古典ライブラリー

平家物語 巻第十一

遠矢の事

源平が鬨の声をあげると、知盛は「運命が尽きれば力及ばないが、名こそ惜しい。東国の者に弱気を見せるな」と下知し、景清や盛継も意気込んだ。知盛は阿波民部重能の心変わりを見抜いて斬ろうとしたが、宗盛は許さなかった。平家は千余艘を三手に分け、山鹿秀遠の精兵が一斉に矢を放って源氏を押し返した。源氏の和田義盛が三町先まで射た遠矢を、平家の仁井親清が射返して三浦の石左近太郎に当て、続いて親清が義経の船に射た遠矢を、甲斐源氏の浅利与一義成が四町余り射返して親清を射落とした。やがて白旗が一流空から源氏の船に舞い下り、義経は八幡大菩薩の示現と喜んだ。沖から海豚の群れが平家の船の下を通り過ぎ、平家の敗北が占われた。

  1. 1さるさるさる程ほど程ほどほどににに源げん源げんげん平ぺい平ぺいぺい兩りやう兩りやうりょう方はう方はうほう陣ぢん陣ぢんじんをををあはせあはせあわせててて、、、鬨とき鬨ときときをををつくるつくるつくる。。。上かみ上かみかみははは梵ぼん梵ぼんぼん天てん天てんてんまでまでまでももも聞きこ聞きこきこえええ、、、下しも下しもしもははは堅けん堅けんけん牢らう牢らうろう地ぢ地ぢじ神じん神じんじんももも驚おどろ驚おどろおどろききき給たま給たまたまふふうらんらんらんとととぞぞぞ覺おぼ覺おぼおぼえええたるたるたる。。。鬨とき鬨ときときののの聲こゑ聲こゑこえももも靜しづ靜しづしずまりまりまりしかしかしかばばば、、、新しん新しんしん中ちう中ちうちゅう納な納なな言ごん言ごんごん知とも知ともとも盛もり盛もりもりののの卿きやう卿きやうきょう、、、船ふね船ふねふねののの屋や屋やや形かた形かたかたににに進すゝ進すゝすすみみみ出い出いいででで、、、大だい大だいだい音おん音おんおん聲じやう聲じやうじょうをををあげあげあげててて、、、「「「天てん天てんてん竺ぢく竺ぢくじく、、、震しん震しんしん旦たん旦たんたんにににももも、、、日に日にに本ほん本ほんほんわがわがわが朝てう朝てうちょうにににももも、、、雙なら雙ならならびびびなきなきなき名めい名めいめい將しやう將しやうしょう勇ゆう勇ゆうゆう士し士ししととといへいへいえどもどもども、、、運うん運うんうん命めい命めいめい盡つ盡つつきききぬれぬれぬればばば力ちから力ちからちから及およ及およおよばばばずずず。。。されどもされどもされども名な名ななこそこそこそ惜を惜をおしけれしけれしけれ。。。東とう東とうとう國ごく國ごくごくののの者もの者ものものどもどもどもににに弱よわ弱よわよわ氣げ氣げげ見み見みみすすすななな。。。何なに何なになにののの爲ため爲ためためにににかかか命いのち命いのちいのちをををばばば惜を惜をおしむしむしむべきべきべき。。。軍いくさ軍いくさいくさようせようせようせよよよ者もの者ものもの共ども共どもども、、、唯たゞ唯たゞただこれこれこれのみのみのみぞぞぞ思おも思おもおもふふう事こと事ことことよよよ。。。」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、飛ひ飛ひひ驒だ驒だだののの三さぶ三さぶさぶ郎らう郎らうろう左ざ左ざざ衞ゑ衞ゑえ門もん門もんもん景かげ景かげかげ經つね經つねつね御おん御おんおん前まへ前まへまえににに候さぶら候さぶらさぶらひひいけるけるけるががが、、、「「「これこれこれ承うけたまは承うけたまはうけたまわれれれ侍さぶらひ侍さぶらひさぶらい共ども共どもども。。。」」」とととぞぞぞ下げ下げげ知ぢ知ぢじしししけるけるける。。。上かづ上かづかず總さ總ささののの惡あく惡あくあく七しち七しちしち兵びやう兵びやうびょう衞ゑ衞ゑえ進すゝ進すゝすすみみみ出い出いいでででててて、、、「「「それそれそれ坂ばん坂ばんばん東どう東どうどう武む武むむ者しや者しやしゃははは馬むま馬むまむまののの上うへ上うへうえにににてててこそこそこそ口くち口くちくちはははきききききき候さふら候さふらそうらへへえどもどもども、、、船ふな船ふなふな軍いくさ軍いくさいくさをををばばばいついついつ調てう調てうちょう練れん練れんれんししし候さふらふ候さふらふそうろうべきべきべき。。。たとへたとへたとえばばば魚うを魚うをうおののの木き木ききににに上のぼ上のぼのぼつつったるたるたるでででこそこそこそ候さふら候さふらそうらははわんんんずずずらめらめらめ。。。一いち一いちいち々いち々いちいちににに取と取ととつつっててて海うみ海うみうみににに漬つ漬つつけけけなんなんなんものものものををを。。。」」」とととぞぞぞ申まう申まうもうしししけるけるける。。。越ゑつ越ゑつえっ中ちう中ちうちゅうののの次じ次じじ郎らう郎らうろう兵びやう兵びやうびょう衞ゑ衞ゑえ進すゝ進すゝすすみみみ出い出いいでででててて、、、「「「同おな同おなおなじうじうじゅうははは大たい大たいたい將しやう將しやうしょうののの源げん源げんげん九く九くく郎らう郎らうろうととと組く組くくみみみあひあひあい給たま給たまたまへへえ。。。九く九くく郎らう郎らうろうはははせいせいせいののの小ちひ小ちひちいさきさきさき男をとこ男をとこおとこののの、、、色いろ色いろいろののの白しろ白しろしろかんかんかんなるなるなるががが、、、向むか向むかむか齒ば齒ばばののの少すこ少すこすこしししさしさしさし出い出いいでででててて、、、殊こと殊ことことにににしるかんしるかんしるかんなるなるなるぞぞぞ。。。但たゞ但たゞただししし鎧よろひ鎧よろひよろい直ひた直ひたひた垂たれ垂たれたれををを常つね常つねつねににに著き著ききかふかふかうなれなれなればばば、、、きつきつきっととと見み見みみ分わ分わわけけけがたかりがたかりがたかりなんなんなん。。。」」」とととぞぞぞ申まう申まうもうしししけるけるける。。。惡あく惡あくあく七しち七しちしち兵びやう兵びやうびょう衞ゑ衞ゑえかさねかさねかさねててて、、、「「「なんでふなんでふなんじょうそのそのその小こ小ここ冠くわん冠くわんかん者じや者じやじゃめめめ、、、たとひたとひたとい心こゝろ心こゝろこころこそこそこそ猛たけ猛たけたけくくくともともとも、、、何なに何なになに程ほど程ほどほどののの事こと事ことことかかかあるあるあるべきべきべき。。。しやしやしや片かた片かたかた脇わき脇わきわきににに挾はさ挾はさはさんんんででで海うみ海うみうみににに入い入いいれれれなんなんなんものものものををを。。。」」」とととぞぞぞ申まう申まうもうしししけるけるける。。。
