古典ライブラリー

平家物語 巻第九

小宰相の事

通盛の侍見田滝口時員は、主が湊川の下で討たれたことを北の方小宰相に告げた。小宰相は泣き伏して起き上がらず、屋島へ渡る船の中で、乳母に、合戦の前夜に通盛と最後に会ったこと、身ごもっていることを打ち明けたときの通盛の喜びを語り、入水の決意を漏らす。乳母は思いとどまるよう諫めたが、乳母がまどろんだ隙に、小宰相は船端に出て西に向かい念仏を唱え、海に身を投げた。引き上げたときにはもう息がなかった。小宰相は上西門院に仕えた禁中一の美人で、通盛が三年文を送り続けても応じなかったが、女院の取りなしで結ばれたのであった。

  1. 1越ゑち越ゑちえち前ぜん前ぜんぜんののの三さん三さんさん位み位みみ通みち通みちみち盛もり盛もりもり卿きやう卿きやうきょうののの侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいににに見けん見けんけん田だ田だだ瀧たき瀧たきたき口ぐち口ぐちぐち時とき時ときとき員かず員かずかずととといふいふいう者もの者ものものありありあり。。。いそぎいそぎいそぎ北きた北きたきたののの方かた方かたかたののの御おん御おんおん船ふね船ふねふねににに參まゐ參まゐまいつつっててて申まう申まうもうしししけるけるけるははは、、、「「「君きみ君きみきみははは今け今けけ朝さ朝ささ湊みなと湊みなとみなと河がは河がはがわののの下しも下しもしもにてにてにて、、、敵かたき敵かたきかたき七しち七しちしち騎き騎ききががが中なか中なかなかににに取と取ととりりりこめこめこめ參まゐ參まゐまいらせらせらせててて、、、遂つひ遂つひついににに討う討ううたたたれれれさせさせさせ給たま給たまたまひひいててて候さふら候さふらそうらひひいぬぬぬ。。。中なか中なかなかにににももも殊こと殊ことことににに手て手ててををを下おろ下おろおろいいいててて討う討ううちちち奉たてまつ奉たてまつたてまつつつったりたりたりしししははは、、、近あふ近あふおう江み江みみののの國くに國くにくにののの住ぢゆう住ぢゆうじゅう人にん人にんにん佐さ佐ささ々さ々ささ木き木ききののの木き木きき村むら村むらむらののの三さぶ三さぶさぶ郎らう郎らうろう成なり成なりなり綱つな綱つなつな、、、武む武むむ藏さし藏さしさしののの國くに國くにくにののの住ぢゆう住ぢゆうじゅう人にん人にんにん玉たま玉たまたま井ゐ井ゐいののの四し四しし郎らう郎らうろう助すけ助すけすけ景かげ景かげかげとととこそこそこそ、、、名な名なな乘の乘ののりりりまゐらせまゐらせまいらせててて候さふら候さふらそうらひひいつれつれつれ。。。時とき時ときとき員かず員かずかずももも一いつ一いついっ所しよ所しよしょででで討うち討うちうち死じに死じにじに仕つかまつ仕つかまつつかまつりりり、、、最さい最さいさい後ご後ごごののの御おん御おんおん供とも供ともとも仕つかまつ仕つかまつつかまつるるるべうべうびょう候さふら候さふらそうらひひいつれつれつれどもどもども、、、かねかねかねてててよりよりより仰おほ仰おほおおせせせ候さふら候さふらそうらひひいしししははは、、、通みち通みちみち盛もり盛もりもりいかにいかにいかになるなるなるとととももも、、、汝なんぢ汝なんぢなんじははは命いのち命いのちいのちををを捨す捨すすつつつべからべからべからずずず。。。いかにいかにいかにもももしてしてして存なが存ながながへへえててて、、、御おん御おんおんゆくへゆくへゆくえをををももも尋たづ尋たづたずねねね參まゐ參まゐまいらせらせらせよよよととと、、、仰おほ仰おほおおせせせ候さふら候さふらそうらひひいししし程ほど程ほどほどににに、、、かひかひかいなきなきなき命いのち命いのちいのち許ばか許ばかばかりりり生い生いいきききててて、、、つれなうつれなうつれのうこそこそこそこれこれこれまでまでまで參まゐ參まゐまいつつっててて候さふら候さふらそうらへへえ。。。」」」ととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、北きた北きたきたののの方かた方かたかた、、、とかくとかくとかくののの返へん返へんへん事じ事じじにににももも及およ及およおよびびび給たま給たまたまははわずずず、、、ひきひきひき被かづ被かづかずいいいてててぞぞぞ臥ふ臥ふふししし給たま給たまたまふふう。。。一いち一いちいち定ぢやう定ぢやうじょう討う討ううたたたれれれ給たま給たまたまひひいぬぬぬとととははは聞き聞ききききき給たま給たまたまへへえどもどもども、、、もしもしもしひがひがひがことことことにてにてにてもももやややあるあるあるらんらんらん、、、生い生いいきききててて歸かへ歸かへかえらららるゝるゝるる事こと事ことこともももやややととと、、、二に二にに三さん三さんさん日にち日にちにちはははあからさまあからさまあからさまににに出い出いいでででたるたるたる人ひと人ひとひとををを待ま待ままつつつ心こゝ心こゝここちちちしてしてしておはしおはしおわしけるけるけるががが、、、四し四しし五ご五ごご日にち日にちにちももも過す過すすぎぎぎしかしかしかばばば、、、もしやもしやもしやのののたのみたのみたのみももも弱よわ弱よわよわりりりはてはてはてててて、、、いとゞいとゞいとど心こゝろ心こゝろこころ細ぼそ細ぼそぼそくくくぞぞぞならならなられれれけるけるける。。。たゞたゞただ一いち一いちいち人にん人にんにんつきつきつき奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりたりたりたりけるけるける乳めの乳めのめの母と母ととののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうももも、、、同おな同おなおなじじじ枕まくら枕まくらまくらににに伏ふ伏ふふししし沉しづ沉しづしずみみみにににけりけりけり。。。
  2. 2かくかくかくととと聞き聞ききききき給たま給たまたまひひいししし七なぬ七なぬなぬ日か日かかののの日ひ日ひひののの暮くれ暮くれくれほどほどほどよりよりより、、、十じふ十じふじゅう三さん三さんさん日にち日にちにちののの夜よ夜よよまでまでまでははは、、、起お起おおきききももも上あが上あがあがりりり給たま給たまたまははわずずず。。。あくれあくれあくればばば十じふ十じふじゅう四よつ四よつよっ日か日かか、、、八や八やや島しま島しましまへへへおしおしおし渡わた渡わたわたるるる。。。宵よひ宵よひよいうちうちうち過す過すすぐるぐるぐるまでまでまでははは臥ふ臥ふふししし給たま給たまたまひひいたりたりたりけるけるけるががが、、、更ふ更ふふけけけゆくゆくゆくまゝまゝままににに船ふね船ふねふねののの中うち中うちうちしづまりしづまりしずまりけれけれければばば、、、乳めの乳めのめの母と母ととののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうにににのたまひのたまひのたまいけるけるけるははは、、、「「「今け今けけ朝さ朝ささまでまでまでははは、、、三さん三さんさん位み位みみ討う討ううたたたれれれにににしししとととははは聞き聞きききききしかしかしかどもどもども、、、まことまことまこととととももも思おも思おもおもははわでででありありありつるつるつるががが、、、このこのこの暮くれ暮くれくれほどほどほどよりよりより、、、げにげにげにさもさもさもあるあるあるらんらんらんととと思おも思おもおもひひい定さだ定さださだめめめてててあるあるあるぞぞぞとととよよよ。。。そのそのその故ゆゑ故ゆゑゆえははは、、、みなみなみな人ひと人ひとひとごとごとごとににに、、、湊みなと湊みなとみなと河がは河がはがわとととやらんやらんやらんにてにてにて三さん三さんさん位み位みみ討う討ううたたたれれれにににしししとととはははいひいひいいしかしかしかどもどもども、、、そのそのその後のち後のちのち生い生いいきききてててあうあうおうたりたりたりととといふいふいう者もの者ものもの一いち一いちいち人にん人にんにんもももなしなしなし。。。明日あす明日あすあすうちうちうち出い出いいでででんんんとてとてとてののの夜よ夜よよ、、、あからさまあからさまあからさまなるなるなる所ところ所ところところにてにてにて行ゆ行ゆゆきききあひあひあいたりたりたりしかしかしかばばば、、、いついついつよりよりよりももも心こゝろ心こゝろこころぼそぼそぼそげげげにににうちうちうち歎なげ歎なげなげきききててて、、、『『『明日あす明日あすあすののの軍いくさ軍いくさいくさにににははは必かなら必かならかならずずず討う討ううたたたれれれんんんととと覺おぼ覺おぼおぼゆるゆるゆるはははとととよよよ。。。われわれわれいかにいかにいかにもももなりなりなりなんなんなん後のち後のちのち、、、人ひと人ひとひとはははいかゞいかゞいかがはははししし給たま給たまたまふふうべきべきべき。。。』』』などなどなどいひいひいいしかしかしかどもどもども、、、軍いくさ軍いくさいくさはははいついついつもももののの事こと事ことことなれなれなればばば、、、一いち一いちいち定ぢやう定ぢやうじょうさるさるさるべしべしべしとととももも思おも思おもおもははわでででありありありつるつるつる事こと事ことことこそこそこそ悲かな悲かなかなしけれしけれしけれ。。。それそれそれををを限かぎ限かぎかぎりりりとととだにだにだに思おも思おもおもははわましかましかましかばばば、、、などなどなど後のち後のちのちののの世よ世よよととと契ちぎ契ちぎちぎらららざりざりざりけんけんけんととと、、、思おも思おもおもふふうさへさへさへこそこそこそ悲かな悲かなかなしけれしけれしけれ。。。