古典ライブラリー

今鏡 第三「すべらぎの下」 第20章

男山

巻三「すべらぎの下」の始まり。鳥羽院は藤原長実の娘得子(美福門院)を寵愛し、二人の皇女ののち、石清水の般若会などの祈りのかいあって保延五年に皇子(近衛天皇)が生まれる。皇子は崇徳天皇の養子として東宮に立ち、三歳で即位した。

  1. 1鳥羽とば鳥羽とばとばののの帝みかど帝みかどみかど、、、御位おほんくらゐ御位おほんくらゐおおんくらいののの御時おほんとき御時おほんときおおんときよりよりより、、、參まゐ參まゐまいりたまへりしきさきりたまへりしきさきりたまえりしきさきははは、、、御子みこ御子みこみこたちあまたたちあまたたちあまた生う生ううみみみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりてりてりて、、、位くらゐ位くらゐくらいおりさせたまひしかばおりさせたまひしかばおりさせたまいしかば、、、女院にようゐん女院にようゐんにょういんととと申まう申まうもうしておはしましきしておはしましきしておわしましき。。。
  2. 2法皇ほふわう法皇ほふわうほうおうののの養やしな養やしなやしなひたてまつりてひたてまつりていたてまつりて、、、はたもてかしづきはたもてかしづきはたもてかしずき給たま給たまたまひしにひしにいしに、、、法皇ほふわう法皇ほふわうほうおうおはしまさでおはしまさでおわしまさで後のち後のちのち、、、のきさきのきさきのきさき參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまひてひていて、、、御おん御おんおんかた〴〵いどましげなれどもかた〴〵いどましげなれどもかたがたいどましげなれども、、、院ゐん院ゐんいんにににはははいづいづいず方かた方かたかたにもにもにも、、、うときやうにてのみうときやうにてのみうときょうにてのみ、、、おはしましゝにおはしましゝにおわしまししに、、、しのびてしのびてしのびて參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまへるへるえる御方おほんかた御方おほんかたおおんかたおはしましておはしましておわしまして、、、やゝやゝやや朝あさ朝あさあさまつりごともまつりごともまつりごとも怠おこた怠おこたおこたらせらせらせ給たま給たまたまふさまにてふさまにてうさまにて、、、夜よ夜よよがれさせがれさせがれさせ給たま給たまたまふふう事こと事ことことなかるべしなかるべしなかるべし。。。
  3. 3いとやんごとなきいとやんごとなきいとやんごとなき際きは際きはきわにににはははあらねどあらねどあらねど、、、にてにてにて御親おほんおや御親おほんおやおおんおやはははおはしけるにおはしけるにおわしけるに、、、母北ははきた母北ははきたはわきたののの方かた方かたかたははは、、、源氏げんじ源氏げんじげんじののの堀河ほりかは堀河ほりかはほりかわのおとゞののおとゞののおとどの女をんな女をんなおんなにおはしけるにおはしけるにおわしける上うへ上うへうえににに、、、類たぐ類たぐたぐひなくかしづきひなくかしづきひなくかしずき聞きこ聞きこきこえてえてえて、、、たゞたゞただ人ひと人ひとひとにににはははえゆるさじとえゆるさじとえゆるさじと、、、もてあつかはれけるもてあつかはれけるもてあつかわれける程ほど程ほどほどににに、、、中納言ちゆうなごん中納言ちゆうなごんちゅうなごんかくれかくれかくれ侍はべ侍はべはべりけるりけるりける後のち後のちのち、、、院ゐん院ゐんいんににに元もと元もともとよりおぼしめしつゝよりおぼしめしつゝよりおぼしめしつつ過す過すすぐしぐしぐし給たま給たまたまひけんひけんいけん。。。
  4. 4かのかのかの父ちゝ父ちゝちちののの御忌おほんいみ御忌おほんいみおおんいみなどなどなど過す過すすぎけるまゝにぎけるまゝにぎけるままに、、、しのびてしのびてしのびて御消息おほんせうそこ御消息おほんせうそこおおんしょうそこ有あ有あありてりてりて、、、かくれつゝかくれつゝかくれつつ參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまひけるひけるいけるほどにほどにほどに、、、日ひ日ひひにそへてにそへてにそえて類たぐ類たぐたぐひなきひなきひなき御志おほんこころざし御志おほんこころざしおおんこころざしにてにてにて、、、ときめきときめきときめき給たま給たまたまふふうほどにほどにほどに、、、たゞならぬたゞならぬただならぬ事こと事ことことさへおはしければさへおはしければさえおわしければ、、、御祈おほんいの御祈おほんいのおおんいのりりりおどろ〳〵しきまでおどろ〳〵しきまでおどろおどろしきまで、、、かた〴〵せさせかた〴〵せさせかたがたせさせ給たま給たまたまふふう程ほど程ほどほどににに、、、うみたてまつらせうみたてまつらせうみたてまつらせ給たま給たまたまへればへればえれば、、、珍めづ珍めづめずらしきらしきらしきをばをばをば喜よろこ喜よろこよろこびながらびながらびながら、、、男をとこ男をとこおとこにおはしまさぬにおはしまさぬにおわしまさぬをぞをぞをぞ、、、くちをしうおぼしめしたるにくちをしうおぼしめしたるにくちおしゅうおぼしめしたるに、、、又また又またまと生う生ううみたてまつりみたてまつりみたてまつり給たま給たまたまへるもへるもえるも、、、同おな同おなおなじさまなればじさまなればじさまなれば、、、まめやかにくちをしうおぼしめしたれどまめやかにくちをしうおぼしめしたれどまめやかにくちおしゅうおぼしめしたれど、、、さすがさすがさすが、、、いかゞはせんにていかゞはせんにていかがわせんにて、、、おはしますなるべしおはしますなるべしおわしますなるべし。。。
  5. 5姉宮あねみや姉宮あねみやあねみやをばをばをば宇治うぢ宇治うぢうじのきさきのきさきのきさき、、、御子みこ御子みこみこおはしまさぬにあはせておはしまさぬにあはせておわしまさぬにあわせて、、、きおとゞのきおとゞのきおとどの御心みこころ御心みこころみこころとゞむとにやとゞむとにやとどむとにや。。。このこのこの宮みや宮みやみやにむかへにむかへにむかえ申まう申まうもうさせたまひてさせたまひてさせたまいて、、、養やしな養やしなやしなひひい申まう申まうもうさせさせさせ給たま給たまたまふふう。。。
  6. 6後のち後のちのちににに生う生ううまれさせまれさせまれさせ給たま給たまたまへるへるえるをばをばをば、、、院ゐん院ゐんいんにみづからにみづからにみずから養やしな養やしなやしなひたてまつりひたてまつりいたてまつり給たま給たまたまふふう。。。御母おほんはは御母おほんははおおんははきさききさききさき、、、しばししばししばしはははあのあのあの御方おほんかた御方おほんかたおおんかたなどなどなど申まう申まうもうしておはしましゝしておはしましゝしておわしましし程ほど程ほどほどににに、、、三位さんみ三位さんみさんみのくらゐそへさせのくらゐそへさせのくらいそえさせ給たま給たまたまひてひていて、、、このこのこの御事おほんこと御事おほんことおおんことをををのみのみのみ類たぐ類たぐたぐひなきひなきひなき御おん御おんおんもてなしなればもてなしなればもてなしなれば、、、世よ世よよののの人ひと人ひとひとならびなくならびなくならびなく見み見みみたてまつれるにたてまつれるにたてまつれるに、、、又また又またまたたゞならぬたゞならぬただならぬ事こと事ことことおはしませばおはしませばおわしませば、、、此こ此ここののの度たび度たびたびさへさへさえ、、、うちつゞかせうちつゞかせうちつづかせ給たま給たまたまはんもはんもわんも、、、くちをしきくちをしきくちおしき上うへ上うへうえににに、、、おぼしめしおぼしめしおぼしめしはははからふからふからう事こと事ことことやあらむやあらむやあらむ。。。
  7. 7をとこをとこおとこ宮生みやう宮生みやうみやうみたてまつりみたてまつりみたてまつり給たま給たまたまふべきふべきうべき御祈おほんいの御祈おほんいのおおんいのりりり、、、いひしらずいひしらずいいしらず營いとな營いとないとなませませませ給たま給たまたまふふう。。。石淸水いはしみづ石淸水いはしみづいわしみずににになどいひてなどいひてなどいいて、、、山やま山やまやま三井寺みゐでら三井寺みゐでらみいでらなどのなどのなどの、、、やんごとなきやんごとなきやんごとなき智慧ちゑ智慧ちゑちえ深ふか深ふかふかききき僧そう僧そうそうどもどもども參まゐ參まゐまいりゐてりゐてりいて、、、日ひ日ひひごろごろごろ法文ほふもん法文ほふもんほうもんのそこのそこのそこをををきききはははめてめてめて、、、行おこな行おこなおこなはせはせわせ給たま給たまたまふふう。。。
