古典ライブラリー

今鏡 第五「藤波の中」 第38章

みかさの松

巻五「藤波の中」。忠実の子、法性寺殿藤原忠通。四代の天皇の摂関を務め、詩文・和歌・書にすぐれた。母は白河院から賜った源顕房の娘。忠通の書いた額を奥州の藤原基衡から取り返させた話、冷泉院の物の怪を描いた絵の色紙形をあえて書かなかった話など、その人柄が語られる。

  1. 1近ちか近ちかちかくおはしましゝくおはしましゝくおわしまししのおとゞのおとゞのおとどははは、、、富家ふけ富家ふけふけののの入道にふだう入道にふだうにゅうどうおとゞのおとゞのおとどの御子みこ御子みこみこにおはしますにおはしますにおわします。。。六條ろくでう六條ろくでうろくじょうののの右みぎ右みぎみぎのおとゞののおとゞののおとどの御おん御おんおんむすめむすめむすめ、、、仁和寺にんなじ仁和寺にんなじにんなじのののととと申まう申まうもうしゝしゝしし、、、一ひと一ひとひとつつつ御おん御おんおんはははらからにおはしましゝかばらからにおはしましゝかばらからにおわしまししかば、、、其そ其そそののの北きた北きたきたのまんどころのまんどころのまんどころ、、、昔むかし昔むかしむかしははは白河しらかは白河しらかはしらかわノノノ院ゐん院ゐんいんにもにもにも參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまひけるにこそひけるにこそいけるにこそ。。。
  2. 2仁和寺にんなじ仁和寺にんなじにんなじののの法ほふ法ほふほう親王しんわう親王しんわうしんのうをばをばをば師子王ししわう師子王ししわうししおうののの宮みや宮みやみやとぞとぞとぞ世よ世よよにににははは申まう申まうもうしゝしゝしし。。。御母おほんはは御母おほんははおおんははののの童名わらはな童名わらはなわらわなにやおはしけんにやおはしけんにやおわしけん。。。さてさてさて此こ此ここのおとゞのおとゞのおとど仁和寺にんなじ仁和寺にんなじにんなじののの宮みや宮みやみやととと親した親したしたしくしくしく申まう申まうもうしかはしたまひきしかはしたまひきしかわしたまいき。。。
  3. 3富家ふけ富家ふけふけのおとゞののおとゞののおとどの北きた北きたきたののの方かた方かたかたにてにてにてははは、、、堀川ほりかは堀川ほりかはほりかわののの左ひだり左ひだりひだりのおとゞののおとゞののおとどの御おん御おんおんむすめおはせしかどもむすめおはせしかどもむすめおわせしかども、、、それそれそれははは御子みこ御子みこみこおはしまさでおはしまさでおわしまさで、、、くちをしきくちをしきくちおしき事こと事ことことどもありけるにやよりけんどもありけるにやよりけんどもありけるにやよりけん。。。
  4. 4後のち後のちのちにににははは踈うと踈うとうとくなりくなりくなり給たま給たまたまひきひきいき。。。其そ其そそののの六條ろくでう六條ろくでうろくじょうのおとゞののおとゞののおとどの御おん御おんおんむすめのむすめのむすめの、、、ののの北きた北きたきたのまんどころにさぶらひのまんどころにさぶらひのまんどころにさぶらい給たま給たまたまひけるひけるいけるををを、、、始はじ始はじはじめめめははは院ゐん院ゐんいんにめしてにめしてにめして宮生みやう宮生みやうみやうみみみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまへりけるへりけるえりける程ほど程ほどほどににに、、、富家ふけ富家ふけふけのおとゞのおとゞのおとど若わか若わかわかくおはしけるくおはしけるくおわしける時とき時ときときににに、、、はつかにはつかにはつかに覗のぞ覗のぞのぞきてきてきて見み見みみ給たま給たまたまへることありけるよりへることありけるよりえることありけるより、、、御病おほんやまひ御病おほんやまひおおんやまいひになりてひになりてひになりて、、、惱なや惱なやなやみたまひけるみたまひけるみたまいけるををを、、、命いのち命いのちいのちももも絕た絕たたえぬべくおぼゆるえぬべくおぼゆるえぬべくおぼゆる事こと事ことことののの侍はべ侍はべはべれどれどれど、、、心こころ心こころこころににに叶かな叶かなかなふべきならねばふべきならねばうべきならねば、、、世よ世よよににに永なが永ながながらへらへらへ侍はべ侍はべはべらんらんらん事こと事ことこともえもえもえ侍はべ侍はべはべるまじるまじるまじ。。。
  5. 5またまたまた心こころ心こころこころのまゝにのまゝにのままに侍はべ侍はべはべらばらばらば、、、いかなるいかなるいかなる重おも重おもおもききき罪つみ罪つみつみももも、、、かうぶるかうぶるこうぶる身み身みみにもなりにもなりにもなり侍はべ侍はべはべりぬべしりぬべしりぬべし。。。いづれにてかいづれにてかいずれにてか、、、能よ能よよくくく侍はべ侍はべはべらんなどらんなどらんなど、、、京極きやうごく京極きやうごくきょうごくののの北きた北きたきたののの方かた方かたかたににに申まう申まうもうししし給たま給たまたまひけるにやひけるにやいけるにや。。。
