古典ライブラリー

今鏡 第三「すべらぎの下」 第21章

虫の音

近衛天皇は晩年に目を病み、十七歳で崩御した。和歌にすぐれ、法華経二十八品の歌も詠んだ天皇の死を、近臣たちが歌で悼む。後半は母美福門院の生涯で、皇女たちとともに出家し、高野山に遺骨を納めさせた。

  1. 1此こ此ここのみかどのみかどのみかど御おん御おんおんみめもみめもみめも、、、御心みこころ御心みこころみこころばへもいとなつかしくおはしましけるにばへもいとなつかしくおはしましけるにばえもいとなつかしくおわしましけるに、、、末すゑ末すゑすえになりてになりてになりて、、、御目おほんめ御目おほんめおおんめををを御覽ごらん御覽ごらんごらんぜざりければぜざりければぜざりければ、、、かた〴〵のかた〴〵のかたがたの御祈おほんいの御祈おほんいのおおんいのりもりもりも御藥おほんくすり御藥おほんくすりおおんくすりももも、、、然しか然しかしかるべきにやるべきにやるべきにや、、、かひなくてかひなくてかいなくて、、、末すゑ末すゑすえざまにざまにざまにははは、、、年とし年としとしのののはじめのはじめのはじめの行幸ぎやうかう行幸ぎやうかうぎょうこうなどもなどもなども、、、せさせせさせせさせ給たま給たまたまはずなりにけりはずなりにけりわずなりにけり。。。
  2. 2攝政せつしやう攝政せつしやうせっしょう殿どの殿どのどのたぐひなくたぐひなくたぐいなく思おも思おもおもひたてまつらせひたてまつらせいたてまつらせ給たま給たまたまふふう。。。みかどもみかどもみかども、、、おろかならずおろかならずおろかならず、、、思おも思おもおもひかひかいかはははさせさせさせ給たま給たまたまひてひていて、、、殿どの殿どのどのののの、、、御弟おほんおとうと御弟おほんおとうとおおんおとうとにこめられさせにこめられさせにこめられさせ給たま給たまたまひてひていて、、、藤氏とうじ藤氏とうじとうじのののなどもなどもなども、、、のかせのかせのかせ給たま給たまたまひたるひたるいたるををを、、、幼をさな幼をさなおさなききき御心みこころ御心みこころみこころになげかせになげかせになげかせ給たま給たまたまふふう。。。
  3. 3殿どの殿どのどのもみかどのもみかどのもみかどの例れい例れいれいならぬならぬならぬ御事おほんこと御事おほんことおおんことををを、、、なげかせなげかせなげかせ給たま給たまたまふふうほどにほどにほどに、、、十七じふしち十七じふしちじゅうしちにやおはしましけむにやおはしましけむにやおわしましけむ、、、初秋はつあき初秋はつあきはつあきののの末すゑ末すゑすえににに、、、日ひ日ひひごろごろごろ例れい例れいれいならぬならぬならぬ事こと事ことことおはしましておはしましておわしまして、、、かくれさせかくれさせかくれさせ給たま給たまたまひぬればひぬればいぬれば、、、世よ世よよののの中なか中なかなかはやはやはやみにみにみに惑まど惑まどまどへるへるえる心地ここち心地ここちここちしあへるなるべししあへるなるべししあえるなるべし。。。
  4. 4さりとてあるべきにあらねばさりとてあるべきにあらねばさりとてあるべきにあらねば、、、鳥羽とば鳥羽とばとばノノノ院ゐん院ゐんいんにににははは、、、次つぎ次つぎつぎのみかどのみかどのみかど定さだ定さださだめさせめさせめさせ給たま給たまたまふにふにうに、、、誠まこと誠まことまことにやにやにや侍はべ侍はべはべりけむりけむりけむ。。。女院にようゐん女院にようゐんにょういんののの御事おほんこと御事おほんことおおんことのいたはしさにやのいたはしさにやのいたわしさにや。。。姫君ひめぎみ姫君ひめぎみひめぎみををを帝みかど帝みかどみかどにやあるべきなどさへにやあるべきなどさへにやあるべきなどさえ計はか計はかはからはせらはせらわせ給たま給たまたまふふう。。。
  5. 5又また又またまた仁和寺にんなじ仁和寺にんなじにんなじのののをををなどなどなど定さだ定さださだめさせめさせめさせ給たま給たまたまひけれどひけれどいけれど理ことわ理ことわことわりなくてりなくてりなくて、、、ひとひとひと日ひ日ひひははは過す過すすぎてぎてぎて、、、世よ世よよののの中なか中なかなかおぼしめしおぼしめしおぼしめし恨うら恨うらうらみたるみたるみたる御有樣おほんありさま御有樣おほんありさまおおんありさまなるべしなるべしなるべし。。。たゞおはしまさんだにをしかるべきたゞおはしまさんだにをしかるべきただおわしまさんだにおしかるべきををを、、、歌うた歌うたうたをもをもをも幼をさな幼をさなおさなくおはしますくおはしますくおわします程ほど程ほどほどににに、、、すぐれてよませすぐれてよませすぐれてよませ給たま給たまたまひひい、、、法文ほふもん法文ほふもんほうもんのかたものかたものかたも、、、然しか然しかしかるべくてやるべくてやるべくてや、、、おはしましけむおはしましけむおわしましけむ。。。
