古典ライブラリー

平家物語 巻第四

競が事

頼政が謀叛を起こしたのは、宗盛が頼政の子仲綱の名馬「木の下」を無理に取り上げ、「仲綱」と焼き印して辱めたからであった。重盛の優雅なふるまいとは対照的である。頼政が三井寺へ去った後、取り残された郎等の渡辺競は宗盛に仕えるふりをして名馬「南鐐」を賜り、その馬で三井寺へ駆けつけた。南鐐は「平の宗盛入道」と焼き印されて六波羅へ送り返された。

  1. 1あくるあくるあくる十じふ十じふじゅう六ろく六ろくろく日にち日にちにち、、、高たか高たかたか倉くら倉くらくらののの宮みや宮みやみやののの御ご御ごご謀む謀むむ叛ほん叛ほんほん起おこ起おこおこさささせせせ給たま給たまたまひひいててて、、、三み三みみ井ゐ井ゐい寺でら寺でらでらへへへ落お落おおちちちさせさせさせ給たま給たまたまふふうぞぞぞやややととと申まう申まうもうすすすほどほどほどこそこそこそありありありけれけれけれ、、、京きやう京きやうきょう中ぢゆう中ぢゆうじゅうののの騒さう騒さうそう動どう動どうどうなのめなのめなのめならならならずずず。。。抑そも〳〵抑そも〳〵そもそもこのこのこの源げん源げんげん三ざん三ざんざん位み位みみ入にふ入にふにゅう道だう道だうどう賴より賴よりより政まさ政まさまさははは、、、年ねん年ねんねん來らい來らいらい日ひ日ひひ頃ごろ頃ごろごろもももあれあれあればばばこそこそこそありありありけめけめけめ、、、今こ今ここ年とし年としとしいかなるいかなるいかなる心こころ心こころこころにににててて謀む謀むむ叛ほん叛ほんほんをををばばば起おこ起おこおこささされれれけるけるけるぞぞぞととといふいふいうににに、、、平へい平へいへい家け家けけののの次じ次じじ男なん男なんなん宗むね宗むねむね盛もり盛もりもりののの卿きやう卿きやうきょうののの不ふ不ふふ思し思しし議ぎ議ぎぎのののことことことをををのみのみのみししし給たま給たまたまひひいけるけるけるににに依よ依よよつつってててなりなりなり。。。さればさればされば人ひと人ひとひとののの世よ世よよにににあれあれあればばばとてとてとて、、、すゞろすゞろすずろにににいふいふいうまじきまじきまじきことことことをををいひいひいい、、、すすすまじきまじきまじき事こと事ことことをををするするするははは、、、よく〳〵よく〳〵よくよく思し思しし慮りよ慮りよりょあるあるあるべきべきべき事こと事ことことなりなりなり。。。たとへたとへたとえばばばそのそのその頃ころ頃ころころ三さん三さんさん位み位みみ入にふ入にふにゅう道だう道だうどうののの嫡ちやく嫡ちやくちゃく子し子しし伊い伊いい豆づ豆づずののの守かみ守かみかみ仲なか仲なかなか綱つな綱つなつなのののもともともとににに、、、九こゝの九こゝのここの重へ重へへににに聞きこ聞きこきこえええたるたるたる名めい名めいめい馬ば馬ばばありありあり。。。鹿か鹿かか毛げ毛げげなるなるなる馬むま馬むまうまのののならびならびならびなきなきなき逸いち逸いちいち物もつ物もつもつ、、、乘の乘ののりりり走はし走はしはしりりり心こころ心こころこころむけむけむけ、、、世よ世よよにににあるあるあるべしべしべしともともとも覺おぼ覺おぼおぼえええずずず。。。名な名ななをををばばば木こ木ここののの下した下したしたとととぞぞぞいはいはいわれれれけるけるける。。。
  2. 2宗むね宗むねむね盛もり盛もりもりののの卿きやう卿きやうきょう使し使しし者じや者じやじゃををを立た立たたてててててて、、、「「「聞きこ聞きこきこえええ候さふらふ候さふらふそうろう名めい名めいめい馬ば馬ばばををを賜たま賜たまたまはつはつわっててて見み見みみ候さふら候さふらそうらははわばやばやばや。。。」」」とととのたまひのたまひのたまい遣つか遣つかつかはさはさわされれれたりたりたりけれけれければばば、、、伊い伊いい豆づ豆づずののの守かみ守かみかみののの返へん返へんへん事じ事じじにににははは、、、「「「さるさるさる馬むま馬むまうまをををばばば持も持ももつつっててて候さふら候さふらそうらひひいしししををを、、、このこのこの程ほど程ほどほどあまりあまりあまりににに乘の乘ののりりりつからかしつからかしつからかしててて候さふらふ候さふらふそうろう程ほど程ほどほどににに、、、しばらくしばらくしばらくいたはらいたはらいたわらせせせんんんががが爲ため爲ためためににに、、、田ゐ田ゐい舍なか舍なかなかへへへつかはしつかはしつかわしててて候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」ととと申まう申まうもうささされれれけれけれければばば、、、さらさらさらんんんにににははは力ちから力ちからちから及およ及およおよばばばずずずとてとてとて、、、そのそのその後のち後のちのちははは沙さ沙ささ汰た汰たたなかりなかりなかりけるけるけるががが、、、多おほ多おほおおくくくなみなみなみゐゐいたりたりたりけるけるける平へい平へいへい家け家けけののの侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいどもどもども、、、「「「あつぱれあつぱれあっぱれそのそのその馬むま馬むまうまははは一を一をお昨と昨とと日ひ日ひひももも候さふら候さふらそうらひひいししし、、、昨日きのふ昨日きのふきのうももも見み見みみえええててて候さふらふ候さふらふそうろう、、、けさけさけさももも庭には庭にはにわ乘の乘ののりりりししし候さふら候さふらそうらひひいつるつるつる。。。」」」などなどなど、、、口くち口くちくち々ぐち々ぐちぐちににに申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、「「「さてさてさてははは惜を惜をおしむしむしむ、、、ござんなれござんなれござんなれ、、、にくしにくしにくし、、、乞こ乞ここへへえ。。。」」」とてとてとて、、、侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいしてしてして馳は馳ははせせせさせさせさせ、、、文ふみ文ふみふみなどなどなどしてしてして、、、一ひと一ひとひと時とき時ときときががが中うち中うちうちににに五ご五ごご六ろく六ろくろく度ど度どど、、、七しち七しちしち八はち八はちはち度ど度どどなどなどなど乞こ乞ここははわれれれけれけれければばば、、、
