古典ライブラリー

百人一首 第96首

花さそふ

入道前太政大臣(西園寺公経)(にゅうどうさきのだいじょうだいじん(さいおんじきんつね))

桜の花を誘って散らす嵐の吹く庭は、まるで雪が降っているようだ。しかし、本当に古りゆく(老いてゆく)のは、雪ではなく、私自身の身なのだなあ。

豪奢な北山の邸宅の庭で、嵐に吹かれた桜の花びらが雪のように舞い散る中、白髪まじりの老貴族が縁側からそれを見つめる場面(AI生成)
豪奢な北山の邸宅の庭で、嵐に吹かれた桜の花びらが雪のように舞い散る中、白髪まじりの老貴族が縁側からそれを見つめる場面
  1. 1花はな花はなはな初句
  2. 2あらしあらしあらしののの庭には庭にはにわののの二句
  3. 3ならならならででで三句
  4. 4ゆくゆくゆくものものものははは四句
  5. 5我身わがみ我身わがみわがみなりなりなりけりけりけり結句

引用の仕方

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現代語訳

桜の花を誘って散らす嵐の吹く庭は、(花びらが)雪のように降っているが、その雪ではなくて、本当に古りゆく(年老いてゆく)ものは、私自身の身であったのだなあ。

意訳

春の嵐に吹かれて、庭いっぱいに桜の花びらが雪のように舞い散っている。「降りゆく」その花の雪を眺めながら、ふと、本当に「古りゆく(老いてゆく)」のは、ほかならぬ自分の身なのだと気づいた、という歌である。

作者は、承久の乱で幕府側について勝利し、太政大臣にまで昇りつめた、当代随一の権力者だった。豪華な邸宅の庭に花吹雪が舞う、栄華の極みのような光景の中で、それでも老いからは逃れられないと嘆く。どれほどの権勢を手にしても、人は時の流れには勝てない、という無常の思いが、華やかな情景と対照をなしている。

語釈・文法注

花さそふ
桜の花を誘って(散らす)。嵐を、花を連れ去る人のように表す。
庭の雪ならで
庭に降る雪ではなくて。散り敷いた桜の花びらを雪に見立てている。
ふりゆく
「降りゆく」(雪が降る)と「古りゆく」(年老いてゆく)の掛詞。

文法

掛詞(ふりゆく)
「降りゆく」と「古りゆく」を掛ける。
見立て
散る桜の花びらを雪に見立てる。
気づきの「けり」
「我身なりけり」で、老いてゆくのは自分だと気づいた感慨を表す。

和歌

詠者
入道前太政大臣(西園寺公経)(1171–1244)
藤原実宗の子で、西園寺家の祖。妻が源頼朝の姪だったことから鎌倉幕府と結びつき、承久の乱では幕府側について勝利した。乱後は太政大臣となり、朝廷で絶大な権勢をふるった。京都・北山に西園寺を建て、その地はのちに金閣寺となった。藤原定家の妻の弟にあたる。
出典
『新勅撰和歌集』巻十六・雑一・1052(国歌大観番号)
状況
詞書に「落花をよみ侍りける」とある。散る花を題に詠んだ。

修辞

掛詞
「ふり(降り・古り)」。
見立て
落花を雪に見立てる。

解説

『百人一首一夕話』は、新勅撰集雑部に「落花をよみ侍りける」とあることを記し、桜の花を誘って散らす嵐の庭の雪のような花ではなく、年が古りゆくものはわが身である、と解いている。

公経は、承久の乱の際、後鳥羽院に倒幕の計画を知らされていたが、それを幕府に通報したため、院によって一時幽閉された。乱後は幕府の信任を得て、朝廷の実権を握った。

公経が北山に営んだ西園寺は、のちに足利義満が譲り受けて北山殿を造り、その一部が現在の金閣寺(鹿苑寺)となった。

関連

出典

底本
尾崎雅嘉『百人一首一夕話』 天保4年(1833)刊、巻9。国立国会図書館デジタルコレクション
校合
古谷知新編『日本歴史図会』第12輯(百人一首一夕話) 国民図書、大正9–10年。国立国会図書館デジタルコレクション
松下大三郎・渡辺文雄編『国歌大観』歌集部 明治34–36年
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日