古典ライブラリー

平家物語 巻第九

一二のかけの事

搦手にいた熊谷直実は、子の小次郎直家とともに一の谷の先陣を果たそうと、ひそかに陣を抜けて土肥実平の西の手へ向かった。平山季重も同じ思いで先に出立していた。夜明け前、熊谷父子は西の木戸口で名のりをあげ、遅れて着いた平山も、成田五郎を出し抜いて駆けつけた。夜が明けると、熊谷と平山は入れ替わり立ち替わり平家の陣に攻めかかり、熊谷父子は傷を負いながらも越中次郎兵衛らに組め組めと挑む。熊谷は先に寄せたが木戸が開かず、平山は後に寄せたが木戸が開いたので駆け入り、二人は一の谷の一番駆けと二番駆けを争った。

  1. 1六むい六むいむい日か日かかののの夜や夜やや半はん半はんはん許ばか許ばかばかりりりまでまでまでははは、、、熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえ、、、平ひら平ひらひら山やま山やまやま、、、搦から搦からから手め手めめにににぞぞぞ候さぶら候さぶらさぶらひひいけるけるける。。。熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえ、、、子し子しし息そく息そくそくののの小こ小ここ次じ次じじ郎らう郎らうろうををを呼よ呼よよううようでででいひいひいいけるけるけるははは、、、「「「このこのこの手て手ててははは惡あく惡あくあく所しよ所しよしょででであんあんあんなれなれなればばば、、、誰たれ誰たれたれ先さき先さきさきととといふいふいう事こと事ことこともももあるあるあるまじきまじきまじきぞぞぞ。。。いざいざいざうれうれうれ、、、土と土とと肥ひ肥ひひががが承うけたまは承うけたまはうけたまわつつっててて向むか向むかむこううこうたるたるたる西にし西にしにしののの手て手ててへへへ寄よ寄よよせせせててて、、、一いち一いちいちののの谷たに谷たにたにのののまつまつまっ先さき先さきさき懸か懸かかけけけううう。。。」」」ととといひいひいいけれけれければばば、、、小こ小ここ次じ次じじ郎らう郎らうろう、、、「「「このこのこの儀ぎ儀ぎぎ最もつと最もつともっとももも然しか然しかしかるるるべうべうびょう候さふらふ候さふらふそうろう。。。誰たれ誰たれたれもももかくかくかくこそこそこそ申まう申まうもうしししたうたうとう候さふら候さふらそうらひひいつれつれつれ。。。さらばさらばさらばとうとうとう寄よ寄よよせせせさせさせさせ給たま給たまたまへへえ。。。」」」ととと申まう申まうもうすすす。。。熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえ、、、「「「まことまことまことややや、、、平ひら平ひらひら山やま山やまやまもももこのこのこの手て手ててにににあるあるあるぞぞぞかしかしかし。。。打う打ううちちちこみこみこみののの軍いくさ軍いくさいくさ好この好このこのまままぬぬぬ者もの者ものものなれなれなればばば、、、平ひら平ひらひら山やま山やまやまがががやうやうよう見み見みみててて參まゐ參まゐまいれれれ。。。」」」とてとてとて、、、下げ下げげ人にん人にんにんををを見み見みみせせせにににつかはすつかはすつかわす。。。
  2. 2案あん案あんあんののの如ごと如ごとごとくくく平ひら平ひらひら山やま山やまやまははは、、、熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえよりよりよりさきさきさきににに出い出いいででで立た立たたつつっててて、、、「「「人ひと人ひとひとをををばばば知し知ししるるるべからべからべからずずず、、、季すゑ季すゑすえ重しげ重しげしげにににおいおいおいてててははは一ひと一ひとひと引ひ引ひひきききももも引ひ引ひひくくくまじいまじいまじいものものものををを、、、引ひ引ひひくくくまじいまじいまじいものものものををを。。。」」」ととと、、、ひとりひとりひとり言ごと言ごとごとをををぞぞぞしししゐゐいたるたるたる。。。下げ下げげ人にん人にんにんががが馬むま馬むまうまををを飼か飼かかふふうとてとてとて、、、「「「憎に憎ににつつっくいくいくい馬むま馬むまうまののの長なが長ながなが食ぐら食ぐらぐらひひいかなかなかな。。。」」」とてとてとて打う打ううちちちけれけれければばば、、、平ひら平ひらひら山やま山やまやま、、、「「「さうさうそうなななせせせそそそ。。。そのそのその馬むま馬むまうまののの名な名なな殘ごり殘ごりごりももも今こ今ここ夜よひ夜よひよいばかりばかりばかりぞぞぞ。。。」」」とてとてとて打うち打うちうち立た立たたちちちけりけりけり。。。下げ下げげ人にん人にんにん走はし走はしはしりりり歸かへ歸かへかえつつっててて、、、主しゆ主しゆしゅにににこのこのこの由よし由よしよし告つ告つつげげげけれけれければばば、、、さればこそさればこそさればこそとてとてとて、、、これこれこれもももやがてやがてやがて打うち打うちうち立た立たたちちちけりけりけり。。。
  3. 3熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえがががそのそのその夜よ夜よよののの裝しやう裝しやうしょう束ぞく束ぞくぞくにににははは、、、褐かち褐かちかちののの直ひた直ひたひた垂たれ垂たれたれににに赤あか赤あかあか革がは革がはがわ縅をどし縅をどしおどしののの鎧よろひ鎧よろひよろい著き著ききててて、、、紅くれなゐ紅くれなゐくれないののの母ほ母ほほ衣ろ衣ろろをををかけかけかけ、、、權ごん權ごんごん太だ太だだ栗くり栗くりくり毛げ毛げげととといふいふいう聞きこ聞きこきこゆるゆるゆる名めい名めいめい馬ば馬ばばにににぞぞぞ乘の乘ののつつったりたりたりけるけるける。。。子し子しし息そく息そくそくののの小こ小ここ次じ次じじ郎らう郎らうろう直なほ直なほなお家いへ家いへいえははは澤おも澤おもおも瀉だか瀉だかだかをををひとしほひとしほひとしお摺す摺すすつつったるたるたる直ひた直ひたひた垂たれ垂たれたれににに、、、伏ふし伏ふしふし繩なは繩なはなわ目め目めめののの鎧よろひ鎧よろひよろい著き著ききててて、、、西せい西せいせい樓ろう樓ろうろうととといふいふいう白しろ白しろしろ月つき月つきつき毛げ毛げげなるなるなる馬むま馬むまうまにににぞぞぞ乘の乘ののつつったりたりたりけるけるける。。。旗はた旗はたはた差さし差さしさしははは黄き黄きき塵ぢん塵ぢんじんののの直ひた直ひたひた垂たれ垂たれたれににに小こ小ここ櫻ざくら櫻ざくらざくらををを黄き黄ききににに返かへ返かへかへしししたるたるたる鎧よろひ鎧よろひよろい著き著ききててて、、、黄き黄きき土かは土かはかわ器らけ器らけらけ毛げ毛げげなるなるなる馬むま馬むまうまにににぞぞぞ乘の乘ののつつったりたりたりけるけるける。。。主しゆ主しゆしゅ從じゆう從じゆうじゅう三さん三さんさん騎き騎ききうちうちうちつれつれつれ、、、落おと落おとおとさささんんんずるずるずる谷たに谷たにたにをををばばば弓ゆん弓ゆんゆん手で手ででににになしなしなし、、、馬め馬めめ手て手ててへへへ歩あゆ歩あゆあゆままませせせ行ゆ行ゆゆくくく程ほど程ほどほどににに、、、年とし年としとし頃ごろ頃ごろごろ人ひと人ひとひとももも通かよ通かよかよははわぬぬぬ田た田たた井ゐ井ゐいののの畑はた畑はたはたととといふいふいう古ふる古ふるふる道みち道みちみちををを經へ經へへててて、、、一いち一いちいちののの谷たに谷たにたにののの波なみ波なみなみうちうちうちぎはぎはぎわへへへぞぞぞ打うち打うちうち出い出いいでででけるけるける。。。
