古典ライブラリー

平家物語 巻第六

慈心坊の事

清盛は慈恵僧正(良源)の化身だという話を伝える章段である。摂津清澄寺の僧慈心坊尊恵は、承安二年の暮れ、閻魔王宮の十万僧会に招かれる夢を見て冥土へ赴いた。閻魔王は尊恵に後生の道を説き、清盛は天台の仏法を守るために日本に生まれ変わった慈恵僧正であるから、日々三度礼拝していると告げ、その偈を清盛に伝えさせた。

  1. 1あるあるある人ひと人ひとひとののの申まう申まうもうしししけるけるけるははは、、、清きよ清きよきよ盛もり盛もりもり公こう公こうこうはははたゞたゞただ人びと人びとびとにににはははあらあらあらずずず、、、慈じ慈じじ僧そう僧そうそう正じやう正じやうじょうののの化け化けけ身しん身しんしんなりなりなり。。。そのそのその故ゆゑ故ゆゑゆえははは攝つ攝つつ津の津ののののの國くに國くにくに清せい清せいせい澄ちよう澄ちようちょう寺じ寺じじののの聖ひじり聖ひじりひじり慈じ慈じじ心しん心しんしん坊ばう坊ばうぼう尊そん尊そんそん慧ゑ慧ゑえととと申まう申まうもうししししししははは、、、もともともとははは叡えい叡えいえい山ざん山ざんざんののの學がく學がくがく侶りよ侶りよりょ、、、多た多たた年ねん年ねんねん法ほつ法ほつほっ華け華けけののの智ち智ちち者しや者しやしゃなりなりなり。。。然しか然しかしかるるるををを道だう道だうどう心しん心しんしん起おこ起おこおこししし、、、離り離りり山ざん山ざんざんしてしてしてこのこのこの寺てら寺てらてらににに住す住すすみみみけるけるけるををを、、、人ひと人ひとひとみなみなみな歸き歸きき依え依ええしししけりけりけり。。。去い去いいんんんぬるぬるぬる承しよう承しようしょう安あん安あんあん二に二にに年ねん年ねんねん十じふ十じふじゅう二に二にに月ぐわつ月ぐわつがつ二に二にに十じふ十じふじゅう二に二にに日にち日にちにちののの夜よ夜よよににに入い入いいつつっててて、、、尊そん尊そんそん慧ゑ慧ゑえ常じやう常じやうじょう住ぢゆう住ぢゆうじゅうののの佛ぶつ佛ぶつぶつ前ぜん前ぜんぜんににに至いた至いたいたりりり、、、脇けふ脇けふきょう息そく息そくそくににに凭よ凭よよりりりかゝつかゝつかかっててて、、、法ほ法ほほ華け華けけ經きやう經きやうきょう讀よ讀よよみみみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりけるけるける所ところ所ところところににに、、、夢ゆめ夢ゆめゆめととともももなくなくなくうつゝうつゝうつつととともももなくなくなく、、、淨じやう淨じやうじょう衣え衣ええににに立たて立たてたて烏え烏ええ帽ぼ帽ぼぼ子し子しし著き著ききててて、、、鞋わらんづ鞋わらんづわらんず、、、行は行はは纏ゞき纏ゞきばきしししたるたるたる男をとこ男をとこおとこ二ふた二ふたふた人り人りり、、、立たて立たてたて文ぶみ文ぶみぶみをををもてもてもて來きた來きたきたりりりたりたりたり。。。尊そん尊そんそん慧ゑ慧ゑえ夢ゆめ夢ゆめゆめののの中うち中うちうちににに、、、「「「あれあれあれはははいづくいづくいずくよりよりよりぞぞぞ。。。」」」ととと問と問ととひひい給たま給たまたまへへえばばば、、、「「「閻えん閻えんえん魔ま魔まま王わう王わうおう宮ぐう宮ぐうぐうよりよりより宣せん宣せんせん旨じ旨じじののの候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」とてとてとて尊そん尊そんそん慧ゑ慧ゑえににに渡わた渡わたわたすすす。。。尊そん尊そんそん慧ゑ慧ゑえこれこれこれををを披ひら披ひらひらいいいててて見み見みみるるるににに、、、「「「南なん南なんなん閻えん閻えんえん浮ぶ浮ぶぶ提だい提だいだい大だい大だいだい日につ日につにっ本ぽん本ぽんぽん國ごく國ごくごく攝つ攝つつ津の津ののののの國くに國くにくに清せい清せいせい澄ちよう澄ちようちょう寺じ寺じじののの聖ひじり聖ひじりひじり慈じ慈じじ心しん心しんしん坊ばう坊ばうぼう尊そん尊そんそん慧ゑ慧ゑえ、、、來きた來きたきたるるる二に二にに十じふ十じふじゅう六ろく六ろくろく日にち日にちにち閻えん閻えんえん魔ま魔まま羅ら羅らら城じやう城じやうじょう大だい大だいだい極ごく極ごくごく殿でん殿でんでんにににしてしてして十じふ十じふじゅう萬まん萬まんまん部ぶ部ぶぶののの法ほ法ほほ華け華けけ經きやう經きやうきょうありありあり、、、十じふ十じふじゅう萬まん萬まんまん國ごく國ごくごくよりよりより十じふ十じふじゅう萬まん萬まんまん人にん人にんにんののの僧そう僧そうそうををを供く供くく養やう養やうようししし、、、法ほつ法ほつほっ華け華けけ轉てん轉てんてん讀どく讀どくどくせせせらるらるらるべきべきべきなりなりなり。。。尊そん尊そんそん慧ゑ慧ゑえもももそのそのその人にん人にんにん數じゆ數じゆじゅたるたるたる上うへ上うへうえ、、、急いそ急いそいそぎぎぎ參さん參さんさん勤きん勤きんきんせせせらるらるらるべしべしべし。。。閻えん閻えんえん王わう王わうおう宣せん宣せんせん仍よ仍よよつつっててて屈くつ屈くつくつ請しやう請しやうしょう件くだん件くだんくだんののの如ごと如ごとごとししし。。。承しよう承しようしょう安あん安あんあん二に二にに年ねん年ねんねん十じふ十じふじゅう二に二にに月ぐわつ月ぐわつがつ二に二にに十じふ十じふじゅう二に二にに日にち日にちにち閻えん閻えんえん魔ま魔まま廳ちやう廳ちやうちょう。。。」」」とととぞぞぞ書か書かかかかかれれれたるたるたる。。。
