平家物語 巻第七
青山の沙汰の事
経正が御室に返した琵琶「青山」の由来を語る章段である。経正は十七歳で宇佐八幡への勅使を務めたとき、青山で秘曲を弾いて宮人たちを感涙させた。青山は、仁明天皇の代に藤原貞敏が唐の琵琶博士廉承武から三曲を伝え受けて持ち帰った三面の琵琶の一つである。村上天皇の代、廉承武の霊が現れて、伝え残した秘曲を青山で天皇に授けたという。撥面に夏山の緑の木の間から出る有明の月が描かれていたので、青山と名づけられた。
- 1このこのこの經經つね正正まさ十十じゅう七七しちののの年年とし、、、宇宇う佐佐さののの敕敕ちょく使使しををを承承うけたまわつつっててて下下くだららられれれけるけるけるににに、、、そのそのその時時とき青青せい山山ざんををを賜賜たまはつはつわっててて宇宇う佐佐さへへへ參參まいりりり、、、御御ご殿殿てんににに向向むかひひい奉奉たてまつつつっててて、、、祕祕ひ曲曲きょくををを彈彈ひききき給給たまひひいしかしかしかばばば、、、件件くだんののの宮宮みや人人うどおしなべておしなべておしなべて、、、綠綠りょく衣衣いののの袖袖そでをををぞぞぞしぼりしぼりしぼりけるけるける。。。心心こころなきなきなき奴奴やつこまでまでまでももも、、、いついついつ聞聞きききき馴馴なれれれたるたるたる事事ことはははなけれなけれなけれどもどもども、、、村村むら雨雨さめとととはははまがはまがはまがわじじじななな。。。めでたかりめでたかりめでたかりししし事事ことどもどもどもなりなりなり。。。
- 2かのかのかの青青せい山山ざんととと申申もうすすす御御おん琵琵び琶琶わははは、、、昔昔むかし仁仁にん明明みょう天天てん皇皇おうののの御御ぎょ宇宇う嘉嘉か祥祥しょう三三さん年年ねん三三さん月月がつににに、、、掃掃か部部もんののの頭頭かみ貞貞てい敏敏びん渡渡と唐唐とうののの時時とき、、、大大だい唐唐とうののの琵琵び琶琶わののの博博はか士士せ廉廉れん承承しょう武武ぶににに逢逢あひひい、、、三三さん曲曲きょくををを傳傳つたへへえててて歸歸き朝朝ちょうせせせしししににに、、、そのそのその時時とき玄玄げん象象じょう、、、獅獅し子子し丸丸まる、、、青青せい山山ざん、、、三三さん面面めんののの琵琵び琶琶わををを相相そう傳傳でんしてしてして渡渡わたりりりけるけるけるががが、、、龍龍りゅう神神じんややや惜惜おしみしみしみ給給たまひひいけんけんけん、、、波波なみ風風かぜ荒荒あらくくく立立たちちちけれけれければばば、、、獅獅し子子し丸丸まるをををばばば海海かい底底ていににに沉沉しずめめめぬぬぬ。。。今今いま二二に面面めんののの琵琵び琶琶わををを渡渡わたいいいててて、、、わがわがわが朝朝ちょうののの帝帝みかどののの御御おん寶寶たからとととすすす。。。
- 3村村むら上上かみののの聖聖せい代代だい應應おう和和わのののころほひころほひころおい、、、三三さん五五ご夜夜や中中ちゅうののの新新しん月月げつののの色色いろ、、、白白しろくくくさえさえさえ、、、涼涼りょう風風ふう颯颯さっ々々さつたりたりたりししし夜夜よ半半なかににに、、、帝帝みかど清清せい涼涼りょう殿殿でんにににしてしてして玄玄げん象象じょうをををぞぞぞあそばさあそばさあそばされれれけるけるける、、、時時ときににに影影かげののの如如ごとくくくなるなるなる者者もの御御ご前前ぜんににに參參さんじじじててて、、、優優ゆうにににけだかきけだかきけだかき聲聲こえををを以以もっててて、、、唱唱しょう歌歌がをををめでたうめでたうめでとう仕仕つかまつるるる。。。帝帝みかどしばらくしばらくしばらく御御おん琵琵び琶琶わをををさしさしさしおかおかおかせせせ給給たまひひいててて、、、「「「抑抑そもそも汝汝なんじはははいかなるいかなるいかなるものものものぞぞぞ、、、いづくいづくいずくよりよりより來來きたれれれるるるぞぞぞ。。。」」」ととと仰仰おおせせせけれけれければばば、、、答答こたへへえ申申もうしししててていはくいはくいわく、、、「「「これこれこれははは昔昔むかし貞貞てい敏敏びんににに三三さん曲曲きょくををを傳傳つたへへえ候候そうらひひいししし、、、大大だい唐唐とうののの琵琵び琶琶わののの博博はか士士せ廉廉れん承承しょう武武ぶととと申申もうすすす者者ものにてにてにて候候そうろうががが、、、三三さん曲曲きょくののの中中なかににに祕祕ひ曲曲きょくををを一一いっ曲曲きょく殘殘のこせせせるるる罪罪つみににによつよつよっててて、、、魔魔ま道道どうににに沉沉ちん淪淪りん仕仕つかまつるるる。。。今今いま君君きみののの御御おん撥撥ばち音音おと妙妙たえににに聞聞きこえええ侍侍はべるるる閒閒あいだ、、、參參さん入入にゅう仕仕つかまつるるる所所ところなりなりなり。。。願願ねがははわくくくはははこのこのこの曲曲きょくををを君君きみににに授授さずけけけ參參まいらせらせらせててて、、、佛佛ぶつ果果か菩菩ぼ提提だいををを生生しょうずずずべきべきべき。。。」」」由由よし申申もうしししててて、、、御御ご前前ぜんににに立立たてててられられられたりたりたりけるけるける青青せい山山ざんををを取取とりりり、、、轉轉てん手手じゅをををねぢねぢねじててて、、、このこのこの曲曲きょくををを君君きみににに授授さずけけけ奉奉たてまつるるる。。。三三さん曲曲きょくののの中中なかににに上上じょう玄玄げん石石しゃく上上じょうこれこれこれなりなりなり。。。
