古典ライブラリー

平家物語 灌頂巻

小原御幸の事

文治二年の卯月二十日過ぎ、後白河法皇はひそかに大原の寂光院へ御幸した。古びた庭の池や藤、遅桜、山時鳥のありさまに心を打たれて法皇は歌を詠み、女院の粗末な庵室を見てその侘しさに驚いた。応対に出た老尼は、因果経を引いて悟りを説く不思議な尼で、問えば信西の娘の阿波の内侍であった。庵室には来迎の三尊と先帝の御影が掛けられ、障子には経文や定基法師の詩句、女院の歌が書かれていた。やがて山から花籠を臂にかけた女院と、薪や蕨を持った大納言佐の局が下りて来た。女院は変わり果てた姿を法皇に見られる恥ずかしさに、山へも庵へも戻れず立ちつくした。

  1. 1斯か斯かかかりかりかりししし程ほど程ほどほどににに法ほふ法ほふほう皇わう皇わうおうははは文ぶん文ぶんぶん治ぢ治ぢじ二に二にに年ねん年ねんねんののの春はる春はるはるののの頃ころ頃ころころ、、、建けん建けんけん禮れい禮れいれい門もん門もんもん院ゐん院ゐんいんののの小を小をお原はら原はらはらののの閑かん閑かんかん居きよ居きよきょののの御おん御おんおん住すま住すますま居ひ居ひい、、、御ご御ごご覽らん覽らんらんぜぜぜまほしうまほしうまほしゅう思おぼし思おぼしおぼし召め召めめささされれれけれけれけれどもどもども、、、二きさら二きさらきさら月ぎ月ぎぎ、、、三やよ三やよやよ月ひ月ひいののの程ほど程ほどほどははは嵐あらし嵐あらしあらしはげしうはげしうはげしゅう、、、餘よ餘よよ寒かん寒かんかんももも未いま未いまいまだだだつきつきつきずずず、、、峯みね峯みねみねののの白しら白しらしら雪ゆき雪ゆきゆき消き消ききえええやらやらやらででで、、、谷たに谷たにたにのののつらゝつらゝつららもももうちうちうち解と解ととけけけずずず。。。かくかくかくててて春はる春はるはる過す過すすぎぎぎ夏なつ夏なつなつ立た立たたつつっててて、、、北きた北きたきた祭まつり祭まつりまつりももも過す過すすぎぎぎしかしかしかばばば、、、法ほふ法ほふほう皇わう皇わうおう夜よ夜よよをををこめこめこめててて、、、小を小をお原はら原はらはらののの奧おく奧おくおくへへへ御ご御ごご幸かう幸かうこうなるなるなる。。。忍しの忍しのしのびびびののの御ご御ごご幸かう幸かうこうなりなりなりけれけれけれどもどもども、、、供ぐ供ぐぐ奉ぶ奉ぶぶののの人ひと人ひとひと々びと々びとびとにににははは、、、德とく德とくとく大だい大だいだい寺じ寺じじ、、、花くわ花くわか山ざん山ざんざんののの院ゐん院ゐんいん、、、土つち土つちつち御み御みみ門かど門かどかど以い以いい下げ下げげ、、、公く公くく卿ぎやう卿ぎやうぎょう六ろく六ろくろく人にん人にんにん、、、殿てん殿てんてん上じやう上じやうじょう人びと人びとびと八はち八はちはち人にん人にんにん、、、北ほく北ほくほく面めん面めんめん少せう少せうしょう々せう々せうしょう候さぶら候さぶらさぶらひひいけりけりけり。。。鞍くら鞍くらくら馬ま馬まま通どほり通どほりどおりののの御ご御ごご幸かう幸かうこうなりなりなりけれけれければばば、、、かのかのかの淸きよ淸きよきよ原はら原はらはらののの深ふか深ふかふか養やぶ養やぶやぶ父ふ父ふふががが補ふ補ふふ陀だ陀だだ樂らく樂らくらく寺じ寺じじ、、、小を小をを野の野ののののの皇くわう皇くわうこう太たい太たいたい后こう后こうこう宮ぐう宮ぐうぐうののの舊きう舊きうきゅう跡せき跡せきせき叡えい叡えいえい覽らん覽らんらんあつあつあっててて、、、それそれそれよりよりより御おん御おんおん輿こし輿こしこしにににぞぞぞ召め召めめささされれれけるけるける。。。遠とほ遠とほとお山やま山やまやまにににかゝるかゝるかかる白しら白しらしら雲くも雲くもくもははは、、、散ち散ちちりりりにににししし花はな花はなはなのののかたみかたみかたみなりなりなり。。。靑あを靑あをあお葉ば葉ばばににに見み見みみゆるゆるゆる梢こずゑ梢こずゑこずえにににははは、、、春はる春はるはるののの名な名なな殘ごり殘ごりごりぞぞぞ惜を惜をおしましましまるゝるゝるる。。。頃ころ頃ころころははは卯う卯うう月づき月づきづき二は二はは十つ十つつ日か日かか餘あま餘あまあまりりりののの事こと事ことことなれなれなればばば、、、夏なつ夏なつなつ草くさ草くさくさのののしげみしげみしげみががが末すゑ末すゑすえをををわけわけわけ入い入いいらららせせせ給たま給たまたまふふうににに、、、始はじ始はじはじめめめたるたるたる御ご御ごご幸かう幸かうこうなれなれなればばば、、、御ご御ごご覽らん覽らんらんじじじ馴な馴ななれれれたるたるたる方かた方かたかたもももなくなくなく、、、人じん人じんじん跡せき跡せきせきたえたえたえたるたるたる程ほど程ほどほどももも思おぼし思おぼしおぼし召め召めめししし知し知ししららられれれてててあはれあはれあわれなりなりなり。。。
  2. 2西にし西にしにしののの山やま山やまやまののの麓ふもと麓ふもとふもとににに一いち一いちいち宇う宇ううののの御み御みみ堂だう堂だうどうありありあり。。。すなはちすなはちすなわち寂じやく寂じやくじゃく光くわう光くわうこう院ゐん院ゐんいんこれこれこれなりなりなり。。。ふるうふるうふるう造つく造つくつくりりりなせなせなせるるる泉せん泉せんせん水すゐ水すゐすい木こ木ここ立だち立だちだち、、、よしよしよしあるあるある樣やう樣やうようののの所ところ所ところところなりなりなり。。。甍いらか甍いらかいらか破やぶ破やぶやぶれれれてててははは霧きり霧きりきり不ふ不ふふ斷だん斷だんだんののの香かう香かうこうをををたきたきたき、、、扉とぼそ扉とぼそとぼそ落お落おおちちちてててははは月つき月つきつき常じやう常じやうじょう住ぢゆう住ぢゆうじゅうののの燈ともしび燈ともしびともしびをををかゝぐかゝぐかかぐともともとも、、、斯か斯かか樣やう樣やうようののの所ところ所ところところをををややや申まう申まうもうすすすべきべきべき。。。