古典ライブラリー

平家物語 灌頂巻

六道の沙汰の事

女院は涙をおさえて法皇と対面し、法皇は天人にも五衰の悲しみがあると世の無常を語った。女院は、出家の身となったことは後生のためには喜びであると答え、自らの生涯を仏法の六道になぞらえて語った。国母として栄華をきわめた日々は天上界、都を落ちて西海をさまよい、太宰府も追われて清経を失ったのは人間界の苦しみ、水も飲めない船上の日々は餓鬼道、一の谷以後の合戦は修羅道であった。壇の浦では二位の尼が幼い先帝を抱いて「波の底にも都がございます」と慰めつつ入水し、残された者の叫びは地獄のようであった。明石の浦では、先帝と一門が龍宮城にいる夢を見て、畜生道も見たと思った。法皇は、生きながら六道を見たのはまれなことだと感じ入った。

  1. 1「「「世よ世よよをををいとふいとふいとう御おん御おんおんならひならひならい、、、何なに何なになにかかか苦くる苦くるくるしうしうしゅう候さふらふ候さふらふそうろうべきべきべき。。。はや〳〵はや〳〵はやはや御ご御ごご見けん見けんけん參ざん參ざんざんあつあつあっててて還くわん還くわんかん御ぎよ御ぎよぎょなしなしなしまゐらさまゐらさまいらさせせせ候さふら候さふらそうらへへえ。。。」」」ととと申まう申まうもうささされれれけれけれければばば、、、女によう女にようにょう院ゐん院ゐんいん御おん御おんおん涙なみだ涙なみだなみだをををおさへおさへおさえててて、、、御おん御おんおん庵あん庵あんあん室しつ室しつしつににに入い入いいらららせせせおはしますおはしますおわします。。。「「「一いち一いちいち念ねん念ねんねんののの窗まど窗まどまどののの前まへ前まへまえにににははは攝せつ攝せつせつ取しゆ取しゆしゅののの光くわう光くわうこう明みやう明みやうみょうををを期ご期ごごししし、、、十じふ十じふじゅう念ねん念ねんねんののの柴しば柴しばしばののの樞とぼそ樞とぼそとぼそにににははは聖しやう聖しやうしょう衆じゆ衆じゆじゅののの來らい來らいらい迎がう迎がうごうをををこそこそこそ待ま待ままちちちつるつるつるににに、、、思おも思おもおもひひいののの外ほか外ほかほかののの御ご御ごご幸かう幸かうこうかなかなかな。。。」」」とととててて御ご御ごご見けん見けんけん參ざん參ざんざんありありありけりけりけり。。。法ほふ法ほふほう皇わう皇わうおう、、、このこのこの御おん御おんおん有あり有ありあり樣さま樣さまさまををを叡えい叡えいえい覽らん覽らんらんあつあつあっててて、、、仰おほ仰おほおおせせせなりなりなりけるけるけるははは、、、「「「悲ひ悲ひひ想さう想さうそうののの八はち八はちはち萬まん萬まんまん劫ごふ劫ごふごう、、、猶なほ猶なほなお必ひつ必ひつひっ滅めつ滅めつめつののの憂うれ憂うれうれへへえにににあひあひあい、、、欲よく欲よくよく界かい界かいかいののの六ろく六ろくろく天てん天てんてん、、、未いま未いまいまだだだ五ご五ごご衰すゐ衰すゐすいののの悲かな悲かなかなしみしみしみををを免まぬか免まぬかまぬかれれれずずず。。。喜き喜きき見けん見けんけん城じやう城じやうじょうののの勝しよう勝しようしょう妙めう妙めうみょうののの樂らく樂らくらく、、、中ちう中ちうちゅう閒げん閒げんげん禪ぜん禪ぜんぜんののの高かう高かうこう臺だい臺だいだいののの閣かく閣かくかく、、、夢ゆめ夢ゆめゆめののの中うち中うちうちののの果くわ果くわか報はう報はうほう、、、又また又またまた幻まぼろし幻まぼろしまぼろしののの閒あひだ閒あひだあいだののの樂たの樂たのたのしみしみしみ、、、既すで既すですでににに流る流るる轉てん轉てんてん無む無むむ窮きう窮きうきゅうなりなりなり。。。車しや車しやしゃ輪りん輪りんりんののの廻めぐ廻めぐめぐるるるががが如ごと如ごとごとししし。。。天てん天てんてん人にん人にんにんののの五ご五ごご衰すゐ衰すゐすいののの悲かな悲かなかなしみしみしみ、、、人にん人にんにん閒げん閒げんげんにににももも候さふら候さふらそうらひひいけるけるけるものものものかなかなかな。。。さるさるさるにににてててももも誰たれ誰たれたれかかかことことこととひとひとい參まゐ參まゐまいらららせせせ候さふらふ候さふらふそうろう。。。何なに何なになに事ごと事ごとごとにににつけつけつけてててももも、、、さささこそこそこそ古いにしへ古いにしへいにしえをををのみのみのみこそこそこそ思おぼし思おぼしおぼし召め召めめししし出い出いいづづずらめらめらめ。。。」」」ととと仰おほ仰おほおおせせせけれけれければばば、、、女によう女にようにょう院ゐん院ゐんいん、、、「「「いづかたいづかたいずかたよりよりよりもももおとづるゝおとづるゝおとずるる事こと事ことことももも候さふら候さふらそうらははわずずず。。。信のぶ信のぶのぶ隆たか隆たかたか、、、隆たか隆たかたか房ふさ房ふさふさののの卿きやう卿きやうきょうののの北きた北きたきたののの方かた方かたかたよりよりより、、、たえ〴〵たえ〴〵たえだえ申まう申まうもうししし送おく送おくおくるるる事こと事ことことこそこそこそ候さふら候さふらそうらへへえ。。。そのそのその昔むかし昔むかしむかしあのあのあの人ひと人ひとひと共ども共どもどものののはぐゝみはぐゝみはぐくみにににてててあるあるあるべしべしべしとととははは、、、つゆつゆつゆももも思おぼし思おぼしおぼし召め召めめしししよらよらよらざりざりざりしししものものものををを。。。」」」とととててて、、、御おん御おんおん涙なみだ涙なみだなみだををを流なが流ながながさささせせせ給たま給たまたまへへえばばば、、、つきつきつき參まゐ參まゐまいらららせせせたるたるたる女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうたちたちたちももも、、、皆みな皆みなみな袖そで袖そでそでをををぞぞぞぬらさぬらさぬらされれれけるけるける。。。