  6. 6いかにもいかにもいかにも御命おほんいのち御命おほんいのちおおんいのちおはしまさんおはしまさんおわしまさん事こと事ことことににに、、、まさることまさることまさることはははあるまじければとてあるまじければとてあるまじければとて、、、院ゐん院ゐんいんににに申まう申まうもうさせさせさせ給たま給たまたまひたりけれひたりけれいたりけれははは、、、免ゆる免ゆるゆるししし賜たま賜たまたまはははらせらせらせ給たま給たまたまひたりけるとかやひたりけるとかやいたりけるとかや。。。
  7. 7ひがことにやひがことにやひがことにや侍はべ侍はべはべらんらんらん。。。人ひと人ひとひとののの傳つた傳つたつたへへえ語かた語かたかたりりり侍はべ侍はべはべりしなりりしなりりしなり。。。さてさてさて住す住すすみたまひけるみたまひけるみたまいけるほどにほどにほどに、、、まづまづまずははは姫君ひめぎみ姫君ひめぎみひめぎみうみうみうみ給たま給たまたまひひい、、、又また又またまた此こ此ここのおとゞのおとゞのおとどをもをもをも、、、生う生ううみみみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまひてのちひてのちいてのち、、、さてさてさてうるはしくうるはしくうるわしく住す住すすみみみ給たま給たまたまひけるとぞひけるとぞいけるとぞうけうけうけ給たま給たまたまはははりしりしりし。。。
  8. 8此こ此ここのおとゞのおとゞのおとど保ほう保ほうほう安やす安やすやす二年にねん二年にねんにねんのとしのとしのとし關白くわんぱく關白くわんぱくかんぱくにならせにならせにならせ給たま給たまたまふふう。。。御おん御おんおんとしとしとし廿五にじふご廿五にじふごにじゅうごにぞおはしましゝにぞおはしましゝにぞおわしましし。。。同おな同おなおなじじじ四年よねん四年よねんよねん正月しやうぐわつ正月しやうぐわつしょうがつににに、、、讃岐さぬき讃岐さぬきさぬきのみかどのみかどのみかど位くらゐ位くらゐくらいににに卽つ卽つつかせかせかせ給たま給たまたまひしかばひしかばいしかば、、、攝政せつしやう攝政せつしやうせっしょうととと申まう申まうもうしきしきしき。。。
  9. 9帝みかど帝みかどみかどおとなにおとなにおとなに成な成なならせらせらせ給たま給たまたまひてひていて、、、關白くわんぱく關白くわんぱくかんぱくととと申まう申まうもうしゝしゝししほどにほどにほどに、、、近衞こんゑ近衞こんゑこんえのみかどのみかどのみかど位くらゐ位くらゐくらいにつかせにつかせにつかせ給たま給たまたまひしかばひしかばいしかば、、、又また又またまた攝政せつしやう攝政せつしやうせっしょうにならせにならせにならせ給たま給たまたまひきひきいき。。。久壽二年きうじゆにねん久壽二年きうじゆにねんきゅうじゅにねん七月しちぐわつ七月しちぐわつしちがつ、、、近衞こんゑ近衞こんゑこんえののの帝みかど帝みかどみかど、、、かくれさせたまひてかくれさせたまひてかくれさせたまいて、、、このこのこの一ひと一ひとひとノノノ院ゐん院ゐんいん位くらゐ位くらゐくらいにつかせにつかせにつかせ給たま給たまたまひしにもひしにもいしにも、、、又また又またまた關白くわんぱく關白くわんぱくかんぱくにならせにならせにならせ給たま給たまたまひしかばひしかばいしかば、、、四代しだい四代しだいしだいのみかどののみかどののみかどの關白くわんぱく關白くわんぱくかんぱくにてにてにて、、、ふたゝびふたゝびふたたび攝政せつしやう攝政せつしやうせっしょうととと申まう申まうもうしきしきしき。。。
  10. 10昔むかし昔むかしむかしもいともいともいと類たぐ類たぐたぐひなきひなきひなき事こと事ことことにこそにこそにこそ侍はべ侍はべはべりけめりけめりけめ。。。おほきおとゞにもおほきおとゞにもおおきおとどにも、、、再ふたた再ふたたふたたびびび成な成ななりりり給たま給たまたまへりしへりしえりし。。。いとありがたくいとありがたくいとありがたく侍はべ侍はべはべりきりきりき。。。藤氏とうじ藤氏とうじとうじののの長者ちやうじや長者ちやうじやちょうじゃさまたげられさまたげられさまたげられ給たま給たまたまひしもひしもいしも、、、左ひだり左ひだりひだりのおとゞののおとゞののおとどの、、、事こと事ことことにあひにあひにあい給たま給たまたまひしかばひしかばいしかば、、、保ほう保ほうほう元げん元げんげん々びと々びとびと年とし年としとし七月しちぐわつ七月しちぐわつしちがつににに、、、更さら更さらさらにかへりならせにかへりならせにかえりならせ給たま給たまたまひにきひにきいにき。。。
  11. 11同おな同おなおなじじじ三年さんねん三年さんねんさんねん八月はちぐわつ八月はちぐわつはちがつ十六日じふろくにち十六日じふろくにちじゅうろくにち、、、二條にでう二條にでうにじょうのみかどのみかどのみかど位くらゐ位くらゐくらいにつかせたまひしにつかせたまひしにつかせたまいし時とき時ときとき、、、今いま今いまいまのとのゝのとのゝのとのの御兄おほんあに御兄おほんあにおおんあににおはしましゝにおはしましゝにおわしましし、、、右みぎ右みぎみぎのおのおのおほいまうちぎみにほいまうちぎみにほいもうちぎみに、、、關白くわんぱく關白くわんぱくかんぱくゆづりゆづりゆずり聞き聞ききこえさせこえさせこえさせ給たま給たまたまひてひていて、、、大殿おほとの大殿おほとのおおとのとておはしましゝにとておはしましゝにとておわしまししに、、、應おう應おうおう保ほう保ほうほう二年にねん二年にねんにねんににに御おん御おんおんぐしおろさせぐしおろさせぐしおろさせ給たま給たまたまひてきひてきいてき。。。