庭には庭にはにはののの若わか若わかわか草くさ草くさくさ茂しげ茂しげしげりりり合あ合ああひひい、、、靑あを靑あをあお柳やぎ柳やぎやぎ絲いと絲いといとををを亂みだ亂みだみだりりりつゝつゝつつ、、、池いけ池いけいけののの浮うき浮うきうき草くさ草くさくさ波なみ波なみなみににに漂たゞよ漂たゞよただよひひい、、、錦にしき錦にしきにしきををを晒さら晒さらさらすすすかかかとととあやまたあやまたあやまたるるる。。。中なか中なかなか島じま島じまじまののの松まつ松まつまつにににかゝれかゝれかかれるるる藤ふぢ藤ふぢふじ波なみ波なみなみののの、、、裏うら裏うらうら紫むらさき紫むらさきむらさきににに咲さ咲ささけけけるるる色いろ色いろいろ、、、靑あを靑あをあお葉ば葉ばばまじりまじりまじりののの遲おそ遲おそおそ櫻ざくら櫻ざくらざくら、、、はつはつはつ花はな花はなはなよりよりよりももも珍めづ珍めづめずらしくらしくらしく、、、岸きし岸きしきしののの山やま山やまやま吹ぶき吹ぶきぶき咲さ咲ささききき亂みだ亂みだみだれれれ、、、八や八やや重へ重へへ立た立たたつつつ雲くも雲くもくもののの絶た絶たたえええまままよりよりより、、、山やま山やまやま時ほとゝ時ほとゝほとと鳥ぎす鳥ぎすぎすののの一ひと一ひとひと聲こゑ聲こゑこえももも、、、君きみ君きみきみののの御み御みみ幸ゆき幸ゆきゆきををを待ま待ままちちちがほがほがおなりなりなり。。。法ほふ法ほふほう皇わう皇わうおうこれこれこれををを叡えい叡えいえい覽らん覽らんらんあつあつあっててて、、、かうかうこうぞぞぞあそばさあそばさあそばされれれけるけるける。。。
  3. 3池いけ池いけいけ水みづ水みづみずにににみぎはみぎはみぎわののの櫻さくら櫻さくらさくらちりちりちりしきしきしきててて波なみ波なみなみののの花はな花はなはなこそこそこそさかりさかりさかりなりなりなりけれけれけれ
  4. 4ふりふりふりにににけるけるける岩いは岩いはいわののの絶た絶たたえええまままよりよりより、、、落お落おおちちち來く來くくるるる水みづ水みづみずののの音おと音おとおとさへさへさへ故ゆゑ故ゆゑゆえびびび、、、よしよしよしあるあるある所ところ所ところところなりなりなり。。。綠りよく綠りよくりょく蘿ら蘿ららののの垣かき垣かきかき、、、翠すゐ翠すゐすい黛たい黛たいたいののの山やま山やまやま、、、繪ゑ繪ゑえにににかくかくかくともともとも筆ふで筆ふでふでももも及およ及およおよびびび難がた難がたがたししし。。。さてさてさて女によう女にようにょう院ゐん院ゐんいんののの御おん御おんおん庵あん庵あんあん室しつ室しつしつををを叡えい叡えいえい覽らん覽らんらんあるあるあるににに、、、軒のき軒のきのきにににははは蔦つた蔦つたつた、、、蕣あさがほ蕣あさがほあさがおはひはひはいかゝりかゝりかかり、、、しのぶしのぶしのぶまじりまじりまじりのののわすれわすれわすれ草ぐさ草ぐさぐさ、、、瓢へう瓢へうひょう簞たん簞たんたんしば〳〵しば〳〵しばしば空むな空むなむなししし、、、草さう草さうそう顏がん顏がんがん淵ゑん淵ゑんえんががが巷ちまた巷ちまたちまたにににしげくしげくしげく、、、藜れい藜れいれい藿かく藿かくかく深ふか深ふかふかくくく鎖とざ鎖とざとざせせせりりり、、、雨あめ雨あめあめ原げん原げんげん憲けん憲けんけんががが樞とぼそ樞とぼそとぼそををを濕うる濕うるうるほすほすおすともともともいひいひいいつつつべしべしべし。。。杉すぎ杉すぎすぎののの葺ふ葺ふふきききめめめもももまばらまばらまばらにににててて、、、時しぐ時しぐしぐ雨れ雨れれももも霜しも霜しもしもももも置お置おおくくく露つゆ露つゆつゆももも、、、洩も洩ももるるる月つき月つきつき影かげ影かげかげにににあらそひあらそひあらそいててて、、、たまるたまるたまるべしべしべしとととももも見み見みみえええざりざりざりけりけりけり。。。後うしろ後うしろうしろははは山やま山やまやま、、、前まへ前まへまえははは野の野ののべべべ、、、いざゝいざゝいざさ小を小をお篠ざゝ篠ざゝざさににに風かぜ風かぜかぜさわぎさわぎさわぎ、、、世よ世よよににに立た立たたたたたぬぬぬ身み身みみののの習なら習ならならひひいとととててて、、、うきうきうきふしふしふししげきしげきしげき竹たけ竹たけたけ柱ばしら柱ばしらばしら、、、都みやこ都みやこみやこののの方かた方かたかたのののおとづれおとづれおとずれははは、、、閒ま閒まま遠どほ遠どほどおにににゆへゆへゆえるるるませませませ垣がき垣がきがきややや、、、わづかわづかわずかににに言こと言ことこと問と問ととふふうものものものとととてててははは、、、峯みね峯みねみねににに木こ木ここ傳づた傳づたづたふふう猿さる猿さるさるののの聲こゑ聲こゑこえ、、、賤しづ賤しづしずががが爪つま爪つまつま木ぎ木ぎぎののの斧をの斧をのをのののの音おと音おとおと、、、これこれこれらららがががおとづれおとづれおとずれならならならでででははは、、、まさきまさきまさきのののかづらかづらかずら、、、靑あを靑あをあおつゞらつゞらつづら、、、來く來くくるるる人ひと人ひとひと稀まれ稀まれまれなるなるなる所ところ所ところところなりなりなり。。。