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  3. 3女によう女にようにょう院ゐん院ゐんいんかさねかさねかさねててて申まう申まうもうさささせせせ給たま給たまたまひひいけるけるけるははは、、、「「「わがわがわが身み身みみ平へい平へいへい相しやう相しやうしょう國こく國こくこくののの女むすめ女むすめむすめとととしししててて、、、天てん天てんてん下か下かかののの國こく國こくこく母も母ももとととなりなりなりしかしかしかばばば、、、一いつ一いついっ天てん天てんてん四し四しし海かい海かいかいはははみなみなみな掌たなごゝろ掌たなごゝろたなごころのののまゝまゝままなりなりなりききき。。。されされさればばば拜はい拜はいはい禮らい禮らいらいののの春はる春はるはるののの始はじめ始はじめはじめよりよりより、、、いろ〳〵いろ〳〵いろいろののの衣ころも衣ころもころもがへがへがえ、、、佛ぶつ佛ぶつぶつ名みやう名みやうみょうののの年とし年としとしののの暮くれ暮くれくれ、、、攝せつ攝せつせつ籙ろく籙ろくろく以い以いい下げ下げげののの大だい大だいだい臣じん臣じんじん、、、公く公くく卿ぎやう卿ぎやうぎょうにににもてなさもてなさもてなされれれしししありさまありさまありさまははは、、、六ろく六ろくろく欲よく欲よくよく四し四しし禪ぜん禪ぜんぜんののの雲くも雲くもくもののの上うへ上うへうえにににててて、、、八はち八はちはち萬まん萬まんまんののの諸しよ諸しよしょ天てん天てんてんににに圍ゐ圍ゐい繞ねう繞ねうにょうせせせられられられ候さふらふ候さふらふそうろうらんらんらんやうやうようににに、、、百ひやく百ひやくひゃく官くわん官くわんかん悉ことごと悉ことごとことごとくくく仰あふ仰あふあおがががぬぬぬ者もの者ものものややや候さふら候さふらそうらひひいししし。。。淸せい淸せいせい涼りやう涼りやうりょう、、、紫し紫しし宸しん宸しんしんののの床ゆか床ゆかゆかののの上うへ上うへうえ、、、玉たま玉たまたまののの簾すだれ簾すだれすだれののの内うち内うちうちにににもてなさもてなさもてなされれれ、、、春はる春はるはるははは南なん南なんなん殿でん殿でんでんののの櫻さくら櫻さくらさくらににに心こゝろ心こゝろこころをををとめとめとめててて日ひ日ひひををを暮くら暮くらくらししし、、、九きう九きうきゅう夏か夏かか三さん三さんさん伏ぷく伏ぷくぷくののの暑あつ暑あつあつききき日ひ日ひひははは、、、泉いづみ泉いづみいずみををを掬むす掬むすむすんんんででで心こゝろ心こゝろこころををを慰なぐさ慰なぐさなぐさみみみ、、、秋あき秋あきあきははは雲くも雲くもくもののの上うへ上うへうえののの月つき月つきつきをををひとりひとりひとり見み見みみんんん事こと事ことことををを許ゆる許ゆるゆるささされれれずずず。。。玄げん玄げんげん冬とう冬とうとう素そ素そそ雪せつ雪せつせつののの寒さむ寒さむさむききき夜よ夜よよははは、、、衾ふすま衾ふすまふすまををを重かさ重かさかさねねねててて暖あたゝ暖あたゝあたたかかかにににすすす。。。長ちやう長ちやうちょう生せい生せいせい不ふ不ふふ老らう老らうろうののの術じゆつ術じゆつじゅつををを願ねが願ねがねがひひい、、、蓬ほう蓬ほうほう萊らい萊らいらいににに不ふ不ふふ死し死ししののの藥くすり藥くすりくすりををを尋たづ尋たづたずねねねてててももも、、、たゞたゞただ久ひさ久ひさひさしからしからしからんんん事こと事ことことををを思おも思おもおもへへえりりり。。。あけあけあけてててももも暮く暮くくれれれてててももも樂たの樂たのたのしみしみしみ榮さか榮さかさかえええ候さふら候さふらそうらひひいしししことことこと、、、天てん天てんてん上じやう上じやうじょうののの果くわ果くわか報はう報はうほうもももこれこれこれにににははは過す過すすぎぎぎじじじとととこそこそこそ覺おぼ覺おぼおぼえええ候さふら候さふらそうらひひいしかしかしか。。。