  12. 12御年おほんとし御年おほんとしおおんとし六十ろくじふ六十ろくじふろくじゅう六ろく六ろくろくとぞとぞとぞうけうけうけ給たま給たまたまはははりしりしりし。。。長なが長ながなが寬くわん寬くわんかん二年にねん二年にねんにねん二月にぐわつ二月にぐわつにがつ十九日じふくにち十九日じふくにちじゅうくにち、、、六十ろくじふ六十ろくじふろくじゅう八や八ややととと聞き聞ききこえさせこえさせこえさせ給たま給たまたまひしひしいし年とし年としとしかくれさせかくれさせかくれさせ給たま給たまたまひにきひにきいにき。。。昔むかし昔むかしむかしまだまだまだ幼をさな幼をさなおさなくおはしましゝくおはしましゝくおわしましし時とき時ときとき、、、春日かすが春日かすがかすがののの祭まつり祭まつりまつりののの使つかひ使つかひつかいせさせせさせせさせ給たま給たまたまひしにひしにいしに、、、內侍ないし內侍ないしないしノノノののの御參ごまゐ御參ごまゐごまいりてりてりて、、、行事ぎやうじ行事ぎやうじぎょうじノノノ辨べん辨べんべん隆たか隆たかたかににに申まう申まうもうしおくりけるしおくりけるしおくりける、、、
  13. 13いかばかりいかばかりいかばかり神かみ神かみかみももも山二葉やまふたば山二葉やまふたばやまふたばののの松まつ松まつまつののの千代ちよ千代ちよちよのけしきのけしきのけしきををを
  14. 14そのそのその返かへ返かへかえしししははは、、、劣おと劣おとおとりたりけるにやりたりけるにやりたりけるにや。。。きこえきこえきこえはべらざりきはべらざりきはべらざりき。。。祈いの祈いのいのりりり奉たてまつ奉たてまつたてまつりたるしるしありてりたるしるしありてりたるしるしありて、、、めでたくめでたくめでたく久ひさ久ひさひさしくせさせしくせさせしくせさせ給たま給たまたまひきひきいき。。。法性寺ほふしやうじ法性寺ほふしやうじほっしょうじののの御堂みだう御堂みだうみどうののの御所ごしよ御所ごしよごしょなどなどなど作つく作つくつくりてりてりて、、、ののの御堂みだう御堂みだうみどうのかたはらにのかたはらにのかたわらに、、、住す住すすませたまひしかばませたまひしかばませたまいしかば、、、法性寺殿ほふしやうじどの法性寺殿ほふしやうじどのほっしょうじどのとぞとぞとぞ申まう申まうもうすめるすめるすめる。。。
  15. 15昔むかし昔むかしむかしよりよりより攝政せつしやう攝政せつしやうせっしょう關白くわんぱく關白くわんぱくかんぱくつゞきておはしませどつゞきておはしませどつづきておわしませど、、、身み身みみののの御才おほんざえ御才おほんざえおおんざえははは類たぐ類たぐたぐひなくおはしましきひなくおはしましきひなくおわしましき。。。才學さいがく才學さいがくさいがくもすぐれておはしましけるもすぐれておはしましけるもすぐれておわしましける上うへ上うへうえににに、、、詩し詩ししなどなどなど作つく作つくつくらせらせらせ給たま給たまたまふふう事こと事ことことははは、、、いにしへのいにしへのいにしえのなどにもなどにもなどにも劣おと劣おとおとらせたまはずやおはしけんらせたまはずやおはしけんらせたまわずやおわしけん。。。
  16. 16歌うた歌うたうたよませよませよませ給たま給たまたまふふう事こと事ことことももも、、、心こころ心こころこころたかくたかくたかく昔むかし昔むかしむかしののの跡あと跡あとあとをををねがひねがひねがい給たま給たまたまひたるさまなりけりひたるさまなりけりいたるさまなりけり。。。管絃くわんげん管絃くわんげんかんげんのかたのかたのかた心こころ心こころこころにしめさせにしめさせにしめさせ給たま給たまたまひてひていて、、、箏さう箏さうそうのことのことのことををを、、、むねとむねとむねと御遊おほんあそび御遊おほんあそびおおんあそびびなどにもびなどにもびなどにも、、、ひかせひかせひかせ給たま給たまたまふとぞふとぞうとぞ聞き聞ききききき侍はべ侍はべはべりしりしりし。。。
  17. 17父ちゝ父ちゝちちおとゞばかりおとゞばかりおとどばかりははは、、、おはしまさずやありけんおはしまさずやありけんおわしまさずやありけん。。。手て手ててかゝせかゝせかかせ給たま給たまたまふふう事こと事ことことははは、、、昔むかし昔むかしむかしののの上手じやうず上手じやうずじょうずにもにもにも耻は耻ははぢずおはしましけりぢずおはしましけりじずおわしましけり。。。まなもまなもまなも假名かな假名かなかなももも、、、このもしくこのもしくこのもしく今いま今いまいまめかしきめかしきめかしき方かた方かたかたさへそひてさへそひてさえそいて、、、すぐれておはしましきすぐれておはしましきすぐれておわしましき。。。
