古典ライブラリー

平家物語 巻第四

橋合戦の事

南都へ向かう以仁王は疲れて落馬を重ね、宇治の平等院で休んだ。頼政らは宇治橋の橋板を三間外して平家の大軍を待ち受け、先陣の二百余騎は川に落ちて溺れた。橋上では五智院但馬が矢を切り払い、筒井浄妙明秀や一来法師が奮戦した。平家方では十七歳の足利忠綱が、坂東武者の渡河の作法を説いて三百余騎で増水した宇治川を一騎も流さず渡りきった。

  1. 1さるさるさる程ほど程ほどほどににに宮みや宮みやみやははは宇う宇うう治ぢ治ぢじととと寺てら寺てらてらとととののの閒あひだ閒あひだあいだにににててて、、、六ろく六ろくろく度ど度どどまでまでまで御ご御ごご落らく落らくらく馬ば馬ばばありありありけりけりけり。。。これこれこれははは去さ去ささんんんぬるぬるぬる夜よ夜よよ御ぎよ御ぎよぎょ寢しん寢しんしんならならならざりざりざりししし故ゆゑ故ゆゑゆえなりなりなりとてとてとて、、、宇う宇うう治ぢ治ぢじ橋ばし橋ばしばし三さん三さんさん閒げん閒げんげん引ひき引ひきひき放はな放はなはなししし、、、平びやう平びやうびょう等どう等どうどう院ゐん院ゐんいんににに入い入いいれれれ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり、、、暫しばら暫しばらしばらくくく御ご御ごご休きう休きうきゅう息そく息そくそくありありありけりけりけり。。。六ろく六ろくろく波は波はは羅ら羅ららにににははは、、、「「「すはやすはやすわや宮みや宮みやみやこそこそこそ南なん南なんなん都と都ととへへへ落お落おおちちちさせさせさせ給たま給たまたまふふうなれなれなれ、、、おつかけおつかけおっかけててて討う討ううちちち奉たてまつ奉たてまつたてまつれれれややや。。。」」」とてとてとて、、、大たい大たいたい將しやう將しやうしょう軍ぐん軍ぐんぐんにににははは左さ左ささ兵ひやう兵ひやうひょう衞ゑ衞ゑえののの督かみ督かみかみ知とも知ともとも盛もり盛もりもり、、、頭とう頭とうとうののの中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょう重しげ重しげしげ衡ひら衡ひらひら、、、薩さつ薩さつさつ摩ま摩ままののの守かみ守かみかみ忠たゞ忠たゞただ度のり度のりのり、、、侍さぶらひ侍さぶらひさぶらい大たい大たいたい將しやう將しやうしょうにににははは上總かづさ上總かづさかずさののの守かみ守かみかみ忠たゞ忠たゞただ淸きよ淸きよきよ、、、そのそのその子こ子ここ上總かづさ上總かづさかずさののの太た太たた郎らう郎らうろう判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん忠たゞ忠たゞただ綱つな綱つなつな、、、飛ひ飛ひひ驒だ驒だだののの守かみ守かみかみ景かげ景かげかげ家いへ家いへいえ、、、そのそのその子こ子ここ飛ひ飛ひひ驒だ驒だだののの太た太たた郎らう郎らうろう判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん景かげ景かげかげ隆たか隆たかたか、、、高たか高たかたか橋はし橋はしはしののの判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん長なが長ながなが綱つな綱つなつな、、、河かう河かうこう内ち内ちちののの判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん秀ひで秀ひでひで國くに國くにくに、、、武む武むむ藏さし藏さしさしののの三さぶ三さぶさぶ郎らう郎らうろう左さ左ささ衞ゑ衞ゑえ門もん門もんもん有あり有ありあり國くに國くにくに、、、越ゑつ越ゑつえっ中ちゆう中ちゆうちゅうののの次じ次じじ郎らう郎らうろう兵びやう兵びやうびょう衞ゑ衞ゑえ盛もり盛もりもり續つぐ續つぐつぐ、、、上總かづさ上總かづさかずさののの五ご五ごご郎らう郎らうろう兵びやう兵びやうびょう衞ゑ衞ゑえ忠たゞ忠たゞただ光みつ光みつみつ、、、惡あく惡あくあく七しち七しちしち兵びやう兵びやうびょう衞ゑ衞ゑえ景かげ景かげかげ淸きよ淸きよきよををを先さき先さきさきとととしてしてして、、、都つ都つつ合がふ合がふごうそのそのその勢せい勢せいせい二に二にに萬まん萬まんまん八はつ八はつはっ千せん千せんせん餘よ餘よよ騎き騎きき、、、木こ木ここ幡はた幡はたはた山やま山やまやまうちうちうち越こ越ここえええててて、、、宇う宇うう治ぢ治ぢじ橋ばし橋ばしばしのののつめつめつめにににぞぞぞおしおしおし寄よ寄よよせせせたるたるたる。。。
  2. 2敵かたき敵かたきかたき平びやう平びやうびょう等どう等どうどう院ゐん院ゐんいんにににととと見み見みみてててけれけれければばば、、、鬨とき鬨ときときをををつくるつくるつくることことこと三さん三さんさん箇か箇かか度ど度どどなりなりなり。。。宮みや宮みやみやののの御み御みみ方かた方かたかたにににももも、、、おなじうおなじうおなじゅう鬨とき鬨ときときののの聲こゑ聲こゑこえをををぞぞぞ合あ合ああはせはせわせたるたるたる。。。先せん先せんせん陣ぢん陣ぢんじんががが、、、「「「橋はし橋はしはしををを引ひ引ひひいいいたるたるたるぞぞぞ、、、あやまちあやまちあやまちすすすななな。。。橋はし橋はしはしををを引ひ引ひひいいいたるたるたるぞぞぞ、、、あやまちあやまちあやまちなななすすすななな。。。」」」とととどよみどよみどよみけれけれけれどもどもども、、、後ご後ごご陣ぢん陣ぢんじんはははこれこれこれををを聞き聞きききききつけつけつけずずず、、、我われ我われわれ先さき先さきさきに〳〵に〳〵にわれさきにととと進すゝ進すゝすすむむむ程ほど程ほどほどににに、、、先せん先せんせん陣ぢん陣ぢんじん二に二にに百ひやく百ひやくひゃく餘よ餘よよ騎き騎ききおしおしおし落おと落おとおとささされれれ、、、水みづ水みづみずににに溺おぼ溺おぼおぼれれれててて失う失ううせせせにににけりけりけり。。。