たゞたゞただならならならずずずなりなりなりたるたるたる事こと事ことことをををももも、、、日ひ日ひひ頃ごろ頃ごろごろはははかくしかくしかくしててていはいはいわざりざりざりしかしかしかどもどもども、、、あまりあまりあまりににに心こゝろ心こゝろこころ深ぶか深ぶかぶこううう思おも思おもおもははわれれれじじじとてとてとて、、、いひいひいい出いだ出いだいだしししたりたりたりしかしかしかばばば、、、なのめなのめなのめならならならずずずうれしげうれしげうれしげにてにてにて、、、『『『通みち通みちみち盛もり盛もりもり三さん三さんさん十じふ十じふじゅうににになるなるなるまでまでまで、、、子こ子ここととといふいふいう者もの者ものものももも無な無ななかりかりかりつるつるつるににに、、、あはれあはれあわれ同おな同おなおなじうじうじゅうははは男なん男なんなん子し子ししにてにてにてもももあれあれあれかしかしかし。。。うきうきうき世よ世よよののの忘わす忘わすわすれれれがたみがたみがたみにににもももととと、、、思おも思おもおもひひい置お置おおくくくばかりばかりばかりなりなりなり。。。さてさてさて幾いく幾いくいく月つき月つきつきにににかかかなるなるなるらんらんらん、、、心こゝ心こゝここちちちははは如い如いい何か何かかあるあるあるらんらんらん。。。いついついつとととなきなきなき波なみ波なみなみののの上うへ上うへうえ、、、船ふね船ふねふねののの中うち中うちうちののの住すま住すますま居ひ居ひいなれなれなればばば、、、靜しづ靜しづしずかかかににに身み身みみ々み々みみとととならならならんんん時とき時ときとき、、、いかゞいかゞいかがはははししし給たま給たまたまふふうべきべきべき。。。』』』などなどなどいひいひいいしししははは、、、はかなかりはかなかりはかなかりけるけるけるかねかねかね言ごと言ごとごとかなかなかな。。。まことまことまことやらんやらんやらん、、、女をんな女をんなおんなはははさやうさやうさようののの時とき時ときとき、、、十とを十とをとおににに九こゝの九こゝのここのははは必かなら必かならかならずずず死し死ししぬるぬるぬるなれなれなればばば、、、恥はぢ恥はぢはじがましうがましうがましゅう、、、うたてきうたてきうたてき目め目めめををを見み見みみててて、、、むなしうむなしうむなしゅうならならならんんんももも心こゝろ心こゝろこころ憂う憂ううししし。。。しづかしづかしずかににに身み身みみ々み々みみとととなつなつなっててて後のち後のちのち、、、稚をさな稚をさなおさなききき者もの者ものものををを育そだ育そだそだてててててて、、、なきなきなき人ひと人ひとひとのののかたみかたみかたみにににももも見み見みみばやばやばやとととははは思おも思おもおもへへえどもどもども、、、それそれそれををを見み見みみんんん度たび度たびたびごとごとごとにににははは、、、昔むかし昔むかしむかしののの人ひと人ひとひとのみのみのみ戀こひ戀こひこいしくしくしくててて、、、思おも思おもおもひひいののの數かず數かずかずはははまさるまさるまさるとととももも、、、慰なぐさ慰なぐさなぐさむむむ事こと事ことことはははよもよもよもあらあらあらじじじ。。。遂つひ遂つひついにににははは遁のが遁のがのがれれれまじきまじきまじき道みち道みちみちなりなりなり。。。もしもしもし不ふ不ふふ思し思しし議ぎ議ぎぎににに此こ此ここののの世よ世よよををを忍しの忍しのしのびびび過すご過すごすごすすすとととももも、、、心こゝろ心こゝろこころににに任まか任まかまかせせせぬぬぬ世よ世よよののの習なら習ならならひひいははは、、、思おも思おもおもははわぬぬぬ外ほか外ほかほかののの不ふ不ふふ思し思しし議ぎ議ぎぎもももあるあるあるぞぞぞとととよよよ。。。それそれそれももも思おも思おもおもへへえばばば心こゝろ心こゝろこころ憂う憂ううししし。。。まどろめまどろめまどろめばばば夢ゆめ夢ゆめゆめににに見み見みみえええ、、、さむれさむれさむればばば面おも面おもおも影かげ影かげかげににに立た立たたつつつぞぞぞとととよよよ。。。生い生いいきききてててゐゐいててて、、、とにかくとにかくとにかくににに人ひと人ひとひとををを戀こひ戀こひこいしししととと思おも思おもおもははわんんんよりよりより、、、水みづ水みづみずののの底そこ底そこそこへへへももも入い入いいらららばやばやばやととと、、、思おも思おもおもひひい定さだ定さださだめめめてててあるあるあるぞぞぞとととよよよ。。。そこそこそこににに一ひと一ひとひと人り人りり止とゞ止とゞとどまつまつまっててて、、、歎なげ歎なげなげかかかんんんずるずるずる事こと事ことことこそこそこそ心こゝろ心こゝろこころ苦ぐる苦ぐるぐるしけれしけれしけれどもどもども、、、妾わらは妾わらはわらわががが裝しやう裝しやうしょう束ぞく束ぞくぞくのののあるあるあるをををばばば取と取ととつつっててて、、、いかならいかならいかならんんん僧そう僧そうそうにににももも奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり、、、なきなきなき人ひと人ひとひとののの御ご御ごご菩ぼ菩ぼぼ提だい提だいだいをををももも弔とぶら弔とぶらとぶらひひい參まゐ參まゐまいらせらせらせ、、、妾わらは妾わらはわらわががが後ご後ごご生しやう生しやうしょうをををももも助たす助たすたすけけけ給たま給たまたまへへえ。。。書か書かかききき置お置おおきききたるたるたる文ふみ文ふみふみをををばばば都みやこ都みやこみやこへへへ傳つた傳つたつたへへえてててたべたべたべ。。。」」」などなどなど、、、こま〴〵こま〴〵こまごまとととのたまへのたまへのたまえばばば、、、乳めの乳めのめの母と母ととののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼう、、、涙なみだ涙なみだなみだををを抑おさ抑おさおさへへえててて、、、「「「いとけなきいとけなきいとけなき子こ子ここをををもももふりふりふり棄す棄すすてててててて、、、老お老おおいいいたるたるたる親おや親おやおやをををももも止とゞ止とゞとどめめめ置お置おおききき、、、はる〴〵はる〴〵はるばるとととこれこれこれまでまでまで附つ附つつききき參まゐ參まゐまいらせらせらせててて候さふらふ候さふらふそうろう志こゝろざし志こゝろざしこころざしをををばばば、、、いかいかいかばかりばかりばかりとととかかか思おぼし思おぼしおぼし召め召めめささされれれ候さふらふ候さふらふそうろうらんらんらん。。。今こん今こんこん度ど度どど一いち一いちいちののの谷たに谷たにたににてにてにて討う討ううたたたれれれさせさせさせたまふたまふたまう御ご御ごご一いつ一いついっ家け家けけののの、、、公きん公きんきん達だち達だちだちたちたちたちののの北きた北きたきたののの方かた方かたかたののの御おん御おんおんなげきなげきなげき、、、いづれいづれいずれかかかおろかおろかおろかににに思おぼし思おぼしおぼし召め召めめささされれれ候さふらふ候さふらふそうろうべきべきべき。。。必かなら必かならかならずずず一ひと一ひとひとつつつ蓮はちす蓮はちすはちすへへへととと思おぼし思おぼしおぼし召め召めめささされれれ候さふらふ候さふらふそうろうとととももも、、、生うま生うまうまれれれかはらかはらかわらせせせたまひたまひたまいなんなんなん後のち後のちのち、、、六ろく六ろくろく道だう道だうどう四し四しし生しやう生しやうしょうののの間あひだ間あひだあいだにてにてにて、、、いづくいづくいずくののの道みち道みちみちへへへかかか赴おもむ赴おもむおもむかかかせせせ給たま給たまたまははわんんんずらんずらんずらん。。。行ゆ行ゆゆきききあはせあはせあわせたまはたまはたまわんんん事こと事ことことももも不ふ不ふふ定ぢやう定ぢやうじょうなれなれなればばば、、、御おん御おんおん身み身みみををを投な投ななげげげてててもももよしなきよしなきよしなき御おん御おんおん事こと事ことことなりなりなり。。。しづかしづかしずかににに身み身みみ々み々みみとととならならならせせせ給たま給たまたまひひいててて、、、いかならいかならいかならんんん岩いは岩いはいわ木き木ききののの間はざま間はざまはざまにてにてにてももも、、、稚をさな稚をさなおさなききき人ひと人ひとひとををを育そだ育そだそだててて參まゐ參まゐまいらせらせらせ、、、御おん御おんおん樣さま樣さまさまをををかへかへかへ、、、佛ほとけ佛ほとけほとけののの御み御みみ名な名ななををを唱とな唱となとなへへえててて、、、なきなきなき人ひと人ひとひとののの御ご御ごご菩ぼ菩ぼぼ提だい提だいだいををを弔とぶら弔とぶらとぶらひひい參まゐ參まゐまいらせらせらせ給たま給たまたまへへえかしかしかし。。。そのそのその上うへ上うへうえ都みやこ都みやこみやこのののことことことをををばばば、、、誰たれ誰たれたれ見み見みみつぎつぎつぎまゐらせまゐらせまいらせよよよとてとてとて、、、かやうかやうかようにににははは仰おほ仰おほおおせせせられられられ候さふらふ候さふらふそうろうやらんやらんやらん。。。恨うら恨うらうらめしうめしうめしゅうももも承うけたまは承うけたまはうけたまわりりり候さふらふ候さふらふそうろうものものものかなかなかな。。。」」」