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平家物語 巻第五

勧進帳の事

文覚は高雄の山奥で修行していたが、荒れ果てた神護寺を再興しようと大願を起こし、勧進帳を持って寄進を募り歩いた。ある日、後白河法皇の御所法住寺殿を訪ねたが、御遊の最中で取り次がれなかったので、中庭に押し入り、大声で勧進帳を読み上げた。

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  2. 2「「「沙しや沙しやしゃ彌み彌みみ文もん文もんもん覺がく覺がくがく敬うやま敬うやまうやまひひいててて白まう白まうもうすすす。。。殊こと殊ことことにににははは貴き貴きき賤せん賤せんせん道だう道だうどう俗ぞく俗ぞくぞくののの助じよ助じよじょ成じやう成じやうじょうををを蒙かうぶ蒙かうぶこうぶつつっててて、、、高たか高たかたか雄を雄をお山さん山さんさんののの靈れい靈れいれい地ち地ちちににに一いち一いちいち院ゐん院ゐんいんををを建こん建こんこん立りふ立りふりゅうししし、、、二に二にに世せ世せせ安あん安あんあん樂らく樂らくらくののの大だい大だいだい利り利りりををを勸ごん勸ごんごん行ぎやう行ぎやうぎょうせせせんんんととと乞こ乞ここふふう勸くわん勸くわんかん進じん進じんじんののの狀じやう狀じやうじょう。。。それそれそれ惟おもん惟おもんおもんみみみれれればばば、、、眞しん眞しんしん如によ如によにょ廣くわう廣くわうこう大だい大だいだいなりなりなり。。。生じやう生じやうじょう佛ぶつ佛ぶつぶつののの假け假けけ名みやう名みやうみょうををを立た立たたつつつととといへいへいえどもどもども、、、法ほつ法ほつほっ性しやう性しやうしょう隨ずゐ隨ずゐずい妄まう妄まうもうののの雲くも雲くもくも厚あつ厚あつあつくくく覆おほ覆おほおおつつっててて、、、十じふ十じふじゅう二に二にに因いん因いんいん緣えん緣えんえんののの峯みね峯みねみねにににたなびきたなびきたなびきしししよりよりよりこのこのこのかたかたかた、、、本ほん本ほんほん有う有うう心しん心しんしん蓮れん蓮れんれんののの月つき月つきつきののの光ひかり光ひかりひかり幽かす幽かすかすかかかにににしてしてして、、、未いま未いまいまだだだ三さん三さんさん毒どく毒どくどく四し四しし慢まん慢まんまんののの大たい大たいたい虛こ虛ここにににあらはれあらはれあらわれずずず。。。悲かな悲かなかなしいしいしいかなかなかな佛ぶつ佛ぶつぶつ日にち日にちにちはやくはやくはやく沒もつ沒もつもつしししててて、、、生しやう生しやうしょう死じ死じじ流る流るる轉てん轉てんてんののの衢ちまた衢ちまたちまた冥みやう冥みやうみょう々みやう々みやうみょうたりたりたり。。。只たゞ只たゞただ色いろ色いろいろににに耽ふけ耽ふけふけりりり酒さけ酒さけさけににに耽ふけ耽ふけふけるるる。。。誰たれ誰たれたれかかか狂きやう狂きやうきょう象ざう象ざうぞう跳てう跳てうちょう猿ゑん猿ゑんえんののの迷まよ迷まよまよひひいををを謝しや謝しやしやせせせんんん。。。徒いたづ徒いたづいたずらららににに人ひと人ひとひとををを謗はう謗はうほうししし法ほふ法ほふほうををを謗はう謗はうほうすすす。。。