古典ライブラリー

平家物語 巻第十

内裏女房の事

生け捕りの本三位中将重衡は都の大路を渡され、人々は南都を焼いた伽藍の罰だと言い合った。院からの使い定長は、三種の神器を返せば屋島へ帰そうという院宣を伝え、重衡は一門に申し送ると答えた。重衡の侍木工右馬允知時は土肥実平に許しを請うて重衡に会い、重衡が契りを交わした内裏の女房に手紙を届けた。女房は重衡の身を嘆き、返事に歌を添える。重衡は実平の情けで女房と一夜対面し、別れの歌を交わした。この女房は、重衡が南都で斬られたと聞いて出家し、その菩提を弔った。

  1. 1同おな同おなおなじきじきじき十じふ十じふじゅう四よつ四よつよっ日か日かか、、、生いけ生いけいけ捕どり捕どりどり本ほん本ほんほん三ざん三ざんざん位み位みみののの中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう重しげ重しげしげ衡ひら衡ひらひらののの卿きやう卿きやうきょう都みやこ都みやこみやこへへへ入い入いいつつっててて、、、大おほ大おほおお路ぢ路ぢじををを渡わた渡わたわたさささるるる。。。小こ小ここ八はち八はちはち葉えふ葉えふようののの車くるま車くるまくるまののの前ぜん前ぜんぜん後ご後ごごののの簾すだれ簾すだれすだれをををあげあげあげ、、、左さ左ささ右いう右いうゆうののの物もの物ものもの見み見みみををを開ひら開ひらひらくくく。。。土と土とと肥ひ肥ひひののの次じ次じじ郎らう郎らうろう實さね實さねさね平ひら平ひらひらははは木もく木もくもく蘭らん蘭らんらん地ぢ地ぢじののの直ひた直ひたひた垂たれ垂たれたれににに小こ小ここ具ぐ具ぐぐ足そく足そくそくばかりばかりばかりしてしてして、、、隨ずゐ隨ずゐずい兵ひやう兵ひやうひょう三さん三さんさん十じふ十じふじゅう餘よ餘よよ騎き騎きき引ひき引ひきひき具ぐ具ぐぐしししててて、、、車くるま車くるまくるまののの前ぜん前ぜんぜん後ご後ごごををを打うち打うちうち圍かこ圍かこかこんんんででで守しゆ守しゆしゅ護ご護ごごししし奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる。。。京きやう京きやうきょう中ぢう中ぢうじゅうののの上じやう上じやうじょう下げ下げげこれこれこれををを見み見みみててて、、、「「「あなあなあないとほしいとほしいとおし、、、いくらいくらいくらもももましますましますまします公きん公きんきん達だち達だちだちののの中なか中なかなかににに、、、このこのこの人ひと人ひとひと一いち一いちいち人にん人にんにんかやうかやうかようににになりなりなりたまふたまふたまうことことことよよよ。。。入にふ入にふにゅう道だう道だうどう殿どの殿どのどのにににももも、、、二に二にに位ゐ位ゐい殿どの殿どのどのにににもももおぼえおぼえおぼえののの御おん御おんおん子こ子ここにてにてにてましませましませましませばばば、、、一いち一いちいち門もん門もんもんののの人ひと人ひとひと々びと々びとびとももも重おも重おもおもききき事こと事ことことにににしてしてして、、、院ゐん院ゐんいん内だい内だいだいへへへ參まゐ參まゐまいらららせせせ給たま給たまたまひひいしししにににももも、、、老お老おおいいいたるたるたるももも若わか若わかわかきききももも、、、所ところ所ところところををを置お置おおきききてててもてなしもてなしもてなし奉たてまつ奉たてまつたてまつらららせせせ給たま給たまたまひひいしししぞぞぞかしかしかし。。。今いま今いまいままたまたまたかやうかやうかようににになりなりなり給たま給たまたまふふう事こと事ことことははは、、、いかさまいかさまいかさまにににももも奈な奈なな良ら良ららををを燒や燒ややききき給たま給たまたまへへえるるる伽が伽がが藍らん藍らんらんののの罰ばち罰ばちばち。。。」」」ととといひいひいいあへあへあえりりり。。。六ろく六ろくろく條でう條でうじょうををを東ひがし東ひがしひがしへへへ河かは河かはかわ原ら原ららまでまでまで渡わた渡わたわたいいいててて、、、それそれそれよりよりより歸かへ歸かへかえつつっててて、、、故こ故ここ中なか中なかなかののの御み御みみ門かど門かどかどののの藤とう藤とうとう中ちう中ちうちゅう納な納なな言ごん言ごんごん家いへ家いへいえ成なり成なりなりののの卿きやう卿きやうきょうののの御み御みみ堂だう堂だうどう、、、八はち八はちはち條でう條でうじょう堀ほり堀ほりほり河かは河かはかわなるなるなる所ところ所ところところにににすゑすゑすえ奉たてまつ奉たてまつたてまつつつっててて、、、嚴きび嚴きびきびしうしうしゅう守しゆ守しゆしゅ護ご護ごごししし奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる。。。
  2. 2院ゐん院ゐんいんののの御ご御ごご所しよ所しよしょよりよりより御おん御おんおん使つかひ使つかひつかいありありあり。。。藏くら藏くらくら人んど人んどんどののの左さ左ささ衞ゑ衞ゑえ門もん門もんもんののの權ごん權ごんごんののの佐すけ佐すけすけ定さだ定さださだ長なが長ながなが、、、八はち八はちはち條でう條でうじょう堀ほり堀ほりほり河かは河かはかわへへへぞぞぞ向むか向むかむかひひいけるけるける。。。赤せき赤せきせき衣い衣いいににに劍けん劍けんけん笏しやく笏しやくしゃくをををぞぞぞ帶たい帶たいたいしししたりたりたりけるけるける。。。三さん三さんさん位み位みみののの中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょうははは紺こん紺こんこん村むら村むらむら濃ご濃ごごののの直ひた直ひたひた垂たれ垂たれたれににに、、、折をり折をりおり烏え烏ええ帽ぼ帽ぼぼ子し子しし引ひき引ひきひき立た立たたてててててておはしますおはしますおわします。。。日ひ日ひひ頃ごろ頃ごろごろははは何なに何なになにとととももも思おも思おもおもははわれれれざりざりざりししし定さだ定さださだ長なが長ながながををを、、、今いま今いまいまははは冥めい冥めいめい途ど途どどにてにてにて罪ざい罪ざいざい人にん人にんにんどもどもどもががが、、、冥みやう冥みやうみょう官くわん官くわんかんににに逢あ逢ああへへえるるる心こゝ心こゝここちちちぞぞぞせせせられられられけるけるける。。。仰おほ仰おほおおせせせ下くだ下くだくだささされれれけるけるけるははは、、、「「「八や八やや島しま島しましまへへへ歸かへ歸かへかえりりりたくたくたくばばば、、、一いち一いちいち門もん門もんもんののの方かた方かたかたへへへいひいひいい送おく送おくおくつつっててて、、、三さん三さんさん種じゆ種じゆじゅののの神しん神しんしん器ぎ器ぎぎををを都みやこ都みやこみやこへへへ返かへ返かへかえししし入い入いいれれれ奉たてまつ奉たてまつたてまつれれれ。。。しからばしからばしからば八や八やや島しま島しましまへへへ歸かへ歸かへかえさささるるるべしべしべし。。。」」」とととののの御ご御ごご氣き氣きき色しよく色しよくしょくなりなりなり。。。三さん三さんさん位み位みみののの中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう申まう申まうもうささされれれけるけるけるははは、、、「「「さしもさしもさしもにににわがわがわが朝てう朝てうちょうののの重ちよう重ちようちょう寶ほう寶ほうほう三さん三さんさん種しゆ種しゆしゅののの神じん神じんじん器ぎ器ぎぎををを、、、重しげ重しげしげ衡ひら衡ひらひら一いち一いちいち人にん人にんにんにににかへかへかへまゐらせまゐらせまいらせんんんとととははは、、、内だい内だいだい府ふ府ふふ以い以いい下げ下げげ一いち一いちいち門もん門もんもんののの者もの者ものものどもどもどもががが、、、よもよもよも申まう申まうもうししし候さふら候さふらそうらははわじじじ。。。女によ女によにょ性しやう性しやうしょうででで候さふら候さふらそうらへへえばばば、、、もしもしもし母ぼ母ぼぼ儀ぎ儀ぎぎののの二に二にに品ほん品ほんほんなんどなんどなんどもももややや、、、さささももも申まう申まうもうししし候さふら候さふらそうらははわんんんずらんずらんずらん。。。さりさりさりながらながらながらももも、、、ゐゐいながらながらながら院ゐん院ゐんいん宣ぜん宣ぜんぜんををを返かへ返かへかへししし奉たてまつ奉たてまつたてまつらららんんん事こと事ことことははは、、、そのそのそのおそれおそれおそれももも候さふら候さふらそうらへへえばばば、、、速すみや速すみやすみやかかかににに申まう申まうもうししし送おく送おくおくつつってててこそこそこそ見み見みみ候さふら候さふらそうらははわめめめ。。。」」」とととぞぞぞ申まう申まうもうささされれれけるけるける。。。
