百人一首 第95首
おほけなく
身の程もわきまえず、このつらい世に生きる人々を、私は包み込もうと思う。この比叡の山に住み始め、身にまとった墨染めの袖で。

現代語訳
身の程もわきまえないことだが、このつらい世の中に生きる人々の上に、(仏の加護を願って)覆いかけることだ。私が住み始めたこの比叡の山で身にまとった、墨染めの衣の袖を。
意訳
比叡山で修行を始めたばかりの若い僧が、自分はまだ未熟で身の程知らずかもしれないが、この墨染めの衣の袖で、苦しみの多い世の人々を包み込み、仏の力で救いたい、という大きな志を詠んだ歌である。
作者は、関白の子という最高の家柄に生まれながら、幼くして出家した。比叡山を開いた最澄の歌「わが立つ杣」を踏まえ、その教えを受け継いで世の人々を救おうとする、若者らしい純粋な決意が、力強い調べにこめられている。のちに天台座主として仏教界の頂点に立った慈円の、出発点ともいえる一首である。
語釈・文法注
- おほけなく
- 身の程知らずにも、恐れ多いことだが。
- うきよの民
- つらいことの多いこの世に生きる人々。
- おほふかな
- (袖で)覆うことだ。人々を包み込み、仏の加護で守ることをたとえる。
- わがたつ杣
- 私が住む(入り立つ)この山。比叡山のこと。最澄が比叡山を開いたときの歌「阿耨多羅三藐三菩提の仏たちわが立つ杣に冥加あらせたまへ」による。
- 墨染の袖
- 墨で黒く染めた衣の袖、つまり僧衣。「住み初め(住み始める)」を掛ける。
文法
- 倒置
- 「おほふかな」で一度切り、何で覆うのかを「わがたつ杣に墨染の袖」と後に置く。
- 掛詞(墨染)
- 「墨染(僧衣)」と「住み初め」を掛ける。
- 本歌取り
- 最澄の「わが立つ杣」の歌を踏まえる。
和歌
- 詠者
- 前大僧正慈円(1155–1225)
関白藤原忠通(第76首)の子で、九条兼実の弟。11歳で出家し、天台座主に四度就任した。歴史書『愚管抄』を著し、家集に『拾玉集』がある。甥の九条良経(第91首)や後鳥羽院と親しく、新古今時代の歌壇でも重きをなした。 - 出典
- 『千載和歌集』巻十七・雑中・1137(国歌大観番号)
- 状況
- 『千載和歌集』には「題しらず」として収める。
修辞
- 倒置法
- 三句切れで、覆うものを後に置く。
- 掛詞
- 「墨染(墨染め・住み初め)」。
解説
『百人一首一夕話』は、千載集雑中に「題しらず」として入っていることを記し、「わがたつ杣」とは比叡山の異名であると説明している。
慈円の『愚管抄』は、日本の歴史を「道理」という考え方で読み解いた、日本で最初の本格的な歴史論の書とされる。承久の乱の前夜、後鳥羽院の倒幕の計画を思いとどまらせようとして書いたともいわれる。
慈円は、九条兼実・良経とともに九条家の中心として活躍し、法然や親鸞ら新しい仏教の動きにも理解を示した。
関連
出典
- 底本
- 尾崎雅嘉『百人一首一夕話』 天保4年(1833)刊、巻9。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校合
- 古谷知新編『日本歴史図会』第12輯(百人一首一夕話) 国民図書、大正9–10年。国立国会図書館デジタルコレクション松下大三郎・渡辺文雄編『国歌大観』歌集部 明治34–36年
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日