  4. 4一いち一いちいちののの谷たに谷たにたに近ちか近ちかちこううう鹽しほ鹽しほしお谷や谷ややととといふいふいう所ところ所ところところありありあり。。。未いま未いまいまだだだ夜よ夜よよ深ぶか深ぶかぶかかりかりかりけれけれければばば、、、土と土とと肥ひ肥ひひののの次じ次じじ郎らう郎らうろう實さね實さねさね平ひら平ひらひら七しち七しちしち千せん千せんせん餘よ餘よよ騎き騎ききででで控ひか控ひかひかへへえたりたりたり。。。熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえ夜よ夜よよにににまぎれまぎれまぎれててて、、、波なみ波なみなみうちうちうちぎはぎはぎわよりよりより、、、そこそこそこをををばばばつつつととと馳は馳ははせせせ通とほ通とほとおりりり、、、一いち一いちいちののの谷たに谷たにたにののの西にし西にしにしののの木き木きき戸ど戸どど口ぐち口ぐちぐちにににぞぞぞおしおしおし寄よ寄よよせせせたるたるたる。。。そのそのその時とき時ときときももも未いま未いまいまだだだ夜よ夜よよ深ぶか深ぶかぶかかりかりかりけれけれければばば、、、城じやう城じやうじょうののの内うち内うちうちにににはははしづまりしづまりしずまり返かへ返かへかえつつっててて音おと音おとおともももせせせずずず。。。熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえ、、、子し子しし息そく息そくそく小こ小ここ次じ次じじ郎らう郎らうろうにににいひいひいいけるけるけるははは、、、「「「このこのこの手て手ててははは惡あく惡あくあく所しよ所しよしょででであんあんあんなれなれなればばば、、、われわれわれも〳〵も〳〵もわれもととと先さき先さきさきににに心こゝろ心こゝろこころをををかけかけかけたるたるたる者もの者ものもの共ども共どもども多おほ多おほおおかるかるかるらんらんらん。。。既すで既すですでににに寄よ寄よよせせせたれたれたれどもどもども、、、夜よ夜よよのののあくるあくるあくるををを相あひ相あひあい待ま待ままつつっててて、、、このこのこの邊へん邊へんへんにににももも控ひか控ひかひかへへえたるたるたるらんらんらんぞぞぞ。。。心こゝろ心こゝろこころ狹せば狹せばせぼううう直なほ直なほなお實ざね實ざねざね一いち一いちいち人にん人にんにんととと思おも思おもおもふふうべからべからべからずずず。。。いざいざいざ名な名なな乘の乘ののらららんんん。。。」」」とてとてとて、、、搔かい搔かいかい楯だて楯だてだてのののきはきはきわににに歩あゆ歩あゆあゆままませせせ寄よ寄よよりりり、、、鐙あぶみ鐙あぶみあぶみふんばりふんばりふんばり立たち立たちたち上あが上あがあがりりり、、、大だい大だいだい音おん音おんおん聲じやう聲じやうじょうをををあげあげあげててて、、、「「「武む武むむ藏さし藏さしさしののの國くに國くにくにののの住ぢゆう住ぢゆうじゅう人にん人にんにん熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえののの次じ次じじ郎らう郎らうろう直なほ直なほなお實ざね實ざねざね、、、子し子しし息そく息そくそくののの小こ小ここ次じ次じじ郎らう郎らうろう直なほ直なほなお家いへ家いへいえ、、、一いち一いちいちののの谷たに谷たにたにののの先せん先せんせん陣ぢん陣ぢんじんぞぞぞややや。。。」」」とととぞぞぞ名な名なな乘の乘ののつつったるたるたる。。。
  5. 5城じやう城じやうじょうののの内うち内うちうちにににはははこれこれこれををを聞き聞ききいいいててて、、、「「「よし〳〵よし〳〵よしよし音おと音おとおとなななせせせそそそ、、、敵かたき敵かたきかたきののの馬むま馬むまうまののの足あし足あしあし疲つか疲つかつからかさらかさらかさせせせよよよ。。。矢や矢やや種だね種だねだねををを射い射いいつくさつくさつくさせせせよよよ。。。」」」とてとてとてあひあひあいしらふしらふしらう者もの者ものものこそこそこそなかりなかりなかりけれけれけれ。。。やゝやゝややあつあつあっててて後うしろ後うしろうしろよりよりより武む武むむ者しや者しやしゃこそこそこそ二に二にに騎き騎きき續つゞ續つゞつづいいいたれたれたれ。。。「「「誰た誰たたそそそ。。。」」」ととと問と問ととへへへばばば、、、「「「季すゑ季すゑすえ重しげ重しげしげ。。。」」」とととこたふこたふこたう。。。「「「問と問ととふふうははは誰た誰たたそそそ。。。」」」「「「直なほ直なほなお實ざね實ざねざねぞぞぞかしかしかし。。。」」」「「「いかにいかにいかに熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえ殿どの殿どのどのはははいついついつよりよりよりぞぞぞ。。。」」」「「「宵よひ宵よひよいよりよりより。。。」」」とととこそこそこそ答こた答こたこたへへえけれけれけれ。。。「「「季すゑ季すゑすえ重しげ重しげしげもももやがてやがてやがてつゞいつゞいつづいててて寄よ寄よよすすすべかりべかりべかりつるつるつるををを、、、成なり成なりなり田た田たたののの五ご五ごご郎らう郎らうろうにににたばからたばからたばかられれれててて、、、今いま今いまいままでまでまでははは遲ち遲ちち々ち々ちちしししたりたりたりつるつるつるなりなりなり。。。成なり成なりなり田た田たたががが死し死ししなななばばば一いつ一いついっ所しよ所しよしょででで死し死ししなななんんんととと契ちぎ契ちぎちぎりりりししし間あひだ間あひだあいだ、、、うちうちうちつれつれつれててて寄よ寄よよせせせつれつれつればばば、、、『『『いたういたういとう平ひら平ひらひら山やま山やまやま殿どの殿どのどのさきさきさきがけがけがけ早はや早はやはやりりりなしなしなし給たま給たまたまひひいそそそ。。。軍いくさ軍いくさいくさののの先さき先さきさきをををかくるかくるかくるととといふいふいうははは、、、御み御みみ方かた方かたかたののの勢せい勢せいせいををを後うしろ後うしろうしろににに置お置おおいいいててて、、、先さき先さきさきをををかけかけかけたれたれたればばばこそこそこそ、、、高かう高かうこう名みやう名みやうみょう不ふ不ふふ覺かく覺かくかくをををももも人ひと人ひとひとににに知し知ししらららるれるれるれ。。。あのあのあの大おほ大おほおお勢ぜい勢ぜいぜいののの中なか中なかなかへへへ、、、たゞたゞただ一いつ一いついっ騎き騎ききかけかけかけ入い入いいつつっててて討う討ううたたたれれれたらたらたらんんんにににははは、、、何なん何なんなんののの詮せん詮せんせんにににかかかあふあふあうべきべきべき。。。』』』