  5. 5法ほふ法ほふほう皇わう皇わうおう、、、「「「人ひと人ひとひとやややあるあるある、、、人ひと人ひとひとやややあるあるある。。。」」」ととと召め召めめささされれれけれけれけれどもどもども、、、御おん御おんおんいらへいらへいらえ申まう申まうもうすすす者もの者ものものもももなしなしなし。。。やゝやゝややあつあつあっててて老お老おおいいい衰おとろ衰おとろおとろへへえたるたるたる尼あま尼あまあま一ひと一ひとひと人り人りり參まゐ參まゐまいりりりたりたりたり。。。「「「女によう女にようにょう院ゐん院ゐんいんはははいづくいづくいずくへへへ御ご御ごご幸かう幸かうこうなりなりなりぬるぬるぬるぞぞぞ。。。」」」ととと仰おほ仰おほおおせせせけれけれければばば、、、「「「このこのこの上うへ上うへうえののの山やま山やまやまへへへ花はな花はなはな摘つ摘つつみみみにににいらいらいらせせせ給たま給たまたまひひいててて候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」ととと申まう申まうもうすすす。。。「「「さささこそこそこそ世よ世よよをををいとふいとふいとう御おん御おんおんならひならひならいとととはははいひいひいいながらながらながら、、、さやうさやうさようののの事こと事ことことににに仕つか仕つかつかへへえ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる人ひと人ひとひともももなきなきなきにににややや、、、御おん御おんおんいたはしういたはしういたわしゅうこそこそこそ。。。」」」ととと仰おほ仰おほおおせせせけれけれければばば、、、このこのこの尼あま尼あまあま申まう申まうもうしししけるけるけるははは、、、「「「五ご五ごご戒かい戒かいかい十じふ十じふじゅう善ぜん善ぜんぜんののの御おん御おんおん果くわ果くわか報はう報はうほうののの盡つ盡つつきききさせさせさせ給たま給たまたまふふうににに依よ依よよつつっててて、、、今いま今いまいま斯か斯かかかるかるかる御おん御おんおん目め目めめををを御ご御ごご覽らん覽らんらんぜぜぜられられられ候さふらふ候さふらふそうろうにににこそこそこそ。。。捨しや捨しやしゃ身しん身しんしんののの行ぎやう行ぎやうぎょうににに、、、なじかなじかなじかははは御おん御おんおん身み身みみををを惜を惜をおしましましませせせ給たま給たまたまひひい候さふらふ候さふらふそうろうべきべきべき。。。因いん因いんいん果ぐわ果ぐわが經きやう經きやうきょうにににははは、、、「「「欲よく欲よくよく知ち知ちち過くわ過くわか去こ去ここ因いん因いんいん、、、見けん見けんけん其ご其ごご現げん現げんげん在ざい在ざいざい果くわ果くわか、、、欲よく欲よくよく知ち知ちち未み未みみ來らい來らいらい果くわ果くわか、、、見けん見けんけん其ご其ごご現げん現げんげん在ざい在ざいざい因いん因いんいん。。。」」」ととと說と說ととかかかれれれたりたりたり、、、「「「過くわ過くわか去こ去ここ未み未みみ來らい來らいらいののの因いん因いんいん果ぐわ果ぐわがをををかねかねかねててて悟さと悟さとさとらららせせせたまひたまひたまいなななばばば、、、つや〳〵つや〳〵つやつや御おん御おんおん歎なげ歎なげなげきききあるあるあるべからべからべからずずず。。。昔むかし昔むかしむかし悉しつ悉しつしつ達だ達だだ太たい太たいたい子し子ししははは十じふ十じふじゅう九く九くくにににててて伽か伽かか耶や耶やや城じやう城じやうじょうををを出い出いいでででててて、、、檀だん檀だんだん特とく特とくとく山せん山せんせんののの麓ふもと麓ふもとふもとにににててて、、、木こ木ここののの葉は葉ははをををつらねつらねつらねててて肌はだへ肌はだへはだえををを隱かく隱かくかくししし、、、峯みね峯みねみねににに上のぼ上のぼのぼつつっててて薪たきゞ薪たきゞたきぎををを採と採ととりりり、、、谷たに谷たにたにににに下お下おおりりりててて水みづ水みづみずををを掬むす掬むすむすびびび、、、難なん難なんなん行ぎやう行ぎやうぎょう苦く苦くく行ぎやう行ぎやうぎょうののの功こう功こうこうににに依よ依よよつつってててこそこそこそ、、、遂つひ遂つひついににに成じやう成じやうじょう等どう等どうどう正しやう正しやうしょう覺がく覺がくがくししし給たま給たまたまひひいききき。。。」」」とととぞぞぞ申まう申まうもうしししけるけるける。。。
  6. 6このこのこの尼あま尼あまあまのののありさまありさまありさまををを御ご御ごご覽らん覽らんらんずずずれれればばば、、、身み身みみにににははは絹けん絹けんけん布ぷ布ぷぷのののわきわきわきももも見み見みみえええぬぬぬものものものををを、、、結むす結むすむすびびび集あつ集あつあつめめめてててぞぞぞ著き著ききたりたりたりけるけるける。。。あのあのあのありさまありさまありさまにににてててももも、、、かやうかやうかようののの事こと事ことこと申まう申まうもうすすす不ふ不ふふ思し思しし議ぎ議ぎぎさささよよよとととおぼしめしおぼしめしおぼしめしててて、、、「「「そも〳〵そも〳〵そもそも汝なんぢ汝なんぢなんじはははいかなるいかなるいかなる者もの者ものものぞぞぞ。。。」」」ととと仰おほ仰おほおおせせせけれけれければばば、、、このこのこの尼あま尼あまあまさめ〴〵さめ〴〵さめざめととと泣な泣なないいいててて、、、しばししばししばしははは御おん御おんおん返へん返へんへん事じ事じじにににももも及およ及およおよばばばずずず。。。やゝやゝややあつあつあっててて涙なみだ涙なみだなみだをををおさへおさへおさえててて、、、「「「申まう申まうもうすすすにににつけつけつけてててはゞかりはゞかりはばかり覺おぼ覺おぼおぼえええ候さふら候さふらそうらへへえどもどもども、、、故こ故ここ少せう少せうしょう納な納なな言ごん言ごんごん入にふ入にふにゅう道だう道だうどう信しん信しんしん西ぜい西ぜいぜいががが女むすめ女むすめむすめ、、、阿あ阿ああ波は波ははののの内ない内ないない侍し侍ししととと申まう申まうもうすすす者もの者ものものにににててて候さふらふ候さふらふそうろうなりなりなり。。。母はゝ母はゝははははは紀き紀きき伊い伊いいののの二に二にに位ゐ位ゐい、、、さしもさしもさしも御おん御おんおんいとほしみいとほしみいとおしみ深ふか深ふかふこうううこそこそこそ候さふら候さふらそうらひひいしししににに、、、御ご御ごご覽らん覽らんらんじじじ忘わす忘わすわすれれれさせさせさせたまふたまふたまうにににつけつけつけてててももも、、、身み身みみののの衰おとろ衰おとろおとろへへえぬるぬるぬる程ほど程ほどほど思おも思おもおもひひい知し知ししららられれれててて、、、今いま今いまいま更さら更さらさらせせせんんん方かた方かたかたなうなうのうこそこそこそ候さふら候さふらそうらへへえ。。。」」」