古典ライブラリー

平家物語 巻第七

平家山門への連署の事

比叡山が源氏についたことを知らない平家は、興福寺・園城寺は恨みを抱いていて頼れないので、比叡山を頼もうと、一門の公卿十人が連署した願書を送った。延暦寺を氏寺、日吉社を氏社として天台の仏法を仰ぎ、賊徒の征伐に神仏の加護を願うというものであった。貫首が三日加持して衆徒に披露すると、願書の上巻に「西へかたぶく月」と平家の運命を暗示する歌が現れた。衆徒は平家をあわれんだが、すでに源氏に返牒を送った後で、応じる者はいなかった。

  1. 1平へい平へいへい家け家けけこれこれこれをををばばば夢ゆめ夢ゆめゆめにににももも知し知ししりりり給たま給たまたまははわずずず、、、興こう興こうこう福ぶく福ぶくぶく、、、園をん園をんおん城じやう城じやうじょう兩りやう兩りやうりょう寺じ寺じじははは鬱うつ鬱うつうつ憤ぷん憤ぷんぷんををを含ふく含ふくふくめめめるるる折をり折をりおりふしふしふしなれなれなればばば、、、語かた語かたかたらふらふらうともともともよもよもよも靡なび靡なびなびかかかじじじ。。。當たう當たうとう家け家けけははは山さん山さんさん門もん門もんもんにににおいおいおいててて、、、未いま未いまいまだだだ怨あた怨あたあたををを結むす結むすむすばばばずずず。。。山さん山さんさん門もん門もんもんまたまたまた當たう當たうとう家け家けけののの爲ため爲ためためににに不ふ不ふふ忠ちう忠ちうちゅうををを存ぞん存ぞんぞんぜぜぜずずず。。。詮せん詮せんせんずるずるずる所ところ所ところところ、、、山さん山さんさん王わう王わうおう大だい大だいだい師し師ししににに祈き祈きき誓せい誓せいせい申まう申まうもうしししててて、、、三さん三さんさん千ぜん千ぜんぜんののの衆しゆ衆しゆしゅ徒と徒ととををを語かた語かたかたらはらはらわばやばやばやとてとてとて、、、一いち一いちいち門もん門もんもんののの公く公くく卿ぎやう卿ぎやうぎょう十じふ十じふじゅう人にん人にんにん、、、同どう同どうどう心しん心しんしん連れん連れんれん署しよ署しよしょののの願ぐわん願ぐわんがん書じよ書じよじょををを書か書かかいいいててて、、、山さん山さんさん門もん門もんもんへへへ送おく送おくおくらららるるる。。。
  2. 2そのそのその願ぐわん願ぐわんがん書じよ書じよじょににに曰いは曰いはいわくくく、、、「「「敬うやま敬うやまうやまつつっててて申まを申まをまおすすす。。。延えん延えんえん曆りやく曆りやくりやく寺じ寺じじををを以もつ以もつもっててて氏うぢ氏うぢうじ寺でら寺でらでらににに準じゆん準じゆんじゅんじじじ、、、日ひ日ひひ吉え吉ええののの社やしろ社やしろやしろををを以もつ以もつもっててて氏うぢ氏うぢうじ社やしろ社やしろやしろとととしてしてして、、、一いつ一いついっ向かう向かうこうににに天てん天てんてん台だい台だいだいののの佛ぶつ佛ぶつぶつ法ぽふ法ぽふぽうををを仰あふ仰あふあうぐぐぐべきべきべき事こと事ことこと。。。右みぎ右みぎみぎ當たう當たうとう家け家けけ一いち一いちいち族ぞく族ぞくぞくのののともがらともがらともがら、、、殊こと殊ことことににに祈き祈きき誓せい誓せいせいするするすることことことありありあり。。。旨し旨しし趣しゆ趣しゆしゅ如い如いい何かん何かんかんとととなれなれなればばば、、、叡えい叡えいえい山ざん山ざんざんはははこれこれこれ桓くわん桓くわんかん武む武むむ天てん天てんてん皇わう皇わうおうののの御ぎよ御ぎよぎょ宇う宇うう、、、傳でん傳でんでん教げう教げうぎょう大だい大だいだい師し師しし入につ入につにっ唐たう唐たうとう歸き歸きき朝てう朝てうちょうののの後のち後のちのち、、、圓ゑん圓ゑんえん頓どん頓どんどんののの教けう教けうきょう法ぼふ法ぼふぼうをををこゝこゝここににに弘ひろ弘ひろひろめめめ、、、遮しや遮しやしゃ那な那ななののの大だい大だいだい戒かい戒かいかいををを、、、そのそのその内うち内うちうちににに傳つた傳つたつたへへえてててよりよりよりこのこのこのかたかたかた、、、專もつぱ專もつぱもっぱららら佛ぶつ佛ぶつぶつ法ぽふ法ぽふぽう繁はん繁はんはん昌じやう昌じやうじょうののの靈れい靈れいれい窟くつ窟くつくつとととしてしてして、、、久ひさ久ひさひさしくしくしく鎭ちん鎭ちんちん護ご護ごご國こく國こくこく家か家かかののの道だう道だうどう場ぢやう場ぢやうじょうににに備そな備そなそなふふう。。。