古典ライブラリー

平家物語 巻第五

奈良炎上の事

以仁王に味方した南都の大衆は、清盛の首と名づけた毬杖の玉を打ち踏むほど平家をあざけり、清盛の遣わした兼康の兵を斬って猿沢の池の端に首を懸けた。怒った清盛は重衡を大将軍として四万余騎を南都へ向かわせる。般若寺の門前で放った火は風にあおられ、東大寺の大仏殿や興福寺の伽藍を焼きつくし、逃げこんだ老僧や稚児まで三千五百余人が焼け死んだ。

  1. 1都みやこ都みやこみやこにににはははまたまたまた、、、南なん南なんなん都と都とと、、、三み三みみ井ゐ井ゐい寺でら寺でらでら同どう同どうどう心しん心しんしんしてしてして、、、或あるい或あるいあるいははは宮みや宮みやみやうけうけうけ取と取ととりりり參まゐ參まゐまいらせらせらせ、、、或あるい或あるいあるいははは御おん御おんおん迎むか迎むかむかへへえににに參まゐ參まゐまいるるる條でう條でうじょう、、、是こ是ここれれれ以もつ以もつもっててて朝てう朝てうちょう敵てき敵てきてきなりなりなり。。。然しか然しかしからららばばば奈な奈なな良ら良ららをををももも攻せ攻せせめめめらるらるらるべしべしべしととと聞きこ聞きこきこえええしかしかしかばばば、、、大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅ大おほ大おほおおきききににに蜂ほう蜂ほうほう起き起ききすすす。。。關くわん關くわんかん白ぱく白ぱくぱく殿どの殿どのどのよりよりより、、、「「「存ぞん存ぞんぞん知ち知ちちののの旨むね旨むねむねあらあらあらばばば、、、いくいくいく度たび度たびたびももも奏そう奏そうそう聞もん聞もんもんにににこそこそこそ及およ及およおよばばばめめめ。。。」」」とてとてとて、、、有う有うう官くわん官くわんかんののの別べつ別べつべつ當たう當たうとう忠たゞ忠たゞただ成なり成なりなりををを下くだ下くだくだささされれれたりたりたりけるけるけるををを、、、大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅ起おこ起おこおこつつっててて、、、「「「乘のり乘のりのり物もの物ものものよりよりより取と取ととつつっててて引ひき引ひきひき落おと落おとおとせせせ、、、髻もとゞり髻もとゞりもとどり切き切ききれれれ。。。」」」ととと犇ひしめ犇ひしめひしめくくく間あひだ間あひだあいだ、、、忠たゞ忠たゞただ成なり成なりなり色いろ色いろいろををを失うしな失うしなうしなひひいててて逃に逃ににげげげ上のぼ上のぼのぼるるる。。。次つぎ次つぎつぎににに右う右うう衞ゑ衞ゑえ門もん門もんもんののの督かみ督かみかみ親ちか親ちかちか雅まさ雅まさまさををを下くだ下くだくだささされれれたりたりたりけれけれけれどもどもども、、、「「「之これ之これこれをををももも髻もとゞり髻もとゞりもとどり切き切ききれれれ。。。」」」ととと犇ひしめ犇ひしめひしめきききけれけれければばば、、、取と取ととるるる物もの物ものものももも取と取ととりりりあへあへあえずずず、、、急いそ急いそいそぎぎぎ都みやこ都みやこみやこへへへ上のぼ上のぼのぼららられれれけりけりけり。。。そのそのその時とき時ときときははは勸くわん勸くわんかん學がく學がくがく院ゐん院ゐんいんののの雜ざふ雜ざふぞう色しき色しきしき二ふた二ふたふた人り人りりががが髻もとゞり髻もとゞりもとどり切き切ききららられれれてててけりけりけり。。。
  2. 2南なん南なんなん都と都ととにににはははまたまたまた大おほ大おほおおきききなるなるなる毬ぎつ毬ぎつぎっののの玉たま玉たまたまををを造つく造つくつくつつっててて、、、これこれこれこそこそこそ入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこくののの首かうべ首かうべこうべととと名な名ななづけづけづけててて、、、「「「うてうてうて、、、蹈ふ蹈ふふめめめ。。。」」」などなどなどぞぞぞ申まう申まうもうしししけるけるける。。。ことばことばことばののの洩も洩ももれれれやすきやすきやすきははは禍わざはひ禍わざはひわざわいををを招まね招まねまねくくく媒なかだち媒なかだちなかだちなりなりなり。。。ことばことばことばののの愼つゝし愼つゝしつつしまままざるざるざるははは敗やぶ敗やぶやぶれれれををを取と取ととるるる道みち道みちみちなりなりなりととといへいへいえりりり。。。かけまけかけまけかけまけももも忝かたじけな忝かたじけなかたじけなくくくこのこのこの入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこくははは、、、當たう當たうとう今ぎん今ぎんぎんののの外ぐわい外ぐわいがい祖そ祖そそにてにてにておはしますおはしますおわします。。。それそれそれをををかやうかやうかようににに申まう申まうもうしししけるけるける南なん南なんなん都と都ととののの大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅ、、、およそおよそおよそははは天てん天てんてん魔ま魔ままののの所しよ所しよしょ爲ゐ爲ゐいとととぞぞぞ見み見みみえええししし。。。
  3. 3入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこく、、、かつ〳〵かつ〳〵かつかつまづまづまず南なん南なんなん都と都ととののの狼らう狼らうろう藉ぜき藉ぜきぜきををを鎭しづ鎭しづしずめめめんんんとてとてとて、、、妹せの妹せのせの尾を尾をおののの太た太たた郎らう郎らうろう兼かね兼かねかね康やす康やすやすををを大やま大やまやま和と和ととののの國くに國くにくにののの檢けん檢けんけん非び非びび所しよ所しよしょににに補ふ補ふふせせせらるらるらる。。。兼かね兼かねかね康やす康やすやす五ご五ごご百ひやく百ひやくひゃく餘よ餘よよ騎き騎ききででで馳は馳ははせせせ向むか向むかむかふふう。。。「「「相あひ相あひあい構かま構かまかまへへえててて、、、衆しゆ衆しゆしゅ徒と徒ととははは狼らう狼らうろう藉ぜき藉ぜきぜきををを致いた致いたいたすすすともともとも、、、汝なんぢ汝なんぢなんじ等ら等ららははは致いた致いたいたすすすべからべからべからずずず。。。