  6. 6心こころ心こころこころにしめてにしめてにしめて、、、經きやう經きやうきょうなどなどなどをもをもをも訓くん訓くんくんによませによませによませ給たま給たまたまひてひていて、、、それにつけてもそれにつけてもそれにつけても、、、ののの御歌おほんうた御歌おほんうたおおんうたなどよませなどよませなどよませ給たま給たまたまふふう。。。おなじおなじおなじ歌うた歌うたうたととと申まう申まうもうせどもせどもせども、、、此こ此ここののの比ごろ比ごろごろのののうちあるさまにもあらずうちあるさまにもあらずうちあるさまにもあらず、、、むかしのむかしのむかしの上手じやうず上手じやうずじょうずなどのやうになどのやうになどのように、、、よませたまひけるよませたまひけるよませたまいける、、、おほくよませおほくよませおおくよませ給たま給たまたまひけるひけるいける中なか中なかなかににに、、、世よ世よよををを心こころ心こころこころぼそくやぼそくやぼそくや、、、おぼしめしけむおぼしめしけむおぼしめしけむ。。。
  7. 7虫むし虫むしむしのねののねののねの弱よわ弱よわよわるのみかるのみかるのみかははは過す過すすぐるぐるぐる秋あき秋あきあきををを惜を惜をおしむしむしむ我わ我わわががが身み身みみぞまづぞまづぞまず消き消ききえぬべきえぬべきえぬべき」」」
  8. 8などよませなどよませなどよませ給たま給たまたまへりけるへりけるえりける、、、いとあはれにいとあはれにいとあわれに悲かな悲かなかなしくしくしく、、、又また又またまた萩はぎ萩はぎはぎなどいふことなどいふことなどいうことををを、、、かくしかくしかくし題だい題だいだいにてにてにて、、、
  9. 9つらからばきしべのつらからばきしべのつらからばきしべの松まつ松まつまつののの波なみ波なみなみををを痛いた痛いたいたみねにあらはれてみねにあらはれてみねにあらわれて泣な泣ななかむとぞかむとぞかむとぞ思おも思おもおもふふう」」」
  10. 10などなどなど多おほ多おほおおくきゝくきゝくきき侍はべ侍はべはべりしかどもりしかどもりしかども、、、おぼえおぼえおぼえ侍はべ侍はべはべらずらずらず。。。位くらゐ位くらゐくらいにおはしますことにおはしますことにおわしますこと、、、十四年じふよねん十四年じふよねんじゅうよねんなりきなりきなりき。。。
  11. 11御おん御おんおんわざのわざのわざの夜よ夜よよ、、、むかしむかしむかし藏人くらうど藏人くらうどくろうどにてにてにて侍はべ侍はべはべりけるりけるりける、、、おもひおもひおもい出い出いいでてよめるでてよめるでてよめる。。。
  12. 12思おも思おもおもひきやひきやいきや虫むし虫むしむしのねしげきのねしげきのねしげき淺茅生あさぢふ淺茅生あさぢふあさじうににに君きみ君きみきみををを見み見みみすてゝすてゝすてて歸かへ歸かへかえるべしとるべしとるべしとははは
  13. 13殿どの殿どのどのののの御子みこ御子みこみこののの、、、僧正そうじやう僧正そうじやうそうじょうととと聞き聞ききこえこえこえ給たま給たまたまふふう、、、みかどのみかどのみかどの植う植ううゑさせゑさせえさせ給たま給たまたまへりけるへりけるえりける菊きく菊きくきくををを見み見みみ給たま給たまたまひてひていて、、、
  14. 14よはひよはひよわいをばをばをば君きみ君きみきみにゆづらでにゆづらでにゆずらで白菊しらぎく白菊しらぎくしらぎくのののひとりおくれてひとりおくれてひとりおくれて露つゆ露つゆつゆけかるらむけかるらむけかるらむ
  15. 15とよまれとよまれとよまれ侍はべ侍はべはべりけるこそりけるこそりけるこそ、、、あはれにあはれにあわれに聞き聞ききこえこえこえ侍はべ侍はべはべりしかりしかりしか。。。備び備びび前さき前さきさきののの御おん御おんおんとてとてとて侍はべ侍はべはべりけるがりけるがりけるが、、、みかどみかどみかど、、、おはしまさでおはしまさでおわしまさで後のち後のちのち、、、むかしむかしむかし思おも思おもおもひいでけるにひいでけるにいいでけるに、、、しのばしきしのばしきしのばしき事こと事ことこと、、、多おほ多おほおおくくく覺おぼ覺おぼおぼえければえければえければ、、、星ほし星ほしほしあひのあひのあいの比ごろ比ごろごろ、、、土佐とさ土佐とさとさががが、、、かのみかどのかのみかどのかのみかどの御事おほんこと御事おほんことおおんことののの悲かな悲かなかなしみにたへでしみにたへでしみにたえで、、、かしらおろしてかしらおろしてかしらおろして、、、こもりゐこもりゐこもりい侍はべ侍はべはべりけるもとにりけるもとにりけるもとに、、、いひつかはしけるいひつかはしけるいいつかわしける、、、
  16. 16天あめ天あめあめののの川がは川がはがわほしあひのほしあひのほしあいの空そら空そらそらはははかはらねどなれしかはらねどなれしかわらねどなれし雲居くもゐ雲居くもゐくもいののの秋あき秋あきあきぞぞぞ戀こひ戀こひこいしきしきしき
  17. 17とよめりけるこそとよめりけるこそとよめりけるこそ、、、いとなさけいとなさけいとなさけ多おほ多おほおおくくく聞き聞ききききき侍はべ侍はべはべりしかりしかりしか。。。
