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平家物語 巻第九

小朝拝の事

寿永三年の元日、法皇の御所は大膳大夫成忠の宿所という仮の御所であったので、院の拝礼も内裏の小朝拝も行われなかった。屋島の平家も、安徳天皇がおられながら、節会も四方拝もできない寂しい正月を迎えた。春がめぐってきても、平家の人々は氷に閉じこめられたような心地で、都での花見や月見、詩歌管絃の遊びを思い出しては、長い春の日を暮らしかねていた。

  1. 1壽じゆ壽じゆじゅ永えい永えいえい三さん三さんさん年ねん年ねんねん正しやう正しやうしょう月ぐわつ月ぐわつがつ一ひと一ひとひと日ひ日ひひののの日ひ日ひひ、、、院ゐん院ゐんいんののの御ご御ごご所しよ所しよしょははは大だい大だいだい膳ぜん膳ぜんぜんののの大だい大だいだい夫ぶ夫ぶぶ成なり成なりなり忠たゞ忠たゞただががが宿しゆく宿しゆくしゅく所しよ所しよしょ、、、六ろく六ろくろく條でう條でうじょう西にし西にしにしののの洞たう洞たうとう院ゐん院ゐんいんなりなりなりけれけれければばば、、、御ご御ごご所しよ所しよしょののの體てい體ていてい然しか然しかしかるるるべからべからべからずずずとてとてとて、、、院ゐん院ゐんいんののの拜はい拜はいはい禮らい禮らいらいももも行おこな行おこなおこなははわれれれずずず。。。院ゐん院ゐんいんののの拜はい拜はいはい禮らい禮らいらいなかりなかりなかりけれけれければばば、、、内だい内だいだい裏り裏りりののの小こ小ここ朝てう朝てうちょう拜はい拜はいはいももも行おこな行おこなおこなははわれれれずずず。。。
  2. 2平へい平へいへい家け家けけははは讚さぬ讚さぬさぬ岐き岐ききののの國くに國くにくに八や八やや島しま島しましまののの磯いそ磯いそいそににに送おく送おくおくりりり迎むか迎むかむかへへえててて、、、年とし年としとしののの始はじ始はじはじめめめなれなれなれどもどもども、、、元ぐわん元ぐわんがん日じつ日じつじつ元ぐわん元ぐわんがん三ざん三ざんざんののの儀ぎ儀ぎぎ式しき式しきしき事こと事ことことよろしからよろしからよろしからずずず。。。主しゆ主しゆしゅ上しやう上しやうしょうわたらわたらわたらせせせ給たま給たまたまへへえどもどもども、、、節せち節せちせち會ゑ會ゑえももも行おこな行おこなおこなははわれれれずずず、、、四し四しし方はう方はうほう拜はい拜はいはいもももなしなしなし。。。腹はら腹はらはら赤か赤かかももも奏そう奏そうそうせせせずずず、、、吉よし吉よしよし野の野ののののの國く國くく栖ず栖ずずももも參まゐ參まゐまいらららずずず。。。世よ世よよ亂みだ亂みだみだれれれたりたりたりしかしかしかどもどもども、、、都みやこ都みやこみやこにてにてにてはははさすがさすがさすが斯か斯かこうううはははなかりなかりなかりしししものものものをををとととぞぞぞ、、、各おの〳〵各おの〳〵おのおののたまひのたまひのたまい合あ合ああははわれれれけるけるける。。。
  3. 3靑せい靑せいせい陽やう陽やうようののの春はる春はるはるももも來きた來きたきたりりり、、、浦うら浦うらうら吹ふ吹ふふくくく風かぜ風かぜかぜももも和やはら和やはらやわらかかかににに、、、日ひ日ひひ影かげ影かげかげももものどかのどかのどかににになりなりなり行ゆ行ゆゆけけけどどど、、、たゞたゞただ平へい平へいへい家け家けけののの人ひと人ひとひと々びと々びとびとははは、、、いついついつももも氷こほり氷こほりこおりににに閉と閉ととぢぢじ籠こ籠ここめめめられられられたるたるたる心こゝ心こゝここちちちしてしてして、、、寒かん寒かんかん苦く苦くく鳥てう鳥てうちょうににに異こと異ことことならならならずずず。。。東とう東とうとう岸がん岸がんがん西せい西せいせい岸がん岸がんがんののの柳やなぎ柳やなぎやなぎ遲ち遲ちち速そく速そくそくををを交まじ交まじまじへへえ、、、南なん南なんなん枝し枝しし北ほく北ほくほく枝し枝ししののの梅むめ梅むめうめ開かい開かいかい落らく落らくらく已すで已すですでににに異こと異ことことにににしてしてして、、、花はな花はなはなののの朝あした朝あしたあした月つき月つきつきののの夜よる夜よるよる、、、詩し詩しし歌いか歌いかいか管くわん管くわんかん絃げん絃げんげん、、、鞠まり鞠まりまり、、、小こ小ここ弓ゆみ弓ゆみゆみ、、、扇あふぎ扇あふぎおうぎ合あはせ合あはせあわせ、、、繪ゑ繪ゑえ合あはせ合あはせあわせ、、、草くさ草くさくさづくしづくしづくし、、、蟲むし蟲むしむしづくしづくしづくし、、、さま〴〵さま〴〵さまざま興きよう興きようきょうありありありししし事こと事ことことどもどもども思おも思おもおもひひい出い出いいででで、、、語かた語かたかたりりりつゞけつゞけつづけててて、、、長なが長ながながききき日ひ日ひひををを暮くら暮くらくらしししかねかねかね給たま給たまたまふふうぞぞぞあはれあはれあわれなるなるなる。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

