古典ライブラリー

平家物語 巻第六

入道逝去の事

宗盛を大将軍に東国へ下ろうとした矢先、清盛は熱病に倒れた。体は火のように熱く、比叡山の千手井の水も湯に沸き、注ぐ水は炎となって燃えあがる。妻の二位殿は、清盛を無間地獄へ迎える火の車の夢を見た。清盛は「頼朝の首をわが墓の前に懸けよ。それこそ孝養だ」と言い残し、閏二月四日、悶え苦しんで死んだ。六十四歳であった。

  1. 1同おな同おなおなじきじきじき二に二にに十じふ十じふじゅう三さん三さんさん日にち日にちにち、、、院ゐん院ゐんいんののの殿てん殿てんてん上じやう上じやうじょうにてにてにて、、、俄にはか俄にはかにはかににに公く公くく卿ぎやう卿ぎやうぎょう僉せん僉せんせん議ぎ議ぎぎありありあり、、、前さき前さきさきののの右う右うう大だい大だいだい將しやう將しやうしょう宗むね宗むねむね盛もり盛もりもりののの卿きやう卿きやうきょうののの申まう申まうもうささされれれけるけるけるははは、、、今こん今こんこん度ど度どど坂ばん坂ばんばん東どう東どうどうへへへ討うつ討うつうつ手て手てて向むか向むかむこうううたりたりたりととといへいへいえどもどもども、、、させるさせるさせる仕し仕しし出いだ出いだいだしししたるたるたる事こと事ことこともももなしなしなし。。。今こん今こんこん度ど度どどははは宗むね宗むねむね盛もり盛もりもり大たい大たいたい將しやう將しやうしょう軍ぐん軍ぐんぐんををを承うけたまは承うけたまはうけたまわつつっててて、、、東とう東とうとう國ごく國ごくごく、、、北ほつ北ほつほっ國こく國こくこくののの兇きよう兇きようきょう徒と徒とと等ら等ららををを追つい追ついつい討たう討たうとうすすすべきべきべき由よし由よしよし申まう申まうもうささされれれけれけれければばば、、、諸しよ諸しよしょ卿きやう卿きやうきょう色しき色しきしき代だい代だいだいしてしてして、、、「「「宗むね宗むねむね盛もり盛もりもりののの卿きやう卿きやうきょうののの申まう申まうもうすすす條でう條でうじょうゆゝしうゆゝしうゆゆしゅう候さふら候さふらそうらひひいなななんずんずんず。。。」」」とととぞぞぞ申まう申まうもうささされれれけるけるける。。。法ほふ法ほふほう皇わう皇わうおう大おほ大おほおおきききににに御ぎよ御ぎよぎょ感かん感かんかんありありありけりけりけり。。。公く公くく卿ぎやう卿ぎやうぎょう、、、殿てん殿てんてん上じやう上じやうじょう人びと人びとびとももも武ぶ武ぶぶ官くわん官くわんかんににに備そな備そなそなはりはりわり、、、少すこ少すこすこしししももも弓きう弓きうきゅう箭せん箭せんせんにににたづさはらたづさはらたずさわらんんん程ほど程ほどほどののの人ひと人ひとひと々びと々びとびとははは、、、宗むね宗むねむね盛もり盛もりもりををを大たい大たいたい將しやう將しやうしょう軍ぐん軍ぐんぐんとととしてしてして、、、東とう東とうとう國ごく國ごくごく、、、北ほつ北ほつほっ國こく國こくこくののの兇きよう兇きようきょう徒と徒とと等ら等ららををを追つい追ついつい討たう討たうとうすすすべきべきべき由よし由よしよし仰おほ仰おほおおせせせ下くだ下くだくださささるるる。。。
  2. 2同おな同おなおなじきじきじき二に二にに十じふ十じふじゅう七しち七しちしち日にち日にちにち門かど門かどかど出で出ででしてしてして、、、既すで既すですでにににうちうちうち立た立たたたたたんんんとととししし給たま給たまたまひひいけるけるける夜や夜やや半はん半はんはんばかりばかりばかりよりよりより、、、入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこく違ゐ違ゐい例れい例れいれいののの心こゝ心こゝここちちちとてとてとて止とゞ止とゞとどまりまりまり給たま給たまたまひひいぬぬぬ。。。あくるあくるあくる二に二にに十じふ十じふじゅう八はち八はちはち日にち日にちにち、、、重ぢゆう重ぢゆうじゅう病びやう病びやうびょうををを受う受ううけけけ給たま給たまたまへへえりりりととと聞きこ聞きこきこえええしかしかしかばばば、、、京きやう京きやうきょう中ぢゆう中ぢゆうじゅう、、、六ろく六ろくろく波は波はは羅ら羅ららひしめきひしめきひしめきあへあへあえりりり。。。「「「すはすはすわしつるしつるしつるははは。。。」」」「「「さささ見み見みみつるつるつることことことよよよ。。。」」」とととぞぞぞさゝやきさゝやきささやきけるけるける。。。入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこく病や病ややみみみつきつきつき給たま給たまたまへへえるるる日ひ日ひひよりよりよりしてしてして、、、湯ゆ湯ゆゆ水みづ水みづみずももも喉のど喉のどのどへへへ入い入いいれれれられられられずずず、、、身み身みみののの内うち内うちうちののの熱あつ熱あつあつききき事こと事ことことははは火ひ火ひひををを焚た焚たたくくくががが如ごと如ごとごとししし。。。臥ふ臥ふふししし給たま給たまたまへへえるるる所ところ所ところところ四し四しし五ご五ごご閒けん閒けんけんががが内うち内うちうちへへへ入い入いいるるる者もの者ものものははは、、、熱あつ熱あつあつさささ堪た堪たたへへえ難がた難がたがたししし。。。たゞたゞただのたまふのたまふのたまう事こと事ことこととととてててははは、、、あた〳〵あた〳〵あたあたとととばかりばかりばかりなりなりなり。。。まことまことまことにににたゞたゞただごとごとごととととももも見み見みみえええ給たま給たまたまははわずずず。。。あまりあまりあまりののの堪た堪たたへへえ難がた難がたがたさささにににややや、、、比ひ比ひひ叡えい叡えいえい山さん山さんさんよりよりより千せん千せんせん手じゆ手じゆじゅ井ゐ井ゐいののの水みづ水みづみずををを汲く汲くくみみみ下くだ下くだくだししし、、、石いし石いしいしののの船ふね船ふねふねににに湛たゝ湛たゝたたへへえ、、、それそれそれににに下お下おおりりりててて冷ひ冷ひひえええ給たま給たまたまへへえばばば、、、水みづ水みづみずおびたゞしうおびたゞしうおびただしゅう沸わ沸わわききき上あが上あがあがつつっててて、、、程ほど程ほどほどなくなくなく湯ゆ湯ゆゆにににぞぞぞなりなりなりにににけるけるける。。。