  8. 8ノノノ中納言ちゆうなごん中納言ちゆうなごんちゅうなごんといふといふという人ひと人ひとひと、、、御後見おほんうしろみ御後見おほんうしろみおおんうしろみにてにてにて、、、都みやこ都みやこみやこののの事こと事ことことももも大事だいじ大事だいじだいじなれどなれどなれど、、、かのかのかの宮みや宮みやみやににに日ひ日ひひごろごろごろ籠こも籠こもこもりてりてりて、、、御おん御おんおんかはりにやかはりにやかわりにや。。。日毎ひごと日毎ひごとひごとににに、、、束帶そくたい束帶そくたいそくたいにてにてにて御講催みかうもよほ御講催みかうもよほみこうもよおししし行おこな行おこなおこなはれけるはれけるわれけるををを、、、わわわれも〳〵とれも〳〵とれもれもと御法みのり御法みのりみのりときてときてときて、、、祈いの祈いのいのりりり申まう申まうもうされけるされけるされける中なか中なかなかににに、、、忠春ちゆうしゆん忠春ちゆうしゆんちゅうしゅんとかきこえしがとかきこえしがとかきこえしが、、、「「「ののの西にし西にしにしにににはははうみのうみのうみの宮みや宮みやみや、、、御產ごさん御產ごさんごさん平安さき平安さきさきたのみありたのみありたのみあり。。。鳳城ほうじやう鳳城ほうじやうほうじょうののの南みなみ南みなみみなみにににははは、、、皇子みこ皇子みこみこ誕たん誕たんたん生う生うう疑うたが疑うたがうたがひなしひなしいなし」」」。。。
  9. 9ととと申まう申まうもうしたりけるとなむしたりけるとなむしたりけるとなむ聞き聞ききききき侍はべ侍はべはべりしりしりし。。。ののの濟圓さいゑん濟圓さいゑんさいえんといひしといひしといいし僧都そうづ僧都そうづそうず、、、さきのさきのさきの日ひ日ひひ、、、このこのこの心こころ心こころこころをををしたりけるにしたりけるにしたりけるに、、、めでたしなどめでたしなどめでたしなど聞き聞ききこえけるこえけるこえけるををを、、、山やま山やまやまににに忠春ちゆうしゆん忠春ちゆうしゆんちゅうしゅん已講いかう已講いかういこうときこえしがときこえしがときこえしが、、、後のち後のちのちののの日ひ日ひひ、、、かやうにむすびなしていひけるかやうにむすびなしていひけるかようにむすびなしていいける。。。
  10. 10とり〴〵にえもとり〴〵にえもとりどりにえも云い云いいはずなむはずなむわずなむ、、、きこえきこえきこえ侍はべ侍はべはべりけるりけるりける。。。はてのはてのはての日ひ日ひひははは、、、上達部かんだちめ上達部かんだちめかんだちめ引ひ引ひひきつれまゐりてきつれまゐりてきつれまいりて、、、御布施おほんふせ御布施おほんふせおおんふせとりとりとり、、、御神樂みかぐら御神樂みかぐらみかぐらなどせらるなどせらるなどせらる。。。上達部かんだちめ上達部かんだちめかんだちめ、、、歌うた歌うたうたももも笛ふえ笛ふえふえもももおの〳〵おの〳〵おのおの心こころ心こころこころをををつくしてつくしてつくして、、、のやうなりのやうなりのようなり。。。
  11. 11かやうにかやうにかように云い云いいひひい知し知ししらぬらぬらぬ御祈おほんいの御祈おほんいのおおんいのりどもりどもりども有あ有あありけるりけるりける程ほど程ほどほどににに、、、保延五年ほうえんごねん保延五年ほうえんごねんほうえんごねんにやにやにや侍はべ侍はべはべりけむりけむりけむ。。。己つちのと己つちのとつちのとののの未ひつじ未ひつじひつじののの年とし年としとし五月さつき五月さつきさつき十八日じふはちにち十八日じふはちにちじゅうはちにち、、、よになくけうらなるよになくけうらなるよになくきょうらなる玉たま玉たまたま宮みや宮みやみや、、、うまれさせうまれさせうまれさせ給たま給たまたまひぬればひぬればいぬれば、、、院ゐん院ゐんいんのののうちさらなりうちさらなりうちさらなり。。。
  12. 12世よ世よよののの中なか中なかなかももも動うご動うごうごくまでくまでくまで、、、歡よろこ歡よろこよろこびあへるさまびあへるさまびあえるさま、、、いいいはははんかたなしんかたなしんかたなし。。。未ひつじ未ひつじひつじののの時とき時ときときばかりなればばかりなればばかりなれば、、、御祈おほんいの御祈おほんいのおおんいのりのりのりの僧そう僧そうそう、、、御前おまへ御前おまへおまえににに參まゐ參まゐまいりゐたるにりゐたるにりいたるに、、、おの〳〵おの〳〵おのおの御馬みま御馬みまみまひきひきひき、、、女房にようばう女房にようばうにょうぼうのよそほひなどたまはすのよそほひなどたまはすのよそおいなどたまわす。。。
  13. 13仁和寺にんなじ仁和寺にんなじにんなじののの法ほふ法ほふほう親王しんわう親王しんわうしんのう、、、山やま山やまやまののの座主ざす座主ざすざすなどなどなど、、、僧綱そうがう僧綱そうがうそうごう給たま給たまたまはははりりり、、、さま〴〵のさま〴〵のさまざまの賞じやう賞じやうじょうどもどもども有あ有あありてりてりて、、、まかでまかでまかで給たま給たまたまひぬひぬいぬ。。。御おん御おんおんうぶうぶうぶ養やしな養やしなやしなひひい七夜ななよ七夜ななよななよなどなどなど、、、關白殿くわんぱくどの關白殿くわんぱくどのかんぱくどのよりよりよりはじめてはじめてはじめて參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまひてひていて、、、御遊おほんあそび御遊おほんあそびおおんあそびびどもありびどもありびどもあり。。。
  14. 14御湯殿おほんゆどの御湯殿おほんゆどのおおんゆどの南みなみ南みなみみなみおもてにしつらひておもてにしつらひておもてにしつらいて、、、うちうちうち五位ごゐ五位ごゐごい六位ろくゐ六位ろくゐろくいしらがさねにしらがさねにしらがさねに立た立たたちならべりちならべりちならべり。。。男をとこ男をとこおとこ宮みや宮みやみやにおはしませばにおはしませばにおわしませば、、、文ふみ文ふみふみよみよみよみ式部しきぶ式部しきぶしきぶ大輔たいふ大輔たいふたいふ左中辨さちゆうべん左中辨さちゆうべんさちゅうべんなどいふなどいふなどいう博士はかせ博士はかせはかせ、、、大だい大だいだい外記げき外記げきげきとかいふとかいふとかいう者もの者ものもの、、、明經博士みやうぎやうはかせ明經博士みやうぎやうはかせみょうぎょうはかせとてとてとて、、、、、、あけのころもあけのころもあけのころも、、、袖そで袖そでそでをををつらねてつらねてつらねて、、、うちかはりつゝうちかはりつゝうちかわりつつ、、、日毎ひごと日毎ひごとひごとによむけしきによむけしきによむけしき、、、いいいはははんかたなくめでたしんかたなくめでたしんかたなくめでたし。。。
  15. 15御子みこ御子みこみこののの御祈おほんいの御祈おほんいのおおんいのりりりはじめてせさせはじめてせさせはじめてせさせ給たま給たまたまひひい、、、ののの御祓おほんはらへ御祓おほんはらへおおんはらえへにへにえに、、、辨べん辨べんべんゆげひのすけゆげひのすけゆげいのすけ、、、五位ごゐ五位ごゐごいののの藏人くらうど藏人くらうどくろうどなどなどなど、、、時とき時ときときにあへるにあへるにあえる七人しちにん七人しちにんしちにん、、、御おん御おんおんころもころもころも宮取みやと宮取みやとみやとりてりてりて立た立たたつつつほどほどほど、、、おぼろげのおぼろげのおぼろげの上達部かんだちめ上達部かんだちめかんだちめなどもなどもなども、、、あふべくもなかりけりあふべくもなかりけりあうべくもなかりけり。。。
  16. 16御おん御おんおんめのとにめのとにめのとにははは、、、二條にでう二條にでうにじょうののの關白くわんぱく關白くわんぱくかんぱくののの御子みこ御子みこみこににに、、、宰相さいしやう宰相さいしやうさいしょうノノノ中將ちゆうじやう中將ちゆうじやうちゅうじょうといひしといひしといいし人ひと人ひとひとのむすめのむすめのむすめ、、、內頭藏くらのかみ內頭藏くらのかみくらのかみをををとこにてあればとこにてあればとこにてあれば、、、えらばれてえらばれてえらばれて養やしな養やしなやしなひひい奉たてまつ奉たてまつたてまつるなるべしるなるべしるなるべし。。。日ひ日ひひににに添そ添そそへてへてえて、、、めづらかなるちごのめづらかなるちごのめずらかなるちごの御おん御おんおんかたちなるにつけてもかたちなるにつけてもかたちなるにつけても、、、いかでかすがやかにいかでかすがやかにいかでかすがやかに、、、みこのみこのみこの宮みや宮みやみやにもにもにも、、、位くらゐ位くらゐくらいにもとおぼせどもにもとおぼせどもにもとおぼせども、、、后腹きさきばら后腹きさきばらきさきばらににに、、、御子みこ御子みこみこたちあまたおはしますたちあまたおはしますたちあまたおわしますををを、、、さしさしさし超こ超ここゆべきならねばゆべきならねばゆべきならねば、、、おもほしめしわづらふおもほしめしわづらふおもおしめしわずらう程ほど程ほどほどににに、、、當たう當たうとう帝みかど帝みかどみかどののの御子みこ御子みこみこになしになしになし奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまふふう事こと事ことこといできていできていできて、、、みなみなみな月つき月つきつきののの廿六日にじふろくにち廿六日にじふろくにちにじゅうろくにち、、、御子みこ御子みこみこ內うち內うちうちへへへいらせいらせいらせ給たま給たまたまふふう。。。
  17. 17御おん御おんおんともにともにともに上達部かんだちめ上達部かんだちめかんだちめ、、、殿上人てんじやうびと殿上人てんじやうびとてんじょうびとえらびてえらびてえらびて、、、帝みかど帝みかどみかどのみゆきにものみゆきにものみゆきにも心こころ心こころこころことなりことなりことなり。。。都みやこ都みやこみやこのののうちうちうち、、、車くるま車くるまくるまもさりあへずもさりあへずもさりあえず、、、見み見みみるものるものるもの所ところ所ところところもなきもなきもなき程ほど程ほどほどになむになむになむはべりけるはべりけるはべりける。。。
