古典ライブラリー

平家物語 巻第十一

那須の与一の事

阿波・讃岐の武士が次々と馳せ参じて、義経の勢は三百余騎になった。日暮れて源平が退こうとしたとき、沖から美しく飾った小舟が漕ぎ寄せ、船上の若い女房が、皆紅に日の丸を描いた扇を竿に挟んで立て、陸へ向かって招いた。後藤実基の進言で、義経は下野の那須与一宗高に扇を射させる。与一は辞退したが義経に叱られて引き受け、馬を海に乗り入れた。北風が強く、扇は波に揺れて定まらない。与一は八幡大菩薩と故郷の神々に祈り、射損じたら自害すると誓って鏑矢を放つと、矢は扇の要ぎわを射切り、扇は空に舞い上がって海に散った。平家は舷をたたいて感嘆し、源氏は箙をたたいてどよめいた。

  1. 1さるさるさる程ほど程ほどほどににに阿あ阿ああ波は波はわ、、、讚さぬ讚さぬさぬ岐き岐ききににに、、、平へい平へいへい家け家けけををを背そむ背そむそむいいいててて源げん源げんげん氏じ氏じじををを待ま待ままちちちけるけるける兵つはもの兵つはものつわものどもどもども、、、あそこあそこあそこののの嶺みね嶺みねみね、、、こゝこゝここののの洞ほら洞ほらほらよりよりより十じふ十じふじゅう四し四しし五ご五ごご騎き騎きき、、、二に二にに十じつ十じつじっ騎き騎きき、、、うちうちうちつれ〳〵つれ〳〵つれうちつれ、、、馳は馳ははせせせ來きた來きたきたるるる程ほど程ほどほどににに、、、判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん程ほど程ほどほどなくなくなく三さん三さんさん百びやく百びやくびゃく餘よ餘よよ騎き騎ききににになりなりなり給たま給たまたまひひいぬぬぬ。。。今日けふ今日けふきょうははは日ひ日ひひ暮く暮くくれれれぬぬぬ。。。勝しよう勝しようしょう負ぶ負ぶぶををを決けつ決けつけつすすすべからべからべからずずずとととててて、、、源げん源げんげん平ぺい平ぺいぺい互たがひ互たがひたがいににに引ひき引ひきひき退しりぞ退しりぞしりぞくくくところところところににに、、、沖おき沖おきおきよりよりより尋じん尋じんじん常じやう常じやうじょうににに飾かざ飾かざかざつつったるたるたる小こ小ここ船ぶね船ぶねぶね一いつ一いついっ艘さう艘さうそう、、、汀みぎは汀みぎはみぎわへへへ向むか向むかむかつつっててて漕こ漕ここぎぎぎ寄よ寄よよせせせ、、、渚なぎさ渚なぎさなぎさよりよりより七しち七しちしち八はつ八はつはっ段たん段たんたんばかりばかりばかりににになりなりなりしかしかしかばばば、、、船ふね船ふねふねををを横よこ横よこよこざまざまざまににになすなすなす。。。あれあれあれはははいかにいかにいかにととと見み見みみるるるところところところににに、、、船ふね船ふねふねののの中なか中なかなかよりよりより年とし年としとしののの齡よはひ齡よはひよわい十じふ十じふじゅう八はち八はちはち九く九くくばかりばかりばかりなるなるなる女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうののの、、、柳やなぎ柳やなぎやなぎののの五いつゝ五いつゝいつつ衣ぎぬ衣ぎぬぎぬににに紅くれなゐ紅くれなゐくれないののの袴はかま袴はかまはかま著き著ききたるたるたるががが、、、皆みな皆みなみな紅くれなゐ紅くれなゐくれないののの扇あふぎ扇あふぎおうぎののの日ひ日ひひ出いだ出いだいだしししたるたるたるををを、、、船ふね船ふねふねのののせがひせがひせがいににに挾はさ挾はさはさみみみ立た立たたててて、、、陸くが陸くがくがへへへ向むか向むかむかつつってててぞぞぞ招まね招まねまねきききけるけるける。。。
  2. 2判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん、、、後ご後ごご藤とう藤とうとう兵びやう兵びやうびょう衞ゑ衞ゑえ實さね實さねさね基もと基もともとををを召め召めめしししててて、、、「「「あれあれあれはははいかにいかにいかに。。。」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、「「「射い射いいよよよとととにににこそこそこそ候さふらふ候さふらふそうろうらめらめらめ。。。但たゞ但たゞただししし大たい大たいたい將しやう將しやうしょう軍ぐん軍ぐんぐんののの矢や矢やや面おもて面おもておもてににに進すゝ進すゝすすんんんででで、、、傾けい傾けいけい城せい城せいせいををを御ご御ごご覽らん覽らんらんぜぜぜられられられんんんところところところををを、、、手て手てて垂だれ垂だれだれにににねらうねらうねろうててて射い射いい落おと落おとおとせせせとととののの謀はかりごと謀はかりごとはかりごととととこそこそこそ存ぞん存ぞんぞんじじじ候さふら候さふらそうらへへえ。。。