偖さて偖さてさてももも壽じゆ壽じゆじゅ永えい永えいえいののの秋あき秋あきあきののの始はじ始はじはじめめめ、、、木き木きき曾そ曾そそ義よし義よしよし仲なか仲なかなかとととかやかやかやににに襲おそ襲おそおそははわれれれててて、、、一いち一いちいち門もん門もんもんののの人ひと人ひとひと々びと々びとびと、、、住す住すすみみみなれなれなれししし都みやこ都みやこみやこをををばばば雲くも雲くもくも居ゐ居ゐいのののよそよそよそににに顧かへり顧かへりかえりみみみててて、、、故ふる故ふるふる鄕さと鄕さとさとををを燒やけ燒やけやけ野の野ののががが原はら原はらはらとととうちうちうち眺なが眺ながながめめめ、、、古いにしへ古いにしへいにしえははは名な名ななをををのみのみのみ聞き聞きききききししし、、、須す須すす磨ま磨ままよりよりより明あか明あかあか石し石ししののの浦うら浦うらうらづたひづたひづたい、、、さすがさすがさすがあはれあはれあわれににに覺おぼ覺おぼおぼえええててて、、、晝ひる晝ひるひるははは漫まん漫まんまん々まん々まんまんたるたるたる大だい大だいだい海かい海かいかいににに、、、波なみ波なみなみ路ぢ路ぢじをををわけわけわけててて袖そで袖そでそでをををぬらしぬらしぬらし、、、夜よる夜よるよるははは洲す洲すす崎さき崎さきさきののの千ち千ちち鳥どり鳥どりどりととと共とも共ともともににに鳴な鳴ななきききあかすあかすあかす。。。浦うら浦うらうら々うら々うらうら島しま島しましま々じま々じまじま、、、よしよしよしあるあるある所ところ所ところところををを見み見みみしかしかしかどもどもども、、、故ふる故ふるふる鄕さと鄕さとさとののの事こと事ことことをををばばば忘わす忘わすわすららられれれずずず。。。」」」
  4. 4「「「かくかくかくててて寄よ寄よよるるる方かた方かたかたなかりなかりなかりしししははは、、、五ご五ごご衰すゐ衰すゐすい必ひつ必ひつひっ滅めつ滅めつめつののの悲かな悲かなかなしみしみしみとととこそこそこそ覺おぼ覺おぼおぼえええ候さふら候さふらそうらひひいしかしかしか。。。凡およ凡およおよそそそ、、、人にん人にんにん閒げん閒げんげんののの事こと事ことことははは愛あい愛あいあい別べつ別べつべつ離り離りり苦く苦くく、、、怨をん怨をんおん憎ぞう憎ぞうぞう會ゑ會ゑえ苦く苦くく、、、四し四しし苦く苦くく八はつ八はつはっ苦く苦くく、、、共とも共ともともににに一ひとつ一ひとつひとつとととしししててて、、、わがわがわが身み身みみににに知し知ししららられれれててて殘のこ殘のこのこるるる所ところ所ところところももも候さふら候さふらそうらははわずずず。。。偖さて偖さてさてももも筑ちく筑ちくちく前ぜん前ぜんぜんののの國くに國くにくに太だ太だだ宰ざい宰ざいざい府ふ府ふふとととかやかやかやににに著つ著つついいいててて、、、少すこ少すこすこししし心こゝろ心こゝろこころををを延の延ののべべべしかしかしかばばば、、、維これ維これこれ義よし義よしよしとととかやかやかやににに九く九くく國こく國こくこくののの内うち内うちうちをををももも追お追おおひひい出いだ出いだいだささされれれ、、、山さん山さんさん野や野やや廣ひろ廣ひろひろしししととといへいへいえどもどもども、、、立たち立たちたち寄よ寄よよりりり休やす休やすやすむむむべきべきべき所ところ所ところところもももなしなしなし。。。同おな同おなおなじじじ秋あき秋あきあきののの暮くれ暮くれくれにににもももなりなりなりしかしかしかばばば、、、昔むかし昔むかしむかしははは九こゝの九こゝのここの重へ重へへののの雲くも雲くもくもののの上うへ上うへうえにににててて見み見みみししし月つき月つきつきををを、、、八や八やや重へ重へへののの潮しほ潮しほしお路ぢ路ぢじにににながめながめながめつゝつゝつつ、、、あかしあかしあかし暮くら暮くらくらししし候さふら候さふらそうらひひいししし程ほど程ほどほどににに、、、神かみ神かみかみ無な無なな月づき月づきづきののの頃ころ頃ころころほひほひおい、、、淸きよ淸きよきよ經つね經つねつねののの中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょうががが、、、都みやこ都みやこみやこをををばばば源げん源げんげん氏じ氏じじががが爲ため爲ためためににに攻せ攻せせめめめ落おと落おとおとささされれれ、、、鎭ちん鎭ちんちん西ぜい西ぜいぜいをををばばば維これ維これこれ義よし義よしよしががが爲ため爲ためためににに追お追おおひひい出いだ出いだいださささるるる。。。網あみ網あみあみにににかゝれかゝれかかれるるる魚うを魚うをうおののの如ごと如ごとごとししし。。。何いづ何いづいず處く處くくへへへ行ゆ行ゆゆかかかばばば遁のが遁のがのがるるるべきべきべきかかかははは。。。ながらへながらへながらへはつはつはつべきべきべき身み身みみにににもももあらあらあらずずずとととててて、、、海うみ海うみうみににに沉しづ沉しづしずみみみ候さふら候さふらそうらひひいししし。。。これこれこれぞぞぞ憂う憂ううききき事こと事ことことののの始はじ始はじはじめめめにににてててははは候さふら候さふらそうらひひいしかしかしか。。。波なみ波なみなみののの上うへ上うへうえにににててて日ひ日ひひををを暮くら暮くらくらししし、、、船ふね船ふねふねののの中うち中うちうちにににててて夜よ夜よよをををあかすあかすあかす。。。貢みつぎ貢みつぎみつぎ物もの物ものものもももなけれなけれなければばば供く供くく御ご御ごごををを備そな備そなそなふるふるうる事こと事ことこともももなくなくなく、、、たま〳〵たま〳〵たまたま供く供くく御ご御ごごををを備そな備そなそなへへえんんんとととすれすれすれどもどもども、、、水みづ水みづみずなけれなけれなければばば參まゐ參まゐまいらららずずず。。。大だい大だいだい海かい海かいかいににに浮うか浮うかうかむむむととといへいへいえどもどもども、、、潮うしほ潮うしほうしおなれなれなればばば飮の飮ののむむむ事こと事ことことなしなしなし。。。これこれこれまたまたまた餓が餓がが鬼き鬼きき道だう道だうどうののの苦くる苦くるくるしみしみしみとととこそこそこそ覺おぼ覺おぼおぼえええ候さふら候さふらそうらひひいしかしかしか。。。」」」