もしもしもしやややととと筧かけひ筧かけひかけいののの水みづ水みづみずをををまかすまかすまかすれれればばば、、、石いし石いしいしややや鐵くろがね鐵くろがねくろがねなどなどなどののの燒や燒ややけけけたるたるたるやうやうようににに、、、水みづ水みづみずほとばしつほとばしつほとばしっててて寄よ寄よよりりりつかつかつかずずず。。。おのづからおのづからおのずから當あた當あたあたるるる水みづ水みづみずははは、、、炎ほむら炎ほむらほむらとととなつなつなっててて燃も燃ももえええけれけれければばば、、、黑こく黑こくこく煙えん煙えんえん殿でん殿でんでん中ちゆう中ちゆうちゅうににに充み充みみちちち滿み滿みみちちちててて、、、炎ほのほ炎ほのほほのおうづうづうず巻ま巻ままいいいてててぞぞぞ上のぼ上のぼのぼりりりけるけるける。。。これこれこれややや昔むかし昔むかしむかし法ほふ法ほふほう藏ざう藏ざうぞう僧そう僧そうそう都づ都づずととといひいひいいししし人ひと人ひとひと、、、閻えん閻えんえん王わう王わうおうののの廳ちやう廳ちやうちょうににに赴おもむ赴おもむおもむいいいててて、、、母はゝ母はゝははののの生せい生せいせい所しよ所しよしょををを尋たづ尋たづたずねねねしししににに、、、閻えん閻えんえん王わう王わうおう憐あはれ憐あはれあわれみみみ給たま給たまたまひひいててて、、、獄ごく獄ごくごく卒そつ卒そつそつををを相あひ相あひあい添そ添そそへへえててて焦せう焦せうしょう熱ねつ熱ねつねつ地ぢ地ぢじ獄ごく獄ごくごくへへへ遣つか遣つかつかははわさるさるさる。。。鐵くろがね鐵くろがねくろがねののの門もん門もんもんののの内うち内うちうちへへへさしさしさし入い入いいつつっててて見み見みみれれればばば、、、流りう流りうりゅう星せい星せいせいなどなどなどののの如ごと如ごとごとくくくににに、、、焰ほのほ焰ほのほほのお空ぞら空ぞらぞらにににうちうちうち上のぼ上のぼのぼりりり、、、多た多たた百ひやく百ひやくひゃく由ゆ由ゆゆ旬じゆん旬じゆんじゅんににに及およ及およおよびびびけんけんけんももも、、、これこれこれにににははは過す過すすぎぎぎじじじとととぞぞぞ覺おぼ覺おぼおぼえええけるけるける。。。
  3. 3またまたまた入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこくののの北きた北きたきたののの方かた方かたかた、、、八はち八はちはち條でう條でうじょうののの二に二にに位ゐ位ゐい殿どの殿どのどのののの夢ゆめ夢ゆめゆめににに見み見みみ給たま給たまたまひひいけるけるける事こと事ことことこそこそこそ恐おそ恐おそおそろしけれろしけれろしけれ。。。たとへばたとへばたとえば猛みやう猛みやうみょう火くわ火くわかのののおびたゞしうおびたゞしうおびただしゅう燃も燃ももえええたるたるたる車くるま車くるまくるまののの、、、主ぬし主ぬしぬしもももなきなきなきををを、、、門もん門もんもんののの内うち内うちうちへへへやりやりやり入い入いいれれれたるたるたるををを見み見みみれれればばば、、、車くるま車くるまくるまののの前ぜん前ぜんぜん後ご後ごごににに立た立たたちちちたるたるたる者もの者ものものははは、、、或あるい或あるいあるいははは牛うし牛うしうしののの面おもて面おもておもてのののやうやうようなるなるなる者もの者ものものもももありありあり、、、或あるい或あるいあるいははは馬むま馬むまうまのののやうやうようなるなるなる者もの者ものものもももありありあり。。。車くるま車くるまくるまののの前まへ前まへまえにににははは無む無むむととといふいふいう文も文もも字じ字じじ許ばか許ばかばかりりり現あら現あらあらははわれれれたるたるたる、、、鐵くろがね鐵くろがねくろがねののの札ふだ札ふだふだをををぞぞぞ打う打ううちちちたりたりたりけるけるける。。。二に二にに位ゐ位ゐい殿どの殿どのどの夢ゆめ夢ゆめゆめののの内うち内うちうちににに、、、「「「これこれこれはははいづくいづくいずくよりよりよりいづちいづちいずちへへへ。。。」」」ととと問と問ととひひい給たま給たまたまへへえばばば、、、「「「平へい平へいへい家け家けけののの太だい太だいだい政じやう政じやうじょうののの入にふ入にふにゅう道だう道だうどう殿どの殿どのどのののの惡あく惡あくあく行ぎやう行ぎやうぎょう超てう超てうちょう過くわ過くわかししし給たま給たまたまへへえるるるににに依よ依よよつつっててて、、、閻えん閻えんえん魔ま魔まま王わう王わうおう宮きう宮きうきゅうよりよりよりののの御おん御おんおん迎むか迎むかむかへへえののの御おん御おんおん車くるま車くるまくるまなりなりなり。。。」」」ととと申まう申まうもうすすす。。。「「「さてさてさてあのあのあの札ふだ札ふだふだはははいかにいかにいかに。。。」」」ととと問と問ととひひい給たま給たまたまへへえばばば、、、「「「南なん南なんなん閻えん閻えんえん浮ぶ浮ぶぶ提だい提だいだい金こん金こんこん銅どう銅どうどう十じふ十じふじゅう六ろく六ろくろく丈ぢやう丈ぢやうじょうののの盧る盧るる遮しや遮しやしゃ那な那なな佛ぶつ佛ぶつぶつ、、、燒や燒ややききき亡ほろ亡ほろほろぼしぼしぼし給たま給たまたまへへえるるる罪つみ罪つみつみににに依よ依よよつつっててて、、、無む無むむ間けん間けんけんののの底そこ底そこそこににに沉しづ沉しづしずめめめ給たま給たまたまふふうべきべきべき由よし由よしよし、、、閻えん閻えんえん魔ま魔ままののの廳ちやう廳ちやうちょうにてにてにて御ご御ごご沙さ沙ささ汰た汰たたありありありしししががが、、、無む無むむ間けん間けんけんののの無む無むむをををばばば書か書かかかかかれれれたれたれたれどもどもども、、、未いま未いまいまだだだ間けん間けんけんののの字じ字じじをををばばば書か書かかかかかれれれぬぬぬなりなりなり。。。」」」