ととといふいふいう間あひだ間あひだあいだ、、、げにげにげにもももととと思おも思おもおもひひい、、、小こ小ここ坂さか坂さかさかのののありありありつるつるつるををを打うち打うちうち上あ上ああせせせ、、、下くだ下くだくだりりりざまざまざまににに馬むま馬むまうまののの頭かしら頭かしらかしらををを引ひき引ひきひき立た立たたてててててて、、、御み御みみ方かた方かたかたののの勢せい勢せいせいををを待ま待ままつつつところところところににに、、、成なり成なりなり田た田たたもももつゞいつゞいつづいててて出い出いいででで來きた來きたきたりりり、、、うちうちうち竝なら竝ならならべべべててて、、、軍いくさ軍いくさいくさのののやうやうようをををもももいひいひいい合あ合ああははわせせせんんんずるずるずるかかかととと思おも思おもおもひひいたれたれたればばば、、、さささはははなくなくなくしてしてして、、、季すゑ季すゑすえ重しげ重しげしげががが方かた方かたかたをををばばばすげなげすげなげすげなげににに見み見みみなしなしなしつゝつゝつつ、、、傍そば傍そばそばをををつつつととと馳は馳ははせせせ通とほ通とほとおるるる間あひだ間あひだあいだ、、、あつぱれあつぱれあっぱれこのこのこの者もの者ものもの季すゑ季すゑすえ重しげ重しげしげたばかつたばかつたばかっててて、、、先さき先さきさきかくるかくるかくるよよよととと思おも思おもおもひひい、、、五ご五ごご六ろく六ろくろく段たん段たんたんばかりばかりばかり進すゝ進すゝすすんんんだるだるだるををを、、、あれあれあれががが馬むま馬むまうまはははわがわがわが馬むま馬むまうまよりよりより弱よわ弱よわよわげげげなるなるなるものものものをををととと目め目めめをををかけかけかけ、、、一ひと一ひとひと鞭むち鞭むちむちうつうつうっててて追お追おおつつっ著つ著つつききき、、、『『『いかにいかにいかに成なり成なりなり田た田たた殿どの殿どのどのははは、、、まさなうまさなうまさのうももも季すゑ季すゑすえ重しげ重しげしげほどほどほどののの者もの者ものものををを、、、たばかりたばかりたばかり給たま給たまたまふふうものものものかなかなかな。。。』』』ととといひいひいいかけかけかけ、、、うちうちうち捨す捨すすてててててて寄よ寄よよせせせつれつれつればばば、、、今いま今いまいまははは遙はる遙はるはるかかかににに下さが下さがさがりりりぬぬぬらんらんらん。。。よもよもよも後うしろ後うしろうしろ影かげ影かげかげをををばばば見み見みみたらたらたらじじじ。。。」」」とととこそこそこそ語かた語かたかたりりりけれけれけれ。。。
  6. 6さるさるさる程ほど程ほどほどにににしのゝめしのゝめしののめやう〳〵やう〳〵ようよう明あ明ああけけけ行ゆ行ゆゆけけけばばば、、、熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえ、、、平ひら平ひらひら山やま山やまやま、、、かれかれかれこれこれこれ五ご五ごご騎き騎ききでででぞぞぞ控ひか控ひかひかへへえたるたるたる。。。熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえはははさきさきさきににに名な名なな乘の乘ののつつったりたりたりけれけれけれどもどもども、、、平ひら平ひらひら山やま山やまやまががが聞き聞ききくくく前まへ前まへまえにてにてにて、、、またまたまた名な名なな乘の乘ののらららんんんとととややや思おも思おもおもひひいけんけんけん、、、搔かい搔かいかい楯だて楯だてだてのののきはきはきわへへへ歩あゆ歩あゆあゆままませせせ寄よ寄よよりりり、、、鐙あぶみ鐙あぶみあぶみふんばりふんばりふんばり立たち立たちたち上あが上あがあがりりり、、、大だい大だいだい音おん音おんおん聲じやう聲じやうじょうをををあげあげあげててて、、、「「「そも〳〵そも〳〵そもそも以い以いい前ぜん前ぜんぜん名な名なな乘の乘ののつつったるたるたる武む武むむ藏さし藏さしさしののの國くに國くにくにののの住ぢゆう住ぢゆうじゅう人にん人にんにん熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえののの次じ次じじ郎らう郎らうろう直なほ直なほなお實ざね實ざねざね、、、子し子しし息そく息そくそくののの小こ小ここ次じ次じじ郎らう郎らうろう直なほ直なほなお家いへ家いへいえ、、、一いち一いちいちののの谷たに谷たにたにののの先せん先せんせん陣ぢん陣ぢんじんぞぞぞややや。。。」」」とととぞぞぞ名な名なな乘の乘ののつつったるたるたる。。。城じやう城じやうじょうののの内うち内うちうちにににはははこれこれこれををを聞き聞ききいいいててて、、、いざいざいざ夜よ夜よよもすがらもすがらもすがら名な名なな乘の乘ののるるる熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえ親おや親おやおや子こ子ここををを提ひつさ提ひつさひっさげげげててて來こ來ここんんんとてとてとて、、、進すゝ進すゝすすむむむ平へい平へいへい家け家けけののの侍さぶらひ侍さぶらひさぶらい誰たれ誰たれたれ々たれ々たれたれぞぞぞ。。。越ゑつ越ゑつえっ中ちう中ちうちゅうののの次じ次じじ郎らう郎らうろう兵びやう兵びやうびょう衞ゑ衞ゑえ盛もり盛もりもり續つぎ續つぎつぎ、、、上總かづさ上總かづさかずさののの五ご五ごご郎らう郎らうろう兵びやう兵びやうびょう衞ゑ衞ゑえ忠たゞ忠たゞただ光みつ光みつみつ、、、惡あく惡あくあく七しち七しちしち兵びやう兵びやうびょう衞ゑ衞ゑえ景かげ景かげかげ淸きよ淸きよきよ、、、後ご後ごご藤とう藤とうとう内ない内ないない定さだ定さださだ經つね經つねつねををを先さき先さきさきとととしてしてして、、、宗むね宗むねむね徒と徒ととののの兵つはもの兵つはものつわもの二に二にに十じふ十じふじゅう餘よ餘よよ騎き騎きき、、、木き木きき戸ど戸どどををを開ひら開ひらひらいいいてててかけかけかけ出い出いいでででたりたりたり。。。
  7. 7こゝこゝここににに平ひら平ひらひら山やま山やまやまははは滋しげ滋しげしげ目め目めめ結ゆひ結ゆひゆいののの直ひた直ひたひた垂たれ垂たれたれににに緋ひ緋ひひ縅をどし縅をどしおどしののの鎧よろひ鎧よろひよろい著き著ききててて、、、二ふた二ふたふたつつつ引びき引びきびき兩りやう兩りやうりょうののの母ほ母ほほ衣ろ衣ろろをををかけかけかけ、、、目め目めめ糟かす糟かすかす毛げ毛げげととといふいふいう、、、聞きこ聞きこきこゆるゆるゆる名めい名めいめい馬ば馬ばばにににぞぞぞ乘の乘ののつつったりたりたりけるけるける。。。旗はた旗はたはた差さし差さしさしははは黑くろ黑くろくろ革がは革がはがわ縅をどし縅をどしおどしののの鎧よろひ鎧よろひよろいににに、、、兜かぶと兜かぶとかぶと猪ゐ猪ゐい頸くび頸くびくびににに著き著ききなしなしなしつゝつゝつつ、、、宿きび宿きびきび月つき月つきつき毛げ毛げげなるなるなる馬むま馬むまうまにににぞぞぞ乘の乘ののつつったりたりたりけるけるける。。。「「「保ほう保ほうほう元げん元げんげん、、、平へい平へいへい治ぢ治ぢじ二に二にに箇か箇かか度ど度どどののの軍いくさ軍いくさいくさににに先さき先さきさきがけがけがけててて高かう高かうこう名みやう名みやうみょうしししたるたるたる、、、武む武むむ藏さし藏さしさしののの國くに國くにくにののの住ぢゆう住ぢゆうじゅう人にん人にんにん平ひら平ひらひら山やま山やまやまののの武む武むむ者しや者しやしゃ所どころ所どころどころ季すゑ季すゑすえ重しげ重しげしげ。。。」」」ととと名な名なな乘の乘ののつつっててて喚をめ喚をめおめいいいてててかくかくかく。。。熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえかくれかくれかくればばば平ひら平ひらひら山やま山やまやまつゞきつゞきつづき、、、平ひら平ひらひら山やま山やまやまかくれかくれかくればばば熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえつゞきつゞきつづき、、、互たがひ互たがひたがいにににわれわれわれ劣おと劣おとおとらららじじじととと、、、入い入いいれれれかへ〳〵かへ〳〵えいれかえ、、、名な名なな乘の乘ののりりりかへ〳〵かへ〳〵えなのりかえ、、、もみもみもみにににもうもうもうででで、、、火ひ火ひひ出い出いいづるづるずる程ほど程ほどほどにににぞぞぞ攻せ攻せせめめめたりたりたりけるけるける。。。平へい平へいへい家け家けけののの侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいどもどもども、、、熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえ、、、平ひら平ひらひら山やま山やまやまにににあまりあまりあまりににに手て手てていたういたういとう攻せ攻せせめめめられられられててて、、、かなはかなはかなわじじじとととややや思おも思おもおもひひいけんけんけん、、、城じやう城じやうじょうののの内うち内うちうちへへへさつさつさっととと引ひ引ひひいいいててて、、、敵かたき敵かたきかたきををを外と外とと樣ざま樣ざまざまににになしなしなしてててぞぞぞ禦ふせ禦ふせふせぎぎぎけるけるける。。。