  5. 5「「「かくかくかくててて室むろ室むろむろ山やま山やまやま、、、水みづ水みづみず島しま島しましま、、、二に二にに箇か箇かか度ど度どどののの軍いくさ軍いくさいくさににに勝か勝かかちちちしかしかしかばばば、、、一いち一いちいち門もん門もんもんののの人ひと人ひとひと々びと々びとびと、、、少すこ少すこすこししし色いろ色いろいろ直なほ直なほなおつつっててて見み見みみえええ候さふら候さふらそうらひひいしかしかしかばばば、、、攝せつ攝せつせっ津つ津つつののの國くに國くにくに一いち一いちいちののの谷たに谷たにたにとととかやかやかやににに城じやう城じやうじょう郭くわく郭くわくかくををを構かま構かまかまへへえ、、、各おのおの各おのおのおのおの直なほ直なほなお衣し衣しし束そく束そくそく帶たい帶たいたいををを引ひ引ひひきききかへかへかえててて、、、鐵くろがね鐵くろがねくろがねをををのべのべのべててて身み身みみににに纏まと纏まとまとひひい、、、あけあけあけてててももも暮く暮くくれれれてててももも、、、軍いくさ軍いくさいくさよばひよばひよばいののの聲こゑ聲こゑこえののの絶た絶たたゆるゆるゆる事こと事ことこともももなかりなかりなかりしししははは、、、修しゆ修しゆしゅ羅ら羅ららののの鬪とう鬪とうとう諍じやう諍じやうじょう、、、帝たい帝たいたい釋しやく釋しやくしやくののの爭あらそ爭あらそあらそひひいももも、、、これこれこれにににははは過す過すすぎぎぎじじじとととこそこそこそ覺おぼ覺おぼおぼえええ候さふら候さふらそうらひひいしかしかしか。。。一いち一いちいちののの谷たに谷たにたにををを攻せ攻せせめめめ落おと落おとおとささされれれててて後のち後のちのち、、、親おや親おやおやははは子こ子ここにににおくれおくれおくれ妻め妻めめははは夫をつと夫をつとおつとににに別わか別わかわかるるる沖おき沖おきおきににに釣つり釣つりつりするするする船ふね船ふねふねをををばばば、、、敵かたき敵かたきかたきののの船ふね船ふねふねかかかととと肝きも肝きもきもををを消け消けけししし、、、遠とほ遠とほとおききき松まつ松まつまつににに白しろ白しろしろききき鷺さぎ鷺さぎさぎののの羣む羣むむれれれゐるゐるいるををを見み見みみてててははは、、、源げん源げんげん氏じ氏じじののの旗はた旗はたはたかかかととと心こゝろ心こゝろこころをををつくすつくすつくす。。。かくかくかくててて門も門もも司じ司じじ、、、赤あか赤あかあか閒ま閒まま、、、壇だん壇だんだんののの浦うら浦うらうらののの軍いくさ軍いくさいくさににに、、、既すで既すですでににに今日けふ今日けふきょうををを限かぎ限かぎかぎりりりととと見み見みみえええしかしかしかばばば、、、二に二にに位ゐ位ゐいののの尼あま尼あまあま泣な泣ななく〳〵く〳〵くなく申まう申まうもうししし候さふら候さふらそうらひひいしししははは、、、『『『このこのこの世よ世よよののの中なか中なかなかののの有あり有ありあり樣さま樣さまさま、、、今いま今いまいまはははかうかうこうととと覺おぼ覺おぼおぼゆるゆるゆるなりなりなり。。。今こん今こんこん度ど度どどののの軍いくさ軍いくさいくさににに、、、男をとこ男をとこおとこののの命いのち命いのちいのちののの生い生いいききき殘のこ殘のこのこらららんんん事こと事ことことははは、、、千せん千せんせん萬まん萬まんまんががが一いち一いちいちもももありがたしありがたしありがたし。。。たとひたとひたといまたまたまた遠とほ遠とほとおきききゆかりゆかりゆかりははは、、、おのづからおのづからおのずから生い生いいききき殘のこ殘のこのこるるる事こと事ことことありありありととといふいふいうともともとも、、、わらはわらはわらわががが後ご後ごご生しやう生しやうしょう弔とぶら弔とぶらとぶらははわんんん事こと事ことこともももありがたしありがたしありがたし。。。昔むかし昔むかしむかしよりよりより女をんな女をんなおんなははは殺ころ殺ころころさささぬぬぬならひならひならいなれなれなればばば、、、いかにいかにいかにもももしししてててながらへながらへながらへててて、、、主しゆ主しゆしゅ上じやう上じやうじょうののの御ご御ごご菩ぼ菩ぼぼ提だい提だいだいををを弔とぶら弔とぶらとぶらひひい、、、われわれわれらららががが後ご後ごご生しやう生しやうしょうをををももも助たす助たすたすけけけ給たま給たまたまへへえ。。。』』』ととと申まう申まうもうししし候さふら候さふらそうらひひいしししををを、、、夢ゆめ夢ゆめゆめののの心こゝ心こゝここちちちしししててて覺おぼ覺おぼおぼえええ候さふら候さふらそうらひひいししし程ほど程ほどほどににに、、、風かぜ風かぜかぜ忽たちま忽たちまたちまちちちににに吹ふ吹ふふききき、、、浮ふ浮ふふ雲うん雲うんうんあつくあつくあつくたなびきたなびきたなびき、、、兵つはもの兵つはものつわものどもどもどもののの心こゝろ心こゝろこころををを迷まど迷まどまどははわししし、、、天てん天てんてん運うん運うんうん盡つ盡つつきききててて、、、人ひと人ひとひとののの力ちから力ちからちからにににももも及およ及およおよびびび難がた難がたがたししし。。。」」」
