平家物語 巻第九
盛俊最後の事
山の手の侍大将越中前司盛俊は、もはや逃げられないと覚悟して敵を待ち、猪俣小平六則綱と組み合って押さえつけた。則綱は名のり合ってこそ首を取る手柄になると言い、盛俊が名のると、命を助けてくれれば恩賞に代えて盛俊の一門の命を助けようと持ちかける。盛俊は怒ったが、降人の首を斬るのかと言われて許した。二人で畔に腰かけて休んでいたところへ、則綱の仲間人見四郎が駆け寄る。盛俊がそちらに気を取られた隙に、則綱は盛俊を突き倒して首を取り、その日の手柄の第一とされた。
- 1越越えっ中中ちゅうののの前前ぜん司司じ盛盛もり俊俊としははは山山やまののの手手てののの侍侍さぶらい大大たい將將しょうにてにてにてまし〳〵まし〳〵ましましけるけるけるががが、、、今今いまははは落落おつつつととともももかなはかなはかなわじじじとととややや思思おもひひいけんけんけん、、、控控ひかへへえててて敵敵かたきををを待待まつつつ所所ところににに、、、猪猪いの股股またののの小小こ平平へい六六ろく則則のり綱綱つな、、、よきよきよき敵敵かたきととと目目めをををかけかけかけ、、、鞭鞭むち鐙鐙あぶみををを合合あははわせせせててて馳馳はせせせ來來きたりりり、、、押押おし竝竝ならべべべてててむずむずむずととと組組くんんんででで、、、どうどうどうととと落落おつつつ。。。猪猪いの股股またははは八八はっ箇箇か國國こくににに聞聞きこえええたるたるたるしたゝかしたゝかしたたか者者ものなりなりなり。。。鹿鹿かののの角角つのののの一一いち二二にののの草草くさかりかりかりをををばばば、、、たやすくたやすくたやすく引引ひきききさきさきさきけるけるけるとととぞぞぞ聞聞きこえええししし。。。越越えっ中中ちゅうののの前前ぜん司司じももも、、、人人ひと目目めにににははは二二に三三さん十十じゅう人人にんががが力力ちからあらはすあらはすあらわすととと雖雖いえどももも、、、内内ない々々ないははは六六ろく七七しち十十じゅう人人にんしてしてして上上あげげげ下下おろすすす船船ふねををを、、、唯唯ただ一一いち人人にんしてしてしておしおしおし上上あげげげ、、、おしおしおし下下おろすすす程程ほどののの大大だい力力ぢからなりなりなり。。。さればさればされば猪猪いの股股またををを取取とつつっててておさへおさへおさえててて働働はたらかかかさささずずず。。。猪猪いの股股また下下したににに伏伏ふしししながらながらながら、、、刀刀かたなををを拔拔ぬかかかうううとととすれすれすれどもどもども、、、指指ゆびののの股股またはだかつはだかつはだかっててて、、、刀刀かたなののの柄柄つかををを握握にぎるるるにににももも及及およばばばずずず。。。ものものものをををいはいはいわうううとととすれすれすれどもどもども、、、あまりあまりあまりににに強強つようううおさへおさへおさえられられられててて聲聲こえももも出出いでででずずず。。。されどもされどもされども猪猪いの股股またははは大大だい剛剛こうののの者者ものにてにてにてありありありけれけれければばば、、、暫暫しばししし息息いきをををやすめやすめやすめててて、、、「「「敵敵かたきののの首首くびををを取取とるるるととといふいふいうははは、、、われわれわれももも名名な乘乘のつつっててて聞聞きかかかせせせ、、、敵敵かたきにににももも名名な乘乘のらららせせせててて、、、首首くび取取とつつったれたれたればばばこそこそこそ大大たい功功こうなれなれなれ。。。名名なももも知知しらららぬぬぬ首首くび取取とつつっててて、、、何何なににににかかかはははししし給給たまふふうべきべきべき。。。」」」