  3. 3さるさるさる程ほど程ほどほどににに、、、橋はし橋はしはしののの兩りやう兩りやうりょう方はう方はうほうのののつめつめつめうちうちうち立た立たたつつっててて、、、矢や矢やや合あはせ合あはせあわせすすす。。。宮みや宮みやみやののの御み御みみ方かた方かたかたよりよりより大おほ大おほおお矢や矢ややののの俊しゆん俊しゆんしゅん長ちやう長ちやうちょう、、、五ご五ごご智ち智ちち院ゐん院ゐんいんののの但たぢ但たぢたじ馬ま馬まま、、、渡わた渡わたわた邊なべ邊なべなべののの省はぶく省はぶくはぶく、、、授さづく授さづくさずく、、、續つゞく續つゞくつづくののの源げん源げんげん太だ太だだががが射い射いいけるけるける矢や矢ややぞぞぞ、、、楯たて楯たてたてもももたまらたまらたまらずずず、、、鎧よろひ鎧よろひよろいもももかけかけかけずずず、、、通とほ通とほとおりりりけりけりけり。。。源げん源げんげん三ざん三ざんざん位み位みみ入にふ入にふにゅう道だう道だうどう賴より賴よりより政まさ政まさまさははは、、、今日けふ今日けふきょうををを最さい最さいさい後ご後ごごとととややや思おも思おもおもははわれれれけんけんけん、、、長ちやう長ちやうちょう絹けん絹けんけんののの鎧よろひ鎧よろひよろい直ひた直ひたひた垂たれ垂たれたれににに科しな科しなしな皮かは皮かはかわ縅をどし縅をどしおどしののの鎧よろひ鎧よろひよろい著き著ききててて、、、わざとわざとわざと兜かぶと兜かぶとかぶとをををばばば著き著きき給たま給たまたまははわずずず。。。嫡ちやく嫡ちやくちゃく子し子しし伊い伊いい豆づ豆づずののの守かみ守かみかみ仲なか仲なかなか綱つな綱つなつなははは赤あか赤あかあか地ぢ地ぢじののの錦にしき錦にしきにしきののの直ひた直ひたひた垂たれ垂たれたれににに、、、黑くろ黑くろくろ絲いと絲いといと縅をどし縅をどしおどしののの鎧よろひ鎧よろひよろいなりなりなり。。。弓ゆみ弓ゆみゆみををを強つよ強つよつよううう引ひ引ひひかかかんんんががが爲ため爲ためためににに、、、これこれこれももも兜かぶと兜かぶとかぶとをををばばば著き著ききざりざりざりけりけりけり。。。
  4. 4こゝこゝここににに五ご五ごご智ち智ちち院ゐん院ゐんいんののの但たぢ但たぢたじ馬ま馬まま、、、大おほ大おほおお長なぎ長なぎなぎ刀なた刀なたなたののの鞘さや鞘さやさやをををはづいはづいはずいててて、、、たゞたゞただ一ひと一ひとひと人り人りり、、、橋はし橋はしはしののの上うへ上うへうえにににぞぞぞ進すゝ進すゝすすんんんだるだるだる。。。平へい平へいへい家け家けけののの方かた方かたかたにににはははこれこれこれををを見み見みみててて、、、「「「たゞたゞただ射い射いい取と取ととれれれややや、、、射い射いい取と取ととれれれ。。。」」」とてとてとて、、、さしさしさしつめつめつめ引ひ引ひひきききつめつめつめ、、、さん〴〵さん〴〵さんざんににに射い射いいけれけれけれどもどもども、、、但たぢ但たぢたじ馬ま馬まま少すこ少すこすこしししももも騒さわ騒さわさわがががずずず、、、上あが上あがあがるるる矢や矢ややをををばばばついついついくゞりくゞりくぐり、、、下さが下さがさがるるる矢や矢ややをををばばば躍をど躍をどおどりりり越こ越ここえええ、、、向むか向むかむかつつっててて來く來くくるるるをををばばば長なぎ長なぎなぎ刀なた刀なたなたにににててて切き切ききつつっててて落おと落おとおとすすす。。。敵かたき敵かたきかたきももも御み御みみ方かた方かたかたももも見けん見けんけん物ぶつ物ぶつぶつすすす。。。それそれそれよりよりよりしてしてしてこそこそこそ矢や矢やや切ぎり切ぎりぎりののの但たぢ但たぢたじ馬ま馬ままとととはははいはいはいわれれれけれけれけれ。。。
  5. 5またまたまた堂だう堂だうどう衆しゆ衆しゆしゅののの中なか中なかなかににに筒つゝ筒つゝつつ井ゐ井ゐいののの淨じやう淨じやうじょう妙めう妙めうみょう明めう明めうみょう秀しう秀しうしゅうははは、、、褐かち褐かちかちののの直ひた直ひたひた垂たれ垂たれたれににに黑くろ黑くろくろ革かは革かはかわ縅をどし縅をどしおどしののの鎧よろひ鎧よろひよろい著き著ききててて、、、五ご五ごご枚まい枚まいまい兜かぶと兜かぶとかぶとののの緒を緒をををををしめしめしめ、、、黑こく黑こくこく漆しつ漆しつしつののの太た太たた刀ち刀ちちををを佩は佩ははききき、、、二に二にに十じふ十じふじゅう四し四ししさいさいさいたるたるたる黑くろ黑くろくろ母ほ母ほほ衣ろ衣ろろののの矢や矢やや負お負おおひひい、、、塗ぬり塗ぬりぬり籠ごめ籠ごめごめ籐どう籐どうどうののの弓ゆみ弓ゆみゆみににに、、、好この好このこのむむむ白しら白しらしら柄え柄ええののの大おほ大おほおお長なぎ長なぎなぎ刀なた刀なたなた取と取ととりりり添そ添そそへへえててて、、、これこれこれもももたゞたゞただ一ひと一ひとひと人り人りり、、、橋はし橋はしはしののの上うへ上うへうえにににぞぞぞ進すゝ進すゝすすんんんだるだるだる。。。大だい大だいだい音おん音おんおん聲じやう聲じやうじょうをををあげあげあげててて、、、「「「遠とほ遠とほとおからからからんんん者もの者ものものははは音おと音おとおとにににももも聞き聞ききけけけ、、、近ちか近ちかちかからからからんんん人ひと人ひとひとははは目め目めめにににももも見み見みみ給たま給たまたまへへえ。。。三み三みみ井ゐ井ゐい寺でら寺でらでらにににははは隱かく隱かくかくれれれなしなしなし、、、堂だう堂だうどう衆しゆ衆しゆしゅののの中なか中なかなかににに筒つゝ筒つゝつつ井ゐ井ゐい淨じやう淨じやうじょう妙めう妙めうみょう明めう明めうみょう秀しう秀しうしゅうとてとてとて、、、一いち一いちいち人にん人にんにん當たう當たうとう千せん千せんせんののの兵つはもの兵つはものつわものぞぞぞややや。。。われわれわれととと思おも思おもおもははわんんん人ひと人ひとひと々びと々びとびとははは寄よ寄よよりりりあへあへあえややや、、、見げん見げんげん參ざん參ざんざんせせせんんん。。。」」」とてとてとて、、、二に二にに十じふ十じふじゅう四し四ししさいさいさいたるたるたる矢や矢ややをををさしさしさしつめつめつめ引ひ引ひひきききつめつめつめ、、、さん〴〵さん〴〵さんざんににに射い射いいるるる。。。矢や矢やや庭には庭にはにはににに敵かたき敵かたきかたき十じふ十じふじゅう二に二にに人にん人にんにん射い射いい殺ころ殺ころころししし、、、十じふ十じふじゅう一いち一いちいち人にん人にんにんににに手て手てて負おほ負おほおおせせせたれたれたればばば、、、箙えびら箙えびらえびらににに一ひと一ひとひとつつつぞぞぞ殘のこ殘のこのこりりりたるたるたる。。。