  2. 2新しん新しんしん中ちう中ちうちゅう納な納なな言ごん言ごんごん知とも知ともとも盛もり盛もりもりののの卿きやう卿きやうきょうはははかやうかやうかようににに下げ下げげ知ぢ知ぢじししし給たま給たまたまひひいててて後のち後のちのち、、、小こ小ここ船ぶね船ぶねぶねににに乘の乘ののりりり大臣殿おほいどの大臣殿おほいどのおおいどのののの御おん御おんおん前まへ前まへまえにににおはしおはしおわしててて申まう申まうもうささされれれけるけるけるははは、、、「「「御み御みみ方かた方かたかたののの兵つはもの兵つはものつわものどもどもども今日けふ今日けふきょうはははよくよくよく見み見みみえええ候さふらふ候さふらふそうろう。。。但たゞ但たゞただししし阿あ阿ああ波は波はわののの民みん民みんみん部ぶ部ぶぶ重しげ重しげしげ能よし能よしよしばかりばかりばかりこそこそこそ心こゝろ心こゝろこころがはりがはりがわりしししたるたるたるととと覺おぼ覺おぼおぼえええ候さふら候さふらそうらへへえ。。。頭かうべ頭かうべこうべををを刎は刎ははねねね候さふら候さふらそうらははわばやばやばや。。。」」」ととと申まう申まうもうささされれれけれけれければばば、、、大臣殿おほいどの大臣殿おほいどのおおいどの、、、「「「さしもさしもさしも奉ほう奉ほうほう公こう公こうこうののの者もの者ものものででであるあるあるににに、、、見み見みみえええたるたるたる事こと事ことこともももなくなくなくしししててて、、、いかでいかでいかでかかか頭かうべ頭かうべこうべをををばばば刎は刎ははねねねらるらるらるべきべきべき。。。重しげ重しげしげ能よし能よしよし召め召めめせせせ。。。」」」とととててて召め召めめささされれれけりけりけり。。。重しげ重しげしげ能よし能よしよしそのそのその日ひ日ひひののの裝しやう裝しやうしょう束ぞく束ぞくぞくにににははは、、、木む木むむ蘭らん蘭らんらん地ぢ地ぢじののの直ひた直ひたひた垂たれ垂たれたれににに洗あらひ洗あらひあらい革かは革かはかわののの鎧よろひ鎧よろひよろい著き著ききててて、、、御おん御おんおん前まへ前まへまえににに畏かしこ畏かしこかしこまつまつまってててぞぞぞ候さぶら候さぶらさぶらひひいけるけるける。。。大臣殿おほいどの大臣殿おほいどのおおいどの、、、「「「いかにいかにいかに重しげ重しげしげ能よし能よしよしははは心こゝろ心こゝろこころがはりがはりがわりしししたるたるたるかかか、、、今日けふ今日けふきょうはははあしうあしうあしゅう見み見みみゆるゆるゆるぞぞぞ。。。四し四しし國こく國こくこくののの者もの者ものものどもどもどもににに軍いくさ軍いくさいくさようせようせようせよよよととと下げ下げげ知ぢ知ぢじせせせよよよ、、、臆おく臆おくおくしししたんたんたんななな。。。」」」ととと宣のたま宣のたまのたまへへえばばば、、、「「「なんでふなんでふなんじょう臆おく臆おくおくししし候さふらふ候さふらふそうろうべきべきべき。。。」」」とととててて、、、御おん御おんおん前まへ前まへまえをををまかりまかりまかり立た立たたつつつ。。。新しん新しんしん中ちう中ちうちゅう納な納なな言ごん言ごんごんははは太た太たた刀ち刀ちちののの柄つか柄つかつか碎くだ碎くだくだけけけよよよととと握にぎ握にぎにぎるるるまゝまゝままににに、、、あつぱれあつぱれあっぱれ重しげ重しげしげ能よし能よしよしめめめががが首くび首くびくび打うち打うちうち落おと落おとおとさささばやばやばやととと、、、大臣殿おほいどの大臣殿おほいどのおおいどのののの御おん御おんおん方かた方かたかたををを頻しき頻しきしきりりりににに見み見みみ參まゐ參まゐまいらららさせさせさせ給たま給たまたまへへえどもどもども、、、御おん御おんおん許ゆる許ゆるゆるささされれれなけれなけれなければばば力ちから力ちからちから及およ及およおよびびび給たま給たまたまははわずずず。。。
  3. 3さるさるさる程ほど程ほどほどににに平へい平へいへい家け家けけははは千せん千せんせん餘よ餘よよ艘さう艘さうそうををを三み三みみ手て手ててにににつくるつくるつくる。。。まづまづまず山やま山やまやま鹿が鹿ががののの兵ひやう兵ひやうひょう藤とう藤とうとう次じ次じじ秀ひで秀ひでひで遠とほ遠とほとお、、、五ご五ごご百ひやく百ひやくひゃく餘よ餘よよ艘さう艘さうそうででで先せん先せんせん陣ぢん陣ぢんじんににに漕こ漕ここぎぎぎ向むか向むかむかふふう。。。松まつ松まつまつ浦ら浦らら黨たう黨たうとう三さん三さんさん百びやく百びやくびゃく餘よ餘よよ艘さう艘さうそうででで二に二にに陣ぢん陣ぢんじんにににつゞくつゞくつづく。。。平へい平へいへい家け家けけののの君きん君きんきん達だち達だちだちたちたちたち、、、二に二にに百ひやく百ひやくひゃく餘よ餘よよ艘さう艘さうそうででで三さん三さんさん陣ぢん陣ぢんじんににに續つゞ續つゞつづききき給たま給たまたまへへえりりり。。。中なか中なかなかにににももも山やま山やまやま鹿が鹿ががののの兵ひやう兵ひやうひょう藤とう藤とうとう次じ次じじ秀ひで秀ひでひで遠とほ遠とほとおははは九く九くく國こく國こくこく一いち一いちいちののの強つよ強つよつよ弓ゆみ弓ゆみゆみ精せい精せいせい兵びやう兵びやうびょうなりなりなりけれけれければばば、、、われわれわれ程ほど程ほどほどこそこそこそなけれなけれなけれどもどもども、、、普ふ普ふふ通つう通つうつう樣ざま樣ざまざまののの精せい精せいせい兵びやう兵びやうびょう五ご五ごご百ひやく百ひやくひゃく人にん人にんにんすぐつすぐつすぐっててて、、、船ふね船ふねふね々ぶね々ぶねぶねののの艫とも艫ともとも舳へ舳へへににに立た立たたててて、、、肩かた肩かたかたををを一いち一いちいち面めん面めんめんににに竝なら竝ならならべべべててて、、、五ご五ごご百ひやく百ひやくひゃくののの矢や矢ややををを一いち一いちいち度ど度どどににに放はな放はなはなつつつ。。。源げん源げんげん氏じ氏じじののの方かた方かたかたにににももも三さん三さんさん千ぜん千ぜんぜん餘よ餘よよ艘さう艘さうそうののの船ふね船ふねふねなりなりなりけれけれければばば、、、勢せい勢せいせいののの數かず數かずかずさこそさこそさこそははは多おほ多おほおおかりかりかりけめけめけめどもどもども、、、あそこあそこあそここゝこゝここよりよりより射い射いいけるけるける程ほど程ほどほどににに、、、いづくいづくいずくににに精せい精せいせい兵びやう兵びやうびょうありありありとととももも見み見みみえええざりざりざりけりけりけり。。。中なか中なかなかにににももも大たい大たいたい將しやう將しやうしょう軍ぐん軍ぐんぐん源げん源げんげん九く九くく郎らう郎らうろう義よし義よしよし經つね經つねつねははは、、、まつまつまつ先さき先さきさきににに進すゝ進すゝすすんんんででで戰たゝか戰たゝかたたかひひいけるけるけるががが、、、楯たて楯たてたてももも鎧よろひ鎧よろひよろいもももこらへこらへこらえずずずしししててて、、、さん〴〵さん〴〵さんざんににに射い射いいしらまさしらまさしらまさるるる。。。平へい平へいへい家け家けけ、、、御み御みみ方かた方かたかた勝か勝かかちちちぬぬぬとととててて頻しき頻しきしきりりりににに攻せめ攻せめせめ鼓づゝみ鼓づゝみづつみををを打う打ううつつっててて、、、をめきをめきおめき叫さけ叫さけさけんんんででで攻せ攻せせめめめ戰たゝか戰たゝかたたかふふう。。。