  6. 6「「「既すで既すですでにににかうかうこうととと見み見みみえええしかしかしかばばば、、、二に二にに位ゐ位ゐいののの尼あま尼あまあま先せん先せんせん帝てい帝ていていををを抱いだ抱いだいだききき參まゐ參まゐまいらららせせせててて舷ふなばた舷ふなばたふなばたににに出い出いいでででししし時とき時ときとき、、、呆あき呆あきあきれれれたるたるたる御おん御おんおんありさまありさまありさまにににててて、、、『『『そも〳〵そも〳〵そもそも尼あま尼あまあま前ぜ前ぜぜわれわれわれをををばばばいづちいづちいずちへへへ具ぐ具ぐぐしししててて行ゆ行ゆゆかかかんんんずるずるずるぞぞぞ。。。』』』ととと仰おほ仰おほおおせせせけれけれければばば、、、二に二にに位ゐ位ゐいののの尼あま尼あまあま涙なみだ涙なみだなみだをををはら〳〵はら〳〵はらはらととと流なが流ながながいいいててて、、、幼いとけな幼いとけないとけなききき君きみ君きみきみににに向むか向むかむかひひいまゐらせまゐらせまいらせててて、、、『『『君きみ君きみきみははは未いま未いまいまだだだ知しろし知しろししろし召め召めめささされれれ候さふら候さふらそうらははわずずずややや。。。前ぜん前ぜんぜん世せ世せせののの十じふ十じふじゅう善ぜん善ぜんぜん戒かい戒かいかい行ぎやう行ぎやうぎょうののの御おん御おんおん力ちから力ちからちからににに依よ依よよつつっててて、、、今いま今いまいま萬ばん萬ばんばん乘じよう乘じようじょうののの主あるじ主あるじあるじとととははは生うま生うまうまれれれさせさせさせたまへたまへたまえどもどもども、、、惡あく惡あくあく緣えん緣えんえんににに引ひ引ひひかかかれれれててて、、、御ご御ごご運うん運うんうん既すで既すですでににに盡つ盡つつきききさせさせさせ給たま給たまたまひひい候さふら候さふらそうらひひいぬぬぬ。。。まづまづまず東ひがし東ひがしひがしににに向むか向むかむかははわせせせ給たま給たまたまひひいててて、、、伊い伊いい勢せ勢せせ大だい大だいだい神じん神じんじん宮ぐう宮ぐうぐう伏ふ伏ふふししし拜をが拜をがおがままませせせおはしましおはしましおわしましててて、、、そのそのその後のち後のちのち西さい西さいさい方はう方はうほう淨じやう淨じやうじょう土ど土どどののの來らい來らいらい迎がう迎がうごうににに預あづか預あづかあずからららんんんととと、、、誓ちか誓ちかちかははわせせせおはしましおはしましおわしましててて、、、御おん御おんおん念ねん念ねんねん佛ぶつ佛ぶつぶつ候さふらふ候さふらふそうろうべしべしべし。。。このこのこの國くに國くにくにははは粟ぞく粟ぞくぞく散さん散さんさん邊へん邊へんへん土ど土どどととと申まう申まうもうしししててて、、、心こゝろ心こゝろこころうきうきうき境さかひ境さかひさかいにににててて候さふらふ候さふらふそうろう。。。あのあのあの波なみ波なみなみののの底そこ底そこそこにににこそこそこそ極ごく極ごくごく樂らく樂らくらく淨じやう淨じやうじょう土ど土どどととと申まう申まうもうしししててて、、、めでたきめでたきめでたき都みやこ都みやこみやこののの候さふらふ候さふらふそうろう。。。それそれそれへへへ具ぐ具ぐぐししし參まゐ參まゐまいらららせせせ候さふらふ候さふらふそうろうぞぞぞ。。。』』』ととと、、、樣やう樣やうよう々やう々やうようににに慰なぐさ慰なぐさなぐさめめめまゐらせまゐらせまいらせしかしかしかばばば、、、山やま山やまやま鳩ばと鳩ばとばと色いろ色いろいろののの御ぎよ御ぎよぎょ衣い衣いいににに、、、びんづらびんづらびんずらゆはゆはゆわせせせ給たま給たまたまひひいててて、、、御おん御おんおん涙なみだ涙なみだなみだにににおぼれおぼれおぼれ、、、小ちひ小ちひちいさうさうそう美うつく美うつくうつくしきしきしき御おん御おんおん手て手ててををを合あ合ああははわせせせ、、、まづまづまず東ひがし東ひがしひがしににに向むか向むかむかははわせせせ給たま給たまたまひひいててて、、、伊い伊いい勢せ勢せせ大だい大だいだい神じん神じんじん宮ぐう宮ぐうぐうににに御おん御おんおん暇いとま暇いとまいとま申まう申まうもうさささせせせ給たま給たまたまひひい、、、そのそのその後のち後のちのち西にし西にしにしににに向むか向むかむかははわせせせ給たま給たまたまひひいててて御おん御おんおん念ねん念ねんねん佛ぶつ佛ぶつぶつありありありしかしかしかばばば、、、二に二にに位ゐ位ゐいののの尼あま尼あまあま、、、先せん先せんせん帝てい帝ていていををを抱いだ抱いだいだききき參まゐ參まゐまいらららせせせててて、、、海うみ海うみうみににに沉しづ沉しづしずみみみしししありさまありさまありさま、、、目め目めめもももくれくれくれ、、、心こゝろ心こゝろこころももも消き消ききえええはてはてはてててて、、、忘わす忘わすわすれれれんんんとととすれすれすれどもどもども忘わす忘わすわすららられれれずずず。。。