方丈記 第4章
元暦の大地震と世の住みにくさ
元暦二年、山が崩れ海が傾くほどの大地震が都を襲い、余震は三か月も続く。人々は一時は世のはかなさを口にしたが、年月がたつと誰も言わなくなる。作者は五つの災厄を語り終えて、身分や住む場所によって心を悩ますこの世の住みにくさを説く。

- 1またまたまた元元げん曆曆りゃく二二に年年ねんのののころころころ、、、おほおほおおふるふるふることことこと侍侍はべりりりききき。。。そのそのそのさまさまさまよよよのののつねつねつねならならならずずず。。。山山やまくづれくづれくずれててて川川かはををを埋埋うずみみみ、、、海海うみかたぶきかたぶきかたぶきててて陸陸くがをををひたせひたせひたせりりり。。。土土つちさけさけさけててて水水みずわきわきわきあがりあがりあがり、、、いはほいはほいわおわれわれわれててて谷谷たににににまろびまろびまろび入入いりりり、、、なぎさなぎさなぎさこぐこぐこぐふねふねふねははは浪浪なみにににたゞよひたゞよひただよい、、、道道みちゆくゆくゆく駒駒こまははは足足あしのののたちたちたちどどどをををまどはせまどはせまどわせりりり。。。
- 2いはむやいはむやいわんや都都みやこのののほとりほとりほとりにににははは、、、在在ざい々々ざい所所しょ々々しょ堂堂どう舍舍しゃ廟廟びょう塔塔とう、、、一一ひとつつつとととしてしてして全全まったからからからずずず。。。或或あるいはははくづれくづれくずれ、、、或或あるいはははたふれたふれたおれたるたるたる間間あいだ、、、塵塵じん灰灰かい立立たちちちあがりあがりあがりててて盛盛さかりなるなるなる煙煙けぶりのののごとしごとしごとし。。。地地ちのののふるひふるひふるい家家いえのののやぶるゝやぶるゝやぶるる音音おと、、、いかづちいかづちいかずちにににことことことならならならずずず。。。
- 3家家いえののの中中うちににに居居おれれればばば忽忽たちまちにににうちうちうちひしげひしげひしげなななむむんとととすすす。。。はしりはしりはしり出出いづれづれずればばばまたまたまた地地ちわれわれわれさくさくさく。。。羽羽はねなけれなけれなければばば空空そらへへへもももあがるあがるあがるべからべからべからずずず。。。龍龍りょうならならならねねねばばば雲雲くもにににのぼらのぼらのぼらむむんことことこと難難かたししし。。。おそれおそれおそれののの中中なかにににおそるおそるおそるべかりべかりべかりけるけるけるははは、、、たゞたゞただ地地な震震いなりなりなりけるけるけるとととぞぞぞ覺覺おぼえええ侍侍はべりりりししし。。。
- 4そのそのその中中なかににに、、、あるあるあるものゝふものゝふもののふのののひとりひとりひとり子子ごののの、、、六六むつつつ七七ななつつつばかりばかりばかりににに侍侍はべりりりしししががが、、、ついついついぢぢじのののおほひおほひおおいののの下下したににに小小こ家家いえをををつくりつくりつくり、、、はかなげはかなげはかなげなるなるなるあとあとあとなしなしなしをををしてしてして遊遊あそびびび侍侍はべりりりしししががが俄俄にはかにににくづれくづれくずれうめうめうめられられられててて、、、あとあとあとかたかたかたなくなくなくひらひらひらにににうちうちうちひさがひさがひさがれれれててて、、、二二ふたつつつののの目目めなどなどなど一一いつ寸寸すんばかりばかりばかりうちうちうち出出いだささされれれたるたるたるををを、、、父父ちち母母ははかゝへかゝへかかえててて、、、聲聲こえもももをしまをしまおしまずずずかなしみかなしみかなしみあひあひあいててて侍侍はべりりりしししこそこそこそあはれあはれあわれにににかなしくかなしくかなしく見見みはべりはべりはべりしかしかしか。。。子子このののかなしみかなしみかなしみにににはははたけきたけきたけきものものものももも耻耻はじををを忘忘わすれれれけりけりけりととと覺覺おぼえええててて、、、いとほしくいとほしくいとおしくことわりことわりことわりかかかなななとととぞぞぞ見見みはべりはべりはべりししし。。。
