百人一首 第68首
心にも
自分の本意ではないけれど、もしこのつらい世に生きながらえたなら、そのときはきっと、今夜のこの夜中の月が恋しく思い出されることだろう。

現代語訳
自分の本意ではないけれど、もしこのつらい世の中に生きながらえたならば、きっと恋しく思い出されるにちがいない、今夜のこの夜中の月であることよ。
意訳
病に苦しみ、藤原道長に退位を迫られて、ついに位を降りる決意をした夜、明るく輝く月を見て詠んだ歌である。もう長くは生きられないだろう。それでも、もし思いがけず生きながらえることがあれば、そのときはきっと、今夜の月を恋しく思い出すだろう、と言っている。
天皇でありながら、権力者の思うままに位を追われる無念さと、病の身の心細さとが、静かな月の光に溶け込んでいる。三条院は眼病でほとんど目が見えなかったともいわれ、その目に映った月の美しさを思うと、いっそう胸に迫る一首である。
語釈・文法注
- 心にもあらで
- 自分の本意ではなく。生きながらえることを望んではいないが、という気持ち。
- うきよ
- 「憂き世」。つらいことの多いこの世の中。
- ながらへば
- 生きながらえたならば。仮定条件。
文法
- 仮定条件(ながらへば)
- 未然形「ながらへ」に「ば」が付いて、「もし〜ならば」と仮定する。
- 体言止め・詠嘆の「かな」
- 「夜半の月かな」で結び、月への思いを深く詠嘆する。
和歌
- 詠者
- 三条院(976–1017)
第67代天皇。冷泉天皇の皇子。36歳で即位したが、藤原道長との関係が悪く、眼病にも苦しんだ。道長に退位を迫られ、在位わずか5年で、道長の孫にあたる後一条天皇に譲位した。翌年、42歳で亡くなった。 - 出典
- 『後拾遺和歌集』巻十五・雑一・860(国歌大観番号)
- 状況
- 詞書に「例ならずおはしまして、位など去らむと思しめしける頃、月の明かかりけるを御覧じて」とある。病気で、位を退こうとお考えになっていたころ、月の明るいのをご覧になって詠んだ。
修辞
- 仮定
- 「ながらへば」で、生きながらえた未来を思い描く。
解説
『百人一首一夕話』は、後拾遺集の詞書を引き、病気で位を去ろうと思っておられたころの御製であり、とても長くこの世にはいられないと思うが、もし思いのほかに生き長らえたなら、と解いている。
三条天皇は、藤原道長の娘妍子を中宮としたが、皇子に恵まれなかった。一方、道長は、娘の彰子が産んだ孫を早く即位させようと、三条天皇に退位を迫った。『栄花物語』『大鏡』には、天皇の苦悩と道長との確執が描かれている。
三条天皇の皇女当子内親王と藤原道雅との恋(第63首)も、天皇を深く悩ませた出来事だった。
関連
出典
- 底本
- 尾崎雅嘉『百人一首一夕話』 天保4年(1833)刊、巻5。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校合
- 古谷知新編『日本歴史図会』第12輯(百人一首一夕話) 国民図書、大正9–10年。国立国会図書館デジタルコレクション松下大三郎・渡辺文雄編『国歌大観』歌集部 明治34–36年
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日