とととぞぞぞ申まう申まうもうしししけるけるける。。。二に二にに位ゐ位ゐい殿どの殿どのどの夢ゆめ夢ゆめゆめ覺さ覺ささめめめててて後のち後のちのち、、、汗あせ汗あせあせ水みづ水みづみずににになりなりなりつゝつゝつつ、、、これこれこれををを人ひと人ひとひとににに語かた語かたかたりりり給たま給たまたまへへえばばば、、、聞き聞ききくくく人ひと人ひとひと皆みな皆みなみな身み身みみののの毛け毛けけよだちよだちよだちけりけりけり。。。靈れい靈れいれい佛ぶつ佛ぶつぶつ、、、靈れい靈れいれい社しや社しやしゃへへへ金こん金こんこん銀ごん銀ごんごん七しつ七しつしっ寶ぱう寶ぱうぽうををを投な投ななげげげ、、、馬うま馬うまうま、、、鞍くら鞍くらくら、、、鎧よろひ鎧よろひよろい、、、兜かぶと兜かぶとかぶと、、、弓ゆみ弓ゆみゆみ矢や矢やや、、、太た太たた刀ち刀ちち、、、刀かたな刀かたなかたなににに至いた至いたいたるるるまでまでまで取と取ととりりり出い出いいででで、、、運はこ運はこはこびびび出いだ出いだいだしししててて祈いの祈いのいのりりり申まう申まうもうささされれれけれけれけれどもどもども、、、叶かな叶かなかなふふうべしべしべしとととももも見み見みみえええ給たま給たまたまははわずずず。。。たゞたゞただ男なん男なんなん女によ女によにょののの公きん公きんきん達だち達だちだち、、、後あと後あとあと枕まくら枕まくらまくらにににさしさしさしつどひつどひつどいててて、、、歎なげ歎なげなげききき悲かな悲かなかなしみしみしみ給たま給たまたまひひいけりけりけり。。。
  4. 4閏うるふ閏うるふうるう二に二にに月ぐわつ月ぐわつがつ二ふつ二ふつふつ日か日かかののの日ひ日ひひ、、、二に二にに位ゐ位ゐい殿どの殿どのどの熱あつ熱あつあつさささ堪た堪たたへへえがたけれがたけれがたけれどもどもども、、、入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこくののの御おん御おんおん枕まくら枕まくらまくらににによつよつよっててて、、、「「「御おん御おんおんありさまありさまありさま見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるるににに、、、日ひ日ひひににに添そ添そそへへえててて賴たの賴たのたのみみみ少すく少すくすくなうなうのうこそこそこそ見み見みみえええさせさせさせおはしませおはしませおわしませ。。。物もの物ものものののの少すこ少すこすこしししももも覺おぼ覺おぼおぼえええさせさせさせ給たま給たまたまふふう時とき時ときとき、、、思おぼし思おぼしおぼし召め召めめすすすことことことあらあらあらばばば仰おほ仰おほおおせせせ置お置おおかかかれれれよよよ。。。」」」とととぞぞぞのたまひのたまひのたまいけるけるける。。。入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこく、、、日ひ日ひひ頃ごろ頃ごろごろはははさしもさしもさしもゆゝしうゆゝしうゆゆしゅうおはせおはせおわせしかしかしかどもどもども、、、今いま今いまいまはははののの時とき時ときときにににもももなりなりなりしかしかしかばばば、、、世よ世よよにににももも苦くる苦くるくるしげしげしげにてにてにて、、、息いき息いきいきののの下した下したしたにてにてにて宣のたま宣のたまのたまひひいけるけるけるははは、、、「「「當たう當たうとう家け家けけははは保ほう保ほうほう元げん元げんげん、、、平へい平へいへい治ぢ治ぢじよりよりよりこのこのこのかたかたかた、、、度ど度どど々ど々どどののの朝てう朝てうちょう敵てき敵てきてきををを平たひ平たひたいらげらげらげ、、、勸けん勸けんけん賞じやう賞じやうじょう身み身みみにににあまりあまりあまり、、、忝かたじけな忝かたじけなかたじけなくくくももも一いつ一いついっ天てん天てんてんののの君きみ君きみきみののの御ご御ごご外ぐわい外ぐわいがい戚せき戚せきせきとととしてしてして、、、丞じよう丞じようじょう相しやう相しやうしょうののの位くらゐ位くらゐくらいににに至いた至いたいたりりり、、、榮えい榮えいえい花ぐわ花ぐわが既すで既すですでににに子し子しし孫そん孫そんそんににに殘のこ殘のこのこすすす。。。今こん今こんこん生じやう生じやうじょうののの望のぞ望のぞのぞみみみははは一いち一いちいち事じ事じじももも思おも思おもおもひひい置お置おおくくく事こと事ことことなしなしなし。。。たゞたゞただ思おも思おもおもひひい置お置おおくくく事こと事ことこととととてててははは、、、兵ひやう兵ひやうひょう衞ゑ衞ゑえののの佐すけ佐すけすけ賴より賴よりより朝とも朝ともともががが首かうべ首かうべこうべををを見み見みみざりざりざりつるつるつる事こと事ことことこそこそこそ、、、何なに何なになによりよりよりもももまたまたまた本ほ本ほほ意い意いいなけれなけれなけれ。。。われわれわれいかにいかにいかにもももなりなりなりなななんんん後のち後のちのち、、、佛ぶつ佛ぶつぶつ事じ事じじ孝けう孝けうきょう養やう養やうようをををもももすすすべからべからべからずずず、、、堂だう堂だうどう塔たふ塔たふとうをををももも立た立たたつつつべからべからべからずずず。。。急いそ急いそいそぎぎぎ討うつ討うつうつ手て手ててををを下くだ下くだくだししし、、、賴より賴よりより朝とも朝ともともががが首くび首くびくびををを刎は刎ははねねねてててわがわがわが墓はか墓はかはかののの前まへ前まへまえににに懸か懸かかくくくべしべしべし。。。それそれそれぞぞぞ今こん今こんこん生じやう生じやうじょう後ご後ごご生しやう生しやうしょうののの孝けう孝けうきょう養やう養やうようにてにてにてあらあらあらんずるんずるんずるぞぞぞ。。。」」」とととのたまひのたまひのたまいけるけるけるこそこそこそ、、、いとゞいとゞいとど罪つみ罪つみつみ深ふか深ふかふこうううははは聞きこ聞きこきこえええししし。。。