  3. 3三さん三さんさん位み位みみ入にふ入にふにゅう道だう道だうどうこれこれこれををを聞き聞ききききき、、、伊い伊いい豆づ豆づずののの守かみ守かみかみににに向むか向むかむかつつってててのたまひのたまひのたまいけるけるけるははは、、、「「「たとひたとひたとい金こがね金こがねこがねををを以もつ以もつもってててまるめまるめまるめたるたるたる馬むま馬むまうまなりなりなりともともとも、、、それそれそれほどほどほど人ひと人ひとひとののの乞こ乞ここははわうううずるずるずるににに、、、惜を惜をおしむしむしむべきべきべきやうやうようやややあるあるある。。。そのそのその馬むま馬むまうま速すみや速すみやすみやかかかににに六ろく六ろくろく波は波はは羅ら羅ららへへへつかはせつかはせつかわせよよよ。。。」」」とととこそこそこそ宣のたま宣のたまのたまひひいけれけれけれ。。。伊い伊いい豆づ豆づずののの守かみ守かみかみ力ちから力ちからちから及およ及およおよばばばずずず、、、一いつ一いついっ首しゆ首しゆしゅののの歌うた歌うたうたををを書か書かかききき添そ添そそへへえててて、、、六ろく六ろくろく波は波はは羅ら羅ららへへへつかはさつかはさつかわさるるる。。。
  4. 4こひしくこひしくこいしくばばば來き來ききてててももも見み見みみよよよかしかしかし身み身みみににに添そ添そそふるふるうるかげかげかげをををばばばいかゞいかゞいかが放はな放はなはなちちちやるやるやるべきべきべき
  5. 5宗むね宗むねむね盛もり盛もりもりののの卿きやう卿きやうきょう、、、まづまづまず歌うた歌うたうたののの返へん返へんへん事じ事じじをををばばばししし給たま給たまたまははわででで、、、「「「あつぱれあつぱれあっぱれ馬むま馬むまうまややや、、、馬むま馬むまうまははは寔まこと寔まことまことににによいよいよい馬むま馬むまうまでででありありありけりけりけり。。。されどもされどもされどもあまりあまりあまりににに惜を惜をおしみしみしみつるつるつるががが憎にく憎にくにくきききににに、、、主ぬし主ぬしぬしががが名な名なな乘のり乘のりのりををを金かな金かなかな燒やき燒やきやきにににせせせよよよ。。。」」」とてとてとて、、、仲なか仲なかなか綱つな綱つなつなととといふいふいう金かな金かなかな燒やき燒やきやきをををしてしてして、、、廏むまや廏むまやうまやにににこそこそこそ立た立たたてててられられられけれけれけれ。。。客まら客まらまら人うど人うどうど來きた來きたきたつつっててて、、、「「「聞きこ聞きこきこえええ候さふらふ候さふらふそうろう名めい名めいめい馬ば馬ばばををを見み見みみ候さふら候さふらそうらははわばやばやばや。。。」」」ととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、「「「そのそのその仲なか仲なかなか綱つな綱つなつなめめめににに鞍くら鞍くらくらおけおけおけ、、、引ひ引ひひききき出いだ出いだいだせせせ、、、乘の乘ののれれれ、、、うてうてうて、、、はれはれはれ。。。」」」なんどなんどなんどぞぞぞのたまひのたまひのたまいけるけるける。。。
  6. 6伊い伊いい豆づ豆づずののの守かみ守かみかみこのこのこの由よし由よしよしををを傳つた傳つたつたへへえ聞き聞ききききき給たま給たまたまひひいててて、、、「「「身み身みみにににかへかへかへててて思おも思おもおもふふう馬むま馬むまうまなれなれなれどもどもども、、、權けん權けんけん威ゐ威ゐいににについついついててて取と取ととらららるゝるゝるるさへさへさへあるあるあるににに、、、あまつさへあまつさへあまつさえ天てん天てんてん下か下かかののの笑わら笑わらわらはれはれわれぐさぐさぐさとととならならならんんんずるずるずる事こと事ことことこそこそこそやすからやすからやすからねねね。。。」」」ととと大おほ大おほおおきききににに憤いきどほ憤いきどほいきどおららられれれけれけれければばば、、、三さん三さんさん位み位みみ入にふ入にふにゅう道だう道だうどうのたまひのたまひのたまいけるけるけるははは、、、「「「なんでふなんでふなんじょう事こと事ことことのののあるあるあるべきべきべきととと思おも思おもおもひひい侮あなづ侮あなづあなずつつっててて、、、平へい平へいへい家け家けけののの人ひと人ひとひとどもどもどもががが、、、かやうかやうかようのののしれしれしれごとごとごとをををするするするにににこそこそこそあんあんあんなれなれなれ。。。このこのこの儀ぎ儀ぎぎならならならばばば命いのち命いのちいのち生い生いいきききてててももも何なに何なになににににかかかはははせせせんんん、、、便びん便びんびん宜ぎ宜ぎぎををを窺うかゞ窺うかゞうかがふふうにににこそこそこそあらあらあらめめめ。。。」」」とととのたまへのたまへのたまえどもどもども、、、私わたくし私わたくしわたくしにににははは思おも思おもおもひひいももも立た立たたたたたれれれずずず、、、高たか高たかたか倉くら倉くらくらののの宮みや宮みやみやををを勸すゝ勸すゝすすめめめ申まう申まうもうささされれれけるけるけるとととぞぞぞ、、、後のち後のちのちにににははは聞きこ聞きこきこえええししし。。。