  18. 18內裏だいり內裏だいりだいりののの額がく額がくがくどもどもども、、、古ふる古ふるふるきききをばをばをばうつしうつしうつし、、、失う失ううせたるせたるせたるをばをばをば、、、更さら更さらさらにかゝせにかゝせにかかせ給たま給たまたまふとぞふとぞうとぞうけうけうけ給たま給たまたまはははりしりしりし。。。院宮ゐんみや院宮ゐんみやいんみやののの御堂みだう御堂みだうみどう御所ごしよ御所ごしよごしょなどのなどのなどの色紙形しきしがた色紙形しきしがたしきしがたははは、、、いかばかりかいかばかりかいかばかりかははは多おほ多おほおおくかゝせくかゝせくかかせ給たま給たまたまひしひしいし。。。
  19. 19御願ごぐわん御願ごぐわんごがんよりよりよりはじめてはじめてはじめて、、、寺々てらでら寺々てらでらてらでらののの額がく額がくがくなどなどなど、、、數かず數かずかずしらずかゝせしらずかゝせしらずかかせ給たま給たまたまひきひきいき。。。橫河よかは橫河よかはよかわのののなどなどなどははは、、、古ふる古ふるふるききき所ところ所ところところののの額がく額がくがくももも、、、講かう講かうこうすゝめけるすゝめけるすすめけるひじりのひじりのひじりの申まう申まうもうしたるとてしたるとてしたるとて、、、かゝせかゝせかかせ給たま給たまたまへりとぞへりとぞえりとぞ山やま山やまやまののの僧そう僧そうそうははは申まう申まうもうしゝしゝしし。。。
  20. 20又また又またまた人ひと人ひとひとののの仁和寺にんわじ仁和寺にんわじにんなじとかよりとかよりとかより、、、額申がくまう額申がくまうがくもうしたりければしたりければしたりければ、、、かゝせかゝせかかせ給たま給たまたまひけるひけるいける程ほど程ほどほどににに、、、奧おく奧おくおくのえびすのえびすのえびすとかとかとか云い云いいふがふがうが寺てら寺てらてらなりとなりとなりと聞き聞ききかせかせかせ給たま給たまたまひてひていて、、、みちのみちのみちの奧おく奧おくおくへへへ、、、取と取ととりりり返かへ返かへかえしにしにしに遣つか遣つかつかはしたりけるはしたりけるわしたりけるををを、、、返かへ返かへかえししし奉たてまつ奉たてまつたてまつらじとしけるらじとしけるらじとしけるををを、、、女をんな女をんなおんなののの心こころ心こころこころかしこくやありけんかしこくやありけんかしこくやありけん。。。
  21. 21かへしかへしかへし奉たてまつ奉たてまつたてまつらざらんらざらんらざらんははは、、、しれごとなりとしれごとなりとしれごとなりと諫いさ諫いさいさめければめければめければ、、、返かへ返かへかえししし奉たてまつ奉たてまつたてまつりけるにりけるにりけるに、、、御厩舍人みまやとねり御厩舍人みまやとねりみまやとねりとかやとかやとかや、、、遣つか遣つかつかはしたりけるはしたりけるわしたりける御使おほんつかひ御使おほんつかひおおんつかいののの、、、心こころ心こころこころやたけかりけんやたけかりけんやたけかりけん。。。三み三みみつにつにつにうちわりてぞうちわりてぞうちわりてぞ、、、もてのぼりけるもてのぼりけるもてのぼりける。。。
  22. 22をををにらみけんにもにらみけんにもにらみけんにも、、、劣おと劣おとおとらぬらぬらぬ使つかひ使つかひつかいなるべしなるべしなるべし。。。えびすまでもえびすまでもえびすまでも、、、なびきなびきなびき奉たてまつ奉たてまつたてまつりけるにこそりけるにこそりけるにこそ。。。又また又またまたいづれのいづれのいずれの御願ごぐわん御願ごぐわんごがんとかのとかのとかの繪ゑ繪ゑえににに、、、ののの僧正そうじやう僧正そうじやうそうじょうたふとたふととうとくおはするくおはするくおわする事こと事ことことかくとてかくとてかくとて、、、冷泉院れいぜいゐん冷泉院れいぜいゐんれいぜいいんののの御おん御おんおん太刀たち太刀たちたちぬかせぬかせぬかせ給たま給たまたまへるにへるにえるに、、、僧正そうじやう僧正そうじやうそうじょうにげにげにげ給たま給たまたまへるあとにへるあとにえるあとに、、、とゞまれるとゞまれるとどまれる三衣筥さんえばこ三衣筥さんえばこさんえばこのもとにてのもとにてのもとにて、、、みかどのみかどのみかどの物もの物ものものののの怪くわい怪くわいかいにににうたせうたせうたせ給たま給たまたまひたるひたるいたる所ところ所ところところののの色紙形しきしがた色紙形しきしがたしきしがた、、、これこれこれはははえかゝじとてえかゝじとてえかかじとて、、、もじもかゝれでいまだもじもかゝれでいまだもじもかかれでいまだ侍はべ侍はべはべるなりるなりるなり。。。
  23. 23御手おほんて御手おほんておおんてならびなくかゝせならびなくかゝせならびなくかかせ給たま給たまたまへどもへどもえども、、、さやうのさやうのさようの御用意ごようい御用意ごよういごよういははは、、、ありがたきありがたきありがたき事こと事ことことぞかしぞかしぞかし。。。
  24. 24まだまだまだ幼をさな幼をさなおさなくおはしましゝくおはしましゝくおわしましし時とき時ときときよりよりより。。。歌合うたあはせ歌合うたあはせうたあわせなどなどなど朝夕あさゆふ朝夕あさゆふあさゆうののの御おん御おんおんあそびにてあそびにてあそびにて、、、基俊もととし基俊もととしもととし俊賴としより俊賴としよりとしよりなどいふなどいふなどいう、、、時とき時ときときののの歌うた歌うたうたよみどもによみどもによみどもに、、、人ひと人ひとひとののの名な名ななかくしてかくしてかくして、、、判はう判はうほうぜさせなどせさせぜさせなどせさせぜさせなどせさせ給たま給たまたまふふう事絕ことた事絕ことたことたえざりけりえざりけりえざりけり。。。御歌おほんうた御歌おほんうたおおんうたなどなどなど多おほ多おほおおくきゝくきゝくきき侍はべ侍はべはべりしりしりし中なか中なかなかににに、、、