  3. 3院ゐん院ゐんいん宣ぜん宣ぜんぜんののの御おん御おんおん使つかひ使つかひつかいははは御お御おお坪つぼ坪つぼつぼののの召めし召めしめし次つぎ次つぎつぎ花はな花はなはな方かた方かたかた、、、三さん三さんさん位み位みみののの中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょうののの使つかひ使つかひつかいははは平へい平へいへい三ざう三ざうぞう左ざ左ざざ衞ゑ衞ゑえ門もん門もんもん重しげ重しげしげ國くに國くにくにととといふいふいう者もの者ものものなりなりなり。。。大臣殿おほいどの大臣殿おほいどのおおいどの平へい平へいへい大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごんへへへははは院ゐん院ゐんいん宣ぜん宣ぜんぜんののの趣おもむき趣おもむきおもむきををを申まう申まうもうさささるるる。。。二に二にに位ゐ位ゐい殿どの殿どのどのへへへははは御おん御おんおん文ふみ文ふみふみこま〴〵こま〴〵こまごまととと書か書かかいいいててて參まゐ參まゐまいらせらせらせらるらるらる。。。私わたくし私わたくしわたくしののの文ふみ文ふみふみをををばばば許ゆる許ゆるゆるささされれれなけれなけれなければばば、、、人ひと人ひとひと々びと々びとびとのののもともともとへへへはははことばことばことばにてにてにてことづてことづてことづてらるらるらる。。。北きた北きたきたののの方かた方かたかた大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごんののの佐すけ佐すけすけ殿どの殿どのどのへへへもももことばことばことばにてにてにて申まう申まうもうささされれれけりけりけり。。。「「「旅たび旅たびたびののの空そら空そらそらにてにてにてももも人ひと人ひとひとはははわれわれわれににに慰なぐさ慰なぐさなぐさみみみ、、、われわれわれははは人ひと人ひとひとににに慰なぐさ慰なぐさなぐさみみみしししものものものををを、、、引ひき引ひきひき別わか別わかわかれれれててて後のち後のちのち、、、いかにいかにいかに悲かな悲かなかなしうしうしゅうおはすおはすおわすらんらんらん。。。契ちぎ契ちぎちぎりりりははは朽く朽くくちちちせせせぬぬぬものものものととと申まう申まうもうせせせばばば、、、後のち後のちのちののの世よ世よよにににははは必かなら必かならかならずずず生うま生うまうまれれれあひあひあい奉たてまつ奉たてまつたてまつるるるべしべしべし。。。」」」ととと、、、泣な泣ななく〳〵く〳〵くなくことづてことづてことづて給たま給たまたまへへえばばば、、、重しげ重しげしげ國くに國くにくにもももまことまことまことにににあはれあはれあわれににに覺おぼ覺おぼおぼえええててて、、、涙なみだ涙なみだなみだをををおさへおさへおさえててて立た立たたちちちにににけりけりけり。。。
  4. 4こゝこゝここににに三さん三さんさん位み位みみののの中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょうののの年とし年としとし來ごろ來ごろごろののの侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいににに、、、木む木むむ工く工くく右う右うう馬ま馬ままののの允じよう允じようじょう知とも知ともとも時とき時ときときととといふいふいう者もの者ものものありありあり。。。八はち八はちはち條でう條でうじょうののの女によ女によにょ院ゐん院ゐんいんににに兼けん兼けんけん參さん參さんさんののの者もの者ものものにてにてにて候さぶら候さぶらさぶらひひいけるけるけるががが、、、土と土とと肥ひ肥ひひののの次じ次じじ郎らう郎らうろう實さね實さねさね平ひら平ひらひらがががもともともとににに行ゆ行ゆゆいいいててて、、、「「「これこれこれははは年とし年としとし頃ごろ頃ごろごろ三さん三さんさん位み位みみののの中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう殿どの殿どのどのににに召めし召めしめし使つか使つかつかははわれれれ候さふら候さふらそうらひひいししし、、、某それがし某それがしそれがしととと申まう申まうもうすすす者もの者ものものにてにてにて候さふらふ候さふらふそうろうががが、、、今日けふ今日けふきょう大おほ大おほおお路ぢ路ぢじででで見み見みみ參まゐ參まゐまいらせらせらせ候さふら候さふらそうらへへえばばば、、、目め目めめもももあてあてあてられられられずずず、、、あまりあまりあまりににに御おん御おんおんいたはしういたはしういたわしゅう思おも思おもおもひひい參まゐ參まゐまいらせらせらせ候さふらふ候さふらふそうろう。。。何なに何なになにかかか苦くる苦くるくるしうしうしゅう候さふらふ候さふらふそうろうべきべきべき、、、知とも知ともとも時とき時ときときばかりばかりばかりははは御おん御おんおん許ゆる許ゆるゆるされされされををを蒙かうぶ蒙かうぶこうぶつつっててて、、、今いま今いまいま一いち一いちいち度ど度どど近ちか近ちかちかづきづきづき參まゐ參まゐまいつつっててて、、、はかなきはかなきはかなき昔むかし昔むかしむかし語がたり語がたりがたりをををももも申まう申まうもうしししててて、、、慰なぐさ慰なぐさなぐさめめめ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららばやばやばやととと存ぞん存ぞんぞんじじじ候さふらふ候さふらふそうろう。。。弓ゆみ弓ゆみゆみ矢や矢ややををを取と取ととるるる身み身みみにてにてにてももも候さふら候さふらそうらははわねねねばばば、、、軍いくさ軍いくさいくさ合かつ合かつかっ戰せん戰せんせんののの御おん御おんおん供とも供ともとも仕つかまつ仕つかまつつかまつつつったるたるたる事こと事ことことももも候さふら候さふらそうらははわずずず、、、朝あさ朝あさあさ夕ゆふ夕ゆふゆうたゞたゞただ御お御おお前まへ前まへまえににに伺し伺しし候こう候こうこうせせせしししばかりばかりばかりででで候さふら候さふらそうらひひいききき。。。それそれそれももも猶なほ猶なほなおおぼつかなうおぼつかなうおぼつかのう思おぼし思おぼしおぼし召め召めめささされれれ候さふら候さふらそうらははわばばば、、、腰こし腰こしこしののの刀かたな刀かたなかたなををを召め召めめししし置お置おおかかかれれれててて、、、まげまげまげててて御おん御おんおん許ゆる許ゆるゆるされされされををを蒙かうぶ蒙かうぶこうぶりりり候さふら候さふらそうらははわばやばやばや。。。」」」ととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、土と土とと肥ひ肥ひひののの次じ次じじ郎らう郎らうろうなさけなさけなさけあるあるある者もの者ものものにてにてにて、、、「「「まことまことまことににに御ご御ごご一いつ一いついっ身しん身しんしんははは、、、何なに何なになにかかか苦くる苦くるくるしうしうしゅう候さふらふ候さふらふそうろうべきべきべき。。。さりさりさりながらながらながらももも。。。」」」とてとてとて、、、腰こし腰こしこしののの刀かたな刀かたなかたなををを請こ請ここひひい取と取ととつつってててぞぞぞ入い入いいつつってててけるけるける。。。
  5. 5右う右うう馬ま馬ままののの允じよう允じようじょうなのめなのめなのめならならならずずず喜よろこ喜よろこよろこびびび、、、いそぎいそぎいそぎ參まゐ參まゐまいつつっててて御おん御おんおんありありありさまさまさまををを見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるるににに、、、まことまことまことににに深ふか深ふかふこううう思おも思おもおもひひい入い入いいりりり給たま給たまたまへへえるるるとととおぼしくおぼしくおぼしくててて、、、御おん御おんおん姿すがた姿すがたすがたもももいたくいたくいたくしをれしをれしおれ返かへ返かへかえつつっててておはしおはしおわしけるけるけるををを見み見みみ參まゐ參まゐまいらするらするらするににに、、、知とも知ともとも時とき時ときとき涙なみだ涙なみだなみだももも更さら更さらさらにににおさへおさへおさえ難がた難がたがたししし。。。中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょうももも夢ゆめ夢ゆめゆめににに夢ゆめ夢ゆめゆめ見み見みみるるる心こゝ心こゝここちちちしてしてして、、、とかうとかうとこうののの事こと事ことことをををももものたまはのたまはのたまわずずず。。。やゝやゝややあつあつあっててて昔むかし昔むかしむかし今いま今いまいまののの物もの物ものもの語がたり語がたりがたりどもどもどもししし給たま給たまたまひひいててて後のち後のちのち、、、「「「さてもさてもさても汝なんぢ汝なんぢなんじしてしてしてものものものいひいひいいししし人ひと人ひとひとははは、、、未いま未いまいまだだだ内だい内だいだい裏り裏りりにににやややととと聞き聞ききくくく。。。」」」「「「さささこそこそこそ承うけたまは承うけたまはうけたまわりりり候さふら候さふらそうらへへえ。。。」」」中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう、、、「「「われわれわれ西さい西さいさい國こく國こくこくへへへ下くだ下くだくだりりりししし時とき時ときとき、、、文ふみ文ふみふみをををももも遣や遣ややらららずずず、、、いひいひいい置お置おおくくく事こと事ことこともももなかりなかりなかりしかしかしかばばば、、、世よ世よよ々よ々よよののの契ちぎ契ちぎちぎりりりはははみなみなみな僞いつは僞いつはいつわりりりににになりなりなりにににけるけるけるよよよととと、、、思おも思おもおもふふうらんらんらんこそこそこそ恥はづ恥はづはずかしけれかしけれかしけれ。。。文ふみ文ふみふみをををやらやらやらばやばやばやととと思おも思おもおもふふうはははいかにいかにいかに。。。尋たづ尋たづたずねねねててて行ゆ行ゆゆきききてててんんんややや。。。」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、知とも知ともとも時とき時ときとき、、、「「「やすいやすいやすいほどほどほどののの御おん御おんおん事こと事ことことににに候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」ととと申まう申まうもうすすす。。。中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょうなのめなのめなのめならならならずずず喜よろこ喜よろこよろこびびび、、、やがてやがてやがて書か書かかいいいてててぞぞぞたうでたうでとうでけるけるける。。。