- 5かくかくかくおびたゞしくおびたゞしくおびただしくふるふるふることことことはははしばししばししばしにににててて止止やみみみにににしかしかしかどもどもども、、、そのそのそのなごりなごりなごりしばしばしばしばしばしば絕絕たえええずずず。。。よよよのののつねつねつねにににおどろくおどろくおどろくほどほどほどののの地地な震震い、、、二二に三三さん十十じゅう度度どふらふらふらぬぬぬ日日ひはははなしなしなし。。。十十とお日日か廿廿はつ日日か過過すぎぎぎにににしかしかしかばばば、、、やうやうやうやうようようまどほまどほまどおににになりなりなりててて、、、或或あるいははは四四し五五ご度度ど、、、二二に三三さん度度ど、、、もしはもしはもしは一一ひと日日ひまぜまぜまぜ、、、二二に三三さん日日にちににに一一ひと度度たびなどなどなど、、、大大おおかたかたかたそのそのそのなごりなごりなごり、、、三三み月月つきばかりばかりばかりややや侍侍はべりりりけむけむけん。。。
- 6四四し大大だいののの中中なかににに、、、水水すい火火か風風ふうはははつねつねつねににに害害がいをををなせなせなせどどど、、、大大だい地地じににに至至いたりりりてててははは殊殊ことなるなるなる變變へんをををなさなさなさずずず。。。むかしむかしむかし齊齊さい衡衡こうのののころころころかかかとととよよよ。。。おほおほおおなゐなゐないふりふりふりててて、、、東東とう大大だい寺寺じののの佛佛ほとけのののみぐしみぐしみぐし落落おちちちなどなどなどしてしてして、、、いみじきいみじきいみじきことことことゞもゞもども侍侍はべりりりけれけれけれどどど、、、猶猶なおこのこのこのたびたびたびにににはははしかしかしかずずずとととぞぞぞ。。。
- 7すなはちすなはちすなわち人人ひと皆皆みなあぢきなきあぢきなきあじきなきことことことををを述述のべべべててて、、、いさゝかいさゝかいささか心心こころのののにごりにごりにごりもももうすらぐうすらぐうすらぐととと見見みえええしししほどほどほどににに、、、月月つき日日ひかさなりかさなりかさなり年年とし越越こえええしかしかしかばばば、、、後後のちははは言言ことののの葉葉はにににかけかけかけててて、、、いひいひいい出出いづるづるずる人人ひとだにだにだになしなしなし。。。
- 8すべてすべてすべて世世よのののありありありにくきにくきにくきことことこと、、、わがわがわが身身みとととすみかすみかすみかとととののの、、、はかなくはかなくはかなくあだあだあだなるなるなるさまさまさまかくかくかくのののごとしごとしごとし。。。いはむやいはむやいわんや所所ところににによりよりより、、、身身みのののほどほどほどにににしたがひしたがひしたがいててて、、、心心こころをををなやますなやますなやますことことこと、、、あげあげあげてててかぞふかぞふかぞうべからべからべからずずず。。。
- 9もしもしもしおのづからおのづからおのずから身身みかずかずかずならならならずずずしてしてして、、、權權けんのののかたはらかたはらかたわらににに居居おるるるものものものははは深深ふかくくく悅悅よろこぶぶぶことことことあれあれあれどもどもども、、、大大おおいにににたのしぶたのしぶたのしぶにににあたはあたはあたわずずず。。。なげきなげきなげきあるあるある時時ときももも聲聲こえをををあげあげあげててて泣泣なくくくことことことなしなしなし。。。進進しん退退たいやすからやすからやすからずずず、、、たちたちたちゐゐいにににつけつけつけててて恐恐おそれれれをのゝくをのゝくおののくさまさまさま、、、たとへたとへたとえばばば雀雀すずめののの鷹鷹たかののの巢巢すににに近近ちかづけづけずけるるるがががごとしごとしごとし。。。
- 10もしもしもし貧貧まずしくしくしくしてしてして富富とめめめるるる家家いえののの隣隣となりにににをるをるおるものものものははは、、、朝朝あさ夕夕ゆうすぼきすぼきすぼき姿姿すがたををを耻耻はぢぢじてててへつらひへつらひへつらいつゝつゝつつ出出いででで入入いるるる妻妻め子子こ、、、僮僮どう僕僕ぼくのののうらやめうらやめうらやめるるるさまさまさまををを見見みるるるにににももも、、、富富とめめめるるる家家いえのののひとひとひとのののないがしろないがしろないがしろなるなるなるけしきけしきけしきををを聞聞きくくくにににももも、、、心心こころ念念ねん々々ねんにににうごきうごきうごきててて時時ときとしてとしてとしてやすからやすからやすからずずず。。。
