古典ライブラリー

平家物語 巻第十二

六代の事

鎌倉殿の代官として都を守る北条時政は、平家の子孫の男子を一人残らず探し出させた。維盛の嫡子六代は、ある女房の密告で嵯峨の菖蒲谷に隠れているのを見つけられ、母や乳母の嘆きの中、六波羅へ連れて行かれた。乳母は高雄の文覚上人を訪ねて助命を頼み、文覚は時政に二十日の猶予を求めて鎌倉へ下った。しかし約束の日が過ぎても文覚は戻らず、時政は六代を連れて東へ下った。駿河の千本の松原でついに斬られようとしたとき、墨染の僧が馬を馳せて来て頼朝の御教書を差し出し、六代の命は救われた。

  1. 1さるさるさる程ほど程ほどほどににに北ほう北ほうほう條でう條でうじょうののの四し四しし郎らう郎らうろう時とき時ときとき政まさ政まさまさははは鎌かま鎌かまかま倉くら倉くらくら殿どの殿どのどのののの御おん御おんおん代だい代だいだい官くわん官くわんかんににに、、、都みやこ都みやこみやこののの守しゆ守しゆしゅ護ご護ごごしししててて候さぶら候さぶらさぶらははわれれれけるけるけるががが、、、平へい平へいへい家け家けけののの子し子しし孫そん孫そんそんととといはいはいわんんん人ひと人ひとひと、、、男なん男なんなん子し子ししにににおいおいおいてててははは一いち一いちいち人にん人にんにんももも漏も漏ももらさらさらさずずず、、、尋たづ尋たづたずねねね出いだ出いだいだしししたらたらたらんんん輩ともがら輩ともがらともがらにににははは、、、所しよ所しよしょ望まう望まうもうははは請こ請ここふふうににに依よ依よよるるるべしべしべしととと披ひ披ひひ露ろう露ろうろうせせせらるらるらる。。。京きやう京きやうきょう中ぢゆう中ぢゆうじゅうののの上じやう上じやうじょう下げ下げげ、、、案あん案あんあん内ない内ないないははは知し知ししつつったりたりたり、、、勸けん勸けんけん賞じやう賞じやうじょう蒙かうぶ蒙かうぶこうぶらららんんんとととててて、、、尋たづ尋たづたずねねね求もと求もともとむるむるむるこそこそこそうたてうたてうたてけれけれけれ。。。斯か斯かかかりかりかりしかしかしかばばば幾いく幾いくいく等ら等ららももも尋たづ尋たづたずねねね出いだ出いだいだささされれれたりたりたり。。。下げ下げげ臈らふ臈らふろうののの子こ子ここなれなれなれどもどもども、、、色いろ色いろいろ白じろ白じろじろうううみめみめみめよきよきよきをををばばば、、、あれあれあれははは何なに何なになにののの中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう殿どの殿どのどのののの若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみ、、、かのかのかの少せう少せうしょう將しやう將しやうしょう殿どの殿どのどのののの公きん公きんきん達だち達だちだちなどなどなどいふいふいう閒あひだ閒あひだあいだ、、、父ちゝ父ちゝちち母はゝ母はゝはは歎なげ歎なげなげききき悲かな悲かなかなしめしめしめどもどもども、、、彼あれ彼あれあれははは乳めの乳めのめの母と母ととががが申まう申まうもうししし候さふらふ候さふらふそうろう、、、此これ此これこれははは介かい介かいかい錯しやく錯しやくしゃくののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうがががなんどなんどなんど申まう申まうもうしししててて、、、むげむげむげににに幼をさな幼をさなおさなきききをををばばば水みづ水みづみずににに入い入いいれれれ、、、土つち土つちつちににに埋うづ埋うづうずみみみ、、、少すこ少すこすこしししおとなしきおとなしきおとなしきをををばばば押おし押おしおし殺ころ殺ころころししし、、、さしさしさし殺ころ殺ころころすすす。。。母はゝ母はゝははののの悲かな悲かなかなしみしみしみ乳めの乳めのめの母と母ととががが歎なげ歎なげなげききき、、、譬たと譬たとたとへへえんんん方かた方かたかたぞぞぞなかりなかりなかりけるけるける。。。北ほう北ほうほう條でう條でうじょうももも子し子しし孫そん孫そんそんさすがさすがさすが廣ひろ廣ひろひろけれけれければばば、、、これこれこれをををいみじいみじいみじとととははは思おも思おもおもははわねねねどもどもども、、、世よ世よよににに從したが從したがしたがふふう習なら習ならならひひいなれなれなればばば力ちから力ちからちから及およ及およおよばばばずずず。。。
  2. 2中なか中なかなかにににももも小こ小ここ松まつ松まつまつののの三さん三さんさん位み位みみののの中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう維これ維これこれ盛もり盛もりもりののの卿きやう卿きやうきょうののの若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみ六ろく六ろくろく代だい代だいだい御ご御ごご前ぜん前ぜんぜんとととててて、、、年とし年としとしももも少すこ少すこすこしししおとなしうおとなしうおとなしゅうましますましますまします。。。そのそのその上うへ上うへうえ平へい平へいへい家け家けけののの嫡ちやく嫡ちやくちゃく々ちやく々ちやくちゃくにににててておはしおはしおわしけれけれければばば、、、いかにいかにいかにもももしししててて取と取ととりりり奉たてまつ奉たてまつたてまつつつっててて失うしな失うしなうしなははわんんんとととててて、、、手て手ててををを分わ分わわけけけててて尋たづ尋たづたずねねねけれけれけれどもどもども、、、求もと求もともとめめめかねかねかねててて、、、既すで既すですでににに空むな空むなむなしうしうしゅう下くだ下くだくだらららんんんとととしししけるけるける所ところ所ところところににに、、、あるあるある女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうののの、、、六ろく六ろくろく波は波はは羅ら羅ららににに參まゐ參まゐまいつつっててて申まう申まうもうしししけるけるけるははは、、、「「「これこれこれよりよりより西にし西にしにし、、、遍へん遍へんへん昭ぜう昭ぜうじょう寺じ寺じじののの奧おく奧おくおく、、、大だい大だいだい覺かく覺かくかく寺じ寺じじととと申まう申まうもうすすす山やま山やまやま寺でら寺でらでらののの北きた北きたきた、、、菖しやう菖しやうしょう蒲ぶ蒲ぶぶ谷だに谷だにだにととと申まう申まうもうすすす所ところ所ところところにににこそこそこそ、、、小こ小ここ松まつ松まつまつののの三さん三さんさん位み位みみののの中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう維これ維これこれ盛もり盛もりもりののの卿きやう卿きやうきょうののの北きた北きたきたののの方かた方かたかた、、、若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみ、、、姫ひめ姫ひめひめ君ぎみ君ぎみぎみ、、、忍しの忍しのしのうでうでうでましますましますましますなれなれなれ。。。」」」ととといひいひいいけれけれければばば、、、北ほう北ほうほう條でう條でうじょう嬉うれ嬉うれうれしきしきしき事こと事ことことをををももも聞き聞きききききぬぬぬととと思おも思おもおもひひい、、、かしこかしこかしこへへへ人ひと人ひとひとををを遣つか遣つかつかははわしししててて、、、そのそのそのほとりほとりほとりををを窺うかゞ窺うかゞうかがはせはせわせけるけるける程ほど程ほどほどににに、、、あるあるある坊ばう坊ばうぼうににに女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうたちたちたちあまたあまたあまた、、、幼をさな幼をさなおさなききき人ひと人ひとひと々びと々びとびと、、、ゆゝしうゆゝしうゆゆしゅう忍しの忍しのしのうだるうだるうだる體てい體ていていにににててて住すま住すますまははわれれれたりたりたり。。。籬まがき籬まがきまがきののの閒ひま閒ひまひまよりよりよりのぞいのぞいのぞいててて見み見みみれれればばば、、、白しろ白しろしろいいい犬いぬ犬いぬいぬののの子こ子ここののの庭には庭にはにはへへへ走はし走はしはしりりり出い出いいでででたるたるたるををを捉と捉ととらららんんんとととててて、、、世よ世よよににに美うつく美うつくうつくしきしきしき若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみののの續つゞ續つゞつづいいいててて出い出いいででで給たま給たまたまひひいけるけるけるををを、、、乳めの乳めのめの母と母ととののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうとととおぼしくおぼしくおぼしくててて、、、「「「あなあなあなあさましあさましあさまし、、、人ひと人ひとひともももこそこそこそ見み見みみ參まゐ參まゐまいらららせせせ候さふら候さふらそうらへへえ。。。」」」とととててて、、、いそぎいそぎいそぎ引ひき引ひきひき入い入いいれれれ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる。。。これこれこれぞぞぞ一いち一いちいち定ぢやう定ぢやうじょうそそそにににてててましますましますましますらんらんらんととと思おも思おもおもひひい、、、いそぎいそぎいそぎ走はし走はしはしりりり歸かへ歸かへかえつつっててて、、、このこのこの由よし由よしよし申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、次つぎ次つぎつぎののの日ひ日ひひ、、、北ほう北ほうほう條でう條でうじょう菖しやう菖しやうしょう蒲ぶ蒲ぶぶ谷だに谷だにだにをををうちうちうち圍かこ圍かこかこみみみ、、、人ひと人ひとひとををを入い入いいれれれててて申まう申まうもうささされれれけるけるけるははは、、、「「「小こ小ここ松まつ松まつまつののの三さん三さんさん位み位みみののの中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう維これ維これこれ盛もり盛もりもりののの卿きやう卿きやうきょうののの若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみ六ろく六ろくろく代だい代だいだい御ご御ごご前ぜん前ぜんぜんのののこれこれこれにににましますましますまします由よし由よしよし承うけたまは承うけたまはうけたまわつつっててて、、、鎌かま鎌かまかま倉くら倉くらくら殿どの殿どのどのののの御おん御おんおん代だい代だいだい官くわん官くわんかんとととしししててて、、、北ほう北ほうほう條でう條でうじょうののの四し四しし郎らう郎らうろう時とき時ときとき政まさ政まさまさががが御おん御おんおん迎むか迎むかむかへへえににに參まゐ參まゐまいつつっててて候さふらふ候さふらふそうろう。。。とう〳〵とう〳〵とうとう出いだ出いだいだししし參まゐ參まゐまいらららせせせ給たま給たまたまへへえ。。。」」」ととと申まう申まうもうささされれれけれけれければばば、、、母はう母はうほう上へ上へへ夢ゆめ夢ゆめゆめののの心こゝ心こゝここちちちしししててて、、、つや〳〵つや〳〵つやつや物もの物ものものをををももも覺おぼ覺おぼおぼえええ給たま給たまたまははわずずず。。。齋さい齋さいさい藤とう藤とうとう五ご五ごご、、、齋さい齋さいさい藤とう藤とうとう六ろく六ろくろく、、、そのそのその邊へん邊へんへんををを走はし走はしはしりりり廻まは廻まはまわつつっててて窺うかゞ窺うかゞうかがひひいけれけれけれどもどもども、、、武ぶ武ぶぶ士し士ししどもどもども四し四しし方はう方はうほうををを打うち打うちうち圍かこ圍かこかこんんんででで、、、いづかたいづかたいずかたよりよりより出いだ出いだいだししし參まゐ參まゐまいらららすすすべしべしべしとととももも覺おぼ覺おぼおぼえええずずず。。。
  3. 3母はう母はうほう上へ上へへははは若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみををを抱かゝ抱かゝかかへへえ奉たてまつ奉たてまつたてまつつつっててて、、、「「「たゞたゞただわれわれわれををを失うしな失うしなうしなへへえややや。。。」」」とととててて、、、をめきをめきおめき叫さけ叫さけさけびびび給たま給たまたまひひいけりけりけり。。。乳めの乳めのめの母と母ととももも女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうももも御おん御おんおん前まへ前まへまえににに倒たふ倒たふたおれれれ伏ふ伏ふふししし、、、聲こゑ聲こゑこえももも惜を惜をおしましましまずずずをめきをめきおめき叫さけ叫さけさけぶぶぶ。。。日ひ日ひひ頃ごろ頃ごろごろはははものものものをををだにだにだに高たか高たかたかくくくいはいはいわずずず、、、忍しの忍しのしのびびびつゝつゝつつ隱かく隱かくかくれれれゐゐいたりたりたりしかしかしかどもどもども、、、今いま今いまいまははは家いへ家いへいえののの内うち内うちうちにににありありありとととあるあるある者もの者ものもの、、、聲こゑ聲こゑこえをををそろへそろへそろえててて泣な泣ななききき悲かな悲かなかなしむしむしむ。。。北ほう北ほうほう條でう條でうじょうももも岩いは岩いはいわ木き木ききならならならねねねばばば、、、さすがさすがさすがあはれあはれあわれににに覺おぼ覺おぼおぼえええててて、、、涙なみだ涙なみだなみだをををおさへおさへおさえ、、、つく〴〵つく〴〵つくづくとととぞぞぞ待ま待ままたたたれれれけるけるける。。。やゝやゝややあつあつあっててて、、、またまたまた人ひと人ひとひとををを入い入いいれれれててて申まう申まうもうささされれれけるけるけるははは、、、「「「世よ世よよももも未いま未いまいまだだだ靜しづ靜しづしずまりまりまり候さふら候さふらそうらははわねねねばばば、、、しどけなきしどけなきしどけなき御おん御おんおんことことこともももぞぞぞ候さふら候さふらそうらははわんんんずらんずらんずらん。。。時とき時ときとき政まさ政まさまさががが御おん御おんおん迎むか迎むかむかへへえににに參まゐ參まゐまいつつっててて候さふらふ候さふらふそうろう。。。別べち別べちべちののの仔し仔しし細さい細さいさいははは候さふらふ候さふらふそうろうまじまじまじ。。。とう〳〵とう〳〵とうとう出いだ出いだいだししし參まゐ參まゐまいらららさせさせさせ給たま給たまたまへへえ。。。」」」ととと申まう申まうもうささされれれけれけれければばば、、、若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみ、、、母はう母はうほう上へ上へへににに申まう申まうもうさささせせせ給たま給たまたまひひいけるけるけるははは、、、「「「遂つひ遂つひついににに遁のが遁のがのがれれれまじうまじうまじゅう候さふらふ候さふらふそうろう上うへ上うへうえ、、、はや〳〵はや〳〵はやはや出いだ出いだいださささせせせおはしませおはしませおわしませ。。。武ぶ武ぶぶ士し士ししどもどもどもののの打うち打うちうち入い入いいつつっててて搜さが搜さがさがすすす程ほど程ほどほどならならならばばば、、、なか〳〵なか〳〵なかなかうたてげうたてげうたてげなるなるなる御おん御おんおんありさまありさまありさまどもどもどもををを、、、見み見みみえええさせさせさせ給たま給たまたまひひい候さふら候さふらそうらははわんんんずらんずらんずらん。。。たとへたとへたとえまかりまかりまかりててて候さふらふ候さふらふそうろうともともとも、、、しばししばししばしもももあらあらあらばばば北ほう北ほうほう條でう條でうじょうとととかやかやかやににに暇いとま暇いとまいとま請こ請ここうううててて、、、歸かへ歸かへかえりりり參まゐ參まゐまいりりり候さふら候さふらそうらははわんんん。。。いたういたういとうななな歎なげ歎なげなげかかかせせせ給たま給たまたまひひいそそそ。。。」」」ととと、、、慰なぐさ慰なぐさなぐさめめめ給たま給たまたまふふうこそこそこそいとほしけれいとほしけれいとおしけれ。。。
  4. 4さてさてさてしもしもしもあるあるあるべきべきべき事こと事ことことならならならねねねばばば、、、母はう母はうほう上へ上へへははは若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみににに泣な泣ななく〳〵く〳〵くなく御おん御おんおん物もの物ものもの著き著ききせせせ參まゐ參まゐまいらららせせせ、、、御おん御おんおん髪ぐし髪ぐしぐしかきかきかきなでなでなでててて既すで既すですでににに出いだ出いだいだししし參まゐ參まゐまいらららせせせんんんとととししし給たま給たまたまひひいけるけるけるががが、、、黑くろ黑くろくろ木き木ききののの數じゆ數じゆじゅ珠ず珠ずずののの小ちひ小ちひちいさうさうそう美うつく美うつくうつくしきしきしきををを取とり取とりとり出いだ出いだいだしししててて、、、「「「相あひ相あひあい構かま構かまかまへへえててて、、、これこれこれにににててていかにいかにいかにもももならならならんんんまでまでまで念ねん念ねんねん佛ぶつ佛ぶつぶつ申まう申まうもうしししててて、、、極ごく極ごくごく樂らく樂らくらくへへへ參まゐ參まゐまいれれれよよよ。。。」」」とととてててぞぞぞ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららるるる。。。若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみ之これ之これこれををを取と取ととらららせせせ給たま給たまたまひひいててて、、、「「「母はう母はうほう上へ上へへにににははは今日けふ今日けふきょうすでにすでにすでに別わか別わかわかれれれ參まゐ參まゐまいらららせせせ候さふら候さふらそうらひひいぬぬぬ。。。今いま今いまいまはははいかにいかにいかにもももしししててて、、、父ちゝ父ちゝちちのののましますましますまします所ところ所ところところへへへこそこそこそ參まゐ參まゐまいりりりたけれたけれたけれ。。。」」」ととと宣のたま宣のたまのたまへへえばばば、、、妹いもうと妹いもうといもうとののの姫ひめ姫ひめひめ君ぎみ君ぎみぎみののの生しやう生しやうしょう年ねん年ねんねん十とを十とをとおににになりなりなり給たま給たまたまひひいけるけるけるががが、、、われわれわれももも參まゐ參まゐまいらららんんんとととててて、、、續つゞ續つゞつづいいいててて出い出いいででで給たま給たまたまひひいけるけるけるををを、、、乳めの乳めのめの母と母ととののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼう取とり取とりとり止とゞ止とゞとどめめめ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる。。。六ろく六ろくろく代だい代だいだい御ご御ごご前ぜん前ぜんぜん今年ことし今年ことしことしははは十じふ十じふじゅう二に二ににににになりなりなり給たま給たまたまへへえどもどもども、、、世よ世よよののの人ひと人ひとひとののの十じふ十じふじゅう四し四しし五ご五ごごよりよりよりもももおとなしくおとなしくおとなしく、、、みめみめみめ姿すがた姿すがたすがた美うつく美うつくうつくしうしうしゅう、、、心こゝろ心こゝろこころざまざまざま優いう優いうゆうにににおはしおはしおわしけれけれければばば、、、敵かたき敵かたきかたきににに弱よわ弱よわよわげげげををを見み見みみえええじじじとととててて、、、おさふるおさふるおさうる袖そで袖そでそでのののひまひまひまよりよりよりももも、、、あまりあまりあまりててて涙なみだ涙なみだなみだぞぞぞこぼれこぼれこぼれけるけるける。。。さてさてさて御おん御おんおん輿こし輿こしこしににに召め召めめささされれれ給たま給たまたまふふう。。。武ぶ武ぶぶ士し士ししどもどもどももももうちうちうち圍かこ圍かこかこんんんででで出い出いいでででにににけりけりけり。。。齋さい齋さいさい藤とう藤とうとう五ご五ごご、、、齋さい齋さいさい藤とう藤とうとう六ろく六ろくろくももも御おん御おんおん輿こし輿こしこしののの左さ左ささ右いう右いうゆうににについついついてててぞぞぞ參まゐ參まゐまいりりりけるけるける。。。北ほう北ほうほう條でう條でうじょう乘のり乘のりのり替かへ替かへかえどもどもどもををを下おろ下おろおろいいいててて馬むま馬むまうまににに乘の乘ののれれれととといへいへいえどもどもども乘の乘ののらららずずず。。。大だい大だいだい覺かく覺かくかく寺じ寺じじよりよりより六ろく六ろくろく波は波はは羅ら羅ららまでまでまで、、、徒かち徒かちかち跣はだし跣はだしはだしでででぞぞぞ參まゐ參まゐまいりりりたるたるたる。。。
