古典ライブラリー

平家物語 巻第九

三草勢ぞろへの事

正月二十九日、範頼・義経は平家追討のため西国へ向かうことを奏上し、三種の神器を無事に取り戻すよう命じられた。二月四日、福原では清盛の一周忌の仏事が営まれ、除目も行われたが、教盛は夢の中で夢を見るようなわが身だと詠んで大納言への昇進を辞した。都に残った人々は平家が福原まで攻め上ったと喜び、梶井の宮は専親に歌を送った。維盛は都の妻子を思い沈んでいた。源氏は二月四日、大手範頼の五万余騎が昆陽野に、搦手義経の一万余騎が丹波路を経て三草山の東の小野原に陣を取った。

  1. 1同おな同おなおなじきじきじき正しやう正しやうしょう月ぐわつ月ぐわつがつ二に二にに十じふ十じふじゅう九く九くく日にち日にちにち、、、範のり範のりのり賴より賴よりより、、、義よし義よしよし經つね經つねつね院ゐん院ゐんいん參さん參さんさんしてしてして、、、平へい平へいへい家け家けけ追つゐ追つゐつい討たう討たうとうののの爲ため爲ためためににに西さい西さいさい國こく國こくこくへへへ發はつ發はつはっ向かう向かうこうすすすべきべきべき由よし由よしよしををを奏そう奏そうそう聞もん聞もんもんすすす。。。本ほん本ほんほん朝てう朝てうちょうにににははは、、、神じん神じんじん代だい代だいだいよりよりより傳つた傳つたつたははわれれれるるる御おん御おんおん寶たから寶たからたから三みつ三みつみつつつつありありあり、、、神しん神しんしん璽じ璽じじ、、、寶はう寶はうほう劍けん劍けんけん、、、内ない内ないない侍し侍しし所どころ所どころどころこれこれこれなりなりなり。。。ことことこと故ゆゑ故ゆゑゆえなうなうのう都みやこ都みやこみやこへへへ返かへ返かへかえししし入い入いいれれれ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるるべきべきべき由よし由よしよし、、、仰おほ仰おほおおせせせ下くだ下くだくださささるるる。。。兩りやう兩りやうりょう人にん人にんにん庭てい庭ていてい上しやう上しやうしょうににに畏かしこ畏かしこかしこまりまりまり承うけたまは承うけたまはうけたまわつつってててまかりまかりまかり出い出いいづづず。。。
  2. 2二に二にに月ぐわつ月ぐわつがつ四よつ四よつよっ日か日かかののの日ひ日ひひ、、、福ふく福ふくふく原はら原はらはらにににははは故こ故ここ入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこくののの忌き忌きき日にち日にちにちとてとてとて、、、佛ぶつ佛ぶつぶつ事じ事じじかたかたかたののの如ごと如ごとごとくくく遂と遂ととげげげ行おこな行おこなおこなははわるるる。。。朝あさ朝あさあさ夕ゆふ夕ゆふゆうののの軍いくさ軍いくさいくさ立だち立だちだちににに、、、過す過すすぎぎぎゆくゆくゆく月つき月つきつき日ひ日ひひははは知し知ししらららねねねどもどもども、、、去こ去ここ年ぞ年ぞぞははは今こ今ここ年とし年としとしににに廻めぐ廻めぐめぐりりり來き來ききててて、、、うかりうかりうかりししし春はる春はるはるにににもももなりなりなりにににけりけりけり。。。世よ世よよののの世よ世よよにてにてにてあらあらあらましかましかましかばばば、、、いかなるいかなるいかなる起き起きき立りふ立りふりゅう塔たふ塔たふとう婆ば婆ばばののの企くはだ企くはだくわだててて、、、供く供くく佛ぶつ佛ぶつぶつ施せ施せせ僧そう僧そうそうののの營いとな營いとないとなみみみもももあるあるあるべかりべかりべかりしかしかしかどもどもども、、、たゞたゞただ男なん男なんなん女によ女によにょののの君きみ君きみきみたちたちたちさしさしさしつどひつどひつどいててて、、、歎なげ歎なげなげききき悲かな悲かなかなしみしみしみあはあはあわれれれけりけりけり。。。福ふく福ふくふく原はら原はらはらにににはははこのこのこのついでついでついでににに除ぢ除ぢじ目もく目もくもく行おこな行おこなおこなははわれれれててて、、、僧そう僧そうそうももも俗ぞく俗ぞくぞくもももみなみなみな司つかさ司つかさつかさなさなさなされれれけりけりけり。。。