これこれこれ豈あに豈あにあに閻えん閻えんえん羅ら羅らら獄ごく獄ごくごく卒そつ卒そつそつののの責せ責せせめめめををを免まぬか免まぬかまぬかれれれんんんややや。。。こゝこゝここににに文もん文もんもん覺がく覺がくがく、、、たま〳〵たま〳〵たまたま俗ぞく俗ぞくぞく塵ぢん塵ぢんじんををを打うち打うちうち拂はら拂はらはらつつっててて法ほふ法ほふほうををを飾かざ飾かざかざるるるととといへいへいえどもどもども、、、惡あく惡あくあく行ぎやう行ぎやうぎょうなほなほなお心こころ心こころこころににに逞たくま逞たくまたくましうしうしゅうしてしてして、、、日にち日にちにち夜や夜ややにににつくりつくりつくり、、、善ぜん善ぜんぜん苗べう苗べうびょうまたまたまた耳みゝ耳みゝみみににに逆さか逆さかさかつつっててて、、、朝てう朝てうちょう暮ぼ暮ぼぼにににすたるすたるすたる。。。いたましきいたましきいたましきかなかなかな、、、ふたゝびふたゝびふたたび三さん三さんさん途づ途づずののの火くわ火くわか坑きやう坑きやうきょうににに歸かへ歸かへかえつつっててて、、、永なが永ながながくくく四し四しし生しやう生しやうしょうののの苦く苦くく輪りん輪りんりんををを廻めぐ廻めぐめぐらららんんん事こと事ことことををを。。。このこのこの故ゆゑ故ゆゑゆえににに牟む牟むむ尼に尼ににののの憲けん憲けんけん章しやう章しやうしょう千せん千せんせん萬まん萬まんまん軸ぢく軸ぢくじく、、、軸ぢく軸ぢくじく々ぢく々ぢくじくににに佛ぶつ佛ぶつぶつ種しゆ種しゆしゅののの因いん因いんいんをををあかしあかしあかし、、、隨ずゐ隨ずゐずい緣えん緣えんえん至し至しし誠じやう誠じやうじょうののの法ほふ法ほふほう、、、一ひと一ひとひとつつつとととしてしてして菩ぼ菩ぼぼ提だい提だいだいののの彼ひ彼ひひ岸がん岸がんがんににに至いた至いたいたらららずずずととといふいふいう事こと事ことことなしなしなし。。。故ゆゑ故ゆゑゆえににに文もん文もんもん覺がく覺がくがく、、、無む無むむ常じやう常じやうじょうののの觀くわん觀くわんかん門もん門もんもんににに涙なみだ涙なみだなみだををを落おと落おとおとししし、、、上じやう上じやうじょう下げ下げげののの眞しん眞しんしん俗ぞく俗ぞくぞくををを勸すゝ勸すゝすすめめめててて、、、上じやう上じやうじょう品ぼん品ぼんぼん蓮れん蓮れんれん臺だい臺だいだいににに緣えん緣えんえんををを結むす結むすむすびびび、、、等とう等とうとう妙めう妙めうみょう覺がく覺がくがく王わう王わうおうののの靈れい靈れいれい場ぢやう場ぢやうじょうををを建た建たたてててんんんとととなりなりなり。。。それそれそれ高たか高たかたか雄を雄をおははは山やま山やまやま堆うづたか堆うづたかうずたこうううしてしてして鷲じゆ鷲じゆじゅ峯ぶ峯ぶぶ山せん山せんせんののの梢こずゑ梢こずゑこずえををを表へう表へうひょうししし、、、谷たに谷たにたに閑しづか閑しづかしずかにににしてしてして商しやう商しやうしょう山ざん山ざんざん洞どう洞どうどうののの苔こけ苔こけこけををを敷し敷ししけけけりりり。。。岩がん岩がんがん泉せん泉せんせん咽むせ咽むせむせんんんででで布ぬの布ぬのぬのををを引ひ引ひひききき、、、嶺れい嶺れいれい猿ゑん猿ゑんえん叫さけ叫さけさけびびびててて枝えだ枝えだえだににに遊あそ遊あそあそぶぶぶ。。。