  4. 4源げん源げんげん氏じ氏じじののの方かた方かたかたにににははは和わ和わわ田だ田だだののの小こ小ここ太た太たた郎らう郎らうろう義よし義よしよし盛もり盛もりもり、、、船ふね船ふねふねにににははは乘の乘ののらららずずず、、、馬むま馬むまむまににに打うち打うちうち乘の乘ののりりり、、、鐙あぶみ鐙あぶみあぶみののの鼻はな鼻はなはな蹈ふ蹈ふふみみみ反そら反そらそらししし、、、平へい平へいへい家け家けけののの勢せい勢せいせいののの中なか中なかなかをををさしさしさしつめつめつめ引ひ引ひひきききつめつめつめ、、、さん〴〵さん〴〵さんざんににに射い射いいるるる。。。もともともとよりよりより精せい精せいせい兵びやう兵びやうびょうののの手て手ててきゝきゝききにににてててありありありけれけれければばば、、、三さん三さんさん町ちやう町ちやうちょうががが内うち内うちうちののの者もの者ものものをををばばば、、、はづさはづさはずさずずず強つよ強つよつよううう射い射いいけりけりけり。。。中なか中なかなかにににももも殊こと殊ことことににに遠とほ遠とほとおううう射い射いいたるたるたるととと思おぼ思おぼおぼしきしきしき矢や矢ややををを、、、そのそのその矢や矢やや賜たま賜たまたまはらはらわらんんんとととぞぞぞ招まね招まねまねきききけるけるける。。。新しん新しんしん中ちう中ちうちゅう納な納なな言ごん言ごんごん知とも知ともとも盛もり盛もりもりののの卿きやう卿きやうきょう、、、このこのこの矢や矢ややををを拔ぬ拔ぬぬかかかせせせててて見み見みみ給たま給たまたまへへえばばば、、、白しら白しらしら箟の箟ののににに鶴つる鶴つるつるののの本もと本もともと白じろ白じろじろ、、、鴻こう鴻こうこうののの羽は羽ははわりわりわりあはせあはせあわせてててはいはいはいだるだるだる矢や矢ややののの十じふ十じふじゅう三さん三さんさん束ぞく束ぞくぞく三み三みみ伏ぶせ伏ぶせぶせありありありけるけるけるににに、、、沓くつ沓くつくつ巻まき巻まきまきよりよりより一いつ一いついっ束そく束そくそく許ばか許ばかばかりりりおいおいおいててて、、、和わ和わわ田だ田だだののの小こ小ここ太た太たた郎らう郎らうろうののの義よし義よしよし盛もり盛もりもりととと、、、漆うるし漆うるしうるしにににてててぞぞぞ書か書かかきききつけつけつけたるたるたる。。。平へい平へいへい家け家けけののの方かた方かたかたにににももも精せい精せいせい兵びやう兵びやうびょう多おほ多おほおおしししととといへいへいえどもどもども、、、さすがさすがさすが遠とほ遠とほとお矢や矢やや射い射いいるるる仁じん仁じんじんやややなかりなかりなかりけんけんけん。。。やゝやゝややあつあつあっててて伊い伊いい豫よ豫よよののの國くに國くにくにののの住ぢゆう住ぢゆうじゅう人にん人にんにん仁に仁にに井ゐ井ゐいののの紀き紀きき四し四しし郎らう郎らうろう親ちか親ちかちか淸きよ淸きよきよ、、、このこのこの矢や矢ややををを賜たま賜たまたまはつはつわっててて射い射いい返かへ返かへかえすすす。。。これこれこれももも三さん三さんさん町ちやう町ちやうちょう餘よ餘よよをををつとつとつと射い射いい渡わた渡わたわたいいいててて、、、和わ和わわ田だ田だだががが後うしろ後うしろうしろ一いつ一いついっ段たん段たんたん許ばか許ばかばかりりりににに控ひか控ひかひかへへえたるたるたる、、、三み三みみ浦うら浦うらうらののの石いし石いしいし左さ左ささ近こん近こんこんののの太た太たた郎らう郎らうろうががが弓ゆん弓ゆんゆん手で手ででののの肘かひな肘かひなかいなににに、、、したゝかしたゝかしたたかにににこそこそこそ立た立たたつつったりたりたりけれけれけれ。。。三み三みみ浦うら浦うらうらののの人ひと人ひとひとどもどもども寄よ寄よよりりりあひあひあいててて、、、「「「あなあなあなにくにくにくややや、、、和わ和わわ田だ田だだののの小こ小ここ太た太たた郎らう郎らうろうががが、、、われわれわれ程ほど程ほどほどののの精せい精せいせい兵びやう兵びやうびょうなしなしなしととと心こゝろ心こゝろこころ得え得ええててて、、、恥はぢ恥はぢはじかきかきかきぬるぬるぬるをををかしかしかしさささよよよ。。。」」」ととと笑わら笑わらわらひひいけれけれければばば、、、義よし義よしよし盛もり盛もりもりやすからやすからやすからぬぬぬ事こと事ことことなりなりなりとととててて、、、今こん今こんこん度ど度どどははは小こ小ここ船ぶね船ぶねぶねににに乘の乘ののつつっててて漕こ漕ここぎぎぎ出いだ出いだいだししし、、、平へい平へいへい家け家けけののの勢せい勢せいせいののの中なか中なかなかををを、、、さしさしさしつめつめつめ引ひ引ひひきききつめつめつめ、、、さん〴〵さん〴〵さんざんににに射い射いいけれけれければばば、、、者もの者ものものどもどもども多おほ多おほおおくくく手て手てて負お負おおひひい射い射いい殺ころ殺ころころさささるるる。。。
  5. 5やゝやゝややあつあつあっててて沖おき沖おきおきののの方かた方かたかたよりよりより、、、判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがんののの乘の乘ののりりり給たま給たまたまひひいたるたるたる船ふね船ふねふねににに、、、白しら白しらしら箟の箟ののののの大おほ大おほおお矢や矢ややををを一ひと一ひとひとつつつ射い射いい立た立たたててて、、、これこれこれももも和わ和わわ田だ田だだがががやうやうようににに、、、そのそのその矢や矢やや賜たま賜たまたまはらはらわらんんんととと招まね招まねまねきききけりけりけり。。。判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがんこのこのこの矢や矢ややををを拔ぬ拔ぬぬかかかせせせててて見み見みみ給たま給たまたまへへえばばば、、、白しら白しらしら箟の箟ののににに山やま山やまやま鳥どり鳥どりどりののの尾を尾ををををを以もつ以もつもってててはいはいはいだるだるだる矢や矢ややののの、、、十じふ十じふじゅう四し四しし束そく束そくそく三み三みみ伏ぶせ伏ぶせぶせありありありけるけるけるににに、、、沓くつ沓くつくつ巻まき巻まきまきよりよりより一いつ一いついっ束そく束そくそくばかりばかりばかりおいおいおいててて、、、伊い伊いい豫よ豫よよののの國くに國くにくにののの住ぢゆう住ぢゆうじゅう人にん人にんにん仁に仁にに井ゐ井ゐいののの紀き紀きき四し四しし郎らう郎らうろう親ちか親ちかちか淸きよ淸きよきよととと、、、漆うるし漆うるしうるしにににてててぞぞぞ書か書かかきききつけつけつけたるたるたる。。。判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん後ご後ごご藤とう藤とうとう兵びやう兵びやうびょう衞ゑ衞ゑえ實さね實さねさね基もと基もともとををを召め召めめしししててて、、、「「「御み御みみ方かた方かたかたにににこのこのこの矢や矢やや射い射いいつつつべきべきべき仁じん仁じんじんははは誰たれ誰たれたれかかかあるあるある。。。」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、「「「甲か甲かか斐ひ斐ひいののの源げん源げんげん氏じ氏じじににに淺あさ淺あさあさ利り利りりののの與よ與よよ一いち一いちいち殿どの殿どのどのこそこそこそ、、、精せい精せいせい兵びやう兵びやうびょうののの手て手ててききききききにににててて候さふら候さふらそうらへへえ。。。」」」ととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん、、、「「「さらばさらばさらば與よ與よよ一いち一いちいちよべよべよべ。。。」」」とととててて召め召めめささされれれけりけりけり。。。淺あさ淺あさあさ利り利りりののの與よ與よよ一いち一いちいち出い出いいででで來き來ききたりたりたり。。。判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん、、、「「「いかにいかにいかに與よ與よよ一いち一いちいち、、、このこのこの矢や矢やや只たゞ只たゞただ今いま今いまいま沖おき沖おきおきよりよりより射い射いいててて候さふらふ候さふらふそうろうががが、、、そのそのその矢や矢やや賜たま賜たまたまはらはらわらんんんととと招まね招まねまねききき候さふらふ候さふらふそうろう。。。