  8. 8熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえははは馬むま馬むまうまののの太ふと太ふとふと腹はら腹はらはら射い射いいさせさせさせ、、、はぬれはぬれはぬればばば、、、弓ゆん弓ゆんゆん杖づゑ杖づゑづえ突つ突つついいいててて下お下おおりりり立た立たたつつったりたりたり。。。子し子しし息そく息そくそくののの小こ小ここ次じ次じじ郎らう郎らうろう直なほ直なほなお家いへ家いへいえももも、、、生しやう生しやうしょう年ねん年ねんねん十じふ十じふじゅう六ろく六ろくろく歳さい歳さいさいととと名な名なな乘の乘ののつつっててて、、、まつまつまっ先さき先さきさきかけかけかけててて戰たゝか戰たゝかたたかひひいけるけるけるががが、、、弓ゆん弓ゆんゆん手で手ででののの肘かひな肘かひなかいなををを射い射いいさせさせさせ、、、これこれこれももも馬むま馬むまうまよりよりより下お下おおりりり、、、父ちゝ父ちゝちちととと竝なら竝ならならんんんでででぞぞぞ立た立たたつつったりたりたりけるけるける。。。熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえ、、、「「「いかにいかにいかに小こ小ここ次じ次じじ郎らう郎らうろうははは手て手てて負お負おおううおうたるたるたるかかか。。。」」」「「「さんさんさん候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」「「「鎧よろひ鎧よろひよろいづきづきづきををを常つね常つねつねにににせせせよよよ、、、裏うら裏うらうらかかかかかかすすすななな。。。錏しころ錏しころしころををを傾かたぶ傾かたぶかたぶけけけよよよ、、、内うち内うちうち兜かぶと兜かぶとかぶと射い射いいさすさすさすななな。。。」」」とととこそこそこそ教をし教をしをしへへへけれけれけれ。。。熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえははは鎧よろひ鎧よろひよろいににに立た立たたつつったるたるたる矢や矢ややどもどもどもかなぐりかなぐりかなぐり捨す捨すすててて、、、城じやう城じやうじょうののの内うち内うちうちををを睨にら睨にらにらまへまへまえ、、、大だい大だいだい音おん音おんおん聲じやう聲じやうじょうをををあげあげあげててて、、、「「「去こ去ここ年ぞ年ぞぞののの冬ふゆ冬ふゆふゆ、、、鎌かま鎌かまかま倉くら倉くらくらををを立た立たたちちちしししよりよりよりこのこのこのかたかたかた、、、命いのち命いのちいのちをををばばば兵ひやう兵ひやうひょう衞ゑ衞ゑえののの佐すけ佐すけすけ殿どの殿どのどのににに奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり、、、骸かばね骸かばねかばねををを一いち一いちいちののの谷たに谷たにたにののの汀みぎは汀みぎはみぎわにににさらささらささらさんんんととと、、、思おも思おもおもひひい切き切ききつつったるたるたる直なほ直なほなお實ざね實ざねざねぞぞぞかしかしかし。。。去い去いいんんんぬるぬるぬる室むろ室むろむろ山やま山やまやま、、、水みづ水みづみず島しま島しましま二に二にに箇か箇かか度ど度どどののの軍いくさ軍いくさいくさにににうちうちうち勝か勝かかつつっててて、、、高かう高かうこう名みやう名みやうみょうしししたりたりたりととと名な名なな乘の乘ののるるるなるなるなる越ゑつ越ゑつえっ中ちう中ちうちゅうののの次じ次じじ郎らう郎らうろう兵びやう兵びやうびょう衞ゑ衞ゑえ、、、上總かづさ上總かづさかずさののの五ご五ごご郎らう郎らうろう兵びやう兵びやうびょう衞ゑ衞ゑえ、、、惡あく惡あくあく七しち七しちしち兵びやう兵びやうびょう衞ゑ衞ゑえはははないないないかかか。。。能の能のの登と登とと殿どの殿どのどのはははおはせおはせおわせぬぬぬかかか。。。高かう高かうこう名みやう名みやうみょう不ふ不ふふ覺かく覺かくかくももも敵かたき敵かたきかたきににに依よ依よよつつってててこそこそこそすれすれすれ。。。人ひと人ひとひとごとごとごとにににはははえええせせせじじじものものものををを、、、たゞたゞただ熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえ父ふ父ふふ子し子ししににに落お落おおちちちあへあへあえややや、、、組く組くくめめめややや組く組くくめめめ。。。」」」とととのゝしつのゝしつののしったるたるたる。。。
  9. 9城じやう城じやうじょうののの内うち内うちうちにににはははこれこれこれををを聞き聞ききいいいててて、、、越ゑつ越ゑつえっ中ちう中ちうちゅうののの次じ次じじ郎らう郎らうろう兵びやう兵びやうびょう衞ゑ衞ゑえ盛もり盛もりもり續つぎ續つぎつぎ、、、好この好このこのむむむ裝しやう裝しやうしょう束ぞく束ぞくぞくなれなれなればばば、、、小こ小ここ村むら村むらむら濃ご濃ごごののの直ひた直ひたひた垂たれ垂たれたれににに赤あか赤あかあか縅をどし縅をどしおどしののの鎧よろひ鎧よろひよろい著き著ききててて、、、鍬くは鍬くはくわ形がた形がたがたうつうつうったるたるたる兜かぶと兜かぶとかぶとののの緒を緒をををををしめしめしめ、、、金こがね金こがねこがねづくりづくりづくりののの太た太たた刀ち刀ちちををを佩は佩ははききき、、、二に二にに十じふ十じふじゅう四し四ししさいさいさいたるたるたる切きり切きりきり斑ふ斑ふふののの矢や矢やや負お負おおひひい、、、滋しげ滋しげしげ籐どう籐どうどうののの弓ゆみ弓ゆみゆみ脇わき脇わきわきににに挾はさ挾はさはさみみみ、、、連れん連れんれん錢ぜん錢ぜんぜん葦あし葦あしあし毛げ毛げげなるなるなる馬むま馬むまうまににに、、、金きん金きんきん覆ぷく覆ぷくぷく輪りん輪りんりんののの鞍くら鞍くらくらををを置お置おおいいいててて乘の乘ののつつったりたりたりけるけるけるががが、、、熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえ父ふ父ふふ子し子ししををを目め目めめにににかけかけかけててて歩あゆ歩あゆあゆままませせせ寄よ寄よよるるる。。。熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえ父ふ父ふふ子し子ししももも中なか中なかなかをををわらわらわられれれじじじととと、、、間ま間ままもももすかさすかさすかさずずず立たち立たちたち竝なら竝ならならびびび、、、太た太たた刀ち刀ちちををを拔ぬ拔ぬぬいいいててて額ひたひ額ひたひひたいにににあてあてあて、、、後うしろ後うしろうしろへへへははは一ひと一ひとひと引ひ引ひひきききももも引ひ引ひひかかかずずず、、、いよ〳〵いよ〳〵いよいよ前まへ前まへまえへへへぞぞぞ進すゝ進すゝすすんんんだるだるだる。。。越ゑつ越ゑつえっ中ちう中ちうちゅうののの次じ次じじ郎らう郎らうろう兵びやう兵びやうびょう衞ゑ衞ゑえこれこれこれををを見み見みみててて、、、敵かな敵かなかなははわじじじとととややや思おも思おもおもひひいけんけんけん、、、取と取ととつつってててかへすかへすかえす。。。熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえ、、、「「「あれあれあれはははいかにいかにいかに、、、越ゑつ越ゑつえっ中ちう中ちうちゅうののの次じ次じじ郎らう郎らうろう兵びやう兵びやうびょう衞ゑ衞ゑえとととこそこそこそ見み見みみれれれ。。。敵かたき敵かたきかたきにににはははどこどこどこををを嫌きら嫌きらきらふふうぞぞぞ、、、おしおしおし竝なら竝ならならべべべててて組く組くくめめめややや組く組くくめめめ。。。」」」ととといひいひいいけれけれけれどもどもども、、、次じ次じじ郎らう郎らうろう兵びやう兵びやうびょう衞ゑ衞ゑえ、、、さもさもさもさうずさうずそうずとてとてとて引ひき引ひきひき返かへ返かへかえすすす。。。上總かづさ上總かづさかずさののの惡あく惡あくあく七しち七しちしち兵びやう兵びやうびょう衞ゑ衞ゑえこれこれこれををを見み見みみててて、、、「「「きたなききたなききたなき殿との殿とのとのばらばらばらのののふるまひふるまひふるまいかなかなかな。。。しやしやしゃ組く組くくまままんんんずるずるずるものものものををを、、、落お落おおちちちあはあはあわぬぬぬことことことはははよもよもよもあらあらあらじじじ。。。」」」とてとてとて、、、既すで既すですでにににかけかけかけ出い出いいででで組く組くくまままんんんとととしししけれけれければばば、、、次じ次じじ郎らう郎らうろう兵びやう兵びやうびょう衞ゑ衞ゑえ、、、惡あく惡あくあく七しち七しちしち兵びやう兵びやうびょう衞ゑ衞ゑえががが鎧よろひ鎧よろひよろいののの袖そで袖そでそでをををひかへひかへひかえててて、、、「「「君きみ君きみきみののの御おん御おんおん大だい大だいだい事じ事じじこれこれこれににに限かぎ限かぎかぎるるるべからべからべからずずず。。。あるあるあるべうべうびょうもももなしなしなし。。。」」」ととと制せい制せいせいせせせられられられててて、、、力ちから力ちからちから及およ及およおよばばばででで組く組くくまままざりざりざりけりけりけり。。。
  10. 10そのそのその後のち後のちのち熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえははは乘のり乘のりのり替かへ替かへかえににに乘の乘ののつつっててて、、、をめいをめいおめいてててかくかくかく。。。平ひら平ひらひら山やま山やまやまももも熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえ父ふ父ふふ子し子ししががが戰たゝか戰たゝかたたかふふう間あひだ間あひだあいだににに馬むま馬むまうまののの息いき息いきいきやすめやすめやすめ、、、これこれこれももも同おな同おなおなじうじうじゅうつゞいつゞいつづいたりたりたり。。。平へい平へいへい家け家けけののの方かた方かたかたにににはははこれこれこれををを見み見みみててて、、、たゞたゞただ射い射いい取と取ととれれれややや射い射いい取と取ととれれれとてとてとて、、、さしさしさしつめつめつめ引ひ引ひひきききつめつめつめ、、、さん〴〵さん〴〵さんざんににに射い射いいけれけれけれどもどもども、、、敵かたき敵かたきかたきははは小こ小ここ勢ぜい勢ぜいぜいなりなりなり、、、御み御みみ方かた方かたかたははは大おほ大おほおお勢ぜい勢ぜいぜいなりなりなりけれけれければばば、、、勢せい勢せいせいにににまぎれまぎれまぎれててて矢や矢ややにににももも當あた當あたあたらららずずず。。。たゞたゞただおしおしおし竝なら竝ならならべべべててて組く組くくめめめややや組く組くくめめめととと下げ下げげ知ぢ知ぢじしししけれけれけれどもどもども、、、平へい平へいへい家け家けけののの方かた方かたかたののの馬むま馬むまうまははは飼か飼かかふふうははは稀まれ稀まれまれなりなりなり、、、乘の乘ののりりりしげししげししげし。。。船ふね船ふねふねににに久ひさ久ひさひさしうしうしゅうたてたてたてたりたりたりけれけれければばば、、、みなみなみな彫ゑ彫ゑえりりりきつきつきったるたるたるやうやうようなりなりなりけりけりけり。。。熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえ、、、平ひら平ひらひら山やま山やまやまががが乘の乘ののつつったるたるたる馬むま馬むまうまははは、、、飼か飼かかひひいににに飼か飼かこううこうたるたるたる大だい大だいだいののの馬むま馬むまうまどもどもどもなりなりなり。。。ひとひとひとあてあてあて當あ當ああてててばばば、、、みなみなみな蹴け蹴けけ倒たふ倒たふたおささされれれぬぬぬべきべきべき間あひだ間あひだあいだ、、、さすがさすがさすがおしおしおし竝なら竝ならならべべべててて組く組くくむむむ武む武むむ者しや者しやしゃ、、、一いつ一いついっ騎き騎ききもももなかりなかりなかりけりけりけり。。。
  11. 11こゝこゝここににに平ひら平ひらひら山やま山やまやまははは、、、身み身みみにににかへかへかへててて思おも思おもおもひひいけるけるける旗はた旗はたはた差さし差さしさしををを討う討ううたたたせせせててて、、、やすからやすからやすからずずずややや思おも思おもおもひひいけんけんけん、、、城じやう城じやうじょうののの中なか中なかなかへへへかけかけかけ入い入いいりりり、、、やがてやがてやがてそのそのその敵かたき敵かたきかたきののの首くび首くびくび取と取ととつつってててぞぞぞ出い出いいでででたりたりたりけるけるける。。。熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえ父ふ父ふふ子し子ししももも分ぶん分ぶんぶん捕どり捕どりどりあまたあまたあまたしてしてしてけりけりけり。。。熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえはははさきさきさきににに寄よ寄よよせせせたれたれたれどもどもども、、、木き木きき戸ど戸どどををを開ひら開ひらひらかかかねねねばばば驅か驅かかけけけ入い入いいらららずずず。。。平ひら平ひらひら山やま山やまやまははは後のち後のちのちににに寄よ寄よよせせせたれたれたれどもどもども、、、木き木きき戸ど戸どどををを開あ開ああけけけたれたれたればばば驅か驅かかけけけ入い入いいりりりぬぬぬ。。。さてさてさてこそこそこそ熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえ、、、平ひら平ひらひら山やま山やまやまががが、、、一いち一いちいち二に二ににのののかけかけかけをををばばば爭あらそ爭あらそあらそひひいけれけれけれ。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