  6. 6そのそのその後のち後のちのち、、、弓ゆみ弓ゆみゆみをををばばばからからからととと投な投ななげげげ捨す捨すすてててててて、、、箙えびら箙えびらえびらももも解と解とといいいててて捨す捨すすててててててけりけりけり。。。つらぬきつらぬきつらぬき脫ぬ脫ぬぬいいいででで跣はだし跣はだしはだしににになりなりなり、、、橋はし橋はしはしののの行ゆき行ゆきゆき桁げた桁げたげたをををさら〳〵さら〳〵さらさらととと走はし走はしはしりりりけるけるける。。。人ひと人ひとひとははは恐おそ恐おそおそれれれててて渡わた渡わたわたらららねねねどもどもども、、、淨じやう淨じやうじょう妙めう妙めうみょう房ばう房ばうぼうががが心ここ心ここここちちちにににははは、、、一いち一いちいち條でう條でうじょう、、、二に二にに條でう條でうじょうののの大おほ大おほおお路ぢ路ぢじとととこそこそこそふるまうふるまうふるもうたれたれたれ。。。長なぎ長なぎなぎ刀なた刀なたなたにににててて向むか向むかむかふふう敵かたき敵かたきかたき五ご五ごご人にん人にんにんなぎなぎなぎ伏ふ伏ふふせせせ、、、六ろく六ろくろく人にん人にんにんににに當あた當あたあたるるる敵かたき敵かたきかたきにににあうあうおうててて、、、長なぎ長なぎなぎ刀なた刀なたなた中なか中なかなかよりよりよりうちうちうち折を折をおれれれててて捨す捨すすててててててけりけりけり。。。そのそのその後のち後のちのち、、、太た太たた刀ち刀ちちををを拔ぬ拔ぬぬいいいててて戰たゝか戰たゝかたたかふふうににに、、、敵かたき敵かたきかたきははは大おほ大おほおお勢ぜい勢ぜいぜいなりなりなり、、、蜘く蜘くく蛛も蛛もも手で手でで、、、かくなはかくなはかくなわ、、、十じふ十じふじゅう文もん文もんもん字じ字じじ、、、蜻とん蜻とんとん蛉ぼう蛉ぼうぼうがへりがへりがえり、、、水みづ水みづみず車ぐるま車ぐるまぐるま、、、八はつ八はつはっ方ぱう方ぱうぽうすかさすかさすかさずずず切き切ききつつったりたりたりけりけりけり。。。向むか向むかむかふふう敵かたき敵かたきかたき八はち八はちはち人にん人にんにん切き切ききりりりふせふせふせ、、、九く九くく人にん人にんにんににに當あた當あたあたるるる敵かたき敵かたきかたきががが兜かぶと兜かぶとかぶとののの鉢はち鉢はちはちににに餘あま餘あまあまりりりににに強つよ強つよつよくくくあてあてあて、、、目め目めめ貫ぬき貫ぬきぬきののの元もと元もともとよりよりよりちやうちやうちょうととと折を折をおれれれ、、、ぐつぐつぐっととと拔ぬ拔ぬぬけけけててて、、、川かは川かはかはへへへざつぶざつぶざっぶとととぞぞぞ入い入いいりりりにににけるけるける。。。賴たの賴たのたのむむむ所ところ所ところところははは腰こし腰こしこし刀がたな刀がたながたな、、、死し死ししなななんんんとととのみのみのみぞぞぞ狂くる狂くるくるひひいけるけるける。。。
  7. 7こゝこゝここににに乘じよう乘じようじょう圓ゑん圓ゑんえん坊ばう坊ばうぼうののの阿あ阿ああ闍じや闍じやじゃ梨り梨りり慶けい慶けいけい秀しう秀しうしゅうががが召めし召めしめし使つか使つかつかひひいけるけるける一いち一いちいち來らい來らいらい法ほふ法ほふほっ師し師ししととといふいふいう大だい大だいだい力ぢから力ぢからじからののの剛かう剛かうこうののの者もの者ものもの、、、淨じやう淨じやうじょう妙めう妙めうみょう房ばう房ばうぼうががが後うしろ後うしろうしろにににつゞいつゞいつづいててて戰たゝか戰たゝかたたかひひいけるけるけるががが、、、行ゆき行ゆきゆき桁げた桁げたげたははは狹せば狹せばせばししし、、、側そば側そばそば通とほ通とほとおるるるべきべきべきやうやうようはははなしなしなし。。。淨じやう淨じやうじょう妙めう妙めうみょう房ばう房ばうぼうががが兜かぶと兜かぶとかぶとののの錏しころ錏しころしころににに手て手ててををを置お置おおいいいててて、、、「「「あしうあしうあしゅう候さふらふ候さふらふそうろう、、、淨じやう淨じやうじょう妙めう妙めうみょう房ばう房ばうぼう。。。」」」とてとてとて、、、肩かた肩かたかたをををづんづんずんととと跳をど跳をどおどりりり越こ越ここえええてててぞぞぞ戰たゝか戰たゝかたたかひひいけるけるける。。。一いち一いちいち來らい來らいらい法ほふ法ほふほっ師し師しし討うち討うちうち死じに死じにじにしてしてしてけりけりけり。。。淨じやう淨じやうじょう妙めう妙めうみょう房ばう房ばうぼうははは這は這はほふ〳〵ふ〳〵うほう返かへ返かへかえりりりててて、、、平びやう平びやうびょう等どう等どうどう院ゐん院ゐんいんののの門もん門もんもんののの前まへ前まへまえなるなるなる芝しば芝しばしばののの上うへ上うへうえににに物もの物ものもの具のぐ具のぐのぐぬぎぬぎぬぎ捨す捨すすててて、、、鎧よろひ鎧よろひよろいににに立た立たたつつったるたるたる矢や矢やや目め目めめををを數かぞ數かぞかぞへへへたれたれたればばば六ろく六ろくろく十じふ十じふじゅう三さん三さんさん、、、裏うら裏うらうらかくかくかく矢や矢やや五いつ五いついつ所どころ所どころどころ、、、されどもされどもされども痛いた痛いたいた手で手ででならならならねねねばばば、、、處ところ處ところところ々どころ々どころどころににに灸きう灸きうきゅう治ぢ治ぢじししし、、、頭かしら頭かしらかしらからげからげからげ、、、淨じやう淨じやうじょう衣え衣ええ著き著きき、、、弓ゆみ弓ゆみゆみ切き切ききりりり折を折をおりりり杖つゑ杖つゑつえにににつきつきつき、、、平ひら平ひらひら足あし足あしあし駄だ駄だだはきはきはき、、、阿あ阿ああ彌み彌みみ陀だ陀だだ佛ぶつ佛ぶつぶつ申まう申まうもうしししててて、、、奈な奈なな良ら良ららののの方かた方かたかたへへへぞぞぞまかりまかりまかりけるけるける。。。