忍しの忍しのしのばばばんんんとととすれすれすれどもどもども忍しの忍しのしのばばばれれれずずず。。。かくかくかくててて生い生いいききき殘のこ殘のこのこりりりたるたるたる者もの者ものものどもどもどもののの、、、をめきをめきおめき叫さけ叫さけさけびびびしししありさまありさまありさまははは、、、叫けう叫けうきょう喚くわん喚くわんかん、、、大だい大だいだい叫けう叫けうきょう喚くわん喚くわんかん、、、無む無むむ閒けん閒けんけん阿あ阿ああ鼻び鼻びび、、、炎ほのほ炎ほのほほのおののの底そこ底そこそこののの罪ざい罪ざいざい人にん人にんにんももも、、、これこれこれにににははは過す過すすぎぎぎじじじとととこそこそこそ覺おぼ覺おぼおぼえええしかしかしか。。。」」」
  7. 7「「「さてさてさて武もの武ものもの夫ふ夫ふふ共ども共どもどものののあらけなきあらけなきあらけなきににに捕とら捕とらとらははわれれれててて、、、上のぼ上のぼのぼりりり候さふら候さふらそうらひひいししし程ほど程ほどほどににに、、、播はり播はりはり磨ま磨ままののの國くに國くにくに明あか明あかあか石し石ししののの浦うら浦うらうらとととかやかやかやににに著つ著つついいいててて、、、ちとちとちとまどろみまどろみまどろみたりたりたりししし夢ゆめ夢ゆめゆめににに、、、昔むかし昔むかしむかしののの内だい内だいだい裏り裏りりにににははは遙はる遙はるはるかかかににに優まさ優まさまさりりりたるたるたる所ところ所ところところににに、、、先せん先せんせん帝てい帝ていていををを始はじ始はじはじめめめ參まゐ參まゐまいらららせせせててて、、、一いち一いちいち門もん門もんもんののの月げつ月げつげつ卿けい卿けいけい雲うん雲うんうん客かく客かくかく、、、各おのおの各おのおのおのおのゆゝしげゆゝしげゆゆしげなるなるなる禮れい禮れいれい儀ぎ儀ぎぎどもどもどもにににててて竝な竝ななみみみゐゐいたりたりたり。。。都みやこ都みやこみやこををを出い出いいでででててて後のち後のちのち、、、未いま未いまいまだだだ斯か斯かかかるかるかる所ところ所ところところををを見み見みみずずず。。。こゝこゝここをををばばばいづくいづくいずくととといふいふいうぞぞぞととと問と問ととひひい候さふら候さふらそうらひひいしかしかしかばばば、、、二に二にに位ゐ位ゐいののの尼あま尼あまあま答こた答こたこたへへえ申まう申まうもうししし候さふら候さふらそうらひひいしししははは、、、龍りう龍りうりゅう宮ぐう宮ぐうぐう城じやう城じやうじょうととと申まう申まうもうすすす所ところ所ところところなりなりなり。。。さてさてさてはははめでたきめでたきめでたき所ところ所ところところかなかなかな、、、このこのこの國くに國くにくにににに苦く苦くくはははなきなきなきやらんやらんやらんととと問と問ととひひい候さふら候さふらそうらひひいつれつれつればばば、、、龍りう龍りうりゅう畜ちく畜ちくちく經きやう經きやうきょうににに見み見みみえええててて候さふらふ候さふらふそうろう、、、後ご後ごご世せ世せせよく〳〵よく〳〵よくよく弔とぶら弔とぶらとぶらははわせせせ給たま給たまたまへへえととと申まう申まうもうすすすととと覺おぼ覺おぼおぼえええててて、、、夢ゆめ夢ゆめゆめさめさめさめぬぬぬ。。。そのそのその後のち後のちのちははは彌いよいよ彌いよいよいよいよ經きやう經きやうきょう讀よ讀よよみみみ念ねん念ねんねん佛ぶつ佛ぶつぶつしししててて、、、かのかのかの御ご御ごご菩ぼ菩ぼぼ提だい提だいだいををを弔とぶら弔とぶらとぶらひひい奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる。。。これこれこれひとへひとへひとえににに六ろく六ろくろく道だう道だうどうににに違たが違たがたがははわじじじとととこそこそこそ覺おぼ覺おぼおぼえええ候さふら候さふらそうらへへえ。。。」」」ととと申まう申まうもうさささせせせ給たま給たまたまへへえばばば、、、法ほふ法ほふほう皇わう皇わうおう仰おほ仰おほおおせせせなりなりなりけるけるけるははは、、、「「「異い異いい國こく國こくこくののの玄げん玄げんげん弉ざう弉ざうぞう三さん三さんさん藏ざう藏ざうぞうははは悟さと悟さとさとりりりののの前まへ前まへまえににに六ろく六ろくろく道だう道だうどうををを見み見みみききき。。。わがわがわが朝てう朝てうちょうののの日にち日にちにち藏ざう藏ざうぞう上しやう上しやうしょう人にん人にんにんははは藏ざ藏ざざ王わう王わうおう權ごん權ごんごん現げん現げんげんののの御おん御おんおん力ちから力ちからちからににに依よ依よよつつっててて、、、六ろく六ろくろく道だう道だうどうををを見み見みみたりたりたりとととこそこそこそ承うけたまは承うけたまはうけたまわれれれ。。。まのあたりまのあたりまのあたり御ご御ごご覽らん覽らんらんぜぜぜられられられけるけるけるこそこそこそありがたうありがたうありがとう候さふら候さふらそうらへへえ。。。」」」とととぞぞぞ仰おほ仰おほおおせせせけるけるける。。。