  18. 18內うち內うちうちへへへ入い入いいらせらせらせ給たま給たまたまふにふにうに、、、宣旨せんじ宣旨せんじせんじなどなどなど、、、藏人くらうど藏人くらうどくろうどおほせつゝおほせつゝおおせつつ、、、旣すで旣すですでににに參まゐ參まゐまいらせらせらせ給たま給たまたまひてひていて、、、ををを御母おほんはは御母おほんははおおんははにてにてにて、、、まだまだまだ御子みこ御子みこみこももも生う生ううませませませ給たま給たまたまはははねばねばねば、、、めづらしくめづらしくめずらしく養やしな養やしなやしなひひい申まう申まうもうさせたまふさせたまふさせたまう。。。
  19. 19きさきのきさきのきさきの親おや親おやおやにてにてにてははは、、、關白殿くわんぱくどの關白殿くわんぱくどのかんぱくどのおはしませばおはしませばおわしませば、、、御子みこ御子みこみこのおほぢにてのおほぢにてのおおじにて、、、かた〴〵かた〴〵かたがた、、、帝みかど帝みかどみかどももも后きさき后きさききさきももも、、、御子みこ御子みこみこおはしまさぬにおはしまさぬにおわしまさぬに、、、院ゐん院ゐんいんももも御心みこころ御心みこころみこころゆかせゆかせゆかせ給たま給たまたまひてひていて、、、いといといと心こころ心こころこころよきよきよき事こと事ことこといできていできていできて、、、いつしかいつしかいつしか八月はちぐわつ八月はちぐわつはちがつ十七日じふしちにち十七日じふしちにちじゅうしちにち、、、東宮とうぐう東宮とうぐうとうぐうにたゝせにたゝせにたたせ給たま給たまたまふふう。。。
  20. 20昭陽舍せうやうしや昭陽舍せうやうしやしょうようしゃににに御おん御おんおんしつらひありてしつらひありてしつらいありて渡わた渡わたわたらせらせらせ給たま給たまたまふふう。。。大夫だいぶ大夫だいぶだいぶにににははは堀川ほりかは堀川ほりかはほりかわののの大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごんなりなりなり給たま給たまたまふふう。。。御母おほんはは御母おほんははおおんははのののをををぢにおはしてぢにおはしてじにおわして、、、殊こと殊ことことににに撰えら撰えらえらばせばせばせ給たま給たまたまへるなりへるなりえるなり。。。御母おほんはは御母おほんははおおんはは、、、ののの宣旨せんじ宣旨せんじせんじかぶりかぶりかぶり給たま給たまたまふふう。。。
  21. 21ねがひのねがひのねがいの御おん御おんおんまゝなりまゝなりままなり。。。男をとこ男をとこおとこ宮みや宮みやみやのののうれしさもうれしさもうれしさも、、、いふいふいうばかりなきばかりなきばかりなきうへうへうえににに、、、御おん御おんおんみめもみめもみめも御心みこころ御心みこころみこころばへもばへもばえも、、、いといといとうつくしううつくしううつくしゅう、、、此こ此ここののの世よ世よよのものにもあらずのものにもあらずのものにもあらず、、、さかしくおとなしくてさかしくおとなしくてさかしくおとなしくて、、、日ひ日ひひののの御座ござ御座ござござににに事こと事ことことあるあるある每ごと每ごとごとににに、、、大夫だいぶ大夫だいぶだいぶののの抱いだ抱いだいだきまゐらせきまゐらせきまいらせ給たま給たまたまへるにもへるにもえるにも、、、泣な泣ななきなどしきなどしきなどし給たま給たまたまはずはずわず、、、ゐさせゐさせいさせ給たま給たまたまふふうほどにほどにほどにははは、、、御おん御おんおんしとねのしとねのしとねの上うへ上うへうえににに、、、ひとりゐさせひとりゐさせひとりいさせ給たま給たまたまひてひていて、、、おとなのやうにおはしませばおとなのやうにおはしませばおとなのようにおわしませばかひ〴〵しくかひ〴〵しくかいがいしく、、、見み見みみたてまつるたてまつるたてまつる人ひと人ひとひとももも、、、歡よろこ歡よろこよろこびのびのびの涙なみだ涙なみだなみだおさへがたかりけりおさへがたかりけりおさえがたかりけり。。。
  22. 22かくてかくてかくて同おな同おなおなじじじ七年しちねん七年しちねんしちねん十二月じふにぐわつ十二月じふにぐわつじゅうにがつ七日なぬか七日なぬかなぬか、、、御年おほんとし御年おほんとしおおんとし三み三みみつにてつにてつにて、、、位くらゐ位くらゐくらい讓ゆづ讓ゆづゆずりりり申まう申まうもうさせさせさせ給たま給たまたまふふう。。。近ちか近ちかちかくくくははは五いつ五いついつつなどにてぞつなどにてぞつなどにてぞ、、、卽つ卽つつかせかせかせ給たま給たまたまへどもへどもえども、、、心こころ心こころこころもとなさにやもとなさにやもとなさにや。。。すがやかにゐさせすがやかにゐさせすがやかにいさせ給たま給たまたまひぬひぬいぬ。。。
  23. 23御母おほんはは御母おほんははおおんはは女御にようご女御にようごにょうご殿どの殿どのどの、、、皇后宮くわうごうぐう皇后宮くわうごうぐうこうごうぐうににに立た立たたたせたせたせ給たま給たまたまふふう。。。御おん御おんおんとしとしとし二十五にじふご二十五にじふごにじゅうごにやにやにや。。。御おん御おんおん卽つ卽つつ位くらゐ位くらゐくらい大嘗會だいじやうゑ大嘗會だいじやうゑだいじょうえなどなどなど、、、心こころ心こころこころことにことにことに世よ世よよももも靡なび靡なびなびきてなむきてなむきてなむ見み見みみえええ侍はべ侍はべはべりけるりけるりける。。。おとなにならせおとなにならせおとなにならせ給たま給たまたまふまゝにふまゝにうままに、、、御有樣然おほんありさましか御有樣然おほんありさましかおおんありさましかるべきるべきるべき前さき前さきさきののの世よ世よよののの御契おほんちぎ御契おほんちぎおおんちぎりとりとりと見み見みみえたまへりえたまへりえたまえり。。。
  24. 24攝政せつしやう攝政せつしやうせっしょう殿どの殿どのどのののの御弟おほんおとうと御弟おほんおとうとおおんおとうとののの左ひだり左ひだりひだりのおとゞのおとゞのおとど、、、女御にようご女御にようごにょうごたてまつらせたてまつらせたてまつらせ給たま給たまたまひてひていて、、、皇后宮くわうごうぐう皇后宮くわうごうぐうこうごうぐうにたちにたちにたち給たま給たまたまひぬひぬいぬ。。。猶足なほた猶足なほたなおたずらやずらやずらや覺おぼ覺おぼおぼしめすらむしめすらむしめすらむ。。。院ゐん院ゐんいんよりよりより御おん御おんおんさたせさせたまひてさたせさせたまひてさたせさせたまいて、、、ののの大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごんのむすめのむすめのむすめ、、、關白殿くわんぱくどの關白殿くわんぱくどのかんぱくどのののの御子みこ御子みこみことてとてとて、、、北きた北きたきたののの政所まんどころ政所まんどころまんどころののの、、、御兄おほんあに御兄おほんあにおおんあに人ひと人ひとひとのむすめなればのむすめなればのむすめなれば、、、御子みこ御子みこみこにしにしにし奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまふふう。。。
  25. 25御おん御おんおんかた〴〵かた〴〵かたがたはな〴〵はな〴〵はなばなととと、、、いどみがほなるべしいどみがほなるべしいどみがおなるべし。。。殿どの殿どのどののあにのあにのあに弟おとうと弟おとうとおとうとののの御中おほんなか御中おほんなかおおんなか、、、善よ善よよくもおはしまさねばくもおはしまさねばくもおわしまさねば、、、宮みや宮みやみやもいとゞもいとゞもいとど隔へだ隔へだへだておておておほかるにほかるにほかるに、、、關白殿くわんぱくどの關白殿くわんぱくどのかんぱくどのははは、、、うちのうちのうちのひとつにてひとつにてひとつにて、、、ひとへにひとへにひとえに中宮ちゆうぐう中宮ちゆうぐうちゅうぐうのみのぼらせのみのぼらせのみのぼらせ給たま給たまたまひてひていて、、、皇后宮くわうごうぐう皇后宮くわうごうぐうこうごうぐうののの御おん御おんおんかたかたかたははは、、、踈うと踈うとうとくおはしましけるくおはしましけるくおわしましける。。。
  26. 26かくてかくてかくて年とし年としとしふるふるふるほどにほどにほどに御母おほんはは御母おほんははおおんははきさききさききさき院號ゐんがう院號ゐんがういんごうありてありてありて、、、女院にようゐん女院にようゐんにょういんとておはしませばとておはしませばとておわしませば、、、院ゐん院ゐんいんのきさきののきさきののきさきの女院にようゐん女院にようゐんにょういん、、、三人さんにん三人さんにんさんにんおはしますおはしますおわします。。。內うち內うちうちにににはははきさききさききさきふたりふたりふたり立た立たたちちち給たま給たまたまひてひていて、、、いといといとかた〴〵かた〴〵かたがた多おほ多おほおおくおはするころなるべしくおはするころなるべしくおわするころなるべし。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