中なか中なかなかにににももも門かど門かどかど脇わき脇わきわきののの平へい平へいへい中ちう中ちうちゅう納な納なな言ごん言ごんごん教のり教のりのり盛もり盛もりもりののの卿きやう卿きやうきょうをををばばば、、、正じやう正じやうじょう二に二にに位ゐ位ゐい大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごんににに上のぼ上のぼのぼりりり給たま給たまたまふふうべきべきべき由よし由よしよし、、、大臣殿おほいどの大臣殿おほいどのおおいどのよりよりよりのたまひのたまひのたまい遣つか遣つかつかははわされされされたりたりたりけれけれければばば、、、教のり教のりのり盛もり盛もりもりののの卿きやう卿きやうきょう、、、
  3. 3今日けふ今日けふきょうまでまでまでもももあれあれあればばばあるあるあるかかかののの我わ我わわががが身み身みみかはかはかは夢ゆめ夢ゆめゆめのののうちうちうちにににもももゆめゆめゆめををを見み見みみるるるかなかなかな
  4. 4ととと御おん御おんおん返へん返へんへん事じ事じじ申まう申まうもうさささせせせ給たま給たまたまひひいててて、、、遂つひ遂つひついににに大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごんにににはははなりなりなり給たま給たまたまははわずずず。。。
  5. 5大だい大だいだい外げ外げげ記き記きき中なか中なかなか原はら原はらはらののの師もろ師もろもろ直なほ直なほなおががが子こ子ここ周す周すす防はう防はうおうののの介すけ介すけすけ師もろ師もろもろ純ずみ純ずみずみ大だい大だいだい外げ外げげ記き記ききににになるなるなる。。。兵ひやう兵ひやうひょう部ぶ部ぶぶののの少せう少せうしょう輔ふ輔ふふ正まさ正まさまさ明あきら明あきらあきら五ご五ごご位ゐ位ゐいののの藏くら藏くらくら人んど人んどんどににになさなさなされれれててて、、、藏くら藏くらくら人んど人んどんどののの少せう少せうしょう輔ふ輔ふふとととぞぞぞ召め召めめささされれれけるけるける。。。昔むかし昔むかしむかし將まさ將まさまさ門かど門かどかど東とう東とうとう八はつ八はつはっ箇か箇かか國こく國こくこくをををうちうちうち從したが從したがしたがへへえててて、、、下しも下しもしも總ふさ總ふさふさののの國くに國くにくに相さう相さうそう馬ま馬ままののの郡こほり郡こほりこおりににに都みやこ都みやこみやこををを立た立たたててて、、、わがわがわが身み身みみををを平へい平へいへい親しん親しんしん王わう王わうのうととと稱しよう稱しようしょうしししててて、、、百ひやく百ひやくひゃく官くわん官くわんかんをををなしなしなしたりたりたりしししにににははは、、、曆こよみ曆こよみこよみののの博はか博はかはか士せ士せせぞぞぞなかりなかりなかりけるけるける。。。これこれこれはははそれそれそれにににははは似に似ににるるるべからべからべからずずず。。。主しゆ主しゆしゅ上しやう上しやうしょう舊きう舊きうきゅう都と都ととをををこそこそこそ出い出いいでででさせさせさせ給たま給たまたまふふうととといへいへいえどもどもども、、、三さん三さんさん種しゆ種しゆしゅののの神じん神じんじん器ぎ器ぎぎををを帶たい帶たいたいしししててて萬ばん萬ばんばん乘じよう乘じようじょうののの位くらゐ位くらゐくらいにににそなはりそなはりそなわり給たま給たまたまへへえばばば、、、敍じよ敍じよじょ位ゐ位ゐい除ぢ除ぢじ目もく目もくもく行おこな行おこなおこなははわれれれんんんもももひがひがひがことことことにににはははあらあらあらずずず。。。