六日の夜半ごろまでは、熊谷と平山は搦手にいた。熊谷が子の小次郎を呼んで言うには、「この手は難所だから、誰が先駆けということもあるまい。さあ、土肥が承って向かった西の手へ寄せて、一の谷の真っ先を駆けよう」と言ったので、小次郎は「それがいちばんよいでしょう。私もそう申したいと思っておりました。それでは早く寄せてください」と申した。熊谷は「そういえば、平山もこの手にいるのだった。乱戦を好まない者だから、平山の様子を見て来い」といって、下人を見に行かせた。

案の定、平山は熊谷より先に出立して、「人のことは知らない。季重だけは一歩も引くまいものを、引くまいものを」と独り言を言っていた。下人が馬に飼い葉をやろうとして、「憎らしい馬の長食いだな」といって打つと、平山は「そんなことをするな。その馬の名残も今夜だけだぞ」といって出立した。下人が走って帰って主人にこのことを告げると、やはりそうかといって、熊谷もすぐに出立した。

熊谷のその夜の装束は、褐色の直垂に赤革縅の鎧を着て、紅の母衣をかけ、権太栗毛という名高い名馬に乗っていた。子の小次郎直家は、沢瀉の模様をひと色濃く摺った直垂に伏縄目の鎧を着て、西楼という白月毛の馬に乗っていた。旗差は黄塵色の直垂に、小桜を黄色に染め返した鎧を着て、黄瓦毛の馬に乗っていた。主従三騎は連れ立って、駆け下りようとする谷を左手に見て右手へ進んで行くうちに、長年人も通わない田井の畑という古道を通って、一の谷の波打ち際へ出た。