鳥羽の帝が位にいらした時から入内していらした后(待賢門院)は、御子たちを多くお産みになって、(帝が)位をお下りになったので、女院と申し上げていらっしゃいました。法皇(白河)が養女としてお育てになり、またこの上なく大切になさっていましたが、法皇がお亡くなりになった後、宇治の后(高陽院泰子)が入内なさって、お方々は張り合うようでしたが、院(鳥羽)はどちらにも疎遠なご様子でばかりいらっしゃったところ、ひそかに参られたお方がいらして、朝の政務も少し怠られるほどで、夜離れなさることもなかったでしょう。それほど高貴な家柄ではないけれども、中納言(長実)として御父がいらっしゃって、母北の方は源氏の堀河大臣(俊房)の娘でいらした上に、この上なく大切にお育てして、普通の臣下には決して許すまいと扱っておられたうちに、中納言が亡くなった後、院は以前からお心にかけながら過ごしておられたのでしょう。その父の喪などが過ぎるとすぐに、ひそかにお手紙があって、人目を忍んで参られるうちに、日増しに比べるもののないご寵愛で時めかれるうちに、ご懐妊さえなさったので、御祈祷を大げさなほどあれこれとおさせになるうちに、皇女をお産みになったので、珍しいことは喜びながらも、男でいらっしゃらないのを残念にお思いになっていたところ、また(次に)お産みになったのも同じ(女宮)だったので、本当に残念にお思いになったけれども、さすがに、どうしようもないとお思いになっていたのでしょう。