- 4そのそのその後後のちははは君君きみももも臣臣しんももも、、、恐恐おそれれれさせさせさせ給給たまひひいててて、、、あそばしあそばしあそばし彈彈ひくくく事事こともももせせせさせさせさせ給給たまははわざりざりざりしししををを、、、仁仁にん和和な寺寺じののの御御お室室むろののの御御ご所所しょへへへ參參まいらさらさらさせせせ給給たまひひいたりたりたりしししををを、、、このこのこの經經つね正正まさ最最さい愛愛あいののの童童どう形形ぎょうたるたるたるににに依依よつつっててて、、、下下くだししし賜賜たまははわられられられたりたりたりけるけるけるとととかやかやかや。。。甲甲こうははは紫紫し藤藤とうののの甲甲こう、、、夏夏なつ山山やまののの峯峯みねののの綠綠みどりののの木木こののの閒閒まよりよりより、、、有有あり明明あけののの月月つき出出いでででけるけるけるををを、、、撥撥ばち面面めんににに書書かかかかれれれたりたりたりけるけるける故故ゆえにににこそこそこそ、、、青青せい山山ざんとととははは名名なづけづけづけけれけれけれ。。。玄玄げん象象じょうにににももも相相あい劣劣おとらららぬぬぬ希希き代代だいののの名名めい物物ぶつなりなりなり。。。
現代語訳
この経正は十七歳の年、宇佐八幡への勅使を承って下られたとき、そのとき青山を賜って宇佐へ参り、御殿に向かって秘曲を弾かれたので、その宮人たちはみな緑衣の袖をしぼった。心ない下人までも、いつ聞き慣れたというわけではないが、村雨の音と聞きまちがえることはあるまい。すばらしいことであった。
この青山という琵琶は、昔、仁明天皇の御代の嘉祥三年三月に、掃部頭貞敏が唐へ渡ったとき、唐の琵琶博士廉承武に会って三曲を伝え受けて帰国したが、そのとき玄象・獅子丸・青山の三面の琵琶を伝え受けて渡って来たところ、龍神が惜しまれたのであろうか、波風が荒く立ったので、獅子丸を海底に沈めた。残る二面の琵琶を渡して、わが国の帝の御宝とした。
村上天皇の聖代の応和のころ、十五夜の月が白く冴え、涼しい風がさわやかに吹いていた夜半に、帝が清涼殿で玄象を弾いておられたとき、影のような者が御前に参って、優雅で気高い声で唱歌をみごとに歌った。帝はしばらく琵琶を置かれて、「そもそもおまえは何者か。どこから来たのか」とおっしゃると、答えて申すには、「これは昔、貞敏に三曲をお伝えした唐の琵琶博士、廉承武と申す者でございますが、三曲の中の秘曲を一曲伝え残した罪によって、魔道に落ちております。今、君の撥の音がすばらしく聞こえましたので、参上したのです。どうかこの曲を君にお授けして、仏果菩提を得たいと存じます」と申して、御前に立てられていた青山を取り、転手をねじって調子を整え、この曲を帝にお授けした。三曲の中の上玄・石上がこれである。
その後は君も臣も恐れられて、お弾きになることもなかったのを、仁和寺の御室の御所へ差し上げられたところ、この経正が御室の最愛の稚児であったので、お下し与えられたということである。甲は紫藤の甲で、夏山の峰の緑の木の間から有明の月が出るさまを撥面に描かれていたので、青山と名づけたのである。玄象にも劣らない希代の名器である。
意訳
前章段で経正が御室に返した琵琶「青山」の由来を語る章段である。唐から渡った三面の名器のうち、獅子丸は海に沈み、玄象と青山が伝わった。
廉承武の霊が秘曲を授けたという話は、琵琶の秘曲伝授の伝説として名高い。撥面の絵にちなむ「青山」の名とともに、名器にまつわる神秘的な由来が、それを手放した経正の思いの深さを際立たせている。
語釈・文法注
文法
- 「村雨とはまがはじな」
- 村雨の音と聞きまちがえることはあるまい。琵琶の音のすばらしさを、雨音にもまさると言う。
- 「三五夜中の新月の色」
- 白居易の詩句。十五夜の月の光。
- 「轉手をねぢて」
- 琵琶の糸巻きをねじって調子を合わせて。
- 「上玄石上」
- 琵琶の三大秘曲のうちの二曲。
解説
藤原貞敏(807〜867)は承和の遣唐使に従って唐に渡り、琵琶を学んで帰国した。その際に琵琶の名器を持ち帰ったと伝えられる。玄象は宮中に伝わった琵琶の名器で、『今昔物語集』などにも説話が残る。青山は仁和寺に伝わり、経正の霊が現れた話が謡曲「経正」の題材となった。
関連
出典
- 底本
- 『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、591–592頁(コマ324–325)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日