  8. 8そのそのその後のち後のちのちははは淨じやう淨じやうじょう妙めう妙めうみょう房ばう房ばうぼうががが渡わた渡わたわたつつったるたるたるををを手て手てて本ほん本ほんほんとととしてしてして、、、三み三みみ井ゐ井ゐい寺でら寺でらでらののの大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅ、、、三さん三さんさん位み位みみ入にふ入にふにゅう道だう道だうどうののの一いち一いちいち類るゐ類るゐるい、、、渡わた渡わたわた邊なべ邊なべなべ黨たう黨たうとう、、、われわれわれ先さき先さきさきにににととと走はし走はしはしりりりつゞき〳〵つゞき〳〵つづきはしりつづき、、、橋はし橋はしはしののの行ゆき行ゆきゆき桁げた桁げたげたをををこそこそこそわたりわたりわたりけれけれけれ。。。或あるい或あるいあるいははは分ぶん分ぶんぶん取どり取どりどりしてしてして歸かへ歸かへかえるるる者もの者ものものもももありありあり、、、或あるい或あるいあるいははは痛いた痛いたいた手で手でで負お負おおうううててて腹はら腹はらはらかきかきかき切き切ききりりり、、、川かは川かはかはへへへ飛と飛ととびびび入い入いいるるる者もの者ものものもももありありあり。。。橋はし橋はしはしののの上うへ上うへうえののの戰たゝか戰たゝかたたかひひい、、、火ひ火ひひ出い出いいづるづるずるほどほどほどにににぞぞぞ見み見みみえええたりたりたりけるけるける。。。
  9. 9平へい平へいへい家け家けけののの方かた方かたかたののの侍さぶらひ侍さぶらひさぶらい大たい大たいたい將しやう將しやうしょう上總かづさ上總かづさかずさののの守かみ守かみかみ忠たゞ忠たゞただ淸きよ淸きよきよ、、、大たい大たいたい將しやう將しやうしょう軍ぐん軍ぐんぐんののの御ご御ごご前ぜん前ぜんぜんににに參まゐ參まゐまいりりり、、、「「「あれあれあれ御ご御ごご覽らん覽らんらん候さふら候さふらそうらへへえ、、、橋はし橋はしはしののの上うへ上うへうえののの戰いくさ戰いくさいくさ、、、手て手てていたういたういとう候さふらふ候さふらふそうろう。。。今いま今いまいまははは川かは川かはかはををを渡わた渡わたわたすすすべきべきべきにににててて候さふらふ候さふらふそうろうががが、、、折をり折をりおりふしふしふし五さ五ささ月み月みみ雨だれ雨だれだれののの頃ころ頃ころころ、、、水みづ水みづみずまさまさまさつつっててて候さふら候さふらそうらへへえばばば、、、渡わた渡わたわたさささばばば馬うま馬うまうま人ひと人ひとひと多おほ多おほおおくくく亡ほろ亡ほろほろびびび候さふら候さふらそうらひひいなななんんん。。。淀よど淀よどよど、、、一いも一いもいも口あらひ口あらひあらいへへへややや向むか向むかむかふふうべきべきべき、、、またまたまた河かう河かうこう内ち内ちち路ぢ路ぢじへへへややや囘まは囘まはまわるるるべきべきべき、、、いかゞいかゞいかがせせせんんん。。。」」」ととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、下しも下しもしも野つけ野つけつけののの國くに國くにくにののの住ぢゆう住ぢゆうじゅう人にん人にんにん足あし足あしあし利かゞ利かゞかがののの又また又またまた太た太たた郎らう郎らうろう忠たゞ忠たゞただ綱つな綱つなつな、、、生しやう生しやうしょう年ねん年ねんねん十じふ十じふじゅう七しち七しちしち歳さい歳さいさいにににてててありありありけるけるけるががが、、、進すゝ進すゝすすみみみ出い出いいでででててて申まう申まうもうしししけるけるけるははは、、、「「「淀よど淀よどよど、、、一いも一いもいも口あらひ口あらひあらい、、、河かう河かうこう内ち内ちち路ぢ路ぢじへへへははは、、、天てん天てんてん竺ぢく竺ぢくじく、、、震しん震しんしん旦だん旦だんだんののの武ぶ武ぶぶ士し士ししををを召め召めめしししててて向むか向むかむかははわれれれ候さふら候さふらそうらははわんんんずるずるずるかかか、、、それそれそれももも我われ我われわれ等ら等ららこそこそこそ承うけたまは承うけたまはうけたまわつつっててて向むか向むかむかひひい候さふら候さふらそうらははわんんんずれずれずれ。。。目め目めめにににかけかけかけたるたるたる敵かたき敵かたきかたきををを討う討ううたたたずずずしてしてして、、、宮みや宮みやみやををを南なん南なんなん都と都ととへへへ入い入いいれれれ參まゐ參まゐまいらせらせらせなななばばば、、、吉よし吉よしよし野の野のの、、、十と十とと津つ津つつ川かは川かはかわののの勢せい勢せいせいどもどもども馳は馳ははせせせ集あつ集あつあつまつまつまっててて、、、いよ〳〵いよ〳〵いよいよ大だい大だいだい事じ事じじでででこそこそこそ候さふら候さふらそうらははわんんんずずずらめらめらめ。。。
  10. 10武む武むむ藏さし藏さしさしととと上總かづさ上總かづさかずさとととののの境さかひ境さかひさかいににに利と利とと根ね根ねね川がは川がはがわととと申まう申まうもうすすす大おほ大おほおお河かは河かはかわ候さふらふ候さふらふそうろう。。。秩ちゝ秩ちゝちち父ぶ父ぶぶ、、、足あし足あしあし利かゞ利かゞかが、、、中なか中なかなか違たが違たがたごうううててて、、、常つね常つねつねははは合かつ合かつかっ戰せん戰せんせんををを仕つかまつ仕つかまつつかまつりりり候さふら候さふらそうらひひいしししににに、、、大おほ大おほおお手て手ててははは長なが長ながなが井ゐ井ゐいののの渡わたり渡わたりわたり、、、搦からめ搦からめからめ手て手ててははは古こ古ここ我が我がが杉すぎ杉すぎすぎののの渡わたり渡わたりわたりよりよりより寄よ寄よよせせせ候さふら候さふらそうらひひいしししににに、、、こゝこゝここににに上かう上かうこう野づけ野づけずけののの國くに國くにくにののの住ぢゆう住ぢゆうじゅう人にん人にんにん新につ新につにっ田た田たたののの入にふ入にふにゅう道だう道だうどう、、、足あし足あしあし利かゞ利かゞかがにににかたらはかたらはかたらわれれれててて、、、杉すぎ杉すぎすぎののの渡わたり渡わたりわたりよりよりより寄よ寄よよせせせんんんとてとてとて設まう設まうもうけけけたりたりたりけるけるける船ふね船ふねふねどもどもどもををを、、、秩ちゝ秩ちゝちち父ぶ父ぶぶががが方かた方かたかたよりよりよりみなみなみな破やぶ破やぶやぶららられれれててて、、、申まう申まうもうしししけるけるけるははは、、、たゞたゞただ今いま今いまいまこゝこゝここををを渡わた渡わたわたさささずずずばばば、、、長なが長ながながききき弓きう弓きうきゅう箭せん箭せんせんののの疵きず疵きずきずなるなるなるべしべしべし。。。