、、、御名御名みなはははとぞつかせとぞつかせとぞつかせ給給たまひけるひけるいける。。。
- 13このおとゞこのおとゞこのおとど亡亡うせさせせさせせさせ給給たまふふうほどほどほど近近ちかくなりてくなりてくなりて、、、法性寺殿法性寺殿ほっしょうじどの殿殿とのなどなどなど、、、御覽御覽ごらんじめぐらせじめぐらせじめぐらせ給給たまひてひていて、、、ところ〴〵のところ〴〵のところどころの有樣有樣ありさまををを、、、さまざまのさまざまのさまざまの文文ふみどもにどもにどもに作作つくらせらせらせ給給たまひてひていて、、、盛光惟俊盛光惟俊もりみつこれとしなどいふなどいふなどいう學生學生がくしょうどもにどもにどもに給給たまひてひていて、、、和和やわしてたてまつりしてたてまつりしてたてまつり、、、判判ほうぜさせなどせさせぜさせなどせさせぜさせなどせさせ給給たまへりへりえり。。。
- 14後後のちののの世世よににに、、、佛道佛道ぶつどうならせならせならせ給給たまへるにやへるにやえるにや。。。はははちすのちすのちすの上上うえににに、、、おはしますなどおはしますなどおわしますなど、、、夢夢ゆめにもにもにも人人ひとののの見見みたてまつりたるとかやたてまつりたるとかやたてまつりたるとかや。。。式部式部しきぶノノノ大輔大輔たいふ、、、夢夢ゆめににに見見みたてまつりたるとてたてまつりたるとてたてまつりたるとて、、、詩三首作詩三首作しさんしゅつくりてりてりて給給たまはせけるはせけるわせける中中なかににに、、、
- 15漢月天漢月天かんげつてんニウルハシクシテニウルハシクシテニウルハシクシテコト〳〵クナリトイヘコト〳〵クナリトイヘコトゴトクナリトイエ共忘共忘どもわすルヽコトナカレルヽコトナカレルヽコトナカレ昔昔むかしノノノ尼文尼文じぶんヲモテアソブコトヲヲモテアソブコトヲヲモテアソブコトヲ
- 16ととと、、、作作つくらせらせらせ給給たまへりけるとてへりけるとてえりけるとて、、、和和やわしてしてして奉奉たてまつらんとしけるらんとしけるらんとしける程程ほどににに、、、おどろきにけりおどろきにけりおどろきにけり。。。夢夢ゆめのののうちにうちにうちにはははののの內院內院ないいんにおはしますとにおはしますとにおわしますと、、、おぼしかりきとぞおぼしかりきとぞおぼしかりきとぞ、、、和和やわしてたてまつれるしてたてまつれるしてたてまつれる文文ふみにににはははかゝれかゝれかかれ侍侍はべるなるるなるるなる。。。
現代語訳
仏法の方面は奥義を極められて、比叡山・三井寺・東大寺・山科寺(興福寺)などの智慧ある僧綱や大徳も、内裏で御読経などを勤める折に、御簾の内で深い意味をお尋ねになり、ご自分の邸で八講などを行わせなさる折々のことにつけて、経論の深いこと広い意味を、汲み尽くされないことはありませんでした。御仏供養をなさった時の御導師に、菊の枝に挿して与えた歌、
たぐひなき御法を菊の花なればつもれる罪は露も殘らじ
などと聞きました。お心ばえも風流ばかりでいらっしゃりながら、気難しく近寄りがたいお心で、ひねくれたことはなさらず、何事にも驚かないようでいらっしゃいました。ですから世間にも合わず、どちらにも疎遠なように聞こえて、公達なども心もとなく思われましたが、世の中が乱れてから後、元のように氏の長者にも返り咲かれました。男の公達も位が高くなられ、法師でいらっしゃる方も僧正にまでなられ、あちこちの寺の長吏もなさいました。女御・后もそれぞれいらして、何事もあるべきことは皆そろっていらっしゃいました。昔時めいていた摂関に劣られることはありませんでした。馬を失っても嘆かなかった翁(塞翁)のようでいらしたからでしょうか。苦しい世をお過ごしになった後は、このように栄えられました。お作りになった御詩として人が申しましたのは、