とととててて、、、袖そで袖そでそでををを顏かほ顏かほかおにににおしおしおし當あ當ああてててててて忍しの忍しのしのびびびあへあへあえぬぬぬ樣さま樣さまさま、、、目め目めめももも當あ當ああてててられられられずずず。。。法ほふ法ほふほう皇わう皇わうおう、、、「「「げにげにげにももも汝なんぢ汝なんぢなんじははは阿あ阿ああ波は波ははののの内ない内ないない侍し侍ししにににてててあるあるある、、、ござんござんござんなれなれなれ、、、御ご御ごご覽らん覽らんらんじじじ忘わす忘わすわすれれれさせさせさせ給たま給たまたまふふうぞぞぞかしかしかし。。。何なに何なになに事ごと事ごとごとにににつけつけつけてててももも、、、たゞたゞただ夢ゆめ夢ゆめゆめとととのみのみのみこそこそこそ思おぼし思おぼしおぼし召め召めめせせせ。。。」」」とととててて、、、御おん御おんおん涙なみだ涙なみだなみだせきせきせきあへあへあえさせさせさせ給たま給たまたまははわねねねばばば、、、供ぐ供ぐぐ奉ぶ奉ぶぶののの公く公くく卿ぎやう卿ぎやうぎょう、、、殿てん殿てんてん上じやう上じやうじょう人びと人びとびとももも、、、不ふ不ふふ思し思しし議ぎ議ぎぎののの事こと事ことこと申まう申まうもうすすす尼あま尼あまあまかなかなかなととと思おも思おもおもひひいたれたれたればばば、、、ことわりことわりことわりにににててて申まう申まうもうしししけりけりけりとととぞぞぞ、、、各おの各おのおの々おの々おのおの感かん感かんかんじじじあはあはあわれれれけるけるける。。。
  7. 7さてさてさてかなたかなたかなたこなたこなたこなたををを叡えい叡えいえい覽らん覽らんらんあるあるあるににに、、、庭には庭にはにはののの千ち千ちち草ぐさ草ぐさぐさ露つゆ露つゆつゆ重おも重おもおもくくく、、、籬まがき籬まがきまがきににに倒たふ倒たふたおれれれかゝりかゝりかかりつゝつゝつつ、、、外そと外そとそと面も面ももののの小を小をお田だ田だだももも水みづ水みづみず越こ越ここえええててて、、、鴫しぎ鴫しぎしぎ立た立たたつつつ隙ひま隙ひまひまももも見み見みみえええわかわかわかずずず。。。さてさてさて女によう女にようにょう院ゐん院ゐんいんののの御おん御おんおん庵あん庵あんあん室しつ室しつしつへへへ入い入いいらららせせせおはしましおはしましおわしまし、、、障しやう障しやうしょう子じ子じじををを引ひ引ひひきききあけあけあけててて叡えい叡えいえい覽らん覽らんらんあるあるあるににに、、、一ひと一ひとひと閒ま閒ままにににははは來らい來らいらい迎がう迎がうごうののの三さん三さんさん尊ぞん尊ぞんぞんおはしますおはしますおわします。。。中ちう中ちうちゅう尊ぞん尊ぞんぞんののの御み御みみ手て手ててにににははは五ご五ごご色しき色しきしきののの絲いと絲いといとをををかけかけかけられられられたりたりたり。。。左ひだり左ひだりひだりににに普ふ普ふふ賢げん賢げんげんののの繪ゑ繪ゑえ像ざう像ざうぞう、、、右みぎ右みぎみぎににに善ぜん善ぜんぜん導だう導だうどう和くわ和くわか尙しやう尙しやうしょう、、、竝ならび竝ならびならびににに先せん先せんせん帝てい帝ていていののの御み御みみ影えい影えいえいをををかけかけかけ、、、八はち八はちはち軸ぢく軸ぢくじくののの妙めう妙めうみょう文もん文もんもん、、、九く九くく帖でふ帖でふじょうののの御ご御ごご書しよ書しよしょももも置お置おおかかかれれれたりたりたり。。。蘭らん蘭らんらん麝じや麝じやじゃのののにほひにほひにおいににに引ひ引ひひきききかへかへかえててて、、、香かう香かうこうののの煙けぶり煙けぶりけぶりぞぞぞ立た立たたちちち上のぼ上のぼのぼるるる。。。かのかのかの淨じやう淨じやうじょう名みやう名みやうみょう居こ居ここ士じ士じじののの、、、方はう方はうほう丈ぢやう丈ぢやうじょうののの室しつ室しつしつののの内うち内うちうちににに三さん三さんさん萬まん萬まんまん二に二にに千せん千せんせんののの床ゆか床ゆかゆかををを竝なら竝ならならべべべ、、、十じつ十じつじっ方ぱう方ぱうぽうののの諸しよ諸しよしょ佛ぶつ佛ぶつぶつををを請しやう請しやうしょうじじじたまひたまひたまいけんけんけんももも、、、かくかくかくやややとととぞぞぞ覺おぼ覺おぼおぼえええけるけるける。。。障しやう障しやうしょう子じ子じじにににははは、、、諸しよ諸しよしょ經きやう經きやうきょうののの要えう要えうよう文もん文もんもんどもどもども、、、色しき色しきしき紙し紙ししににに書か書かかいいいててて所しよ所しよしょ々しよ々しよしょにににおさおさおされれれたりたりたり。。。そのそのその中なか中なかなかににに大おほ大おほおお江え江ええののの定さだ定さださだ基もと基もともと法ほふ法ほふほう師し師ししががが、、、淸しやう淸しやうしょう涼りやう涼りやうりょう山せん山せんせんにににしししててて詠えい詠えいえいじじじたりたりたりけんけんけん、、、「「「笙せい笙せいせい歌か歌かかはるかはるかはるかににに聞きこ聞きこきこゆゆゆ孤こ孤ここ雲うん雲うんうんののの上うへ上うへうえ、、、聖しやう聖しやうしょう衆じゆ衆じゆじゅ來らい來らいらい迎がう迎がうごうすすす落らく落らくらく日じつ日じつじつののの前まへ前まへまえ。。。」」」とととももも書か書かかかかかれれれたりたりたり。。。少すこ少すこすこししし引ひ引ひひきききのけのけのけててて、、、女によう女にようにょう院ゐん院ゐんいんののの御おん御おんおん歌うた歌うたうたとととおぼしくおぼしくおぼしくててて、、、
  8. 8思おも思おもおもひひいきききややや深み深みみ山やま山やまやまののの奧おく奧おくおくにににすまひすまひすまいしししててて雲くも雲くもくも居ゐ居ゐいののの月つき月つきつきをををよそよそよそににに見み見みみむむんとととははは