御ご御ごご邊へん邊へんへん射い射いいられられられ候さふら候さふらそうらひひいなんなんなんややや。。。」」」ととと宣のたま宣のたまのたまへへえばばば、、、「「「賜たま賜たまたまはつはつわっててて見み見みみ候さふら候さふらそうらははわんんん。。。」」」とととててて、、、取と取ととつつっててて爪つま爪つまつまよつよつよっててて、、、「「「これこれこれははは箟の箟ののががが弱よわ弱よわよわくくく候さふらふ候さふらふそうろう。。。矢や矢やや束づか束づかづかももも少すこ少すこすこししし短みじか短みじかみじこううう候さふら候さふらそうらへへえばばば、、、同おな同おなおなじうじうじゅうははは義よし義よしよし成なり成なりなりががが具ぐ具ぐぐ足そく足そくそくにににててて仕つかまつ仕つかまつつかまつりりり候さふら候さふらそうらははわんんん。。。」」」とととててて、、、塗ぬり塗ぬりぬり箟の箟ののににに黑くろ黑くろくろ母ほ母ほほ呂ろ呂ろろはいはいはいだるだるだる大だい大だいだいののの矢や矢ややののの、、、わがわがわが大おほ大おほおお手て手ててにににおしおしおし握にぎ握にぎにぎつつっててて十じふ十じふじゅう五ご五ごご束そく束そくそく三み三みみ伏ぶせ伏ぶせぶせありありありけるけるけるををを、、、塗ぬり塗ぬりぬり籠ごめ籠ごめごめ籐どう籐どうどうののの弓ゆみ弓ゆみゆみののの九く九くく尺しやく尺しやくしゃくばかりばかりばかりありありありけるけるけるににに取と取ととつつってててつがひつがひつがい、、、よつよつよっぴいぴいぴいてててひようひようひょうととと放はな放はなはなつつつ。。。これこれこれももも四し四しし町ちやう町ちやうちょう餘よ餘よよをををつとつとつと射い射いい渡わた渡わたわたいいいててて、、、大おほ大おほおお船ぶね船ぶねぶねののの艫とも艫ともともににに立た立たたつつったるたるたる仁に仁にに井ゐ井ゐいののの紀き紀きき四し四しし郎らう郎らうろう親ちか親ちかちか淸きよ淸きよきよがががまつまつまつたゞたゞただ中なか中なかなかををを、、、ひようつばひようつばひょうつばととと射い射いいててて、、、船ふな船ふなふな底ぞこ底ぞこぞこへへへまつまつまつさかさまさかさまさかさまににに射い射いい落おと落おとおとすすす。。。もともともとよりよりよりこのこのこの淺あさ淺あさあさ利り利りりののの與よ與よよ一いち一いちいちははは精せい精せいせい兵びやう兵びやうびょうののの手て手ててきゝきゝききにににててて、、、二に二にに町ちやう町ちやうちょうががが中なか中なかなかををを走はし走はしはしるるる鹿しゝ鹿しゝししをををばばば、、、はづさはづさはずさずずず強つよ強つよつよううう射い射いいけるけるけるとととぞぞぞ聞きこ聞きこきこえええししし。。。
  6. 6そのそのその後のち後のちのちははは源げん源げんげん平ぺい平ぺいぺいののの兵つはもの兵つはものつわもの共ども共どもども、、、互たがひ互たがひたがいににに面おもて面おもておもてもももふらふらふらずずず、、、命いのち命いのちいのちももも惜を惜をおしましましまずずず攻せ攻せせめめめ戰たゝか戰たゝかたたかふふう。。。されどもされどもされども平へい平へいへい家け家けけののの御おん御おんおん方かた方かたかたにににははは十じふ十じふじゅう善ぜん善ぜんぜん帝てい帝ていてい王わう王わうおう、、、三さん三さんさん種しゆ種しゆしゅののの神じん神じんじん器ぎ器ぎぎををを帶たい帶たいたいしししてててわたらわたらわたらせせせ給たま給たまたまへへえばばば、、、源げん源げんげん氏じ氏じじいかゞいかゞいかがあらあらあらんんんずずずらんらんらんととと、、、危あや危あやあよううう思おも思おもおもふふう所ところ所ところところににに、、、しば〳〵しば〳〵しばしば白しら白しらしら雲くも雲くもくもかかかとととおぼしくおぼしくおぼしくててて、、、虛こ虛ここ空くう空くうくうににに漂たゞよ漂たゞよただよひひいけるけるけるががが、、、雲くも雲くもくもにににてててはははなかりなかりなかりけりけりけり。。。主ぬし主ぬしぬしもももなきなきなき白しら白しらしら旗はた旗はたはた一ひと一ひとひと旒ながれ旒ながれながれ舞ま舞ままひひい下さが下さがさがりりりててて、、、源げん源げんげん氏じ氏じじののの船ふね船ふねふねののの舳へ舳へへににに、、、棹さを棹さをさお付つけ付つけつけののの緒を緒ををのののさはるさはるさわる程ほど程ほどほどにににぞぞぞ見み見みみえええたりたりたりけるけるける。。。
  7. 7判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがんこれこれこれははは八はち八はちはち幡まん幡まんまん大だい大だいだい菩ぼ菩ぼぼ薩さつ薩さつさつののの現げん現げんげんじじじ給たま給たまたまへへえるるるにににこそこそこそととと悅よろこ悅よろこよろこびびびててて、、、兜かぶと兜かぶとかぶとをををぬぎぬぎぬぎ、、、手てう手てうちょう水づ水づず嗽がひ嗽がひがいしししててて、、、これこれこれををを拜はい拜はいはいししし奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまふふう。。。兵つはもの兵つはものつわものどもどもどもももも皆みな皆みなみなかくかくかくののの如ごと如ごとごとししし。。。またまたまた沖おき沖おきおきよりよりより鯆いるか鯆いるかいるかととといふいふいう魚うを魚うをうお一いつ一いついっ二に二にに千せん千せんせん這は這はほうううててて、、、平へい平へいへい家け家けけののの船ふね船ふねふねののの方かた方かたかたへへへぞぞぞ向むか向むかむかひひいけるけるける。。。大臣殿おほいどの大臣殿おほいどのおおいどの小こ小ここ博はか博はかはか士せ士せせ晴はる晴はるはる信のぶ信のぶのぶををを召め召めめしししててて、、、「「「鯆いるか鯆いるかいるかははは常つね常つねつねににに多おほ多おほおおけれけれけれどもどもども、、、未いま未いまいまだだだかやうかやうかようののの事こと事ことことなしなしなし。。。きつきつきっととと勘かんが勘かんがかんがへへえ申まう申まうもうせせせ。。。」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、「「「このこのこの鯆いるか鯆いるかいるかはははみかへりみかへりみかえり候さふら候さふらそうらははわばばば、、、源げん源げんげん氏じ氏じじ亡ほろ亡ほろほろびびび候さふら候さふらそうらひひいなんずなんずなんず。。。はみはみはみ通とほ通とほとおりりり候さふら候さふらそうらははわばばば、、、御み御みみ方かた方かたかたののの御おん御おんおん軍いくさ軍いくさいくさ危あや危あやあよううう覺おぼ覺おぼおぼえええ候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」ととと申まう申まうもうしししもももはてはてはてぬぬぬににに、、、平へい平へいへい家け家けけののの船ふね船ふねふねののの下した下したしたをををすぐすぐすぐ這は這はほうううてててぞぞぞ通とほ通とほとおりりりけるけるける。。。世よ世よよののの中なか中なかなかははは今いま今いまいまはははかうかうこうとととぞぞぞ見み見みみえええししし。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