引用の仕方

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現代語訳

「世をいとうお暮らしとはいえ、何のさしつかえがございましょう。早くご対面なさって、お帰りいただくようにしてください」と申されたので、女院は涙をおさえて御庵室にお入りになった。「一念の窓の前では仏の摂取の光明を待ち望み、十念の柴の戸では聖衆の来迎をこそ待っておりましたのに、思いがけない御幸でございます」と言ってご対面になった。法皇はこのご様子をご覧になって仰せになるには、「非想天の八万劫の寿命も、なお必ず滅びる憂いにあい、欲界の六天もまだ五衰の悲しみを免れない。喜見城のすばらしい楽しみも、中間禅の高台の楼閣も、夢の中の果報、幻の間の楽しみで、すべて流転してきわまりない。車輪が回るようなものである。天人の五衰の悲しみが、人間にもあったのだなあ。それにしても誰かお見舞いに参りますか。何事につけても、さぞ昔のことばかり思い出されるでしょう」と仰せになると、女院は「どなたからも訪れはございません。信隆・隆房卿の北の方から、ときおり便りがあるばかりです。昔は、あの人たちの世話になろうとは露ほども思いませんでしたのに」と言って涙を流されたので、お仕えする女房たちも皆袖を濡らした。

しばらくして女院が涙をおさえて申されるには、「今このような身になりましたことは、ひとたびの嘆きとして申すまでもございませんが、後生の菩提のためには喜びと思っております。たちまち釈迦の遺弟に連なり、かたじけなくも弥陀の本願に乗じて、五障三従の苦しみを逃れ、三時に六根を清めて、ひたすら九品の浄土を願い、もっぱら一門の菩提を祈り、いつも聖衆の来迎を待っております。いつの世にも忘れがたいのは先帝の面影で、忘れようとしても忘れられず、こらえようとしてもこらえきれません。ただ親子の情愛ほど悲しいものはございません。ですからあの御方の菩提のために、朝夕の勤めを怠ることはございません。これもしかるべき仏道への導きと思っております」と申されると、法皇が仰せになるには、「そもそもわが国は粟粒を散らしたような辺地の小国ではあるが、かたじけなくも前世の十善の余徳に応じて万乗の主となり、何一つとして思いどおりにならないことはない。とりわけ仏法の広まった世に生まれて、仏道修行の志があるのだから、後生に善い所に生まれることは疑いないので、人の世のはかなさは今さら驚くことではないが、このご様子を拝見すると、どうしようもなく悲しい」と言って、涙をおさえきれなかった。

女院が重ねて申されるには、「わが身は平相国の娘として天下の国母となりましたので、天下はすべて掌の中のように思いのままでした。ですから拝礼の春の初めから、季節ごとの衣替え、仏名会の年の暮れまで、摂政・関白以下の大臣や公卿にもてなされたありさまは、六欲天・四禅天の雲の上で八万の天人に取り囲まれるようで、百官のうち仰ぎ見ない者があったでしょうか。清涼殿・紫宸殿の床の上、玉の簾の内でもてなされ、春は南殿の桜に心を寄せて日を暮らし、夏の盛りの暑い日は泉の水を汲んで心を慰め、秋は雲の上の月を一人で見ることも許されず、冬の雪の寒い夜は衾を重ねて暖かく過ごしました。長生不老の術を願い、蓬莱に不死の薬を尋ねてでも、ただ長く続くことを願っておりました。明けても暮れても楽しみ栄えたことは、天上界の果報もこれにはまさるまいと思われました。ところが寿永の秋の初め、木曾義仲とかいう者に攻められて、一門の人々は住み慣れた都を雲のかなたに振り返り、故郷を焼け野原として眺め、昔は名前ばかり聞いていた須磨から明石の浦伝いに、さすがに哀れに思われて、昼は果てしない大海に波路を分けて袖を濡らし、夜は洲崎の千鳥とともに泣き明かしました。浦々島々の趣のある所を見ましたけれども、故郷のことは忘れられませんでした。」

「こうして身を寄せる所もなかったのは、天人の五衰必滅の悲しみと思われました。およそ人間界の事は、愛別離苦・怨憎会苦、四苦八苦のすべてを一つ残らず身をもって知りました。さて筑前国の太宰府とかいう所に着いて少し心を落ち着けたところ、維義とかいう者に九州の内からも追い出され、山野は広いといっても立ち寄って休む所もありません。同じ秋の暮れになったので、昔は宮中の雲の上で見た月を、はるかな潮路で眺めながら日々を送っておりましたが、十月のころ、清経の中将が、都は源氏のために攻め落とされ、九州は維義のために追い出された、網にかかった魚のようなものだ、どこへ行けば逃れられようか、生き長らえられる身でもないと言って、海に沈みました。これがつらいことの始まりでした。波の上で日を暮らし、船の中で夜を明かしました。貢物もないので食事を差し上げることもなく、たまたま食事を差し上げようとしても水がないのでとれません。大海に浮かんでいても、潮なので飲むことができません。これはまた餓鬼道の苦しみと思われました。」

「こうして室山・水島の二度の合戦に勝ったので、一門の人々も少し顔色がよくなったように見えましたが、摂津国の一の谷とかいう所に城郭を構え、皆直衣や束帯を脱ぎかえて鉄の鎧を身にまとい、明けても暮れても鬨の声の絶えることもなかったのは、修羅の闘いや帝釈天と阿修羅の争いもこれにはまさるまいと思われました。一の谷を攻め落とされて後は、親は子に先立たれ、妻は夫に別れ、沖で釣りをする船を敵の船かと肝をつぶし、遠い松に白鷺が群れているのを見ては源氏の旗かと心をすり減らしました。こうして門司・赤間・壇の浦の合戦で、もはや今日が最後と見えたので、二位の尼が泣く泣く申しましたのは、『この世の中のありさまは、もはやこれまでと思われる。今度の合戦で男の命が生き残ることは万に一つもないだろう。たとえまた遠い縁者が偶然生き残ることがあったとしても、私の後生を弔ってくれることもないだろう。昔から女は殺さないならいだから、なんとしても生き長らえて、帝のご菩提を弔い、私たちの後生も助けてください』と申しましたのを、夢のような心地で聞いておりましたうちに、風がにわかに吹き、浮雲が厚くたなびき、兵たちの心を惑わせ、天運も尽きて、人の力ではどうにもなりませんでした。」