水みづ水みづみずににに溺おぼ溺おぼおぼれれれてててももも死し死ししなななばばば死し死ししねねね、、、いざいざいざ渡わた渡わたわたさささうううとてとてとて、、、馬うま馬うまうま筏いかだ筏いかだいかだををを作つく作つくつくつつっててて渡わた渡わたわたせせせばばばこそこそこそ渡わた渡わたわたしししけめけめけめ。。。坂ばん坂ばんばん東どう東どうどう武む武むむ者しや者しやしゃのののならひならひならい、、、敵かたき敵かたきかたきををを目め目めめにににかけかけかけ、、、川かは川かはかはををを隔へだ隔へだへだてててたるたるたる軍いくさ軍いくさいくさににに、、、淵ふち淵ふちふち瀨せ瀨せせ嫌きら嫌きらきらふふうやうやうようやややあるあるある。。。このこのこの河かは河かはかはののの深ふか深ふかふかさささ早はや早はやはやさささ、、、利と利とと根ね根ねね川がは川がはがわにににいくいくいく程ほど程ほどほどののの劣おと劣おとおとりりり勝まさ勝まさまさりりりはははよもよもよもあらあらあらじじじ。。。つゞけつゞけつづけややや殿との殿とのとのばらばらばら。。。」」」とてとてとて、、、まつまつまっさきさきさきにににこそこそこそ打うち打うちうち入い入いいれれれたれたれたれ。。。
  11. 11續つゞ續つゞつづくくく人ひと人ひとひと々びと々びとびと、、、大おほ大おほおお胡ご胡ごご、、、大おほ大おほおお室むろ室むろむろ、、、深ふか深ふかふか須す須すす、、、山やま山やまやま上かみ上かみかみ、、、那な那なな波は波はわののの太た太たた郎らう郎らうろう、、、佐さ佐ささ貫ぬき貫ぬきぬきののの廣ひろ廣ひろひろ綱つな綱つなつな、、、四し四しし郎らう郎らうろう大たい大たいたい夫ふ夫ふふ、、、小を小をお野の野のの寺でら寺でらでらののの禪ぜん禪ぜんぜん師じ師じじ太た太たた郎らう郎らうろう、、、邊へ邊へへ屋や屋やや子こ子ここののの四し四しし郎らう郎らうろう、、、郎らう郎らうろう等どう等どうどうにににははは宇う宇うう夫ぶ夫ぶぶ方かた方かたかたののの次じ次じじ郎らう郎らうろう、、、桐きり桐きりきり生ふ生ふうののの六ろく六ろくろく郎らう郎らうろう、、、田た田たた中なか中なかなかののの宗そう宗そうそう太た太たたををを始はじ始はじはじめめめとととしてしてして、、、三さん三さんさん百びやく百びやくびゃく餘よ餘よよ騎き騎ききぞぞぞ續つゞ續つゞつづきききけるけるける。。。足あし足あしあし利かゞ利かゞかが大だい大だいだい音おん音おんおん聲じやう聲じやうじょうをををあげあげあげててて、、、「「「弱よわ弱よわよわききき馬うま馬うまうまをををばばば下しも下しもしも手て手ててににに立た立たたてててよよよ、、、強つよ強つよつよききき馬うま馬うまうまをををばばば上うは上うはうわ手て手ててににになせなせなせ。。。馬うま馬うまうまののの足あし足あしあしののの及およ及およおよばばばううう程ほど程ほどほどははは、、、手た手たた綱づな綱づなづなをををくれくれくれててて歩あゆ歩あゆあゆままませせせよよよ。。。はずまはずまはずまばばばかいかいかいくつくつくっててて泳およ泳およおよがががせせせよよよ。。。下さが下さがさがらららうううものものものをををばばば弓ゆみ弓ゆみゆみののの弭はず弭はずはずににに取と取ととりりりつかつかつかせせせよよよ。。。手て手ててににに手て手ててををを取と取ととりりり組く組くくみみみ、、、肩かた肩かたかたををを竝なら竝ならならべべべててて渡わた渡わたわたすすすべしべしべし。。。馬うま馬うまうまののの頭かしら頭かしらかしら沈しづ沈しづしずまままばばば引ひ引ひひきききあげあげあげよよよ。。。いたういたういとう引ひ引ひひいいいててて引ひ引ひひきききかづくかづくかずくななな。。。鞍くら鞍くらくら壺つぼ壺つぼつぼににによくよくよく乘の乘ののりりり定さだ定さださだまつまつまっててて、、、鐙あぶみ鐙あぶみあぶみををを強つよ強つよつよううう蹈ふ蹈ふふめめめ。。。水みづ水みづみずしとましとましとまばばば三さん三さんさん頭づ頭づずののの上うへ上うへうえににに乘の乘ののりりりかゝれかゝれかかれ。。。川かは川かはかわ中なか中なかなかにににててて弓ゆみ弓ゆみゆみ引ひ引ひひくくくななな、、、敵かたき敵かたきかたき射い射いいるるるともともとも相あひ相あひあい引び引びびきききすすすななな。。。常つね常つねつねににに錏しころ錏しころしころををを傾かたぶ傾かたぶかたぶけけけよよよ。。。いたういたういとう傾かたぶ傾かたぶかたぶけけけててて天て天てて邊へん邊へんへん射い射いいさすさすさすななな。。。馬うま馬うまうまにににははは弱よわ弱よわよおううう、、、水みづ水みづみずにににははは強つよ強つよつよううう當あた當あたあたるるるべしべしべし。。。かねかねかねににに渡わた渡わたわたしししててておしおしおし落おと落おとおとさささるるるななな。。。水みづ水みづみずにににしなうしなうしなうててて渡わた渡わたわたせせせややや渡わた渡わたわたせせせ。。。」」」ととと掟おき掟おきおきてててててて、、、三さん三さんさん百びやく百びやくびゃく餘よ餘よよ騎き騎きき一いつ一いついっ騎き騎ききももも流なが流ながながさささずずず、、、向むか向むかむかひひいののの岸きし岸きしきしへへへさつさつさっとととぞぞぞうちうちうち上あ上ああげげげたるたるたる。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