  6. 6知とも知ともとも時とき時ときときこれこれこれををを賜たま賜たまたまははわつつっててて、、、まかりまかりまかり出い出いいでででんんんとととしししけれけれければばば、、、守しゆ守しゆしゅ護ご護ごごののの武ぶ武ぶぶ士し士ししどもどもども、、、「「「いかなるいかなるいかなる御おん御おんおん文ふみ文ふみふみにてにてにてかかか候さふらふ候さふらふそうろうらんらんらん、、、見み見みみ參まゐ參まゐまいらせらせらせ候さふら候さふらそうらははわんんん。。。」」」ととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう、、、「「「見み見みみせせせよよよ。。。」」」ととと宣のたま宣のたまのたまへへえばばば、、、見み見みみせせせてててけりけりけり。。。苦くる苦くるくるしかるしかるしかるまじまじまじとてとてとて取と取ととらせらせらせけりけりけり。。。知とも知ともとも時とき時ときときこれこれこれををを取と取ととつつっててて、、、いそぎいそぎいそぎ内だい内だいだい裏り裏りりへへへ參まゐ參まゐまいりりり、、、晝ひる晝ひるひるははは人ひと人ひとひと目め目めめのののしげけれしげけれしげければばば、、、そのそのその邊へん邊へんへん近ちか近ちかちかききき小こ小ここ家や家ややににに立たち立たちたち寄よ寄よよりりり、、、日ひ日ひひををを待ま待ままちちち暮くら暮くらくらししし、、、たそがれたそがれたそがれ時どき時どきどきにににまぎれまぎれまぎれ入い入いいつつっててて、、、件くだん件くだんくだんののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうののの局つぼね局つぼねつぼねののの下しも下しもしも口ぐち口ぐちぐち邊へん邊へんへんにににたゞずんたゞずんただずんででで聞き聞きききききけれけれければばば、、、このこのこの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうののの聲こゑ聲こゑこえとととおぼしくおぼしくおぼしくててて、、、「「「あなあなあないとほしいとほしいとおし、、、いくらいくらいくらもももましますましますまします公きん公きんきん達だち達だちだちののの中なか中なかなかににに、、、このこのこの人ひと人ひとひと一いち一いちいち人にん人にんにんかやうかやうかようににになりなりなり給たま給たまたまふふうことことことよよよ。。。人ひと人ひとひとはははみなみなみな奈な奈なな良ら良ららををを燒や燒ややきききたるたるたる伽が伽がが藍らん藍らんらんののの罰ばち罰ばちばちととといひいひいいあへあへあえりりり。。。中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょうもももさささぞぞぞいひいひいいししし。。。わがわがわが心こゝろ心こゝろこころにににおこつおこつおこってててははは燒や燒ややかかかねねねどもどもども、、、惡あく惡あくあく黨たう黨たうとう多おほ多おほおおかりかりかりしかしかしかばばば、、、手て手ててんんん手で手ででににに火ひ火ひひををを放はな放はなはなつつっててて、、、多おほ多おほおおくくくののの塔たふ塔たふとう堂だう堂だうどうををを燒や燒ややききき亡ほろ亡ほろほろぼすぼすぼす。。。末すゑ末すゑすえののの露つゆ露つゆつゆ、、、もともともとののの雫しづく雫しづくしずくのののためしためしためしあれあれあればばば、、、わがわがわが身み身みみ一ひと一ひとひとつつつののの罪ざい罪ざいざい業ごふ業ごふごうにににこそこそこそならならならんんんずらめずらめずらめととといひいひいいしがしがしが、、、げにげにげにさささととと覺おぼ覺おぼおぼゆるゆるゆるぞぞぞややや。。。」」」とてとてとて泣な泣ななかかかれれれけれけれければばば、、、知とも知ともとも時とき時ときとき、、、これこれこれにににももも斯か斯かかくくく歎なげ歎なげなげききき給たま給たまたまふふう事こと事ことことのののいとほしさいとほしさいとおしさよよよととと思おも思おもおもひひい、、、「「「ものものもの申まう申まうもうさささううう。。。」」」ととといへいへいえばばば、、、「「「何なに何なになにごとごとごと。。。」」」ととと答こた答こたこたふふう。。。「「「これこれこれににに本ほん本ほんほん三ざん三ざんざん位み位みみののの中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう殿どの殿どのどのよりよりよりののの御おん御おんおん文ふみ文ふみふみののの候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」ととと申まう申まうもうしししたりたりたりけれけれければばば、、、日ひ日ひひ頃ごろ頃ごろごろははは恥は恥ははぢぢじててて見み見みみえええ給たま給たまたまははわぬぬぬ人ひと人ひとひとののの、、、「「「いづらいづらいずらやややいづらいづらいずら。。。」」」とてとてとて走はし走はしはしりりり出い出いいでででててて、、、手て手ててづからづからずからこのこのこの文ふみ文ふみふみををを取と取ととつつっててて見み見みみ給たま給たまたまふふうににに、、、西さい西さいさい國こく國こくこくにてにてにて生いけ生いけいけ捕どり捕どりどりにににせせせられられられたりたりたりしししありありありさまさまさま、、、今日けふ今日けふきょう明日あす明日あすあすをををももも知し知ししらららぬぬぬ身み身みみのののゆくへゆくへゆくえなどなどなど、、、こま〴〵こま〴〵こまごまととと書か書かかいいいててて奧おく奧おくおくにににははは一いつ一いついっ首しゆ首しゆしゅののの歌うた歌うたうたぞぞぞありありありけるけるける。。。
  7. 7涙なみだ涙なみだなみだ川がは川がはがわうきうきうき名な名ななをををながすながすながす身み身みみなりなりなりとととももも今いま今いまいま一ひと一ひとひと度たび度たびたびのののあふせあふせおうせともともともがながながな
  8. 8女によう女にようにょう房ばう房ばうぼう、、、このこのこの文ふみ文ふみふみををを顏かほ顏かほかおにににおしおしおし當あ當ああてててててて、、、とかうとかうとこうのののことことことをををももものたまはのたまはのたまわずずず、、、引ひ引ひひきききかづいかづいかずいてててぞぞぞ臥ふ臥ふふししし給たま給たまたまふふう。。。かくかくかくててて時じ時じじ刻こく刻こくこく遙はる遙はるはるかかかににに推お推おおししし移うつ移うつうつりりりけれけれければばば、、、知とも知ともとも時とき時ときとき、、、「「「御おん御おんおん返へん返へんへん事じ事じじ賜たま賜たまたまははわつつっててて歸かへ歸かへかえりりり參まゐ參まゐまいりりり候さふら候さふらそうらははわんんん。。。」」」ととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、女によう女にようにょう房ばう房ばうぼう泣な泣ななく〳〵く〳〵くなく御おん御おんおん返へん返へんへん事じ事じじ書か書かかききき給たま給たまたまへへえりりり。。。心こゝろ心こゝろこころ苦ぐる苦ぐるぐるしうしうしゅういぶせくいぶせくいぶせくててて、、、このこのこの二ふた二ふたふた年とせ年とせとせををを送おく送おくおくつつったりたりたりしししありありありさまさまさま、、、こま〴〵こま〴〵こまごまととと書か書かかいいいててて、、、
  9. 9君きみ君きみきみ故ゆゑ故ゆゑゆえにににわれわれわれもももうきうきうき名な名ななををを流なが流ながながすすすとととももも底そこ底そこそこのののみくづみくづみくずととと共とも共ともともににになりなりなりなななむむん
  10. 10知とも知ともとも時とき時ときときこれこれこれををを賜たま賜たまたまははわつつっててて歸かへ歸かへかえりりり參まゐ參まゐまいつつったりたりたりけれけれければばば、、、守しゆ守しゆしゅ護ご護ごごののの武ぶ武ぶぶ士し士ししどもどもどもまたまたまた、、、「「「いかなるいかなるいかなる御おん御おんおん文ふみ文ふみふみにてにてにてかかか候さふらふ候さふらふそうろうらんらんらん、、、見み見みみまゐらせまゐらせまいらせんんん。。。」」」ととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、見み見みみせせせてててけりけりけり。。。苦くる苦くるくるしうしうしゅう候さふらふ候さふらふそうろうまじまじまじとてとてとて奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる。。。中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょうこれこれこれををを見み見みみたまひたまひたまいててて、、、いとゞいとゞいとど御おん御おんおん物もの物ものもの思おも思おもおもひひいやややまさらまさらまさられれれけんけんけん、、、やゝやゝややあつあつあっててて土と土とと肥ひ肥ひひののの次じ次じじ郎らう郎らうろう實さね實さねさね平ひら平ひらひらををを召め召めめしししててて宣のたま宣のたまのたまひひいけるけるけるははは、、、「「「さてもさてもさてもこのこのこのほどほどほど、、、各おの〳〵各おの〳〵おのおののののなさけなさけなさけ深ふか深ふかふこううう芳はう芳はうほう心しん心しんしんせせせられられられつるつるつるこそこそこそ、、、ありありありがたうがたうがとう嬉うれ嬉うれうれしけれしけれしけれ。。。今いま今いまいま一いち一いちいち度ど度どど芳はう芳はうほう恩おん恩おんおん蒙かうぶ蒙かうぶこうぶりりりたきたきたき事こと事ことことありありあり。。。