さりさりさりながらながらながら扇あふぎ扇あふぎおうぎをををばばば射い射いいさせさせさせらるらるらるべうべうびょうもももややや候さふらふ候さふらふそうろうらんらんらん。。。」」」ととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん、、、「「「御み御みみ方かた方かたかたににに射い射いいつつつべきべきべき仁じん仁じんじんははは誰たれ誰たれたれかかかあるあるある。。。」」」ととと問と問ととひひいたまへたまへたまえばばば、、、「「「手て手てて垂だれ垂だれだれどもどもども多おほ多おほおおううう候さふらふ候さふらふそうろう中なか中なかなかににに、、、下しも下しもしも野つけ野つけつけののの國くに國くにくにののの住ぢゆう住ぢゆうじゅう人にん人にんにん那な那なな須す須すすののの太た太たた郎らう郎らうろう資すけ資すけすけ高たか高たかたかががが子こ子ここににに與よ與よよ一いち一いちいち宗むね宗むねむね高たか高たかたかこそこそこそ、、、小こ小ここ兵ひやう兵ひやうひょうではではでは候さふら候さふらそうらへへえどもどもども手て手ててはははきいきいきいててて候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」ととと申まう申まうもうすすす。。。判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん、、、「「「證しよう證しようしょう據こ據ここがががあるあるあるかかか。。。」」」「「「さんさんさん候ざふらふ候ざふらふぞうろう。。。かけかけかけ鳥どり鳥どりどりなどなどなどををを爭あらそ爭あらそあらそうううててて、、、三み三みみつつつににに二ふた二ふたふたつつつははは必かなら必かならかならずずず射い射いい落おと落おとおとししし候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」ととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん、、、「「「さらばさらばさらば與よ與よよ一いち一いちいち呼よ呼よよべべべ。。。」」」とととててて召め召めめささされれれけりけりけり。。。
  3. 3與よ與よよ一いち一いちいちそのそのその頃ころ頃ころころははは未いま未いまいまだだだ二に二にに十じふ十じふじゅう許ばか許ばかばかりりりののの男をとこ男をとこおとこなりなりなり。。。褐かち褐かちかちににに赤あか赤あかあか地ぢ地ぢじののの錦にしき錦にしきにしきををを以もつ以もつもっててて、、、大おほ大おほおお領くび領くびくび、、、端はた端はたはた袖そで袖そでそでいろへいろへいろえたるたるたる直ひた直ひたひた垂たれ垂たれたれににに、、、萌もえ萌もえもえ黃ぎ黃ぎぎ縅をどし縅をどしおどしののの鎧よろひ鎧よろひよろい著き著ききててて、、、足あし足あしあし白じろ白じろじろののの太た太たた刀ち刀ちちををを佩は佩ははききき、、、二に二にに十じふ十じふじゅう四し四ししさいさいさいたるたるたる切きり切きりきり斑ふ斑ふふののの矢や矢やや負お負おおひひい、、、うすきりふうすきりふうすきりうににに鷹たか鷹たかたかののの羽は羽はは割わ割わわりりり合あ合ああははわせせせてててはいはいはいだりだりだりけるけるける、、、ぬためぬためぬためののの鏑かぶら鏑かぶらかぶらをををぞぞぞさしさしさし添そ添そそへへえたるたるたる。。。滋しげ滋しげしげ籐どう籐どうどうののの弓ゆみ弓ゆみゆみ脇わき脇わきわきににに挾はさ挾はさはさみみみ、、、兜かぶと兜かぶとかぶとをををばばばぬいぬいぬいででで高たか高たかたか紐ひも紐ひもひもにににかけかけかけ、、、判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがんののの御おん御おんおん前まへ前まへまえににに畏かしこ畏かしこかしこまるまるまる。。。判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん、、、「「「いかにいかにいかに與よ與よよ一いち一いちいち、、、あのあのあの扇あふぎ扇あふぎおうぎのののまんまんまん中なか中なかなか射い射いいててて、、、敵かたき敵かたきかたきににに見けん見けんけん物ぶつ物ぶつぶつせせせさせさせさせよよよかしかしかし。。。」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、與よ與よよ一いち一いちいち、、、「「「仕つかまつ仕つかまつつかまつるるるとととももも存ぞん存ぞんぞんじじじ候さふら候さふらそうらははわずずず。。。これこれこれををを射い射いい損そん損そんそんずるずるずるものものものならならならばばば、、、長なが長ながながききき御み御みみ方かた方かたかたののの御おん御おんおん弓ゆみ弓ゆみゆみ矢や矢ややののの瑕きず瑕きずきずにににててて候さふらふ候さふらふそうろうべしべしべし。。。