やがて源平両方が陣を向かい合わせて鬨の声をあげた。上は梵天までも聞こえ、下は堅牢地神も驚かれるだろうと思われた。鬨の声も静まると、新中納言知盛卿が船の屋形に進み出て、大音声をあげて、「天竺・震旦でも日本わが国でも、並ぶもののない名将勇士でも、運命が尽きてしまえば力は及ばない。けれども名こそ惜しい。東国の者どもに弱気を見せるな。何のために命を惜しむことがあろう。よく戦え、者ども。ただこのことだけを思え」とおっしゃると、飛騨三郎左衛門景経が御前に控えていたが、「これを承れ、侍ども」と下知した。上総の悪七兵衛が進み出て、「坂東武者は馬の上でこそ大口をたたきますが、船戦はいつ稽古したことがありましょう。たとえば魚が木に登ったようなものでございましょう。一人ずつ捕らえて海に漬けてやりましょう」と申した。越中次郎兵衛が進み出て、「同じことなら大将の源九郎と組みなさい。九郎は背の低い色白の男で、前歯が少し出ていて、とりわけ目立つそうだ。ただし鎧直垂をいつも着替えるそうだから、きっと見分けにくいだろう」と申した。悪七兵衛は重ねて、「何のその小冠者め、たとえ心が猛くても、何ほどのことがあろう。片脇に挟んで海に投げ入れてやろう」と申した。