ととといひいひいいけれけれければばば、、、越越えっ中中ちゅうののの前前ぜん司司じげにげにげにもももとととややや思思おもひひいけんけんけん、、、「「「もともともとははは平平へい家家けののの一一いち門門もんたりたりたりしがしがしが、、、身身み不不ふ肖肖しょうなるなるなるににによつよつよっててて、、、當當とう時時じははは侍侍さぶらいににになさなさなされれれたるたるたる、、、越越えっ中中ちゅうののの前前ぜん司司じ盛盛もり俊俊としととといふいふいう者者ものなりなりなり。。。わわわ君君ぎみははは何何なに者者ものぞぞぞ、、、名名な乘乘のれれれ、、、聞聞きかかかううう。。。」」」ととといひいひいいけれけれければばば、、、「「「武武む藏藏さしののの國國くにののの住住じゅう人人にん猪猪いの股股またののの小小こ平平へい六六ろく則則のり綱綱つなととといふいふいう者者ものなりなりなり。。。たゞたゞただ今今いまわがわがわが命命いのち助助たすけけけさせさせさせおはしませおはしませおわしませ。。。沙沙さ汰汰たにににももも候候そうらははわばばば、、、御御ご邊邊へんののの一一いち門門もん何何なん十十じゅう人人にんもももおはせおはせおわせよよよ、、、今今こん度度どののの勳勳くん功功こうののの賞賞しょうににに申申もうしししかへかへかえててて、、、御御おん命命いのち許許ばかりりりをををばばば助助たすけけけ奉奉たてまつらららんんん。。。」」」ととといひいひいいけれけれければばば、、、越越えっ中中ちゅうののの前前ぜん司司じ大大おおきききににに怒怒いかつつっててて、、、「「「盛盛もり俊俊とし身身み不不ふ肖肖しょうなれなれなれどもどもども、、、さすがさすがさすが平平へい家家けののの一一いち門門もんなりなりなり。。。盛盛もり俊俊とし源源げん氏氏じををを賴賴たのまままうううとととももも思思おもひひいもももよらよらよらずずず、、、源源げん氏氏じまたまたまた盛盛もり俊俊としににに賴賴たのまままれれれうううとととももも、、、よもよもよも思思おもひひい給給たまははわじじじ。。。にくいにくいにくい君君きみががが申申もうしししやうやうようかなかなかな。。。」」」とてとてとて、、、既既すでににに首首くびをををかかかかかかんんんとととしししけれけれければばば、、、「「「まさなうまさなうまさのう候候そうろう、、、降降こう人人にんののの首首くびかくかくかくやうやうようやややあるあるある。。。」」」ととといひいひいいけれけれければばば、、、「「「さらばさらばさらば助助たすけけけんんん。。。」」」とてとてとて許許ゆるしししけりけりけり。。。
- 2前前まえははは堅堅かた田田だののの畠畠はたけのののやうやうようなるなるなるががが、、、後後うしろははは水水みっ田田たのののごみごみごみ深深ぶかかりかりかりけるけるける畔畔くろののの上上うえににに、、、二二ふた人人りながらながらながら腰腰こしうちうちうちかけかけかけててて、、、息息いきつぎつぎつぎゐゐいたりたりたり。。。やゝやゝややあつあつあっててて緋緋ひ縅縅おどしののの鎧鎧よろい著著きててて、、、月月つき毛毛げなるなるなる馬馬うまににに金金きん覆覆ぷく輪輪りんののの鞍鞍くらおいおいおいててて乘乘のつつったりたりたりけるけるける武武む者者しゃ一一いっ騎騎き、、、鞭鞭むち鐙鐙あぶみををを合合あははわせせせててて馳馳はせせせ來來きたるるる。。。越越えっ中中ちゅうののの前前ぜん司司じ怪怪あやしげしげしげににに見見みけれけれければばば、、、「「「あれあれあれははは猪猪いの股股またににに親親したしうしうしゅう候候そうろう人人ひと見見みののの四四し郎郎ろうででで候候そうろうががが、、、則則のり綱綱つながががあるあるあるををを見見みててて、、、まうでまうでもうで來來くるるるととと覺覺おぼえええ候候そうろう。。。苦苦くるしうしうしゅうももも候候そうらははわぬぬぬ。。。」」」ととといひいひいいながらながらながら、、、あれあれあれががが近近ちかづくづくづく程程ほどならならならばばば、、、しやしやしゃ組組くまままんんんずるずるずるものものものををを、、、落落おちちちあはあはあわぬぬぬ事事ことはははよもよもよもあらあらあらじじじととと思思おもひひいててて待待まつつつ所所ところににに、、、あはひあはひあわい一一いっ段段たんばかりばかりばかりににに馳馳はせせせ來來きたるるる。。。