一いち一いちいち定ぢやう定ぢやうじょう仕つかまつ仕つかまつつかまつらうらうろうずるずるずる仁じん仁じんじんににに、、、仰おほ仰おほおおせせせつけつけつけらるらるらるべうべうびょうもももややや候さふらふ候さふらふそうろうらんらんらん。。。」」」ととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん大おほ大おほおおきききににに怒いか怒いかいかつつっててて、、、「「「今こん今こんこん度ど度どど鎌かま鎌かまかま倉くら倉くらくらををを立た立たたつつっててて西さい西さいさい國こく國こくこくへへへ向むか向むかむかははわんんんずるずるずる者もの者ものもの共ども共どもどもははは、、、みなみなみな義よし義よしよし經つね經つねつねががが下げ下げげ知ぢ知ぢじををを背そむ背そむそむくくくべからべからべからずずず。。。それそれそれににに少すこ少すこすこしししももも仔し仔しし細さい細さいさいををを存ぞん存ぞんぞんぜぜぜんんん人ひと人ひとひと々びと々びとびとははは、、、これこれこれよりよりよりとう〳〵とう〳〵とうとう鎌かま鎌かまかま倉くら倉くらくらへへへ歸かへ歸かへかえらららるるるべしべしべし。。。」」」とととぞぞぞのたまひのたまひのたまいけるけるける。。。
  4. 4與よ與よよ一いち一いちいちかさねかさねかさねててて辭じ辭じじせせせばばば、、、あしかりあしかりあしかりなんなんなんとととややや思おも思おもおもひひいけんけんけん、、、「「「さささ候さふら候さふらそうらははわばばば、、、外はづ外はづはずれれれんんんをををばばば存ぞん存ぞんぞんじじじ候さふら候さふらそうらははわずずず、、、御ご御ごご諚ぢやう諚ぢやうじょうででで候さふら候さふらそうらへへえばばば、、、仕つかまつ仕つかまつつかまつつつってててこそこそこそ見み見みみ候さふら候さふらそうらははわめめめ。。。」」」とととててて、、、御おん御おんおん前まへ前まへまえをををまかりまかりまかり立た立たたちちち、、、黑くろ黑くろくろききき馬むま馬むまむまののの太ふと太ふとふとううう逞たくま逞たくまたくましきしきしきににに、、、まろほやまろほやまろおや摺す摺すすつつったるたるたる金きん金きんきん覆ぷく覆ぷくぷく輪りん輪りんりんののの鞍くら鞍くらくら置お置おおいいいててて乘の乘ののつつったりたりたりけるけるけるががが、、、弓ゆみ弓ゆみゆみ取と取ととりりり直なほ直なほなおししし、、、手た手たた綱づな綱づなづなかいかいかいくつくつくっててて、、、汀みぎは汀みぎはみぎわへへへ向むか向むかむかいいいてててぞぞぞ歩あゆ歩あゆあゆままませせせけるけるける。。。御み御みみ方かた方かたかたののの兵つはもの兵つはものつわものどもどもども與よ與よよ一いち一いちいちががが後うしろ後うしろうしろををを遙はる遙はるはるかかかににに見み見みみ送おく送おくおくつつっててて、、、「「「このこのこの若わか若わかわか者もの者ものもの、、、一いち一いちいち定ぢやう定ぢやうじょう仕つかまつ仕つかまつつかまつらうらうろうずるずるずるととと覺おぼ覺おぼおぼえええ候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」ととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがんもももたのもしたのもしたのもしげげげにににぞぞぞ見み見みみ給たま給たまたまひひいけるけるける。。。矢や矢やや頃ごろ頃ごろごろ少すこ少すこすこししし遠とほ遠とほとおかりかりかりけれけれければばば、、、海うみ海うみうみののの中なか中なかなか一いつ一いついっ段たん段たんたんばかりばかりばかり打うち打うちうち入い入いいつつったりたりたりけれけれけれどもどもども、、、なほなほなお扇あふぎ扇あふぎおうぎののの閒あはひ閒あはひあわいははは七しち七しちしち段たん段たんたんばかりばかりばかりもももあらあらあらんんんとととこそこそこそ見み見みみえええたりたりたりけれけれけれ。。。頃ころ頃ころころははは二に二にに月ぐわつ月ぐわつがつ十じふ十じふじゅう八はち八はちはち日にち日にちにち酉とり酉とりとりののの刻こく刻こくこくばかりばかりばかりのののことことことなるなるなるににに、、、折をり折をりおりふしふしふし北ほく北ほくほく風ふう風ふうふう烈はげ烈はげはげしうしうしゅう吹ふ吹ふふきききけれけれければばば、、、磯いそ磯いそいそ打う打ううつつつ浪なみ浪なみなみももも高たか高たかたかかりかりかりけりけりけり。。。船ふね船ふねふねはははゆりゆりゆり上あ上ああげげげ、、、ゆりゆりゆりすゑすゑすえ漂たゞよ漂たゞよただよへへえばばば、、、扇あふぎ扇あふぎおうぎももも串くし串くしくしににに定さだ定さださだまらまらまらずずずひらめいひらめいひらめいたりたりたり。。。沖おき沖おきおきにににははは平へい平へいへい家け家けけ、、、船ふね船ふねふねををを一いち一いちいち面めん面めんめんにににならべならべならべててて見けん見けんけん物ぶつ物ぶつぶつすすす。。。陸くが陸くがくがにににははは源げん源げんげん氏じ氏じじ、、、くつばみくつばみくつばみををを竝なら竝ならならべべべてててこれこれこれををを見み見みみるるる。。。いづれいづれいずれもももいづれいづれいずれももも晴は晴ははれれれならならならずずずととといふいふいう事こと事ことことなしなしなし。。。