  5. 5母はう母はうほう上へ上へへ、、、乳めの乳めのめの母と母ととののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼう、、、天てん天てんてんににに仰あふ仰あふあおぎぎぎ地ち地ちちににに俯ふ俯ふふしししててて、、、悶もだ悶もだもだえええこがれこがれこがれ給たま給たまたまひひいけりけりけり。。。母はう母はうほう上へ上へへ、、、乳めの乳めのめの母と母ととののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうにににのたまひのたまひのたまいけるけるけるははは、、、「「「このこのこの日ひ日ひひ頃ごろ頃ごろごろ、、、平へい平へいへい家け家けけののの子こ子ここどもどもども取とり取とりとり集あつ集あつあつめめめててて、、、水みづ水みづみずににに入い入いいれれれ、、、土つち土つちつちににに埋うづ埋うづうずみみみ、、、或あるい或あるいあるいはははおしおしおし殺ころ殺ころころししし刺さ刺ささししし殺ころ殺ころころししし、、、さま〴〵さま〴〵さまざまにににしししててて失うしな失うしなうしなふふう由よし由よしよし聞きこ聞きこきこゆゆゆなれなれなればばば、、、わがわがわが子こ子ここをををばばば何なに何なになにとととしししてててかかか失うしな失うしなうしなははわんんんずらんずらんずらん。。。年とし年としとしももも少すこ少すこすこしししおとなしけれおとなしけれおとなしければばば、、、定さだ定さださだめめめててて首くび首くびくびをををこそこそこそ斬き斬ききらららんんんずらめずらめずらめ。。。人ひと人ひとひとののの子こ子ここははは乳めの乳めのめの母と母ととなんどなんどなんどののの許もと許もともとににに遣つか遣つかつかははわしししててて、、、時とき時ときとき々どき々どきどき見み見みみるるる事こと事ことこともももありありあり。。。それそれそれだにだにだにももも恩おん恩おんおん愛あい愛あいあいののの道みち道みちみちははは悲かな悲かなかなしきしきしき習なら習ならならひひいぞぞぞかしかしかし。。。況いは況いはいわんんんやややこれこれこれははは生う生ううみみみ落おと落おとおとしししてててよりよりよりこのこのこのかたかたかた、、、一ひと一ひとひと日ひ日ひひ片かた片かたかた時とき時ときときももも身み身みみををを放はな放はなはなたたたずずず、、、人ひと人ひとひとももも持も持ももたたたぬぬぬ子こ子ここををを持も持ももちちちたるたるたるやうやうようににに思おも思おもおもひひい、、、朝あさ朝あさあさ夕ゆふ夕ゆふゆう二ふた二ふたふた人り人りりののの中なか中なかなかにににててて育そだ育そだそだてててしししものものものををを、、、たのみたのみたのみをををかけかけかけししし人ひと人ひとひとににに飽あ飽ああかかかででで別わか別わかわかれれれててて後のち後のちのちははは、、、二ふた二ふたふた人り人りりをををうらうへうらうへうらうえににに置お置おおいいいてててこそこそこそ慰なぐさ慰なぐさなぐさみみみしししににに、、、今いま今いまいまははは早は早ははややや一ひと一ひとひと人り人りりはははあれあれあれどもどもども一ひと一ひとひと人り人りりはははなしなしなし。。。今日けふ今日けふきょうよりよりより後のち後のちのちははは如何いかゞ如何いかゞいかがせせせんんん。。。このこのこの三み三みみ年とせ年とせとせががが閒あひだ閒あひだあいだ夜よる夜よるよる晝ひる晝ひるひる肝きも肝きもきも魂たましひ魂たましひたましいををを消け消けけしししててて思おも思おもおもひひい設まう設まうもうけけけたるたるたる事こと事ことことなれなれなれどもどもども、、、さすがさすがさすが昨日きのふ昨日きのふきのう今日けふ今日けふきょうとととははは思おも思おもおもひひいもももよらよらよらずずず、、、日ひ日ひひ頃ごろ頃ごろごろははは長は長はは谷せ谷せせののの觀くわん觀くわんかん音おん音おんおんをををさりさりさりともともともとととこそこそこそ賴たの賴たのたのみみみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりしししににに、、、遂つひ遂つひついににに捕とら捕とらとらははわれれれぬるぬるぬる事こと事ことことののの悲かな悲かなかなしさしさしさよよよ。。。たゞたゞただ今いま今いまいまもももややや失うしな失うしなうしなひひいつつつらんらんらん。。。」」」とととかきかきかきくどきくどきくどき、、、袖そで袖そでそでををを顏かほ顏かほかおにににおしおしおし當あ當ああてててててて、、、さめ〴〵さめ〴〵さめざめとととぞぞぞ泣な泣ななかかかれれれけるけるける。。。
  6. 6夜よる夜よるよるににになれなれなれどもどもども、、、胸むね胸むねむねせきせきせきあぐるあぐるあぐる心こゝ心こゝここちちちしししててて、、、つゆつゆつゆもももまどろみまどろみまどろみ給たま給たまたまははわざりざりざりしししががが、、、やゝやゝややあつあつあっててて乳めの乳めのめの母と母ととののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうにににのたまひのたまひのたまいけるけるけるははは、、、たゞたゞただ今いま今いまいまちとちとちとまどろみまどろみまどろみたりたりたりつるつるつる夢ゆめ夢ゆめゆめににに、、、このこのこの子こ子ここががが白しろ白しろしろいいい馬むま馬むまうまににに乘の乘ののりりりててて來き來ききたりたりたりつるつるつるががが、、、『『『あまりあまりあまりににに御おん御おんおん戀こひ戀こひこいしうしうしゅう思おも思おもおもひひい參まゐ參まゐまいらららせせせ候さふらふ候さふらふそうろうほどほどほどににに、、、しばししばししばしののの暇いとま暇いとまいとま請こ請ここうううててて參まゐ參まゐまいつつっててて候さふらふ候さふらふそうろう。。。』』』とととててて、、、側そば側そばそばににについついついゐゐいててて、、、何なに何なになにとととやらんやらんやらん世よ世よよにににうらめしげうらめしげうらめしげにににてててありありありつるつるつるががが、、、いくいくいく程ほど程ほどほどなくなくなくてててうちうちうち驚おどろ驚おどろおどろかかかささされれれ、、、側そば側そばそばををを探さぐ探さぐさぐれれれどもどもども人ひと人ひとひともももなしなしなし。。。夢ゆめ夢ゆめゆめだにだにだにもももしばししばししばしもももあらあらあらででで、、、やがてやがてやがて覺さ覺ささめめめぬるぬるぬる事こと事ことことののの悲かな悲かなかなしさしさしさよよよ。。。」」」とととぞぞぞ、、、泣な泣ななく〳〵く〳〵くなく語かた語かたかたりりり給たま給たまたまひひいけるけるける。。。
  7. 7さるさるさる程ほど程ほどほどににに長なが長ながながききき夜よ夜よよをををいとゞいとゞいとどあかしあかしあかしかねかねかね、、、涙なみだ涙なみだなみだににに床とこ床とことこももも浮う浮ううくくく許ばか許ばかばかりりりなりなりなり。。。かぎりかぎりかぎりあれあれあればばば鷄けい鷄けいけい人じん人じんじん曉あかつき曉あかつきあかつきををを唱とな唱となとなへへえててて夜よ夜よよもももあけあけあけぬぬぬ。。。齋さい齋さいさい藤とう藤とうとう六ろく六ろくろく歸かへ歸かへかえりりり參まゐ參まゐまいりりりたりたりたり。。。母はう母はうほう上へ上へへ、、、「「「さてさてさていかにいかにいかにややや。。。」」」ととと問と問ととひひいたまへたまへたまえばばば、、、「「「今いま今いまいままでまでまでははは別べち別べちべちののの御おん御おんおん事こと事ことことももも候さふら候さふらそうらははわずずず。。。これこれこれににに御おん御おんおん文ふみ文ふみふみののの候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」とととててて。。。取とり取とりとり出いだ出いだいだいいいててて奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる。。。これこれこれをををあけあけあけててて見み見みみ給たま給たまたまふふうににに、、、「「「今いま今いまいままでまでまでははは別べち別べちべちののの仔し仔しし細さい細さいさいももも候さふら候さふらそうらははわずずず。。。さささこそこそこそ御おん御おんおん心こゝろ心こゝろこころもとなうもとなうもとのう思おぼし思おぼしおぼし召め召めめささされれれ候さふらふ候さふらふそうろうらんらんらん。。。いつしかいつしかいつしか誰たれ誰たれたれ々たれ々たれたれももも御おん御おんおんこひしうこひしうこいしゅうこそこそこそ思おも思おもおもひひい參まゐ參まゐまいらららせせせ候さふら候さふらそうらへへえ。。。」」」ととと、、、おとなしやかおとなしやかおとなしやかににに書か書かかききき給たま給たまたまへへえりりり。。。母はう母はうほう上へ上へへこれこれこれををを顏かほ顏かほかおにににおしおしおし當あ當ああてててててて、、、とかうとかうとこうののの事こと事ことことももも宣のたま宣のたまのたまははわずずず、、、引ひ引ひひきききかづいかづいかずいてててぞぞぞ臥ふ臥ふふしししたまふたまふたまう。。。かくかくかくててて時じ時じじ刻こく刻こくこく遙はる遙はるはるかかかにににおしおしおし移うつ移うつうつりりりけれけれければばば、、、齋さい齋さいさい藤とう藤とうとう六ろく六ろくろく、、、「「「時とき時ときときののの程ほど程ほどほどもももおぼつかなうおぼつかなうおぼつかのう候さふらふ候さふらふそうろう。。。御おん御おんおん返へん返へんへん事じ事じじ賜たま賜たまたまはつはつわっててて歸かへ歸かへかえりりり參まゐ參まゐまいりりり候さふら候さふらそうらははわんんん。。。」」」ととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、母はう母はうほう上へ上へへ泣な泣ななくくく泣な泣ななくくく御おん御おんおん返へん返へんへん事じ事じじ書か書かかいいいてててぞぞぞたうでたうでとうでけるけるける。。。齋さい齋さいさい藤とう藤とうとう六ろく六ろくろく暇いとま暇いとまいとま申まう申まうもうしししててて出い出いいでででにににけりけりけり。。。
  8. 8乳めの乳めのめの母と母ととののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼう、、、せめてせめてせめてののの心こゝろ心こゝろこころのののあられあられあられずずずさささにににややや、、、大だい大だいだい覺かく覺かくかく寺じ寺じじをををばばばまぎれまぎれまぎれ出い出いいでででててて、、、そのそのその邊へん邊へんへんををを足あし足あしあしにににまかせまかせまかせててて泣な泣ななききき歩あり歩ありありくくくほどほどほどににに、、、あるあるある人ひと人ひとひとののの申まう申まうもうしししけるけるけるははは、、、「「「これこれこれよりよりより奧おく奧おくおく、、、高たか高たかたか雄を雄をおととといふいふいう山やま山やまやま寺でら寺でらでらののの聖ひじり聖ひじりひじり文もん文もんもん覺がく覺がくがく坊ばう坊ばうぼうととと申まう申まうもうすすす人ひと人ひとひとこそこそこそ、、、鎌かま鎌かまかま倉くら倉くらくら殿どの殿どのどののののゆゝしきゆゝしきゆゆしき大だい大だいだい事じ事じじののの人ひと人ひとひとににに思おも思おもおもははわれれれ參まゐ參まゐまいらららせせせてててまし〳〵まし〳〵ましましけるけるけるががが、、、上じやう上じやうじょう臈らふ臈らふろうののの子こ子ここををを弟で弟でで子し子ししにににせせせんんんとととててて、、、ほしがらほしがらほしがらるゝるゝるるなれなれなれ。。。」」」ととといひいひいいけれけれければばば、、、乳めの乳めのめの母と母ととののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼううれしきうれしきうれしき事こと事ことことをををももも聞き聞きききききぬぬぬととと思おも思おもおもひひい、、、すぐすぐすぐににに高たか高たかたか雄を雄をおへへへ尋たづ尋たづたずねねね入い入いいりりり、、、聖ひじり聖ひじりひじりににに向むか向むかむかひひい參まゐ參まゐまいらららせせせててて、、、泣な泣ななく〳〵く〳〵くなく申まう申まうもうしししけるけるけるははは、、、「「「乳ち乳ちちののの中なか中なかなかよりよりより抱いだ抱いだいだきききあげあげあげ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり、、、おほしおほしおおしたてたてたて參まゐ參まゐまいらららせせせててて、、、今年ことし今年ことしことしははは十じふ十じふじゅう二に二ににににになりなりなり給たま給たまたまひひいつるつるつる若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみををを、、、昨日きのふ昨日きのふきのう武ぶ武ぶぶ士し士ししににに捕と捕ととららられれれててて候さふらふ候さふらふそうろうなりなりなり。。。御おん御おんおん命いのち命いのちいのちををを請こ請ここひひい受う受ううけけけててて、、、御おん御おんおん弟で弟でで子し子ししにににせせせさせさせさせ給たま給たまたまひひいなななんんんややや。。。」」」とととててて、、、聖ひじり聖ひじりひじりののの御おん御おんおん前まへ前まへまえににに倒たふ倒たふたおれれれ伏ふ伏ふふししし、、、聲こゑ聲こゑこえももも惜を惜をおしましましまずずずをめきをめきおめき叫さけ叫さけさけぶぶぶ。。。まことまことまことにににせせせんんん方かた方かたかたなげなげなげにににぞぞぞ見み見みみえええたりたりたりけるけるける。。。
  9. 9聖ひじり聖ひじりひじりももも無む無むむ慙ざん慙ざんざんににに思おも思おもおもひひいててて、、、事こと事ことことののの仔し仔しし細さい細さいさいををを問と問ととひひいたまふたまふたまう。。。やゝやゝややあつあつあっててて起お起おおききき上あが上あがあがりりり、、、涙なみだ涙なみだなみだををを抑おさ抑おさおさへへえててて申まう申まうもうしししけるけるけるははは、、、「「「小こ小ここ松まつ松まつまつののの三さん三さんさん位み位みみののの中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう維これ維これこれ盛もり盛もりもりののの卿きやう卿きやうきょうののの北きた北きたきたののの方かた方かたかたににに御おん御おんおん親した親したしたしうしうしゅうましますましますまします人ひと人ひとひとののの若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみををを、、、養やしな養やしなやしなひひい參まゐ參まゐまいらららせせせててて候さふら候さふらそうらひひいつるつるつるををを、、、もしもしもし中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう殿どの殿どのどのののの公きん公きんきん達だち達だちだちとととややや人ひと人ひとひとののの申まう申まうもうしししててて候さふらふ候さふらふそうろうらんらんらん、、、昨日きのふ昨日きのふきのう武ぶ武ぶぶ士し士ししににに捕と捕ととららられれれててて候さふらふ候さふらふそうろうなりなりなり。。。」」」とととぞぞぞ語かた語かたかたりりりけるけるける。。。聖ひじり聖ひじりひじり、、、「「「さてさてさてそのそのその武ぶ武ぶぶ士し士ししをををばばば誰たれ誰たれたれととといふいふいうやらんやらんやらん。。。」」」「「「北ほう北ほうほう條でう條でうじょうののの四し四しし郎らう郎らうろう時とき時ときとき政まさ政まさまさとととこそこそこそ名な名なな乘の乘ののりりり申まう申まうもうししし候さふら候さふらそうらひひいつれつれつれ。。。」」」聖ひじり聖ひじりひじり、、、「「「いでいでいでさらばさらばさらば尋たづ尋たづたずねねねててて見み見みみんんん。。。」」」とととててて、、、つきつきつき出い出いいでででぬぬぬ。。。乳めの乳めのめの母と母ととののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼう、、、このこのこの言こと言ことこと葉ば葉ばばををを賴たの賴たのたのむむむべきべきべきにににはははあらあらあらねねねどもどもども、、、昨日きのふ昨日きのふきのう武ぶ武ぶぶ士し士ししににに捕と捕ととららられれれてててよりよりよりこのこのこのかたかたかた、、、あまりあまりあまりににに思おも思おもおもふふう許ばか許ばかばかりりりもももなかりなかりなかりつるつるつるににに、、、聖ひじり聖ひじりひじりのののかくかくかくのたまへのたまへのたまえばばば、、、少すこ少すこすこししし心こゝろ心こゝろこころををを取と取ととりりり延の延ののべべべててて、、、いそぎいそぎいそぎ大だい大だいだい覺かく覺かくかく寺じ寺じじへへへぞぞぞ參まゐ參まゐまいりりりけるけるける。。。母はう母はうほう上へ上へへ、、、「「「さてさてさてわわわごぜごぜごぜははは身み身みみををを投な投ななげげげににに出い出いいでででぬるぬるぬるやらんやらんやらん、、、われわれわれもももいかなるいかなるいかなる淵ふち淵ふちふち河かは河かはかわへへへももも身み身みみををを投な投ななげげげばやばやばやなどなどなど思おも思おもおもひひいたれたれたればばば。。。」」」とととててて、、、事こと事ことことののの仔し仔しし細さい細さいさいををを問と問ととひひいたまふたまふたまう。。。乳めの乳めのめの母と母ととののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼう、、、聖ひじり聖ひじりひじりののの申まう申まうもうささされれれつるつるつるやうやうようををを、、、こま〴〵こま〴〵こまごまととと語かた語かたかたりりり申まう申まうもうしししたりたりたりけれけれければばば、、、「「「あはれあはれあわれそのそのその聖ひじり聖ひじりひじりののの御おん御おんおん坊ばう坊ばうぼうののの、、、このこのこの子こ子ここををを請こ請ここひひい受う受ううけけけててて、、、今いま今いまいま一ひと一ひとひと度たび度たびたびわれわれわれににに見み見みみせせせよよよかしかしかし。。。」」」とととててて、、、うれしさうれしさうれしさにににももも、、、たゞたゞただ盡つ盡つつきききせせせぬぬぬものものものははは涙なみだ涙なみだなみだなりなりなり。。。