われわれわれははは一いち一いちいち人にん人にんにんののの子こ子ここなけれなけれなければばば、、、うきうきうき世よ世よよににに思おも思おもおもひひい置お置おおくくく事こと事ことことなしなしなし。。。年とし年としとし頃ごろ頃ごろごろ契ちぎ契ちぎちぎりりりたりたりたりししし女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうににに、、、今いま今いまいま一いち一いちいち度ど度どど對たい對たいたい面めん面めんめんしてしてして後ご後ごご生しやう生しやうしょうののの事こと事ことことをををもももいひいひいい置お置おおかかかばやばやばやととと思おも思おもおもふふうはははいかにいかにいかに。。。」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、土と土とと肥ひ肥ひひののの次じ次じじ郎らう郎らうろうなさけなさけなさけあるあるある者もの者ものものにてにてにて、、、「「「誠まこと誠まことまことににに女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうなどなどなどののの御おん御おんおん事こと事ことことははは、、、何なに何なになにかかか苦くる苦くるくるしうしうしゅう候さふらふ候さふらふそうろうべきべきべき。。。とう〳〵とう〳〵とうとう。。。」」」とてとてとて許ゆる許ゆるゆるしししたてまつるたてまつるたてまつる。。。中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょうなのめなのめなのめならならならずずず喜よろこ喜よろこよろこびびび、、、人ひと人ひとひとににに車くるま車くるまくるま借か借かかつつっててて遣つか遣つかつかははわされされされたりたりたりけれけれければばば、、、女によう女にようにょう房ばう房ばうぼう取と取ととりりりあへあへあえずずず、、、急いそ急いそいそぎぎぎ乘の乘ののつつってててぞぞぞおはしおはしおわしけるけるける。。。緣えん緣えんえんににに車くるま車くるまくるまやりやりやり寄よ寄よよせせせ、、、このこのこの由よし由よしよしかくかくかくととと申まう申まうもうしししたりたりたりけれけれければばば、、、中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう車くるま車くるまくるま寄よせ寄よせよせまでまでまで出い出いいででで向むか向むかむかひひい、、、「「「武ぶ武ぶぶ士し士ししどもどもどもののの見み見みみ參まゐ參まゐまいらせらせらせ候さふらふ候さふらふそうろうににに、、、下お下おおりりりさせさせさせ給たま給たまたまふふうべからべからべからずずず。。。」」」とてとてとて、、、車くるま車くるまくるまののの簾すだれ簾すだれすだれをををうちうちうちかづきかづきかずき手て手ててににに手て手ててををを取と取ととりりり組く組くくみみみ、、、顏かほ顏かほかおににに顏かほ顏かほかおをををおしおしおし當あ當ああてててててて、、、しばししばししばしはははとかうとかうとこうののの事こと事ことことをををももも宣のたま宣のたまのたまははわずずず、、、たゞたゞただ泣な泣ななくくくよりよりより外ほか外ほかほかののの事こと事ことことぞぞぞなきなきなき。。。
  11. 11やゝやゝややあつあつあっててて中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう、、、涙なみだ涙なみだなみだをををおさへおさへおさえてててのたまひのたまひのたまいけるけるけるははは、、、「「「西さい西さいさい國こく國こくこくへへへ下くだ下くだくだりりり候さふら候さふらそうらひひいししし時とき時ときときももも、、、今いま今いまいま一いち一いちいち度ど度どど御ご御ごご見げん見げんげん參ざん參ざんざんににに入い入いいりりりたかりたかりたかりしかしかしかどもどもども、、、大おほ大おほおお方かた方かたかたののの世よ世よよのののさわがしささわがしささわがしさ、、、申まう申まうもうししし送おく送おくおくるるるべきべきべき便たよ便たよたよりりりもももなくなくなくしてしてして、、、まかりまかりまかり下くだ下くだくだりりり候さふら候さふらそうらひひいききき。。。そのそのその後のち後のちのち御おん御おんおん文ふみ文ふみふみをををももも奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり、、、御おん御おんおん返へん返へんへん事じ事じじをををももも見み見みみ參まゐ參まゐまいらせらせらせたうたうとう候さふら候さふらそうらひひいつれつれつれどもどもども、、、旅たび旅たびたびののの空そら空そらそらのののものものものうさうさうさ、、、朝あさ朝あさあさ夕ゆふ夕ゆふゆうののの軍いくさ軍いくさいくさ立だち立だちだちにににひまひまひまなくなくなくしてしてして、、、空むな空むなむなしうしうしゅうまかりまかりまかり過す過すすぎぎぎ候さふら候さふらそうらひひいききき。。。今こん今こんこん度ど度どど一いち一いちいちののの谷たに谷たにたににてにてにていかにいかにいかにもももなるなるなるべかりべかりべかりししし身み身みみののの、、、生い生いいきききながらながらながら捕とら捕とらとらははわれれれててて、、、再ふたゝ再ふたゝふたたびびび都みやこ都みやこみやこへへへまかりまかりまかり上のぼ上のぼのぼりりり候さふらふ候さふらふそうろうももも、、、御ご御ごご見げん見げんげん參ざん參ざんざんににに入い入いいるるるべきべきべきとととののの事こと事ことことにてにてにて候さふらふ候さふらふそうろうぞぞぞややや。。。」」」とてとてとて、、、またまたまた涙なみだ涙なみだなみだをををおさへおさへおさえてててぞぞぞ伏ふ伏ふふししし給たま給たまたまふふう。。。互たがひ互たがひたがいののの心こゝろ心こゝろこころののの中うち中うちうち、、、推お推おおししし量はか量はかはかららられれれててて哀あは哀あはあわれれれなりなりなり。。。かくかくかくててて小さ小ささ夜よ夜よよもももやう〳〵やう〳〵ようよう更ふ更ふふけけけゆけゆけゆけばばば、、、守しゆ守しゆしゅ護ご護ごごののの武ぶ武ぶぶ士し士ししどもどもども、、、「「「このこのこの程ほど程ほどほどははは大おほ大おほおお路ぢ路ぢじののの狼らう狼らうろう藉ぜき藉ぜきぜきもももぞぞぞ候さふらふ候さふらふそうろうににに、、、とう〳〵とう〳〵とうとう。。。」」」ととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう力ちから力ちからちから及およ及およおよびびび給たま給たまたまははわずずず、、、やがてやがてやがて返かへ返かへかへししし給たま給たまたまふふう。。。車くるま車くるまくるまやりやりやり出いだ出いだいだせせせばばば、、、中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうののの袖そで袖そでそでをををひかへひかへひかえててて、、、
  12. 12逢あ逢ああふふうことことことももも露つゆ露つゆつゆののの命いのち命いのちいのちももももろもろもろともともともににに今こ今ここ宵よひ宵よひよいばかりばかりばかりややや限かぎ限かぎかぎりりりなるなるなるらむらむらん
  13. 13女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうとりとりとりあへあへあえずずず、、、
  14. 14限かぎ限かぎかぎりりりとてとてとてたちたちたち別わか別わかわかるれるれるればばば露つゆ露つゆつゆののの身み身みみののの君きみ君きみきみよりよりよりさきさきさきににに消き消ききえええぬぬぬべきべきべきかはかはかは
  15. 15さてさてさて女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうははは内だい内だいだい裏り裏りりへへへ參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまひひいぬぬぬ。。。そのそのその後のち後のちのちははは守しゆ守しゆしゅ護ご護ごごののの武ぶ武ぶぶ士し士ししどもどもども許ゆる許ゆるゆるさささねねねばばば、、、時とき時ときとき々どき々どきどきたゞたゞただ御おん御おんおん文ふみ文ふみふみばかりばかりばかりぞぞぞ通かよ通かよかよひひいけるけるける。。。このこのこの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうととと申まう申まうもうすすすははは民みん民みんみん部ぶ部ぶぶ卿きやう卿きやうきょう入にふ入にふにゅう道だう道だうどう親しん親しんしん範ぱん範ぱんぱんののの女むすめ女むすめむすめなりなりなり。。。みめみめみめかたちかたちかたち世よ世よよにににすぐれすぐれすぐれ、、、なさけなさけなさけ深ふか深ふかふかききき人ひと人ひとひとなれなれなればばば、、、中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう、、、南なん南なんなん都と都ととへへへ渡わた渡わたわたささされれれててて、、、斬き斬ききららられれれ給たま給たまたまひひいぬぬぬととと聞きこ聞きこきこえええしかしかしかばばば、、、やがてやがてやがて樣さま樣さまさまをををかへかへかへ、、、濃こ濃ここききき墨すみ墨すみすみ染ぞめ染ぞめぞめにににやつれやつれやつれはてはてはてててて、、、かのかのかの後ご後ごご世せ世せせ菩ぼ菩ぼぼ提だい提だいだいををを弔とぶら弔とぶらとぶらひひい給たま給たまたまふふうぞぞぞあはれあはれあわれなるなるなる。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