物もの物ものもの具のぐ具のぐのぐなななせせせそそそ、、、弓ゆみ弓ゆみゆみ矢や矢ややななな帶たい帶たいたいせせせそそそ。。。」」」とてとてとてつかはさつかはさつかわされれれたりたりたりけるけるけるををを、、、南なん南なんなん都と都ととののの大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅ斯か斯かかかるかるかる内ない内ないない議ぎ議ぎぎをををばばば知し知ししらららずずずしてしてして、、、兼かね兼かねかね康やす康やすやすががが餘よ餘よよ勢ぜい勢ぜいぜい六ろく六ろくろく十じふ十じふじゅう餘よ餘よよ人にん人にんにんををを搦から搦からからめめめ捕と捕ととつつっててて、、、一いち一いちいち々いち々いちいちににに首くび首くびくびををを切き切ききつつっててて、、、猿さる猿さるさる澤さは澤さはさわののの池いけ池いけいけののの端はた端はたはたにににぞぞぞ懸か懸かかけけけ竝なら竝ならならべべべたりたりたりけるけるける。。。入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこく大おほ大おほおおきききににに怒いか怒いかいかつつっててて、、、「「「さらばさらばさらば南なん南なんなん都と都ととをををももも攻せ攻せせめめめよよよややや。。。」」」とてとてとて、、、大たい大たいたい將しやう將しやうしょう軍ぐん軍ぐんぐんにににははは頭とう頭とうとうののの中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょう重しげ重しげしげ衡ひら衡ひらひら、、、中ちゆう中ちゆうちゅう宮ぐう宮ぐうぐうののの亮すけ亮すけすけ通みち通みちみち盛もり盛もりもり、、、都つ都つつ合がふ合がふごうそのそのその勢せい勢せいせい四し四しし萬まん萬まんまん餘よ餘よよ騎き騎きき、、、南なん南なんなん都と都ととへへへ發はつ發はつはっ向かう向かうこうすすす。。。南なん南なんなん都と都ととにににももも老らう老らうろう少せう少せうしょう嫌きら嫌きらきらははわずずず七しち七しちしち千せん千せんせん餘よ餘よよ人にん人にんにん、、、兜かぶと兜かぶとかぶとののの緒を緒をををををしめしめしめ、、、奈な奈なな良ら良らら坂ざか坂ざかざか、、、般はん般はんはん若にや若にやにゃ寺じ寺じじ、、、二に二にに箇か箇かか所しよ所しよしょののの道みち道みちみちををを掘ほ掘ほほりりり切き切ききつつっててて、、、搔かい搔かいかい楯だて楯だてだてかきかきかき、、、逆さか逆さかさか木もぎ木もぎもぎ引ひ引ひひいいいててて待ま待ままちちちかけかけかけたりたりたり。。。
  4. 4平へい平へいへい家け家けけ四し四しし萬まん萬まんまん餘よ餘よよ騎き騎ききををを二ふた二ふたふた手て手ててにににわけわけわけててて、、、奈な奈なな良ら良らら坂ざか坂ざかざか、、、般はん般はんはん若にや若にやにゃ寺じ寺じじ、、、二に二にに箇か箇かか所しよ所しよしょののの城じやう城じやうじょう郭くわく郭くわくかくにににおしおしおし寄よ寄よよせせせててて、、、鬨とき鬨ときときをををどつどつどっとととぞぞぞつくりつくりつくりけるけるける。。。大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅははは歩かち歩かちかち立だち立だちだち、、、打うち打うちうち物もの物ものものなりなりなり。。。官くわん官くわんかん軍ぐん軍ぐんぐんははは馬むま馬むまうまにてにてにて驅か驅かかけけけまはし〳〵まはし〳〵まわしかけまわし攻せ攻せせめめめけれけれければばば、、、大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅ數かず數かずかずをををつくしつくしつくしててて討う討ううたたたれれれにににけりけりけり。。。卯う卯ううののの刻こく刻こくこくよりよりより矢や矢やや合あはせ合あはせあわせしてしてして、、、一いち一いちいち日にち日にちにち戰たゝか戰たゝかたたかひひいくらしくらしくらし、、、夜よ夜よよににに入い入いいりりりけれけれければばば、、、奈な奈なな良ら良らら坂ざか坂ざかざか、、、般はん般はんはん若にや若にやにゃ寺じ寺じじ、、、二に二にに箇か箇かか所しよ所しよしょののの城じやう城じやうじょう郭くわく郭くわくかく、、、共とも共ともともににに破やぶ破やぶやぶれれれぬぬぬ。。。落お落おおちちちゆくゆくゆく衆しゆ衆しゆしゅ徒と徒ととののの中なか中なかなかににに坂さか坂さかさかののの四し四しし郎らう郎らうろう永やう永やうよう覺がく覺がくがくととといふいふいう惡あく惡あくあく僧そう僧そうそうありありあり。。。これこれこれははは力ちから力ちからちからののの強つよ強つよつよさささ、、、弓ゆみ弓ゆみゆみ矢や矢やや、、、打うち打うちうち物もの物ものもの取と取ととつつってててははは七しち七しちしち大だい大だいだい寺じ寺じじ、、、十じふ十じふじゅう五ご五ごご大だい大だいだい寺じ寺じじにににもももすぐれすぐれすぐれたりたりたり。。。萌もえ萌もえもえ黄ぎ黄ぎぎ縅をどし縅をどしおどしののの鎧よろひ鎧よろひよろいににに黑くろ黑くろくろ絲いと絲いといと縅をどし縅をどしおどしののの腹はら腹はらはら巻まき巻まきまき、、、二に二にに領りやう領りやうりょう重かさ重かさかさねねねてててぞぞぞ著き著ききたりたりたりけるけるける。。。帽はう帽はうほう子し子しし兜かぶと兜かぶとかぶとににに五ご五ごご枚まい枚まいまい兜かぶと兜かぶとかぶとののの緒を緒をををををしめしめしめ、、、茅ち茅ちちののの葉は葉ははののの如ごと如ごとごとくくくにににそつそつそったるたるたる白しら白しらしら柄え柄ええののの大おほ大おほおお長なぎ長なぎなぎ刀なた刀なたなた、、、黑こく黑こくこく漆しつ漆しつしつののの大おほ大おほおお太だ太だだ刀ち刀ちち、、、左さ左さそ右う右ううののの手て手ててににに持も持ももつつつ儘まゝ儘まゝままににに、、、同どう同どうどう宿じゆく宿じゆくじゅく十じふ十じふじゅう餘よ餘よよ人にん人にんにん前ぜん前ぜんぜん後ご後ごご左さ左さそ右う右ううににに立た立たたててて、、、手てん手てんてん蓋がい蓋がいがいののの門もん門もんもんよりよりより討う討ううつつっててて出い出いいでででたりたりたり。。。