姉宮(叡子内親王)は宇治の后が、御子がいらっしゃらないのに合わせて、大殿(忠実)のお心をこちらに留めようとしてでしょうか、ご自分の宮にお迎え申し上げて、養育なさいます。後にお生まれになった方(暲子内親王)は、院が御自ら養育なさいます。御母后(得子)は、しばらくは「あの御方」などと申し上げていらっしゃいましたが、三位の位をお加えになって、この方ばかりを比べるもののないほど大切になさるので、世の人も並ぶ者がないと見申し上げていたところ、またご懐妊なさったので、今度もまた続いて(女宮で)いらっしゃったら残念な上に、お考えになることがあったのでしょうか、男宮をお産みになるための御祈祷を、言いようもないほど営ませなさいます。石清水で般若会などといって、比叡山・三井寺などの尊く智慧深い僧たちが参り集まって、何日も経文の奥義を究めて行わせなさいます。帥中納言(顕頼)という人が御後見として、都の仕事も大事だけれども、その宮(石清水)に何日も籠もって、(院の)御代わりでしょうか、毎日束帯で御講を催し行われたところ、我も我もと仏法を説いて祈り申された中に、忠春とか申した僧が、「鼇海の西には宇美の宮、御産平安の頼みあり。鳳城の南には男山、皇子誕生疑いなし」と申し上げたと聞きました。奈良の済円という僧都が、前の日にこの趣向をしたのを、すばらしいなどと評判になっていたのを、比叡山の忠春已講と申した人が、後の日にこのように結びつけて言ったのです。それぞれに何とも言えずすばらしいと評判になりました。最後の日は、公卿が連れ立って参って、御布施を取り、御神楽などが行われます。公卿たちは歌も笛もそれぞれ心を尽くして、清暑堂の御神楽のようでした。