  5. 5もしもしもしややや助たす助たすたすかるかるかるととと、、、板いた板いたいたににに水みづ水みづみずををを置お置おおきききててて伏ふ伏ふふしししまろびまろびまろび給たま給たまたまへへえどもどもども、、、助たす助たすたすかるかるかる心こゝ心こゝここちちちもももししし給たま給たまたまははわずずず。。。同おな同おなおなじきじきじき四よつ四よつよつ日か日かかののの日ひ日ひひ悶もん悶もんもん絶ぜつ絶ぜつぜつ躃びやく躃びやくびゃく地ぢ地ぢじしてしてして、、、遂つひ遂つひついにににあつちあつちあつち死じに死じにじにぞぞぞしししたまひたまひたまいけるけるける。。。馬うま馬うまうま車くるま車くるまくるまののの馳は馳ははせせせ違ちが違ちがちがふふう音おと音おとおとははは天てん天てんてんももも響ひゞ響ひゞひびききき、、、大だい大だいだい地ち地ちちもももゆるぐゆるぐゆるぐばかりばかりばかりなりなりなり。。。一いつ一いついっ天てん天てんてんののの君きみ君きみきみ、、、萬ばん萬ばんばん乘じよう乘じようじょうののの主あるじ主あるじあるじのののいかなるいかなるいかなる御おん御おんおん事こと事ことことましますともましますともましますとも、、、これこれこれはははいかでいかでいかでかかかまさるまさるまさるべきべきべき。。。今こ今ここ年とし年としとしははは六ろく六ろくろく十じふ十じふじゅう四し四ししにににぞぞぞならならなられれれけるけるける。。。老おい老おいおい死じに死じにじにととといふいふいうべきべきべきにににはははあらあらあらねねねどもどもども、、、宿しゆく宿しゆくしゅく運うん運うんうん忽たちま忽たちまたちまちちちににに盡つ盡つつきききぬれぬれぬればばば、、、大だい大だいだい法ほふ法ほふほう祕ひ祕ひひ法ほふ法ほふほうののの效かう效かうこう驗げん驗げんげんもももなくなくなく、、、神しん神しんしん明めい明めいめい佛ぶつ佛ぶつぶつ陀だ陀だだののの威ゐ威ゐい光くわう光くわうこうももも消き消ききえええ、、、諸しよ諸しよしょ天てん天てんてんももも擁おう擁おうおう護ご護ごごししし給たま給たまたまははわずずず。。。況いは況いはいわんんんややや凡ぼん凡ぼんぼん慮りよ慮りよりょにににおいおいおいてててをををややや。。。身み身みみににに代かは代かはかわりりり命いのち命いのちいのちににに代かは代かはかわらららんんんととと、、、忠ちう忠ちうちゅうををを存ぞん存ぞんぞんぜぜぜししし數す數すす萬まん萬まんまんののの軍ぐん軍ぐんぐん旅りよ旅りよりょははは、、、堂だう堂だうどう上じやう上じやうじょう、、、堂だう堂だうどう下げ下げげににになみなみなみゐゐいたれたれたれどもどもども、、、これこれこれははは目め目めめにににももも見み見みみえええずずず、、、力ちから力ちからちからにににもももかゝはらかゝはらかかわらぬぬぬ無む無むむ常じやう常じやうじょうののの刹せつ刹せつせつ鬼き鬼ききをををばばば、、、暫ざん暫ざんざん時じ時じじももも戰たゝか戰たゝかたたかひひい返かへ返かへかえさささずずず、、、又また又またまた歸かへ歸かへかえりりり來こ來ここぬぬぬ死し死しし出で出ででののの山やま山やまやま、、、三さん三さんさん途づ途づず瀨せ瀨せせ川がは川がはがわ、、、黃くわう黃くわうこう泉せん泉せんせん中ちう中ちうちゅう有う有ううののの旅たび旅たびたびののの空そら空そらそらににに、、、たゞたゞただ一いつ一いついっ所しよ所しよしょこそこそこそ赴おもむ赴おもむおもむかかかれれれけれけれけれ。。。されどもされどもされども日ひ日ひひ頃ごろ頃ごろごろ作つく作つくつくりりり置お置おおかかかれれれししし罪ざい罪ざいざい業ごふ業ごふごうばかりばかりばかりこそこそこそ、、、獄ごく獄ごくごく卒そつ卒そつそつとととなつなつなっててて迎むか迎むかむかへへえにににももも來きた來きたきたりりりけめけめけめ。。。あはれあはれあわれなりなりなりししし事こと事ことことどもどもどもなりなりなり。。。
  6. 6さてさてさてしもしもしもあるあるあるべきべきべき事こと事ことことならならならねねねばばば、、、同おな同おなおなじきじきじき七なぬ七なぬなぬ日か日かかののの日ひ日ひひ、、、愛お愛おお宕たぎ宕たぎたぎにてにてにて煙けぶり煙けぶりけぶりににになしなしなし奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり、、、骨こつ骨こつこつをををばばば圓ゑん圓ゑんえん實じつ實じつじつ法ほふ法ほふほう眼げん眼げんげん頸くび頸くびくびにににかけかけかけ、、、攝つ攝つつ津の津ののののの國くに國くにくにへへへ下くだ下くだくだりりり、、、經きやう經きやうきょうののの島しま島しましまにににぞぞぞ納をさ納をさおさめめめけるけるける。。。さしもさしもさしも日につ日につにっ本ぽん本ぽんぽん一いつ一いついっ州しう州しうしゅうににに名な名ななをををあげあげあげ、、、威ゐ威ゐいをををふるひふるひふるいししし人ひと人ひとひとなれなれなれどもどもども、、、身み身みみははは一いつ一いついっ時とき時ときときののの煙けぶり煙けぶりけぶりとととなつなつなっててて、、、都みやこ都みやこみやこののの空そら空そらそらへへへ立たち立たちたち上のぼ上のぼのぼりりり、、、屍かばね屍かばねかばねはははしばししばししばしやすらひやすらひやすらいててて、、、濱はま濱はまはまののの眞ま眞まま砂さご砂さごさごににに戲たはぶ戲たはぶたわぶれれれつゝつゝつつ、、、空むな空むなむなしきしきしき土つち土つちつちとととぞぞぞなりなりなり給たま給たまたまふふう。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