  2. 2尊そん尊そんそん慧ゑ慧ゑえ否いな否いないなみみみ申まう申まうもうすすすににに及およ及およおよばばばねねねばばば、、、やがてやがてやがて領りやう領りやうりょう承しよう承しようしょうののの請うけ請うけうけ文ぶみ文ぶみぶみををを奉たてまつ奉たてまつたてまつるるるととと覺おぼ覺おぼおぼえええててて、、、夢ゆめ夢ゆめゆめさめさめさめぬぬぬ。。。これこれこれををを院ゐん院ゐんいん主じゆ主じゆじゅののの光くわう光くわうこう影やう影やうよう房ばう房ばうぼうににに語かた語かたかたりりりたりたりたりけれけれければばば、、、聞き聞ききくくく人ひと人ひとひと身み身みみののの毛け毛けけよだちよだちよだちけりけりけり。。。そのそのその後のち後のちのちはははひとへひとへひとえににに死し死しし去きよ去きよきょののの思おも思おもおもひひいをををなしなしなしててて、、、口くち口くちくちにににははは佛ぶつ佛ぶつぶつ名みやう名みやうみょうををを唱とな唱となとなへへえ、、、心こゝろ心こゝろこころににに引いん引いんいん接ぜふ接ぜふじょうののの悲ひ悲ひひ願ぐわん願ぐわんがんををを念ねん念ねんねんずずず。。。同おな同おなおなじきじきじき二に二にに十じふ十じふじゅう五ご五ごご日にち日にちにちののの夜よ夜よよににに入い入いいつつっててて、、、またまたまた常じやう常じやうじょう住ぢゆう住ぢゆうじゅうののの佛ぶつ佛ぶつぶつ前ぜん前ぜんぜんににに參まゐ參まゐまいりりり、、、例れい例れいれいののの如ごと如ごとごとくくく念ねん念ねんねん誦じゆ誦じゆじゅ讀どく讀どくどく經きやう經きやうきょうすすす。。。子ね子ねねののの刻こく刻こくこくばかりばかりばかり眠ねむ眠ねむねむりりりしきりしきりしきりなるなるなるががが故ゆゑ故ゆゑゆえににに、、、住ぢゆう住ぢゆうじゅう房ばう房ばうぼうににに歸かへ歸かへかえつつってててうちうちうち臥ふ臥ふふすすす。。。丑うし丑うしうしののの刻こく刻こくこくばかりばかりばかり、、、またまたまた先さき先さきさきののの如ごと如ごとごとくくく男をとこ男をとこおとこ二ふた二ふたふた人り人りり來きた來きたきたつつっててて、、、とう〳〵とう〳〵とうとうととと勸すゝ勸すゝすすむるむるむる間あひだ間あひだあいだ、、、尊そん尊そんそん慧ゑ慧ゑえ參さん參さんさん詣けい詣けいけい致いた致いたいたさささんんんとととすれすれすればばば、、、衣え衣ええ鉢はつ鉢はつはつ更さら更さらさらににになしなしなし、、、閻えん閻えんえん王わう王わうおう宣せん宣せんせんををを辭じ辭じじせせせんんんとととすれすれすればばば、、、甚はなは甚はなははなはだだだそのそのその恐おそ恐おそおそれれれありありあり。。。このこのこの思おも思おもおもひひいをををなすなすなす所ところ所ところところににに、、、法ほふ法ほふほう衣え衣ええ自じ自じじ然ねん然ねんねんににに身み身みみににに纏まと纏まとまとつつっててて肩かた肩かたかたにににかゝりかゝりかかり、、、天てん天てんてんよりよりより黃こ黃ここ金がね金がねがねののの鉢はち鉢はちはち下くだ下くだくだるるる。。。二に二にに人にん人にんにんののの從じゆう從じゆうじゅう僧そう僧そうそう、、、二に二にに人にん人にんにんののの童どう童どうどう子じ子じじ、、、十じふ十じふじゅう人にん人にんにんののの下げ下げげ僧そう僧そうそう、、、七しつ七しつしっ寶ぱう寶ぱうぽうののの大だい大だいだい車しや車しやしゃ、、、寺じ寺じじ房ばう房ばうぼうののの前まへ前まへまえににに現げん現げんげんずずず。。。
  3. 3尊そん尊そんそん慧ゑ慧ゑえ喜よろこ喜よろこよろこんんんででで車くるま車くるまくるまににに乘の乘ののりりり、、、西せい西せいせい北ほく北ほくほくににに向むか向むかむかつつっててて空そら空そらそらををを翔かけ翔かけかけるるるととと覺おぼ覺おぼおぼえええててて、、、程ほど程ほどほどなくなくなく閻えん閻えんえん魔ま魔まま王わう王わうおう宮ぐう宮ぐうぐうににに至いた至いたいたりりりぬぬぬ。。。王わう王わうおう宮ぐう宮ぐうぐうののの體てい體ていていををを見み見みみるるるににに、、、外ぐわい外ぐわいがい郭くわく郭くわくかく曠くわう曠くわうこう々くわう々くわうこうとととしてしてして、、、そのそのその内うち内うちうち渺べう渺べうびょう々べう々べうびょうたりたりたり。。。そのそのその内うち内うちうちににに七しつ七しつしっ寶ぱう寶ぱうぽう所しよ所しよしょ成じやう成じやうじょうののの大だい大だいだい極ごく極ごくごく殿でん殿でんでんありありあり。。。高かう高かうこう光くわう光くわうこう金こん金こんこん色じき色じきじきにににしてしてして、、、更さら更さらさらににに凡ぼん凡ぼんぼん夫ぶ夫ぶぶののの眼まなこ眼まなこまなこににに及およ及およおよびびび難がた難がたがたししし。。。そのそのその日ひ日ひひののの法ほふ法ほふほう會ゑ會ゑえ終をは終をはおわりりりててて後のち後のちのち、、、餘よ餘よよ僧そう僧そうそう等ら等ららみなみなみな歸かへ歸かへかえりりり去さ去ささりりりぬぬぬ。。。