「もはやこれまでと見えたので、二位の尼が先帝を抱き申して船端に出たとき、先帝は呆然としたご様子で、『尼御前よ、私をどこへ連れて行こうとするのか』と仰せになると、二位の尼は涙をはらはらと流して、幼い君に向かい申して、『君はまだご存じないのですか。前世の十善の戒行のお力によって今は万乗の主とお生まれになりましたが、悪縁に引かれて、ご運はもう尽きてしまわれました。まず東に向かって伊勢大神宮を伏し拝まれ、その後、西方浄土の来迎にあずかろうとお誓いになって、お念仏をお唱えください。この国は粟散辺土といって、つらい所でございます。あの波の底にこそ極楽浄土といって、すばらしい都がございます。そこへお連れいたしますよ』と、さまざまにお慰め申したので、山鳩色の御衣を召し、角髪に結われた先帝は、涙にむせびながら小さく美しいお手を合わせ、まず東に向かって伊勢大神宮にお別れを申され、その後西に向かってお念仏を唱えられると、二位の尼は先帝を抱き申して海に沈みました。そのありさまは、目もくらみ心も消え果てて、忘れようとしても忘れられず、こらえようとしてもこらえきれません。こうして生き残った者たちが泣き叫んだありさまは、叫喚・大叫喚・無間阿鼻地獄の炎の底の罪人も、これにはまさるまいと思われました。」

「さて荒々しい武士たちに捕らえられて都へ上りましたとき、播磨国の明石の浦とかいう所に着いて少しまどろんだ夢に、昔の内裏よりもはるかにすぐれた所に、先帝をはじめとして一門の公卿・殿上人たちが、皆おごそかな礼装で並んでいました。都を出てから、まだこのような所は見たことがありません。ここは何という所かと尋ねますと、二位の尼が答えて、龍宮城という所ですと申しました。それはすばらしい所だ、ここには苦しみはないのかと尋ねましたところ、龍畜経に見えております、後世をよくよく弔ってくださいと申したと思って、夢が覚めました。その後はいよいよ経を読み念仏を唱えて、あの方々の菩提を弔っております。これはひとえに六道を見たのと違わないと思っております」と申されると、法皇が仰せになるには、「異国の玄奘三蔵は悟りを開く前に六道を見た。わが国の日蔵上人は蔵王権現のお力によって六道を見たと聞いている。目の当たりに六道をご覧になったのは、まことにまれで尊いことです」と仰せになった。

意訳

女院が自らの半生を仏教の六道(天上・人間・餓鬼・修羅・地獄・畜生)になぞらえて語る、灌頂巻の中心となる章段である。国母としての栄華を天上界の楽しみに、都落ちから西海流浪の苦しみを人間界・餓鬼道に、一の谷以後の合戦を修羅道にたとえ、壇の浦の入水を地獄の叫びとして語る構成は、平家一門の興亡そのものを仏法の世界観で総括している。

とりわけ二位の尼が幼い安徳天皇に「波の底にも都の候ふぞ」と言い聞かせて入水する場面は、巻第十一「先帝御入水」と重なりつつ、母である女院自身の口から語られることで、いっそう痛切な響きをもつ。夢に見た龍宮城の一門の姿によって畜生道まで語り終えた女院に、法皇が「まのあたり御覽ぜられけるこそありがたう候へ」と応える結びは、苦難そのものが悟りへの道となったことを示している。

語釈・文法注

文法

「御見參あつて還御なしまゐらさせ候へ」
ご対面なさって、(法皇を)お帰し申し上げてください。
「一念の窗の前には攝取の光明を期し、十念の柴の樞には聖衆の來迎をこそ待ちつる」
念仏の窓辺で仏の救いの光を待ち、柴の戸で聖衆の来迎を待っていた。
「悲想の八萬劫」
非想非非想天(無色界の最上天)に生まれた者の八万劫の寿命。底本は「悲想」と刷る。
「五衰」
天人の命が尽きるときに現れる五つの衰えのしるし。
「喜見城」
帝釈天の住む宮殿。
「釋迦の遺弟に連り」
釈迦の遺した弟子(僧尼)の列に加わり。
「五障三從」
女性が持つとされた五つの障りと、父・夫・子に従う三つの従い。
「九品の淨刹」
九つの等級に分かれた極楽浄土。
「粟散邊土」
粟粒を散らしたような辺地の小国。日本をいう。
「十善の餘薰」
前世に十善を守った余徳。帝王の位はその報いとされた。
「攝籙」
摂政・関白。
「六欲四禪の雲の上」
欲界の六天と色界の四禅天。天上界の世界。
「九夏三伏」
夏の九十日と、最も暑い三伏の時期。
「玄冬素雪」
冬と白い雪。
「愛別離苦、怨憎會苦、四苦八苦」
愛する者と別れる苦しみ、憎む者と会う苦しみなど、人間の苦しみのすべて。
「親は子におくれ妻は夫に別る沖に」
底本は「別る」の後に句読点を刷らない。
「修羅の鬪諍、帝釋の爭ひ」
阿修羅の闘争と、帝釈天と阿修羅との戦い。修羅道の苦しみ。
「山鳩色の御衣」
黄色がかった青色の御衣。天皇の常服の色。
「叫喚、大叫喚、無閒阿鼻」
いずれも八大地獄の名。無間(阿鼻)地獄は最も苦しい地獄。
「龍畜經」
龍や畜生の世界を説く経。龍宮城は畜生道とされた。
「玄弉三藏は悟りの前に六道を見き」
唐の玄奘三蔵が悟りを開く前に六道を見たという伝え。
「日藏上人は藏王權現の御力に依つて、六道を見たり」
平安中期の僧日蔵(道賢)が、金峯山で蔵王権現の導きによって冥界をめぐったという伝え。

解説

女院が六道を語る話は『平家物語』の諸本に広く見え、源平の争乱を仏教の世界観で意味づける重要な場面となっている。安徳天皇の入水は寿永四年(文治元年、1185)三月二十四日のことで、八歳であった。二位の尼(平時子)が「波の下にも都の候ふぞ」と慰めた言葉は、巻第十一「先帝御入水」にも見える。

関連

出典

底本
『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、863–868頁(コマ460–463)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日