  5. 5與よ與よよ一いち一いちいち目め目めめをををふさいふさいふさいででで、、、「「「南な南なな無む無むむ八はち八はちはち幡まん幡まんまん大だい大だいだい菩ぼ菩ぼぼ薩さつ薩さつさつ、、、別べつ別べつべつしししてててはははわがわがわが國くに國くにくにののの神しん神しんしん明めい明めいめい、、、日につ日につにっ光くわう光くわうこうののの權ごん權ごんごん現げん現げんげん、、、宇う宇うう都つ都つつののの宮みや宮みやみや那な那なな須す須すすののの溫ゆ溫ゆゆ泉ぜん泉ぜんぜん大だい大だいだい明みやう明みやうみょう神じん神じんじん、、、願ねが願ねがねがははわくくくはははあのあのあの扇あふぎ扇あふぎおうぎののの眞まん眞まんまん中なか中なかなか射い射いいさせさせさせてててたばたばたばせせせ給たま給たまたまへへえ。。。之これ之これこれををを射い射いい損そん損そんそんずるずるずるものものものならならならばばば、、、弓ゆみ弓ゆみゆみ切き切ききりりり折を折をおりりり、、、自じ自じじ害がい害がいがいしししててて、、、人ひと人ひとひとににに再ふたゝ再ふたゝふたたびびび面おもて面おもておもてををを向むか向むかむかふふうべからべからべからずずず。。。今いま今いまいま一ひと一ひとひと度たび度たびたび本ほん本ほんほん國ごく國ごくごくへへへ歸かへ歸かへかえさささんんんととと思おぼし思おぼしおぼし召め召めめさささばばば、、、このこのこの矢や矢ややはづさはづさはずさせせせ給たま給たまたまふふうななな。。。」」」ととと心こゝろ心こゝろこころののの中うち中うちうちににに祈き祈きき念ねん念ねんねんしししててて、、、目め目めめををを見み見みみ開ひら開ひらひらいいいたれたれたればばば、、、風かぜ風かぜかぜももも少すこ少すこすこししし吹ふ吹ふふききき弱よわ弱よわよわつつっててて、、、扇あふぎ扇あふぎおうぎももも射い射いいよよよげげげにににこそこそこそなつなつなったりたりたりけれけれけれ。。。與よ與よよ一いち一いちいち鏑かぶら鏑かぶらかぶらををを取と取ととつつってててつがひつがひつがい、、、よつよつよっぴいぴいぴいててて、、、ひようひようひょうととと放はな放はなはなつつつ。。。小こ小ここ兵ひやう兵ひやうひょうととといふいふいう條でう條でうじょう、、、十じふ十じふじゅう二に二にに束そく束そくそく三み三みみぶせぶせぶせ、、、弓ゆみ弓ゆみゆみははは強つよ強つよつよししし、、、鏑かぶら鏑かぶらかぶらははは浦うら浦うらうらひゞくひゞくひびく程ほど程ほどほどににに長なが長ながなが鳴なり鳴なりなりしししててて、、、あやまたあやまたあやまたずずず扇あふぎ扇あふぎおうぎののの要かなめ要かなめかなめぎはぎはぎわ一いつ一いついっ寸すん寸すんすん許ばか許ばかばかりりりおいおいおいててて、、、ひいふつひいふつひいうつとととぞぞぞ射い射いい切き切ききつつったるたるたる。。。鏑かぶら鏑かぶらかぶらははは海うみ海うみうみににに入い入いいりりりけれけれければばば、、、扇あふぎ扇あふぎおうぎははは空そら空そらそらへへへぞぞぞ揚あが揚あがあがりりりけるけるける。。。春はる春はるはる風かぜ風かぜかぜににに一ひと一ひとひともみもみもみ二ふた二ふたふたもみもみもみもまもまもまれれれててて、、、海うみ海うみうみへへへさつさつさっとととぞぞぞ散ち散ちちつつったりたりたりけるけるける。。。皆みな皆みなみな紅くれなゐ紅くれなゐくれないののの扇あふぎ扇あふぎおうぎののの、、、夕ゆふ夕ゆふゆう日ひ日ひひののの輝かゞや輝かゞやかがやくくくににに白しら白しらしら波なみ波なみなみののの上うへ上うへうえににに漂たゞよ漂たゞよただよひひい、、、浮う浮ううきききぬぬぬ沉しづ沉しづしずみみみぬぬぬゆらゆらゆられれれけるけるけるががが、、、沖おき沖おきおきにににははは平へい平へいへい家け家けけ、、、舷ふなばた舷ふなばたふなばたをををたゝいたゝいたたいててて感かん感かんかんじじじたりたりたり。。。陸くが陸くがくがにににははは源げん源げんげん氏じ氏じじ、、、箙えびら箙えびらえびらをををたゝいたゝいたたいてててどよめきどよめきどよめきけりけりけり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