  9. 9さてさてさて傍かたはら傍かたはらかたわらををを叡えい叡えいえい覽らん覽らんらんあるあるあるににに、、、御ご御ごご寢しん寢しんしん所じよ所じよじょとととおぼしくおぼしくおぼしくててて、、、竹たけ竹たけたけののの御おん御おんおん竿さを竿さをさおににに麻あさ麻あさあさののの御おん御おんおん衣ころも衣ころもころも、、、紙かみ紙かみかみのののふすまふすまふすまなんどなんどなんど掛か掛かかけけけられられられたりたりたり。。。さしもさしもさしも本ほん本ほんほん朝てう朝てうちょう、、、漢かん漢かんかん土ど土どどののの妙たへ妙たへたえなるなるなるたぐひたぐひたぐい數かず數かずかずをををつくしつくしつくし、、、綾りよう綾りようりょう羅ら羅らら錦きん錦きんきん繡しう繡しうしゅうのののよそほひよそほひよそおいももも、、、さながらさながらさながら夢ゆめ夢ゆめゆめにににぞぞぞなりなりなりにににけるけるける。。。法ほふ法ほふほう皇わう皇わうおう御おん御おんおん涙なみだ涙なみだなみだををを流なが流ながながさささせせせ給たま給たまたまへへえばばば、、、供ぐ供ぐぐ奉ぶ奉ぶぶののの公く公くく卿ぎやう卿ぎやうぎょう、、、殿てん殿てんてん上じやう上じやうじょう人びと人びとびとももも、、、まのあたりまのあたりまのあたり見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりししし事こと事ことことどもどもども、、、今いま今いまいまのののやうやうようににに覺おぼ覺おぼおぼえええててて、、、みなみなみな袖そで袖そでそでをををぞぞぞしぼらしぼらしぼられれれけるけるける。。。やゝやゝややあつあつあっててて上うへ上うへうえののの山やま山やまやまよりよりより、、、濃こ濃ここききき墨すみ墨すみすみ染ぞめ染ぞめぞめののの衣ころも衣ころもころも著き著ききたりたりたりけるけるける尼あま尼あまあま二ふた二ふたふた人り人りり、、、岩いは岩いはいわのののがけぢがけぢがけじををを傳つた傳つたつたひひいつゝつゝつつ、、、下お下おおりりり煩わづら煩わづらわずらひひいたるたるたるさまさまさまなりなりなりけりけりけり。。。法ほふ法ほふほう皇わう皇わうおう、、、「「「あれあれあれはははいかなるいかなるいかなるものものものぞぞぞ。。。」」」ととと仰おほ仰おほおおせせせけれけれければばば、、、老らう老らうろう尼に尼にに涙なみだ涙なみだなみだをををおさへおさへおさえててて、、、「「「花はな花はなはな筐がたみ筐がたみがたみ臂ひぢ臂ひぢひじにににかけかけかけ、、、岩いは岩いはいわ躑つゝ躑つゝつつ躅じ躅じじ取と取ととりりり具ぐ具ぐぐしししててて、、、持も持ももたたたせせせ給たま給たまたまひひいててて候さふらふ候さふらふそうろうははは、、、女によう女にようにょう院ゐん院ゐんいんにににててて渡わた渡わたわたらららせせせ給たま給たまたまひひい候さふらふ候さふらふそうろう。。。爪つま爪つまつま木ぎ木ぎぎににに薇わらび薇わらびわらび折を折をおりりりそへそへそえててて持も持ももちちちたるたるたるははは、、、鳥とり鳥とりとり飼かひ飼かひかいののの中ちう中ちうちゅう納な納なな言ごん言ごんごん維これ維これこれ實ざね實ざねざねががが女むすめ女むすめむすめ、、、五ご五ごご條でう條でうじょうののの大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごん國くに國くにくに綱つな綱つなつなののの養やう養やうよう子じ子じじ、、、先せん先せんせん帝てい帝ていていののの御おん御おんおん乳めの乳めのめの母と母とと、、、大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごんののの佐すけ佐すけすけののの局つぼね局つぼねつぼね。。。」」」ととと申まう申まうもうしししもももあへあへあえずずず泣な泣ななきききにににけりけりけり。。。法ほふ法ほふほう皇わう皇わうおう御おん御おんおん涙なみだ涙なみだなみだををを流なが流ながながさささせせせ給たま給たまたまへへえばばば、、、供ぐ供ぐぐ奉ぶ奉ぶぶののの公く公くく卿ぎやう卿ぎやうぎょう、、、殿てん殿てんてん上じやう上じやうじょう人びと人びとびとももも、、、みなみなみな袖そで袖そでそでをををぞぞぞぬらさぬらさぬらされれれけるけるける。。。
  10. 10女によう女にようにょう院ゐん院ゐんいんははは世よ世よよをををいとふいとふいとう御おん御おんおんならひならひならいととといひいひいいながらながらながら、、、今いま今いまいま斯か斯かかかるかるかるありさまありさまありさまををを見み見みみえええ參まゐ參まゐまいらららせせせんんんずらんずらんずらん恥はづ恥はづはずかしさかしさかしさよよよ。。。消き消ききえええももも失う失ううせせせばやばやばやととと思おぼし思おぼしおぼし召め召めめせせせどもどもどもかひかひかいぞぞぞなきなきなき。。。宵よひ宵よひよい々よひ々よひよいごとごとごとののの閼あ閼ああ伽か伽かかののの水みづ水みづみず、、、むすぶむすぶむすぶ袂たもと袂たもとたもともももしをるゝしをるゝしおるるににに、、、曉あかつき曉あかつきあかつき起おき起おきおきののの袖そで袖そでそでののの上うへ上うへうえ、、、山やま山やまやま路ぢ路ぢじののの露つゆ露つゆつゆももも繁しげ繁しげしげくくくしししててて、、、しぼりしぼりしぼりやややかねかねかねさせさせさせ給たま給たまたまひひいけんけんけん、、、山やま山やまやまへへへもももかへらかへらかえらせせせ給たま給たまたまははわずずず、、、またまたまた御おん御おんおん庵あん庵あんあん室しつ室しつしつへへへももも入い入いいらららせせせおはしまさおはしまさおわしまさずずず、、、あきれあきれあきれててて立た立たたたたたせせせまし〳〵まし〳〵ましましたるたるたる所ところ所ところところににに、、、内ない内ないない侍し侍ししののの尼あま尼あまあま參まゐ參まゐまいりりりつゝつゝつつ、、、花はな花はなはな筐がたみ筐がたみがたみをををばばば賜たま賜たまたまはりはりわりけりけりけり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