とてとてとて、、、さめ〴〵さめ〴〵さめざめとととかきかきかきくどきくどきくどきけれけれければばば、、、北きた北きたきたののの方かた方かたかた、、、このこのこの事こと事ことことあしうあしうあしゅうももも知し知ししらせらせらせなんなんなんとととややや思おも思おもおもははわれれれけんけんけん、、、「「「これこれこれははは心こゝろ心こゝろこころににに代かは代かはかわつつってててももも、、、推お推おおししし量はか量はかはかりりり給たま給たまたまふふうべしべしべし。。。大おほ大おほおお方かた方かたかたののの世よ世よよののの恨うら恨うらうらめしさめしさめしさ、、、人ひと人ひとひとののの別わか別わかわかれれれののの悲かな悲かなかなしさしさしさにににももも、、、身み身みみををを投な投ななげげげんんんなどなどなどいふいふいうははは常つね常つねつねののの習なら習ならならひひいなりなりなり。。。されどもされどもされどもさやうさやうさようののの事こと事ことことははは、、、ありありあり難がた難がたがたききき例ためし例ためしためしぞぞぞかしかしかし。。。實まこと實まことまことににに思おも思おもおもひひい立た立たたつつつ事こと事ことことあらあらあらばばば、、、そこそこそこににに知し知ししらせらせらせずずずしてしてしてはははあるあるあるまじきまじきまじきぞぞぞ。。。今いま今いまいまははは夜よ夜よよももも更ふ更ふふけけけぬぬぬ。。。いざやいざやいざや寢ね寢ねねんんん。。。」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、乳めの乳めのめの母と母ととののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼう、、、このこのこの四し四しし五ご五ごご日にち日にちにちははは湯ゆ湯ゆゆ水みづ水みづみずをををだにだにだに、、、はか〴〵しうはか〴〵しうはかばかしゅう御ご御ごご覽らん覽らんらんじじじ入い入いいれれれさせさせさせ給たま給たまたまははわぬぬぬ人ひと人ひとひとののの、、、かやうかやうかようにににこま〴〵こま〴〵こまごまととと仰おほ仰おほおおせせせらるゝらるゝらるるははは、、、まことまことまことににに思おぼし思おぼしおぼし召め召めめししし立た立たたつつつことことこともももやややととと悲かな悲かなかなしうしうしゅうててて、、、「「「およそおよそおよそははは都みやこ都みやこみやこののの御おん御おんおん事こと事ことこともももさるさるさる御おん御おんおん事こと事ことことにてにてにて候さふら候さふらそうらへへえどもどもども、、、げにげにげにおぼしおぼしおぼし立た立たたつつつ事こと事ことことならならならばばば、、、妾わらは妾わらはわらわをををももも千ち千ちち尋ひろ尋ひろひろののの底そこ底そこそこまでまでまでももも、、、引ひ引ひひきききこそこそこそ具ぐ具ぐぐせせせさせさせさせ給たま給たまたまははわめめめ。。。後おく後おくおくれれれ參まゐ參まゐまいらせらせらせなんなんなん後のち後のちのち、、、更さら更さらさらににに片かた片かたかた時とき時ときときながらふながらふながらうべしべしべしとととももも覺おぼ覺おぼおぼえええぬぬぬものものものかなかなかな。。。」」」ととと申まう申まうもうしししててて、、、御おん御おんおん側そば側そばそばにににありありありながらながらながら、、、ちとちとちとうちうちうちまどろみまどろみまどろみたりたりたりけるけるける隙ひま隙ひまひまににに、、、北きた北きたきたののの方かた方かたかたやはらやはらやわら船ふな船ふなふなばたばたばたへへへ起お起おおききき出い出いいででで給たま給たまたまひひいててて、、、漫まん漫まんまん々まん々まんまんたるたるたる海かい海かいかい上じやう上じやうじょうなれなれなればばば、、、いづちいづちいずちををを西にし西にしにしとととははは知し知ししらららねねねどもどもども、、、月つき月つきつきののの入い入いいるるるさささののの山やま山やまやまののの端は端ははををを、、、そなたそなたそなたののの空そら空そらそらとととやややおぼしおぼしおぼしけんけんけん、、、靜しづ靜しづしずかかかににに念ねん念ねんねん佛ぶつ佛ぶつぶつししし給たま給たまたまへへえばばば、、、沖おき沖おきおきののの白しら白しらしら洲す洲すすににに鳴な鳴ななくくく千ち千ちち鳥どり鳥どりどり、、、天あま天あまあまのののとととわたるわたるわたる楫かぢ楫かぢかじののの音おと音おとおと、、、折をり折をりおりからからから哀あは哀あはあわれれれやややまさりまさりまさりけんけんけん、、、しのびしのびしのび音ね音ねねににに念ねん念ねんねん佛ぶつ佛ぶつぶつ百ひやく百ひやくひゃく遍ぺん遍ぺんぺんばかりばかりばかり唱とな唱となとなへへえさせさせさせ給たま給たまたまひひいつゝつゝつつ、、、「「「南な南なな無む無むむ西さい西さいさい方はう方はうほう極ごく極ごくごく樂らく樂らくらく世せ世せせ界かい界かいかいののの教けう教けうきょう主しゆ主しゆしゅ彌み彌みみ陀だ陀だだ如によ如によにょ來らい來らいらい、、、本ほん本ほんほん願ぐわん願ぐわんがんあやまたあやまたあやまたずずず、、、あかあかあかででで別わか別わかわかれれれしししいもいもいもせせせのののなからひなからひなからい、、、必かなら必かならかならずずず一ひと一ひとひとつつつ蓮はちす蓮はちすはちすににに。。。」」」ととと、、、泣な泣ななく〳〵く〳〵くなく遙はる遙はるはるかかかにににかきかきかきくどきくどきくどき、、、南な南なな無む無むむととと唱とな唱となとなふるふるうる聲こゑ聲こゑこえととと共とも共ともともににに、、、海うみ海うみうみにににぞぞぞ沉しづ沉しづしずみみみ給たま給たまたまひひいけるけるける。。。一いち一いちいちののの谷たに谷たにたによりよりより八や八やや島しま島しましまへへへおしおしおし渡わた渡わたわたらららんんんとてとてとてののの、、、夜よ夜よよ半は半ははばかりばかりばかりののの事こと事ことことなりなりなりけれけれければばば、、、船ふね船ふねふねののの中うち中うちうちしづまつしづまつしずまっててて、、、人ひと人ひとひとこれこれこれををを知し知ししらららざりざりざりけりけりけり。。。
  3. 3そのそのその中なか中なかなかににに楫かん楫かんかん取どり取どりどりののの一いち一いちいち人にん人にんにん寢ね寢ねねざりざりざりけるけるけるががが、、、このこのこの由よし由よしよしををを見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりててて、、、「「「あれあれあれはははいかにいかにいかに、、、あのあのあの御おん御おんおん船ふね船ふねふねよりよりより女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうののの海うみ海うみうみへへへ入い入いいらららせせせたまひたまひたまいぬるぬるぬるははは。。。」」」ととと呼よ呼よよばはばはばわつつったりたりたりけれけれければばば、、、乳めの乳めのめの母と母ととののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼううちうちうち驚おどろ驚おどろおどろききき、、、側そば側そばそばををを探さぐ探さぐさぐれれれどもどもどもおはせおはせおわせざりざりざりけれけれければばば、、、たゞたゞただあれよ〳〵あれよ〳〵あれよあれよとととぞぞぞあきれあきれあきれけるけるける。。。人ひと人ひとひとあまたあまたあまた下お下おおりりりててて、、、取とり取とりとり上あ上ああげげげ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららんんんとととしししけれけれけれどもどもども、、、さらさらさらぬぬぬだにだにだに春はる春はるはるののの夜よ夜よよははは、、、ならひならひならいにににかすむかすむかすむものものものなれなれなればばば、、、四よ四よよ方も方ももののの叢むら叢むらむら雲くも雲くもくもうかれうかれうかれ來き來ききててて、、、かづけかづけかずけども〳〵ども〳〵どもかずけども、、、月つき月つきつきおぼろおぼろおぼろにてにてにて見み見みみえええ給たま給たまたまははわずずず。。。遙はる遙はるはるかかかににに程ほど程ほどほど經へ經へへててて後のち後のちのち、、、取とり取とりとり上あ上ああげげげ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりたりたりたりけれけれけれどもどもども、、、はやはやはやこのこのこの世よ世よよににになきなきなき人ひと人ひとひととととなりなりなり給たま給たまたまひひいぬぬぬ。。。白しろ白しろしろききき袴はかま袴はかまはかまににに練ねり練ねりねり緯ぬき緯ぬきぬきののの二ふた二ふたふたつつつ衣ぎぬ衣ぎぬぎぬををを著き著きき給たま給たまたまへへえりりり。。。髪かみ髪かみかみももも袴はかま袴はかまはかまもももしほたれしほたれしおたれててて取と取ととりりりあげあげあげけれけれけれどもどもどもかひかひかいぞぞぞなきなきなき。。。