尊そん尊そんそん慧ゑ慧ゑえははは大だい大だいだい極ごく極ごくごく殿でん殿でんでんののの南なん南なんなん方ばう方ばうぼうののの中ちゆう中ちゆうちゅう門もん門もんもんににに立た立たたちちちててて、、、遙はる遙はるはるかかかののの大だい大だいだい極ごく極ごくごく殿でん殿でんでんををを見み見みみ渡わた渡わたわたせせせばばば、、、冥みやう冥みやうみょう官くわん官くわんかん冥みやう冥みやうみょう衆しゆ衆しゆしゅみなみなみな閻えん閻えんえん魔ま魔まま法ほふ法ほふほう王わう王わうおうののの御ご御ごご前ぜん前ぜんぜんににに畏かしこ畏かしこかしこまるまるまる。。。ありがたきありがたきありがたき參さん參さんさん詣けい詣けいけいなりなりなり。。。このこのこのついでついでついでににに後ご後ごご生しやう生しやうしょうののの罪ざい罪ざいざい障しやう障しやうしょうをををももも尋たづ尋たづたずねねね申まう申まうもうさささんんんととと思おも思おもおもひひいててて歩あゆ歩あゆあゆみみみ向むか向むかむかふふう。。。そのそのその間あひだ間あひだあいだににに二に二にに人にん人にんにんののの從じゆう從じゆうじゅう僧そう僧そうそう箱はこ箱はこはこををを持も持ももちちち、、、二に二にに人にん人にんにんののの童どう童どうどう子じ子じじ蓋がい蓋がいがいをををさしさしさし、、、十じふ十じふじゅう人にん人にんにんののの下げ下げげ僧そう僧そうそう列れつ列れつれつをををひいひいひいててて、、、やう〳〵やう〳〵ようよう歩あゆ歩あゆあゆみみみ近ちか近ちかちかづくづくずくときときとき、、、閻えん閻えんえん魔ま魔まま法ほふ法ほふほう王わう王わうおう、、、冥みやう冥みやうみょう官くわん官くわんかん冥みやう冥みやうみょう衆しゆ衆しゆしゅ、、、悉ことごと悉ことごとことごとくくく下お下おおりりり迎むか迎むかむかふふう。。。藥やく藥やくやく王わう王わうおう菩ぼ菩ぼぼ薩さつ薩さつさつ、、、勇ゆう勇ゆうゆう施せ施せせ菩ぼ菩ぼぼ薩さつ薩さつさつ、、、二ふた二ふたふた人り人りりののの從じゆう從じゆうじゅう僧そう僧そうそうににに變へん變へんへんじじじ、、、多た多たた聞もん聞もんもん、、、持ぢ持ぢじ國こく國こくこく、、、二ふた二ふたふた人り人りりののの童どう童どうどう子じ子じじににに現げん現げんげんずずず。。。十じふ十じふじゅう羅ら羅らら刹せつ刹せつせつ女によ女によにょ、、、十じふ十じふじゅう人にん人にんにんののの下げ下げげ僧そう僧そうそうににに變へん變へんへんじじじててて隨ずゐ隨ずゐずい逐ちく逐ちくちく給きふ給きふきゅう仕じ仕じじししし給たま給たまたまへへえりりり。。。
  4. 4閻えん閻えんえん王わう王わうおう問と問ととうううてててのたまはくのたまはくのたまわく、、、「「「餘よ餘よよ僧そう僧そうそう等ら等らら歸かへ歸かへかえりりり去さ去ささりりりぬぬぬ。。。御ご御ごご坊ばう坊ばうぼう一いち一いちいち人にん人にんにん來きた來きたきたるるることことこと如い如いい何かん何かんかん。。。」」」尊そん尊そんそん慧ゑ慧ゑえ答こた答こたこたへへえ申まう申まうもうささされれれけるけるけるははは、、、「「「われわれわれ幼えう幼えうよう少せう少せうしょうよりよりより、、、法ほつ法ほつほっ華け華けけ轉てん轉てんてん讀どく讀どくどく毎まい毎まいまい日にち日にちにち怠おこた怠おこたおこたらららずずずととといへいへいえどもどもども、、、後ご後ごご生しやう生しやうしょうののの罪ざい罪ざいざい障しやう障しやうしょうををを未いま未いまいまだだだ知し知ししらららずずず、、、尋たづ尋たづたずねねね申まう申まうもうさささんんんががが爲ため爲ためためなりなりなり。。。」」」閻えん閻えんえん王わう王わうおう仰おほ仰おほおおせせせけるけるけるははは、、、「「「往わう往わうおう生じやう生じやうじょう不ふ不ふふ往わう往わうおう生じやう生じやうじょうははは人ひと人ひとひとののの信しん信しんしん不ふ不ふふ信しん信しんしんにににありありありととといふいふいうももも、、、それそれそれ法ほつ法ほつほっ華け華けけははは三さん三さんさん世ぜ世ぜぜののの諸しよ諸しよしょ佛ぶつ佛ぶつぶつののの出しゆつ出しゆつしゅっ世せ世せせののの本ほん本ほんほん懷くわい懷くわいかい、、、衆しゆ衆しゆしゅ生じやう生じやうじょう成じやう成じやうじょう佛ぶつ佛ぶつぶつののの直ぢき直ぢきじき道だう道だうどうなりなりなり、、、一いち一いちいち念ねん念ねんねん信しん信しんしん解げ解げげののの功く功くく德どく德どくどくははは五ご五ごご波は波はは羅ら羅らら蜜みつ蜜みつみつののの行ぎやう行ぎやうぎょうにににももも越こ越ここえええ、、、五ご五ごご重ぢゆう重ぢゆうじゅう展てん展てんてん轉でん轉でんでんののの隨ずゐ隨ずゐずい喜き喜ききののの功く功くく德どく德どくどくははは、、、八はち八はちはち十じつ十じつじっ箇か箇かか年ねん年ねんねんののの布ふ布ふふ施せ施せせにににもももすぐれすぐれすぐれたりたりたり。。。さればさればされば汝なんぢ汝なんぢなんじかのかのかの功く功くく力りき力りきりきににに依よ依よよつつっててて、、、都と都とと率そつ率そつそつののの内ない内ないない院ゐん院ゐんいんににに生しやう生しやうしょうずずずべしべしべし。。。」」」とととぞぞぞ仰おほ仰おほおおせせせけるけるける。。。