  7. 7これこれこれにににつきつきつきてててももも天てん天てんてん下か下かかののの人ひと人ひとひと、、、小こ小ここ松まつ松まつまつののの大おと大おとおと臣ど臣どどののの事こと事ことことをををぞぞぞしのびしのびしのび申まう申まうもうしししけるけるける。。。あるあるある時とき時ときとき大おと大おとおと臣ど臣どど參さん參さんさん内だい内だいだいのののついでついでついでににに、、、中ちゆう中ちゆうちゅう宮ぐう宮ぐうぐうののの御おん御おんおん方かた方かたかたへへへ參まゐ參まゐまいらせらせらせ給たま給たまたまふふうににに、、、八はつ八はつはっ尺しやく尺しやくしゃくばかりばかりばかりありありありけるけるける蛇くちなは蛇くちなはくちなわののの、、、大おと大おとおと臣ど臣どどののの指さし指さしさし貫ぬき貫ぬきぬきののの左ひだり左ひだりひだりののの輪わ輪わわをををはひはひはいまはりまはりまわりけるけるけるををを、、、「「「重しげ重しげしげ盛もり盛もりもり騒さわ騒さわさわがががばばば女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうたちたちたちもももさわぎさわぎさわぎ、、、中ちゆう中ちゆうちゅう宮ぐう宮ぐうぐうももも驚おどろ驚おどろおどろかかかせせせ給たま給たまたまひひいなななんんんずずず。。。」」」とととおぼしめしおぼしめしおぼしめし、、、左ひだり左ひだりひだりののの手て手ててにににててて尾を尾をををををおさへおさへおさえ、、、右みぎ右みぎみぎののの手て手ててにににててて頭かしら頭かしらかしらををを取と取ととつつっててて、、、直なほ直なほなお衣し衣ししののの袖そで袖そでそでののの中うち中うちうちへへへ引ひき引ひきひき入い入いいれれれ、、、ちつちつちっとととももも騒さわ騒さわさわがががずずず、、、ついついつい立た立たたつつっててて、、、「「「六ろく六ろくろく位ゐ位ゐいややや候さふらふ候さふらふそうろう、、、六ろく六ろくろく位ゐ位ゐいややや候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」ととと召め召めめささされれれけれけれければばば、、、伊い伊いい豆づ豆づずののの守かみ守かみかみののの仲なか仲なかなか綱つな綱つなつな、、、そのそのその時とき時ときときははは未いま未いまいまだだだ衞ゑ衞ゑえ府ふ府ふふののの藏くら藏くらくら人うど人うどうどにににててて候さぶら候さぶらさぶらははわれれれけるけるけるががが、、、「「「仲なか仲なかなか綱つな綱つなつな。。。」」」ととと名な名なな乘の乘ののりりりててて參まゐ參まゐまいららられれれたるたるたるににに、、、このこのこの蛇くちなは蛇くちなはくちなわをををたぶたぶたぶ。。。賜たま賜たまたまはつはつわっててて弓ゆ弓ゆゆ場ば場ばば殿どの殿どのどのををを經へ經へへててて、、、殿てん殿てんてん上じやう上じやうじょうののの小こ小ここ庭には庭にはにわににに出い出いいでででつゝつゝつつ、、、御み御みみ倉くら倉くらくらののの小こ小ここ舍とね舍とねとね人り人りりををを招まね招まねまねいいいててて、、、「「「これこれこれ賜たま賜たまたまはれはれわれ。。。」」」ととといはいはいわれれれけれけれければばば、、、大おほ大おほおおきききににに頭かしら頭かしらかしらををを振ふ振ふふつつっててて逃に逃ににげげげ去さ去ささりりりぬぬぬ。。。伊い伊いい豆づ豆づずののの守かみ守かみかみ力ちから力ちからちから及およ及およおよばばばずずず、、、わがわがわが郎らう郎らうろう等どう等どうどうののの競きほふ競きほふきおうををを召め召めめしししてててこれこれこれをををたぶたぶたぶ。。。賜たま賜たまたまはつはつわっててて捨す捨すすててててててけりけりけり。。。
  8. 8そのそのそのあしたあしたあした小こ小ここ松まつ松まつまつ殿どの殿どのどのよりよりより、、、よいよいよい馬むま馬むまうまににに鞍くら鞍くらくらおいおいおいててて、、、伊い伊いい豆づ豆づずののの守かみ守かみかみのののもともともとへへへ遣つか遣つかつかはすはすわすとてとてとて、、、「「「さてさてさてももも昨日きのふ昨日きのふきのうのののふるまひふるまひふるまいこそこそこそ、、、優いう優いうゆうにににやさしうやさしうやさしゅう候さふら候さふらそうらひひいつれつれつれ。。。これこれこれははは乘のり乘のりのり一いち一いちいちののの馬むま馬むまうまででで候さふらふ候さふらふそうろうぞぞぞ。。。夕ゆふべ夕ゆふべゆうべににに及およ及およおよんんんででで陣ぢん陣ぢんじん外げ外げげよりよりより傾けい傾けいけい城せい城せいせいののの許もと許もともとへへへ通かよ通かよかよははわれれれんんん時とき時ときとき、、、用もち用もちもちゐゐいらるらるらるべしべしべし。。。」」」とてとてとて遣つか遣つかつかはさはさわさるるる。。。伊い伊いい豆づ豆づずののの守かみ守かみかみ、、、大おと大おとおと臣ど臣どどののの御おん御おんおん返へん返へんへん事じ事じじなれなれなればばば、、、「「「御おん御おんおん馬むま馬むまうま畏かしこ畏かしこかしこまつまつまっててて賜たま賜たまたまはりはりわり候さふら候さふらそうらひひいぬぬぬ。。。さてさてさてももも昨日きのふ昨日きのふきのうののの御おん御おんおんふるまひふるまひふるまいははは、、、還げん還げんげん城じやう城じやうじょう樂らく樂らくらくにににこそこそこそ似に似ににててて候さふら候さふらそうらひひいしかしかしか。。。」」」とととぞぞぞ申まう申まうもうささされれれけるけるける。。。いかなれいかなれいかなればばば小こ小ここ松まつ松まつまつ殿どの殿どのどのはははかやうかやうかようににに優いう優いうゆうなるなるなるためしためしためしもももおはせおはせおわせしししぞぞぞかしかしかし。。。このこのこの宗むね宗むねむね盛もり盛もりもりののの卿きやう卿きやうきょうはははさこそさこそさこそなからなからなからめめめ、、、人ひと人ひとひとののの惜を惜をおしむしむしむ馬むま馬むまうま乞こ乞ここひひい取と取ととつつっててて、、、あまつさへあまつさへあまつさえ天てん天てんてん下か下かかののの大だい大だいだい事じ事じじににに及およ及およおよびびびぬるぬるぬるこそこそこそうたてけれうたてけれうたてけれ。。。
  9. 9さるさるさる程ほど程ほどほどににに同おな同おなおなじきじきじき十じふ十じふじゅう六ろく六ろくろく日にち日にちにちののの夜よ夜よよににに入い入いいつつっててて、、、源げん源げんげん三ざん三ざんざん位み位みみ入にふ入にふにゅう道だう道だうどう賴より賴よりより政まさ政まさまさ、、、嫡ちやく嫡ちやくちゃく子し子しし伊い伊いい豆づ豆づずののの守かみ守かみかみ仲なか仲なかなか綱つな綱つなつな、、、次じ次じじ男なん男なんなん源げん源げんげん大たい大たいたい夫ふ夫ふふののの判はん判はんはん官ぐわん官ぐわんがん兼かね兼かねかね綱つな綱つなつな、、、六ろく六ろくろく條でう條でうじょうののの藏くら藏くらくら人うど人うどうど仲なか仲なかなか家いへ家いへいえ、、、そのそのその子こ子ここ藏くら藏くらくら人うど人うどうど太た太たた郎らう郎らうろう仲なか仲なかなか光みつ光みつみつ以い以いい下げ下げげ、、、ひたひたひたかぶとかぶとかぶと三さん三さんさん百びやく百びやくびゃく餘よ餘よよ騎き騎きき、、、館たち館たちたちににに火ひ火ひひをををかけかけかけ燒や燒ややききき上あ上ああげげげててて、、、三み三みみ井ゐ井ゐい寺でら寺でらでらへへへこそこそこそ參まゐ參まゐまいららられれれけれけれけれ。。。こゝこゝここににに三さん三さんさん位み位みみ入にふ入にふにゅう道だう道だうどうののの年とし年としとし頃ごろ頃ごろごろののの侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいににに、、、渡わた渡わたわた邊なべ邊なべなべののの源げん源げんげん三ざう三ざうぞう競きほふ競きほふきおうののの瀧たき瀧たきたき口ぐち口ぐちぐちととといふいふいう者もの者ものものありありあり。。。馳は馳ははせせせおくれおくれおくれててて止とゞ止とゞとどまりまりまりたりたりたりけるけるけるををを六ろく六ろくろく波は波はは羅ら羅ららへへへ召め召めめしししててて、、、「「「などなどなど汝なんぢ汝なんぢなんじははは相さう相さうそう傳でん傳でんでんののの主しゆう主しゆうしゅう三さん三さんさん位み位みみ入にふ入にふにゅう道だう道だうどうががが供とも供ともともをををばばばせせせててて、、、止とゞ止とゞとどまつまつまったるたるたるぞぞぞ。。。」」」ととと宣のたま宣のたまのたまへへえばばば、、、競きほふ競きほふきおう畏かしこ畏かしこかしこまつまつまっててて申まう申まうもうしししけるけるけるははは、、、「「「日ひ日ひひ頃ごろ頃ごろごろははは自し自しし然ぜん然ぜんぜんののの事こと事ことことももも候さふら候さふらそうらははわばばば、、、まつまつまっさきさきさきかけかけかけててて命いのち命いのちいのちををを奉たてまつ奉たてまつたてまつらららうううとととこそこそこそ存ぞん存ぞんぞんぜぜぜしかしかしか、、、今こん今こんこん度ど度どどははは如い如いい何か何かか候さふら候さふらそうらひひいつるつるつるやらやらやらんんん、、、かうかうこうともともとも知し知ししらせらせらせられられられざりざりざりつるつるつる閒あひだ閒あひだあいだ、、、止とゞ止とゞとどまつまつまっててて候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」ととと申まう申まうもうすすす。。。
  10. 10宗むね宗むねむね盛もり盛もりもりののの卿きやう卿きやうきょう、、、「「「これこれこれにににもももまたまたまた兼けん兼けんけん參ざん參ざんざんののの者もの者ものものぞぞぞかしかしかし。。。先せん先せんせん途と途とと後こう後こうこう榮えい榮えいえいををを存ぞん存ぞんぞんじじじててて、、、當たう當たうとう家け家けけににについついついててて奉ほう奉ほうほう公こう公こうこうせせせんんんとととややや思おも思おもおもふふう。。。またまたまた朝てう朝てうちょう敵てき敵てきてき賴より賴よりより政まさ政まさまさ法ほふ法ほふほっ師し師ししににに同どう同どうどう心しん心しんしんせせせんんんとととややや思おも思おもおもふふう。。。ありありありのののまゝまゝままににに申まう申まうもうせせせ。。。」」」とととこそこそこそ宣のたま宣のたまのたまひひいけれけれけれ。。。競きほふ競きほふきおう涙なみだ涙なみだなみだをををはら〳〵はら〳〵はらはらととと流なが流ながながいいいててて、、、「「「たとひたとひたとい相さう相さうそう傳でん傳でんでんのののよしみよしみよしみ候さふらふ候さふらふそうろうともともとも、、、いかんかいかんかいかんか朝てう朝てうちょう敵てき敵てきてきとととなれなれなれるるる人ひと人ひとひとににに、、、同どう同どうどう心しん心しんしんをををばばば仕つかまつ仕つかまつつかまつりりり候さふらふ候さふらふそうろうべきべきべき。。。たゞたゞただ殿でん殿でんでん中ちゆう中ちゆうちゅうににに奉ほう奉ほうほう公こう公こうこう致いた致いたいたさささうううずるずるずる候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」ととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、大たい大たいたい將しやう將しやうしょう、、、「「「さらばさらばさらば奉ほう奉ほうほう公こう公こうこうせせせよよよ。。。賴より賴よりより政まさ政まさまさ法ほふ法ほふほっ師し師ししがががしししけんけんけん恩おん恩おんおんにににははは、、、ちつちつちっとととももも劣おと劣おとおとるるるまじきまじきまじきぞぞぞ。。。」」」とてとてとて入い入いいりりり給たま給たまたまひひいぬぬぬ。。。朝あした朝あしたあしたよりよりより夕ゆふべ夕ゆふべゆうべににに及およ及およおよぶぶぶまでまでまで、、、「「「競きほふ競きほふきおうはははあるあるあるかかか。。。」」」、、、「「「さふらふさふらふそうろう。。。」」」、、、「「「競きほふ競きほふきおうはははあるあるあるかかか。。。」」」、、、「「「さふらふさふらふそうろう。。。」」」とてとてとて伺し伺しし候こう候こうこうすすす。。。