同じ二十三日、院の殿上で急に公卿の評議があり、前右大将宗盛卿が申されるには、「今度坂東へ討手が向かったが、これといった手柄もない。今度は宗盛が大将軍を承って、東国・北国の凶徒を追討しよう」と申されたので、諸卿はへつらって、「宗盛卿のおっしゃることはまことに立派です」と申された。法皇もたいそうお喜びになった。公卿・殿上人も武官を兼ね、少しでも弓矢にかかわるほどの人々は、宗盛を大将軍として東国・北国の凶徒を追討せよと命じられた。

同じ二十七日に門出して、いよいよ出発しようとされた夜半ごろから、入道相国は気分がすぐれないといって出発を取りやめられた。翌二十八日、重病にかかられたと聞こえたので、京中も六波羅も大騒ぎになった。「それ見たことか」「やはりこうなった」とささやきあった。入道相国は病みつかれた日から、湯水も喉を通らず、体の熱いことは火をたいているようである。寝ておられる所から四、五間以内に入る者は、熱さに耐えられない。ただおっしゃることといえば、「熱い熱い」とばかりである。まったくただごととは見えない。あまりの堪えがたさに、比叡山から千手井の水を汲み下ろし、石の浴槽にたたえて、その中に入って冷やされると、水がおびただしく沸き上がって、まもなく湯になってしまった。もしやと筧の水を注ぎかけると、焼けた石や鉄に注いだように、水がはね返って寄りつかない。たまたま当たった水は炎となって燃えたので、黒煙が殿中に満ちて、炎が渦を巻いて上った。昔、法蔵僧都という人が閻魔王の庁に赴いて母の生まれ変わった所を尋ねたところ、閻魔王があわれんで、獄卒を添えて焦熱地獄へ遣わされた。鉄の門の中へ入って見ると、流れ星のように炎が空に吹き上がり、多百由旬に及んだというのも、これ以上ではあるまいと思われた。