閻えん閻えんえん王わう王わうおうまたまたまた冥みやう冥みやうみょう官くわん官くわんかんににに敕ちよく敕ちよくちょくしししててて仰おほ仰おほおおせせせけるけるけるははは、、、「「「このこのこの人ひと人ひとひとののの一いち一いちいち期ご期ごごののの行ぎやう行ぎやうぎょう、、、作さ作ささ善ぜん善ぜんぜんののの文ふ文ふふ箱ばこ箱ばこばこにににありありあり。。。取と取ととりりり出いだ出いだいだいいいててて化け化けけ他た他たたののの碑ひ碑ひひ文もん文もんもん見み見みみせせせ奉たてまつ奉たてまつたてまつれれれ。。。」」」ととと仰おほ仰おほおおせせせけれけれければばば、、、冥みやう冥みやうみょう官くわん官くわんかん畏かしこ畏かしこかしこまりまりまり承うけたまは承うけたまはうけたまわつつっててて、、、南なん南なんなん方ばう方ばうぼうののの寶はう寶はうほう藏ざう藏ざうぞうににに行ゆ行ゆゆいいいててて、、、かのかのかの一ひと一ひとひとつつつののの文ふ文ふふ箱ばこ箱ばこばこををを取と取ととつつっててて參まゐ參まゐまいりりり、、、すなはちすなはちすなわち蓋ふた蓋ふたふたををを開ひら開ひらひらいいいててて讀よ讀よよみみみ聞き聞ききかかかすすす。。。一いち一いちいち期ご期ごごががが間あひだ間あひだあいだ思おも思おもおもひひいととと思おも思おもおもひひい、、、せせせしししとととせせせししし事こと事ことことののの、、、一いち一いちいちとととしてしてしてあらはれあらはれあらわれずずずととといふいふいう事こと事ことことなしなしなし。。。尊そん尊そんそん慧ゑ慧ゑえ悲ひ悲ひひ歎たん歎たんたん涕てい涕ていてい泣きふ泣きふきゅうしてしてして、、、「「「たゞたゞただ願ねが願ねがねがははわくくくははは出しゆつ出しゆつしゅつ離り離りり生しやう生しやうしょう死じ死じじののの方はう方はうほう法ぼふ法ぼふぼうををを教をし教をしをしへへへ、、、證しよう證しようしょう大だい大だいだい菩ぼ菩ぼぼ提だい提だいだいののの直ぢき直ぢきじき道だう道だうどうををを示しめ示しめしめししし給たま給たまたまへへえ。。。」」」ととと泣な泣ななく〳〵く〳〵くなく申まう申まうもうささされれれけれけれければばば、、、閻えん閻えんえん王わう王わうおう哀あい哀あいあい愍みん愍みんみん教けう教けうきょう化け化けけしてしてして、、、種しゆ種しゆしゅ々じゆ々じゆじゅののの偈げ偈げげををを誦じゆ誦じゆじゅすすす。。。
  5. 5妻さい妻さいさい子し子しし王わう王わうおう位ゐ位ゐい財ざい財ざいざい眷けん眷けんけん屬ぞく屬ぞくぞく死し死しし去こ去ここ無む無むむ一いち一いちいち來らい來らいらい相さう相さうそう親しん親しんしん常じやう常じやうじょう隨ずゐ隨ずゐずい業ごふ業ごふごう鬼き鬼きき繋けい繋けいけい縛ばく縛ばくばく我が我がが受じゆ受じゆじゅ苦く苦くく叫けう叫けうきょう喚くわん喚くわんかん無む無むむ邊へん邊へんへん際ざい際ざいざい
  6. 6このこのこの偈げ偈げげををを誦じゆ誦じゆじゅししし終をは終をはおわりりりててて尊そん尊そんそん慧ゑ慧ゑえににに附ふ附ふふ囑ぞく囑ぞくぞくすすす。。。尊そん尊そんそん慧ゑ慧ゑえなのめなのめなのめならならならずずずににに喜よろこ喜よろこよろこびびび、、、「「「南なん南なんなん閻えん閻えんえん浮ぶ浮ぶぶ提だい提だいだい大だい大だいだい日につ日につにっ本ぽん本ぽんぽん國ごく國ごくごくににに平へい平へいへい大だい大だいだい相しやう相しやうしょう國こく國こくこくととと申まう申まうもうすすす人ひと人ひとひとこそこそこそ、、、攝つ攝つつ津の津ののののの國くに國くにくに和わ和わわ田だ田だだののの御み御みみ崎さき崎さきさきををを點てん點てんてんじじじててて、、、四し四しし面めん面めんめん十じふ十じふじゅう餘よ餘よよ町ちやう町ちやうちょうににに屋や屋ややををを建た建たたててて、、、今こん今こんこん日にち日にちにちののの十じふ十じふじゅう萬まん萬まんまん僧そう僧そうそう會ゑ會ゑえののの如ごと如ごとごとくくく、、、多おほ多おほおおくくく持ぢ持ぢじ經きやう經きやうきょう者じや者じやじゃををを屈くつ屈くつくつ請しやう請しやうしょうしてしてして、、、坊ばう坊ばうぼう々ばう々ばうぼうににに一いち一いちいち面めん面めんめんににに座ざ座ざざにににつけつけつけ、、、念ねん念ねんねん誦じゆ誦じゆじゅ讀どく讀どくどく經きやう經きやうきょう丁てい丁ていてい寧ねい寧ねいねいににに勤ごん勤ごんごん行ぎやう行ぎやうぎょう致いた致いたいたささされれれ候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」ととと申まう申まうもうすすす。。。
  7. 7閻えん閻えんえん王わう王わうおう隨ずゐ隨ずゐずい喜き喜きき感かん感かんかん嘆たん嘆たんたんししし給たま給たまたまひひいててて、、、「「「件くだん件くだんくだんののの入にふ入にふにゅう道だう道だうどうははは只たゞ只たゞただ人びと人びとびとにににはははあらあらあらずずず、、、まことまことまことにににははは慈じ慈じじ慧ゑ慧ゑえ僧そう僧そうそう正じやう正じやうじょうののの化け化けけ身しん身しんしんなりなりなり。。。天てん天てんてん台だい台だいだいののの佛ぶつ佛ぶつぶつ法ぽふ法ぽふぽう護ご護ごご持ぢ持ぢじののの爲ため爲ためためににに、、、かりかりかりににに日につ日につにっ本ぽん本ぽんぽんににに再さい再さいさい誕たん誕たんたんするするする故ゆゑ故ゆゑゆえににに、、、われわれわれかのかのかの人ひと人ひとひとををを日にち日にちにち々にち々にちにちににに三さん三さんさん度ど度どど禮らい禮らいらいするするする文もん文もんもんありありあり。。。件くだん件くだんくだんののの入にふ入にふにゅう道だう道だうどうににに得え得ええさすさすさすべしべしべし。。。」」」とてとてとて、、、