そうするうちに宮は、宇治と三井寺の間で六度も落馬なさった。これは昨夜お休みにならなかったためだといって、宇治橋の橋板を三間外し、平等院にお入れ申して、しばらくご休息になった。六波羅では、「すわ、宮が南都へお逃げになるぞ。追いかけて討ち申せ」といって、大将軍には左兵衛督知盛・頭中将重衡・薩摩守忠度、侍大将には上総守忠清、その子の上総太郎判官忠綱、飛騨守景家、その子の飛騨太郎判官景隆、高橋判官長綱、河内判官秀国、武蔵三郎左衛門有国、越中次郎兵衛盛継、上総五郎兵衛忠光、悪七兵衛景清を先頭として、合わせてその勢二万八千余騎が、木幡山を越えて宇治橋のたもとに押し寄せた。

敵は平等院にいると見て、鬨の声を三度あげた。宮の方でも同じく鬨の声を合わせた。先陣が「橋を引いてあるぞ、気をつけろ。橋を引いてあるぞ、気をつけろ」と叫んだが、後陣はこれを聞きつけず、我先に我先にと進むうちに、先陣の二百余騎が押し落とされて、水に溺れて死んでしまった。

そうするうちに、橋の両方のたもとに陣取って矢合わせをした。宮の方からは、大矢の俊長、五智院の但馬、渡辺の省・授、続の源太の射る矢が、楯も役に立たず、鎧も通して突き抜けた。源三位入道頼政は今日を最期と思われたのであろうか、長絹の鎧直垂に科皮縅の鎧を着て、わざと兜はかぶっておられない。嫡子の伊豆守仲綱は赤地の錦の直垂に黒糸縅の鎧である。弓を強く引くために、これも兜はかぶらなかった。