  6. 6平へい平へいへい氏じ氏じじ既すで既すですでににに福ふく福ふくふく原はら原はらはらまでまでまで攻せ攻せせめめめ上のぼ上のぼのぼりりりたるたるたる由よし由よしよし聞きこ聞きこきこえええしかしかしかばばば、、、故ふる故ふるふる鄕さと鄕さとさとににに殘のこ殘のこのこりりり止とゞ止とゞとどまりまりまり給たま給たまたまふふう人ひと人ひとひと々びと々びとびと、、、みなみなみな勇いさ勇いさいさみみみ喜よろこ喜よろこよろこびびびあはあはあわれれれけりけりけり。。。中なか中なかなかにににももも二に二にに位ゐ位ゐいののの僧そう僧そうそう都づ都づず專せん專せんせん親しん親しんしんははは、、、梶かぢ梶かぢかじ井ゐ井ゐいののの宮みや宮みやみやののの年とし年としとし頃ごろ頃ごろごろののの御ご御ごご同どう同どうどう宿しゆく宿しゆくしゅくにてにてにておはしおはしおわしけれけれければばば、、、風かぜ風かぜかぜののの便たよ便たよたよりりりにににももも申まう申まうもうささされれれけりけりけり。。。宮みや宮みやみやよりよりよりもももまたまたまた御おん御おんおん文ふみ文ふみふみありありあり。。。旅たび旅たびたびののの空そら空そらそらのののよそほひよそほひよそおい、、、御おん御おんおん心こゝろ心こゝろこころ苦ぐる苦ぐるぐるしけれしけれしけれどもどもども、、、都みやこ都みやこみやこももも未いま未いまいまだだだ鎭しづ鎭しづしずまらまらまらずずずなどなどなど、、、細こま細こまこま々ごま々ごまごまとととあそばいあそばいあそばいててて、、、奧おく奧おくおくにににははは一いつ一いついっ首しゆ首しゆしゅののの歌うた歌うたうたぞぞぞありありありけるけるける。。。
  7. 7人ひと人ひとひと知し知ししれれれずずずそなたそなたそなたををを忍しの忍しのしのぶぶぶ心こゝろ心こゝろこころをををばばば傾かたぶ傾かたぶかたぶくくく月つき月つきつきにににたぐへたぐへたぐえてててぞぞぞやるやるやる
  8. 8僧そう僧そうそう都づ都づずこれこれこれををを顏かほ顏かほかおにににおしおしおし當あ當ああてててててて、、、悲かな悲かなかなしみしみしみののの涙なみだ涙なみだなみだせきせきせきあへあへあえずずず。。。
  9. 9さるさるさる程ほど程ほどほどににに小こ小ここ松まつ松まつまつののの三さん三さんさん位み位みみののの中ちう中ちうちゅう將じやう將じやうじょう維これ維これこれ盛もり盛もりもりののの卿きやう卿きやうきょうははは、、、年とし年としとし隔へだ隔へだへだたりたりたり日ひ日ひひ重かさ重かさかさなるなるなるににに從したが從したがしたがつつっててて、、、故ふる故ふるふる鄕さと鄕さとさとににに止とゞ止とゞとどめめめ置お置おおききき給たま給たまたまへへえるるる北きた北きたきたののの方かた方かたかた、、、稚をさな稚をさなおさなききき人ひと人ひとひと々びと々びとびとののの事こと事ことことをををのみのみのみ歎なげ歎なげなげききき悲かな悲かなかなしみしみしみ給たま給たまたまひひいけりけりけり。。。商あき商あきあき人んど人んどんどののの便たよ便たよたよりりりににに文ふみ文ふみふみなどなどなどののの通かよ通かよかよふふうにににももも、、、北きた北きたきたののの方かた方かたかたののの都みやこ都みやこみやこののの御おん御おんおんすまひすまひすまい、、、心こゝろ心こゝろこころ苦ぐる苦ぐるぐるしうしうしゅう聞き聞ききききき給たま給たまたまひひいててて、、、さらばさらばさらばこれこれこれへへへ迎むか迎むかむかへへえ參まゐ參まゐまいらせらせらせててて、、、一ひと一ひとひと所ところ所ところところでででいかにいかにいかにもももならならならばやばやばやととと思おも思おもおもははわれれれけれけれけれどもどもども、、、わがわがわが身み身みみこそこそこそあらあらあらめめめ、、、御おん御おんおんためためため痛いた痛いたいたはしくはしくわしくてててなどなどなど、、、思おぼし思おぼしおぼし召め召めめししし沉しづ沉しづしずんんんででであかしあかしあかし暮くら暮くらくらししし給たま給たまたまふふうにににぞぞぞ、、、せめてせめてせめてののの御おん御おんおん志こゝろざし志こゝろざしこころざしののの深ふか深ふかふかさささののの程ほど程ほどほどはははあらはれあらはれあらわれにににけるけるける。。。