  10. 10そのそのその後のち後のちのち聖ひじり聖ひじりひじり六ろく六ろくろく波は波はは羅ら羅ららににに出い出いいでででててて、、、事こと事ことことののの仔し仔しし細さい細さいさいををを問と問ととひひいたまふたまふたまう。。。北ほう北ほうほう條でう條でうじょう申まう申まうもうささされれれけるけるけるははは、、、「「「鎌かま鎌かまかま倉くら倉くらくら殿どの殿どのどのののの仰おほ仰おほおおせせせにににははは、、、平へい平へいへい家け家けけののの子し子しし孫そん孫そんそんととといはいはいわんんん人ひと人ひとひと、、、男なん男なんなん子し子ししにににおいおいおいててて、、、一いち一いちいち人にん人にんにんももも漏も漏ももらさらさらさずずず尋たづ尋たづたずねねね出いだ出いだいだしししててて失うしな失うしなうしなふふうべしべしべし。。。中なか中なかなかにににももも小こ小ここ松まつ松まつまつののの三さん三さんさん位み位みみののの中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう維これ維これこれ盛もり盛もりもりののの卿きやう卿きやうきょうののの子し子しし息そく息そくそく六ろく六ろくろく代だい代だいだい御ご御ごご前ぜん前ぜんぜんとととててて、、、年とし年としとしももも少すこ少すこすこしししおとなしうおとなしうおとなしゅうましますましますまします。。。そのそのその上うへ上うへうえ平へい平へいへい家け家けけののの嫡ちやく嫡ちやくちゃく々ちやく々ちやくちゃくなりなりなり。。。故こ故ここ中なか中なかなかののの御み御みみ門かど門かどかど新しん新しんしん大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごん成なり成なりなり親ちか親ちかちかののの卿きやう卿きやうきょうののの女むすめ女むすめむすめののの腹はら腹はらはらにににありありありととと聞き聞ききくくく。。。いかにいかにいかにもももしししててて捕と捕ととりりり奉たてまつ奉たてまつたてまつつつっててて、、、失うしな失うしなうしなひひい參まゐ參まゐまいらららせせせよよよととと、、、仰おほ仰おほおおせせせををを蒙かうぶ蒙かうぶこうぶつつっててて候さふらふ候さふらふそうろう閒あひだ閒あひだあいだ、、、末すゑ末すゑすえ々ずゑ々ずゑずえののの公きん公きんきん達だち達だちだちたちたちたちをををばばば少せう少せうしょう々せう々せうしょう捕と捕ととりりり奉たてまつ奉たてまつたてまつつつってててははは候さふら候さふらそうらへへえどもどもども、、、このこのこの若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみののの在ざい在ざいざい所しよ所しよしょをををいづくいづくいずくとととももも知し知ししりりり參まゐ參まゐまいらららせせせずずずしししててて、、、既すで既すですでににに空むな空むなむなしうしうしゅう下くだ下くだくだらららんんんととと仕つかまつ仕つかまつつかまつるるる所ところ所ところところににに、、、思おも思おもおもははわざるざるざる外ほか外ほかほかににに一昨日をとゝひ一昨日をとゝひおととい聞き聞ききききき出いだ出いだいだししし參まゐ參まゐまいらららせせせててて、、、昨日きのふ昨日きのふきのうこれこれこれまでまでまで迎むか迎むかむかへへえ奉たてまつ奉たてまつたてまつつつっててて候さふら候さふらそうらへへえどもどもども、、、餘あま餘あまあまりりりににに美うつく美うつくうつくしうしうしゅうましましまし候さふらふ候さふらふそうろう程ほど程ほどほどににに、、、未いま未いまいまだだだともともともかうかうこうもももししし奉たてまつ奉たてまつたてまつらららででで置お置おおききき奉たてまつ奉たてまつたてまつつつっててて候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」ととと申まう申まうもうささされれれけれけれければばば、、、聖ひじり聖ひじりひじり、、、「「「いでいでいでさらばさらばさらば見み見みみ參まゐ參まゐまいらららせせせんんん。。。」」」とととててて若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみののの渡わた渡わたわたらららせせせ給たま給たまたまふふう所ところ所ところところににに參まゐ參まゐまいつつっててて見み見みみ給たま給たまたまへへえばばば、、、二ふた二ふたふた重へ重へへ織おり織おりおり物もの物ものものののの直ひた直ひたひた垂たれ垂たれたれににに、、、黑くろ黑くろくろ木き木ききののの珠じゆ珠じゆじゅ數ず數ずず手て手ててにににぬきぬきぬき入い入いいれれれててておはしますおはしますおわします。。。髪かみ髪かみかみのののかゝりかゝりかかり、、、姿すがた姿すがたすがたことことことがらがらがら、、、まことまことまことにににあてあてあてににに美うつく美うつくうつくしくしくしく、、、このこのこの世よ世よよののの人ひと人ひとひととととももも見み見みみえええ給たま給たまたまははわずずず。。。今こ今ここ夜よひ夜よひよいうちうちうちとけとけとけてててまどろみまどろみまどろみ給たま給たまたまははわぬぬぬかかかとととおぼしくおぼしくおぼしくててて、、、少すこ少すこすこししし面おも面おもおも痩や痩ややせせせ給たま給たまたまふふうををを見み見みみ參まゐ參まゐまいらららするするするにににつけつけつけてててももも、、、いとゞいとゞいとどらうたくらうたくろうたくぞぞぞ思おも思おもおもははわれれれけるけるける。。。
  11. 11若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみ聖ひじり聖ひじりひじりををを見み見みみ給たま給たまたまひひいててて、、、いかゞいかゞいかがおぼしおぼしおぼしけんけんけん涙なみだ涙なみだなみだぐみぐみぐみ給たま給たまたまへへえばばば、、、聖ひじり聖ひじりひじりもももすゞろすゞろすずろににに墨すみ墨すみすみ染ぞめ染ぞめぞめののの袖そで袖そでそでをををぞぞぞぬらさぬらさぬらされれれけるけるける。。。末すゑ末すゑすえののの世よ世よよにににはははいかなるいかなるいかなる怨をん怨をんおん敵てき敵てきてきとととなりなりなり給たま給たまたまふふうととといふいふいうともともとも、、、これこれこれをををばばばいかでいかでいかでかかか失うしな失うしなうしなひひい奉たてまつ奉たてまつたてまつるるるべきべきべきととと思おも思おもおもははわれれれけれけれければばば、、、北ほう北ほうほう條でう條でうじょうににに向むか向むかむかつつっててて宣のたま宣のたまのたまひひいけるけるけるははは、、、「「「先せん先せんせん世ぜ世ぜぜのののことことことにににややや候さふらふ候さふらふそうろうらんらんらん、、、このこのこの若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみををを見み見みみ參まゐ參まゐまいらららせせせ候さふら候さふらそうらへへえばばば、、、あまりあまりあまりにににいとほしういとほしういとおしゅう思おも思おもおもひひいまゐらまゐらまいらせせせ候さふらふ候さふらふそうろう。。。何なに何なになにかかか苦くる苦くるくるしうしうしゅう候さふらふ候さふらふそうろうべきべきべき、、、二は二はは十つ十つつ日か日かかののの命いのち命いのちいのちををを延の延ののべべべてててたべたべたべ、、、鎌かま鎌かまかま倉くら倉くらくらへへへ下くだ下くだくだつつっててて申まう申まうもうししし許ゆる許ゆるゆるいいいててて奉たてまつ奉たてまつたてまつらららんんん。。。そのそのその故ゆゑ故ゆゑゆえははは、、、聖ひじり聖ひじりひじり鎌かま鎌かまかま倉くら倉くらくら殿どの殿どのどのををを世よ世よよにににあらあらあらせせせ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららんんんとととててて、、、院ゐん院ゐんいん宣ぜん宣ぜんぜん伺うかゞ伺うかゞうかがひひいににに京きやう京きやうきょうへへへ上のぼ上のぼのぼるるるががが、、、案あん案あんあん内ない内ないないももも知し知ししらららぬぬぬ富ふ富ふふ士じ士じじ川がは川がはがわののの裾すそ裾すそすそににに、、、夜よ夜よよ渡わた渡わたわたりりりかゝつかゝつかかっててて、、、既すで既すですでにににおしおしおし流なが流ながながささされれれんんんとととしししたりたりたりししし事こと事ことこと、、、またまたまた高たか高たかたか市し市ししののの山やま山やまやまにににててて引ひつ引ひつひっ剝はぎ剝はぎはぎにににあひあひあい、、、からからからききき命いのち命いのちいのちばかりばかりばかり生い生いいきききつゝつゝつつ、、、福ふく福ふくふく原はら原はらはらののの牢らう牢らうろうののの御ご御ごご所しよ所しよしょににに參まゐ參まゐまいつつっててて、、、院ゐん院ゐんいん宣ぜん宣ぜんぜん申まう申まうもうししし出いだ出いだいだいいいててて奉たてまつ奉たてまつたてまつつつつししし時とき時ときときののの御おん御おんおん約やく約やくやく束そく束そくそくにににははは、、、たとひたとひたといいかなるいかなるいかなる大だい大だいだい事じ事じじをををももも申まう申まうもうせせせ、、、聖ひじり聖ひじりひじりががが申まう申まうもうさささんんんずるずるずる事こと事ことことどもどもどもをををばばば、、、賴より賴よりより朝とも朝ともとも一いち一いちいち期ご期ごごががが閒あひだ閒あひだあいだはははかなへかなへかなえんんんとととこそこそこそ宣のたま宣のたまのたまひひいしかしかしか。。。そのそのその外ほか外ほかほか度たび度たびたび々たび々たびたびののの奉ほう奉ほうほう公こう公こうこうをををばばば、、、かつかつかつ見み見みみ給たま給たまたまひひいししし事こと事ことことぞぞぞかしかしかし。。。事こと事ことこと新あたら新あたらあたらしうしうしゅう始はじ始はじはじめめめててて申まう申まうもうすすすべきべきべきにににあらあらあらずずず。。。契ちぎ契ちぎちぎりりりををを重おも重おもおもんんんじじじててて命いのち命いのちいのちををを輕かろ輕かろかろんんんずずず。。。鎌かま鎌かまかま倉くら倉くらくら殿どの殿どのどのににに受じゆ受じゆじゅ領りやう領りやうりょう神がみ神がみがみつきつきつき給たま給たまたまははわずずずばばば、、、よもよもよも忘わす忘わすわすれれれ給たま給たまたまははわじじじ。。。」」」とととててて、、、やがてやがてやがてそのそのその曉あかつき曉あかつきあかつきぞぞぞ立た立たたたたたれれれけるけるける。。。
  12. 12齋さい齋さいさい藤とう藤とうとう五ご五ごご、、、齋さい齋さいさい藤とう藤とうとう六ろく六ろくろく、、、聖ひじり聖ひじりひじりををを生しやう生しやうしょう身じん身じんじんののの佛ほとけ佛ほとけほとけののの如ごと如ごとごとくくくににに思おも思おもおもうううててて、、、手て手ててををを合あ合ああははわせせせててて涙なみだ涙なみだなみだををを流なが流ながながすすす。。。これこれこれらららまたまたまた大だい大だいだい覺かく覺かくかく寺じ寺じじににに參まゐ參まゐまいつつっててて、、、このこのこの由よし由よしよし申まう申まうもうしししけれけれけれははは、、、母はう母はうほう上へ上へへいかばかりいかばかりいかばかりかかか嬉うれ嬉うれうれしうしうしゅう思おも思おもおもははわれれれけんけんけん。。。されどもされどもされども鎌かま鎌かまかま倉くら倉くらくら殿どの殿どのどののののはからひはからひはからいなれなれなればばば、、、いかゞいかゞいかがあらあらあらんんんずらんずらんずらんととと思おも思おもおもははわれれれけれけれけれどもどもども、、、二は二はは十つ十つつ日か日かかののの命いのち命いのちいのちののの延の延ののびびび給たま給たまたまふふうにににぞぞぞ、、、母はう母はうほう上へ上へへ、、、乳めの乳めのめの母と母ととののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼう少すこ少すこすこししし心こゝろ心こゝろこころををを取とり取とりとり延の延ののべべべててて、、、ひとへひとへひとえににに長は長はは谷せ谷せせののの觀くわん觀くわんかん音おん音おんおんののの御おん御おんおん助たす助たすたすけけけなれなれなればばばにににやややととと、、、たのもしうたのもしうたのもしゅうぞぞぞ思おも思おもおもははわれれれけるけるける。。。かくかくかくしししててて明あか明あかあかししし暮くら暮くらくらさささせせせ給たま給たまたまふふう程ほど程ほどほどににに、、、二は二はは十つ十つつ日か日かかののの過す過すすぐるぐるぐるははは夢ゆめ夢ゆめゆめなれなれなれややや、、、聖ひじり聖ひじりひじりももも未いま未いまいまだだだ見み見みみえええたまはたまはたまわずずず。。。「「「これこれこれはははさはさはさわ何なに何なになにとととしししつるつるつる事こと事ことことどもどもどもぞぞぞややや。。。」」」ととと、、、なか〳〵なか〳〵なかなか心こゝろ心こゝろこころ苦ぐる苦ぐるぐるしくしくしくててて、、、今いま今いまいま更さら更さらさらまたまたまた悶もだ悶もだもだえええこがれこがれこがれ給たま給たまたまひひいけりけりけり。。。北ほう北ほうほう條でう條でうじょうももも、、、聖ひじり聖ひじりひじりののの二は二はは十つ十つつ日か日かかととと申まう申まうもうささされれれししし約やく約やくやく束そく束そくそくののの日ひ日ひひ數かず數かずかずももも過す過すすぎぎぎぬぬぬ。。。今いま今いまいまははは鎌かま鎌かまかま倉くら倉くらくら殿どの殿どのどの御おん御おんおん許ゆる許ゆるゆるささされれれなきなきなきにににこそこそこそあんあんあんなれなれなれ。。。さささのみのみのみ在ざい在ざいざい京きやう京きやうきょうしししててて、、、年とし年としとしををを暮くら暮くらくらすすすべきべきべきにににあらあらあらずずず。。。今いま今いまいまははは下くだ下くだくだらららんんんとととてててひしめけひしめけひしめけりりり。。。齋さい齋さいさい藤とう藤とうとう五ご五ごご、、、齋さい齋さいさい藤とう藤とうとう六ろく六ろくろくももも手て手ててををを握にぎ握にぎにぎりりり、、、肝きも肝きもきも魂たましひ魂たましひたましいををを消け消けけしししててて思おも思おもおもへへえどもどもども、、、聖ひじり聖ひじりひじりももも未いま未いまいまだだだ見み見みみえええ給たま給たまたまははわずずず、、、使し使しし者しや者しやしゃをををだにだにだにももも上のぼ上のぼのぼせせせねねねばばば、、、思おも思おもおもふふうばかりばかりばかりぞぞぞなかりなかりなかりけるけるける。。。これこれこれらららまたまたまた大だい大だいだい覺かく覺かくかく寺じ寺じじににに參まゐ參まゐまいりりり、、、「「「聖ひじり聖ひじりひじりももも未いま未いまいまだだだ見み見みみえええ給たま給たまたまははわずずず、、、北ほう北ほうほう條でう條でうじょうもももこのこのこの曉あかつき曉あかつきあかつき下げ下げげ向かう向かうこう仕つかまつ仕つかまつつかまつりりり候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」とととててて、、、涙なみだ涙なみだなみだをををはら〳〵はら〳〵はらはらととと流なが流ながながしししけれけれければばば、、、母はう母はうほう上へ上へへ、、、聖ひじり聖ひじりひじりのののさしもさしもさしもたのもしげたのもしげたのもしげににに申まう申まうもうしししててて下くだ下くだくだりりりぬるぬるぬる後のち後のちのちははは、、、母はう母はうほう上へ上へへ、、、乳めの乳めのめの母と母ととののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼう、、、少すこ少すこすこししし心こゝろ心こゝろこころををを取とり取とりとり延の延ののべべべててて、、、ひとへひとへひとえににに觀くわん觀くわんかん音おん音おんおんののの御おん御おんおん助たす助たすたすけけけなりなりなりととと、、、たのもしうたのもしうたのもしゅう思おも思おもおもははわれれれつるつるつるににに、、、このこのこの曉あかつき曉あかつきあかつきにににもももなりなりなりしかしかしかばばば、、、母はう母はうほう上へ上へへ、、、乳めの乳めのめの母と母ととののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうののの心こゝろ心こゝろこころののの中うち中うちうち、、、さささこそこそこそははは便たよ便たよたよりりりなかりなかりなかりけめけめけめ。。。
  13. 13母はう母はうほう上へ上へへ、、、乳めの乳めのめの母と母ととののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうにににのたまひのたまひのたまいけるけるけるははは、、、あはれあはれあわれおとなしやかおとなしやかおとなしやかならならならんんんずるずるずる者もの者ものものががが、、、道みち道みちみちにににててて聖ひじり聖ひじりひじりににに行ゆ行ゆゆきききあはあはあわんんん所ところ所ところところまでまでまで、、、このこのこの子こ子ここををを具ぐ具ぐぐせせせよよよととといへいへいえかしかしかし。。。もしもしもし請こ請ここひひい受う受ううけけけててて上のぼ上のぼのぼらららんんんににに、、、さきさきさきににに斬き斬ききららられれれたらたらたらんんんずるずるずる心こゝろ心こゝろこころうさうさうさをををばばばいかゞいかゞいかがせせせんんん。。。さてさてさてやがてやがてやがて失うしな失うしなうしなひげひげいげなりなりなりつるつるつるかかか。。。」」」ととと問と問ととひひい給たま給たまたまへへえばばば、、、「「「このこのこの曉あかつき曉あかつきあかつきののの程ほど程ほどほどとととこそこそこそ見み見みみえええさせさせさせまし〳〵まし〳〵ましまし候さふら候さふらそうらへへえ。。。そのそのその故ゆゑ故ゆゑゆえははは、、、このこのこの程ほど程ほどほど御おん御おんおん宿との宿とのとの直ゐ直ゐい仕つかまつ仕つかまつつかまつりりり候さふら候さふらそうらひひいつるつるつる北ほう北ほうほう條でう條でうじょうののの家いへ家いへいえののの子こ子ここ郎らう郎らうろう等どう等どうどうどもどもども、、、世よ世よよににに名な名なな殘ごり殘ごりごり惜を惜をおしげしげしげにににててて、、、或あるい或あるいあるいははは念ねん念ねんねん佛ぶつ佛ぶつぶつ申まう申まうもうすすす者もの者ものものももも候さふらふ候さふらふそうろう、、、或あるい或あるいあるいははは涙なみだ涙なみだなみだををを流なが流ながながすすす者もの者ものものももも候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」ととと申まう申まうもうすすす。。。母はう母はうほう上へ上へへ、、、「「「さてさてさてこのこのこの子こ子ここがががありさまありさまありさまははは何なに何なになにとととあるあるあるぞぞぞ。。。」」」ととと問と問ととひひい給たま給たまたまへへえばばば、、、「「「人ひと人ひとひとののの見み見みみまゐらまゐらまいらせせせ候さふらふ候さふらふそうろう時とき時ときときははは、、、さらさらさらぬぬぬ體てい體ていていにににもてもてもてないないないててて、、、御おん御おんおん數じゆ數じゆじゅ珠ず珠ずずをををくらくらくらせせせまし〳〵まし〳〵ましまし候さふらふ候さふらふそうろう。。。またまたまた人ひと人ひとひとののの見み見みみ參まゐ參まゐまいらららせせせ候さふら候さふらそうらははわぬぬぬ時とき時ときときははは、、、傍かたはら傍かたはらかたわらににに向むか向むかむかははわせせせ給たま給たまたまひひいててて、、、御おん御おんおん袖そで袖そでそでををを御おん御おんおん顏かほ顏かほかおにににおしおしおし當あ當ああてててててて、、、涙なみだ涙なみだなみだににに咽むせ咽むせむせばばばせせせ給たま給たまたまひひい候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」ととと申まう申まうもうすすす。。。母はう母はうほう上へ上へへ、、、「「「さささぞぞぞあるあるあるらめらめらめ。。。年とし年としとしこそこそこそをさなけれをさなけれおさなけれどもどもども、、、心こゝろ心こゝろこころ少すこ少すこすこしししおとなしやかおとなしやかおとなしやかなるなるなる者もの者ものものなりなりなり。。。しばししばししばしもももあらあらあらばばば、、、北ほう北ほうほう條でう條でうじょうとととかやかやかやににに暇いとま暇いとまいとま乞こ乞ここうううててて歸かへ歸かへかえりりり參まゐ參まゐまいらららんんんとととはははいひいひいいつれつれつれどもどもども、、、今日けふ今日けふきょう既すで既すですでににに二は二はは十つ十つつ日か日かかにににあまるあまるあまるににに、、、あれあれあれへへへももも行ゆ行ゆゆかかかずずず、、、これこれこれへへへももも見み見みみえええずずず。。。またまたまたいづれいづれいずれののの日ひ日ひひ、、、いづれいづれいずれののの時とき時ときとき、、、必かなら必かならかならずずず逢あ逢ああひひい見み見みみるるるべしべしべしとととももも覺おぼ覺おぼおぼえええずずず。。。今こ今ここ宵よひ宵よひよい限かぎ限かぎかぎりりりののの命いのち命いのちいのちととと思おも思おもおもうううててて、、、さささこそこそこそははは心こゝろ心こゝろこころ細ぼそ細ぼそぼそかりかりかりけめけめけめ。。。さてさてさて汝なんぢ汝なんぢなんじ等ら等ららはははいかゞいかゞいかがははは計はか計はかはからふらふらうやらんやらんやらん。。。」」」ととと宣のたま宣のたまのたまへへえばばば、、、「「「これこれこれはははいづくいづくいずくまでまでまでももも御おん御おんおん供とも供ともとも仕つかまつ仕つかまつつかまつりりり、、、いかにいかにいかにもももならならならせせせましまさましまさましまさばばば、、、御おん御おんおん骨こつ骨こつこつををを取と取ととりりり奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり、、、高かう高かうこう野や野ややののの御お御おお山やま山やまやまににに納をさ納をさおさめめめ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり、、、出しゆつ出しゆつしゅっ家け家けけ入にふ入にふにゅう道だう道だうどう仕つかまつ仕つかまつつかまつりりり、、、御ご御ごご菩ぼ菩ぼぼ提だい提だいだいををを弔とぶら弔とぶらとぶらひひい參まゐ參まゐまいらららせせせんんんとととこそこそこそ存ぞん存ぞんぞんじじじ候さふら候さふらそうらへへえ。。。」」」とととててて、、、涙なみだ涙なみだなみだにににむせむせむせ沉しづ沉しづしずんんんでででぞぞぞ伏ふ伏ふふしししにににけるけるける。。。