同月十四日、生け捕りの本三位中将重衡卿が都へ入って、大路を渡された。小八葉の車の前後の簾を上げ、左右の物見窓を開けてある。土肥次郎実平は木蘭地の直垂に小具足だけをつけ、随兵三十余騎を連れて、車の前後を囲んでお守りした。京中の身分の上下の人々はこれを見て、「ああお気の毒に。大勢おられる公達の中で、この方一人がこのようなことになられるとは。入道殿(清盛)にも二位殿にもかわいがられた御子でいらしたので、一門の人々も大事にして、院の御所や内裏へ参られたときにも、老いた人も若い人も席を譲っておもてなし申されたものだ。今またこのようになられるのは、きっと奈良を焼かれた伽藍の罰だ」と言い合った。六条を東へ河原まで渡して、そこから引き返し、故中御門藤中納言家成卿の御堂で八条堀河にある所にお据え申して、厳しくお守りした。

院の御所から御使いがあった。蔵人左衛門権佐定長が八条堀河へ向かった。赤い衣に剣と笏を帯びていた。三位中将は紺村濃の直垂に折烏帽子を立ててかぶっておられる。日ごろは何とも思っておられなかった定長を、今は冥途で罪人たちが冥官に会うような心地がなさった。仰せ下されるには、「屋島へ帰りたければ、一門の方へ言い送って、三種の神器を都へお返し申せ。そうすれば屋島へ帰されるであろう」とのお考えである。三位中将が申されるには、「あれほどのわが国の宝である三種の神器を、重衡一人と引き換えにしようとは、内府(宗盛)以下一門の者たちがまさか申しますまい。女性でございますから、もしかすると母の二品(時子)などは、そう申すかもしれません。けれども、居ながらにして院宣をお返し申すのも恐れ多いことでございますので、すぐに申し送ってみましょう」と申された。