- 3越越えっ中中ちゅうののの前前ぜん司司じ、、、始始はじめめめははは二二ふた人人りののの敵敵かたきををを一一ひと目目めづゝづゝずつ見見みけるけるけるががが、、、次次し第第だいににに近近ちかづくづくづく敵敵かたきをををはたはたはたとととまもつまもつまもっててて、、、則則のり綱綱つなををを見見みぬぬぬひまひまひまににに、、、猪猪いの股股また力力ちから足足あしををを踏踏ふんんんででで立立たち上上あがりりり、、、拳拳こぶしををを強強つよくくく握握にぎりりり、、、越越えっ中中ちゅうののの前前ぜん司司じががが鎧鎧よろいののの胸胸むな板板いたをををはたはたはたととと突突ついいいててて、、、後後うしろへへへのけのけのけににに突突つききき倒倒たおすすす。。。起起おききき上上あがらららんんんとととするするする所所ところををを、、、猪猪いの股股また上上うえににに乘乘のりりり掛掛かかりりり、、、越越えっ中中ちゅうののの前前ぜん司司じががが腰腰こしののの刀刀かたなををを拔拔ぬききき、、、鎧鎧よろいののの草草くさ摺摺ずりひきひきひきあげあげあげててて、、、柄柄つかももも拳拳こぶしももも通通とおれ〳〵れ〳〵れとおれととと、、、三三み刀刀かたな刺刺さしししててて首首くびををを取取とるるる。。。さるさるさる程程ほどににに人人ひと見見みののの四四し郎郎ろうももも出出いででで來來きたりたりたり。。。かやうかやうかようののの時時ときははは論論ろんずるずるずる事事こともももありありありとてとてとて、、、やがてやがてやがて首首くびをををばばば太太た刀刀ちののの先先さきににに貫貫つらぬききき、、、高高たかくくくさしさしさしあげあげあげ、、、大大だい音音おん聲聲じょうをををあげあげあげててて、、、「「「このこのこの日日ひ頃頃ごろ平平へい家家けののの御御おん方方かたににに鬼鬼き神神じんととと聞聞きこえええつるつるつる越越えっ中中ちゅうののの前前ぜん司司じ盛盛もり俊俊としをををばばば、、、武武む藏藏さしののの國國くにののの住住じゅう人人にん猪猪いの股股またののの小小こ平平へい六六ろく則則のり綱綱つなががが討討うつつったるたるたるぞぞぞややや。。。」」」ととと名名な乘乘のつつっててて、、、そのそのその日日ひののの高高こう名名みょうののの一一いちののの筆筆ふでにににぞぞぞつきつきつきにににけるけるける。。。
現代語訳
越中前司盛俊は山の手の侍大将であったが、今は逃げてもかなうまいと思ったのであろうか、馬を止めて敵を待っていたところ、猪俣小平六則綱がよい敵と目をつけ、鞭と鐙を合わせて馳せ来て、馬を並べてむんずと組んで、どうと落ちた。猪俣は八か国に聞こえた剛の者である。鹿の角の一の枝・二の枝をたやすく引き裂いたと聞こえた。越中前司も、人目には二、三十人分の力を見せていたが、実は六、七十人がかりで上げ下ろしする船を、ただ一人で押し上げ押し下ろすほどの大力である。だから猪俣を取り押さえて動かさない。猪俣は下に伏しながら刀を抜こうとしたが、指が開いてしまって刀の柄を握ることもできない。物を言おうとしても、あまりに強く押さえられて声も出ない。けれども猪俣は大剛の者であったので、しばらく息を整えて、「敵の首を取るというのは、自分も名のって聞かせ、敵にも名のらせて首を取ってこそ大きな手柄になる。