また入道相国の北の方、八条の二位殿が夢にご覧になったことは恐ろしい。たとえば猛火がおびただしく燃えている車を、主もないまま門の中へ引き入れたのを見ると、車の前後に立っている者は、あるいは牛の顔のような者もあり、あるいは馬の顔のような者もある。車の前には「無」という文字だけが見える鉄の札が打ちつけてあった。二位殿が夢の中で「これはどこからどこへ行くのか」とお尋ねになると、「平家の太政入道殿の悪行が度を越したために、閻魔王宮からのお迎えの御車です」と申す。「それであの札は何か」とお尋ねになると、「南閻浮提の金銅十六丈の盧遮那仏を焼き滅ぼされた罪によって、無間地獄の底に沈めるべきだと閻魔の庁で決められましたが、無間の『無』は書かれたものの、まだ『間』の字は書かれていないのです」と申した。二位殿は夢から覚めた後、汗びっしょりになって、これを人に語られると、聞く人はみな身の毛がよだった。霊験あらたかな仏や神社へ金銀七宝を奉り、馬・鞍・鎧・兜・弓矢・太刀・刀に至るまで取り出し運び出して祈られたが、かなうとも見えない。ただ男女の公達が枕もとや足もとに集まって、嘆き悲しまれるばかりであった。