こうしているうちに、法皇は文治二年の春ごろ、建礼門院の大原の閑居のお住まいをご覧になりたいと思われたが、二月、三月のころは嵐が激しく、余寒もまだ去らず、峰の白雪も消えきらず、谷のつららも解けない。こうして春が過ぎ夏になって、賀茂の祭も過ぎたので、法皇は夜深くに大原の奥へ御幸なさった。お忍びの御幸ではあったが、お供には徳大寺・花山院・土御門以下、公卿六人、殿上人八人、北面の武士が少々お仕えした。鞍馬街道を通る御幸だったので、あの清原深養父の補陀落寺や小野の皇太后宮の旧跡をご覧になって、そこから御輿にお乗りになった。遠い山にかかる白雲は、散った花の形見である。青葉に見える梢には、春の名残が惜しまれる。ころは四月二十日過ぎのことなので、夏草の茂みの奥を分け入っていかれると、初めての御幸なので見慣れた所もなく、人跡の絶えたさまも思い知られて哀れである。

西の山の麓に一棟の御堂がある。これがすなわち寂光院である。古風に造った池や木立は、由緒ありげな所である。「屋根瓦が破れては霧が絶え間なく香をたき、扉が落ちては月が常夜灯をかかげる」とは、このような所をいうのであろうか。庭の若草は茂り合い、青柳は糸を乱したようになびき、池の浮草は波に漂い、錦を晒したかと見まがうほどである。中島の松にかかった藤の花房の裏紫に咲く色、青葉にまじる遅桜は初花よりも珍しく、岸の山吹は咲き乱れ、幾重にも立つ雲の切れ間から聞こえる山時鳥の一声も、君の御幸を待っていたかのようである。法皇はこれをご覧になって、このようにお詠みになった。