これこれこれぞぞぞ暫しばら暫しばらしばらくくく支さゝ支さゝささへへえたるたるたる。。。多おほ多おほおおくくくののの官くわん官くわんかん兵ぺい兵ぺいぺい等ら等らら馬むま馬むまうまののの足あし足あしあし薙な薙なながががれれれててて、、、多おほ多おほおおくくく亡ほろ亡ほろほろびびびにににけりけりけり。。。されどもされどもされども官くわん官くわんかん軍ぐん軍ぐんぐんははは大おほ大おほおお勢ぜい勢ぜいぜいにてにてにて、、、入い入いいれれれかへ〳〵かへ〳〵かえいれかえ攻せ攻せせめめめけれけれければばば、、、永やう永やうよう覺がく覺がくがくががが防ふせ防ふせふせぐぐぐ所ところ所ところところののの同どう同どうどう宿じゆく宿じゆくじゅく、、、みなみなみな討う討ううたたたれれれにににけりけりけり。。。永やう永やうよう覺がく覺がくがく心こゝろ心こゝろこころははは猛たけ猛たけたきょううう思おも思おもおもへへえどもどもども、、、後うしろ後うしろうしろあばらあばらあばらににになりなりなりしかしかしかばばば、、、力ちから力ちからちから及およ及およおよばばばずずず、、、たゞたゞただ一いち一いちいち人にん人にんにん、、、南みなみ南みなみみなみををを指さ指ささしししてててぞぞぞ落お落おおちちちゆきゆきゆきけるけるける。。。
  5. 5夜よ夜よよ軍いくさ軍いくさいくさににになつなつなっててて大たい大たいたい將しやう將しやうしょう軍ぐん軍ぐんぐん頭とう頭とうとうののの中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょう重しげ重しげしげ衡ひら衡ひらひら、、、般はん般はんはん若にや若にやにゃ寺じ寺じじののの門もん門もんもんののの前まへ前まへまえにににうちうちうち立た立たたつつっててて、、、闇くら闇くらくらさささはははくらしくらしくらし、、、「「「火ひ火ひひををを出いだ出いだいだせせせ。。。」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、播はり播はりはり磨ま磨ままののの國くに國くにくにののの住ぢゆう住ぢゆうじゅう人にん人にんにん、、、福ふく福ふくふく井ゐ井ゐいののの莊しやう莊しやうしょうののの下げ下げげ司し司しし次じ次じじ郎らう郎らうろう太たい太たいたい夫ふ夫ふふ友とも友ともとも方かた方かたかたととといふいふいうものものもの、、、楯たて楯たてたてをををわりわりわり松たい松たいたい明まつ明まつまつにににしてしてして、、、在ざい在ざいざい家け家けけににに火ひ火ひひをををぞぞぞかけかけかけたりたりたりけるけるける。。。頃ころ頃ころころははは十じふ十じふじゅう二に二にに月ぐわつ月ぐわつがつ二に二にに十じふ十じふじゅう八はち八はちはち日にち日にちにちののの夜よ夜よよののの戌いぬ戌いぬいぬののの刻こく刻こくこくばかりばかりばかりののの事こと事ことことなれなれなればばば、、、折をり折をりおりふしふしふし風かぜ風かぜかぜははは烈はげ烈はげはげしくしくしく、、、火ひ火ひひ本もと本もともとははは一ひと一ひとひとつつつなりなりなりけれけれけれどもどもども、、、吹ふ吹ふふききき迷まよ迷まよまよふふう風かぜ風かぜかぜににに、、、多おほ多おほおおくくくののの伽が伽がが藍らん藍らんらんににに吹ふ吹ふふきききかけかけかけたりたりたり。。。凡およ凡およおよそそそ恥はぢ恥はぢはじをををももも思おも思おもおもひひい、、、名な名ななをををももも惜を惜をおしむしむしむ程ほど程ほどほどののの者もの者ものものははは、、、奈な奈なな良ら良らら坂ざか坂ざかざかにてにてにて討うち討うちうち死じに死じにじにししし、、、般はん般はんはん若にや若にやにゃ寺じ寺じじにににしてしてして討う討ううたたたれれれにににけりけりけり。。。行ぎやう行ぎやうぎょう歩ぶ歩ぶぶにににかなへかなへかなえるるる者もの者ものものははは吉よし吉よしよし野の野のの、、、十と十とと津つ津つつ川がは川がはがわののの方かた方かたかたへへへぞぞぞ落お落おおちちち行ゆ行ゆゆきききけるけるける。。。歩あゆ歩あゆあゆみみみももも得え得ええぬぬぬ老らう老らうろう僧そう僧そうそうややや、、、尋じん尋じんじん常じやう常じやうじょうなるなるなる修しゆ修しゆしゅ學がく學がくがく者しや者しやしゃ、、、兒ちご兒ちごちごどもどもども、、、女をんな女をんなおんな童わらんべ童わらんべわらんべはははもしもしもしややや助たす助たすたすかるかるかるととと、、、大だい大だいだい佛ぶつ佛ぶつぶつ殿でん殿でんでんののの二に二にに階かい階かいかいののの上うへ上うへうえ、、、山やま山やまやま階しな階しなしな寺でら寺でらでらののの内うち内うちうち、、、われわれわれ先さき先さきさきにににとととぞぞぞ逃に逃ににげげげ入い入いいりりりけるけるける。。。大だい大だいだい佛ぶつ佛ぶつぶつ殿でん殿でんでんののの二に二にに階かい階かいかいののの上うへ上うへうえにににははは千せん千せんせん餘よ餘よよ人にん人にんにん昇のぼ昇のぼのぼりりりあがりあがりあがり、、、敵かたき敵かたきかたきのののつゞくつゞくつづくををを上のぼ上のぼのぼせせせじじじとてとてとて階はし階はしはしををを引ひ引ひひいいいてててけりけりけり。。。猛みやう猛みやうみょう火くわ火くわかはははまさしうまさしうまさしゅうおしおしおしかけかけかけたりたりたり。。。喚をめ喚をめおめききき叫さけ叫さけさけぶぶぶ聲こゑ聲こゑこえ、、、焦せう焦せうしょう熱ねつ熱ねつねつ、、、大だい大だいだい焦せう焦せうしょう熱ねつ熱ねつねつ、、、無む無むむ間けん間けんけん阿あ阿ああ鼻び鼻びび、、、焰ほのほ焰ほのほほのおののの底そこ底そこそこののの罪ざい罪ざいざい人にん人にんにんももも、、、これこれこれにににははは過す過すすぎぎぎじじじとととぞぞぞ見み見みみえええししし。。。