人ひと人ひとひと里ざと里ざとざと遠とほ遠とほとおくくくしてしてして囂けう囂けうきょう塵ぢん塵ぢんじんなくなくなく、、、師し師しし跡せき跡せきせきことことことなうなうのうしてしてして信しん信しんしん心じん心じんじんのみのみのみありありあり。。。地ち地ちち形ぎやう形ぎやうぎょうすぐれすぐれすぐれたりたりたり、、、最もつと最もつともっとももも佛ぶつ佛ぶつぶつ天てん天てんてんををを崇あが崇あがあがむむむべしべしべし。。。奉ほう奉ほうほう加が加がが少すこ少すこすこしきしきしきなりなりなり、、、誰たれ誰たれたれかかか助じよ助じよじょ成じやう成じやうじょうせせせざらざらざらんんん。。。ほのかほのかほのかににに聞き聞ききくくく聚しゆ聚しゆしゅ砂しや砂しやしゃ爲ゐ爲ゐい佛ぶつ佛ぶつぶつ塔たふ塔たふとうののの功く功くく德どく德どくどく、、、忽たちま忽たちまたちまちちちににに佛ぶつ佛ぶつぶつ因いん因いんいんををを感かん感かんかんずずず。。。況いは況いはいわんんんややや一いつ一いついっ紙し紙しし半はん半はんはん錢せん錢せんせんののの寶ほう寶ほうほう財ざい財ざいざいにににおいおいおいてててをををややや。。。願ねが願ねがねがはくはくわくははは建こん建こんこん立りふ立りふりゅう成じやう成じやうじょう就じゆ就じゆじゅしてしてして、、、禁きん禁きんきん闕けつ闕けつけつ鳳ほう鳳ほうほう曆れき曆れきれき、、、御ご御ごご願ぐわん願ぐわんがん圓ゑん圓ゑんえん滿まん滿まんまん、、、乃ない乃ないない至し至しし都と都とと鄙ひ鄙ひひ遠をん遠をんおん近きん近きんきん、、、里り里りり民みん民みんみん緇し緇しし素そ素そそ、、、堯げう堯げうぎょう舜しゆん舜しゆんしゅん無ぶ無ぶぶ爲ゐ爲ゐいののの化くわ化くわかををを歌うた歌うたうたひひい、、、椿ちん椿ちんちん葉えふ葉えふよう再さい再さいさい會くわい會くわいかいののの笑ゑ笑ゑえみみみををを披ひら披ひらひらかかかんんん。。。殊こと殊ことことにににはははまたまたまた聖しやう聖しやうしょう靈りやう靈りやうりょう幽いう幽いうゆう儀ぎ儀ぎぎ、、、前ぜん前ぜんぜん後ご後ごご大だい大だいだい小せう小せうしょう、、、速すみや速すみやすみやかかかににに一いち一いちいち佛ぶつ佛ぶつぶつ眞しん眞しんしん門もん門もんもんののの臺うてな臺うてなうてなににに至いた至いたいたりりり、、、必かなら必かならかならずずず三さん三さんさん身じん身じんじん萬まん萬まんまん德とく德とくとくののの月つき月つきつきををを翫もてあそ翫もてあそもてあそばばばんんん。。。依よ依よよつつっててて勸くわん勸くわんかん進じん進じんじん修しゆ修しゆしゅ行ぎやう行ぎやうぎょうののの趣おもむき趣おもむきおもむき、、、蓋けだ蓋けだけだししし以もつ以もつもってててかくかくかくののの如ごと如ごとごとししし。。。治ぢ治ぢじ承しよう承しようしょう三さん三さんさん年ねん年ねんねん三さん三さんさん月ぐわつ月ぐわつがつ日にち日にちにち。。。文もん文もんもん覺がく覺がくがく。。。」」」とととこそこそこそ讀よ讀よよみみみ上あ上ああげげげたれたれたれ。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