池の水に、水際の桜が散り敷いて、波の花こそ今が盛りであることよ。

古びた岩の切れ目から落ちてくる水の音までも趣深く、由緒ありげな所である。緑のつたかずらの垣、青黒い山の色は、絵に描こうとしても筆が及ばない。さて女院の御庵室をご覧になると、軒には蔦や朝顔が這いかかり、しのぶ草にまじって忘れ草が生え、「瓢箪はしばしば空しく、草は顔淵の巷に茂り、藜や藿は深く戸を閉ざし、雨は原憲の扉を濡らす」とも言えそうである。杉の葺き目もまばらで、時雨も霜も置く露も、漏れる月の光と争うように入りこみ、防げそうにも見えない。後ろは山、前は野辺で、いざさの小笹に風が騒ぎ、世に出ない身のならいとして、つらいことの多い竹の柱、都からの便りは間遠く、間を置いて結んだ籬のようで、わずかに訪れてくるものといえば、峰の木を伝う猿の声と、賤しい者が薪を切る斧の音、これらのほかは、まさきのかずらや青つづらが這うばかりで、来る人もまれな所である。

法皇が「誰かいるか、誰かいるか」とお呼びになったが、お返事申す者もいない。しばらくして老い衰えた尼が一人参った。「女院はどこへお出かけになったのか」と仰せになると、「この上の山へ花摘みにお出かけになっております」と申す。「いくら世をいとうお暮らしとはいえ、そのような事をしてお仕えする人もいないのか。おいたわしいことだ」と仰せになると、この尼が申すには、「五戒十善の御果報が尽きなさったので、今このような目をご覧になっておられるのでございましょう。捨身の行に、どうして御身を惜しまれることがございましょう。因果経には『過去の因を知ろうと思えば、現在の果を見よ。未来の果を知ろうと思えば、現在の因を見よ』と説かれております。過去と未来の因果をあらかじめ悟っておられれば、少しもお嘆きになることはありません。昔、悉達太子は十九歳で伽耶城を出て、檀特山の麓で木の葉を綴って肌を隠し、峰に登って薪を採り、谷に下りて水を汲み、難行苦行の功によってこそ、ついに正しい悟りを得られたのです」と申した。

この尼の姿をご覧になると、身には絹とも布とも見分けのつかないものを結び集めて着ていた。あのような姿でありながら、このようなことを申すのは不思議なことだと思われて、「そもそもおまえは何者か」と仰せになると、この尼はさめざめと泣いて、しばらくはお返事もできなかった。しばらくして涙をおさえて、「申し上げるのもはばかられますが、故少納言入道信西の娘で、阿波の内侍と申す者でございます。母は紀伊の二位で、あれほどお目をかけていただいておりましたのに、お見忘れになるにつけても、わが身の衰えたほどが思い知られて、今さらどうしようもございません」と言って、袖を顔に押し当てて忍びきれない様子は、見ていられないほどであった。法皇は「本当におまえは阿波の内侍であったのか。見忘れていたことよ。何事につけても、ただ夢とばかり思われる」と言って涙をおさえきれなかったので、お供の公卿や殿上人も、不思議なことを申す尼だと思っていたが、もっともなことを申していたのだと、皆感じ入った。

さてあちらこちらをご覧になると、庭の千草は露が重く、籬に倒れかかり、家の外の小田も水があふれて、鴫の立つすき間も見分けられない。さて女院の御庵室にお入りになり、障子を引き開けてご覧になると、一間には来迎の三尊がいらっしゃる。中尊の御手には五色の糸が掛けられている。左には普賢菩薩の絵像、右には善導和尚と先帝の御影を掛け、八巻の法華経、九帖の御書も置かれている。蘭や麝香の匂いにかわって、香の煙が立ちのぼっている。あの維摩居士が方丈の部屋の中に三万二千の座を並べ、十方の諸仏を招かれたというのも、このようであったかと思われた。障子には諸経の要文を色紙に書いて、あちこちに貼ってある。その中に大江定基法師が清涼山で詠んだという「笙歌はるかに聞こゆ孤雲の上、聖衆来迎す落日の前」という句も書かれていた。少し離れて、女院の御歌と思われるものに、