  6. 6興こう興こうこう福ぶく福ぶくぶく寺じ寺じじははは淡たん淡たんたん海かい海かいかい公こう公こうこうののの御ご御ごご願ぐわん願ぐわんがん、、、藤とう藤とうとう氏し氏しし累るい累るいるい代だい代だいだいののの寺てら寺てらてらなりなりなり。。。東とう東とうとう金こん金こんこん堂だう堂だうどうにににおはしますおはしますおわします佛ぶつ佛ぶつぶつ法ぽふ法ぽふぽう最さい最さいさい初しよ初しよしょののの釋しや釋しやしゃ迦か迦かかののの像ざう像ざうぞう、、、西さい西さいさい金こん金こんこん堂だう堂だうどうにににおはしますおはしますおわします自じ自じじ然ねん然ねんねん涌ゆ涌ゆゆ出しゆつ出しゆつしゅつののの觀くわん觀くわんかん世ぜ世ぜぜ音おん音おんおん、、、瑠る瑠るる璃り璃りりををを併なら併ならならべべべししし四し四しし面めん面めんめんののの廊らう廊らうろう、、、朱しゆ朱しゆしゅ丹たん丹たんたんををを交まじ交まじまじへへえししし二に二にに階かい階かいかいののの樓ろう樓ろうろう、、、九く九くく輪りん輪りんりん空そら空そらそらににに輝かゞや輝かゞやかがやきききししし二に二にに基き基ききののの塔たふ塔たふとう、、、忽たちま忽たちまたちまちちちににに煙けぶり煙けぶりけぶりとととなるなるなるこそこそこそ悲かな悲かなかなしけれしけれしけれ。。。
  7. 7東とう東とうとう大だい大だいだい寺じ寺じじははは常じやう常じやうじょう在ざい在ざいざい不ふ不ふふ滅めつ滅めつめつ、、、實じつ實じつじつ報ぱう報ぱうぽう寂じやく寂じやくじゃく光くわう光くわうこうののの生しやう生しやうしょう身じん身じんじんののの御おん御おんおん佛ほとけ佛ほとけほとけとととおぼしおぼしおぼしめしめしめしなぞらへなぞらへなぞらえててて、、、聖しやう聖しやうしょう武む武むむ皇くわう皇くわうこう帝てい帝ていてい手て手ててづからづからずから、、、みづからみづからみずからみがきみがきみがき立た立たたてててたまひたまひたまいししし金こん金こんこん銅どう銅どうどう十じふ十じふじゅう六ろく六ろくろく丈ぢやう丈ぢやうじょうののの盧る盧るる遮しや遮しやしゃ那な那なな佛ぶつ佛ぶつぶつ、、、烏う烏うう瑟しつ瑟しつしつ高たか高たかたかくくくあらはれあらはれあらわれててて、、、半はん半はんはん天てん天てんてんののの雲くも雲くもくもにににかくれかくれかくれ、、、白びやく白びやくびゃく毫がう毫がうごうあらたあらたあらたににに拜をが拜をがおがまままれれれさせさせさせ給たま給たまたまへへえるるる滿まん滿まんまん月げつ月げつげつののの尊そん尊そんそん容よう容ようようももも、、、御み御みみ首ぐし首ぐしぐしははは燒や燒ややけけけ落お落おおちちちててて大だい大だいだい地ぢ地ぢじにににありありあり、、、御おん御おんおん身み身みみははは鎔わ鎔わわきききあひあひあいててて山やま山やまやまののの如ごと如ごとごとししし。。。八はち八はちはち萬まん萬まんまん四し四しし千せん千せんせんののの相さう相さうそう好がう好がうごうははは秋あき秋あきあきののの月つき月つきつき、、、早はや早はやはやくくく五ご五ごご重ぢゆう重ぢゆうじゅうののの雲くも雲くもくもににに隱かく隱かくかくれれれ、、、四し四しし十じふ十じふじゅう一いち一いちいち地ぢ地ぢぢののの瓔やう瓔やうよう珞らく珞らくらくははは夜よ夜よよののの星ほし星ほしほし、、、空むな空むなむなしうしうしゅう十じふ十じふじゅう惡あく惡あくあくののの風かぜ風かぜかぜににに漂たゞよ漂たゞよただよひひい、、、煙けぶり煙けぶりけぶりははは中ちゆう中ちゆうちゅう天てん天てんてんににに充み充みみちちち滿み滿みみちちちててて、、、焰ほのほ焰ほのほほのおははは虛こ虛ここ空くう空くうくうにににひまひまひまもももなしなしなし。。。まのあたりまのあたりまのあたり見み見みみるるる者もの者ものものははは更さら更さらさらににに眼まなこ眼まなこまなこをををあてあてあてずずず、、、かすかかすかかすかににに傳つた傳つたつたへへえきくきくきく人ひと人ひとひとははは肝きも肝きもきも魂たましひ魂たましひたましいををを失うしな失うしなうしなへへえりりり。。。法ほつ法ほつほっ相さう相さうそう三さん三さんさん論ろん論ろんろんののの法ほふ法ほふほう文もん文もんもん、、、聖しやう聖しやうしょう教げう教げうぎょう、、、すべてすべてすべて一いつ一いついっ巻くわん巻くわんかんももも殘のこ殘のこのこらららずずず。。。わがわがわが朝てう朝てうちょうははは申まう申まうもうすすすににに及およ及およおよばばばずずず、、、天てん天てんてん竺ぢく竺ぢくじく、、、震しん震しんしん旦だん旦だんだんにににもももこれこれこれ程ほど程ほどほどののの法ほふ法ほふほう滅めつ滅めつめつあるあるあるべしべしべしとととももも覺おぼ覺おぼおぼえええずずず。。。優う優うう塡てん塡てんてん大だい大だいだい王わう王わうおうののの紫し紫しし磨ま磨まま金ごん金ごんごんをををみがきみがきみがき、、、毘び毘びび須しゆ須しゆしゅ羯かつ羯かつかっ磨ま磨ままががが赤しやく赤しやくしゃく栴せん栴せんせん檀だん檀だんだんををを刻きざ刻きざきざみみみしししももも、、、僅わづか僅わづかわずかににに等とう等とうとう身しん身しんしんののの御み御みみ佛ほとけ佛ほとけほとけなりなりなり。。。況いは況いはいわんんんややや是これ是これこれははは南なん南なんなん閻えん閻えんえん浮ぶ浮ぶぶ提だい提だいだいののの中なか中なかなかにににははは唯ゆい唯ゆいゆい一いつ一いついつ無む無むむ雙さう雙さうそうののの御み御みみ佛ほとけ佛ほとけほとけ、、、長なが長ながながくくく朽きう朽きうきゅう損そん損そんそんののの期ご期ごごあるあるあるべしべしべしとととももも思おも思おもおもははわざりざりざりしししににに、、、今いま今いまいま毒どく毒どくどく煙えん煙えんえんののの塵ちり塵ちりちりににに交まじ交まじまじはつはつわっててて、、、久ひさ久ひさひさしくしくしく悲かな悲かなかなしみしみしみををを殘のこ殘のこのこしししたまへたまへたまえりりり。。。梵ぼん梵ぼんぼん釋じやく釋じやくじゃく四し四しし王わう王わうおう、、、龍りう龍りうりゅう神じん神じんじん八はち八はちはち部ぶ部ぶぶ、、、冥みやう冥みやうみょう官くわん官くわんかん、、、冥みやう冥みやうみょう衆しゆ衆しゆしゅももも驚おどろ驚おどろおどろききき給たま給たまたまふふうらんらんらんとととぞぞぞ見み見みみえええししし。。。法ほつ法ほつほっ相さう相さうそう擁おう擁おうおう護ご護ごごののの春かす春かすかす日が日がが大だい大だいだい明みやう明みやうみょう神じん神じんじん、、、いかなるいかなるいかなる事こと事ことことをををかかかおぼしおぼしおぼしけんけんけん、、、さればさればされば春かす春かすかす日が日がが野の野ののののの露つゆ露つゆつゆももも色いろ色いろいろかはりかはりかわり、、、三み三みみ笠かさ笠かさかさ山やま山やまやまののの嵐あらし嵐あらしあらしののの音おと音おとおとももも恨うら恨うらうらむるむるむるやうやうようにににぞぞぞ聞きこ聞きこきこえええけるけるける。。。