新中納言知盛卿はこのように下知されてから、小舟に乗って大臣殿の御前に行かれて申されるには、「味方の兵どもは今日はよく見えます。ただし阿波民部重能だけは心変わりしたように思われます。首を刎ねたいものです」と申されたので、大臣殿は、「あれほど奉公してきた者を、はっきりした証拠もないのに、どうして首を刎ねられよう。重能を呼べ」といってお呼びになった。重能はその日の装束に、木蘭地の直垂に洗革の鎧を着て、御前にかしこまって控えた。大臣殿は「どうだ重能、心変わりしたのか。今日はようすが悪く見えるぞ。四国の者どもによく戦えと下知せよ。臆したのか」とおっしゃると、「どうして臆しましょう」といって、御前を退いた。新中納言は太刀の柄も砕けよと握りしめて、ああ重能めの首を打ち落としたいと、大臣殿の方をしきりにご覧になったが、お許しがないので、どうしようもなかった。

やがて平家は千余艘を三手に分けた。まず山鹿兵藤次秀遠が五百余艘で先陣として漕ぎ向かう。松浦党が三百余艘で二陣に続く。平家の公達は二百余艘で三陣に続かれた。中でも山鹿兵藤次秀遠は九州一の強弓の精兵だったので、自分ほどではないが並みの精兵を五百人選りすぐって、船々の艫と舳に立て、肩を一列に並べて、五百の矢を一度に放った。源氏の方も三千余艘の船だったので、勢の数こそ多かったろうが、あちこちから射るので、どこに精兵がいるとも見えなかった。中でも大将軍源九郎義経は、まっ先に進んで戦ったが、楯も鎧も持ちこたえられず、さんざんに射すくめられた。平家は味方が勝ったといって、しきりに攻め鼓を打って、わめき叫んで攻め戦った。