  25. 25わだのわだのわだの原はら原はらはらこぎいでてこぎいでてこぎいでて見み見みみればればれば久方ひさかた久方ひさかたひさかたののの雲くも雲くもくもゐにまがふおきつゐにまがふおきついにまがうおきつ白浪しらなみ白浪しらなみしらなみ
  26. 26などよませなどよませなどよませ給たま給たまたまへるへるえる御歌みうた御歌みうたみゅうたははわ、、、ががが「「「島しま島しましまかくれゆくかくれゆくかくれゆく舟ふね舟ふねふねをををしぞしぞしぞ思おも思おもおもふふう」」」。。。などよめるにもなどよめるにもなどよめるにも耻は耻ははぢずやあらんとぞぢずやあらんとぞじずやあらんとぞ人ひと人ひとひとははは申まう申まうもうししし侍はべ侍はべはべりしりしりし。。。
  27. 27よしよしよし野山のやま野山のやまのやまみねのみねのみねの櫻さくら櫻さくらさくらややや咲さ咲ささきぬらんふもとのきぬらんふもとのきぬらんうもとの里さと里さとさとににに匂にほ匂にほにおふふうはははるかぜるかぜるかぜ
  28. 28などよませなどよませなどよませ給たま給たまたまへるもへるもえるも、、、心こころ心こころこころももも詞ことば詞ことばことばもたへにしてもたへにしてもたえにして、、、などになどになどに、、、選えら選えらえらびのせられたるびのせられたるびのせられたる歌うた歌うたうたのつらになんのつらになんのつらになん、、、聞き聞ききこえこえこえ侍はべ侍はべはべるなるるなるるなる。。。からのからのからのふみふみふみ作つく作つくつくらせらせらせ給たま給たまたまふふう事こと事ことこともかくぞありけるもかくぞありけるもかくぞありける。。。
  29. 29さればさればさればふみのふみのふみの心こころ心こころこころばへしらせばへしらせばえしらせ給たま給たまたまふふう事こと事ことこと、、、深ふか深ふかふかくなんおはしけるくなんおはしけるくなんおわしける。。。白河しらかは白河しらかはしらかわノノノ院ゐん院ゐんいんにもにもにも三卷さんくわん三卷さんくわんさんかんののの詩し詩ししえらびてえらびてえらびて奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまひひい、、、基俊もととし基俊もととしもととしののの君きみ君きみきみにもにもにも、、、からやまとのをかしきことのからやまとのをかしきことのからやまとのおかしきことの葉は葉ははどもどもどもをぞをぞをぞ、、、えらびつかえらびつかえらびつかはははさせたまひけるさせたまひけるさせたまいける。。。
  30. 30かやうのかやうのかようの事こと事ことことどもどもども多おほ多おほおおくなんくなんくなん侍はべ侍はべはべるなるるなるるなる。。。又また又またまたつくらせつくらせつくらせ給たま給たまたまへるからのへるからのえるからの詞ことば詞ことばことばどもどもども、、、御集ぎよしふ御集ぎよしふぎょしゅうとてとてとて、、、唐から唐からからののの氏うぢ氏うぢうじののの文集もんじふ文集もんじふもんじゅうなどのなどのなどの如ごと如ごとごとくにくにくに、、、事こと事ことこと好この好このこのむむむ人ひと人ひとひと、、、もてあそぶとぞもてあそぶとぞもてあそぶとぞうけうけうけ給たま給たまたまはるはるわる。。。
  31. 31かくざえもおはしましてかくざえもおはしましてかくざえもおわしまして、、、日記にき日記にきにきなどもなどもなども鏡かがみ鏡かがみかがみをををかけておはしませばかけておはしませばかけておわしませば、、、右大辨爲隆うだいべんためたか右大辨爲隆うだいべんためたかうだいべんためたかといひしといひしといいし宰相さいしやう宰相さいしやうさいしょうははは、、、「「「日本にほん日本にほんにおんはははゆゝしくゆゝしくゆゆしく、、、てづつなるてづつなるてずつなる國くに國くにくにかなかなかな。。。さきのさきのさきの關白くわんぱく關白くわんぱくかんぱくををを一いち一いちいちののの人ひと人ひとひとにてにてにて、、、このおとゞこのおとゞこのおとど、、、花園はなぞの花園はなぞのはなぞののおとゞのおとゞのおとどふたりふたりふたり、、、若わか若わかわかききき大臣おとど大臣おとどおとどよくつかへぬべきよくつかへぬべきよくつかえぬべきををを、、、うちうちうちはべつゝはべつゝはべつつ、、、公事くじ公事くじくじもつとめさせでもつとめさせでもつとめさせで、、、このこのこの殿どの殿どのどの一いち一いちいちののの人ひと人ひとひとなればなればなれば、、、いたづらにいたづらにいたずらに足あし足あしあしひきひきひき入い入いいれてゐれてゐれてい給たま給たまたまへるこそへるこそえるこそ惜を惜をおしけれしけれしけれ」」」。。。とぞいはれけるとなんとぞいはれけるとなんとぞいわれけるとなん、、、きこえきこえきこえ侍はべ侍はべはべりしりしりし。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