院宣の御使いは御坪の召次花方、三位中将の使いは平三左衛門重国という者である。大臣殿と平大納言(時忠)へは院宣の趣旨を申された。二位殿へはお手紙をこまごまと書いて差し上げられた。私的な手紙は許されなかったので、人々のもとへは言葉で言づけられた。北の方の大納言佐殿へも言葉で申された。「旅の空でも、そなたは私に慰められ、私はそなたに慰められてきたのに、別れてから、どんなに悲しい思いをしておられるだろう。夫婦の契りは朽ちないものと申すから、来世では必ず生まれ合い申そう」と泣く泣く言づけられたので、重国もまことにあわれに思って、涙をおさえて出立した。

ここに三位中将の長年の侍で、木工右馬允知時という者がいた。八条女院にも兼ねて仕えていたが、土肥次郎実平のもとへ行って、「これは長年三位中将殿に召し使われておりました某と申す者でございますが、今日大路でお見かけ申したところ、目も当てられず、あまりにおいたわしく思われます。何の差しさわりがありましょう、知時だけはお許しをいただいて、もう一度おそばに参り、たわいない昔話でもして、お慰め申したいと存じます。弓矢を取る身でもございませんので、合戦のお供をしたこともございません。朝夕ただ御前にお仕えしていただけです。それでもなお心配にお思いなら、腰の刀をお預かりになって、どうかお許しをいただきたい」と申したので、土肥次郎は情けのある者で、「まことにあなた一人なら、何の差しさわりがありましょう。ただし念のため」といって、腰の刀を受け取って中に入れた。