  18. 18此こ此ここのみかどののみかどののみかどの御母おほんはは御母おほんははおおんははははは、、、贈ぞう贈ぞうぞう左大臣さだいじん左大臣さだいじんさだいじん長なが長ながなが實さね實さねさね中納言ちゆうなごん中納言ちゆうなごんちゅうなごんのむすめのむすめのむすめ也なり也なりなり。。。得え得ええ子こ子ここ皇后宮くわうごうぐう皇后宮くわうごうぐうこうごうぐうときこえときこえときこえ給たま給たまたまふふう。。。ととと申まう申まうもうしきしきしき。。。このこのこの御有樣おほんありさま御有樣おほんありさまおおんありさま、、、さきにさきにさきに申まう申まうもうししし侍はべ侍はべはべりぬりぬりぬ。。。
  19. 19且かつ且かつかつははは近ちか近ちかちかききき世よ世よよののの事こと事ことことなればなればなれば、、、誰た誰たたれもきかせれもきかせれもきかせ給たま給たまたまひけむひけむいけむ。。。されどもされどもされども事こと事ことことのつゞきにのつゞきにのつづきに申まう申まうもうししし侍はべ侍はべはべるになむるになむるになむ。。。猶なほ猶なほなおあさましくおはしましゝあさましくおはしましゝあさましくおわしましし御おん御おんおんすぐせぞかしすぐせぞかしすぐせぞかし。。。
  20. 20御親おほんおや御親おほんおやおおんおやもおはせずなりにしかばもおはせずなりにしかばもおわせずなりにしかば、、、いかゞなりいかゞなりいかがなり給たま給たまたまはんずらむとはんずらむとわんずらむと見み見みみえたまひしにえたまひしにえたまいしに、、、しのびてしのびてしのびて參まゐ參まゐまいりりり初はじ初はじはじめめめ給たま給たまたまひてひていて、、、御子みこ御子みこみこたちたちたち生う生ううみたてまつりみたてまつりみたてまつり給たま給たまたまひひい、、、女御にようご女御にようごにょうご、、、きさききさききさき、、、みかどのみかどのみかどの御母おほんはは御母おほんははおおんははにおはしますのみにあらずにおはしますのみにあらずにおわしますのみにあらず、、、行ゆ行ゆゆくくく末すゑ末すゑすえまでのまでのまでの御有樣おほんありさま御有樣おほんありさまおおんありさま申まう申まうもうすもおろかなりすもおろかなりすもおろかなり。。。
  21. 21始はじ始はじはじめかやのめかやのめかやの院ゐん院ゐんいんやしなひやしなひやしない申まう申まうもうさせたまひしさせたまひしさせたまいしははは、、、子こ子ここ內親王ないしんわう內親王ないしんわうないしんのうととと聞き聞ききこえたまひしこえたまひしこえたまいし、、、うせさせうせさせうせさせ給たま給たまたまひにきひにきいにき。。。其そ其そそのつぎののつぎののつぎの姫宮ひめみや姫宮ひめみやひめみやははは內親王ないしんわう內親王ないしんわうないしんのう、、、八條はちでう八條はちでうはちじょうノノノ院ゐん院ゐんいんととと申まう申まうもうすなるべしすなるべしすなるべし。。。
  22. 22院ゐん院ゐんいんにやがてにやがてにやがて養やしな養やしなやしなひひい申まう申まうもうさせさせさせ給たま給たまたまひてひていて、、、あさゆふのあさゆふのあさゆうの御おん御おんおんなぐさめなるべしなぐさめなるべしなぐさめなるべし。。。をさなくてをさなくておさなくて物もの物ものものなどなどなどうつくしうおほせられてうつくしうおほせられてうつくしゅうおおせられて、、、「「「わかわかわか宮みや宮みやみやははは、、、東宮とうぐう東宮とうぐうとうぐうになりたりになりたりになりたり。。。われわれわれははは東宮とうぐう東宮とうぐうとうぐうのあねにのあねにのあねに成な成ななりたりりたりりたり」」」などなどなど、、、仰おほ仰おほおおせられければせられければせられければ、、、院ゐん院ゐんいんははは「「「さるさるさる司つかさ司つかさつかさやややはははあるべきあるべきあるべき」」」。。。
  23. 23などなどなど興きよう興きようきょうじじじ申まう申まうもうさせさせさせ給たま給たまたまひけるなどぞひけるなどぞいけるなどぞ、、、聞き聞ききこえこえこえ侍はべ侍はべはべりしりしりし。。。このこのこの宮みや宮みやみや、、、保ほう保ほうほう延の延のの三年さんねん三年さんねんさんねんひのとのひのとのひのとの巳み巳みみののの年とし年としとしににに生う生ううまれさせまれさせまれさせ給たま給たまたまひてひていて、、、保ほう保ほうほう元げん元げんげん二年にねん二年にねんにねん六月ろくぐわつ六月ろくぐわつろくがつ御おん御おんおんぐしおろさせぐしおろさせぐしおろさせ給たま給たまたまふふう。。。
  24. 24御おん御おんおんとしとしとし廿一にじふいち廿一にじふいちにじゅういちとぞとぞとぞ聞き聞ききこえさせこえさせこえさせ給たま給たまたまひしひしいし。。。應おう應おうおう保ほう保ほうほう元年ぐわんねん元年ぐわんねんがんねん十二月じふにぐわつ十二月じふにぐわつじゅうにがつににに、、、院號ゐんがう院號ゐんがういんごうきこえさせきこえさせきこえさせ給たま給たまたまふふう。。。二條にでう二條にでうにじょうのみかどののみかどののみかどの御母おほんはは御母おほんははおおんははとてとてとて、、、后きさき后きさききさきにもたゝせにもたゝせにもたたせ給たま給たまたまはははねどもねどもねども、、、女院にようゐん女院にようゐんにょういんととと申まう申まうもうすなるべしすなるべしすなるべし。。。ののの、、、東宮とうぐう東宮とうぐうとうぐうよりよりより院ゐん院ゐんいんととと申まう申まうもうしゝやうなるべししゝやうなるべしししょうなるべし。。。