  14. 14かくかくかくててて時じ時じじ刻こく刻こくこく遙はる遙はるはるかかかにににおしおしおし移うつ移うつうつりりりけれけれければばば、、、母はう母はうほう上へ上へへ、、、「「「時とき時ときときののの程ほど程ほどほどもももおぼつかなしおぼつかなしおぼつかなし、、、さらばさらばさらばとうとうとう歸かへ歸かへかえれれれ。。。」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、二ふた二ふたふた人り人りりののの者もの者ものもの共ども共どもども、、、泣な泣ななく〳〵く〳〵くなく暇いとま暇いとまいとま申まう申まうもうしししてててまかりまかりまかり出い出いいづづず。。。さるさるさる程ほど程ほどほどににに同おな同おなおなじきじきじき十じふ十じふじゅう二に二にに月ぐわつ月ぐわつがつ十じふ十じふじゅう七しち七しちしち日にち日にちにちののの曉あかつき曉あかつきあかつき、、、北ほう北ほうほう條でう條でうじょうののの四し四しし郎らう郎らうろう時とき時ときとき政まさ政まさまさ若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみ具ぐ具ぐぐししし奉たてまつ奉たてまつたてまつつつっててて、、、既すで既すですでににに都みやこ都みやこみやこををを立た立たたちちちにににけりけりけり。。。齋さい齋さいさい藤とう藤とうとう五ご五ごご、、、齋さい齋さいさい藤とう藤とうとう六ろく六ろくろくももも御おん御おんおん輿こし輿こしこしののの左さ左ささ右いう右いうゆうににについついついてててぞぞぞ參まゐ參まゐまいりりりけるけるける。。。北ほう北ほうほう條でう條でうじょう乘のり乘のりのり替かへ替かへかえどもどもども下おろ下おろおろいいいててて、、、「「「馬むま馬むまうまににに乘の乘ののれれれ。。。」」」ととといへいへいえどもどもども乘の乘ののらららずずず。。。「「「最さい最さいさい後ご後ごごののの御おん御おんおん供とも供ともともででで候さふら候さふらそうらへへえばばば苦くる苦くるくるしうしうしゅうももも候さふら候さふらそうらははわずずず。。。」」」とととててて、、、血ち血ちちののの涙なみだ涙なみだなみだををを流なが流ながながいいいててて、、、徒かち徒かちかち跣はだし跣はだしはだしでででぞぞぞ下くだ下くだくだりりりけるけるける。。。若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみはははさしもさしもさしも離はな離はなはなれれれ難がた難がたがとうううおぼえおぼえおぼえけるけるける母はう母はうほう上へ上へへ、、、乳めの乳めのめの母と母ととののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうにににももも別わか別わかわかれれれはてはてはてててて、、、住す住すすみみみ馴な馴ななれれれししし都みやこ都みやこみやこをををばばば雲くも雲くもくも居ゐ居ゐいのののよそよそよそににに顧かへり顧かへりかえりみみみててて、、、今日けふ今日けふきょうををを限かぎ限かぎかぎりりりののの東あづま東あづまあずま路ぢ路ぢじににに赴おもむ赴おもむおもむいいいててて、、、はる〴〵はる〴〵はるばるととと下くだ下くだくだららられれれけんけんけん心こゝろ心こゝろこころののの中うち中うちうち、、、推お推おおししし量はか量はかはかららられれれててて哀あは哀あはあわれれれなりなりなり。。。駒こま駒こまこまををを早はや早はやはやむるむるむる武ぶ武ぶぶ士し士ししあれあれあればばば、、、わがわがわが首くび首くびくび斬き斬ききらららんんんかかかととと肝きも肝きもきもををを消け消けけししし、、、ものいひかはすものいひかはすものいいかわす者もの者ものものあれあれあればばば、、、すはすはすわ今いま今いまいまやややととと心こゝろ心こゝろこころをををつくすつくすつくす。。。四し四ししののの宮みや宮みやみや河かは河かはかわ原ら原ららととと思おも思おもおもへへえどもどもども、、、關せき關せきせき山やま山やまやまをををもももうちうちうち過す過すすぎぎぎててて、、、大おほ大おほおお津つ津つつののの浦うら浦うらうらにににもももなりなりなりにににけりけりけり。。。粟あは粟あはあわ津づ津づずののの原はら原はらはらかかかととと窺うかゞ窺うかゞうかがへへえばばば、、、今日けふ今日けふきょうもももはやはやはや暮く暮くくれれれにににけりけりけり。。。國くに國くにくに々ぐに々ぐにぐに宿しゆく宿しゆくしゅく々しゆく々しゆくしゅくうちうちうち過す過すすぎ〳〵ぎ〳〵ぎすぎ下くだ下くだくだりりり給たま給たまたまふふう程ほど程ほどほどににに、、、駿する駿するする河が河ががののの國くに國くにくににににもももなりなりなりしかしかしかばばば、、、若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみののの露つゆ露つゆつゆののの御おん御おんおん命いのち命いのちいのち、、、今日けふ今日けふきょうををを限かぎ限かぎかぎりりりとととぞぞぞ見み見みみえええししし。。。
  15. 15千せん千せんせん本ぼん本ぼんぼんののの松まつ松まつまつ原ばら原ばらばらととといふいふいう所ところ所ところところににに御おん御おんおん輿こし輿こしこしかきかきかきすゑすゑすえさせさせさせ、、、「「「若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみ下お下おおりりりさせさせさせ給たま給たまたまへへえ。。。」」」とととててて、、、敷しき敷しきしき皮がは皮がはがわ敷し敷ししいいいてててすゑすゑすえ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる。。。北ほう北ほうほう條でう條でうじょういそぎいそぎいそぎ馬むま馬むまうまよりよりより飛と飛ととんんんででで下お下おおりりり、、、若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみののの御おん御おんおん側そば側そばそば近ちか近ちかちこううう參まゐ參まゐまいつつっててて申まう申まうもうささされれれけるけるけるははは、、、「「「もしもしもし道みち道みちみちにににててて聖ひじり聖ひじりひじりにににややや行ゆ行ゆゆきききあひあひあい候さふらふ候さふらふそうろうととと、、、これこれこれまでまでまで具ぐ具ぐぐ足そく足そくそくししし奉たてまつ奉たてまつたてまつつつっててて候さふら候さふらそうらへへえどもどもども、、、山やま山やまやまのののあなたあなたあなたまでまでまでははは、、、鎌かま鎌かまかま倉くら倉くらくら殿どの殿どのどのののの御ご御ごご心しん心しんしん中ちう中ちうちゅうをををももも計はか計はかはかりがたうりがたうりがとう候さふら候さふらそうらへへえばばば、、、近あふ近あふおう江み江みみののの國くに國くにくににににててて失うしな失うしなうしなひひいまゐらまゐらまいらせせせたるたるたる由よし由よしよし、、、披ひ披ひひ露ろう露ろうろう仕つかまつ仕つかまつつかまつりりり候さふら候さふらそうらははわんんん。。。誰たれ誰たれたれ申まう申まうもうすすすともともとも、、、一いち一いちいち業ごふ業ごふごう所しよ所しよしょ感かん感かんかんののの御おん御おんおん身み身みみなれなれなればばば、、、よもよもよも叶かな叶かなかなははわせせせ給たま給たまたまひひい候さふら候さふらそうらははわじじじ。。。」」」ととと申まう申まうもうささされれれけれけれければばば、、、若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみとかうとかうとこうののの返へん返へんへん事じ事じじにににももも及およ及およおよびびび給たま給たまたまははわずずず。。。齋さい齋さいさい藤とう藤とうとう五ご五ごご、、、齋さい齋さいさい藤とう藤とうとう六ろく六ろくろくををを召め召めめしししてててのたまひのたまひのたまいけるけるけるははは、、、「「「あなあなあなかしこかしこかしこ、、、汝なんぢ汝なんぢなんじ等ら等らら都みやこ都みやこみやこへへへ上のぼ上のぼのぼりりり、、、われわれわれ道みち道みちみちにににててて斬き斬ききららられれれたりたりたりなどなどなど申まう申まうもうすすすべからべからべからずずず。。。そのそのその故ゆゑ故ゆゑゆえははは、、、終つひ終つひついにににはははかくれかくれかくれあるあるあるまじけれまじけれまじけれどもどもども、、、まさしうまさしうまさしゅうこのこのこのありさまありさまありさまををを聞き聞ききききき給たま給たまたまひひいててて、、、歎なげ歎なげなげききき悲かな悲かなかなしみしみしみ給たま給たまたまははわばばば、、、後ご後ごご世せ世せせのののさはりさはりさわりととともももならならならんんんずるずるずるぞぞぞ。。。鎌かま鎌かまかま倉くら倉くらくらまでまでまで送おく送おくおくりりりつけつけつけててて上のぼ上のぼのぼつつったるたるたる由よし由よしよし申まう申まうもうすすすべしべしべし。。。」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、二ふた二ふたふた人り人りりののの者もの者ものもの共ども共どもども、、、涙なみだ涙なみだなみだをををはら〳〵はら〳〵はらはらととと流なが流ながながすすす。。。やゝやゝややあつあつあっててて齋さい齋さいさい藤とう藤とうとう五ご五ごご、、、涙なみだ涙なみだなみだをををおさへおさへおさえててて申まう申まうもうしししけるけるけるははは、、、「「「君きみ君きみきみののの神かみ神かみかみにににももも佛ほとけ佛ほとけほとけにににもももならならならせせせ給たま給たまたまひひいなななんんん後のち後のちのち、、、命いのち命いのちいのち生い生いいきききててて再ふたゝ再ふたゝふたたびびび都みやこ都みやこみやこへへへ歸かへ歸かへかえりりり上のぼ上のぼのぼるるるべしべしべしとととももも存ぞん存ぞんぞんじじじ候さふら候さふらそうらははわずずず。。。」」」とととててて、、、またまたまた涙なみだ涙なみだなみだをををおさへおさへおさえててて伏ふ伏ふふしししにににけりけりけり。。。
  16. 16若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみ今いま今いまいまはははかうかうこうととと見み見みみえええししし時とき時ときとき、、、御おん御おんおん髪ぐし髪ぐしぐしののの肩かた肩かたかたにににかゝりかゝりかかりけるけるけるををを、、、小ちひ小ちひちいさうさうそう美うつく美うつくうつくしきしきしき御おん御おんおん手て手ててををを以もつ以もつもっててて、、、前まへ前まへまえへへへかきかきかきこさこさこさせせせ給たま給たまたまふふうををを、、、守しゆ守しゆしゅ護ご護ごごののの武ぶ武ぶぶ士し士しし共ども共どもども見み見みみ參まゐ參まゐまいらららせせせててて、、、「「「あなあなあないとほしいとほしいとおし、、、未いま未いまいまだだだ御おん御おんおん心こゝろ心こゝろこころのののましますましますましますぞぞぞややや。。。」」」とととてててみなみなみな鎧よろひ鎧よろひよろいののの袖そで袖そでそでをををぞぞぞぬらしぬらしぬらしけるけるける。。。そのそのその後のち後のちのち若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみ、、、西にし西にしにしににに向むか向むかむかつつっててて手て手ててををを合あ合ああははわせせせ、、、高かう高かうこう聲じやう聲じやうじょうににに十じふ十じふじゅう念ねん念ねんねん唱とな唱となとなへへえさせさせさせ給たま給たまたまひひいつゝつゝつつ、、、頸くび頸くびくびををを延の延ののべべべてててぞぞぞ待ま待ままたたたれれれけるけるける。。。狩か狩かか野の野ののののの工く工くく藤どう藤どうどう三さぶ三さぶさぶ郎らう郎らうろう親ちか親ちかちか俊とし俊としとし、、、斬きり斬きりきり手て手ててににに選えら選えらえらまままれれれ、、、太た太たた刀ち刀ちちををを引ひ引ひひきききそばめそばめそばめ、、、左ひだり左ひだりひだりののの方かた方かたかたよりよりより若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみののの御おん御おんおん後うしろ後うしろうしろににに立たち立たちたち廻まは廻まはまわりりり、、、すですですでににに斬き斬ききらららんんんとととしししけるけるけるががが、、、目め目めめもももくれくれくれ心こゝろ心こゝろこころももも消き消ききえええはてはてはてててて、、、いづくいづくいずくににに刀かたな刀かたなかたなををを打う打ううちちちつくつくつくべしべしべしととともももおぼえおぼえおぼえずずず。。。前ぜん前ぜんぜん後ご後ごご不ふ不ふふ覺かく覺かくかくににに覺おぼ覺おぼおぼえええけれけれければばば、、、「「「仕つかまつ仕つかまつつかまつつつつとととももも存ぞん存ぞんぞんじじじ候さふら候さふらそうらははわずずず。。。他た他たた人にん人にんにんににに仰おほ仰おほおおせせせつけつけつけられられられ候さふら候さふらそうらへへえ。。。」」」とととててて、、、太た太たた刀ち刀ちちををを捨す捨すすててててててぞぞぞ退の退ののきききにににけるけるける。。。「「「さらばさらばさらばあれあれあれ斬き斬ききれれれ、、、これこれこれ斬き斬ききれれれ。。。」」」とととててて、、、斬きり斬きりきり手て手ててををを選えら選えらえらぶぶぶ所ところ所ところところににに、、、こゝこゝここににに墨すみ墨すみすみ染ぞめ染ぞめぞめののの衣ころも衣ころもころも著き著ききたりたりたりけるけるける僧そう僧そうそう一ひと一ひとひと人り人りり、、、月つき月つきつき毛げ毛げげなるなるなる馬むま馬むまうまににに乘の乘ののつつっててて鞭むち鞭むちむちををを打う打ううつつってててぞぞぞ馳は馳ははせせせたりたりたりけるけるける。。。そのそのその邊へん邊へんへんののの者もの者ものものどもどもども、、、「「「あなあなあないとほしいとほしいとおし、、、あのあのあの松まつ松まつまつ原ばら原ばらばらののの中なか中なかなかにににててて世よ世よよにににうつくしきうつくしきうつくしき若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみををを、、、北ほう北ほうほう條でう條でうじょう殿どの殿どのどののののたゞたゞただ今いま今いまいま斬き斬ききりりり奉たてまつ奉たてまつたてまつらららるゝるゝるるぞぞぞややや。。。」」」とととててて、、、者もの者ものもの共ども共どもどもひし〳〵ひし〳〵ひしひしととと走はし走はしはしりりり集あつ集あつあつまりまりまりけれけれければばば、、、このこのこの僧そう僧そうそう心こゝろ心こゝろこころもとなさもとなさもとなさににに、、、鞭むち鞭むちむちををを上あ上ああげげげててて招まね招まねまねきききけるけるけるががが、、、なほなほなおおぼつかなさおぼつかなさおぼつかなさににに、、、著き著ききたるたるたる笠かさ笠かさかさをををぬいぬいぬいでででさしさしさし上あ上ああげげげてててぞぞぞ招まね招まねまねきききけるけるける。。。
  17. 17北ほう北ほうほう條でう條でうじょう仔し仔しし細さい細さいさいありありありとととててて待ま待ままつつつ所ところ所ところところににに、、、このこのこの僧そう僧そうそうほどほどほどなくなくなく馳は馳ははせせせ來きた來きたきたりりり、、、いそぎいそぎいそぎ馬むま馬むまうまよりよりより飛と飛ととんんんででで下お下おおりりり、、、「「「若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみ請こ請ここひひい受う受ううけけけ奉たてまつ奉たてまつたてまつつつったりたりたり。。。鎌かま鎌かまかま倉くら倉くらくら殿どの殿どのどのののの御み御みみ教けう教けうきょう書しよ書しよしょこれこれこれにににありありあり。。。」」」とととててて取とり取とりとり出いだ出いだいだすすす。。。北ほう北ほうほう條でう條でうじょうこれこれこれををを開ひら開ひらひらいいいててて見み見みみるるるににに、、、「「「まことまことまことややや小こ小ここ松まつ松まつまつののの三さん三さんさん位み位みみののの中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう維これ維これこれ盛もり盛もりもりののの卿きやう卿きやうきょうののの子し子しし息そく息そくそく六ろく六ろくろく代だい代だいだい御ご御ごご前ぜん前ぜんぜん尋たづ尋たづたずねねね出いだ出いだいだささされれれててて候さふらふ候さふらふそうろう。。。然しか然しかしかるるるををを高たか高たかたか雄を雄をおののの聖ひじり聖ひじりひじり文もん文もんもん覺がく覺がくがく坊ばう坊ばうぼうのののしばししばししばし請こ請ここひひい受う受ううけけけうううととと候さふらふ候さふらふそうろう。。。疑うたが疑うたがうたがひひいをををなさなさなさずずず預あづ預あづあずけけけらるらるらるべしべしべし。。。北ほう北ほうほう條でう條でうじょうののの四し四しし郎らう郎らうろう殿どの殿どのどのへへへ、、、賴より賴よりより朝とも朝ともとも。。。」」」とととあそばいあそばいあそばいててて御ご御ごご判はん判はんはんありありあり。。。北ほう北ほうほう條でう條でうじょうおしおしおしかへし〳〵かへし〳〵かえしおしかえし、、、二に二にに三さん三さんさん返べん返べんべん讀よ讀よようううででで、、、「「「神しん神しんしん妙べう妙べうびょう々しん々しんしん々べう々べうびょう。。。」」」とととててて、、、さしさしさし置お置おおかかかれれれけれけれければばば、、、齋さい齋さいさい藤とう藤とうとう五ご五ごご、、、齋さい齋さいさい藤とう藤とうとう六ろく六ろくろくはははいふいふいうににに及およ及およおよばばばずずず、、、北ほう北ほうほう條でう條でうじょうののの家いへ家いへいえののの子こ子ここ郎らう郎らうろう等どう等どうどうどもどもどもももも、、、みなみなみな喜よろこ喜よろこよろこびびびののの涙なみだ涙なみだなみだをををぞぞぞ流なが流ながながしししけるけるける。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