  4. 4乳めの乳めのめの母と母ととののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼう、、、手て手ててににに手て手ててををを取とり取とりとり組く組くくみみみ、、、顏かほ顏かほかおににに顏かほ顏かほかおをををおしおしおし當あ當ああてててててて、、、「「「などなどなどやややこれこれこれ程ほど程ほどほどにににおぼしめしおぼしめしおぼしめし立た立たたつつつ事こと事ことことならならならばばば、、、わらはわらはわらわをををももも千ち千ちち尋ひろ尋ひろひろののの底そこ底そこそこまでまでまでももも、、、引ひ引ひひきききこそこそこそ具ぐ具ぐぐせせせさせさせさせ給たま給たまたまふふうべけれべけれべけれ。。。恨うら恨うらうらめしうめしうめしゅうもももたゞたゞただ一ひと一ひとひと人り人りり止とゞ止とゞとどめめめさせさせさせ給たま給たまたまふふうものものものかなかなかな。。。さるさるさるにににてててももも今いま今いまいま一いち一いちいち度ど度どどものものもの仰おほ仰おほおおせせせられられられててて、、、妾わらは妾わらはわらわににに聞き聞ききかかかせせせさせさせさせたまへたまへたまえ。。。」」」とてとてとて悶もだ悶もだもだえええこがれこがれこがれけれけれけれどもどもども、、、はやはやはやこのこのこの世よ世よよににになきなきなき人ひと人ひとひととととなりなりなり給たま給たまたまひひいぬるぬるぬる上うへ上うへうえははは、、、一いち一いちいち言ごん言ごんごんののの返へん返へんへん事じ事じじにににももも及およ及およおよびびび給たま給たまたまははわずずず。。。僅わづか僅わづかわずかににに通かよ通かよかよひひいつるつるつる息いき息いきいきもももはやはやはや絶た絶たたえええはてはてはてぬぬぬ。。。
  5. 5さるさるさる程ほど程ほどほどににに春はる春はるはるののの夜よ夜よよののの月つき月つきつきももも雲くも雲くもくも居ゐ居ゐいににに傾かたぶ傾かたぶかたぶききき、、、霞かす霞かすかすめるめるめる空そら空そらそらもももあけあけあけ行ゆ行ゆゆけけけばばば、、、名な名なな殘ごり殘ごりごりははは盡つ盡つつきききせせせずずず思おも思おもおもへへえどもどもども、、、さてさてさてしもしもしもあるあるあるべきべきべき事こと事ことことならならならねねねばばば、、、浮う浮ううきききもももやややあがりあがりあがり給たま給たまたまふふうととと、、、故こ故ここ三さん三さんさん位み位みみ殿どの殿どのどののののきせながきせながきせながののの一いち一いちいち領りやう領りやうりょう殘のこ殘のこのこつつったるたるたるををを、、、引ひ引ひひきききまとひまとひまとい奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり、、、遂つひ遂つひついににに海うみ海うみうみにににぞぞぞ沉しづ沉しづしずめめめけるけるける。。。乳めの乳めのめの母と母ととののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼう、、、今こん今こんこん度ど度どどははは後おく後おくおくれれれ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららじじじととと、、、つゞいつゞいつづいててて海うみ海うみうみににに入い入いいらららんんんとととしししけるけるけるををを、、、人ひと人ひとひと々びと々びとびと取とり取とりとり止とゞ止とゞとどめめめけれけれければばば力ちから力ちからちから及およ及およおよばばばずずず。。。せめてせめてせめてののの心こゝろ心こゝろこころのののあらあらあられれれずずずさささにににややや、、、手て手ててづからづからずから髪かみ髪かみかみをををはさみはさみはさみ下おろ下おろおろししし、、、故こ故ここ三さん三さんさん位み位みみ殿どの殿どのどのののの御おん御おんおん弟おとゝ弟おとゝおとと中ちう中ちうちゅう納な納なな言ごん言ごんごんののの律りつ律りつりっ師し師しし忠ちう忠ちうちゅう快くわい快くわいかいににに剃そ剃そそらららせせせ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり、、、泣な泣ななく〳〵く〳〵くなく戒かい戒かいかいををを保たも保たもたもつつっててて、、、主しゆ主しゆしゅののの後ご後ごご世せ世せせをををぞぞぞ弔とぶら弔とぶらとぶらひひいけるけるける。。。
  6. 6昔むかし昔むかしむかしよりよりより男をとこ男をとこおとこにににおくるゝおくるゝおくるる類たぐひ類たぐひたぐい多おほ多おほおおしししととといへいへいえどもどもども、、、樣さま樣さまさまをををかふるかふるかうるははは常つね常つねつねのののならひならひならい、、、身み身みみををを投な投ななぐるぐるぐるまでまでまではははありありあり難がた難がたがたききき例ためし例ためしためしなりなりなり。。。さればさればされば忠ちう忠ちうちゅう臣しん臣しんしんははは二じ二じじ君くん君くんくんににに仕つか仕つかつかへへえずずず、、、貞てい貞ていてい女ぢよ女ぢよじょははは二じ二じじ夫ふ夫ふふににに見まみ見まみまみえええずずずとととももも、、、かやうかやうかようののの事こと事ことことをををややや申まう申まうもうすすすべきべきべき。。。このこのこの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうととと申まう申まうもうすすすははは、、、頭とう頭とうとうののの刑ぎやう刑ぎやうぎょう部ぶ部ぶぶ卿きやう卿きやうきょう範のり範のりのり方かた方かたかたののの女むすめ女むすめむすめ、、、禁きん禁きんきん中ちう中ちうちゅう一いち一いちいちののの美び美びび人じん人じんじん、、、名な名ななをををばばば小こ小ここ宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょう殿どの殿どのどのとととぞぞぞ申まう申まうもうしししけるけるける。。。上じやう上じやうじょう西さい西さいさい門もん門もんもん院ゐん院ゐんいんののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうなりなりなり。。。このこのこの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼう十じふ十じふじゅう六ろく六ろくろくととと申まう申まうもうししし安あん安あんあん元げん元げんげんののの春はる春はるはるののの頃ころ頃ころころ、、、女によ女によにょ院ゐん院ゐんいん法ほつ法ほつほっ勝しよう勝しようしょう寺じ寺じじへへへ花はな花はなはな見み見みみののの御ご御ごご幸かう幸かうこうのののありありありしししににに、、、通みち通みちみち盛もり盛もりもりののの卿きやう卿きやうきょうそのそのその頃ころ頃ころころははは、、、未いま未いまいまだだだ中ちう中ちうちゅう宮ぐう宮ぐうぐうののの亮すけ亮すけすけにてにてにて供ぐ供ぐぐ奉ぶ奉ぶぶせせせられられられたりたりたりけるけるけるががが、、、見み見みみそめそめそめたりたりたりししし女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうなりなりなり。。。始はじ始はじはじめめめははは歌うた歌うたうたををを詠よ詠よよみみみ、、、文ふみ文ふみふみをををつくさつくさつくされれれけれけれけれどもどもども、、、玉たま玉たまたま章づさ章づさづさののの數かず數かずかずのみのみのみ積つも積つもつもつつっててて、、、取とり取とりとり入い入いいれれれ給たま給たまたまふふう事こと事ことこともももなしなしなし。。。
  7. 7既すで既すですでににに三み三みみ年とせ年とせとせににになりなりなりしかしかしかばばば、、、通みち通みちみち盛もり盛もりもりののの卿きやう卿きやうきょう今いま今いまいまををを限かぎ限かぎかぎりりりののの文ふみ文ふみふみををを書か書かかいいいててて、、、小こ小ここ宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょう殿どの殿どのどのののの許もと許もともとへへへ遣つか遣つかつかははわすすす。。。あまつさへあまつさへあまつさえ取とり取とりとり傳つた傳つたつたへへえけるけるける女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうにににだにだにだにあはあはあわずずずしてしてして、、、使つかひ使つかひつかい空むな空むなむなしうしうしゅう歸かへ歸かへかえりりりけるけるける道みち道みちみちにてにてにて、、、折をり折をりおりふしふしふし小こ小ここ宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょう殿どの殿どのどのははは、、、里さと里さとさとよりよりより御ご御ごご所しよ所しよしょへへへぞぞぞ參まゐ參まゐまいららられれれけるけるける。。。使つかひ使つかひつかい空むな空むなむなしうしうしゅう歸かへ歸かへかえりりり參まゐ參まゐまいらららんんん事こと事ことことののの本ほ本ほほ意い意いいなさなさなさににに、、、側そば側そばそばをををつつつととと走はし走はしはしりりり通とほ通とほとおるるるやうやうようにてにてにて、、、小こ小ここ宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょう殿どの殿どのどのののの乘の乘ののりりり給たま給たまたまへへえるるる車くるま車くるまくるまののの簾すだれ簾すだれすだれののの中うち中うちうちへへへ、、、通みち通みちみち盛もり盛もりもりののの卿きやう卿きやうきょうののの文ふみ文ふみふみをををぞぞぞ投な投ななげげげ入い入いいれれれたるたるたる。。。供とも供ともともののの者もの者ものものどもどもどもににに問と問ととひひい給たま給たまたまへへえばばば、、、知し知ししらららずずずととと申まう申まうもうすすす。。。さてさてさてかのかのかの文ふみ文ふみふみをををあけあけあけててて見み見みみ給たま給たまたまへへえばばば、、、通みち通みちみち盛もり盛もりもりののの卿きやう卿きやうきょうののの文ふみ文ふみふみなりなりなりけりけりけり。。。車くるま車くるまくるまににに置お置おおくくくべきべきべきやうやうようもももなしなしなし。。。大おほ大おほおお路ぢ路ぢじににに棄す棄すすてててんんんもももさすがさすがさすがにてにてにて、、、袴はかま袴はかまはかまののの腰こし腰こしこしににに挾はさ挾はさはさみみみつゝつゝつつ、、、御ご御ごご所しよ所しよしょへへへぞぞぞ參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまひひいけるけるける。。。