一の谷の近くに塩屋という所がある。まだ夜が深かったので、土肥次郎実平が七千余騎で控えていた。熊谷は夜にまぎれて、波打ち際からそこをさっと駆け抜け、一の谷の西の木戸口に押し寄せた。そのときもまだ夜が深かったので、城の中は静まりかえって物音もしない。熊谷が子の小次郎に言うには、「この手は難所だから、われもわれもと先駆けを心がけている者も多いだろう。もう寄せて来ていても、夜が明けるのを待って、このあたりに控えているかもしれないぞ。心狭く直実一人と思ってはならない。さあ名のろう」といって、楯のきわに馬を進め寄せ、鐙を踏んばって立ち上がり、大音声をあげて、「武蔵国の住人熊谷次郎直実、子の小次郎直家、一の谷の先陣だぞ」と名のった。

城の中ではこれを聞いて、「よしよし、物音を立てるな。敵の馬の足を疲れさせよ。矢を射尽くさせよ」といって、相手をする者はいなかった。しばらくして後ろから武者が二騎続いて来た。「誰だ」と問うと「季重」と答える。「問うのは誰だ」「直実だ」「どうした熊谷殿、いつから来ていたのか」「宵からだ」と答えた。「季重もすぐに続いて寄せるはずだったのを、成田五郎にだまされて、今まで手間取ったのだ。成田とは死ぬなら一緒に死のうと約束していたので、連れ立って寄せて来たところ、『平山殿、あまり先駆けをはやりなさるな。戦の先駆けというのは、味方の軍勢を後ろに置いて先を駆けてこそ、手柄も失敗も人に知られるのだ。あの大勢の中へたった一騎駆け入って討たれたのでは、何の甲斐もあるまい』と言うので、もっともだと思って、小さな坂のあったのを駆け上がらせ、馬の頭を下り坂に向けて味方の軍勢を待っていたところ、成田も続いて現れたので、馬を並べて戦の相談でもするのかと思ったら、そうではなくて、季重の方をそっけなく見ながら、そばをさっと駆け抜けて行ったので、さてはこいつは季重をだまして先駆けするのだなと思い、五、六段ほど先に進んだのを、あいつの馬はわしの馬より弱そうだと目をつけて、一鞭打って追いつき、『どうした成田殿、みっともなくも季重ほどの者をおだましになるものよ』と言い捨てて寄せてきたので、今ははるかに後ろに下がっていよう。とても後ろ姿も見えまい」と語った。

そうするうちに東の空がしだいに明けてくると、熊谷と平山は、あわせて五騎で控えていた。熊谷は先に名のっていたが、平山が聞いている前でまた名のろうと思ったのであろうか、楯のきわへ馬を進め寄せ、鐙を踏んばって立ち上がり、大音声をあげて、「先ほど名のった武蔵国の住人熊谷次郎直実、子の小次郎直家、一の谷の先陣だぞ」と名のった。城の中ではこれを聞いて、さあ夜通し名のっている熊谷親子を引っさげて来ようといって、進み出た平家の侍は誰々か。越中次郎兵衛盛続、上総五郎兵衛忠光、悪七兵衛景清、後藤内定経を先頭に、主だった兵二十余騎が木戸を開いて駆け出してきた。

