百人一首 第64首
朝ぼらけ
夜がほのぼのと明けるころ、宇治川に立ちこめていた川霧がとぎれとぎれに晴れていき、その間から、あちこちの浅瀬に立つ網代木が次々と姿を現してくる。

現代語訳
夜がほのぼのと明けてゆくころ、宇治川に立ちこめていた川霧がとぎれとぎれになって、その間から、あちらこちらの浅瀬に立てられた網代木が、次々に現れ広がって見えてくることだ。
意訳
冬の夜明け、宇治川の上を一面に覆っていた白い霧が、少しずつ薄れていく。その切れ間から、川の浅瀬に打ち込まれた網代の杭が、一本、また一本と姿を見せはじめる。時間とともに移り変わっていく景色を、映像のように描き出した叙景歌である。
恋や感情を詠むのではなく、目の前の景色をありのままに、しかも動きのある絵のように切り取ったところが新しい。霧の白と、黒々とした杭の対比、そして静かに明けていく冬の川の冷たい空気までが感じられる。
語釈・文法注
- 朝ぼらけ
- 夜がほのぼのと明けるころ(第31首参照)。
- たえだえに
- とぎれとぎれに。霧が少しずつ晴れていくさま。
- あらはれ渡る
- 次々と一面に姿を現す。「渡る」は、動作が広い範囲に及ぶこと。
- 網代木
- 網代(あじろ)を支える杭。網代は、冬に宇治川などで氷魚(ひお、鮎の稚魚)をとるため、川の瀬に竹や木を編んで仕掛けたもの。冬の宇治川の風物詩。
文法
- 体言止め
- 「瀬々の網代木」と名詞で結び、景色の印象を残す。
- 時間の推移
- 「朝ぼらけ」「たえだえに」「あらはれ渡る」と、景色が移り変わる過程をたどる。
和歌
- 詠者
- 権中納言定頼(藤原定頼)(995–1045)
大納言藤原公任(第55首)の子。権中納言に至った。美声で読経にすぐれ、書や和歌にも才能を示した。小式部内侍(第60首)をからかって見事にやりこめられた逸話で知られる。中古三十六歌仙の一人。 - 出典
- 『千載和歌集』巻六・冬・420(国歌大観番号)
- 状況
- 詞書に「宇治にまかりて侍りける時よめる」とある。宇治に出かけたときに詠んだ。
修辞
- 体言止め
- 「網代木」。
- 叙景
- 移り変わる夜明けの景色を写す。
解説
『百人一首一夕話』は、千載集冬部の詞書を引き、夜が明けて、立ちこめていた霧がとぎれとぎれに晴れていくにつれて、次第次第に川瀬の網代木が見えてくる、と解いている。
宇治は、平安貴族の別荘地として知られ、藤原頼通が父道長の別荘を寺として平等院を建てた地でもある。『源氏物語』の最後の十帖「宇治十帖」の舞台にもなった。
定頼は、小式部内侍の「おほえ山」の歌(第60首)で返歌もできずに逃げ出した人物として知られるが、実際には和歌にも書にもすぐれた教養人だった。
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歌に詠まれた場所
出典
- 底本
- 尾崎雅嘉『百人一首一夕話』 天保4年(1833)刊、巻5。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校合
- 古谷知新編『日本歴史図会』第12輯(百人一首一夕話) 国民図書、大正9–10年。国立国会図書館デジタルコレクション松下大三郎・渡辺文雄編『国歌大観』歌集部 明治34–36年
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日