官祿身ニアマリテ世ヲテラストイヘドモ、素閑性ニウケテ權ヲアラソハズ。(官位俸禄は身に余って世を照らすほどだが、もとより閑静を好む性分なので権力を争わない)
とかお作りになったのも、そのお心でありましょう。そのようなお心からでしょうか、また近衛天皇の悲しみのあまりでしょうか、今度関白になられた初めに、あの帝を船岡に葬り申し上げたお供をなさった時、徒歩でいらっしゃるようにして、御輿の綱を長くされたのでしょうか、日記にそのように書かれて、晩年はいらっしゃいました。まことにしみじみと悲しいことでございました。
二条院が位におつきになった時、関白を御子(基実)にお譲りになって、大殿としていらっしゃったころに出家なさって、御法名を円観とお付けになりました。この大臣は亡くなられる時が近くなって、法性寺殿・桂殿などをご覧になって回られ、あちこちの様子をさまざまの詩文にお作りになって、盛光・惟俊などという学生たちに与えて、和して奉らせたり、判定させたりなさいました。後の世に仏道を成就なさったのでしょうか、九品の蓮の上にいらっしゃるなどと、夢に見申し上げた人もあるとか。式部大輔永範が夢に見申し上げたといって、詩三首を作ってお与えになった中に、
漢月天ニウルハシクシテコト〳〵クナリトイヘ共忘ルヽコトナカレ昔ノ尼文ヲモテアソブコトヲ(天上の月はうるわしく何事も異なっているけれども、昔、仲尼(孔子)の文を楽しんだことを忘れるな)
とお作りになったといって、和して差し上げようとしているうちに目が覚めてしまいました。夢の中では兜率天の内院にいらっしゃると思われたと、和して差し上げた詩文には書かれているそうです。
意訳
忠通は仏典にも通じ、高僧たちと教義を論じた。菊の枝に添えた歌は、比類ない仏法を「聞く」と「菊」とをかけ、罪は「露」も残らないと詠む。章題の「菊の露」はこの歌による。
忠通は気難しく近寄りがたい人柄で、父忠実や弟頼長と対立し、一時は不遇だったが、保元の乱後に返り咲き、子孫も繁栄した。語り手はこれを「塞翁が馬」にたとえ、権力を争わないと詠んだ詩を引いて、その心境を推し量る。
晩年は出家して円観と名のり、没後は極楽往生したと夢に見られた。永範の夢に現れて詩を示した話は、学問を愛した忠通らしい往生譚である。
語釈・文法注
- 山科寺
- 興福寺の別名。藤原鎌足の妻が山科に建てた山階寺に由来する。
- 八講
- 法華八講。法華経八巻を八座に分けて講じる法会。
- 長吏
- 寺の長官。三井寺・勧修寺などの長。
- 馬を失ひて、なげかざりけん翁
- 『淮南子』の「塞翁が馬」の故事。禍福は予測できないというたとえ。
- 船岡
- 京都の北の船岡山。近衛天皇はその近くに葬られた。
- 圓觀
- 忠通の法名。
- かつら殿
- 桂殿。忠通の別荘。
- こゝのしなのはちす
- 九品蓮台。極楽往生した者が座る蓮の台で、九つの等級がある。
- 永範
- 藤原永範。文章博士。第24章参照。
- 都率の內院
- 兜率天の内院。弥勒菩薩の住む所。
文法
- 菊の花なれば
- 「菊」に「聞く」をかける。
- おぼしかりきとぞ
- 「おぼし」は「おぼしき」の意か。思われた、の意。
和歌
たぐひなき御法を菊の花なればつもれる罪は露も殘らじ
- 詠者
- 藤原忠通
- 状況
- 仏事の導師に、菊の枝に挿して与えた歌。
修辞
- 掛詞
- 「菊」に「聞く」、「露」に菊の露と「少しも」をかける。
- 縁語
- 「菊」「露」。
解説
忠通は保元の乱後、子の基実に関白を譲り、大殿として後見した。今鏡が描く晩年の忠通は、権力者というより、詩文と仏道に生きる文人の姿である。
関連
出典
- 底本
- 関根正直『今鏡新註』 六合館、昭和2年(1927)、186〜189頁(コマ108–109)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日