このように言いようもない御祈祷があったところ、保延五年でしたでしょうか、己未の年の五月十八日に、世にまたとなく清らかな玉のような男宮がお生まれになったので、院の中は言うまでもありません。世の中も揺れ動くほど喜び合うさまは言いようもありません。未の刻ごろだったので、御祈祷の僧が御前に参っていたのに、それぞれ御馬を引き、女房の装束などをお与えになります。仁和寺の法親王(覚法)、比叡山の座主(行玄)などは僧綱の位を賜り、さまざまの褒賞があって退出なさいました。御産養や七夜の祝いなどには、関白殿をはじめとして参られて、管弦のお遊びがあります。御湯殿の儀は南面に設けて、弦打ちの五位・六位が白襲で立ち並びました。男宮でいらっしゃるので、読書の役は式部大輔・左中弁などという博士、大外記とかいう者、明経博士などで、橡の袍、緋の袍の袖を連ねて、代わる代わる毎日読む様子は言いようもなくめでたいことでした。御子の御祈祷を初めておさせになり、七瀬の御祓には、弁官・靫負佐・五位蔵人など、時めいている七人が御衣の宮を取って立つさまは、ふつうの公卿なども及ぶべくもありませんでした。御乳母には、二条関白(師通)の御子の宰相中将(家政)という人の娘で、内蔵頭(清隆)を夫にしている人が選ばれて、養育申し上げるのでしょう。日に添えて、珍しいほど美しい幼子のご容貌であるにつけても、何とかしてすぐに東宮にも位にもとお思いになるけれども、后腹に御子たちが大勢いらっしゃるのを越えるわけにもいかないので、お悩みになるうちに、今上(崇徳)の御子としてさし上げることになって、六月二十六日、御子は内裏にお入りになります。お供の公卿・殿上人を選んで、帝の行幸にもまさる格別さです。都の中は車も避けきれず、見物する所もないほどでございました。内裏にお入りになるのに、輦車の宣旨などを蔵人が仰せ下して、すでに参られて、中宮(聖子)を御母として、まだ御子もお産みになっていないので、珍しくもご養育なさいます。后の父としては関白殿(忠通)がいらっしゃるので、御子の祖父となって、いずれにしても、帝も后も御子がいらっしゃらないところに、院もご満足なさって、たいそう好ましいことになって、早くも八月十七日に東宮にお立ちになります。昭陽舎にお部屋をしつらえてお移りになります。東宮大夫には堀川大納言(師頼)がおなりになります。御母の叔父でいらして、特にお選びになったのです。御母は女御の宣旨をお受けになります。願いどおりです。男宮のうれしさも言いようもない上に、お顔立ちもお心ばえもたいそうかわいらしく、この世のものとも思えず、賢く大人びていて、昼の御座で儀式があるたびに、大夫がお抱き申し上げても泣いたりなさらず、お座りになる時には、御褥の上にひとりでお座りになって、大人のようでいらっしゃるので、頼もしく、拝見する人も喜びの涙をおさえがたいほどでした。