  11. 11日ひ日ひひもももやう〳〵やう〳〵ようよう暮く暮くくれれれけれけれければばば、、、大たい大たいたい將しやう將しやうしょう出い出いいでででられられられたりたりたり。。。競きほふ競きほふきおう畏かしこ畏かしこかしこまつまつまっててて申まう申まうもうしししけるけるけるははは、、、「「「まことまことまことややや三さん三さんさん位み位みみ入にふ入にふにゅう道だう道だうどうははは、、、三み三みみ井ゐ井ゐい寺でら寺でらでらにににととと聞きこ聞きこきこえええ候さふらふ候さふらふそうろう。。。定さだ定さださだめめめててて夜よ夜よよ討うち討うちうちなんどなんどなんどもももややや向むか向むかむかははわれれれ候さふら候さふらそうらははわんんんずずずらんらんらん。。。三さん三さんさん位み位みみ入にふ入にふにゅう道だう道だうどうののの一いち一いちいち類るゐ類るゐるい、、、渡わた渡わたわた邊なべ邊なべなべ黨たう黨たうとう、、、さてさてさてははは三み三みみ井ゐ井ゐい寺でら寺でらでら法ほふ法ほふほっ師し師ししにににてててぞぞぞ候さふら候さふらそうらははわんんんずずずらんらんらん。。。心こころ心こころこころにくにくにくうううももも候さふら候さふらそうらははわずずず、、、まかりまかりまかり向むか向むかむかつつっててて擇え擇ええりりり討う討ううちちちなどなどなどももも仕つかまつ仕つかまつつかまつるるるべきべきべきににに、、、さるさるさる馬むま馬むまうまををを持も持ももつつっててて候さふら候さふらそうらひひいしししををを、、、このこのこのほどほどほど親した親したしたしいしいしい奴やつ奴やつやつめめめににに盗ぬす盗ぬすぬすまままれれれててて候さふらふ候さふらふそうろう。。。御おん御おんおん馬むま馬むまうま一いつ一いついっ匹ぴき匹ぴきぴき下くだ下くだくだししし預あづか預あづかあずかりりり候さふら候さふらそうらははわばやばやばや。。。」」」ととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、大たい大たいたい將しやう將しやうしょう、、、「「「尤もつと尤もつともっともももさるさるさるべしべしべし。。。」」」とてとてとて、、、白しろ白しろしろ葦あし葦あしあし毛げ毛げげなるなるなる馬むま馬むまうまののの、、、南なん南なんなん鐐れう鐐れうりょうとてとてとて祕ひ祕ひひ藏ざう藏ざうぞうせせせられられられたりたりたりけるけるけるににに、、、よいよいよい鞍くら鞍くらくらおいおいおいててて競きほふ競きほふきおうにににたぶたぶたぶ。。。賜たま賜たまたまはつはつわっててて宿しゆく宿しゆくしゅく所しよ所しよしょににに返かへ返かへかえりりり、、、「「「はやはやはや日ひ日ひひののの暮く暮くくれよれよれよかしかしかし。。。三み三みみ井ゐ井ゐい寺でら寺でらでらへへへ馳は馳ははせせせ參まゐ參まゐまいりりり、、、入にふ入にふにゅう道だう道だうどう殿どの殿どのどののののまつまつまっさきさきさきかけかけかけててて討うち討うちうち死じに死じにじにせせせんんん。。。」」」とととぞぞぞ申まう申まうもうしししけるけるける。。。
  12. 12日ひ日ひひもももやう〳〵やう〳〵ようよう暮く暮くくれれれけれけれければばば、、、妻さい妻さいさい子し子ししどもどもどもをををばばば、、、かしここゝかしここゝかしここににに立た立たたちちち忍しの忍しのしのばばばせせせててて、、、三み三みみ井ゐ井ゐい寺でら寺でらでらへへへととと出い出いいででで立た立たたちちちけるけるける、、、心こころ心こころこころののの中うち中うちうちこそこそこそ無む無むむ慙ざん慙ざんざんなれなれなれ。。。狂きやう狂きやうきょう紋もん紋もんもんののの狩かり狩かりかり衣ぎぬ衣ぎぬぎぬののの菊きく菊きくきく綴とぢ綴とぢとじおほらかおほらかおおらかにににしししたるたるたるににに、、、重ぢゆう重ぢゆうじゅう代だい代だいだいののの著長きせなが著長きせながきせなが緋ひ緋ひひ縅をどし縅をどしおどしののの鎧よろひ鎧よろひよろい著き著ききててて、、、星ほし星ほしほし白じろ白じろじろ兜かぶと兜かぶとかぶとののの緒を緒をををををしめしめしめ、、、いかいかいかものものものづくりづくりずくりののの太た太たた刀ち刀ちちををを佩は佩ははききき、、、二に二にに十じふ十じふじゅう四し四ししさいさいさいたるたるたる大おほ大おほおお中なか中なかなか黑ぐろ黑ぐろぐろののの矢や矢やや負お負おおひひい、、、瀧たき瀧たきたき口ぐち口ぐちぐちののの骨こつ骨こつこつ法ぽふ法ぽふぽう忘わす忘わすわすれれれじじじとととややや、、、鷹たか鷹たかたかののの羽は羽ははででではいはいはいだりだりだりけるけるける的まと的まとまと矢や矢やや一ひと一ひとひと手て手ててさしさしさし添そ添そそへへえたるたるたる。。。滋しげ滋しげしげ籐どう籐どうどうののの弓ゆみ弓ゆみゆみ持も持ももつつっててて南なん南なんなん鐐れう鐐れうりょうにににうちうちうち乘の乘ののりりり、、、乘のり乘のりのり替かへ替かへかえ一いつ一いついっ騎き騎ききうちうちうち具ぐ具ぐぐししし、、、舍とね舍とねとね人り人りり男をとこ男をとこおとこににに持もち持もちもち楯だて楯だてだて脇わき脇わきわき挾ばさ挾ばさばさままませせせ、、、屋や屋やや形かた形かたかたににに火ひ火ひひかけかけかけ燒や燒ややきききあげあげあげててて、、、三み三みみ井ゐ井ゐい寺でら寺でらでらへへへこそこそこそ馳は馳ははせせせたりたりたりけれけれけれ。。。
  13. 13六ろく六ろくろく波は波はは羅ら羅ららにににははは競きほふ競きほふきおうががが屋や屋やや形かた形かたかたよりよりより火ひ火ひひ出い出いいででで來き來ききたりたりたりとてとてとて犇ひし犇ひしひしめきめきめきけりけりけり。。。宗むね宗むねむね盛もり盛もりもりののの卿きやう卿きやうきょういそぎいそぎいそぎ出い出いいでででててて、、、「「「競きほふ競きほふきおうはははあるあるあるかかか。。。」」」、、、「「「候さふら候さふらそうらははわずずず。。。」」」ととと申まう申まうもうすすす。。。「「「すはすはすわ奴やつ奴やつやつめめめををを手て手てて延のび延のびのびにににしてしてしてたばからたばからたばかられれれぬるぬるぬるははは。。。あれあれあれ追お追おおつつっかけかけかけててて討う討ううててて。。。」」」とととのたまへのたまへのたまえどもどもども、、、競きほふ競きほふきおうはははすぐれすぐれすぐれたるたるたる大だい大だいだい力ぢから力ぢからじからののの剛かう剛かうこうののの者もの者ものもの、、、矢や矢ややつぎつぎつぎばやばやばやののの手て手ててきゝきゝききにににてててありありありけれけれければばば、、、「「「二に二にに十じふ十じふじゅう四し四ししさいさいさいたるたるたる矢や矢ややでででははは、、、まづまづまず二に二にに十じふ十じふじゅう四し四しし人にん人にんにんははは射い射いい殺ころ殺ころころささされれれなななんんんずずず。。。音おと音おとおとなななせせせそそそ。。。」」」とてとてとて、、、進すゝ進すゝすすむむむ者もの者ものものこそこそこそなかりなかりなかりけれけれけれ。。。