ここに五智院の但馬は、大長刀の鞘を外して、ただ一人で橋の上に進み出た。平家の方ではこれを見て、「ただ射取れ、射取れ」といって、矢をつがえては引き絞り、さんざんに射かけたが、但馬は少しも騒がず、上に来る矢はさっとくぐり、下に来る矢は躍り越え、まっすぐ向かって来る矢は長刀で切って落とした。敵も味方も見物した。それからこそ矢切の但馬と呼ばれるようになった。

また堂衆の中で、筒井の浄妙明秀は、褐色の直垂に黒革縅の鎧を着て、五枚兜の緒を締め、黒漆の太刀を帯び、二十四本差した黒母衣の矢を負い、塗籠籐の弓に、愛用の白柄の大長刀を持ち添えて、これもただ一人で橋の上に進み出た。大声をあげて、「遠からん者は音にも聞け、近からん人は目にも見給え。三井寺では隠れもない、堂衆の中に筒井浄妙明秀という一人当千の兵だぞ。我こそはと思う人々は寄って来い。見参しよう」といって、二十四本差した矢をつがえては引き絞り、さんざんに射る。たちまち敵十二人を射殺し、十一人に傷を負わせたので、箙には矢が一本残った。

その後、弓をからりと投げ捨て、箙も解いて捨ててしまった。貫(革の履物)を脱いで裸足になり、橋の行桁をさらさらと走った。人は恐れて渡らないが、浄妙房の心では、一条・二条の大路を行くようにふるまった。長刀で向かって来る敵五人をなぎ伏せ、六人目の敵に当たったとき、長刀が中ほどから折れたので捨ててしまった。その後、太刀を抜いて戦うと、敵は大勢である。蜘蛛手・かくなわ・十文字・とんぼ返り・水車と、八方すきもなく切りまくった。向かう敵八人を切り伏せ、九人目の敵の兜の鉢にあまりに強く打ち当てたので、目貫の根元からちょうと折れ、ぐっと抜けて、川へざぶんと落ちてしまった。頼みとするのは腰刀ばかり、死のうとばかり狂ったように戦った。