さて北条四郎時政は、鎌倉殿の代官として都の守護をしておられたが、「平家の子孫という人は、男子なら一人も漏らさず、探し出した者には望みどおりの褒美を与える」と触れを出された。都の上下の者は事情を知っているので、褒美をもらおうと探し求めるのは嘆かわしいことであった。こうして多くの者が探し出された。身分の低い者の子でも、色白で顔立ちのよい子を、「あれは何々の中将殿の若君、あの少将殿の公達」などと言うので、父母が嘆き悲しんでも、「あの子は乳母がそう申しています」「この子は世話役の女房が」などと言って、ごく幼い子は水に沈め、土に埋め、少し大きい子は押し殺し、刺し殺した。母の悲しみ、乳母の嘆きは、たとえようもなかった。北条も、子や孫が多い身であったから、これをよいこととは思わなかったが、世に従うならいなのでどうしようもなかった。

なかでも小松三位中将維盛卿の若君六代御前は、年も少し大きくおなりである。そのうえ平家の嫡流でいらしたので、なんとかして捕らえて殺そうと、手分けして探したが見つけられず、もうむなしく鎌倉へ下ろうとしていたところに、ある女房が六波羅に参って、「ここから西、遍照寺の奥、大覚寺という山寺の北の菖蒲谷という所に、小松三位中将維盛卿の北の方と若君・姫君が隠れていらっしゃるそうです」と言ったので、北条はよいことを聞いたと思い、そこへ人をやって辺りをうかがわせると、ある僧坊に女房たちが大勢、幼い人々も、たいそう人目を忍ぶ様子で住んでいた。垣根のすき間からのぞいて見ると、白い子犬が庭へ走り出たのを捕まえようと、たいそう美しい若君が続いて出ていらしたのを、乳母らしい女房が「まあ大変、人が見ているかもしれません」と言って、急いで引き入れた。これこそきっとその若君であろうと思い、急いで走り帰ってこのことを申したので、翌日、北条は菖蒲谷を取り囲み、人を入れて申されるには、「小松三位中将維盛卿の若君六代御前がここにいらっしゃると承って、鎌倉殿の代官として北条四郎時政がお迎えに参りました。早くお出しください」と申されたので、母上は夢のような心地で、まったく何もわからなくなられた。斎藤五・斎藤六はあたりを走り回って様子をうかがったが、武士たちが四方を取り囲んでいて、どこからお逃がしすることもできそうになかった。

