百人一首 第77首
瀬をはやみ
川の流れが速いので、岩にせき止められて二つに分かれた急流も、やがてはまた一つに合わさるように、今は引き裂かれても、いつかきっとあなたに逢おうと思う。

現代語訳
川の浅瀬の流れが速いので、岩にせき止められて二つに分かれる急流が、やがてまた一つに合わさるように、(今はあなたと引き裂かれていても)将来はきっとまた逢おうと思う。
意訳
岩にぶつかって二筋に分かれた激しい流れも、下流ではまた一つに合わさる。そのように、今は二人の仲が引き裂かれていても、いつか必ずまた逢おう、と誓う激しい恋の歌である。
上の三句で描かれる急流の勢いが、そのまま恋の情熱の激しさとなって伝わってくる。作者の崇徳院は、のちに保元の乱に敗れて讃岐に流され、二度と都に戻ることはなかった。その悲劇的な生涯を重ねると、「われても末にあはん」という願いには、恋を超えた、叶わぬ再会への祈りのような響きも感じられる。
語釈・文法注
- 瀬をはやみ
- 浅瀬の流れが速いので。「〜を+形容詞の語幹+み」で原因・理由を表す(第1首参照)。
- せかるゝ
- 「塞かるる」。せき止められる。「るる」は受身の助動詞「る」の連体形。
- 滝川
- 流れの激しい川、急流。現在の「滝」の意ではない。
- われても
- 「割れても」。(水の流れが)分かれても、と、(恋人と)別れても、を掛ける。
文法
- ミ語法(瀬をはやみ)
- 「名詞+を+形容詞の語幹+み」で「〜が…なので」と理由を表す。
- 序詞(瀬をはやみいはにせかるゝ滝川の)
- 上三句が、分かれた流れが再び合わさるさまから「われても末にあはん」を導く。
- 係り結び(ぞ〜思ふ)
- 強意の「ぞ」を受けて、「思ふ」が連体形で結ばれる。
和歌
- 詠者
- 崇徳院(1119–1164)
第75代天皇。鳥羽天皇の皇子。5歳で即位したが、父の鳥羽上皇に疎まれ、23歳で異母弟の近衛天皇に譲位させられた。保元の乱(1156年)で後白河天皇と争って敗れ、讃岐国(香川県)に流されて、その地で亡くなった。和歌を深く愛し、『詞花和歌集』の撰集を命じた。 - 出典
- 『詞花和歌集』巻七・恋上・228(国歌大観番号)
- 状況
- 『詞花和歌集』には「題しらず」として収める。崇徳院が詠ませた『久安百首』の中の一首。
修辞
- 序詞
- 上三句が「われても末にあはん」を導く。
- 掛詞
- 「われ(割れ・別れ)」。
- 縁語
- 「瀬」「せかるゝ」「滝川」「われ」「あふ」が、川の流れに関係する言葉としてつながる。
解説
『百人一首一夕話』は、浅瀬の流れが速いので、川の中にある岩にせかれて分かれた水が、末にはまた一つに流れ合うように、人を恋い慕う心の切なさを詠んだ歌である、と解いている。
崇徳院は、讃岐に流されたのち、写経した経典を都の寺に納めてほしいと願ったが、後白河院に拒まれた。怒った崇徳院は、自らの舌を噛み切った血で「日本国の大魔縁となる」と書きつけたと『保元物語』は伝える。崇徳院の死後、都で災いが続いたため、その怨霊は深く恐れられた。
上方落語「崇徳院」は、この歌の上の句を手がかりに、一目ぼれした若旦那と娘が互いを探し合う噺で、この歌が庶民にも親しまれていたことを示している。
関連
出典
- 底本
- 尾崎雅嘉『百人一首一夕話』 天保4年(1833)刊、巻7。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校合
- 古谷知新編『日本歴史図会』第12輯(百人一首一夕話) 国民図書、大正9–10年。国立国会図書館デジタルコレクション松下大三郎・渡辺文雄編『国歌大観』歌集部 明治34–36年
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日