近ごろまでいらした法性寺の大臣(忠通)は、富家の入道殿(忠実)の御子でいらっしゃいます。御母は六条右大臣(顕房)の御娘で、仁和寺の御室(覚法法親王)と申し上げた方と同じご兄弟でいらしたので、その北の政所(母)は、昔は白河院にもお仕えしていらしたのです。仁和寺の法親王を、世間では師子王の宮と申しました。御母の幼名でいらしたのでしょうか。それでこの大臣は仁和寺の宮と親しく交際なさいました。富家の大臣の北の方としては、堀川左大臣(俊房)の御娘がいらしたけれども、その方は御子がいらっしゃらず、残念なことなどがあったからでしょうか、後には疎遠になられました。その六条大臣の御娘が京極の北の政所(師実の妻麗子)にお仕えしていらしたのを、初めは院(白河)が召して宮をお産みになったうちに、富家の大臣がお若くていらした時に、ちらりと覗いてご覧になったことから、病気になってお悩みになり、「命も絶えてしまいそうに思われることがありますが、思いどおりになることではないので、生き長らえることもできないでしょう。また思いのままにしたら、どんな重い罪をもこうむる身となるでしょう。どちらがよいのでしょう」などと、京極の北の方に申されたのでしょうか。「何にしても御命がおありになることにまさることはないだろう」というので、院に申し上げなさったところ、お許しをいただいたとか。間違いでございましょうか。人が伝え語ったことです。そうして住まわれるうちに、まず姫君(泰子)をお産みになり、またこの大臣(忠通)もお産みになってから、きちんと(正妻として)住まわれたと承りました。