  25. 25近衞こんゑ近衞こんゑこんえのみかどのみかどのみかど生う生ううまれさせまれさせまれさせ給たま給たまたまひてのちひてのちいてのち、、、永治元年えいぢぐわんねん永治元年えいぢぐわんねんえいじがんねん十一月じふいちぐわつ十一月じふいちぐわつじゅういちがつにやにやにや侍はべ侍はべはべりけむりけむりけむ。。。かのとのかのとのかのとの酉とり酉とりとりののの年とし年としとし、、、又また又またまた宮みや宮みやみや、、、六條ろくでう六條ろくでうろくじょう殿どの殿どのどのにてにてにて生う生ううみたてまつりみたてまつりみたてまつり給たま給たまたまへりしへりしえりし、、、二條にでう二條にでうにじょうのみかどのみかどのみかど、、、東宮とうぐう東宮とうぐうとうぐうときこえさせときこえさせときこえさせ給たま給たまたまひしひしいし時とき時ときとき、、、保ほう保ほうほう元げん元げんげん元年ぐわんねん元年ぐわんねんがんねんののの比ごろ比ごろごろ、、、御息所みやすんどころ御息所みやすんどころみやすんどころととと聞き聞ききこえさせこえさせこえさせ給たま給たまたまひてひていて、、、みかどみかどみかど位くらゐ位くらゐくらいにつかせにつかせにつかせ給たま給たまたまひしかばひしかばいしかば、、、平治元年へいぢぐわんねん平治元年へいぢぐわんねんへいじがんねん十二月じふにぐわつ十二月じふにぐわつじゅうにがつ廿六日にじふろくにち廿六日にじふろくにちにじゅうろくにち中宮ちゆうぐう中宮ちゆうぐうちゅうぐうときこえさせときこえさせときこえさせ給たま給たまたまひしにひしにいしに、、、永えい永えいえい曆りやく曆りやくりやく元年ぐわんねん元年ぐわんねんがんねん八月はちぐわつ八月はちぐわつはちがつ十九日じふくにち十九日じふくにちじゅうくにち、、、御おん御おんおんなやみとてなやみとてなやみとて、、、御おん御おんおんぐしおろさせぐしおろさせぐしおろさせ給たま給たまたまふふう。。。
  26. 26御おん御おんおんとしとしとし廿にじふ廿にじふにじゅうとぞきこえさせとぞきこえさせとぞきこえさせ給たま給たまたまひしひしいし。。。いといといと類たぐ類たぐたぐひなくひなくひなく侍はべ侍はべはべりきりきりき。。。應おう應おうおう保ほう保ほうほう二年にねん二年にねんにねん二月にぐわつ二月にぐわつにがつ十三日じふさんにち十三日じふさんにちじゅうさんにち、、、院號ゐんがう院號ゐんがういんごうありてありてありて、、、高松たかまつ高松たかまつたかまつノノノ院ゐん院ゐんいんととと申まう申まうもうすすす。。。このこのこの宮々みやみや宮々みやみやみやみやののの御母おほんはは御母おほんははおおんはは、、、國母こくも國母こくもこくもにておはしましゝにておはしましゝにておわしましし程ほど程ほどほどににに、、、近衞こんゑ近衞こんゑこんえのみかどのみかどのみかど、、、かくれさせたまひてかくれさせたまひてかくれさせたまいて、、、歎なげ歎なげなげかせかせかせ給たま給たまたまひしにひしにいしに、、、次つぎ次つぎつぎののの年鳥羽としとば年鳥羽としとばとしとばノノノ院ゐん院ゐんいんうせさせうせさせうせさせ給たま給たまたまひしひしいし時とき時ときときははは、、、北きた北きたきたおもてにおもてにおもてに候さふら候さふらそうろうふとふとうと候さふら候さふらそうろうふふう、、、下﨟げらふ下﨟げらふげろうどもかきたてゝどもかきたてゝどもかきたてて、、、院ゐん院ゐんいんのおはしまさゞらんにのおはしまさゞらんにのおわしまさざらんにははは、、、たしかにたしかにたしかに女院にようゐん女院にようゐんにょういんににに候さふら候さふらそうらへへえ。。。
  27. 27とてわたされとてわたされとてわたされ侍はべ侍はべはべりけりりけりりけり。。。女院にようゐん女院にようゐんにょういんははは法皇ほふわう法皇ほふわうほうおうののの御病おほんやまひ御病おほんやまひおおんやまいひのむしろにひのむしろにひのむしろに、、、御おん御おんおんぐしおろさせぐしおろさせぐしおろさせ給たま給たまたまへりきへりきえりき。。。のののひじりとかひじりとかひじりとか聞き聞ききこえしこえしこえしははは、、、御戒おほんかい御戒おほんかいおおんかいののの師し師ししときこえときこえときこえ侍はべ侍はべはべりしりしりし。。。
  28. 28よろづおもほしすてたるよろづおもほしすてたるよろずおもおしすてたる御有樣おほんありさま御有樣おほんありさまおおんありさまにやあらむにやあらむにやあらむ。。。鳥羽とば鳥羽とばとばなどなどなどをもをもをも、、、よろづよろづよろず女院にようゐん女院にようゐんにょういんののの御おん御おんおんまゝとのみまゝとのみままとのみ、、、さたしおかせさたしおかせさたしおかせ給たま給たまたまへれどへれどえれど、、、後のち後のちのちののの世よ世よよののの事こと事ことことををを、、、おもほしおもほしおもおし掟おき掟おきおきてさせてさせてさせ給たま給たまたまふうへにふうへにううえに、、、心こころ心こころこころかしこくかしこくかしこく何事なにごと何事なにごとなにごとにものがれさせにものがれさせにものがれさせ給たま給たまたまへりきへりきえりき。。。