こうして同じ七年十二月七日、御年三歳で(崇徳天皇から)位をお譲りになります。近ごろは五歳などで即位なさるのに、待ち遠しさにでしょうか、すんなりと位におつきになりました。御母の女御殿は皇后宮にお立ちになります。御年二十五でしたでしょうか。御即位や大嘗会などは、格別に世もなびき従っているように見えました。大人におなりになるにつれて、そのご様子は、しかるべき前世の宿縁と見えました。摂政殿(忠通)の御弟の左大臣(頼長)が女御(多子)を入内させなさって、皇后宮にお立ちになりました。それでもまだ足りないとお思いになったのでしょうか、院のお取り計らいで、大宮大納言(伊通)の娘を、関白殿の御子として――北の政所(宗子)の御兄の娘なので――御養女にしてさし上げなさいます(呈子)。お方々は華々しく張り合うようでした。殿(忠通)と弟(頼長)の御仲がよくなかったので、宮(皇后多子)もいっそう隔てが多く、関白殿は内裏と一体となって、ひたすら中宮(呈子)ばかりが参上なさって、皇后宮のほうは疎遠でいらっしゃいました。こうして年がたつうちに、御母后(得子)に院号があって女院(美福門院)でいらっしゃるので、院の后の女院が三人(待賢門院・高陽院・美福門院)いらっしゃいます。内裏には后が二人立っていらして、たいそうお方々の多いころでありましょう。