  10. 10二に二にに月ぐわつ月ぐわつがつ四よつ四よつよっ日か日かかののの日ひ日ひひ、、、源げん源げんげん氏じ氏じじ福ふく福ふくふく原はら原はらはらををを攻せ攻せせむむむべかりべかりべかりしかしかしかどどど、、、故こ故ここ入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこくののの忌き忌きき日にち日にちにちととと聞き聞ききいいいててて、、、佛ぶつ佛ぶつぶつ事じ事じじ遂と遂ととげげげさせさせさせんんんががが爲ため爲ためためにににそのそのその日ひ日ひひははは寄よ寄よよせせせずずず。。。五いつ五いついつ日か日かかははは西にし西にしにしふさがりふさがりふさがり、、、六むい六むいむい日か日かか道だう道だうどう虛こ虛ここ日にち日にちにち、、、七なぬ七なぬなぬ日か日かかののの日ひ日ひひののの卯う卯ううののの刻こく刻こくこくににに一いち一いちいちののの谷たに谷たにたにののの東とう東とうとう西ざい西ざいざいののの木き木きき戸ど戸どど口ぐち口ぐちぐちにてにてにて、、、源げん源げんげん平ぺい平ぺいぺい矢や矢やや合あはせ合あはせあわせとととぞぞぞ定さだ定さださだめめめけるけるける。。。されどもされどもされども四よつ四よつよっ日か日かかははは吉きち吉きちきち日にち日にちにちなれなれなればばばとてとてとて、、、大おほ大おほおお手て手てて、、、搦から搦からから手め手めめののの軍ぐん軍ぐんぐん兵びやう兵びやうびょう、、、二ふた二ふたふた手て手ててにににわけわけわけててて攻せ攻せせめめめ下くだ下くだくだるるる。。。大おほ大おほおお手て手ててののの大たい大たいたい將しやう將しやうしょう軍ぐん軍ぐんぐんにににははは蒲かば蒲かばかばののの御おん御おんおん曹ざう曹ざうぞう司し司しし範のり範のりのり賴より賴よりより、、、相あひ相あひあい伴ともな伴ともなともなふふう人ひと人ひとひと々びと々びとびと、、、武たけ武たけたけ田だ田だだののの太た太たた郎らう郎らうろう信のぶ信のぶのぶ義よし義よしよし、、、加か加かか賀が賀がが美み美みみののの次じ次じじ郎らう郎らうろう遠とほ遠とほとお光みつ光みつみつ、、、同おな同おなおなじきじきじき小こ小ここ次じ次じじ郎らう郎らうろう長なが長ながなが淸きよ淸きよきよ、、、山やま山やまやま名な名ななののの次じ次じじ郎らう郎らうろう範のり範のりのり義よし義よしよし、、、同おな同おなおなじきじきじき三さぶ三さぶさぶ郎らう郎らうろう義よし義よしよし行ゆき行ゆきゆき、、、侍さぶらひ侍さぶらひさぶらい大たい大たいたい將しやう將しやうしょうにににははは梶かぢ梶かぢかじ原はら原はらはら平へい平へいへい三ざう三ざうぞう景かげ景かげかげ時とき時ときとき、、、嫡ちやく嫡ちやくちゃく子し子ししののの源げん源げんげん太た太たた景かげ景かげかげ季すゑ季すゑすえ、、、次じ次じじ男なん男なんなん平へい平へいへい次じ次じじ景かげ景かげかげ高たか高たかたか、、、同おな同おなおなじきじきじき三さぶ三さぶさぶ郎らう郎らうろう景かげ景かげかげ家いへ家いへいえ、、、稻いな稻いないな毛げ毛げげののの三さぶ三さぶさぶ郎らう郎らうろう重しげ重しげしげ成なり成なりなり、、、榛はん榛はんはん谷がへ谷がへがえののの四し四しし郎らう郎らうろう重しげ重しげしげ朝とも朝ともとも、、、同おな同おなおなじきじきじき五ご五ごご郎らう郎らうろう行ゆき行ゆきゆき重しげ重しげしげ、、、小を小をお山やま山やまやまののの小こ小ここ四し四しし郎らう郎らうろう朝とも朝ともとも政まさ政まさまさ、、、中なか中なかなか沼ぬま沼ぬまぬまののの五ご五ごご郎らう郎らうろう宗むね宗むねむね政まさ政まさまさ、、、結ゆふ結ゆふゆう城き城ききののの七しち七しちしち郎らう郎らうろう朝とも朝ともとも光みつ光みつみつ、、、佐さ佐ささ貫ぬき貫ぬきぬきののの四し四しし郎らう郎らうろう大たい大たいたい夫ふ夫ふふ廣ひろ廣ひろひろ綱つな綱つなつな、、、小を小をお野の野のの寺でら寺でらでらののの禪ぜん禪ぜんぜん師じ師じじ太た太たた郎らう郎らうろう道みち道みちみち綱つな綱つなつな、、、曾そ曾そそ我が我ががののの太た太たた郎らう郎らうろう祐すけ祐すけすけ信のぶ信のぶのぶ、、、中なか中なかなか村むら村むらむらののの太た太たた郎らう郎らうろう時とき時ときとき經つね經つねつね、、、江え江ええ戸ど戸どどののの四し四しし郎らう郎らうろう重しげ重しげしげ春はる春はるはる、、、玉たま玉たまたま井ゐ井ゐいののの四し四しし郎らう郎らうろう資すけ資すけすけ景かげ景かげかげ、、、大おほ大おほおお河かう河かうこう津づ津づずののの太た太たた郎らう郎らうろう廣ひろ廣ひろひろ行ゆき行ゆきゆき、、、庄しやう庄しやうしょうののの三さぶ三さぶさぶ郎らう郎らうろう忠たゞ忠たゞただ家いへ家いへいえ、、、同おな同おなおなじきじきじき四し四しし郎らう郎らうろう高たか高たかたか家いへ家いへいえ、、、勝しやう勝しやうしょう大だい大だいだいののの八はち八はちはち郎らう郎らうろう行ゆき行ゆきゆき平ひら平ひらひら、、、久く久くく下げ下げげののの次じ次じじ郎らう郎らうろう重しげ重しげしげ光みつ光みつみつ、、、河かは河かはかわ原ら原ららののの太た太たた郎らう郎らうろう高たか高たかたか直なほ直なほなお、、、同おな同おなおなじきじきじき次じ次じじ郎らう郎らうろう盛もり盛もりもり直なほ直なほなお、、、藤ふぢ藤ふぢふじ田た田たたののの三さぶ三さぶさぶ郎らう郎らうろう大たい大たいたい夫ふ夫ふふ行ゆき行ゆきゆき泰やす泰やすやすををを先さき先さきさきとととしてしてして、、、都つ都つつ合がふ合がふごうそのそのその勢せい勢せいせい五ご五ごご萬まん萬まんまん餘よ餘よよ騎き騎きき、、、二に二にに月ぐわつ月ぐわつがつ四よつ四よつよっ日か日かかののの日ひ日ひひ、、、辰たつ辰たつたつののの一いつ一いついっ點てん點てんてんににに都みやこ都みやこみやこををを立た立たたつつっててて、、、そのそのその日ひ日ひひののの申さる申さるさる酉とり酉とりとりののの刻こく刻こくこくにににははは攝つ攝つつ津の津ののののの國くに國くにくに昆こ昆ここ陽や陽やや野の野ののににに陣ぢん陣ぢんじんをををぞぞぞ取と取ととつつったりたりたりけるけるける。。。
  11. 11搦から搦からから手め手めめののの大たい大たいたい將しやう將しやうしょう軍ぐん軍ぐんぐんにににははは九く九くく郎らう郎らうろう御おん御おんおん曹ざう曹ざうぞう司し司しし義よし義よしよし經つね經つねつね、、、同おな同おなおなじうじうじゅう伴ともな伴ともなともなふふう人ひと人ひとひと々びと々びとびと、、、安やす安やすやす田だ田だだののの三さぶ三さぶさぶ郎らう郎らうろう義よし義よしよし定さだ定さださだ、、、大おほ大おほおお内うち内うちうちののの太た太たた郎らう郎らうろう惟これ惟これこれ義よし義よしよし、、、村むら村むらむら上かみ上かみかみののの判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん代だい代だいだい康やす康やすやす國くに國くにくに、、、田た田たた代しろ代しろしろののの冠くわん冠くわんかん者じや者じやじゃ信のぶ信のぶのぶ綱つな綱つなつな、、、侍さぶらひ侍さぶらひさぶらい大たい大たいたい將しやう將しやうしょうにににははは土と土とと肥ひ肥ひひののの次じ次じじ郎らう郎らうろう實さね實さねさね平ひら平ひらひら、、、子し子しし息そく息そくそくののの彌や彌やや太た太たた郎らう郎らうろう遠とほ遠とほとお平ひら平ひらひら、、、三み三みみ浦うら浦うらうらののの介すけ介すけすけ義よし義よしよし澄ずみ澄ずみずみ、、、子し子しし息そく息そくそくののの平へい平へいへい六ろく六ろくろく義よし義よしよし村むら村むらむら、、、畠はたけ畠はたけはたけ山やま山やまやまののの莊しやう莊しやうしょう司じ司じじ次じ次じじ郎らう郎らうろう重しげ重しげしげ忠たゞ忠たゞただ、、、同おな同おなおなじきじきじき長なが長ながなが野の野ののののの三さぶ三さぶさぶ郎らう郎らうろう重しげ重しげしげ淸きよ淸きよきよ、、