  8. 8さてさてさて宮みや宮みやみやづかへづかへづかえ給たま給たまたまひひいししし程ほど程ほどほどににに、、、所ところ所ところところしもしもしもこそこそこそ多おほ多おほおおけれけれけれ、、、御ご御ごご前ぜん前ぜんぜんににに文ふみ文ふみふみををを落おと落おとおとささされれれたりたりたり。。。女によ女によにょ院ゐん院ゐんいんこれこれこれををを取と取ととらららせせせおはしましおはしましおわしまし、、、いそぎいそぎいそぎ御ぎよ御ぎよぎょ衣い衣いいののの袂たもと袂たもとたもとににに引ひき引ひきひき隱かく隱かくかくさせさせさせ給たま給たまたまひひいててて、、、「「「珍めづ珍めづめずらしきらしきらしきものものものをををこそこそこそ求もと求もともとめめめたれたれたれ。。。このこのこの主ぬし主ぬしぬしははは誰たれ誰たれたれなるなるなるらんらんらん。。。」」」ととと仰おほ仰おほおおせせせけれけれければばば、、、御ご御ごご所しよ所しよしょ中ぢう中ぢうじゅうののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうたちたちたち、、、よろづよろづよろずののの神しん神しんしん佛ぶつ佛ぶつぶつにににかけかけかけててて、、、知し知ししらららずずずとととのみのみのみぞぞぞ申まう申まうもうしししけるけるける。。。そのそのその中なか中なかなかににに小こ小ここ宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょう殿どの殿どのどのばかりばかりばかり顏かほ顏かほかおうちうちうち赤あか赤あかあかめめめててて、、、つや〳〵つや〳〵つやつやものものものももも申まう申まうもうささされれれずずず。。。女によ女によにょ院ゐん院ゐんいんももも内ない内ないない々ない々ないない、、、通みち通みちみち盛もり盛もりもりののの卿きやう卿きやうきょうののの申まう申まうもうすすすとととはははしろししろししろし召め召めめささされれれたりたりたりけれけれければばば、、、さてさてさてこのこのこの文ふみ文ふみふみをををあけあけあけててて御ご御ごご覽らん覽らんらんずれずれずればばば、、、綺き綺きき爐ろ爐ろろののの煙けぶり煙けぶりけぶりのののにほひにほひにおい殊こと殊ことことににに深ふか深ふかふかきききににに、、、筆ふで筆ふでふでのののたちたちたちどもどもども世よ世よよののの常つね常つねつねならならならずずず。。。「「「あまりあまりあまりににに人ひと人ひとひとののの心こゝろ心こゝろこころ強づよ強づよずよきききももも、、、今いま今いまいまはははなかなかなかなかなかなか嬉うれ嬉うれうれしくしくしくててて。。。」」」などなどなど、、、こま〴〵こま〴〵こまごまととと書か書かかいいいててて、、、奧おく奧おくおくにににははは一いつ一いついっ首しゆ首しゆしゅののの歌うた歌うたうたぞぞぞありありありけるけるける。。。
  9. 9わがわがわが戀こひ戀こひこいははは細ほそ細ほそほそ谷たに谷たにたに川がは川がはがわののの丸まろ丸まろまろ木き木きき橋ばし橋ばしばし、、、ふみふみふみ返かへ返かへかえささされれれてててぬるゝぬるゝぬるる袖そで袖そでそでかなかなかな
  10. 10女によ女によにょ院ゐん院ゐんいん、、、「「「これこれこれははは逢あ逢ああははわぬぬぬををを恨うら恨うらうらみみみたるたるたる文ふみ文ふみふみなりなりなり。。。あまりあまりあまりににに人ひと人ひとひとののの心こゝろ心こゝろこころ強づよ強づよずよきききももも、、、なか〳〵なか〳〵なかなか今いま今いまいまははは怨あだ怨あだあだとととなるなるなるものものものををを。。。中なか中なかなかごろごろごろ小を小をを野の野ののののの小こ小ここ町まち町まちまちとてとてとて、、、みめみめみめかたちかたちかたち美うつく美うつくうつくしうしうしゅう、、、なさけなさけなさけののの道みち道みちみちありありあり難がた難がたがたかりかりかりしかしかしかばばば、、、見み見みみるるる人ひと人ひとひと、、、聞き聞ききくくくものものもの、、、肝きも肝きもきも魂だましひ魂だましひだましいをををいたましめいたましめいたましめずずずととといふいふいう事こと事ことことなしなしなし。。。されどもされどもされども心こゝろ心こゝろこころ強づよ強づよずよききき名な名ななをををややや取と取ととりりりたりたりたりけんけんけん、、、はてはてはてにににははは、、、人ひと人ひとひとののの思おも思おもおもひひいのののつもりつもりつもりとてとてとて、、、風かぜ風かぜかぜををを防ふせ防ふせふせぐぐぐたよりたよりたよりもももなくなくなく、、、雨あめ雨あめあめををを漏も漏ももらさらさらさぬぬぬわざわざわざもももなしなしなし。。。宿やど宿やどやどににに曇くも曇くもくもらららぬぬぬ月つき月つきつき星ほし星ほしほしははは涙なみだ涙なみだなみだににに浮うか浮うかうかびびび、、、野の野ののべべべののの若わか若わかわか菜な菜なな、、、澤さは澤さはさわののの根ね根ねね芹ぜり芹ぜりぜりをををつみつみつみてててこそこそこそ、、、露つゆ露つゆつゆののの命いのち命いのちいのちをををばばば過すご過すごすごしししけれけれけれ。。。」」」女によ女によにょ院ゐん院ゐんいん、、、「「「これこれこれはははいかにいかにいかにももも返へん返へんへん事じ事じじあるあるあるべきべきべき事こと事ことことぞぞぞ。。。」」」とてとてとて、、、御おん御おんおん硯すゞり硯すゞりすずりををを召め召めめしししよせよせよせててて、、、忝かたじけな忝かたじけなかたじけなくくくもももみづからみづからみずから御おん御おんおん返へん返へんへん事じ事じじあそばさあそばさあそばされれれけりけりけり。。。
  11. 11たゞたゞただたのめたのめたのめ細ほそ細ほそほそ谷たに谷たにたに川がは川がはがわののの丸まろ丸まろまろ木き木きき橋ばし橋ばしばしふみふみふみ返かへ返かへかえしししてててははは落お落おおちちちざらざらざらめめめやはやはやは
  12. 12胸むね胸むねむねののの中うち中うちうちののの思おも思おもおもひひいははは富ふ富ふふ士じ士じじののの煙けぶり煙けぶりけぶりにににあらはれあらはれあらわれ、、、袖そで袖そでそでののの上うへ上うへうえののの涙なみだ涙なみだなみだははは淸きよ淸きよきよ見み見みみががが關せき關せきせきののの波なみ波なみなみなれなれなれややや、、、みめみめみめははは幸さいは幸さいはさいわひひいののの花はな花はなはななれなれなればばば、、、三さん三さんさん位み位みみこのこのこの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうををを賜たま賜たまたまははわつつっててて、、、互たがひ互たがひたがいののの志こゝろざし志こゝろざしこころざし淺あさ淺あさあさからからからずずず。。。さればさればされば西さい西さいさい海かい海かいかいののの波なみ波なみなみののの上うへ上うへうえ、、、船ふね船ふねふねののの中うち中うちうちまでまでまでももも引ひき引ひきひき具ぐ具ぐぐしししててて、、、遂つひ遂つひついににに同おな同おなおなじじじ道みち道みちみちへへへぞぞぞ赴おもむ赴おもむおもむかかかれれれけるけるける。。。
  13. 13門かど門かどかど脇わき脇わきわきののの中ちう中ちうちゅう納な納なな言ごん言ごんごんははは、、、嫡ちやく嫡ちやくちゃく子し子しし越ゑち越ゑちえち前ぜん前ぜんぜんののの三さん三さんさん位み位みみののの末ばつ末ばつばつ子し子しし業なり業なりなり盛もり盛もりもりにににもももおくれおくれおくれ給たま給たまたまひひいぬぬぬ。。。今いま今いまいまたのみたのみたのみ給たま給たまたまへへえるるる人ひと人ひとひととととてててははは、、、能の能のの登と登ととののの守かみ守かみかみ教のり教のりのり經つね經つねつね、、、僧そう僧そうそうにににははは中ちう中ちうちゅう納な納なな言ごん言ごんごんののの律りつ律りつりっ師し師しし忠ちう忠ちうちゅう快くわい快くわいかいばかりばかりばかりなりなりなり。。。故こ故ここ三さん三さんさん位み位みみ殿どの殿どのどののののかたみかたみかたみとととももも、、、このこのこの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうをををこそこそこそ見み見みみ給たま給たまたまふふうべきべきべきににに、、、それそれそれさへさへさへかやうかやうかようににになりなりなり給たま給たまたまへへえばばば、、、いとゞいとゞいとど心こゝろ心こゝろこころ細ぼそ細ぼそぼそうううぞぞぞならならなられれれけるけるける。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