右馬允はたいそう喜び、急いで参って御様子を拝見すると、まことに深く思い沈んでおられると見えて、お姿もひどくしおれ返っておられるのを拝見するにつけ、知時は涙をまったくこらえきれない。中将も夢の中で夢を見る心地がして、何もおっしゃらない。しばらくして昔や今の話などをされた後、「ところで、おまえを介して言い交わしていた人は、まだ内裏にいると聞くが」「そのように承っております」。中将は「わしが西国へ下ったとき、手紙もやらず、言い置くこともしなかったので、末長くと交わした約束はみな偽りになってしまったと思っているだろうと思うと恥ずかしい。手紙をやりたいと思うがどうだろう。訪ねて行ってくれるか」とおっしゃると、知時は「たやすいことでございます」と申した。中将はたいそう喜んで、すぐに手紙を書いてお与えになった。

知時がこれをいただいて退出しようとすると、守護の武士たちが「どんなお手紙でしょうか。拝見しましょう」と申したので、中将が「見せよ」とおっしゃると、見せた。差しさわりはあるまいといって返した。知時はこれを受け取って、急いで内裏へ参り、昼は人目が多いので、そのあたりの近くの小家に立ち寄って日が暮れるのを待ち、たそがれどきにまぎれ入って、その女房の局の下口のあたりにたたずんで聞いていると、この女房の声と思われて、「ああお気の毒に。大勢おられる公達の中で、この方一人がこのようになられるとは。人はみな奈良を焼いた伽藍の罰だと言い合っている。中将もそう言っていた。自分の心から焼いたのではないが、悪党が多かったので、それぞれが火を放って多くの塔や堂を焼き滅ぼした。末の露も本の雫も同じ道理で、結局はわが身一つの罪業になるのだろうと言っていたが、本当にそうだと思われる」といって泣いておられたので、知時は、この方もこのように嘆いておられるのがいとおしいと思い、「申し上げます」と言うと、「何ごと」と答えた。「こちらに本三位中将殿からのお手紙がございます」と申したところ、日ごろは恥ずかしがって姿をお見せにならない人が、「どこに、どこに」といって走り出てきて、自分の手でこの手紙を受け取ってご覧になると、西国で生け捕りにされたありさまや、今日明日をも知れない身の行く末などがこまごまと書かれていて、奥に一首の歌があった。