  14. 14たゞたゞただ今いま今いまいましもしもしも三み三みみ井ゐ井ゐい寺でら寺でらでらにににははは、、、渡わた渡わたわた邊なべ邊なべなべ黨たう黨たうとう寄よ寄よよりりりあひあひあいててて、、、競きほふ競きほふきおうががが沙さ沙ささ汰た汰たたありありありけりけりけり。。。「「「いかにいかにいかにもももしてしてしてこのこのこの競きほふ競きほふきおう瀧たき瀧たきたき口ぐち口ぐちぐちをををばばば、、、召め召めめししし具ぐ具ぐぐせせせられられられ候さふら候さふらそうらははわんんんずるずるずるものものものををを。。。」」」ととと、、、口くち口くちくち々ぐち々ぐちぐちににに申まう申まうもうささされれれけれけれければばば、、、三さん三さんさん位み位みみ入にふ入にふにゅう道だう道だうどう競きほふ競きほふきおうががが心こころ心こころこころをををよくよくよく知し知ししつつっててて、、、のたまひのたまひのたまいけるけるけるははは、、、「「「むげむげむげにににそのそのその者もの者ものもの捕とら捕とらとらへへえ搦から搦からからめめめられられられはははせせせじじじ。。。入にふ入にふにゅう道だう道だうどうににに志こころざし志こころざしこころざし深ふか深ふかふかききき者もの者ものものなれなれなればばば、、、見み見みみよよよ、、、たゞたゞただ今いま今いまいま參まゐ參まゐまいらららうううずるずるずるぞぞぞ。。。」」」とととのたまひのたまひのたまいももも果は果ははてててぬぬぬににに、、、競きほふ競きほふきおうつとつとつと參まゐ參まゐまいりりりたりたりたり。。。「「「さればさればさればこそこそこそ。。。」」」とととぞぞぞのたまひのたまひのたまいけるけるける。。。競きほふ競きほふきおう畏かしこ畏かしこかしこまつまつまっててて申まう申まうもうしししけるけるけるははは、、、「「「伊い伊いい豆づ豆づずののの守かみ守かみかみ殿どの殿どのどのののの木こ木ここののの下した下したしたがががかはりかはりかわりににに、、、六ろく六ろくろく波は波はは羅ら羅ららののの南なん南なんなん鐐れう鐐れうりょうをををこそこそこそ取と取ととつつっててて參まゐ參まゐまいつつっててて候さふら候さふらそうらへへえ。。。參まゐ參まゐまいらせらせらせ候さふら候さふらそうらははわんんん。。。」」」とてとてとて奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる。。。
  15. 15伊い伊いい豆づ豆づずののの守かみ守かみかみなのめなのめなのめならならならずずず喜よろこ喜よろこよろこびびび給たま給たまたまひひいててて、、、やがてやがてやがて尾を尾をお髪がみ髪がみがみををを切き切ききりりり、、、金かな金かなかな燒やき燒やきやきをををしてしてして、、、そのそのその夜よ夜よよ六ろく六ろくろく波は波はは羅ら羅ららへへへつかはさつかはさつかわさるるる。。。夜や夜やや半はん半はんはんばかりばかりばかりににに門もん門もんもんののの内うち内うちうちへへへ追お追おおひひい入い入いいれれれたりたりたりけれけれければばば、、、廏むまや廏むまやうまやににに入い入いいつつっててて、、、馬むま馬むまうまどもどもどもととと嚙く嚙くくひひいあひあひあいけれけれければばば、、、そのそのその時とき時ときとき舍とね舍とねとね人り人りり驚おどろ驚おどろおどろきききあひあひあい、、、「「「南なん南なんなん鐐れう鐐れうりょうががが參まゐ參まゐまいつつっててて候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」ととと申まう申まうもうすすす。。。宗むね宗むねむね盛もり盛もりもりののの卿きやう卿きやうきょういそぎいそぎいそぎ出い出いいでででててて見み見みみ給たま給たまたまふふうににに、、、「「「昔むかし昔むかしむかしははは南なん南なんなん鐐れう鐐れうりょう、、、今いま今いまいまははは平たひら平たひらたいらののの宗むね宗むねむね盛もり盛もりもり入にふ入にふにゅう道だう道だうどう。。。」」」ととといふいふいう金かな金かなかな燒やき燒やきやきをををこそこそこそしししたりたりたりけれけれけれ。。。大たい大たいたい將しやう將しやうしょう、、、「「「につくいにつくいにっくい競きほふ競きほふきおうめめめををを切き切ききつつっててて捨す捨すすつつつべかりべかりべかりけるけるけるものものものををを、、、手て手てて延のび延のびのびにににしてしてしてたばからたばからたばかられれれぬるぬるぬる事こと事ことことこそこそこそやすからやすからやすからねねね。。。今こん今こんこん度ど度どど三み三みみ井ゐ井ゐい寺でら寺でらでらへへへ寄よ寄よよせせせたらたらたらんんんずるずるずる人ひと人ひとひと々びと々びとびとははは、、、いかにいかにいかにもももしてしてして競きほふ競きほふきおうめめめををを生いけ生いけいけ捕どり捕どりどりにににせせせよよよ、、、鋸のこぎり鋸のこぎりのこぎりででで首くび首くびくび斬き斬ききらららんんん。。。」」」ととと、、、躍をど躍をどおどりりり上あが上あがあがり〳〵り〳〵りおどりあがり怒いか怒いかいかららられれれけれけれけれどもどもども、、、南なん南なんなん鐐れう鐐れうりょうががが尾を尾をお髪がみ髪がみがみももも生お生おおひひいずずず、、、金かな金かなかな燒やき燒やきやきもももまたまたまた失う失ううせせせざりざりざりけりけりけり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