、佐さ佐ささ原はら原はらはらののの十じふ十じふじゅう郎らう郎らうろう義よし義よしよし連つら連つらつら、、、和わ和わわ田だ田だだののの小こ小ここ太た太たた郎らう郎らうろう義よし義よしよし盛もり盛もりもり、、、同おな同おなおなじきじきじき次じ次じじ郎らう郎らうろう義よし義よしよし茂もち茂もちもち、、、三さぶ三さぶさぶ郎らう郎らうろう宗むね宗むねむね實ざね實ざねざね、、、佐さ佐ささ々さ々ささ木き木きき四し四しし郎らう郎らうろう高たか高たかたか綱つな綱つなつな、、、同おな同おなおなじきじきじき五ご五ごご郎らう郎らうろう義よし義よしよし淸きよ淸きよきよ、、、熊くま熊くまくま谷がへ谷がへがえののの次じ次じじ郎らう郎らうろう直なほ直なほなお實ざね實ざねざね、、、子し子しし息そく息そくそくののの小こ小ここ次じ次じじ郎らう郎らうろう直なほ直なほなお家いへ家いへいえ、、、平ひら平ひらひら山やま山やまやまののの武む武むむ者しや者しやしゃ所どころ所どころどころ季すゑ季すゑすえ重しげ重しげしげ、、、天あま天あまあま野の野ののののの次じ次じじ郎らう郎らうろう直なほ直なほなお經つね經つねつね、、、小を小をを河がは河がはがわののの次じ次じじ郎らう郎らうろう助すけ助すけすけ義よし義よしよし、、、原はら原はらはらののの三さぶ三さぶさぶ郎らう郎らうろう淸きよ淸きよきよ益ます益ますます、、、多た多たた々た々たた羅ら羅ららののの五ご五ごご郎らう郎らうろう義よし義よしよし春はる春はるはる、、、そのそのその子こ子ここののの太た太たた郎らう郎らうろう光みつ光みつみつ義よし義よしよし、、、渡わたり渡わたりわたり柳やなぎ柳やなぎやなぎののの彌や彌やや五ご五ごご郎らう郎らうろう淸きよ淸きよきよ忠たゞ忠たゞただ、、、別べつ別べつべつ府ぷ府ぷぷののの小こ小ここ太た太たた郎らう郎らうろう淸きよ淸きよきよ重しげ重しげしげ、、、金かね金かねかね子こ子ここののの十じふ十じふじゅう郎らう郎らうろう家いへ家いへいえ忠たゞ忠たゞただ、、、同おな同おなおなじきじきじき與よ與よよ一いち一いちいち親ちか親ちかちか範のり範のりのり、、、源げん源げんげん八はち八はちはち廣ひろ廣ひろひろ綱つな綱つなつな、、、片かた片かたかた岡をか岡をかおかののの太た太たた郎らう郎らうろう經つね經つねつね春はる春はるはる、、、伊い伊いい勢せ勢せせののの三さぶ三さぶさぶ郎らう郎らうろう義よし義よしよし盛もり盛もりもり、、、奧あう奧あうおう州しう州しうしゅうののの佐さ佐ささ藤とう藤とうとう三さぶ三さぶさぶ郎らう郎らうろう繼つぐ繼つぐつぐ信のぶ信のぶのぶ、、、同おな同おなおなじきじきじき四し四しし郎らう郎らうろう忠たゞ忠たゞただ信のぶ信のぶのぶ、、、江え江ええ田だ田だだののの源げん源げんげん三ざう三ざうぞう、、、熊くま熊くまくま井ゐ井ゐいののの太た太たた郎らう郎らうろう、、、武む武むむ藏さし藏さしさし坊ばう坊ばうぼう辨べん辨べんべん慶けい慶けいけい、、、これこれこれらららををを先さき先さきさきとととしてしてして、、、都つ都つつ合がふ合がふごうそのそのその勢せい勢せいせい一いち一いちいち萬まん萬まんまん餘よ餘よよ騎き騎きき、、、同おな同おなおなじじじ日ひ日ひひののの同おな同おなおなじじじ時とき時ときときににに都みやこ都みやこみやこををを立た立たたつつっててて、、、丹たん丹たんたん波ば波ばば路ぢ路ぢじにににかゝりかゝりかかり、、、二ふつ二ふつふつ日か日かか路ぢ路ぢじををを一ひと一ひとひと日ひ日ひひにににうつうつうっててて、、、丹たん丹たんたん波ば波ばばととと播はり播はりはり磨ま磨ままののの境さかひ境さかひさかいなるなるなる三み三みみ草くさ草くさくさののの山やま山やまやまののの東ひがし東ひがしひがしののの山やま山やまやま口ぐち口ぐちぐち、、、小を小をお野の野のの原はら原はらはらににに陣ぢん陣ぢんじんをををぞぞぞ取と取ととつつったりたりたりけるけるける。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