越前三位通盛卿の侍に、見田滝口時員という者がいた。急いで北の方の御船に参って申すには、「殿は今朝、湊川の下流で、敵七騎の中に取りこめられて、ついに討たれなさいました。なかでもとりわけ手を下して討ち申したのは、近江国の住人佐々木の木村三郎成綱と武蔵国の住人玉井四郎助景と名のっておりました。時員も同じ所で討ち死にして最後のお供をすべきでしたが、かねてから殿が、通盛がどうなろうとも、おまえは命を捨ててはならない。なんとしても生きながらえて、北の方の行方を尋ね申せと仰せでしたので、かいのない命だけ生きて、おめおめとここまで参りました」と申したので、北の方は何の返事もなさらず、衣を引きかぶって伏してしまわれた。きっと討たれなさったとはお聞きになったが、もしや間違いではないか、生きて帰ってこられることもあろうかと、二、三日はちょっと出かけた人を待つような心地でおられたが、四、五日も過ぎたので、もしやの頼みも弱り果てて、いっそう心細くなられた。ただ一人お付きしていた乳母の女房も、同じ枕に伏して泣き沈んだ。

そうと聞かれた七日の日暮れから十三日の夜までは、起き上がりもなさらない。明けて十四日、屋島へ渡った。宵を過ぎるまでは伏しておられたが、夜が更けるにつれて船の中が静まったので、乳母の女房におっしゃるには、「今朝までは、三位が討たれたとは聞いたけれども、本当とも思わずにいたが、この夕暮れから、やはりそうなのだろうと思い定めたのですよ。そのわけは、皆が口々に湊川とかいう所で三位は討たれたと言ったけれども、その後生きて会ったという者は一人もいない。合戦に出ようという前の夜、ちょっとした所で会ったところ、いつもより心細そうに嘆いて、『明日の戦では必ず討たれると思われるのだ。わしがどうにかなった後、そなたはどうなさるだろう』などと言ったけれども、戦はいつものことなので、きっとそうなるとも思わずにいたのが悲しい。それが最後と思っていたら、どうして来世でまたと約束しなかったのだろうと、思うだけでも悲しい。身ごもったことも、日ごろは隠して言わなかったけれども、あまり心がけのない者と思われまいと思って打ち明けたところ、たいそううれしそうにして、『通盛は三十になるまで子というものもなかったのに、ああ、同じことなら男の子であってほしい。この世の忘れ形見にと思うばかりだ。それで何か月になるのか、気分はどうなのか。いつとも知れない波の上、船の中の住まいなので、静かに産むときにはどうなさるのだろう』などと言ったのは、はかない約束の言葉であったことよ。本当だろうか、女はそういうとき十人に九人は必ず死ぬそうなので、恥ずかしく嫌な目を見て死ぬのもつらい。無事に産んだ後、幼い者を育てて、亡き人の形見に見たいとは思うけれども、その子を見るたびに昔の人ばかり恋しくて、思いの数は増えても、慰められることはまさかあるまい。ついには逃れられない道である。もし思いがけなくこの世を忍び過ごしても、思うにまかせない世の習いで、思いもよらない不思議なこともあるものですよ。それも思えばつらい。まどろめば夢に見え、目覚めれば面影に立つのですよ。生きていて、あれこれと人を恋しいと思うよりは、水の底へも入ってしまいたいと思い定めたのですよ。そなたが一人残って嘆くことこそ心苦しいけれども、私の装束があるのを取って、どんな僧にでも差し上げ、亡き人の菩提を弔い申し、私の後世も助けてください。書き置いた手紙は都へ届けてください」などと、こまごまとおっしゃったので、乳母の女房は涙をおさえて、「幼い子も振り捨て、年老いた親も残して、はるばるここまでお供してまいった私の心をどれほどとお思いでしょうか。今度一の谷で討たれなさったご一門の公達の北の方のお嘆きは、どれもおろそかなものではございますまい。必ず同じ蓮の上にとお思いになっても、生まれ変わられた後、六道四生の間で、どの道へ行かれることでしょう。行き会われることもわかりませんから、御身を投げても甲斐のないことです。静かにお産みになって、どんな岩や木の間ででも幼い人を育て申し、御姿を変えて仏の御名を唱え、亡き人の菩提を弔ってさしあげてください。そのうえ都のことは、誰にお世話申せと思って、こんなことをおっしゃるのでしょうか。恨めしいことを承りました」といって、さめざめと訴えたので、北の方は、このことを打ち明けたのはまずかったと思われたのであろうか、「これは自分の身に代えても察してください。世の中の恨めしさや人の別れの悲しさに、身を投げようなどと言うのはよくあることです。けれども実際にそうすることは、めったにない例ですよ。本当に思い立つことがあったら、そなたに知らせずにはおきません。もう夜も更けました。さあ寝ましょう」とおっしゃると、乳母の女房は、この四、五日は湯水さえろくに口になさらない人が、このようにこまごまとおっしゃるのは、本当に思い立たれたのではないかと悲しくて、「だいたい都のことももっともなことですが、本当に思い立たれるのでしたら、私も千尋の海の底までも連れて行ってください。後に残されては、少しの間も生きながらえられるとは思われません」と申して、おそばにいながら、ちょっとまどろんだ隙に、北の方はそっと船端へ起き出られて、果てしない海の上なので、どちらが西とも分からないけれども、月の沈む山の端を西方の空と思われたのであろうか、静かに念仏なさると、沖の白洲に鳴く千鳥、天の川を渡るような楫の音、折からの哀れもまさったのであろうか、忍び声で念仏を百遍ほど唱えられて、「南無西方極楽世界の教主阿弥陀如来、本願をたがえず、飽かずに別れた夫婦の仲を、必ず同じ蓮の上に」と、泣く泣くはるかに訴え、南無と唱える声とともに、海に沈まれた。一の谷から屋島へ渡ろうという夜半のことだったので、船の中は静まって、誰もこれに気づかなかった。