- 11もしもしもしせばきせばきせばき地地ちににに居居おれれればばば、、、近近ちかくくく炎炎えん上上しょうするするする時時とき、、、そのそのその害害がいをををのがるゝのがるゝのがるることことことなしなしなし。。。もしもしもし邊邊へん地地じにににあれあれあればばば、、、往往おう反反へんわづらひわづらひわずらい多多おおくくく、、、盜盜とう賊賊ぞくののの難難なんはなれはなれはなれがたしがたしがたし。。。いきほひいきほひいきおいあるあるあるものものものははは貪貪とん欲欲よくふかくふかくふかく、、、ひとりひとりひとり身身みなるなるなるものものものははは人人ひとにににかろしめかろしめかろしめらるらるらる。。。
- 12寶寶たからあれあれあればばばおそれおそれおそれ多多おおくくく、、、貧貧まずしけれしけれしければばばなげきなげきなげき切切せつなりなりなり、、、人人ひとををを賴賴たのめめめばばば身身み他他たのののやつこやつこやつことととなりなりなり、、、人人ひとをををはごくめはごくめはごくめばばば心心こころ恩恩おん愛愛あいにににつかはつかはつかわるるる。。。世世よにににしたがへしたがへしたがえばばば身身みくるしくるしくるし。。。またまたまたしたがはしたがはしたがわねねねばばば狂狂くるへへえるるるににに似似にたりたりたり。。。いづれいづれいずれののの所所ところをををしめしめしめ、、、いかなるいかなるいかなるわざわざわざをををしてしてしてかかか、、、しばししばししばしもももこのこのこの身身みをををやどしやどしやどし玉玉たまももも心心こころをををなぐさむなぐさむなぐさむべきべきべき。。。
現代語訳
また、元暦二年のころ、大地震があったことがございました。そのありさまは普通ではなかった。山は崩れて川を埋め、海は傾いて陸地を浸した。大地は裂けて水が湧き出し、大岩は割れて谷に転がり落ち、渚を漕ぐ舟は波に漂い、道を行く馬は足の踏み場に迷った。
まして都のあたりでは、あちらこちらの堂舎や廟塔が、一つとして無事なものはない。あるものは崩れ、あるものは倒れたので、土ぼこりや灰が立ちのぼって、盛んに燃える煙のようである。大地の揺れる音や家の壊れる音は、雷と変わらない。
家の中にいると、たちまち押しつぶされそうになる。走り出ると、また地面が割れ裂ける。羽がないので空へ飛び上がることもできない。竜ではないので雲に上ることも難しい。恐ろしいものの中で何よりも恐ろしいのは、ただ地震であったのだと思われました。
そのなかで、ある武士の一人っ子で、六つか七つほどでございましたのが、築地の屋根の下に小さな家を作って、たわいもない遊びをしておりましたが、急に築地が崩れて埋められ、跡形もなくぺしゃんこに押しつぶされて、二つの目などが一寸ほども飛び出しているのを、父母が抱きかかえて、声も惜しまず悲しみ合っておりましたのは、哀れで悲しく見ました。子を失った悲しみには、勇猛な者も恥を忘れるのだと思われて、気の毒で、もっともなことだと見ました。
このように激しく揺れることはしばらくでやんだけれども、その余震はしばらくのあいだ絶えなかった。普通なら驚くほどの地震が、二、三十回揺れない日はない。十日、二十日が過ぎたので、だんだん間遠になって、あるいは一日に四、五回、二、三回、あるいは一日おき、二、三日に一回などと、だいたいその余震は、三か月ほど続いたでしょうか。
四大種の中で、水・火・風はいつも災害を起こすけれど、大地については格別な異変を起こさないものだ。昔、斉衡のころだったか。大地震が起こって、東大寺の大仏の御首が落ちたりして、大変なことがございましたけれど、それでもやはり今度の地震には及ばないということだ。
そのときは、人はみなこの世のつまらなさを口にして、少し心の濁りも薄らぐかと見えたが、月日が重なり年が越えると、のちには言葉に出して言う人さえいない。
総じて世の中の生きにくいことと、わが身と住まいとが、はかなくもろいさまは、このようである。まして住む場所により、身分の程度に応じて、心を悩ますことは、いちいち数え上げることもできない。
もしたまたま自分が人数にも入らない身分で、権勢のある家のそばに住んでいる者は、深く喜ぶことがあっても、大いに楽しむことはできない。嘆きのあるときも、声をあげて泣くことはない。立ち居振る舞いも落ち着かず、起きても座っても恐れおののくさまは、たとえば雀が鷹の巣に近づいているようなものである。