寿永三年正月一日、院の御所は大膳大夫成忠の宿所、六条西洞院であったので、御所のありさまがふさわしくないといって、院の拝礼も行われなかった。院の拝礼がなかったので、内裏の小朝拝も行われなかった。

平家は讃岐国の屋島の磯で年を送り迎えて、年の初めではあったが、元日・三が日の儀式もままならない。天皇はおられたけれども、節会も行われず、四方拝もない。腹赤の魚も献上されず、吉野の国栖も参らない。世が乱れていたときでも、都ではさすがにこうではなかったものを、と人々は言い合われた。

春がやって来て、浦を吹く風もやわらぎ、日ざしものどかになっていったが、ただ平家の人々だけは、いつも氷に閉じこめられたような心地がして、寒苦鳥と変わらない。東の岸と西の岸の柳は芽吹きに早い遅いがあり、南の枝と北の枝の梅は咲き散る時が違うように、都で過ごした花の朝や月の夜、詩歌管絃、蹴鞠、小弓、扇合わせ、絵合わせ、草尽くし、虫尽くしなど、さまざまに楽しかったことを思い出し、語り続けて、長い春の日を暮らしかねておられるのはあわれである。

意訳

巻第九の冒頭の章段である。都の法皇も屋島の天皇も、正月の儀式を行えないという異常な事態から書き起こし、世の乱れを印象づける。

春の訪れのなかで、平家の人々だけが寒苦鳥のように凍えているという対比は、都での華やかな遊びの思い出を並べることでいっそう際立つ。義仲の最期と一の谷の合戦へ向かう巻第九の前に置かれた、静かな序章である。

語釈・文法注

文法

「小朝拜」
元日に、殿上人が清涼殿の東庭で天皇を拝する儀式。
「腹赤」
元日の節会に九州から献上された魚(鱒の類)。
「吉野の國栖」
吉野の国栖の人々が節会に参って歌舞を奏したこと。
「寒苦鳥」
雪山に住み、夜は寒さに苦しんで巣を作ろうと鳴くが、朝になると忘れてしまうという想像上の鳥。
「東岸西岸の柳遲速を交へ、南枝北枝の梅開落已に異にして」
『和漢朗詠集』の詩句による。所によって春の訪れに早い遅いがあることをいう。

解説

寿永三年(1184)の正月は、都では後白河法皇が義仲に押しこめられ、屋島では安徳天皇が仮の内裏にあるという状態で迎えられた。この月のうちに範頼・義経の軍が義仲を攻め、二月には一の谷の合戦が起こる。

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出典

底本
『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、642頁(コマ350)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日