この大臣は保安二年に関白におなりになります。御年二十五でいらっしゃいました。同じ四年正月に讃岐の帝(崇徳)が位におつきになったので、摂政と申し上げました。帝が成人なさって関白と申し上げていたころ、近衛天皇が位におつきになったので、また摂政におなりになりました。久寿二年七月に近衛天皇がお亡くなりになって、この一院(後白河)が位におつきになった時も、また関白におなりになったので、四代の帝の関白として、二度摂政と申し上げました。昔もまことに例のないことでございましたでしょう。太政大臣にも二度おなりになりました。まことにめったにないことでございました。藤氏の長者を奪われなさったのも、左大臣(頼長)が事件にあわれたので、保元元年七月に、また元どおりおなりになりました。同じ三年八月十六日、二条天皇が位におつきになった時、今の殿(基房)の兄でいらした右大臣(基実)に関白をお譲りになって、大殿としていらっしゃいましたが、応保二年に出家なさいました。御年六十六と承りました。長寛二年二月十九日、六十八と申し上げた年にお亡くなりになりました。昔まだ幼くていらした時、春日祭の使をなさった時に、内侍の周防の御が参って、行事の弁為隆に申し送った歌、

いかばかり神もうれしとみかさ山二葉の松の千代のけしきを

その返しは劣っていたのでしょうか、聞こえてきませんでした。お祈り申し上げたしるしがあって、めでたく長く(摂関を)なさいました。法性寺に御堂の御所などを造って、貞信公の御堂のかたわらにお住まいになったので、法性寺殿と申すようです。

昔から摂政・関白は続いていらっしゃるけれども、ご自身の学才は比べるものがないほどでいらっしゃいました。学才もすぐれていらした上に、詩などをお作りになることは、昔の宮帥殿(伊周)などにも劣られなかったでしょうか。歌をお詠みになることも、心高く昔の跡を慕われたご様子でした。管弦の方にも心を寄せられて、箏の琴を主に御遊などでもお弾きになったと聞きました。父大臣ほどではいらっしゃらなかったでしょうか。字をお書きになることは、昔の名人にも恥じないほどでいらっしゃいました。漢字も仮名も、好ましく現代風な趣まで加わって、すぐれていらっしゃいました。内裏の額なども、古いものは写し、失われたものは改めてお書きになったと承りました。院や宮の御堂・御所などの色紙形は、どれほど多くお書きになったことでしょう。御願寺をはじめとして、寺々の額など数知れずお書きになりました。横川の花台院などは、古い所の額も、迎講を勧めた聖が申したといってお書きになったと、比叡山の僧が申しました。また人が仁和寺とかから額を申したので、お書きになったところ、奥州の蝦夷の基衡とかいう者の寺だとお聞きになって、陸奥へ取り返しに遣わしたところ、返すまいとしたのを、女が賢かったのでしょうか、「お返し申し上げないのは愚かなことだ」と諫めたので、お返ししたところ、御厩舎人とかいう、遣わした御使が気が強かったのでしょうか、三つに打ち割って持って上りました。柱をにらんだ(藺相如)にも劣らない使いでありましょう。蝦夷までもなびき申し上げたのです。またどの御願寺の絵とか、飯室の僧正(尋禅)が尊くていらっしゃることを描くといって、冷泉院が太刀をお抜きになったところ、僧正が逃げられた跡に残った三衣箱のもとで、帝が物の怪に打たれなさった場面の色紙形は、「これは書けない」といって、文字も書かれずに今もそのままあるそうです。御手跡は並びなくお書きになるけれども、このようなお心づかいは、めったにないことです。

まだ幼くていらした時から、歌合などを朝夕のお遊びとして、基俊・俊頼などという当時の歌詠みたちに、作者の名を隠して判定させたりなさることが絶えませんでした。御歌などを多く聞きました中に、

わだの原こぎいでて見れば久方の雲ゐにまがふおきつ白浪

などとお詠みになった御歌は、人麻呂が「島かくれゆく舟をしぞ思ふ」などと詠んだのにも恥じないだろうと人は申しました。

よし野山みねの櫻や咲きぬらんふもとの里に匂ふはるかぜ

などとお詠みになったのも、心も言葉も絶妙で、金玉集などに選び載せられた歌の列に並ぶと評判だそうです。漢詩をお作りになることもこのようでした。ですから詩文の心をご存じであることは深くていらっしゃいました。白河院にも三巻の詩を選んで差し上げなさり、基俊の君にも、漢詩や和歌のすばらしい言葉を選んで贈られました。このようなことが多くあったそうです。またお作りになった漢詩文は、御集として、唐の白氏文集などのように、風流を好む人が愛読していると承っています。このように学才もおありで、日記などにも通じていらしたので、右大弁為隆という宰相は、「日本はまったく不器用な国だな。前の関白(忠実)を第一の人として、この大臣と花園の大臣(有仁)の二人の若い大臣がよく仕えるべきなのに、押し込めておいて、公事もお勤めさせずに、この殿が第一の人なので、むなしく引きこもっていらっしゃるのは惜しいことだ」と言われたと聞きました。