その中で楫取りが一人寝ずにいて、このありさまを見申して、「あれはどうしたことか。あの御船から女房が海へお入りになったぞ」と叫んだので、乳母の女房ははっと目を覚まし、そばを探ったがおられなかったので、ただ「あれよあれよ」とあきれるばかりであった。人々が大勢海に降りて引き上げ申そうとしたが、そうでなくても春の夜はかすむのが習いなので、四方の群雲が漂ってきて、潜っても潜っても、月がおぼろで見つけられない。ずいぶん時がたってから引き上げ申したが、もうこの世の人ではなくなっておられた。白い袴に練緯の二つ衣を着ておられた。髪も袴も潮に濡れて、引き上げたけれども甲斐がない。

乳母の女房は、手に手を取り組み、顔に顔を押し当てて、「どうしてこれほど思い立たれたのなら、私も千尋の底までも連れて行ってくださらなかったのですか。恨めしくも私一人を残されたものですね。それにしても、もう一度何かおっしゃって私に聞かせてください」といって身もだえして泣き焦がれたが、もうこの世の人ではなくなられたうえは、一言の返事もなさらない。わずかに通っていた息も、もう絶え果ててしまった。

そうするうちに、春の夜の月も空に傾き、霞んだ空も明けてきたので、名残は尽きないけれども、そうしてばかりもいられないので、浮かび上がることもあろうかと、故三位殿の着背長(鎧)が一領残っていたのを巻きつけ申して、とうとう海に沈めた。乳母の女房は、今度は後れまいと、続いて海に入ろうとしたのを、人々が取り止めたので、どうしようもない。せめてもの心のやり場のなさからであろうか、自分の手で髪を切り落とし、故三位殿の弟の中納言律師忠快に剃らせ申して、泣く泣く戒を受け、主の後世を弔った。