(涙の川にうき名を流す身であっても、もう一度だけ会う機会があってほしい)

女房はこの手紙を顔に押し当てて、何もおっしゃらず、衣を引きかぶって伏してしまわれた。こうして時がずいぶんたったので、知時が「お返事をいただいて帰りましょう」と申したところ、女房は泣く泣くお返事をお書きになった。心苦しく気のふさぐ思いでこの二年を送ってきたありさまを、こまごまと書いて、

(あなたのために私もうき名を流すことになっても、あなたと一緒に水底の藻屑となりましょう)

知時がこれをいただいて帰ってくると、守護の武士たちがまた「どんなお手紙でしょう。拝見しましょう」と申したので見せた。差しさわりはございますまいといって差し上げた。中将はこれをご覧になって、いっそう物思いがつのられたのであろうか、しばらくして土肥次郎実平を召しておっしゃるには、「さてもこの間、おのおのが情け深くお心遣いくださったことは、ありがたくうれしい。もう一度お情けをいただきたいことがある。私には子が一人もいないので、この世に思い残すことはない。長年契りを交わしていた女房にもう一度会って、後世のことも言い置きたいと思うが、どうだろう」とおっしゃると、土肥次郎は情けのある者で、「まことに女房などのことは、何の差しさわりがありましょう。早く早く」といって許し申した。中将はたいそう喜んで、人から車を借りて迎えにやられたので、女房は取るものも取りあえず、急いで乗っておいでになった。縁先に車を寄せて、このことを申し上げると、中将は車寄せまで出迎えて、「武士たちが見ておりますので、お降りになってはなりません」といって、車の簾を頭からかぶるようにして中に入り、手に手を取り組み、顔に顔を押し当てて、しばらくは何もおっしゃらず、ただ泣くよりほかはなかった。

しばらくして中将が涙をおさえておっしゃるには、「西国へ下ったときも、もう一度お目にかかりたかったのですが、世の中の騒がしさに申し送る手立てもなくて、下って行きました。その後お手紙も差し上げ、お返事も拝見したいと思いましたが、旅の空のつらさ、朝夕の合戦の支度に暇もなくて、むなしく過ごしてしまいました。今度一の谷でどうにでもなるはずだった身が、生きながら捕らわれて、再び都へ上ってきたのも、あなたにお目にかかるためだったのですね」といって、また涙をおさえて伏してしまわれた。互いの心の中が推し量られて哀れである。こうして夜もしだいに更けてきたので、守護の武士たちが「近ごろは大路の狼藉もありますから、早く早く」と申したので、中将はどうしようもなく、すぐにお帰しになった。車を出そうとすると、中将は女房の袖をつかんで、

(会うことも露のような命も、ともに今夜限りなのだろうか)

女房はすぐに、

(これが最後と別れるのなら、露のような私の身が、あなたより先に消えずにいられようか)

さて女房は内裏へ帰られた。その後は守護の武士たちが許さなかったので、ときどきただ手紙だけが通った。この女房というのは、民部卿入道親範の娘である。顔かたちが世にすぐれ、情け深い人であったので、中将が南都へ渡されて斬られなさったと聞こえると、すぐに尼となり、濃い墨染の衣にやつれ果てて、中将の後世の菩提を弔われたのはあわれである。

意訳

一の谷で生け捕られた重衡が都に引き回され、三種の神器と引き換えに屋島へ帰すという院宣を受ける章段である。華やかな公達として知られた重衡が、罪人として冥官に会うような心地で院の使いを迎える姿に、境遇の激変がよく表れている。

後半は、侍知時の取りなしによって、重衡と内裏の女房とが手紙を交わし、一夜の対面を果たす物語である。南都焼き討ちの罪を背負う重衡と、その身を嘆いて出家する女房との別れは、のちの千手前との交わりとともに、重衡の物語に深い哀感を添えている。

語釈・文法注

文法

「小八葉の車」
小さな八葉の紋をつけた網代車。
「伽藍の罰」
南都(東大寺・興福寺)を焼き討ちにした罪の報い(巻第五「奈良炎上」)。
「冥官に逢へる心ち」
冥途で閻魔庁の役人に会う罪人のような気持ち。
「二品」
従二位の重衡の母、時子。
「末の露、もとの雫」
草の葉末の露も根元の雫も、遅い早いの違いはあっても消えることに変わりはない。ここでは、誰が手を下しても罪は大将一人に帰すことのたとえ。
「たうでける」
「たびてける」の音便。お与えになった。
「下口」
局の下手の出入り口。

和歌

涙川うき名をながす身なりとも今一度のあふせともがな

詠者
平重衡
状況
生け捕られて都にあった重衡が、内裏の女房に送った手紙の奥に書いた歌。

修辞

涙川
涙を川にたとえる。「流す」「瀬」と縁語。
あふせ
「逢ふ瀬」。川の縁語。

君故にわれもうき名を流すとも底のみくづと共になりなむ

詠者
内裏の女房
状況
重衡の手紙への返事に書いた歌。

修辞

底のみくづ
水底の藻屑。重衡の歌の「涙川」を受けて、ともに沈む覚悟を詠む。

逢ふことも露の命ももろともに今宵ばかりや限りなるらむ

詠者
平重衡
状況
一夜の対面を終えて女房を帰すとき、車を出そうとする女房の袖をつかんで詠んだ歌。

限りとてたち別るれば露の身の君よりさきに消えぬべきかは

詠者
内裏の女房
状況
重衡の歌への返歌。

修辞

露の身
露のようにはかない身。重衡の「露の命」を受ける。

解説

平重衡は寿永三年(1184)二月七日に一の谷で生け捕られ、同月十四日に都に入った。この女房は、民部卿藤原親範の娘とされ、のちに出家して重衡の菩提を弔ったという。三種の神器と重衡の身柄との交換は、次の「八島院宣」「請文」で、平家方に拒まれる。

関連

出典

底本
『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、711–717頁(コマ384–387)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日