名も知らない首を取って何になさるのか」と言ったので、越中前司はもっともだと思ったのであろうか、「もとは平家の一門であったが、身が取るに足らないので、今は侍にされている越中前司盛俊という者だ。おまえは何者か。名のれ、聞こう」と言うと、「武蔵国の住人猪俣小平六則綱という者だ。今わしの命を助けてくだされ。そうしてくだされば、あなたの一門が何十人おられようとも、今度の勲功の賞に代えて、お命だけはお助け申そう」と言ったので、越中前司はひどく怒って、「盛俊は取るに足らない身ではあるが、さすがに平家の一門である。盛俊は源氏を頼もうとは思いもよらない。源氏もまた盛俊に頼まれようとは、まさかお思いになるまい。憎いことを言う者だ」といって、今にも首をかこうとしたので、「卑怯でございます。降参した者の首をかくということがありますか」と言ったので、「それなら助けよう」といって許した。
前は堅田のように固く乾いた畑であるが、後ろは水田の泥の深い畔の上に、二人とも腰を下ろして息をついていた。しばらくして、緋縅の鎧を着て、月毛の馬に金覆輪の鞍を置いて乗った武者が一騎、鞭と鐙を合わせて馳せ来る。越中前司が怪しんで見ていると、「あれは猪俣と親しい人見四郎ですが、則綱がいるのを見てやって来るのでしょう。差し支えありません」と言いながら、あいつが近づいてきたら組みついてやろう、組み合えないことはまさかあるまいと思って待っていたところ、一段ほどの所まで馳せ来た。
越中前司は、初めは二人の敵を一目ずつ見ていたが、しだいに近づいてくる敵をじっと見つめて、則綱から目を離したすきに、猪俣は力足を踏んで立ち上がり、拳を強く握って越中前司の鎧の胸板をはたと突いて、後ろへ仰向けに突き倒した。起き上がろうとするところを、猪俣が上に乗りかかり、越中前司の腰の刀を抜いて、鎧の草摺を引き上げ、柄も拳も通れとばかりに三刀刺して首を取った。そうするうちに人見四郎もやって来た。こういうときは手柄を争うこともあるといって、すぐに首を太刀の先に貫き、高く差し上げ、大音声をあげて、「この日ごろ平家の味方で鬼神と聞こえた越中前司盛俊を、武蔵国の住人猪俣小平六則綱が討ったぞ」と名のって、その日の手柄の第一に記された。
意訳
平家方の大力の侍大将越中前司盛俊が、謀によって討たれる章段である。組み伏せた相手の命乞いに応じて許した盛俊を、則綱は仲間の到来に乗じて突き倒し、首を取る。
「降人の首かくやうやある」と情に訴えて命を拾い、隙を見て相手を討つ則綱の振る舞いは、武士の名誉と手柄を求める戦場の非情さを示している。語り手はそれを責めることなく「高名の一の筆」と記すが、そこにはかえって、平家の武士の素朴な信義が裏切られていく哀れが浮かび上がる。
語釈・文法注
文法
- 「鹿の角の一二の草かり」
- 鹿の角の根元に近い一の枝・二の枝。最も太く強い部分。
- 「指の股はだかつて」
- 指が開いてしまって。強く押さえつけられて手に力が入らないさま。
- 「沙汰にも候はば」
- そのように取り計らってくださるならば。
- 「まさなう候」
- 卑怯でございます。
- 「堅田の畠のやうなる」
- 固く乾いた田のような畑。
- 「力足を踏んで」
- 足に力を入れて踏みしめて。
- 「高名の一の筆」
- 手柄を記した帳簿の最初。第一の手柄。
解説
平盛俊は平家の家人で、越中前司・主馬判官などを務め、清盛の側近として重く用いられた。一の谷の合戦で猪俣則綱に討たれたことは『吾妻鏡』にも見える。則綱は武蔵七党の一つ猪俣党の武士である。
関連
出典
- 底本
- 『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、686–688頁(コマ372–373)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日