  8. 8敬きやう敬きやうきょう禮らい禮らいらい慈じ慈じじ慧ゑ慧ゑえ大だい大だいだい僧そう僧そうそう正じやう正じやうじょう天てん天てんてん台だい台だいだい佛ぶつ佛ぶつぶつ法ぽふ法ぽふぽう擁おう擁おうおう護ご護ごご者しや者しやしゃ示じ示じじ現げん現げんげん最さい最さいさい初しよ初しよしょ將しやう將しやうしょう軍ぐん軍ぐんぐん身しん身しんしん惡あく惡あくあく業ごふ業ごふごう衆しゆ衆しゆしゅ生じやう生じやうじょう同どう同どうどう利り利りり益やく益やくやく
  9. 9このこのこの文もん文もんもんををを讀よ讀よよみみみ終をは終をはおわつつっててて、、、尊そん尊そんそん慧ゑ慧ゑえにににまたまたまた附ふ附ふふ囑ぞく囑ぞくぞくすすす。。。尊そん尊そんそん慧ゑ慧ゑえ喜よろこ喜よろこよろこびびび涙なみだ涙なみだなみだををを流なが流ながながいいいててて、、、南なん南なんなん方ばう方ばうぼうののの中ちゆう中ちゆうちゅう門もん門もんもんををを出い出いいづるづるずる時とき時ときとき、、、十じふ十じふじゅう餘よ餘よよ人にん人にんにんののの從じゆう從じゆうじゅう僧そう僧そうそう等ら等らら、、、車くるま車くるまくるまののの前ぜん前ぜんぜん後ご後ごごををを守しゆ守しゆしゅ護ご護ごごししし、、、東とう東とうとう南なん南なんなんににに向むか向むかむかつつっててて空そら空そらそらををを翔かけ翔かけかけりりり、、、ほどほどほどなくなくなく歸かへ歸かへかえりりり來きた來きたきたるるるかかかととと覺おぼ覺おぼおぼえええててて、、、夢ゆめ夢ゆめゆめののの心こゝ心こゝここちちちしてしてして生い生いいききき出い出いいでででぬぬぬ。。。
  10. 10そのそのその後のち後のちのち都みやこ都みやこみやこへへへ上のぼ上のぼのぼりりり、、、入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこくののの西にし西にしにし八はち八はちはち條でう條でうじょうののの邸てい邸ていていににに行ゆ行ゆゆいいいててて、、、このこのこの由よし由よしよし申まう申まうもうしししたりたりたりけれけれければばば、、、入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこくなのめなのめなのめならならならずずずににに喜よろこ喜よろこよろこびびび、、、やう〳〵やう〳〵ようようにににもてなしもてなしもてなし、、、さま〴〵さま〴〵さまざまののの引ひき引ひきひき出で出でで物もの物ものものたうたうとうででで、、、そのそのその時とき時ときときののの勸けん勸けんけん賞じやう賞じやうじょうにににははは律りつ律りつりつ師し師ししににになさなさなされれれけるけるけるとととぞぞぞ聞きこ聞きこきこえええししし。。。それそれそれよりよりよりしてしてしてこそこそこそ清きよ清きよきよ盛もり盛もりもり公こう公こうこうをををばばば、、、慈じ慈じじ慧ゑ慧ゑえ僧そう僧そうそう正じやう正じやうじょうののの化け化けけ身しん身しんしんとととははは、、、人ひと人ひとひとみなみなみな知し知ししりりりてててけりけりけり。。。持ぢ持ぢじ經きやう經きやうきょう上しやう上しやうしょう人にん人にんにんははは弘こう弘こうこう法ぼふ法ぼふぼう大だい大だいだい師し師ししののの再さい再さいさい誕たん誕たんたん、、、白しら白しらしら河かは河かはかわ院のゐん院のゐんのいんはははまたまたまた持ぢ持ぢじ經きやう經きやうきょう上しやう上しやうしょう人にん人にんにんののの化け化けけ身しん身しんしんなりなりなり。。。このこのこの君きみ君きみきみははは功く功くく德どく德どくどくののの林はやし林はやしはやしをををなしなしなし、、、善ぜん善ぜんぜん根ごん根ごんごんののの德とく德とくとくををを重かさ重かさかさねねねさせさせさせおはしますおはしますおわします。。。末まつ末まつまっ代だい代だいだいにににももも清きよ清きよきよ盛もり盛もりもり公こう公こうこう、、、慈じ慈じじ慧ゑ慧ゑえ僧そう僧そうそう正じやう正じやうじょうののの化け化けけ身しん身しんしんにてにてにて、、、惡あく惡あくあく業ごふ業ごふごうももも善ぜん善ぜんぜん根ごん根ごんごんももも共とも共ともともににに功こう功こうこうををを積つ積つつんんんででで、、、世よ世よよのののためためため人ひと人ひとひとののの爲ため爲ためためににに、、、自じ自じじ他た他たたののの利り利りり益やく益やくやくをををなすなすなすととと見み見みみえええたりたりたり。。。かのかのかの達だつ達だつだっ多た多たたととと釋しや釋しやしゃ尊そん尊そんそんののの同どう同どうどう衆しゆ衆しゆしゅ生じやう生じやうじょうののの利り利りり益やく益やくやくににに異こと異ことことならならならずずず。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