源氏方では和田小太郎義盛が、船には乗らず馬に乗って、鐙の鼻を踏んばり、平家の勢の中を矢継ぎ早にさんざんに射た。もとより精兵の名手だったので、三町以内の者ははずさず強く射た。中でもことに遠く射たと思われる矢を、その矢を返してくれと招いた。新中納言知盛卿がこの矢を抜かせてご覧になると、白箟に鶴の本白、鴻の羽を割り合わせて矧いだ十三束三伏の矢に、沓巻から一束ほど離して、「和田小太郎義盛」と漆で書きつけてあった。平家方にも精兵は多かったが、さすがに遠矢を射る者はいなかったのだろうか。しばらくして伊予国の住人仁井紀四郎親清がこの矢をいただいて射返した。これも三町余りをさっと射渡して、和田の後ろ一段ほどに控えていた三浦の石左近太郎の左の肘に、したたかに突き立った。三浦の人々は寄り集まって、「ああ憎らしい。和田小太郎が自分ほどの精兵はいないと思いこんで恥をかいたのはおかしいことよ」と笑ったので、義盛は腹の立つことだといって、今度は小舟に乗って漕ぎ出し、平家の勢の中を矢継ぎ早にさんざんに射たので、多くの者が手負い、射殺された。

しばらくして沖の方から、判官の乗っておられる船に白箟の大矢を一本射立てて、これも和田のように、その矢を返してくれと招いた。判官がこの矢を抜かせてご覧になると、白箟に山鳥の尾で矧いだ十四束三伏の矢に、沓巻から一束ほど離して、「伊予国の住人仁井紀四郎親清」と漆で書きつけてあった。判官が後藤兵衛実基を呼んで「味方にこの矢を射返せる者は誰がいるか」とおっしゃると、「甲斐源氏の浅利与一殿こそ精兵の名手でございます」と申したので、判官は「それでは与一を呼べ」といってお呼びになった。浅利与一が参上した。判官が「どうだ与一、この矢を今沖から射てきて、返してくれと招いている。あなたは射られるか」とおっしゃると、「拝見しましょう」といって、取って爪で矢柄をしごいてみて、「これは箟が弱うございます。矢束も少し短うございますので、同じことなら義成の道具でいたしましょう」といって、塗箟に黒母衣の羽を矧いだ大きな矢で、自分の大きな手で握って十五束三伏あるのを、九尺ほどもある塗籠籐の弓に取ってつがえ、引きしぼってひょうと放った。これも四町余りをさっと射渡して、大船の艫に立っていた仁井紀四郎親清の真ん中をひょうふっと射て、船底へまっさかさまに射落とした。もとよりこの浅利与一は精兵の名手で、二町先を走る鹿もはずさず強く射たと聞こえた。