  8. 8焰ほのほ焰ほのほほのおののの中なか中なかなかにてにてにて死し死ししぬるぬるぬる人にん人にんにん數じゆ數じゆじゅををを數かぞ數かぞかぞへへへたれたれたればばば、、、大だい大だいだい佛ぶつ佛ぶつぶつ殿でん殿でんでんののの二に二にに階かい階かいかいののの上うへ上うへうえにににははは一いつ一いついっ千せん千せんせん七しち七しちしち百ひやく百ひやくひゃく餘よ餘よよ人にん人にんにん、、、山やま山やまやま階しな階しなしな寺でら寺でらでらにににははは八はつ八はつはっ百ぴやく百ぴやくぴゃく餘よ餘よよ人にん人にんにん、、、あるあるある御み御みみ堂だう堂だうどうにににははは五ご五ごご百ひやく百ひやくひゃく餘よ餘よよ人にん人にんにん、、、あるあるある御み御みみ堂だう堂だうどうにににははは三さん三さんさん百びやく百びやくびゃく餘よ餘よよ人にん人にんにん、、、つぶさつぶさつぶさににに記しる記しるしるいいいたりたりたりけれけれければばば、、、三さん三さんさん千ぜん千ぜんぜん五ご五ごご百ひやく百ひやくひゃく餘よ餘よよ人にん人にんにんなりなりなり。。。戰せん戰せんせん場ぢやう場ぢやうじょうにににしてしてして討う討ううたたたるゝるゝるる大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅ千せん千せんせん餘よ餘よよ人にん人にんにん、、、少せう少せうしょう々せう々せうしょうははは般はん般はんはん若にや若にやにゃ寺じ寺じじののの門もん門もんもんににに切き切ききりりりかけかけかけさせさせさせ、、、少せう少せうしょう少せう少せうしょうははは首くび首くびくびどもどもども持も持ももつつっててて都みやこ都みやこみやこへへへ上のぼ上のぼのぼららられれれけりけりけり。。。
  9. 9あくるあくるあくる二に二にに十じふ十じふじゅう九く九くく日にち日にちにち頭とう頭とうとうののの中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょう重しげ重しげしげ衡ひら衡ひらひら、、、南なん南なんなん都と都とと亡ほろ亡ほろほろぼしぼしぼしててて北ほく北ほくほく京きやう京きやうきょうへへへ歸かへ歸かへかえりりり入い入いいらららるるる。。。およそおよそおよそははは入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこく許ばか許ばかばかりりりこそこそこそ憤いきどほ憤いきどほいきどおりりり晴は晴ははれれれててて喜よろこ喜よろこよろこばばばれれれけれけれけれ。。。中ちゆう中ちゆうちゅう宮ぐう宮ぐうぐう、、、一いち一いちいち院ゐん院ゐんいん、、、上じやう上じやうじょう皇くわう皇くわうこうははは、、、「「「たとひたとひたとい惡あく惡あくあく僧そう僧そうそうをををこそこそこそ亡ほろ亡ほろほろぼさぼさぼさめめめ、、、多おほ多おほおおくくくののの伽が伽がが藍らん藍らんらんををを破は破はは滅めつ滅めつめつすすすべきべきべきやややははは。。。」」」とととぞぞぞ御おん御おんおん歎なげ歎なげなげきききありありありけるけるける。。。日ひ日ひひ頃ごろ頃ごろごろははは衆しゆ衆しゆしゅ徒と徒ととののの首くび首くびくび、、、大おほ大おほおお路ぢ路ぢじをををわたいわたいわたいててて、、、獄ごく獄ごくごく門もん門もんもんののの木き木ききにににかけかけかけらるらるらるべしべしべしととと、、、公く公くく卿ぎやう卿ぎやうぎょう僉せん僉せんせん議ぎ議ぎぎありありありしかしかしかどもどもども、、、東とう東とうとう大だい大だいだい寺じ寺じじ、、、興こう興こうこう福ぶく福ぶくぶく寺じ寺じじののの亡ほろ亡ほろほろびびびぬるぬるぬる淺あさ淺あさあさましさましさましさににに、、、何なに何なになにののの沙さ沙ささ汰た汰たたにににももも及およ及およおよばばばずずず。。。こゝこゝここやややかしこかしこかしこののの溝みぞ溝みぞみぞややや堀ほり堀ほりほりにににぞぞぞ捨す捨すすててて置お置おおきききけるけるける。。。聖しやう聖しやうしょう武む武むむ皇くわう皇くわうこう帝てい帝ていていののの宸しん宸しんしん筆ぴつ筆ぴつぴつののの御ご御ごご記き記きき文もん文もんもんにににももも、、、「「「わがわがわが寺てら寺てらてら興こう興こうこう福ふく福ふくふくせせせばばば天てん天てんてん下か下かかももも興こう興こうこう福ふく福ふくふくすすすべしべしべし。。。わがわがわが寺てら寺てらてら衰すい衰すいすい微び微びびせせせばばば天てん天てんてん下か下かかももも衰すい衰すいすい微び微びびすすすべしべしべし。。。」」」とととぞぞぞあそばさあそばさあそばされれれたるたるたる。。。さればさればされば天てん天てんてん下か下かかののの衰すい衰すいすい微び微びびせせせんんんことことこと疑うたが疑うたがうたがひひいなしなしなしとととぞぞぞ見み見みみえええたりたりたりけるけるける。。。あさましかりあさましかりあさましかりつるつるつる年とし年としとしももも暮く暮くくれれれててて、、、治ぢ治ぢじ承しよう承しようしょうももも五ご五ごご年ねん年ねんねんににになりなりなりにににけりけりけり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