  29. 29姫宮ひめみや姫宮ひめみやひめみやたちたちたち、、、御母おほんはは御母おほんははおおんははおはしましゝおはしましゝおわしましし折をり折をりおり、、、皆みな皆みなみな御おん御おんおんぐしおろさせぐしおろさせぐしおろさせ給たま給たまたまひてしこそひてしこそいてしこそ、、、いとあはれにいとあはれにいとあわれに聞き聞ききこえこえこえ侍はべ侍はべはべりしかりしかりしか。。。むかしのむかしのむかしの佛ほとけ佛ほとけほとけののの、、、王子十六わうじじふろく王子十六わうじじふろくおうじじゅうろくののの沙彌しやみ沙彌しやみしゃみなどのなどのなどの御有樣おほんありさま御有樣おほんありさまおおんありさまなるべしなるべしなるべし。。。
  30. 30なかにもなかにもなかにも、、、當時たうじ當時たうじとうじのきさきののきさきののきさきの宮みや宮みやみやにてにてにて佛ほとけ佛ほとけほとけののの道みち道みちみちにいらせにいらせにいらせ給たま給たまたまふふう、、、世よ世よよにたぐひなしにたぐひなしにたぐいなし。。。このこのこの世よ世よよをををつらくおぼしめしとりてつらくおぼしめしとりてつらくおぼしめしとりて、、、わがわがわが御身おほんみ御身おほんみおおんみもももひめひめひめ宮みや宮みやみやたちたちたちをもをもをもすゝめなしすゝめなしすすめなし奉たてまつ奉たてまつたてまつりてりてりて、、、つとめさせつとめさせつとめさせ給たま給たまたまふふうほどにほどにほどに、、、わづらはせおはしますわづらはせおはしますわずらわせおわします御事おほんこと御事おほんことおおんことありてありてありて、、、應おう應おうおう保ほう保ほうほう元年ぐわんねん元年ぐわんねんがんねん十一月じふいちぐわつ十一月じふいちぐわつじゅういちがつ廿三日にじふさんにち廿三日にじふさんにちにじゅうさんにちにかくれさせおはしましにきにかくれさせおはしましにきにかくれさせおわしましにき。。。
  31. 31紫むらさき紫むらさきむらさきののの雲くも雲くもくもたなびきてたなびきてたなびきて、、、ゐながらゐながらいながら、、、うせさせおはしにけるとぞうせさせおはしにけるとぞうせさせおわしにけるとぞ、、、うけたまはりしうけたまはりしうけたまわりし。。。かねてかねてかねて高野かうや高野かうやこうやののの御山みやま御山みやまみやまににに、、、しのびてしのびてしのびて、、、御堂みだう御堂みだうみどう建た建たたてさせてさせてさせ給たま給たまたまひてひていて、、、それにぞそれにぞそれにぞ御舍利おほんしやり御舍利おほんしやりおおんしゃりをばをばをば送おく送おくおくりりり參まゐ參まゐまいらせらせらせ給たま給たまたまひけるとなむひけるとなむいけるとなむ。。。
  32. 32かのかのかの御おん御おんおんともにともにともにははは、、、さもあるべきさもあるべきさもあるべき人々ひとびと人々ひとびとひとびと、、、おの〳〵おの〳〵おのおの御おん御おんおんさはりありてさはりありてさわりありて、、、贈ぞう贈ぞうぞう左大臣さだいじん左大臣さだいじんさだいじんののの末すゑ末すゑすえののの子こ子ここ時通ときみち時通ときみちときみちののの備後守びんごのかみ備後守びんごのかみびんごのかみとかとかとか聞き聞ききこえしこえしこえし、、、後のち後のちのちにににははは法師ほふし法師ほふしほうしになられたりけるにになられたりけるにになられたりけるに、、、年とし年としとしごろもごろもごろも契ちぎ契ちぎちぎりおかせりおかせりおかせ給たま給たまたまへりけるとてへりけるとてえりけるとて、、、そのそのその人ひと人ひとひとばかりぞばかりぞばかりぞ、、、首くび首くびくびにかけにかけにかけ參まゐ參まゐまいらせてらせてらせて、、、たゞたゞただ一人參ひとりまゐ一人參ひとりまゐひとりまいられければられければられければ、、、若狹守わかさのかみ若狹守わかさのかみわかさのかみにてにてにて、、、申まう申まうもうしてしてして、、、むげにむげにむげに年とし年としとし若わか若わかわかききき人ひと人ひとひと、、、をさなくよりなれをさなくよりなれおさなくよりなれ仕つか仕つかつこうまつりてうまつりてうまつりて、、、御おん御おんおんなごりのなごりのなごりの忍しの忍しのしのびがたさにびがたさにびがたさに、、、事こと事ことことにのぞみてにのぞみてにのぞみて、、、慕した慕したしたひまゐりけるにひまゐりけるにいまいりけるに、、、御山みやま御山みやまみやまへへへいらせいらせいらせ給たま給たまたまふふう日ひ日ひひ、、、雪ゆき雪ゆきゆきいたくふりければいたくふりければいたくうりければ、、、よみよみよみ侍はべ侍はべはべりけるりけるりける。。。
  33. 33誰た誰たたれかれかれか又また又またまたけふけふきょうのみゆきのみゆきのみゆきををを送おく送おくおくりおかむわれさへかくてりおかむわれさへかくてりおかむわれさえかくて思おも思おもおもひひい消き消ききえなばえなばえなば」」」