その後は源平の兵たちが互いにわき目もふらず、命も惜しまず攻め戦った。けれども平家の御方には十善の帝王が三種の神器を帯しておいでになるので、源氏はどうなるだろうかと危ぶむところに、しばしば白雲かと見えるものが虚空に漂っていたが、雲ではなかった。持ち主もない白旗が一流舞い下りて、源氏の船の舳に、竿付の緒が触れるほどに見えた。

判官は、これは八幡大菩薩が現れなさったのだと喜んで、兜を脱ぎ、手を洗い口をすすいで、これを拝み申された。兵たちもみな同じようにした。また沖から海豚という魚が一、二千匹這うように泳いで、平家の船の方へ向かってきた。大臣殿は小博士晴信を呼んで、「海豚はいつも多いが、まだこのようなことはない。しっかり占って申せ」とおっしゃると、「この海豚が引き返したなら、源氏が滅びましょう。くぐり通ったなら、味方の御戦は危うく思われます」と申し終わらないうちに、平家の船の下をまっすぐ這うように通っていった。世の中はもはやこれまでと見えた。

意訳

壇の浦の合戦の中盤である。知盛の「名こそ惜しけれ」という下知は、運命を悟りながらも武士の名誉に殉じようとする平家の覚悟を代表する言葉である。重能の心変わりを見抜きながら斬れなかったことは、のちに重能が源氏に寝返る伏線となり、宗盛の判断の甘さを印象づける。

遠矢の応酬は、源平の弓の名手たちの技を競う華やかな見せ場であり、矢に名を書いて射返しを求めるところに当時の戦の作法がうかがえる。白旗の飛来と海豚の通過という二つの瑞兆・凶兆によって、戦の流れが源氏に傾いたことが示される。

語釈・文法注

文法

「堅牢地神」
大地を守る神。
「弱氣見すな」
弱気を見せるな。
「しるかんなるぞ」
目立つということだ。「しるし」は著しい。
「著かふなれば」
着替えるそうだから。
「しや片脇に」
「しや」は相手をいやしめる接頭語的な語。あいつを片脇に。
「臆したんな」
臆したのだな。
「射しらまさる」
射られてひるまされる。
「十三束三伏」
矢の長さ。こぶし十三個分と指三本分。
「爪よつて」
爪で矢柄をしごいて、矢の具合を確かめて。
「十善帝王」
前世で十善を修めた果報として帝位についた天皇。安徳天皇。
「棹付の緒」
旗を竿に結びつける緒。
「小博士」
陰陽寮の下級の博士。
「はみ通り候はば」
くぐって通り抜けたならば。

解説

浅利与一義成は甲斐源氏の武田一族で、壇の浦の遠矢で名を上げた。『吾妻鏡』には、のちに頼朝が義成の弓の腕を賞したことが見える。知盛の「名こそ惜しけれ」の言葉は、平家の武将の誇りを示すものとして、後世の軍記物語や芸能にも受け継がれた。

関連

出典

底本
『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、786–790頁(コマ422–424)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日