都ではまた、南都(奈良の興福寺)と三井寺が心を合わせて、あるいは高倉宮(以仁王)をお迎えし、あるいはお迎えに参ったことは、それだけで朝敵である。それならば奈良も攻められるだろうと聞こえたので、大衆はおおいに蜂起した。関白殿(基通)から、「考えがあるならば、何度でも奏聞するのがよい」といって、有官の別当忠成を下されたところ、大衆が立ち上がって、「乗物から引きずり落とせ、髻を切れ」と騒ぎ立てたので、忠成は顔色を失って逃げ上った。次に右衛門督親雅を下されたが、「これも髻を切れ」と騒いだので、取る物も取りあえず急いで都へ上られた。そのときは勧学院の雑色が二人、髻を切られてしまった。

南都ではまた、大きな毬杖の玉を作って、これこそ入道相国の首だと名づけて、「打て、踏め」などと言った。言葉の漏れやすいのは災いを招くなかだちである。言葉を慎まないのは敗れを取る道であるという。口にするのも畏れ多いことに、この入道相国は今上天皇の外祖父でいらっしゃる。それをこのように言った南都の大衆は、およそ天魔のしわざと見えた。

入道相国は、ひとまず南都の乱暴を鎮めようとして、妹尾太郎兼康を大和国の検非所に任じられた。兼康は五百余騎で駆けつける。「よく心して、衆徒が乱暴をしても、おまえたちはするな。鎧兜を着けるな、弓矢を帯びるな」といって遣わされたのを、南都の大衆はそのような内々の指示を知らないで、兼康の手勢六十余人を捕らえて、一人ひとり首を切り、猿沢の池のほとりに懸け並べた。入道相国はおおいに怒って、「それなら南都も攻めよ」といって、大将軍には頭中将重衡と中宮亮通盛、総勢四万余騎が南都へ向かった。南都でも老いも若きも問わず七千余人が兜の緒をしめ、奈良坂と般若寺の二か所の道を掘り切って、楯を並べ、逆茂木を引いて待ち構えた。