まさにまさにまさに今いま今いまいま伊い伊いい豆づ豆づずののの國くに國くにくにののの流る流るる人にん人にんにん源みなもと源みなもとみなもとののの賴より賴よりより朝とも朝ともとも、、、身み身みみののの咎とが咎とがとがををを悔く悔くくいいいずずず、、、卻かへ卻かへかえつつっててて朝てう朝てうちょう憲けん憲けんけんををを嘲あざけ嘲あざけあざけるるる。。。しかのみならずしかのみならずしかのみならず奸かん奸かんかん謀ぼう謀ぼうぼうににに與くみ與くみくみしししててて、、、同どう同どうどう心しん心しんしんををを致いた致いたいたすすす源げん源げんげん氏じ氏じじ等ら等らら、、、義よし義よしよし仲なか仲なかなか、、、行ゆき行ゆきゆき家いへ家いへいえ以い以いい下げ下げげ、、、黨たう黨たうとうををを結むす結むすむすんんんででで數かず數かずかずありありあり、、、鄰りん鄰りんりん境けい境けいけい遠をん遠をんおん境けい境けいけい、、、數すう數すうすう國こく國こくこくををを掠りやく掠りやくりやく領りやう領りやうりょうししし、、、土ど土どど宜ぎ宜ぎぎ土ど土どど貢こう貢こうこう、、、萬ばん萬ばんばん物もつ物もつもつををを押あふ押あふおう領りやう領りやうりょうすすす。。。これこれこれににに因よ因よよつつっててて或あるい或あるいあるいははは累るい累るいるい代だい代だいだい勳くん勳くんくん功こう功こうこうののの跡あと跡あとあとををを追お追おおひひい、、、或あるい或あるいあるいははは當たう當たうとう時じ時じじ弓きう弓きうきゅう馬ば馬ばばののの藝げい藝げいげいににに任まか任まかまかせせせててて、、、速すみや速すみやすみやかかかににに賊ぞく賊ぞくぞく徒と徒ととををを誅ちう誅ちうちゅうししし、、、兇きよう兇きようきょう黨たう黨たうとうををを降がう降がうごう伏ぶく伏ぶくぶくすすすべきべきべき由よし由よしよし、、、苟いやし苟いやしいやしくくくももも敕ちよく敕ちよくちょく命めい命めいめいををを含ふく含ふくふくんんんででで、、、頻しき頻しきしきりりりににに征せい征せいせい伐ばつ伐ばつばつををを企くはだ企くはだくわだつつつ。。。爰こゝ爰こゝここににに魚ぎよ魚ぎよぎょ鱗りん鱗りんりん鶴かく鶴かくかく翼よく翼よくよくののの陣ぢん陣ぢんじん、、、官くわん官くわんかん軍ぐん軍ぐんぐん利り利りりををを得え得ええずずず、、、星せい星せいせい旄ばう旄ばうぼう電でん電でんでん戟げき戟げきげきののの威ゐ威ゐい、、、逆ぎやく逆ぎやくぎやく類るゐ類るゐるい勝か勝かかつつつににに乘の乘ののるるるににに似に似ににたりたりたり。。。もしもしもし神しん神しんしん明めい明めいめい佛ぶつ佛ぶつぶつ陀だ陀だだののの加か加かか被ひ被ひひにににあらあらあらずずずばばば、、、爭いか爭いかいかでででかかか叛ほん叛ほんほん逆ぎやく逆ぎやくぎやくののの凶きよう凶きようきょう亂らん亂らんらんををを鎭しづ鎭しづしずめめめんんん。。。いかにいかにいかに況いは況いはいわんんんややや臣しん臣しんしん等ら等ららががが曩なう曩なうのう祖そ祖そそ、、、おもへおもへおもえばばば忝かたじけな忝かたじけなかたじけなくくく本ほん本ほんほん願ぐわん願ぐわんがんののの裔えい裔えいえいととといひいひいいつつつべしべしべし。。。いよ〳〵いよ〳〵いよいよ崇そう崇そうそう重ちよう重ちようちょうすすすべしべしべし、、、いよいよいよいよいよいよ恭く恭くく敬ぎやう敬ぎやうぎょうすすすべしべしべし、、、自じ自じじ今こん今こんこん以い以いい後ご後ごご山さん山さんさん門もん門もんもんににに喜よろこ喜よろこよろこびびびあらあらあらばばば、、、一いち一いちいち門もん門もんもんののの喜よろこ喜よろこよろこびびびとととししし、、、社しや社しやしゃ家け家けけににに憤いきどほ憤いきどほいきどおりりりあらあらあらばばば、、、一いつ一いついっ家か家かかののの憤いきどほ憤いきどほいきどおりりりとととしてしてして、、、各おのおの各おのおのおのおの子し子しし孫そん孫そんそんににに傳つた傳つたつたへへえててて、、、長なが長ながながくくく失しつ失しつしっ墜つゐ墜つゐついせせせじじじ。。。藤とう藤とうとう氏し氏ししははは春かす春かすかす日が日ががののの社やしろ社やしろやしろ、、、興こう興こうこう福ぶく福ぶくぶく寺じ寺じじををを以もつ以もつもっててて氏うぢ氏うぢうじ社やしろ社やしろやしろ、、、氏うぢ氏うぢうじ寺でら寺でらでらとととしてしてして、、、久ひさ久ひさひさしくしくしく法ほつ法ほつほっ相さう相さうそう大だい大だいだい乘じよう乘じようじょうののの宗しう宗しうしゅうににに歸き歸ききすすす。。。