閏二月二日、二位殿は熱さに耐えがたかったが、入道相国の枕もとに寄って、「ご様子を拝見すると、日を追ってお頼みも少なく見えます。少しでも意識のあるうちに、お思いになることがあればおっしゃっておいてください」とおっしゃった。入道相国は、ふだんはあれほど威勢がよかったが、今は臨終のときになったので、ひどく苦しそうに、息の下からおっしゃるには、「わが家は保元・平治以来、たびたびの朝敵を平らげ、恩賞は身にあまり、おそれ多くも天皇の外戚として大臣の位に至り、栄華はすでに子孫に残した。この世の望みは一つとして思い残すことはない。ただ思い残すことといえば、兵衛佐頼朝の首を見なかったことが、何よりも残念である。わたしが死んだ後は、仏事供養もしてはならない。堂塔も建ててはならない。急いで討手を下し、頼朝の首をはねてわが墓の前に懸けよ。それこそが今生と後生の孝養となるのだ」とおっしゃったのは、いっそう罪深く聞こえた。

もしや助かるかと、板に水をかけてその上を転げ回られたが、助かる様子もない。同じ四日、悶え苦しんで地に倒れ、ついに熱さに悶え死にされた。馬や車の行き交う音は天にも響き、大地も揺れるほどである。天皇にどのようなことがあっても、これ以上の騒ぎにはなるまい。今年六十四歳になっておられた。老死というべき年ではないが、宿運がたちまち尽きたので、大法・秘法の効験もなく、神仏の威光も消え、諸天も守ってはくださらない。まして凡人の思慮では、どうにもならない。身代わりに命にかわろうと忠義を尽くす数万の軍兵が堂の上下に並んでいたが、目にも見えず、力でもかなわない無常の鬼を、少しも戦い返すことはできず、二度と帰って来られない死出の山、三途の川、黄泉・中有の旅の空へ、ただ一人で赴かれた。しかし日ごろ作っておかれた罪業ばかりが、獄卒となって迎えに来たのであろう。哀れなことである。