同年正月二十九日、範頼・義経は院の御所に参って、平家追討のために西国へ向かうことを奏上した。わが国には神代から伝わる御宝が三つある。神璽・宝剣・内侍所(神鏡)がこれである。これらを無事に都へお返し入れ申せと仰せ下された。二人は庭上でかしこまって承り、退出した。

二月四日、福原では故入道相国の命日だといって、仏事が形どおりに営まれた。朝夕の合戦の支度に、過ぎてゆく月日も分からないけれども、去年はまた今年にめぐって来て、つらい春になってしまった。世が世であったら、どれほどの塔婆の建立や、仏への供養、僧への布施の営みもあったであろうに、ただ男女の公達が寄り集まって、嘆き悲しみ合われた。福原ではこの機会に除目が行われて、僧も俗人もみな官職に任じられた。なかでも門脇の平中納言教盛卿を正二位大納言に昇進させようと、大臣殿からおっしゃって遣わされたので、教盛卿は、

(今日まで生きていると言えば生きているようなわが身であろうか。夢の中で、さらに夢を見ているようなものだ)

と御返事を申し上げて、とうとう大納言にはおなりにならなかった。

大外記中原師直の子、周防介師純が大外記になった。兵部少輔正明は五位の蔵人に任じられて、蔵人の少輔と呼ばれた。昔、将門が東八か国を従えて、下総国相馬郡に都を立て、自らを平親王と称して百官を任じたときには、暦博士がいなかった。これはそれとは違うはずである。天皇は旧都こそお出になったけれども、三種の神器を帯びて天子の位にあられるのだから、叙位や除目が行われるのも間違ったことではない。

平氏がもう福原まで攻め上ったと聞こえたので、故郷の都に残っておられた人々はみな勇み喜び合われた。なかでも二位僧都専親は、梶井の宮の長年の御同宿であったので、ついでの便りにも申し上げていた。宮からもまたお手紙があった。旅の空のありさまがお気の毒だが、都もまだ鎮まっていないなどと細々とお書きになって、奥には一首の歌があった。

(人知れずそちらを恋しく思う心を、西へ傾いていく月に添えて送ります)

僧都はこれを顔に押し当てて、悲しみの涙をこらえきれなかった。

そうするうちに、小松の三位中将維盛卿は、年が隔たり日が重なるにつれて、故郷に残してこられた北の方や幼い子どもたちのことばかりを嘆き悲しまれた。商人の便りに手紙などが通うにつけても、北の方の都での暮らしぶりを気の毒にお聞きになって、それならこちらへお迎えして一緒にどうにでもなろうかと思われたが、自分はともかく、北の方のためにはいたわしいなどと思い沈んで日を送っておられるところに、せめてもの深い愛情のほどが表れていた。