平家は四万余騎を二手に分けて、奈良坂と般若寺の二か所の城郭に押し寄せて、鬨の声をどっとあげた。大衆は徒歩で、刀や長刀で戦う。官軍は馬で駆けまわり駆けまわり攻めたので、大衆は数を尽くして討たれてしまった。卯の刻(午前六時ごろ)から矢合わせをして、一日中戦い、夜になったので、奈良坂と般若寺の二か所の城郭はともに破られた。落ちていく衆徒の中に、坂四郎永覚という荒法師がいた。この者は力の強さ、弓矢や打物をとっては、七大寺・十五大寺の中でも抜きんでていた。萌黄縅の鎧に黒糸縅の腹巻を二領重ねて着ていた。帽子兜に五枚兜の緒をしめ、茅の葉のように反った白柄の大長刀と、黒漆の大太刀を左右の手に持ったまま、同じ宿坊の僧十余人を前後左右に立てて、手掻の門から討って出た。これがしばらく持ちこたえた。多くの官兵が馬の足を薙ぎ払われて、多く討たれた。しかし官軍は大勢で、入れ替わり入れ替わり攻めたので、永覚が守っていた所の同宿の僧たちはみな討たれてしまった。永覚は心では勇ましく思ったが、背後ががら空きになったので、どうしようもなく、ただ一人、南をさして落ちていった。