ここに平山は、滋目結の直垂に緋縅の鎧を着て、二つ引両の母衣をかけ、目糟毛という名高い名馬に乗っていた。旗差は黒革縅の鎧に、兜を後ろへ傾けてかぶり、黄瓦月毛の馬に乗っていた。「保元・平治の二度の戦で先駆けして手柄を立てた、武蔵国の住人平山武者所季重」と名のってわめいて駆けた。熊谷が駆ければ平山が続き、平山が駆ければ熊谷が続き、互いに負けまいと入れ替わり入れ替わり、名のり替え名のり替え、激しく攻めて、火が出るほどに攻めたてた。平家の侍たちは、熊谷と平山にあまりに激しく攻められて、かなわないと思ったのであろうか、城の中へさっと引いて、敵を外に置いて防いだ。

熊谷は馬の太腹を射られ、馬がはねたので、弓を杖について降り立った。子の小次郎直家も、生年十六歳と名のって真っ先に駆けて戦ったが、左腕を射られて、これも馬から降り、父と並んで立った。熊谷が「どうした小次郎、傷を負ったか」「はい」「鎧を常に揺すり上げて隙間を作るな、矢を裏まで通すな。錏を傾けて内兜を射させるな」と教えた。熊谷は鎧に立った矢をかなぐり捨て、城の中をにらみつけ、大音声をあげて、「去年の冬、鎌倉を発ってから、命を兵衛佐殿に差し上げ、屍を一の谷の水際にさらそうと覚悟を決めた直実だぞ。去る室山・水島の二度の戦に勝って手柄を立てたと名のっている越中次郎兵衛、上総五郎兵衛、悪七兵衛はいないか。能登殿はおられないか。手柄も失敗も相手しだいだ。誰とでもというわけにはいかない。ただ熊谷父子に寄って来い。組め組め」とののしった。

城の中ではこれを聞いて、越中次郎兵衛盛続が、好みの装束なので、小村濃の直垂に赤縅の鎧を着て、鍬形を打った兜の緒をしめ、黄金づくりの太刀を佩き、二十四本差した切斑の矢を負い、滋籐の弓を脇に挟み、連銭葦毛の馬に金覆輪の鞍を置いて乗っていたが、熊谷父子をめがけて馬を進めて来た。熊谷父子も間を割られまいと、すきまなく並び立ち、太刀を抜いて額にかざし、後ろへは一歩も引かず、いよいよ前へ進んだ。越中次郎兵衛はこれを見て、かなわないと思ったのであろうか、引き返した。熊谷は「どうした、越中次郎兵衛と見たぞ。敵としてどこが嫌なのだ。馬を並べて組め組め」と言ったが、次郎兵衛はそうはいかないといって引き返す。上総の悪七兵衛がこれを見て、「卑怯な殿ばらの振る舞いよ。あいつと組んでやるものを。組み合えないことはまさかあるまい」といって、今にも駆け出して組もうとしたので、次郎兵衛は悪七兵衛の鎧の袖をつかんで、「君の大事はこれだけではない。あってはならないことだ」と止められて、どうしようもなく組まなかった。

その後熊谷は替え馬に乗って、わめいて駆けた。平山も熊谷父子が戦う間に馬を休め、これも同じく続いた。平家の方ではこれを見て、ただ射取れ射取れといって、次々と矢をつがえて引きしぼり、さんざんに射たが、敵は小勢、味方は大勢なので、味方の勢にまぎれて矢も当たらない。ただ馬を並べて組め組めと命じたが、平家の方の馬は飼い葉をやることもまれで、乗ることは多い。船に長く立たせておいたので、みな痩せ細って彫ったようであった。熊谷と平山の乗った馬は、よく飼いこんだ大きな馬である。一当たり当たれば、みな蹴倒されてしまいそうなので、さすがに馬を並べて組む武者は一騎もいなかった。

ここで平山は、自分の身に代えても大事に思っていた旗差を討たれて、腹立たしく思ったのであろうか、城の中へ駆け入り、すぐにその敵の首を取って出てきた。熊谷父子も分捕りを多くした。熊谷は先に寄せたが、木戸が開かなかったので駆け入れなかった。平山は後に寄せたが、木戸が開いたので駆け入った。こうして熊谷と平山は、一番駆けと二番駆けを争ったのである。

意訳

一の谷の先陣を争う熊谷直実と平山季重を描いた章段である。ひそかに陣を抜け出し、夜の波打ち際を駆け抜けて名のりをあげる熊谷父子、成田五郎を出し抜いて駆けつけた平山の自慢話は、手柄を求める東国武士の気負いを生き生きと伝えている。

傷を負った子に「鎧づきを常にせよ」と戦い方を教える熊谷の姿は、次の「敦盛最後」で、同じ年ごろの若武者を討つ熊谷の苦悩へとつながっていく。先に寄せた熊谷と、先に駆け入った平山のどちらが先陣かという争いは、のちまで語り草となった。

語釈・文法注

文法

「いざうれ」
さあ、おまえ。人を誘うときの言葉。
「懸けう」
「懸けむ」の音便。駆けよう。
「打ちこみの軍」
敵味方が入り乱れる乱戦。
「長食ひ」
いつまでも食べていること。
「褐」
濃い紺色。
「澤瀉をひとしほ摺つたる」
沢瀉(おもだか)の模様をひと色濃く摺り染めにした。
「盛續」
前の章段まで「盛嗣」とあった越中次郎兵衛を、底本はここで「盛續」と刷る。
「兜猪頸に著なしつゝ」
兜を後ろに傾けて、首の後ろを守るようにかぶって。
「もみにもうで」
激しく攻め立てて。
「鎧づきを常にせよ」
鎧を絶えず揺すり上げて、隙間ができないようにせよ。
「さもさうず」
そうはいかない。
「しや組まんずるものを」
「しや」は相手をののしる言葉。あいつと組んでやるものを。
「みな彫りきつたるやうなり」
痩せて骨が浮き出て、彫り刻んだようである。

解説

熊谷直実と平山季重の一の谷の先陣争いは、寿永三年(1184)二月七日の明け方のこととされる。『吾妻鏡』にも、熊谷父子と平山が西の木戸口で先陣を争ったことが記されている。

関連

出典

底本
『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、674–680頁(コマ366–369)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日