平へい平へいへい氏じ氏じじははは日ひ日ひひ吉え吉ええののの社やしろ社やしろやしろ、、、延えん延えんえん曆りやく曆りやくりやく寺じ寺じじををを以もつ以もつもっててて氏うぢ氏うぢうじ社やしろ社やしろやしろ、、、氏うぢ氏うぢうじ寺でら寺でらでらとととしてしてして、、、新あらた新あらたあらたににに圓ゑん圓ゑんえん實じつ實じつじつ頓とん頓とんとん悟ご悟ごごののの教をしへ教をしへをしへににに値ち値ちち遇ぐう遇ぐうぐうせせせんんん。。。かれかれかれははは昔むかし昔むかしむかしののの遺ゐ遺ゐい跡せき跡せきせきなりなりなり、、、家いへ家いへいえのののためためため榮えい榮えいえい幸かう幸かうこうををを思おも思おもおもふふう。。。これこれこれははは今いま今いまいまののの誓せい誓せいせい祈き祈ききなりなりなり、、、君きみ君きみきみのののためためため追つゐ追つゐつい罰ばつ罰ばつばつををを請こ請ここふふう。。。仰あふ仰あふあうぎぎぎ願ねが願ねがねがははわくくくははは山さん山さんさん王わう王わうおう七しち七しちしち社しや社しやしゃ王わう王わうおう子じ子じじ眷けん眷けんけん屬ぞく屬ぞくぞく、、、護ご護ごご法ほふ法ほふほう聖しやう聖しやうしょう衆じゆ衆じゆじゅ、、、東とう東とうとう西ざい西ざいざい滿まん滿まんまん山ざん山ざんざん、、、十じふ十じふじゅう二に二にに乘じよう乘じようじょう願ぐわん願ぐわんがん、、、醫い醫いい王わう王わうおう善ぜん善ぜんぜん逝ぜい逝ぜいぜい、、、日につ日につにっ光くわう光くわうこう月ぐわつ月ぐわつがっ光くわう光くわうこう、、、無む無むむ二に二ににののの丹たん丹たんたん誠せい誠せいせいををを照てら照てらてらしししててて、、、唯ゆゐ唯ゆゐゆい一いつ一いついつののの玄げん玄げんげん應おう應おうおうををを垂た垂たたれれれたまへたまへたまえ。。。しかれしかれしかればばば則すなは則すなはすなわちちち邪じや邪じやじゃ謀ぼう謀ぼうぼう逆ぎやく逆ぎやくぎやく心しん心しんしんののの賊ぞく賊ぞくぞく、、、各おのおの各おのおのおのおの手て手ててををを軍ぐん軍ぐんぐん門もん門もんもんににに束つか束つかつかねねね、、、叛ほん叛ほんほん逆ぎやく逆ぎやくぎやく殘ざん殘ざんざん害がい害がいがいののの輩ともがら輩ともがらともがら、、、首かうべ首かうべこうべををを京けい京けいけい都と都ととへへへ傳つた傳つたつたへへえんんん。。。依よ依よよつつっててて一いち一いちいち門もん門もんもんののの公く公くく卿ぎやう卿ぎやうぎょう等ら等らら、、、異い異いい口く口くく同どう同どうどう音おん音おんおんににに禮らい禮らいらいをををなしなしなしててて、、、祈き祈きき誓せい誓せいせい件くだん件くだんくだんののの如ごと如ごとごとししし。。。從じゆ從じゆじゅ三さん三さんさん位み位みみ行ぎやう行ぎやうぎょう兼けん兼けんけん越ゑち越ゑちえち前ぜん前ぜんぜんののの守かみ守かみかみ平たひら平たひらたいらののの朝あ朝ああ臣そん臣そんそん通みち通みちみち盛もり盛もりもり、、、從じゆ從じゆじゅ三さん三さんさん位み位みみ行ぎやう行ぎやうぎょう右う右うう近こん近こんこん衞ゑ衞ゑえののの中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょう兼けん兼けんけん伊い伊いい豫よ豫よよののの守かみ守かみかみ平たひら平たひらたいらののの朝あ朝ああ臣そん臣そんそん資すけ資すけすけ盛もり盛もりもり、、、正じやう正じやうじょう三さん三さんさん位み位みみ行ぎやう行ぎやうぎょう右う右うう近こん近こんこん衞ゑ衞ゑえののの中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょう平たひら平たひらたいらののの朝あ朝ああ臣そん臣そんそん維これ維これこれ盛もり盛もりもり、、、正じやう正じやうじょう三さん三さんさん位み位みみ行ぎやう行ぎやうぎょう左さ左ささ近こん近こんこん衞ゑ衞ゑえののの權ごん權ごんごんののの中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょう兼けん兼けんけん播はり播はりはり磨ま磨ままののの守かみ守かみかみ平たひら平たひらたいらののの朝あ朝ああ臣そん臣そんそん重しげ重しげしげ衡ひら衡ひらひら、、、正じやう正じやうじょう三さん三さんさん位み位みみ行ぎやう行ぎやうぎょう右う右うう衞ゑ衞ゑえ門もん門もんもんののの督かみ督かみかみ兼けん兼けんけん近あふ近あふおう江み江みみ遠江とほたふみ遠江とほたふみとおとうみののの守かみ守かみかみ平たひら平たひらたいらののの朝あ朝ああ臣そん臣そんそん清きよ清きよきよ宗むね宗むねむね、、、參さん參さんさん議ぎ議ぎぎ正じやう正じやうじょう三さん三さんさん位み位みみ皇くわう皇くわうこう太たい太たいたい后ごう后ごうごう宮ぐう宮ぐうぐうののの權ごん權ごんごんののの大だい大だいだい夫ぶ夫ぶぶ兼けん兼けんけん修しゆ修しゆしゅ理り理りりののの大だい大だいだい夫ぶ夫ぶぶ加か加かか賀が賀がが越ゑつ越ゑつえっ中ちゆう中ちゆうちゅうののの守かみ守かみかみ平たひら平たひらたいらののの朝あ朝ああ臣そん臣そんそん經つね經つねつね盛もり盛もりもり、、、從じゆ從じゆじゅ二に二にに位ゐ位ゐい行ぎやう行ぎやうぎょう中ちゆう中ちゆうちゅう納な納なな言ごん言ごんごん征せい征せいせい夷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  3. 3貫くわん貫くわんかん首じゆ首じゆじゅこれこれこれををを憐あはれ憐あはれあわれみみみ給たま給たまたまひひいててて、、、さうなうさうなうそうのう衆しゆ衆しゆしゅ徒と徒ととににに披ひ披ひひ露ろう露ろうろうもももししし給たま給たまたまははわずずず、、、十じふ十じふじゅう禪ぜん禪ぜんぜん師じ師じじ權ごん權ごんごん現げん現げんげんののの社しや社しやしゃ壇だん壇だんだんににに籠こ籠ここめめめ、、、三み三みみ日か日かか加か加かか持ぢ持ぢじしてしてして、、、そのそのその後のち後のちのち衆しゆ衆しゆしゅ徒と徒ととににに披ひ披ひひ露ろう露ろうろうせせせらるらるらる。。。始はじ始はじはじめめめはははありありありとととももも見み見みみえええざりざりざりけるけるける願ぐわん願ぐわんがん書じよ書じよじょののの上うは上うはうわ巻まき巻まきまきににに、、、歌うた歌うたうたこそこそこそ一いつ一いついっ首しゆ首しゆしゅ出い出いいででで來き來ききたれたれたれ。。。
  4. 4たひらかたひらかたいらかににに花はな花はなはなさくさくさくやどやどやどももも年とし年としとしふれふれふればばば西にし西にしにしへへへかたぶくかたぶくかたぶく月つき月つきつきとととこそこそこそ見み見みみれれれ
  5. 5山さん山さんさん王わう王わうおう大だい大だいだい師し師ししこれこれこれををを憐あはれ憐あはれあわれみみみ給たま給たまたまひひいててて、、、三さん三さんさん千ぜん千ぜんぜんののの衆しゆ衆しゆしゅ徒と徒とと力ちから力ちからちからををを合あ合ああははわせせせよよよとととなりなりなり。。。されどもされどもされども年ねん年ねんねん來らい來らいらい日ひ日ひひ頃ごろ頃ごろごろのののふるまひふるまひふるまい、、、神しん神しんしん慮りよ慮りよりょにににももも違たが違たがたがひひい、、、人じん人じんじん望ばう望ばうぼうにににももも背そむ背そむそむきききぬれぬれぬればばば、、、祈いの祈いのいのれれれどもどもどもかなはかなはかなわずずず、、、かたらへかたらへかたらえどもどもども靡なび靡なびなびかかかざりざりざりけりけりけり。。。大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅもももまことまことまことにににさささこそこそこそはははととと、、、事こと事ことことののの體てい體ていていをををばばば憐あはれ憐あはれあわれみみみけれけれけれどもどもども、、、源げん源げんげん氏じ氏じじ合がふ合がふごう力りよく力りよくりよくののの返へん返へんへん牒てふ牒てふちょうををを送おく送おくおくりりりぬるぬるぬる上うへ上うへうえははは、、、今いま今いまいままたまたまた輕かる輕かるかる々がる々がるがるしくしくしく、、、そのそのその議ぎ議ぎぎををを飜ひるがへ飜ひるがへひるがえすすすににに及およ及およおよばばばねねねばばば、、、これこれこれををを許きよ許きよきょ容よう容ようようするするする衆しゆ衆しゆしゅ徒と徒とともももなしなしなし。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