意訳

美福門院藤原得子は、中納言藤原長実の娘で、身分は高くなかったが、鳥羽院の寵愛を一身に受けた。今鏡は、その出会いから二人の皇女の誕生までを、『源氏物語』の桐壺更衣を思わせる筆致で描いている。

男子誕生を祈る石清水の般若会で、忠春が「鳳城の南には男山、皇子誕生疑ひなし」と、石清水のある男山の地名に「男」をかけて祈った句は、機知に富む祈願の言葉として評判になった。章題の「男山」はここによる。

保延五年(1139)に生まれた体仁親王(近衛天皇)は、崇徳天皇の養子として東宮に立ち、三歳で即位した。生後まもない皇子の、泣きもせず大人びた様子が、喜びとともに描かれる。後半では、近衛天皇の后をめぐって、藤原忠通と弟頼長がそれぞれ養女を入内させて争ったことが語られ、のちの保元の乱につながる摂関家の内紛が示されている。

語釈・文法注

宇治のきさき
高陽院藤原泰子(1095〜1155)。藤原忠実の娘で、鳥羽院の皇后。
中納言
藤原長実(1075〜1133)。美福門院の父。のちに左大臣を追贈された。
女宮
叡子内親王(1135〜1148)。鳥羽院と美福門院の第一皇女。高陽院に養われた。
大きおとゞ
藤原忠実(1078〜1162)。泰子の父。
般若會
大般若経を講読する法会。
帥ノ中納言
藤原顕頼。美福門院の従兄弟にあたる。
鼇海の西にはうみの宮
鼇海(大海)の西、筑前国の宇美八幡宮。神功皇后が応神天皇を産んだ地とされ、安産の神として知られる。
鳳城の南には男山
鳳城(都)の南にある男山。石清水八幡宮がある。「男」の名にかけて皇子誕生を祈る。
奈良の濟圓
興福寺の僧。
淸暑堂
大内裏の豊楽院の殿舎。大嘗会の後の御神楽が行われた。
をのこ宮
体仁親王。のちの近衛天皇(1139〜1155)。
弦うち
鳴弦。弓の弦を鳴らして邪気をはらう儀式。
つるばみのころも
橡(どんぐり)で染めた黒い袍。四位以上の位袍。
七瀨の御祓へ
七か所の川の瀬で行う祓え。
てぐるまの宣旨
輦車の宣旨。宮中で人の引く車に乗ることを許す宣旨。
中宮
藤原聖子。崇徳天皇の中宮。のちの皇嘉門院。
女御
藤原多子(1140〜1201)。藤原公能の娘で頼長の養女。近衛天皇の皇后、のちに二条天皇にも入内して「二代の后」と呼ばれた。
大宮の大納言のむすめ
藤原呈子(1131〜1176)。藤原伊通の娘で、忠通の養女。近衛天皇の中宮。のちの九条院。

文法

夜がれさせ給ふ事なかるべし
「夜がる」は男が女のもとへ夜に通わなくなること。
いかゞはせんにて
どうしようもない、ということで。

解説

近衛天皇の即位(永治元年〈1141〉)にあたって、崇徳天皇は体仁親王を養子としていたにもかかわらず、譲位の宣命では「皇太弟」とされた(第19章)。今鏡はこの章では、皇子誕生の喜びと幼帝の愛らしさを中心に描き、政治的な事情にはあまり立ち入らない。

近衛天皇の後宮では、忠通の養女呈子と頼長の養女多子とが並び立ち、摂関家の兄弟の対立が后の争いとして表面化した。多子はのちに二条天皇にも入内し、「二代の后」として知られる(第24章)。

関連

出典

底本
関根正直『今鏡新註』 六合館、昭和2年(1927)、96〜103頁(コマ63–66)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日