そのうちに阿波・讃岐で、平家にそむいて源氏を待っていた兵たちが、あちらの峰、こちらの洞から十四、五騎、二十騎と連れだって馳せ参じたので、判官はまもなく三百余騎になられた。「今日は日が暮れた。勝負を決することはできまい」といって、源平が互いに退こうとするところに、沖から美しく飾った小舟が一艘、汀に向かって漕ぎ寄せてきて、渚から七、八段ほどになったところで、船を横向きにした。あれは何だと見ているところに、船の中から年のころ十八、九ほどの女房で、柳の五衣に紅の袴を着た者が、皆紅に日の丸を描いた扇を船端の竿に挟んで立て、陸に向かって招いた。

判官が後藤兵衛実基を呼んで「あれは何だ」とおっしゃると、「射よということでしょう。ただし、大将軍が矢面に進んで美女をご覧になるところを、弓の名手に狙わせて射落とそうという計略かと存じます。それはそれとして、扇は射させなさるべきでしょう」と申したので、判官が「味方に射ることのできる者は誰がいるか」とお尋ねになると、「名手は大勢おりますが、中でも下野国の住人那須太郎資高の子の与一宗高こそ、小柄ではございますが腕が利きます」と申す。判官が「証拠はあるか」。「さようでございます。飛ぶ鳥を射る競べなどで、三つに二つは必ず射落とします」と申したので、判官は「それでは与一を呼べ」といってお呼びになった。

