百人一首 第54首
わすれじの
「いつまでも忘れない」というあなたの言葉が、遠い将来まで変わらずにいるとは信じがたいので、幸せな今日を最後に、命が尽きてしまえばいいのに。

現代語訳
「いつまでも忘れまい」というあなたの言葉が、遠い将来まで変わらないことは難しいでしょうから、(幸せな)今日を最後とする命であってほしいものです。
意訳
藤原道隆が通い始めたばかりのころ、結婚の幸福のさなかに詠んだ歌である。「決して忘れない」という夫の誓いの言葉はうれしい。けれど、人の心は移ろいやすく、その言葉がいつまでも守られるとは思えない。それならいっそ、いちばん幸せな今日のうちに死んでしまいたい、という激しい思いが込められている。
幸せの絶頂で死を願うという、逆説的な愛の表現である。のちに夫の道隆は関白となり、娘の定子は一条天皇の中宮となって、一家は栄華を極めた。しかし道隆の死後、息子の伊周・隆家は失脚し、作者もまもなく世を去った。その後の運命を思い合わせると、この歌の不安は予言のようにも響く。
語釈・文法注
- わすれじ
- 「忘れまい」。「じ」は打消意志の助動詞。夫の誓いの言葉を指す。
- 行末
- 将来、この先ずっと。
- かたければ
- 難しいので。「(変わらずにいることは)難しいだろうから」。
- ともがな
- 「〜であってほしい」。「もがな」は願望の終助詞。
文法
- 願望の「もがな」
- 「今日をかぎりの命ともがな」で、今日を最後に死んでしまいたいと願う。
- 原因・理由の「ば」
- 「かたければ」で、死を願う理由を示す。
和歌
- 詠者
- 儀同三司母(高階貴子)(?–996)
高階成忠の娘。円融天皇の内侍として仕え、漢詩文にすぐれて「高内侍」と呼ばれた。関白藤原道隆の妻となり、伊周・隆家・定子(一条天皇の中宮)らを産んだ。「儀同三司」は伊周のこと。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻十三・恋三・1149(国歌大観番号)
- 状況
- 詞書に「中関白かよひそめ侍りけるころ」とある。のちの関白藤原道隆が通い始めたころに詠んだ歌。
修辞
- 逆説
- 幸福の絶頂で死を願う。
解説
『百人一首一夕話』は、中関白道隆公がまだ若く、通い始めた頃の歌であると説明している。
貴子は漢学者の家に生まれ、女性ながら漢詩をよくし、円融天皇の宮中で内侍として仕えた。娘の定子が、清少納言の仕えた中宮である。『枕草子』に描かれる定子の後宮の華やかな知的雰囲気は、母貴子から受け継がれたものともいわれる。
995年に道隆が亡くなると、翌年、伊周と隆家は花山法皇に矢を射かけた事件(長徳の変)で左遷された。貴子は息子の身を案じながら、その年のうちに亡くなった。
関連
出典
- 底本
- 尾崎雅嘉『百人一首一夕話』 天保4年(1833)刊、巻5。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校合
- 古谷知新編『日本歴史図会』第12輯(百人一首一夕話) 国民図書、大正9–10年。国立国会図書館デジタルコレクション松下大三郎・渡辺文雄編『国歌大観』歌集部 明治34–36年
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日