ある人が言うには、清盛公はただ人ではない。慈恵僧正(良源)の化身である。そのわけは、摂津国清澄寺の聖、慈心坊尊恵という者は、もとは比叡山の学僧で、長年法華経を学んだ智者であった。ところが道心を起こし、比叡山を離れてこの寺に住んでいたのを、人々はみな帰依した。去る承安二年(1172)十二月二十二日の夜、尊恵が常住の仏前で脇息にもたれて法華経を読んでいたところ、夢ともうつつともなく、浄衣に立烏帽子を着け、わらじ・はばきを履いた男が二人、立文を持って来た。尊恵が夢の中で「あれはどこからか」とお尋ねになると、「閻魔王宮から宣旨です」といって尊恵に渡す。尊恵がこれを開いて見ると、「南閻浮提大日本国摂津国清澄寺の聖慈心坊尊恵に申す。来る二十六日、閻魔羅城の大極殿で十万部の法華経の法会があり、十万国から十万人の僧を招いて供養し、法華経を転読させる。尊恵もその一人であるから、急いで参勤せよ。閻魔王の宣旨により招請すること以上の通りである。承安二年十二月二十二日、閻魔庁」と書かれていた。

尊恵は辞退することもできないので、すぐにお受けする請文を差し上げたと思ったところで、夢が覚めた。これを院主の光影房に語ったところ、聞く人は身の毛がよだった。その後はひたすら死を覚悟して、口には仏の名を唱え、心には極楽へ導いてくださる仏の悲願を念じた。同じ二十五日の夜、また常住の仏前に参って、いつものように念誦読経した。子の刻(午前零時)ごろ、眠くてたまらなくなったので、住房に帰って横になった。丑の刻(午前二時)ごろ、また先のように男が二人来て、早く早くと促すので、尊恵は参詣しようとしたが衣も鉢もなく、閻魔王の宣旨を辞退しようとすればたいそう恐れ多い。そう思っていると、法衣が自然に身にまとわりついて肩にかかり、天から黄金の鉢が下りてきた。二人の従僧、二人の童子、十人の下僧、七宝の大車が寺房の前に現れた。