明けて十六日、「高倉宮が謀叛を起こされて、三井寺へお逃げになったそうだ」と言うやいなや、京中の騒ぎはひととおりではなかった。そもそもこの源三位入道頼政は、長年なにごともなく過ごしてきたのに、今年どういう心で謀叛を起こしたのかといえば、平家の次男宗盛卿が、とんでもないことばかりなさったからである。だから人は世に時めいているからといって、むやみに言ってはならないことを言い、してはならないことをするのは、よくよく考えるべきことである。たとえば、そのころ三位入道の嫡子伊豆守仲綱のもとに、宮中にまで聞こえた名馬があった。鹿毛の馬で並ぶもののない逸物、乗り心地も走りも気性も、世にまたとあるとは思えないほどであった。名を木の下といった。

宗盛卿が使者を立てて、「評判の名馬をいただいて見たい」とおっしゃると、伊豆守の返事には、「そのような馬を持っておりましたが、このところあまりに乗り疲れさせましたので、しばらく休ませようと田舎へやっております」と申されたので、それなら仕方がないといって、その後は沙汰がなかったが、大勢居並んでいた平家の侍たちが、「いやいや、その馬は一昨日もいましたし、昨日も見えました。今朝も庭で乗っていました」などと口々に言ったので、「さては惜しんでいるのだな。憎い。求めよ」といって、侍を走らせ、手紙を書いて、一時のうちに五、六度、七、八度も求められたので、