ここに乗円坊の阿闍梨慶秀が召し使っていた一来法師という大力の剛の者が、浄妙房の後ろに続いて戦っていたが、行桁は狭く、そばを通り抜けることはできない。浄妙房の兜の錏に手を置いて、「失礼いたします、浄妙房」といって、肩をひょいと跳び越えて戦った。一来法師は討ち死にしてしまった。浄妙房ははうようにして戻り、平等院の門の前の芝の上で武具を脱ぎ捨て、鎧に立った矢の跡を数えると六十三、裏まで突き抜けた矢が五か所、けれども深手ではなかったので、あちこちに灸をすえ、頭を包み、浄衣を着て、弓を切り折って杖につき、平足駄をはいて、阿弥陀仏を唱えながら奈良の方へ去って行った。

その後は浄妙房が渡ったのを手本として、三井寺の大衆、三位入道の一族、渡辺党が我先にと走り続いて、橋の行桁を渡った。あるいは敵の首を取って帰る者もあり、あるいは深手を負って腹を切り、川へ飛び込む者もあった。橋の上の戦いは、火花が散るほどに見えた。

平家方の侍大将上総守忠清が大将軍の御前に参って、「あれをご覧ください。橋の上の戦いは激しゅうございます。今は川を渡すべきですが、ちょうど五月雨のころで水かさが増しておりますので、渡せば馬も人も多く死ぬでしょう。淀・一口へ向かうべきか、または河内路へ回るべきか、どういたしましょう」と申すと、下野国の住人足利又太郎忠綱は、生年十七歳であったが、進み出て申すには、「淀・一口・河内路へは、天竺や震旦の武士でも召して向かわせるおつもりですか。それも我々こそが承って向かうことになりましょう。目の前の敵を討たずに宮を南都へお入れ申したら、吉野・十津川の軍勢が馳せ集まって、いよいよ大事になりましょう。

武蔵と上総の境に利根川という大河がございます。秩父と足利が仲違いして、いつも合戦をしておりましたが、大手は長井の渡しから、搦手は古我杉の渡しから攻め寄せたところ、上野国の住人新田入道が足利に味方して、杉の渡しから攻めようと用意していた船を、秩父の方からすべて壊されてしまったので、新田入道が申すには、「今ここを渡らなければ、末代までの弓矢の恥となろう。水に溺れて死ぬなら死ね。さあ渡そう」といって、馬筏を組んで渡ったからこそ渡れたのです。坂東武者のならいとして、敵を目の前にして川を隔てた戦いで、淵だ瀬だと嫌うことがありましょうか。この川の深さ・速さは、利根川とたいして違いはありますまい。続け、殿ばら」といって、まっ先に川に乗り入れた。

続く人々は、大胡・大室・深須・山上・那波太郎・佐貫の広綱・四郎大夫・小野寺の禅師太郎・辺屋子四郎、郎等には宇夫方次郎・桐生六郎・田中宗太をはじめとして、三百余騎が続いた。足利は大声をあげて、「弱い馬は下流に立てよ、強い馬は上流に立てよ。馬の足が届く間は、手綱をゆるめて歩ませよ。足が浮いたら手綱を引き寄せて泳がせよ。流されそうな者は弓の弭につかまらせよ。手に手を取り組み、肩を並べて渡れ。馬の頭が沈んだら引き上げよ。強く引きすぎてかぶらせるな。鞍壺にしっかり乗り据えて、鐙を強く踏め。水が深くなったら馬の尻の上に乗りかかれ。川の中で弓を引くな。敵が射ても応戦するな。いつも錏を傾けよ。傾けすぎて兜の天辺を射させるな。馬には弱く、水には強く当たれ。まっすぐ渡ろうとして押し流されるな。水に逆らわず、流れに沿って渡せ、渡せ」と指図して、三百余騎は一騎も流されず、向こう岸へさっと上がった。

意訳

宇治川を挟んだ合戦を描く、巻第四の山場の一つである。頼政は宇治橋の橋板を外して平家の大軍を待ち受け、橋の上では五智院但馬が矢を切り払い、筒井浄妙明秀が「遠からん者は音にも聞け、近からん人は目にも見給へ」と名のりをあげて奮戦する。浄妙の背を跳び越えて戦う一来法師の「あしう候、浄妙房」の一言は、緊迫した戦場にふとした人間味を添えている。

一方、平家方では、十七歳の足利忠綱が、増水した宇治川を前にためらう忠清を退け、坂東武者の渡河の経験を語って真っ先に馬を乗り入れる。「弱き馬をば下手に立てよ」以下の具体的で的確な指示は、坂東武者の実戦の知恵を伝え、三百余騎が一騎も流されずに渡りきる場面は、武士の新しい時代の到来を印象づけている。

語釈・文法注

文法

「さしつめ引きつめ」
矢を次々とつがえては引き絞って。
「つらぬき」
「貫」。毛皮で作った武士の履物。
「蜘蛛手、かくなは、十文字、蜻蛉がへり、水車」
いずれも太刀や長刀の使い方の名。四方八方に振るうさま。
「あしう候」
「悪しう候」。失礼いたします、の意。
「かいくつて」
「掻い繰って」。手綱をたぐり寄せて。
「三頭」
馬の尻の、尾の付け根の上の部分。
「かねに渡して」
まっすぐに渡ろうとして。
「しなうて」
「撓うて」。逆らわず、流れに従って。

解説

宇治川の合戦は治承四年(1180)五月二十六日のことである。平家方の足利忠綱(藤姓足利氏)の渡河は名高く、のちの寿永三年(1184)の宇治川の先陣争い(巻第九)とともに、宇治川を舞台とする合戦の代表的な場面となっている。筒井浄妙明秀の奮戦は、謡曲「頼政」などにも取り入れられた。

関連

出典

底本
『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、445–449頁(コマ251–253)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日