尊恵は喜んで車に乗り、西北に向かって空を翔けると思ううちに、まもなく閻魔王宮に着いた。王宮のありさまを見ると、外郭は広々として、内側は果てしなく遠い。その中に七宝でできた大極殿がある。高く光り輝いて金色で、まったく凡夫の目の及ぶところではない。その日の法会が終わって後、ほかの僧たちはみな帰って行った。尊恵は大極殿の南の中門に立って、はるかに大極殿を見渡すと、冥官・冥衆がみな閻魔法王の御前にかしこまっている。ありがたい参詣である。このついでに後生の罪障についてもお尋ねしようと思って歩み寄った。そのとき二人の従僧が箱を持ち、二人の童子が天蓋をさしかけ、十人の下僧が列をなして、しずしずと歩み近づくと、閻魔法王も冥官・冥衆もみな下りて迎えた。薬王菩薩と勇施菩薩が二人の従僧に姿を変え、多聞天と持国天が二人の童子となって現れていたのである。十羅刹女も十人の下僧に姿を変えて付き従い仕えておられた。

閻魔王がお尋ねになるには、「ほかの僧たちは帰ってしまった。御坊一人が来たのはどういうわけか」。尊恵が答えて申すには、「わたしは幼いころから法華経の転読を毎日怠りませんでしたが、後生の罪障をまだ知りません。それをお尋ねしようと思ってです」。閻魔王がおっしゃるには、「往生できるかどうかは人の信心の有無によるというが、そもそも法華経は三世の諸仏がこの世に出られた本意であり、衆生が成仏するための近道である。一念信解の功徳は五波羅蜜の行にもまさり、五重展転の随喜の功徳は八十年の布施にもまさっている。それゆえそなたはその功力によって、都率天の内院に生まれるであろう」とおっしゃった。閻魔王はまた冥官に命じて、「この人の一生の行いは作善の文箱にある。取り出して、他を教化した記録をお見せせよ」とおっしゃったので、冥官はかしこまって承り、南の宝蔵に行ってその文箱を一つ取って参り、すぐに蓋を開いて読み聞かせた。一生の間に思ったこと、行ったことが、一つとして記されていないことはない。尊恵は悲しみ泣いて、「どうか生死の迷いを離れる方法を教え、大菩提を証する近道をお示しください」と泣く泣く申されたので、閻魔王はあわれんで教え導き、さまざまな偈を唱えられた。