母上は若君を抱きかかえて、「いっそ私を殺しておくれ」と言って泣き叫ばれた。乳母も女房たちも御前に倒れ伏して、声も惜しまず泣き叫んだ。日ごろは物さえ高い声では言わず、ひそかに隠れ住んでいたが、今は家の中にいる者が皆、声をそろえて泣き悲しんだ。北条も岩や木ではないから、さすがに哀れに思って涙を押さえ、じっと待っておられた。しばらくして、また人を入れて申されるには、「世の中もまだ静まっておりませんので、不始末なことが起こるかもしれません。時政がお迎えに参りました。別段のことはございますまい。早くお出しください」と申されたので、若君が母上に申されるには、「とうてい逃れられないのですから、早く早く出してください。武士たちが押し入って捜すことにでもなれば、かえって見苦しいお姿をお見せになることになるでしょう。たとえ参りましても、しばらくしたら北条とかいう人においとまをもらって帰って参ります。そんなにお嘆きにならないでください」と、お慰めになるのはいじらしいことであった。

そうしてばかりもいられないので、母上は若君に泣く泣くお着物を着せ、お髪をなでて、もうお出ししようとなさったが、黒木の小さく美しい数珠を取り出して、「よくよく心して、これでどうなるときまで念仏を唱えて、極楽へ参るのですよ」と言ってお渡しになった。若君はこれを受け取られて、「母上とは今日もうお別れいたしました。今はなんとしても、父上のいらっしゃる所へ参りたいものです」とおっしゃると、妹の姫君で十歳におなりの方が、私も参りますと言って続いて出ようとなさったのを、乳母の女房が引きとめた。六代御前は今年十二歳におなりだが、世間の十四、五の子よりも大人びて、顔かたちも美しく、心ばえもすぐれていらしたので、敵に弱みを見せまいと、押さえる袖のすき間からも、あふれて涙がこぼれた。こうして御輿にお乗りになった。武士たちも周りを取り囲んで出て行った。斎藤五・斎藤六も御輿の左右について参った。北条が替え馬を下ろして馬に乗れと言ったが乗らず、大覚寺から六波羅まで裸足で参った。