そのままにしておくわけにもいかないので、同じ七日、愛宕で火葬にし、骨は円実法眼が首にかけて摂津国へ下り、経の島に納めた。あれほど日本中に名をあげ、威勢をふるった人であったが、身は一時の煙となって都の空へ立ちのぼり、骨はしばらくとどまって、浜の砂に戯れながら、むなしい土となってしまわれた。

意訳

平清盛の最期を描く、『平家物語』の大きな山場の一つである。熱病に苦しむ清盛の体は、注ぐ水を炎に変えるほどに熱く、二位殿の夢には無間地獄へ迎える火の車が現れる。南都焼き討ちで大仏を焼いた罪の報いが、凄まじい描写で語られる。

死に臨んだ清盛は、仏事も供養もいらない、頼朝の首をわが墓の前に懸けよと言い残す。物語は、権勢をきわめた人も無常の鬼には勝てず、ただ一人で死出の旅に赴いたと述べ、浜の砂に戯れる骨のはかなさで結んでいる。

語釈・文法注

文法

「色代して」
へつらって。追従して。
「すはしつるは」
それ見たことか。予想していたことが起こったときの言葉。
「あた〳〵」
熱い熱い。「あたあた」は熱さを訴える声。
「あつち死」
熱さに悶えて死ぬこと。
「三途瀨川」
三途の川。底本は「三途瀨川」と刷る。

解説

平清盛は治承五年(1181)閏二月四日に没した。『玉葉』などは高熱を伴う病であったと伝える。物語が描く熱病の凄まじさは、南都焼き討ちの仏罰として誇張されたものである。遺言の「頼朝の首をわが墓の前に懸けよ」は、清盛の執念を伝える言葉として名高い。

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出典

底本
『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、529–532頁(コマ293–295)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日