平家はこのことを夢にもご存じなく、興福寺・園城寺の両寺は平家に恨みを抱いているときだから、頼んでもまさかなびくまい。わが家は山門に対してまだ恨みを結んでいない。山門もまたわが家に対して不忠を抱いてはいない。結局のところ、山王大師に祈誓して、三千の衆徒を味方に引き入れようといって、一門の公卿十人が同心して連署した願書を書いて、山門へ送られた。

その願書には次のようにある。「謹んで申し上げる。延暦寺をわが氏寺に準じ、日吉の社を氏社として、ひたすら天台の仏法を仰ぐこと。右、わが一族の者は、特に祈誓することがある。その趣旨はどういうことかといえば、比叡山は桓武天皇の御代、伝教大師が入唐して帰国した後、円頓の教えをここに広め、遮那の大戒をその中に伝えてから、もっぱら仏法繁昌の霊地として、長く国家鎮護の道場となってきた。ところが今、伊豆国の流人源頼朝は、自分の罪を悔いず、かえって朝廷の法をあざけっている。そればかりか、その奸謀にくみして同心する源氏たち、義仲・行家以下が徒党を結んで数多く、近国・遠国の数か国を奪い取り、その土地の産物や貢物などすべてを押領している。これによって、あるいは代々の勲功の跡を追い、あるいは今の弓馬の芸に任せて、速やかに賊徒を誅し凶党を降伏させよと、かりそめにも勅命を受けて、しきりに征伐を企てている。ところが魚鱗・鶴翼の陣を敷いても官軍は利を得ず、星旄・電戟の威をもってしても、逆賊が勝ちに乗じているようである。もし神仏のご加護がなければ、どうして叛逆の凶乱を鎮めることができようか。まして臣らの祖先は、思えばかたじけなくも本願(桓武天皇)の子孫というべきである。いよいよ崇め重んじ、いよいよ敬うべきである。今後、山門に喜びがあれば一門の喜びとし、社家に憤りがあれば一家の憤りとして、それぞれ子孫に伝えて長く失うまい。藤原氏は春日の社と興福寺を氏社・氏寺として、長く法相大乗の宗に帰依してきた。平氏は日吉の社と延暦寺を氏社・氏寺として、新たに円実頓悟の教えにあずかろう。あちらは昔からの遺跡であって、家の繁栄を願うものである。こちらは今の誓願であって、君のために朝敵追罰を請うものである。仰ぎ願わくは山王七社・王子眷属・護法の聖衆・東西満山の神々、十二の大願を立てられた医王善逝、日光・月光菩薩よ、二心のない真心を照らして、ただ一つの霊験をお示しください。そうすれば邪謀逆心の賊はそれぞれ手を軍門に束ねて降り、叛逆残害の輩はその首を京都へ伝えるであろう。よって一門の公卿らが異口同音に礼拝して、以上のとおり祈誓する。従三位行兼越前守平朝臣通盛、従三位行右近衛中将兼伊予守平朝臣資盛、正三位行右近衛中将平朝臣維盛、正三位行左近衛権中将兼播磨守平朝臣重衡、正三位行右衛門督兼近江遠江守平朝臣清宗、参議正三位皇太后宮権大夫兼修理大夫加賀越中守平朝臣経盛、従二位行中納言征夷大将軍兼左兵衛督平朝臣知盛、従二位行権中納言兼肥前守平朝臣教盛、正二位行権大納言兼陸奥出羽按察使平朝臣頼盛、従一位前内大臣平朝臣宗盛。寿永二年七月五日、謹んで申し上げる」と書かれていた。