意訳

冒頭は忠通の両親の話。忠実は、白河院の寵愛した源顕房の娘(師子)を垣間見て恋の病となり、院に許されて妻とした。生まれたのが泰子(高陽院)と忠通である。『源氏物語』を思わせる恋物語として語られる。

忠通は保安二年(1121)から長寛二年(1164)まで、崇徳・近衛・後白河・二条の四代にわたって摂政・関白を務めた。弟頼長との対立で氏長者を奪われたが、保元の乱で頼長が敗死したのち取り戻した。章題の「みかさの松」は、幼い忠通が春日祭の使を務めた時の周防内侍の歌「いかばかり神もうれしとみかさ山二葉の松の千代のけしきを」による。

忠通は詩・歌・書にすぐれ、法性寺流の書の祖とされる。奥州藤原氏の基衡の寺の額を書いたと知って取り返させた話、冷泉院の物の怪の場面だけはあえて色紙形を書かなかった話は、その矜持と思慮深さを示している。「わだの原」の歌は百人一首にも採られた代表作である。

語釈・文法注

法性寺のおとゞ
藤原忠通(1097〜1164)。忠実の子。法性寺殿。
御母
源師子(1070〜1148)。源顕房の娘。はじめ白河院に仕えて覚法法親王を産み、のちに忠実の妻となった。
仁和寺の御室
覚法法親王(1091〜1153)。白河院の皇子。仁和寺の門跡。母は師子。
京極の北のまんどころ
源麗子。師実の正室。第33章参照。
內侍ノ周防
周防内侍。第14章参照。
行事ノ辨爲隆
藤原為隆(1070〜1130)。
みかさ山
三笠山。奈良の春日社の背後の山。藤原氏の氏神の地。
貞信公の御堂
藤原忠平(貞信公)が建てた法性寺。
宮帥殿
藤原伊周。詩文にすぐれた。
橫河の花臺院
比叡山横川の寺院。
むかへ講
迎講。阿弥陀仏が来迎する様子を演じる法会。
奧のえびす基衡
藤原基衡(?〜1157)。奥州藤原氏の二代目。毛越寺を建てた。
柱をにらみけん
戦国時代の趙の藺相如が、秦王から和氏の璧を取り戻すため、璧とともに柱に頭を打ちつけようとした故事。
飯室の僧正
尋禅(943〜990)。師輔の子。天台座主。冷泉天皇の物の怪を調伏したという。
人丸
柿本人麻呂。「ほのぼのと明石の浦の朝霧に島がくれゆく舟をしぞ思ふ」の歌で知られる。
金玉集
藤原公任撰の秀歌選。
白氏の文集
唐の白居易の詩文集『白氏文集』。平安貴族に愛読された。

文法

ひがことにや侍らん
語り手の慎重な断り。間違いでございましょうか。
てづつなる國かな
「てづつ」は不器用なこと。
うちはべつゝ
「うちはむ(打ち嵌む)」か。押し込めておいて。

和歌

いかばかり神もうれしとみかさ山二葉の松の千代のけしきを

詠者
周防内侍
状況
幼い忠通が春日祭の使を務めた時、行事の弁藤原為隆に贈った歌。

修辞

掛詞
「みかさ山」に「見」をかけ、春日の神がどれほどうれしく見るかと詠む。
見立て
幼い忠通を「二葉の松」にたとえ、千年の繁栄を祝う。

わだの原こぎいでて見れば久方の雲ゐにまがふおきつ白浪

詠者
藤原忠通
状況
崇徳天皇の内裏歌合で「海上遠望」の題で詠んだ歌。百人一首七十六番。

修辞

枕詞
「久方の」は「雲ゐ」にかかる。
見立て
沖の白波を、空の雲と見まがうほどの遠景として描く。

よし野山みねの櫻や咲きぬらんふもとの里に匂ふはるかぜ

詠者
藤原忠通
状況
花の歌。

修辞

推量
麓の里に匂う春風から、峰の桜の開花を推し量る。

解説

忠通の摂関在任は四十年近くに及び、院政期の摂関家を代表する人物である。弟頼長との対立は保元の乱の一因となったが、今鏡は忠通を学才と風雅の人として高く評価している。

奥州藤原氏の基衡の名が今鏡に現れることは、都の貴族の目に映った「みちのくのえびす」の姿として興味深い。

関連

出典

底本
関根正直『今鏡新註』 六合館、昭和2年(1927)、179〜186頁(コマ104–108)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日