与一はそのころまだ二十歳ほどの男であった。褐色の地に赤地の錦で大領と端袖を色どった直垂に萌黄縅の鎧を着て、足白の太刀を佩き、二十四本差した切斑の矢を負い、薄切斑に鷹の羽を割り合わせて矧いだ、ぬための鏑矢を差し添えていた。滋籐の弓を脇に挟み、兜は脱いで高紐に掛け、判官の御前にかしこまった。判官が「どうだ与一、あの扇の真ん中を射て、敵に見物させてやれ」とおっしゃると、与一は「射とめられるとも思いません。これを射損じたら、長く味方の御弓矢の恥となりましょう。確実に射とめられる者にお命じになるのがよいかと存じます」と申したので、判官はたいそう怒って、「今度鎌倉を立って西国へ向かう者たちは、みな義経の命令にそむいてはならない。それに少しでも異存のある者は、ここから早く早く鎌倉へ帰られよ」とおっしゃった。

与一は、重ねて辞退してはまずいと思ったのか、「それでは、はずれるかどうかはわかりませんが、ご命令ですので、やってみましょう」といって御前を退き、黒い馬で太くたくましいのに、丸ぼやを摺りつけた金覆輪の鞍を置いて乗っていたが、弓を持ち直し、手綱をさばいて、汀に向かって歩ませた。味方の兵たちは与一の後ろ姿をはるかに見送って、「この若者はきっとやりとげると思われます」と申したので、判官も頼もしげにご覧になっていた。矢の届く距離に少し遠かったので、海の中へ一段ほど馬を乗り入れたが、それでも扇との間は七段ほどもあろうかと見えた。ころは二月十八日の酉の刻ごろのことで、おりから北風が激しく吹いて、磯を打つ波も高かった。船は揺り上げ揺り据えて漂うので、扇も竿の先に定まらずひらめいている。沖では平家が船を一面に並べて見物している。陸では源氏が馬の轡を並べてこれを見ている。どちらを見ても晴れがましくない所はない。

与一は目を閉じて、「南無八幡大菩薩、とりわけわが国の神明、日光の権現、宇都宮、那須の湯泉大明神、どうかあの扇の真ん中を射させてください。これを射損じたら、弓を切り折り自害して、二度と人に顔を合わせるつもりはありません。もう一度本国へ帰そうとお思いなら、この矢をはずさせないでください」と心の中で祈念して目を開くと、風も少し弱まって、扇も射やすくなっていた。与一は鏑矢を取ってつがえ、引きしぼってひょうと放つ。小柄とはいえ、矢は十二束三伏、弓は強く、鏑は浦に響くほど長く鳴って、あやまたず扇の要ぎわから一寸ほど離れた所を、ひいふっと射切った。鏑は海に落ち、扇は空へ舞い上がった。春風に一もみ二もみもまれて、海へさっと散った。皆紅の扇が夕日に輝きながら白波の上に漂い、浮いたり沈んだりして揺られていると、沖では平家が舷をたたいて感嘆し、陸では源氏が箙をたたいてどよめいた。

意訳

平家物語の中でも最もよく知られた場面である。夕暮れの海に浮かぶ小舟と紅の扇、船を並べて見守る平家と、轡を並べて見る源氏という、敵味方が一つの晴れ舞台を共有する構図は、戦いのさなかの一瞬の静けさと華やかさを描き出す。

射損じれば自害するという与一の覚悟と、故郷の神々への祈り、そして風が弱まった瞬間に放たれる矢は、緊張から解放への流れを鮮やかに描く。扇が空に舞い、白波に浮き沈みする情景は色彩豊かで、敵の平家までもが舷をたたいて感嘆するところに、武芸の美を尊ぶ当時の心がうかがえる。

語釈・文法注

文法

「柳の五衣」
表が白、裏が青の「柳」の襲の色目の衣を五枚重ねたもの。
「皆紅の扇の日出したる」
一面紅色の地に金の日輪を描いた扇。
「せがひ」
船の両舷に張り出した板。
「傾城」
美女。
「手垂」
弓の名手。
「小兵」
体が小さい者。弓の引く力が弱い者。
「かけ鳥」
飛んでいる鳥を射ること。
「褐に赤地の錦を以て、大領、端袖いろへたる直垂」
濃紺(褐)の直垂の襟(大領)と袖の端(端袖)を、赤地の錦で色どったもの。
「ぬための鏑」
鹿の角などで作った、穴をあけた鏑矢。
「まろほや摺つたる」
丸い宿木(ほや)の文様を摺りつけた。
「くつばみを竝べて」
馬の轡を並べて。
「小兵といふ條」
小柄とはいうものの。
「ひいふつ」
鏑矢が鳴り、扇を射切る音。

解説

那須与一は下野国那須郡の武士で、扇の的を射た功で各地に所領を賜ったと伝える。屋島の古戦場(高松市)には、与一が馬を乗り入れて祈ったという「祈り岩」や「駒立岩」が残る。この場面は能「八島」や幸若舞などにも取り入れられ、近世以降も絵画や歌舞伎に繰り返し描かれた。

関連

出典

底本
『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、774–776頁(コマ416–417)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日