引用の仕方

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現代語訳

この帝は、お顔立ちもお気立てもたいそう慕わしくていらっしゃったのに、晩年になって目がお見えにならなかったので、さまざまの御祈祷も御薬も、そういう運命だったのでしょうか、効き目がなくて、末のころには年の初めの行幸などもなさらなくなりました。摂政殿(忠通)はこの上なくお慕い申し上げていらっしゃいます。帝もひとかたならずお心を通わせていらして、殿が御弟(頼長)に押し込められて、藤氏の長者なども退かされたのを、幼いお心にお嘆きになります。殿も帝の御病気をお嘆きになっていたところ、十七歳でいらっしゃったでしょうか、初秋の末に、数日来ご気分がすぐれなくて、お亡くなりになったので、世の中は闇に迷うような心地がしたことでしょう。そうかといってそのままにしておくわけにはいかないので、鳥羽院は次の帝をお定めになるのに、本当でしたでしょうか、女院(美福門院)のお気の毒さにでしょうか、姫君(暲子)を女帝にしようかなどとまでお考えになります。また仁和寺の若宮(守仁)をなどとお定めになりましたが、道理に合わなくて、一日は過ぎて、世の中を恨めしくお思いになっているご様子だったでしょう。ただ生きていらっしゃるだけでも惜しまれるはずなのに、和歌も幼くていらっしゃるうちからすぐれてお詠みになり、仏典の方面も、そういう運命でいらしたのでしょうか、深く心にかけて、経なども訓読でお読みになって、それにつけても法華経二十八品の歌などをお詠みになります。同じ歌と申しても、このごろのありふれたものではなく、昔の名人などのようにお詠みになった、たくさんお詠みになった中に、世を心細くお思いになったのでしょうか、