母上と乳母の女房は、天を仰ぎ地に伏して、もだえ苦しまれた。母上が乳母の女房におっしゃるには、「この日ごろ、平家の子どもを集めて水に沈め、土に埋め、あるいは押し殺し刺し殺し、さまざまにして殺すと聞くので、わが子はどのようにして殺されるのだろう。年も少し大きいから、きっと首を斬られるのだろう。人の子は乳母などのもとに預けて、時々会うこともある。それでさえ親子の情愛は悲しいものなのだ。ましてこの子は生まれてからこのかた、一日片時も身から離さず、人の持たないような子を持ったように思って、朝夕二人の間で育ててきたのに、頼りにしていた人と心ならずも別れてからは、二人を左右に置いて心を慰めていたのに、今はもう一人はいても一人はいない。今日から後はどうしたらよいのか。この三年の間、夜も昼も肝をつぶして覚悟していたことではあるが、さすがに昨日今日のこととは思いもよらず、日ごろは長谷の観音をいくらなんでもと頼み申していたのに、とうとう捕らえられてしまった悲しさよ。今ごろはもう殺してしまったのだろうか」とかき口説き、袖を顔に押し当てて、さめざめと泣かれた。

夜になっても、胸がせき上げる心地がして少しもお眠りにならなかったが、しばらくして乳母の女房におっしゃるには、「今少しまどろんだ夢に、あの子が白い馬に乗って来て、『あまりに恋しく思いましたので、少しのおいとまをもらって参りました』と言って、そばにひざまずいて、なんだかたいそう恨めしそうにしていたが、まもなくはっと目が覚めて、そばを探っても誰もいない。夢でさえしばらくも続かず、すぐ覚めてしまった悲しさよ」と泣く泣く語られた。

こうして長い夜をいっそう明かしかね、涙で床も浮くほどであった。限りがあるので、時を告げる役人が暁を告げて夜も明けた。斎藤六が帰って参った。母上が「さてどうでしたか」とお尋ねになると、「今までは別段のこともございません。ここにお手紙がございます」と言って取り出して差し上げた。これを開けてご覧になると、「今までは別段のこともございません。さぞご心配に思っていらっしゃるでしょう。早くも皆さまが恋しく思われます」と大人びてお書きになっていた。母上はこれを顔に押し当てて、何もおっしゃらず、衣を引きかぶって伏してしまわれた。こうして時がだいぶたったので、斎藤六が「時刻も気がかりです。お返事をいただいて帰って参りましょう」と申したので、母上は泣く泣くお返事を書いてお与えになった。斎藤六はおいとまを申して出て行った。

乳母の女房は、あまりのことにじっとしていられなかったのか、大覚寺をこっそり抜け出して、あたりを足にまかせて泣きながら歩いていると、ある人が申すには、「ここから奥の高雄という山寺の聖、文覚坊という人こそ、鎌倉殿がたいへん大切な人と思っておられるが、身分の高い家の子を弟子にしたいと欲しがっておられるそうだ」と言ったので、乳母の女房はよいことを聞いたと思い、すぐに高雄へ訪ねて行き、聖に向かって泣く泣く申すには、「乳飲み子のころから抱き上げてお育て申し、今年十二歳におなりの若君を、昨日武士に捕らえられてしまいました。お命をもらい受けて、お弟子になさってくださいませんか」と言って、聖の御前に倒れ伏し、声も惜しまず泣き叫んだ。まことにどうしようもない様子に見えた。

聖も気の毒に思って事情をお尋ねになった。しばらくして起き上がり、涙を押さえて申すには、「小松三位中将維盛卿の北の方に親しくお仕えしている人の若君をお育てしておりましたのを、もしや中将殿の公達だと誰かが申したのでしょうか、昨日武士に捕らえられてしまいました」と語った。聖が「さてその武士は誰というのか」と言うと、「北条四郎時政と名のっておりました」。聖は「さあ、それなら訪ねてみよう」と言って出て行った。乳母の女房は、この言葉を頼みにすべきではないが、昨日武士に捕らえられてからこのかた、あまりのことに思案のしようもなかったところに、聖がこのようにおっしゃったので、少し気を取り直して急いで大覚寺へ参った。母上は「さてそなたは身投げに出て行ったのかと、私もどこかの淵や川へ身を投げたいと思っていたのに」と言って、事情をお尋ねになった。乳母の女房が聖の申されたことを細かに語ったので、「ああ、その聖の御坊があの子をもらい受けて、もう一度私に会わせてほしい」と言って、うれしいにつけても、ただ尽きないものは涙であった。