昔から夫に先立たれる例は多いけれども、尼になるのは世の常で、身を投げるまでのことはめったにない例である。だから忠臣は二君に仕えず、貞女は二夫にまみえずというのも、このようなことをいうのであろうか。この女房というのは、頭の刑部卿範方の娘で、宮中第一の美人であり、名を小宰相殿と申した。上西門院の女房である。この女房が十六歳であった安元の春のころ、女院が法勝寺へ花見の御幸をされたとき、通盛卿はそのころまだ中宮亮としてお供していたが、そのときに見初めた女房である。初めは歌を詠み手紙を送り続けられたが、手紙の数ばかり積もって、受け取ってもらえることもなかった。

もう三年になったので、通盛卿はこれが最後という手紙を書いて、小宰相殿のもとへ遣わした。そのうえ取り次ぎの女房にさえ会えずに、使いがむなしく帰ってくる道で、折しも小宰相殿が里から御所へ参られるところに出会った。使いはむなしく帰るのが残念で、そばをさっと走り通るふりをして、小宰相殿の乗っておられる車の簾の中へ、通盛卿の手紙を投げ入れた。供の者たちにお尋ねになると、知らないと申す。そこでその手紙を開けてご覧になると、通盛卿の手紙であった。車に置いておくわけにもいかない。大路に捨てるのもさすがにためらわれて、袴の腰に挟んだまま御所へ参られた。

さて宮仕えをなさっているうちに、所はほかにもいくらもあるのに、女院の御前にその手紙を落としてしまわれた。女院はこれを拾い上げさせなさって、急いで御衣の袂にお隠しになり、「珍しいものを見つけたよ。この持ち主は誰だろう」と仰せになったので、御所中の女房たちは、あらゆる神仏にかけて知らないとばかり申した。その中で小宰相殿だけが顔を赤らめて、まったく何も申し上げない。女院も内々に、通盛卿が言い寄っていることはご存じだったので、そこでこの手紙を開けてご覧になると、香炉の煙の匂いがことに深くしみこみ、筆の運びも並々でない。「あまりにあなたが冷たいのも、今はかえってうれしくて」などとこまごまと書いて、奥には一首の歌があった。

(私の恋は細谷川の丸木橋のようなものだ。踏み返されて(文を返されて)、涙に濡れる袖であることよ)

女院は「これは会ってくれないのを恨んだ手紙だ。あまりに冷たいのも、かえって今は仇となるものを。中ごろ小野小町といって、顔かたちが美しく、情けの道にもすぐれていたので、見る人も聞く人も心を痛めない者はなかった。けれども冷たい女という評判をとったのであろうか、最後には人の思いが積もった報いとして、風を防ぐ頼りもなく、雨を漏らさぬ家もない。宿に曇らず映る月や星は涙に浮かび、野辺の若菜や沢の根芹を摘んで露の命をつないだという」。女院は「これはぜひとも返事をすべきですよ」といって、御硯を召し寄せて、もったいなくも自ら御返事をお書きになった。

(ただ頼みにしなさい。細谷川の丸木橋も、踏み返したならば、落ちずにいられようか。何度も文を返していても、いつかはあなたになびくでしょう)

胸の中の思いは富士の煙のように表れ、袖の上の涙は清見が関の波のようであったが、美しい容貌は幸いを招く花であったので、三位はこの女房を賜って、互いの愛情は浅くなかった。だから西海の波の上、船の中までも連れて行き、ついに同じ死出の道へ赴かれたのである。

門脇中納言(教盛)は、嫡子の越前三位(通盛)にも末子の業盛にも先立たれてしまわれた。今頼みにされる人としては、能登守教経と、僧では中納言律師忠快だけである。故三位殿の形見として、この女房を大事に見守るはずであったのに、それさえこのようになられたので、いっそう心細くなられた。

意訳

巻第九を結ぶ章段で、一の谷で討たれた通盛の北の方小宰相の入水を語る。夫の死を信じきれずに待ち続け、やがて死を確信して身ごもった子とともに海に身を投げるまでの心の動きが、乳母との長い対話によって丁寧に描かれている。

戦場の外にいる女性の悲劇として、合戦の連なる巻第九の中に置かれたこの章段は、一の谷の敗北が一門の人々にもたらした悲しみを深く刻んでいる。後半に語られる通盛との恋の始まりは、華やかな宮廷の記憶として、海に沈んだ小宰相の最期とあわれな対照をなしている。

語釈・文法注

文法

「ひき被いて」
衣を頭からかぶって。
「身々とならん時」
出産して身二つになるとき。
「かね言」
前もって言っておく約束の言葉。
「六道四生」
衆生が生死を繰り返す六つの世界(六道)と、四つの生まれ方(四生)。
「月の入るさの山の端を、そなたの空とや」
月の沈む西の山の端を、西方極楽浄土の方角と思って。
「天のとわたる楫の音」
天の門(と)を渡るような楫の音。『古今集』の歌語を踏まえる。
「いもせのなからひ」
夫婦の仲。
「忠臣は二君に仕へず、貞女は二夫に見えず」
『史記』の句。
「玉章」
手紙。
「綺爐の煙」
美しい香炉で焚いた香の煙。
「今はなかなか嬉しくて」
底本は行末で切れたくの字点を「なか/なか」と字で書く。
「中ごろ小野の小町とて」
小野小町が多くの求愛を拒んだ報いで、晩年は零落したという伝説による。
「淸見が關」
駿河国の関。波の歌枕。

和歌

わが戀は細谷川の丸木橋、ふみ返されてぬるゝ袖かな

詠者
平通盛
状況
三年間文を送り続けても応じない小宰相に、最後と思って送った手紙に書かれていた歌。

修辞

ふみ返されて
丸木橋を「踏み返す」と、手紙(文)を「返す」とを掛ける。
ぬるゝ袖
橋から落ちて濡れる袖と、涙に濡れる袖とを重ねる。

たゞたのめ細谷川の丸木橋ふみ返しては落ちざらめやは

詠者
上西門院(小宰相に代わって)
状況
通盛の手紙を見た上西門院が、小宰相に代わって詠んだ返歌。

修辞

ふみ返しては落ちざらめやは
何度も文を返していても、いつかはなびく(橋から落ちる)でしょう、の意。

解説

小宰相は藤原憲方(『平家物語』では範方)の娘で、上西門院(後白河天皇の姉統子内親王)に仕えた。寿永三年(1184)二月、一の谷の合戦の後、屋島へ向かう船から入水したと伝えられる。神戸市の鵯越墓園には、通盛と小宰相の供養塔とされるものがある。

関連

出典

底本
『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、699–706頁(コマ378–382)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日