虫のねの弱るのみかは過ぐる秋を惜しむ我が身ぞまづ消えぬべき

などとお詠みになったのは、たいそうしみじみと悲しく、また「から萩」などということを隠し題にして、

つらからばきしべの松の波を痛みねにあらはれて泣かむとぞ思ふ

など多く聞きましたが、覚えておりません。位にいらっしゃったのは十四年でした。

御葬送の夜、実重という者が、昔蔵人であった人ですが、思い出して詠んだ歌、

思ひきや虫のねしげき淺茅生に君を見すてゝ歸るべしとは

殿の御子で大僧正と申し上げた方(覚忠)が、帝のお植えになった菊をご覧になって、

よはひをば君にゆづらで白菊のひとりおくれて露けかるらむ

とお詠みになったのは、しみじみと聞こえました。備前の御という女房がいて、帝がお亡くなりになった後、昔を思い出すと慕わしいことが多く思われたので、七夕のころ、内侍土佐が帝の御事の悲しみに堪えずに出家して籠もっていたところに、言い送った歌、

天の川ほしあひの空はかはらねどなれし雲居の秋ぞ戀しき

と詠んだのは、たいそう情け深いことと聞きました。

この帝の御母は、贈左大臣長実中納言の娘です。得子皇后宮と申し上げます。美福門院と申しました。このご様子は先に申しました。また近ごろのことですから、どなたもお聞きになったでしょう。けれども話の続きとして申し上げるのです。やはりあきれるほどのご宿運でいらっしゃいました。御父もお亡くなりになったので、どうなられることかと見えましたのに、ひそかに参り始めなさって、御子たちをお産みになり、女御・后・帝の御母でいらっしゃるだけでなく、将来までのご様子は言い尽くせません。はじめ高陽院が養育なさったのは、叡子内親王と申し上げた方で、お亡くなりになりました。その次の姫宮は暲子内親王で、八条院と申し上げる方でしょう。院(鳥羽)がそのまま養育なさって、朝夕のお慰めであったでしょう。幼くて、ものなどかわいらしくおっしゃって、「若宮は東宮になった。私は東宮の姉になった」などとおっしゃったので、院は「そんな官職があるものか」などとおもしろがられたなどと聞きました。この宮は保延三年丁巳の年にお生まれになって、保元二年六月に出家なさいます。御年二十一と申しました。応保元年十二月に院号を受けられます。二条天皇の御母(准母)として、后にもお立ちにならないけれども、女院と申し上げるのでしょう。小一条院が東宮から院と申したようなものでしょう。

近衛天皇がお生まれになった後、永治元年十一月でしたか、辛酉の年に、また姫宮(姝子)を六条殿でお産みになりましたが、二条天皇が東宮と申し上げていらした時、保元元年ごろ御息所と申し上げて、帝が位におつきになったので、平治元年十二月二十六日に中宮と申し上げたのに、永暦元年八月十九日、ご病気ということで出家なさいます。御年二十と申しました。たいそう比べるもののないことでした。応保二年二月十三日に院号があって、高松院と申し上げます。この宮々の御母(美福門院)が国母でいらっしゃったうちに、近衛天皇がお亡くなりになってお嘆きになっていたところ、翌年鳥羽院がお亡くなりになった時には、北面に仕えていた下臈たちを集めて、「院がいなくなったら、必ず女院にお仕えせよ」と言ってお渡しになりました。女院は法皇の御病床で出家なさいました。三滝の聖とか申した方(観空)が御戒の師であったと聞きました。万事をお捨てになったご様子でありましょうか。鳥羽殿などをも、万事女院の御意のままにと取り決めておかれたけれども、後世のことをお定めになった上に、賢明にも何事からも身をお引きになりました。

姫宮たちは、御母がいらした時に皆出家なさったのは、たいそうしみじみと聞こえました。昔の仏(大通智勝仏)の八人の王子、十六人の沙弥などのご様子でありましょう。中でも、当時の后の宮(高松院)で仏道にお入りになるのは、世に例のないことです。この世をつらいと悟られて、ご自身も姫宮たちをもお勧めになって勤行なさっていたところ、ご病気になって、応保元年十一月二十三日にお亡くなりになりました。紫の雲がたなびいて、座ったままお亡くなりになったと承りました。前もって高野山にひそかに御堂を建てさせて、そこに御遺骨を送り申し上げなさったということです。そのお供には、しかるべき人々はそれぞれ差し障りがあって、贈左大臣(長実)の末子の時通の備後守とか申した人で、後に法師になられた人に、長年約束しておかれたということで、その人だけが首に掛け申し上げて、ただ一人参られたので、若狭守で隆信と申して、ひどく年若い人が、幼い時から慣れお仕えして、お名残の忍びがたさに、その場になってお慕いして参ったところ、高野山にお入りになる日、雪がひどく降ったので、詠んだ歌、

誰れか又けふのみゆきを送りおかむわれさへかくて思ひ消えなば

意訳

近衛天皇は眼病に苦しみ、久寿二年(1155)七月に十七歳で崩御した。忠通と頼長の対立の中で、天皇は忠通を慕い、頼長に氏長者を奪われた忠通に同情したという。天皇の死後、鳥羽院は皇位継承に迷い、美福門院の娘暲子内親王を女帝にする案まで出たが、結局、後白河天皇が即位する。