もし貧しくて富んだ家の隣に住んでいる者は、朝夕みすぼらしい姿を恥じて、へつらいながら出入りする。妻子や召使いが(隣の家を)うらやむ様子を見るにつけても、富んだ家の人が(自分たちを)軽んじる様子を聞くにつけても、心はたえず揺れ動いて、少しの間も落ち着かない。
もし狭い土地に住んでいると、近くで火事が起こったとき、その災難から逃れることができない。もし辺鄙な土地に住んでいると、行き来の苦労が多く、盗賊の災難から逃れにくい。勢いのある者は欲が深く、身寄りのない者は人に軽んじられる。
財産があれば心配が多く、貧しければ嘆きが切実である。人を頼みにすれば身は他人の所有物となり、人を養えば心は愛情に使われる。世の中に従えば身が苦しい。従わなければ狂人のように見える。どんな場所に住み、どんなことをしたら、少しの間でもこの身を落ち着け、わずかな間でも心を安らかにすることができるのだろうか。
意訳
元暦の大地震の描写は、五つの災厄の中でも最も迫力がある。山が崩れ、海が傾き、地が裂け、岩が谷に転がる――自然そのものがひっくり返るような光景が、対句を重ねて畳みかけるように描かれる。「羽なければ空へもあがるべからず。龍ならねば雲にのぼらむこと難し」と、逃げ場のない恐怖を語り、「おそれの中におそるべかりけるは、たゞ地震なりけり」と言い切る。
武士の一人っ子が崩れた築地の下敷きになり、両親が人目もはばからず泣く場面は、災害の記録の中に置かれた小さな、しかし忘れがたい情景である。勇猛な武士でさえ子の死には恥を忘れて泣く、という観察に、作者の人間を見るまなざしがうかがえる。
そして作者は、地震の直後には誰もが世の無常を語ったのに、年月がたつと誰も口にしなくなったと書く。災害の記憶が風化していくことへのこの指摘は、八百年以上たった今も古びていない。後半では、災害のない時でも、権勢家の隣に住めば萎縮し、金持ちの隣に住めば恥じ、狭い所では火事を、辺地では盗賊を恐れるという、この世の住みにくさを列挙し、「いづれの所をしめ…心をなぐさむべき」という問いで、出家と庵の話へと移っていく。
語釈・文法注
- おほなゐ
- 大地震。「なゐ」は地震のこと。
- あとなしごと
- とりとめのないこと。たわいもない遊び。
- 四大種
- 仏教で、万物を形づくるとされる地・水・火・風の四つの元素。
- 權門
- 官位が高く権勢のある家。
- 玉ゆら
- しばらくの間。ほんのわずかな時間。玉が触れ合ってかすかに鳴る間の意からという。
文法
- 「おそるべかりけるは、たゞ地震なりけるとぞ覺え侍りし」
- 「べかり」は当然・適当の助動詞「べし」の連用形。「なりける」の「ける」は、それまで気づかなかったことに気づいた詠嘆。係助詞「ぞ」の結びで「侍りし」と連体形になる。
- 「見はべりしか」
- 前の係助詞「こそ」の結びで、過去の助動詞「き」が已然形「しか」になる。
- 「三月ばかりや侍りけむ」
- 係助詞「や」の結びで、過去推量の助動詞「けむ」が連体形になる。三か月ほど続いたでしょうか。
- 「しばしもこの身をやどし玉ゆらも心をなぐさむべき」
- 前の「いかなるわざをしてか」の係助詞「か」の結びで、「べし」が連体形「べき」になる。底本は文末に句点を置かない。
解説
元暦二年(1185)七月九日の大地震は、壇ノ浦の戦いで平家が滅びた約四か月後に起こった。京都を中心に大きな被害が出て、法勝寺の九重塔なども損壊した。当時の人々は、これを平家の怨霊のしわざと考えたともいわれる(『平家物語』巻十二「大地震」)。
「むかし齊衡のころ」の地震は、斉衡二年(855)に東大寺の大仏の頭部が落ちた地震を指す。作者は過去の大災害と比べて、今回の地震の大きさを強調している。
「すべて世のありにくきこと」以下は、五つの災厄を語り終えたあとの総括にあたる。災害という非常時だけでなく、ふだんの暮らしの中にも、人は身分や住む場所に縛られて心を悩ませ続けている。「世にしたがへば身くるし。またしたがはねば狂へるに似たり」という対句は、社会の中で生きることの窮屈さを鋭くとらえている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(方丈記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、546–548頁(コマ285–286)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日