百人一首 第84首
ながらへば
この先も生きながらえたなら、つらい今のことも、懐かしく思い出されるのだろうか。つらいと思っていた昔が、今では恋しく思われるのだから。

現代語訳
この先も生きながらえたならば、(つらいと思っている)今この時もまた、懐かしく思い出されるのだろうか。つらいと思って過ごした昔が、今では恋しく思われるのだから。
意訳
かつてつらいと思っていた日々も、時がたった今ふり返ると、不思議と懐かしく恋しく思われる。それなら、今つらいと感じているこの時も、いつか懐かしく思い出す日が来るのだろうか、と、自分自身を慰めるように詠んだ歌である。
人は時の流れの中で、つらい記憶さえも懐かしさに変えていく。作者は若いころ、父の顕輔と不仲で官位にも恵まれず、苦しい日々を送った。そうした人生の経験から生まれた、時の流れと人の心の不思議を見つめた、しみじみとした述懐の歌である。
語釈・文法注
- ながらへば
- 生きながらえたならば。仮定条件(第68首参照)。
- しのばれん
- 「しのばれむ」。懐かしく思い出されるだろう。「れ」は自発の助動詞「る」、「む(ん)」は推量。
- うしと見し世
- つらいと思って過ごした昔。「憂し」はつらい。
文法
- 係り結び(や〜ん)
- 疑問の「や」を受けて、推量の「む(ん)」が連体形で結ばれる。三句で切れる。
- 係り結び(ぞ〜こひしき)
- 強意の「ぞ」を受けて、形容詞「恋し」が連体形「こひしき」で結ばれる。
- 対比
- 「此頃(今)」と「うしと見し世(昔)」とを対比させる。
和歌
- 詠者
- 藤原清輔朝臣(1104–1177)
左京大夫藤原顕輔(第79首)の子。歌道の家・六条藤家を継いだ。若いころは父と不仲で、官位にも恵まれなかった。和歌の学問に通じ、歌学書『袋草紙』『奥義抄』を著した。二条天皇の命で『続詞花和歌集』を撰集したが、天皇の死によって勅撰集とはならなかった。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻十八・雑下・1843(国歌大観番号)
- 状況
- 『新古今和歌集』には「題しらず」として収める。家集『清輔朝臣集』では、昔のことを思い出したころ、三条内大臣に贈った歌とされる。
修辞
- 対比
- 今と昔。
- 係り結び
- 「此頃やしのばれん」「世ぞ今はこひしき」。
解説
『百人一首一夕話』は、新古今集雑下に「題しらず」とあり、家集には、昔のことを思い出されたころ、三条内大臣に贈った歌とあることを記している。
清輔は、父の顕輔から歌道の家を継ぐことを長く認められず、父の撰んだ『詞花和歌集』にも自作が入らなかったと伝えられる。のちに歌学者として高く評価され、六条藤家を代表する歌人となった。
清輔の『袋草紙』は、歌合や歌人の逸話、和歌の作法などを集めた書で、平安時代の和歌の世界を知る貴重な資料となっている。
関連
出典
- 底本
- 尾崎雅嘉『百人一首一夕話』 天保4年(1833)刊、巻7。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校合
- 古谷知新編『日本歴史図会』第12輯(百人一首一夕話) 国民図書、大正9–10年。国立国会図書館デジタルコレクション松下大三郎・渡辺文雄編『国歌大観』歌集部 明治34–36年
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日