貫首(天台座主)はこれをあわれに思われて、軽々しく衆徒に披露もされず、十禅師権現の社殿に納めて三日加持してから、衆徒に披露された。初めはあるとも見えなかった願書の上巻に、歌が一首現れていた。

平らかに花の咲いている宿も、年がたてば、西へ傾く月のように衰えていくものと見える。

山王大師はこれをあわれまれて、三千の衆徒に力を合わせよということであった。しかし平家の年来日ごろのふるまいは神慮にも背き、人望にも背いていたので、祈ってもかなわず、頼んでもなびかなかった。大衆も、まことにそうであろうと平家のありさまをあわれんだが、源氏に協力するという返牒をすでに送った以上、今また軽々しくその決定を翻すわけにもいかないので、これを受け入れる衆徒もいなかった。

意訳

義仲の牒状に応えて比叡山が源氏についたことを知らずに、平家も比叡山に願書を送る章段である。一門の公卿十人が名を連ねた願書は、延暦寺を氏寺として天台の仏法を仰ぐと誓い、賊徒征伐への加護を求めた。

願書に浮かび上がった「西へかたぶく月」の歌は、平家の衰運と、まもなく西国へ落ちていく運命とを暗示している。比叡山の衆徒も平家をあわれんだが、時すでに遅く、平家は都を守る最後の頼みを失った。

語釈・文法注

文法

「語らふともよも靡かじ」
頼んでもまさかなびくまい。
「魚鱗鶴翼の陣」
魚の鱗のように中央が突き出た陣形と、鶴が翼を広げたような陣形。
「星旄電戟」
星のように連なる旗と、稲妻のように光る矛。軍勢の威容。
「たひらかに」
「平らかに」に「平」家をかける。

和歌

たひらかに花さくやども年ふれば西へかたぶく月とこそ見れ

詠者
(願書に現れた歌)
状況
平家の願書を十禅師権現の社壇で三日加持した後、願書の上巻に現れていたという歌。

修辞

掛詞
「たひらか」に「平家」を、「西へかたぶく月」に平家が西国へ落ちていくことをかける。

解説

平家一門の連署願書は寿永二年(1183)七月五日付とされる。比叡山はすでに義仲に協力を約しており、平家の願いは聞き入れられなかった。この月の二十五日、平家は安徳天皇を奉じて都落ちする(次の「主上の都落ちの事」)。

関連

出典

底本
『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、575–577頁(コマ316–317)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日