思いもしなかった。深い山の奥に住んで、宮中で見た月をよそながら眺めることになろうとは。

さてかたわらをご覧になると、寝所と思われる所に、竹の竿に麻の御衣や紙の夜具などが掛けてあった。あれほど本朝と漢土のすぐれた品々を尽くし、綾羅錦繍で装っていたのも、すっかり夢になってしまったのである。法皇が涙を流されると、お供の公卿や殿上人も、まのあたりに見申し上げた昔のことが今のように思われて、皆袖を絞った。しばらくして上の山から、濃い墨染の衣を着た尼が二人、岩の崖道を伝いながら、下りかねている様子であった。法皇が「あれは何者か」と仰せになると、老尼が涙をおさえて、「花籠を臂にかけ、岩つつじを取り添えて持っていらっしゃるのが女院でいらっしゃいます。薪に蕨を折り添えて持っているのは、鳥飼の中納言維実の娘で、五条大納言国綱の養女、先帝の御乳母の大納言佐の局です」と申しも終わらないうちに泣きだした。法皇が涙を流されると、お供の公卿や殿上人も皆袖を濡らした。

女院は、世をいとうお暮らしとはいいながら、今このようなありさまをお見せ申すことになろうとは恥ずかしいことよ、消えてしまいたいと思われたが、どうしようもない。夜ごとの閼伽の水を汲む袂も濡れしおれているのに、暁に起きる袖の上には山路の露もしげく、絞りかねておられたのであろうか、山へもお帰りにならず、また御庵室へもお入りにならず、途方にくれて立っておられるところへ、内侍の尼が参って、花籠をお受け取りした。

意訳

後白河法皇が大原の寂光院を訪ねる「大原御幸」は、灌頂巻の中心となる場面である。前半では、晩春から初夏へ移る山里の景色が美しい対句で描かれ、法皇の歌によって寂光院の閑かな趣が示される。

粗末な身なりの老尼が仏法を説き、実は信西の娘阿波の内侍であったと明かされる場面は、栄華と零落の落差を印象づける。庵室の来迎三尊や先帝の御影、障子の要文は、女院の仏道一筋の暮らしを語る。花籠を手に山から下りてきた女院が、変わり果てた姿を法皇に見られることを恥じて立ちつくす結びは、次の「六道の沙汰」へと続いていく。

語釈・文法注

文法

「北祭」
賀茂祭(葵祭)。石清水の南祭に対していう。四月の中の酉の日に行われた。
「甍破れては霧不斷の香をたき、扉落ちては月常住の燈をかゝぐ」
荒れた寺のさまをいう漢詩風の対句。
「待ちがほなり」
待っているような様子である。
「瓢簞しば〳〵空し、草顏淵が巷にしげく、藜藿深く鎖せり、雨原憲が樞を濕ほす」
『和漢朗詠集』の句による。貧しくとも道を楽しんだ孔子の弟子顔淵・原憲の住まいにたとえる。
「閒遠にゆへるませ垣」
間をあけて結った籬。都からの便りがまれなことを掛ける。
「五戒十善の御果報」
前世に五戒・十善を守った報いとしての、帝王の家に生まれる果報。
「欲知過去因、見其現在果、欲知未來果、見其現在因」
過去の因を知ろうと思えば今の果を見よ、未来の果を知ろうと思えば今の因を見よ。
「と說かれたり、「過去未來の因果を」
底本は「說かれたり」の後に「、「」を刷り、閉じの「」」は「給ひき。」の後の一つだけである。
「絹布のわきも見えぬもの」
絹か布か見分けもつかないような粗末な衣。
「ござんなれ」
「にこそあるなれ」のつまった形。であったのだな。
「來迎の三尊」
阿弥陀如来と観音・勢至の二菩薩。臨終の人を迎えに来る姿の像。
「八軸の妙文」
八巻の『法華経』。
「九帖の御書」
善導の著作九帖。
「淨名居士の、方丈の室の内に三萬二千の床を竝べ」
維摩居士が一丈四方の部屋に三万二千の師子座を並べたという『維摩経』の話。
「笙歌はるかに聞ゆ孤雲の上、聖衆來迎す落日の前」
大江定基(寂照)が入宋して清涼山で詠んだと伝える詩句。極楽往生の情景。
「花筐」
花を摘んで入れる籠。

和歌

池水にみぎはの櫻ちりしきて波の花こそさかりなりけれ

詠者
後白河法皇
状況
寂光院の庭の池に、岸の遅桜が散り敷いているのを見て詠んだ。

修辞

波の花
白い波を花にたとえる語に、水面に散った桜の花びらを重ねる。

思ひきや深山の奧にすまひして雲居の月をよそに見むとは

詠者
建礼門院
状況
寂光院の庵室の障子に書かれていた女院の歌。

修辞

思ひきや
思っただろうか、いや思いもしなかった。反語。
雲居の月
宮中で見た月。雲居は宮中の意を掛ける。

解説

後白河法皇の大原御幸は文治二年(1186)四月のことと伝えられ、謡曲「大原御幸」の題材にもなった。阿波の内侍は藤原信西(通憲)の娘とされるが、孫とする説もある。寂光院は平成十二年(2000)の火災で本堂を焼失したが、のちに再建された。

関連

出典

底本
『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、858–862頁(コマ458–460)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日