近衛天皇は若くして和歌にすぐれ、法華経二十八品歌も詠んだ。「虫のねの」の歌は、弱っていく虫の声よりも先に自分が消えてしまうだろうと、死を予感するような歌で、章題の「虫の音」はこの歌による。崩御後、近臣たちの哀傷歌が次々に引かれる。

後半は美福門院の生涯。出自は高くなかったが、近衛天皇の母、八条院・高松院の母として権勢をふるった。暲子内親王の「われは東宮の姉に成りたり」という幼い言葉に鳥羽院が興じた話は、ほほえましい一場面である。女院は娘たちとともに出家し、遺言で遺骨を高野山に納めさせた。雪の日に遺骨を送る藤原隆信の歌が、章を締めくくる。

語釈・文法注

藤氏の長者
藤原氏一門の長。久安六年(1150)、忠実は忠通から氏長者を取り上げて頼長に与えた。
姫君を女帝に
暲子内親王を女帝に立てる案。実現しなかった。
仁和寺の若宮
守仁親王。のちの二条天皇。後白河天皇の第一皇子で、仁和寺で養育されていた。
二十八品の御歌
法華経二十八品の各品の趣旨を詠んだ和歌。
から萩
「から萩」を隠し題とする。「つらからばきしべ」の「から」と「萩」の「は(ぎ)」に隠れているとする説があるが、未詳。
さねしげ
藤原実重。伝未詳。
大僧正
覚忠(1118〜1177)。忠通の子。天台座主。
內侍土佐
近衛天皇に仕えた女房。
美福門院
藤原得子。
叡子內親王
鳥羽院の皇女。高陽院の養女。
暲子內親王
八条院(1137〜1211)。鳥羽院と美福門院の皇女。莫大な所領を伝領した。
小一條院
敦明親王。東宮を辞して院号を受けた例。第2章参照。
ひめ宮
姝子内親王(1141〜1176)。高松院。二条天皇の中宮。
三瀧のひじり
観空。三滝上人。
やたりの王子十六の沙彌
法華経化城喩品に説かれる、大通智勝仏の十六人の王子が出家して沙弥となった話。「やたり」は八人。
たかのぶ
藤原隆信(1142〜1205)。歌人・画家。似絵の名手。

文法

ひと日は過ぎて
一日はそのまま過ぎて。
うせさせおはしにける
「うせさせおはしましにける」の脱字か。底本どおりに翻刻した。

和歌

虫のねの弱るのみかは過ぐる秋を惜しむ我が身ぞまづ消えぬべき

詠者
近衛天皇
状況
世を心細く思っていたころ詠んだ歌。

修辞

反語
「弱るのみかは」で、虫の声が弱るだけではない、と言い、自分の命がまず消えるだろうと続ける。

つらからばきしべの松の波を痛みねにあらはれて泣かむとぞ思ふ

詠者
近衛天皇
状況
「から萩」を隠し題にした歌。

修辞

掛詞
「ね」に松の「根」と泣く「音」をかける。

思ひきや虫のねしげき淺茅生に君を見すてゝ歸るべしとは

詠者
藤原実重
状況
近衛天皇の葬送の夜に詠んだ哀傷歌。

修辞

反語
「思ひきや」は、思っただろうか、いや思いもしなかった、の意。

よはひをば君にゆづらで白菊のひとりおくれて露けかるらむ

詠者
覚忠
状況
近衛天皇の植えた菊を見て詠んだ歌。

修辞

擬人法
長寿の象徴である菊が、その齢を帝に譲らずに一人残って露(涙)に濡れている、と詠む。

天の川ほしあひの空はかはらねどなれし雲居の秋ぞ戀しき

詠者
備前の御
状況
近衛天皇の崩御後の七夕に、出家した内侍土佐に贈った歌。

修辞

掛詞
「雲居」に空と宮中をかける。

誰れか又けふのみゆきを送りおかむわれさへかくて思ひ消えなば

詠者
藤原隆信
状況
美福門院の遺骨を高野山に送る日、雪が降ったので詠んだ歌。

修辞

掛詞
「みゆき」に「御幸」と「深雪」をかける。
縁語
「みゆき(深雪)」と「消え」。

解説

近衛天皇の崩御は、保元の乱の直接の引き金となった。皇位は崇徳院の皇子重仁親王ではなく後白河天皇に渡り、崇徳院の不満が高まった。今鏡はこの章で、そうした政治の動きを「世の中おぼしめし恨みたる御有様」と短く記すにとどめている。

美福門院の遺骨を高野山に納めたことは、女人禁制の高野山に女性の遺骨を納めた例として注目される。『今鏡』は、遺骨を首に掛けて山に登った時通と、見送った隆信の姿を印象深く描いている。

関連

出典

底本
関根正直『今鏡新註』 六合館、昭和2年(1927)、103〜110頁(コマ66–70)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日