その後、聖は六波羅に出かけて事情をお尋ねになった。北条が申されるには、「鎌倉殿の仰せには、平家の子孫という人は、男子なら一人も漏らさず探し出して殺せ。なかでも小松三位中将維盛卿の子息六代御前は年も少し大きい。そのうえ平家の嫡流である。故中御門新大納言成親卿の娘の腹の子と聞く。なんとしても捕らえて殺せ、と仰せを受けておりますので、末々の公達は少々捕らえ申しましたが、この若君の居所がどことも分からず、もうむなしく下ろうとしておりましたところに、思いがけず一昨日聞き出して、昨日ここまでお迎えしましたが、あまりに美しくいらっしゃるので、まだどうともせずに置いております」と申されたので、聖は「さあ、それならお会いしよう」と言って若君のいらっしゃる所へ参ってご覧になると、二重織物の直垂を着て、黒木の数珠を手にかけていらっしゃる。髪の様子、姿や人柄はまことに上品で美しく、この世の人とも見えない。昨夜は気を許して眠れなかったのか、少し面やつれしていらっしゃるのを見申すにつけても、いっそういとおしく思われた。

若君は聖をご覧になって、どう思われたのか涙ぐまれたので、聖もそぞろに墨染の袖を濡らされた。後の世にどのような仇敵になられるとしても、この子をどうして殺し申すことができようかと思われたので、北条に向かっておっしゃるには、「前世からの因縁でしょうか、この若君をお見かけすると、あまりにいとおしく思われます。かまうものですか、二十日の命を延ばしてください。鎌倉へ下って許しをいただいて差し上げましょう。そのわけは、この聖は鎌倉殿を世に立たせ申そうとして、院宣をうかがいに京へ上ったとき、勝手も知らない富士川の下流で夜に渡りかかって、もう少しで押し流されそうになったこと、また高市の山で追いはぎにあい、危うい命ばかりを拾って福原の牢の御所に参り、院宣をいただいて差し上げたときのお約束には、たとえどんな大事でも申せ、この聖が申すことは頼朝一生の間かなえよう、とおっしゃったのです。そのほか度々の奉公は、あなたもご覧になったことです。改めて申すまでもありません。約束を重んじて命を軽んずるものです。鎌倉殿に受領神がとりつきでもしなければ、よもやお忘れにはなるまい」と言って、すぐにその明け方に出立された。

斎藤五・斎藤六は聖を生き仏のように思って、手を合わせて涙を流した。この者たちはまた大覚寺に参ってこのことを申したので、母上はどれほどうれしく思われたことだろう。けれども鎌倉殿のお考えしだいなので、どうなることかと思われたが、二十日の命が延びたので、母上も乳母の女房も少し気を取り直して、ひとえに長谷の観音のお助けであろうかと頼もしく思われた。こうして日を送られるうちに、二十日が過ぎるのは夢のようで、聖はまだ見えない。「これはいったいどうしたことか」と、かえって心苦しく、今さらまたもだえ苦しまれた。北条も、聖が二十日と申した約束の日数も過ぎてしまった。今は鎌倉殿のお許しがないのであろう。そうそう在京して年を越すわけにもいかない。今はもう下ろうと騒ぎたてた。斎藤五・斎藤六も手を握りしめ、肝をつぶす思いであったが、聖はまだ見えず、使者さえよこさないので、どうしようもなかった。この者たちはまた大覚寺に参り、「聖はまだお見えになりません。北条もこの明け方に下向いたします」と言って涙をはらはらと流したので、聖があれほど頼もしげに申して下ってから、母上も乳母の女房も少し気を取り直して、ひとえに観音のお助けだと頼もしく思っていたのに、この明け方になってしまったので、母上と乳母の女房の心の中は、さぞ心細いことであっただろう。

母上が乳母の女房におっしゃるには、「ああ、誰か分別のある者が、道中で聖に行き会うところまで、あの子を連れて行ってくれと言ってほしい。もしもらい受けて上って来ても、その前に斬られていたらそのつらさをどうしよう。それで、もうすぐ殺されそうな様子だったか」とお尋ねになると、「この明け方のころと見えました。そのわけは、このごろ宿直をしておりました北条の家の子郎等たちが、ひどく名残惜しそうにして、念仏を唱える者もおり、涙を流す者もおりました」と申す。母上が「それで、あの子の様子はどうなのか」とお尋ねになると、「人が見ているときは何気ないふうをして、お数珠をくっていらっしゃいます。また人が見ていないときは、脇を向いて、お袖をお顔に押し当てて、涙にむせんでいらっしゃいます」と申す。母上は「そうであろう。年こそ幼いけれども、心は少し大人びた子です。しばらくしたら北条とかいう人においとまをもらって帰って参ると言ったけれども、今日もう二十日を過ぎたのに、あちらへも行けず、こちらへも来られない。またいつの日、いつの時に必ず会えるとも思えない。今夜限りの命と思って、さぞ心細かっただろう。それで、おまえたちはどうするつもりなのか」とおっしゃると、「私どもはどこまでもお供いたし、もしものことがあれば御骨を拾い、高野山に納め、出家入道して、ご菩提をお弔い申そうと思っております」と言って、涙にむせび沈んで伏してしまった。

こうして時がだいぶたったので、母上が「時刻も気がかりだ、では早く帰りなさい」とおっしゃると、二人の者は泣く泣くおいとまを申して退出した。そうして同じ十二月十七日の明け方、北条四郎時政は若君を連れて、もう都を出発した。斎藤五・斎藤六も御輿の左右について参った。北条が替え馬を下ろして「馬に乗れ」と言ったが乗らず、「最後のお供ですから、つらくもございません」と言って、血の涙を流しながら裸足で下っていった。若君は、あれほど離れがたく思っていた母上や乳母の女房とも別れ果て、住み慣れた都を遠く雲のかなたに振り返りながら、今日を限りの東国への道に向かって、はるばると下っていかれた心の中は推し量られて哀れである。馬を急がせる武士がいると、自分の首を斬るのかと肝をつぶし、言葉を交わす者がいると、さあ今かと心を砕く。四の宮河原かと思っていると逢坂の関山も過ぎて、大津の浦にもなった。粟津の原かとうかがっていると、今日ももう暮れてしまった。国々の宿場を次々と過ぎて下っていかれるうちに、駿河国にもなったので、若君の露のような命も、今日を限りと見えた。

千本の松原という所に御輿を据えさせ、「若君、お降りください」と言って、敷皮を敷いて座らせ申した。北条は急いで馬から飛び降り、若君のおそば近くに参って申されるには、「もしや道中で聖に行き会うかと、ここまでお連れ申しましたが、山の向こうまでは鎌倉殿のお心の内もはかりがたいので、近江国で殺し申したことにして披露いたしましょう。誰が何と申しても、前世の業による御身ですから、とても助かりはなさいますまい」と申されたので、若君は何の返事もなさらなかった。斎藤五・斎藤六を呼んでおっしゃるには、「決して、おまえたちは都へ上って、私が道中で斬られたなどと申してはならない。そのわけは、いずれは隠しおおせないだろうが、まさしくこの様子をお聞きになって嘆き悲しまれたら、後世の妨げにもなるだろう。鎌倉まで送り届けて上ってきたと申しなさい」とおっしゃると、二人の者は涙をはらはらと流した。しばらくして斎藤五が涙を押さえて申すには、「君が神にも仏にもおなりになった後、命を長らえてふたたび都へ帰り上ろうとは思っておりません」と言って、また涙を押さえて伏してしまった。

若君がもうこれまでと見えたとき、肩にかかっていた御髪を、小さく美しいお手で前へかき寄せなさったのを、警護の武士たちが見申して、「ああおいたわしい。まだお心はしっかりしていらっしゃるのだ」と言って、皆鎧の袖を濡らした。その後若君は西に向かって手を合わせ、声高に十念を唱えなさりながら、首を差し伸べて待っておられた。狩野の工藤三郎親俊が斬り手に選ばれ、太刀を脇に引き寄せ、左の方から若君の御後ろに回り、もう斬ろうとしたが、目もくらみ心も消え果てて、どこに刀を打ち当てればよいかもわからない。前後不覚になってしまったので、「とてもできそうにありません。ほかの人にお命じください」と言って、太刀を捨てて退いた。「それならあの者が斬れ、この者が斬れ」と斬り手を選んでいるところに、墨染の衣を着た僧が一人、月毛の馬に乗って鞭を打って馳せて来た。あたりの者たちが「ああおいたわしい。あの松原の中で、たいそう美しい若君を北条殿が今にも斬り申されるのだ」と言って、ひしひしと走り集まってきたので、この僧は気が気でなく、鞭を上げて招いたが、それでもなお気がかりで、かぶっていた笠を脱いで差し上げて招いた。

北条が何かわけがあるのだろうと待っていると、この僧はまもなく馳せて来て、急いで馬から飛び降り、「若君をもらい受けました。鎌倉殿の御教書がここにあります」と言って取り出した。北条がこれを開いて見ると、「まことに、小松三位中将維盛卿の子息六代御前が探し出されたとのこと。それを高雄の聖文覚坊がしばらく預かりたいと申しています。疑わずに預けよ。北条四郎殿へ、頼朝」とお書きになって御判がある。北条は繰り返し繰り返し二、三度読んで、「結構、結構」と言って置かれたので、斎藤五・斎藤六は言うまでもなく、北条の家の子郎等たちも皆、喜びの涙を流した。

意訳

平家の血を引く男子を根絶やしにしようとする鎌倉方の追及と、それに加担する都の人々の浅ましさから語り起こされる。わずかな手がかりから六代の隠れ家が見つかる場面は、白い子犬を追って庭に出た少年という一瞬の情景によって描かれ、平穏な日常があっけなく崩れていく痛ましさを際立たせている。

六代が自ら母を慰めて連れ去られていく場面や、母が夢に現れた子を思う場面には、親子の情愛が切々と描かれる。十二歳の少年が敵に弱みを見せまいとしながら涙をこぼす姿は、平家の嫡流としての気高さと幼さとを同時に感じさせる。

後半は、乳母の必死の嘆願に心を動かされた文覚の奔走と、約束の二十日を過ぎても戻らない聖を待つ人々の焦燥が描かれる。千本の松原で斬り手さえ太刀を捨てるほどの哀れな最期が迫ったその瞬間、笠を振って駆けつける僧の姿によって劇的に命が救われる構成は、物語の中でも屈指の緊迫した場面である。

語釈・文法注

文法

「所望は請ふに依るべし」
望みは願いのままにかなえよう。褒美は思いのままに与えるということ。
「勸賞蒙らん」
褒美をいただこう。
「彼は乳母が申し候、此は介錯の女房がなんど申して」
「あの子のことは乳母がそう申しています」「この子のことは世話役の女房が」などと言って。密告者がそれぞれの子の素性を言い立てるさま。
「一定そにてましますらん」
きっとその人(六代)でいらっしゃるだろう。
「籬の閒」
垣根のすき間。底本は「閒」に「ひま」と振る。
「御物著せ參らせ」
お着物をお着せ申し上げて。
「うらうへ」
裏と表。ここでは左右、両脇の意。
「のたまひけるは、たゞ今ちとまどろみたりつる夢に」
底本は会話の開きの「「」を刷らない。
「鷄人曉を唱へて」
宮中で時刻を告げる役人が夜明けを告げて。漢詩句による表現。
「とて。取出いて」
底本は「とて」の後に句点を刷る。
「たうでける」
「賜うでける」の音便。お与えになった。
「あられずさにや」
じっとしていられなさからであろうか。
「美しうまし候程に」
底本は「まします」ではなく「まし候」と刷る。
「受領神つき給はずば」
受領(国司)になると欲深くなるという俗信から、心変わりする神がとりつかなければ、の意。
「この由申しけれは」
底本は「けれは」と濁点なしに刷る。申したので。
「のたまひけるは、あはれおとなしやかならんずる者が」
底本は会話の開きの「「」を刷らない。
「涙にむせ沉んでぞ伏しにける」
底本は「むせび」ではなく「むせ」と刷る。
「國々宿々うち過ぎ〳〵」
国々の宿場を次々と過ぎて。
「一業所感の御身」
前世の同じ業によって同じ報いを受ける身。平家一門として逃れられない運命にあるということ。
「仕つとも存じ候はず」
とてもいたしおおせるとは思えません。
「請ひ受けうと候」
もらい受けたいと申しています。
「神妙々々」
よろしい、よろしい。殊勝なことだという感嘆。

解説

六代(1173?–1199?)は平維盛の嫡子で、母は藤原成親の娘。平家滅亡後の文治元年(1185)十二月、北条時政に捕らえられたが、文覚の助命嘆願によって救われ、のちに出家して妙覚と名のった。静岡県沼津市の千本松原には、六代の助命を伝える「六代松」の碑が残る。文覚は伊豆配流中に頼朝と親交を結び、挙兵を勧めたと伝えられる僧で、本章段で語られる富士川や福原での苦労は、巻第五「福原院宣」の話を受けている。

関連

出典

底本
『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、836–847頁(コマ447–452)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日