妻子も王位も財宝も一族も、死ねば一つとしてついて来て親しむものはない。常に付き従うのは業の鬼で、我を縛り、苦しみを受けて泣き叫ぶことは果てしがない。

この偈を唱え終わって尊恵に授けられた。尊恵はひととおりでなく喜んで、「南閻浮提大日本国に平大相国と申す人が、摂津国和田の御崎を選んで、四方十余町に建物を建て、今日の十万僧会のように多くの持経者を招いて、坊ごとに座につかせ、念誦読経をていねいに勤めておられます」と申した。

閻魔王は随喜し感嘆されて、「その入道はただ人ではない。まことは慈恵僧正の化身である。天台の仏法を守るために、かりに日本に生まれ変わったのだから、わたしはその人を日々に三度礼拝する文がある。その入道に与えよ」といって、

慈恵大僧正を敬礼す。天台の仏法を擁護する者なり。最初に将軍の身を示現し、悪業の衆生を同じく利益す。

この文を読み終えて、尊恵にまた授けられた。尊恵は喜んで涙を流し、南の中門を出るとき、十余人の従僧たちが車の前後を守り、東南に向かって空を翔けて、まもなく帰り着いたと思ううちに、夢から覚めたような心地で生き返った。

その後尊恵は都へ上り、入道相国の西八条の邸に行ってこのことを申したので、入道相国はひととおりでなく喜び、いろいろともてなし、さまざまな引出物を与えて、そのときの褒美として律師に任じられたと聞こえた。それ以来、清盛公を慈恵僧正の化身と人はみな知ったのである。持経上人は弘法大師の生まれ変わりであり、白河院はまた持経上人の化身である。この君(白河院)は功徳の林をなし、善根の徳を重ねておられた。末代にも清盛公は慈恵僧正の化身として、悪業も善根もともに功を積んで、世のため人のために自他の利益をなすと見えた。かの提婆達多と釈尊とが、ともに衆生を利益したのと異ならない。

意訳

悪行の報いで熱病に死んだ清盛を、一転して慈恵僧正の化身として語る章段である。閻魔王宮の壮麗な描写と、閻魔王が清盛を日々礼拝しているという意外な話とが、清盛像に別の面を与えている。

物語は、悪業も善根も衆生を利益するという仏教の考え方を引き、釈尊に敵対した提婆達多も結局は衆生を救う働きをしたのと同じだと結ぶ。清盛を単純な悪人としない見方が示されている。

語釈・文法注

慈恵僧正
良源(912〜985)。比叡山中興の祖とされる天台座主で、元三大師とも呼ばれる。

文法

「とう〳〵」
早く早く。「疾う疾う」。
「なのめならずに喜び」
ひととおりでなく。底本は二か所とも「なのめならずに」と刷る。
「たうで」
お与えになって。「たびて」の音便。
「達多と釋尊」
提婆達多は釈尊のいとこで、釈尊に敵対したが、法華経では釈尊の前世の師とされ、成仏を約束される。

解説

清盛を慈恵僧正(良源)の化身とする説話は、延慶本など他の諸本にも見え、清盛の死後に広まったものと考えられる。巻第六の後半は「慈心坊の事」「祇園の女御の事」と、清盛の出自や前世を語る章段を重ねて、清盛という人物の大きさを示そうとしている。

関連

出典

底本
『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、534–538頁(コマ296–298)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日