その後文覚は、高雄という山奥で修行に打ち込んでいた。その高雄に神護寺という山寺があった。これは昔、称徳天皇の御代に和気清麻呂が建てた伽藍である。長く修造されなかったので、春は霞に立ちこめられ、秋は霧にまぎれ、扉は風に倒れて落ち葉の下に朽ち、甍は雨露に侵されて、仏壇はすっかり露わになっていた。住持の僧もいないので、たまに差し込むものといえば、ただ日や月の光ばかりである。文覚は何とかしてこの寺を修造したいという大願を起こし、勧進帳を捧げて、あちこちの檀那に寄進を勧めて歩いていたが、あるとき、院の御所法住寺殿に参った。ご寄進いただきたい旨を申し上げた。ちょうど管弦の御遊の最中で、お聞き入れにならなかったので、文覚はもとより向こう見ずの荒法師であったから、御前で取り込み中であることも知らずに、ただ取り次ぎの者が申し入れないのだと思い込んで、無理やり中庭に押し入り、大声をあげて、「大慈大悲の君でいらっしゃる。これほどのことを、どうしてお聞き入れにならないことがあろう」といって、勧進帳を広げて高らかに読み上げた。

「沙弥文覚、謹んで申し上げる。とりわけ貴賤道俗の助力を受けて、高雄山の霊地に一院を建立し、現世と来世の安楽という大きな利益を勧め行おうと願う勧進の状。そもそも思えば、真如の理は広大である。衆生と仏の仮の名を立てるが、法性が妄念に従う雲が厚く覆って、十二因縁の峰にたなびいてからこのかた、本来の心の蓮の月の光はかすかで、まだ三毒四慢の大空に現れない。悲しいことに仏日は早く沈んで、生死流転の巷は暗い。人はただ色に耽り酒に耽る。誰が狂った象や跳ねる猿のような迷いを捨てられようか。いたずらに人をそしり法をそしる。これでどうして閻魔の獄卒の責めを免れようか。ここに文覚は、たまたま俗塵を払って仏法の道に入ったが、悪行はなお心にはびこって昼夜に作り、善の芽はまた耳に逆らって朝夕に廃れる。いたましいことに、再び三途の火の穴に帰って、長く四生の苦しみの輪を巡るであろう。それゆえ釈迦の教え千万巻は、一巻一巻に仏となる因を明らかにし、縁に従う至誠の法は、一つとして悟りの彼岸に至らないものはない。それゆえ文覚は、無常を観じて涙を落とし、上下の僧俗に勧めて、極楽の上品の蓮台に縁を結び、等覚・妙覚の仏の霊場を建てようとするのである。そもそも高雄は山が高く、霊鷲山の梢を思わせ、谷は静かで商山の洞の苔を敷いたようである。岩間の泉は咽ぶように布を引き、峰の猿は叫んで枝に遊ぶ。人里遠くて俗塵はなく、師の跡は格別でただ信心のみがある。地形はすぐれている。最も仏を崇めるべき所である。寄進が少しでもあれば、誰が助けないことがあろう。かすかに聞く、砂を集めて仏塔を作る功徳でさえ、たちまち仏となる因となるという。まして紙一枚、銭半分の財宝ならなおさらである。願わくは建立が成就して、宮中は長く栄え、ご願は円満に、さらには都鄙遠近、里の民や僧俗が、堯舜の無為の治世を歌い、長寿を祝う笑みを交わさんことを。とりわけまた亡き人々の霊が、先に逝った者も後の者も大小を問わず、速やかに仏の真の門の台に至り、必ず三身万徳の月を楽しまんことを。よって勧進修行の趣旨は、おおよそこのとおりである。治承三年三月某日。文覚」と読み上げた。

意訳

文覚が神護寺再興のために書いた勧進帳を、法皇の御所で読み上げる章段である。荒れ果てた神護寺の描写は、文覚の大願の切実さを伝えている。御遊の最中にもかまわず中庭に押し入る姿は、型破りな荒聖文覚の面目躍如である。

勧進帳は、仏教の教理を説いて人の迷いを嘆き、神護寺の地のすぐれたことを述べて寄進を求める、漢文訓読調の格調高い文章である。のちの歌舞伎「勧進帳」は、この文覚の勧進帳の場面を下敷きに、弁慶が白紙の勧進帳を読み上げる話として作られた。

語釈・文法注

文法

「勸進帳」
寺社の建立や修理の費用を集めるため、その趣旨を記して寄進を勧める文書。
「御奉加」
寄進。
「讀うだり」
「読みたり」の音便。
「聚砂爲佛塔」
子どもが戯れに砂を集めて仏塔を作っても仏道を成就する、という『法華経』方便品の句。
「椿葉再會」
長寿を祝う言葉。大椿は八千年を春とし八千年を秋とするという『荘子』の故事による。

解説

神護寺は京都高雄にある真言宗の寺で、和気清麻呂が建立し、空海も住した。平安時代末には荒廃していたが、文覚の尽力によって後白河法皇・源頼朝の援助を得て再興された。文覚が寄進を求めた「文覚四十五箇条起請文」が神護寺に伝わる。

関連

出典

底本
『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、486–488頁(コマ272–273)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日