二月四日、源氏は福原を攻めるはずであったが、故入道相国の命日と聞いて、仏事を遂げさせるためにその日は寄せなかった。五日は西の方角がふさがり、六日は道虚日なので、七日の卯の刻に一の谷の東西の木戸口で源平の矢合わせと定めた。けれども四日は吉日であるからといって、大手・搦手の軍兵は二手に分かれて攻め下った。大手の大将軍は蒲御曹司範頼で、従う人々は、武田太郎信義、加賀美次郎遠光、同じく小次郎長清、山名次郎範義、同じく三郎義行、侍大将には梶原平三景時、嫡子の源太景季、次男の平次景高、同じく三郎景家、稲毛三郎重成、榛谷四郎重朝、同じく五郎行重、小山小四郎朝政、中沼五郎宗政、結城七郎朝光、佐貫四郎大夫広綱、小野寺禅師太郎道綱、曾我太郎祐信、中村太郎時経、江戸四郎重春、玉井四郎資景、大河津太郎広行、庄三郎忠家、同じく四郎高家、勝大八郎行平、久下次郎重光、河原太郎高直、同じく次郎盛直、藤田三郎大夫行泰を先頭として、合わせてその勢五万余騎、二月四日の辰の一点(午前七時ごろ)に都を発って、その日の申・酉の刻(夕方)には摂津国の昆陽野に陣を取った。

搦手の大将軍は九郎御曹司義経で、同じく従う人々は、安田三郎義定、大内太郎惟義、村上判官代康国、田代冠者信綱、侍大将には土肥次郎実平、子息の弥太郎遠平、三浦介義澄、子息の平六義村、畠山荘司次郎重忠、同じく長野三郎重清、佐原十郎義連、和田小太郎義盛、同じく次郎義茂、三郎宗実、佐々木四郎高綱、同じく五郎義清、熊谷次郎直実、子息の小次郎直家、平山武者所季重、天野次郎直経、小河次郎助義、原三郎清益、多々羅五郎義春、その子の太郎光義、渡柳弥五郎清忠、別府小太郎清重、金子十郎家忠、同じく与一親範、源八広綱、片岡太郎経春、伊勢三郎義盛、奥州の佐藤三郎継信、同じく四郎忠信、江田源三、熊井太郎、武蔵坊弁慶、これらを先頭として、合わせてその勢一万余騎、同じ日の同じ時刻に都を発って、丹波路を通り、二日の道のりを一日で進んで、丹波と播磨の境にある三草山の東の山口、小野原に陣を取った。

意訳

一の谷の合戦を前に、福原の平家と、出陣する源氏の双方を描く章段である。清盛の一周忌に営まれる仏事や除目は形ばかりのもので、教盛の歌は、夢のような栄華から夢のような流浪へと移った一門の心情をよく表している。

後半は大手・搦手に分かれた源氏の武将たちの名を連ねて、合戦の始まりを告げる。義経のもとには、土肥実平・畠山重忠・熊谷直実・佐藤兄弟・弁慶ら、この後の合戦で名をあげる人々が並んでいる。

語釈・文法注

文法

「内侍所」
神鏡を祀る宮中の所。転じて神鏡(八咫鏡)をいう。
「起立塔婆」
供養のために塔婆を建てること。
「あればあるかの我が身かは」
生きているといえば生きているようなわが身であろうか。
「曆の博士ぞなかりける」
将門の新政には暦を作る博士がいなかった。形だけの朝廷であったことをいう。
「西ふさがり」
陰陽道で、西の方角が凶とされて行けないこと。
「道虛日」
外出や旅立ちを忌む凶日。
「辰の一點」
辰の刻(午前八時ごろ)を四つに分けた最初。

和歌

今日までもあればあるかの我が身かは夢のうちにもゆめを見るかな

詠者
平教盛
状況
福原での除目で、宗盛から正二位大納言への昇進を勧められたとき、辞退して返した歌。

修辞

夢のうちにもゆめを見る
流浪の身そのものが夢のようなのに、そのうえ昇進という夢を見るのか、の意。

人知れずそなたを忍ぶ心をば傾く月にたぐへてぞやる

詠者
梶井の宮(承仁法親王)
状況
福原にいる二位僧都専親に、都から送った手紙に添えた歌。

修辞

傾く月
西に傾く月。平家のいる西国の方角を示す。

解説

寿永三年(1184)二月四日は清盛の一周忌にあたる。源氏は大手範頼が摂津の昆陽野(兵庫県伊丹市)、搦手義経が丹波路を経て播磨との境の三草山(兵庫県加東市)の東に陣を取り、福原・一の谷の平家を東西から挟み撃ちにする態勢を整えた。

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出典

底本
『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、665–668頁(コマ361–363)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日