夜戦になって、大将軍の頭中将重衡は般若寺の門の前に立って、「暗くてたまらない。火を出せ」とおっしゃったので、播磨国の住人で福井荘の下司、次郎大夫友方という者が、楯を割って松明にして、民家に火をかけた。ころは十二月二十八日の夜、戌の刻(午後八時ごろ)ごろのことなので、折から風は激しく、火元は一つであったが、吹き迷う風にあおられて、多くの伽藍に燃え移った。およそ恥を知り、名を惜しむほどの者は、奈良坂で討ち死にし、般若寺で討たれてしまった。歩ける者は吉野や十津川の方へ落ちていった。歩くこともできない老僧や、ふつうの修学僧、稚児たち、女や子どもは、もしかしたら助かるかと、大仏殿の二階の上や山階寺(興福寺)の中に、我先にと逃げこんだ。大仏殿の二階の上には千余人が昇り、敵が続いて上って来られないようにと、はしごを引き上げてしまった。猛火はまっすぐに押し寄せた。わめき叫ぶ声は、焦熱・大焦熱・無間阿鼻の地獄の炎の底の罪人も、これ以上ではあるまいと見えた。

興福寺は淡海公(藤原不比等)の御願による、藤原氏代々の寺である。東金堂におられる、仏法伝来のはじめの釈迦の像、西金堂におられる、自然に湧き出た観世音、瑠璃を並べた四面の回廊、朱色を塗りまじえた二階の楼、九輪が空に輝いていた二基の塔が、たちまち煙となってしまったのは悲しいことである。

東大寺は、常に存在して滅びることのない実報寂光土の仏の生身と見なして、聖武天皇が自らの手で磨き立てられた金銅十六丈の盧遮那仏は、頭頂の肉髻が高くそびえて半ば天の雲に隠れ、白毫が新たに拝まれた満月のようなお顔も、御首は焼け落ちて大地にあり、お体は溶け合って山のようである。八万四千の相好は秋の月が五重の雲にたちまち隠れたように、四十一地の瓔珞は夜の星がむなしく十悪の風に漂うように失われ、煙は中天に満ちあふれ、炎は虚空にすきまもない。目の当たりに見る者はまったく目を向けられず、かすかに伝え聞く人は肝をつぶした。法相宗・三論宗の経文や聖教は、すべて一巻も残らなかった。わが国は言うに及ばず、天竺や震旦(中国)にも、これほどの仏法の滅亡があったとは思われない。優塡大王が紫磨金を磨き、毘須羯磨が赤栴檀を刻んだ仏像も、わずかに等身の仏である。ましてこれは南閻浮提(人間の住む世界)の中で唯一無二の仏であって、いつまでも朽ち損なわれる時があろうとは思いもしなかったのに、今、毒煙の塵にまみれて、永く悲しみを残された。梵天・帝釈・四天王、竜神八部、冥官・冥衆もさぞ驚かれたであろうと見えた。法相宗を守護する春日大明神は、どのようにお思いになったであろうか。それゆえ春日野の露も色が変わり、三笠山の嵐の音も恨んでいるように聞こえた。

炎の中で死んだ人数を数えると、大仏殿の二階の上では一千七百余人、山階寺では八百余人、ある御堂では五百余人、ある御堂では三百余人と、くわしく記したところ、三千五百余人であった。戦場で討たれた大衆は千余人で、そのうち一部は般若寺の門に首を懸けさせ、一部は首を持って都へ上られた。

翌二十九日、頭中将重衡は南都を滅ぼして京都へ帰られた。およそ入道相国だけが怒りが晴れてお喜びになった。中宮・一院(後白河法皇)・上皇(高倉上皇)は、「たとえ悪僧を滅ぼすにしても、多くの伽藍まで破滅させてよいものか」とお嘆きになった。ふだんならば衆徒の首は大路を引き回して獄門の木に懸けるべきだと公卿の評議があったが、東大寺と興福寺が滅んでしまったあさましさに、何の処置もとられなかった。首はあちらこちらの溝や堀に捨て置かれた。聖武天皇の宸筆の御記文にも、「わが寺が栄えれば天下も栄えるであろう。わが寺が衰えれば天下も衰えるであろう」とお書きになっている。それならば天下が衰えることは疑いないと思われた。あさましいことの多かった年も暮れて、治承も五年になった。

意訳

平重衡による南都焼き討ちを描き、巻第五を結ぶ章段である。清盛の首に見立てた毬杖の玉を打ち踏み、兼康の兵の首を猿沢の池に懸けるなど、南都の大衆の挑発が、平家の大軍を招いた。

夜戦の明かりにと放った火が風にあおられ、東大寺の大仏殿や興福寺の伽藍を焼きつくす。逃げこんだ老僧や稚児まで三千五百余人が焼け死に、大仏の首も焼け落ちた。物語は仏法の滅亡を嘆く美文を重ね、聖武天皇の記文を引いて、天下の衰えは疑いないと結んでいる。仏敵となった平家の滅びを予告する章段でもある。

語釈・文法注

毬杖
木の槌で木の玉を打ち合う遊び。また、その槌や玉。

文法

「及ばめ」
及ぶのがよい。「め」は適当の助動詞「む」の已然形で、「こそ」の結び。
「うて、蹈め」
打て、踏め。
「かけまけも忝く」
口にかけて言うのも畏れ多いことに。底本は「かけまけも」と刷る。通行本文は「かけまくも」。
「物具なせそ」
鎧兜を着けるな。「な…そ」は禁止を表す。
「闇さはくらし」
暗さは暗いし。暗くてたまらないの意。
「少々は…少少は」
一部は…一部は。底本は行の頭の字を「々」にせず、「少少」と刷る。

解説

南都焼き討ちは治承四年(1180)十二月二十八日のことである。東大寺・興福寺の大部分が焼失し、大仏も損傷した。のちに重源が勧進して東大寺を再建し、文治元年(1185)に大仏の開眼供養が行われた。

焼き討ちの大将軍であった重衡は、のちに一の谷で捕らえられ、南都の大衆の求めによって木津川のほとりで斬られる(巻第十一)。この章段はその因果を予告するものでもある。

関連

出典

底本
『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、506–510頁(コマ282–284)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日