三位入道はこれを聞いて、伊豆守に向かって言うには、「たとえ黄金を丸めて作った馬であっても、それほど人が欲しがるのに、惜しむことがあろうか。その馬をすぐに六波羅へやれ」とおっしゃった。伊豆守はどうしようもなく、一首の歌を書き添えて六波羅へ送った。

恋しいなら来て見ればよい。わが身に添う影のような鹿毛の馬を、どうして手放してやれようか。

宗盛卿はまず歌の返事もなさらずに、「ああ、よい馬だ。馬はまことによい馬であった。けれどもあまりに惜しんだのが憎いので、持ち主の名を焼き印にせよ」といって、「仲綱」という焼き印をして、厩に立てられた。客人が来て「評判の名馬を見たい」と申すと、「その仲綱めに鞍を置け、引き出せ、乗れ、打て、張れ」などとおっしゃった。

伊豆守はこれを伝え聞かれて、「わが身にかえても大切に思う馬であるが、権威に任せて取られるのさえ悔しいのに、そのうえ天下の笑いものになるとは、とても我慢がならない」とひどく憤られたので、三位入道が言うには、「何事もあるまいと侮って、平家の連中がこのようなばかげたことをするのだ。そういうことなら、命永らえても何になろう。機会をうかがおう」とおっしゃったが、自分一人では思い立つこともできず、高倉宮をお勧め申したのだと、後に聞こえた。

これにつけても世の人々は、小松の大臣(重盛)のことを懐かしんだ。あるとき大臣が参内のついでに中宮のお部屋へ参られると、八尺ほどの蛇が大臣の指貫の左の裾を這い回っていたのを、「重盛が騒いだら女房たちも騒ぎ、中宮も驚かれるだろう」とお思いになって、左の手で尾を押さえ、右の手で頭をつかんで直衣の袖の中へ引き入れ、少しも騒がずにすっと立って、「六位はいるか、六位はいるか」とお呼びになったので、伊豆守仲綱が、そのときはまだ衛府の蔵人であったが、「仲綱」と名のって参ると、この蛇をお与えになった。仲綱はいただいて弓場殿を通り、殿上の小庭に出て、御倉の小舎人を招いて「これを受け取れ」と言うと、小舎人はひどく頭を振って逃げ去った。伊豆守は仕方なく、自分の郎等の競を呼んでこれを与えた。競は受け取って捨ててしまった。

その翌朝、小松殿からよい馬に鞍を置いて伊豆守のもとへ遣わし、「それにしても昨日のふるまいは実に優雅でございました。これは乗り心地の第一の馬です。夕方になって陣の外から恋人のもとへ通われるときにお使いください」とおっしゃった。伊豆守は大臣へのお返事なので、「御馬はかしこまっていただきました。それにしても昨日の御ふるまいは、還城楽の舞に似ておりました」と申された。どうして小松殿は、このように優雅な例もおありになったのか。この宗盛卿はそれほどでなくとも、人の惜しむ馬を求めて取り上げ、そのうえ天下の大事にまで及んでしまったのは情けないことである。

さて同じ十六日の夜になって、源三位入道頼政、嫡子の伊豆守仲綱、次男の源大夫判官兼綱、六条蔵人仲家、その子の蔵人太郎仲光以下、鎧兜に身を固めた三百余騎は、館に火をかけて焼き払い、三井寺へ参った。ここに三位入道の長年の侍で、渡辺の源三競の滝口という者がいた。駆けつけるのに遅れて都に残っていたのを六波羅へ召して、「どうしてお前は代々の主人である三位入道の供をせずに残ったのか」とおっしゃると、競はかしこまって申すには、「日ごろは万一のことがあれば、まっ先に駆けて命を捧げようと思っておりましたが、今度はどうしたことか、何とも知らせてくださらなかったので残っております」と申した。

宗盛卿は、「お前もまた当家に兼参している者だな。将来の出世を考えて当家に仕えようと思うか。それとも朝敵頼政法師に味方しようと思うか。ありのままに申せ」とおっしゃった。競は涙をはらはらと流して、「たとえ代々のよしみがあっても、どうして朝敵となった人に味方いたしましょう。ただお屋敷でご奉公いたしたいと存じます」と申したので、大将は「それなら奉公せよ。頼政法師がしてやった恩に少しも劣りはしないぞ」といって奥へ入られた。朝から夕方まで、「競はいるか」「おります」「競はいるか」「おります」といって控えていた。

日もしだいに暮れたので、大将が出て来られた。競はかしこまって申すには、「本当でしょうか、三位入道は三井寺にいると聞こえます。きっと夜討ちなどもかけられることでしょう。相手は三位入道の一族、渡辺党、それに三井寺の法師でしょう。何ほどのこともありません。押し向かって選り討ちなどもいたしたいのですが、よい馬を持っておりましたのを、近ごろ親しい奴めに盗まれてしまいました。御馬を一頭お貸し下さいませ」と申したので、大将は「もっともだ」といって、白葦毛の馬で、南鐐といって秘蔵しておられたのによい鞍を置いて競にお与えになった。競はいただいて宿所に帰り、「早く日が暮れてくれ。三井寺へ馳せ参り、入道殿のまっ先に駆けて討ち死にしよう」と言った。

日もしだいに暮れたので、妻子たちをあちこちに隠れさせて、三井寺へと出立した心の中こそ痛ましい。狂紋の狩衣の菊綴を大きくつけたものに、先祖伝来の着背長、緋縅の鎧を着て、星白の兜の緒を締め、いかものづくりの太刀を帯び、二十四本差した大中黒の矢を負い、滝口の作法を忘れまいというのか、鷹の羽で作った的矢を一組差し添えていた。滋籐の弓を持って南鐐に乗り、乗り替えの馬一騎を連れ、舎人の男に持楯を脇に抱えさせ、自分の屋形に火をかけて焼き払い、三井寺へ馳せて行った。

六波羅では、競の屋形から火が出たといって騒ぎ立った。宗盛卿が急いで出て来て、「競はいるか」と言うと、「おりません」と申す。「さては、あやつに猶予を与えてだまされたのだ。あれを追いかけて討て」とおっしゃったが、競は並外れた大力の剛の者で、矢継ぎ早の名手であったので、「二十四本差した矢では、まず二十四人は射殺されてしまうぞ。静かにしておけ」といって、進み出る者はいなかった。

ちょうどそのころ三井寺では、渡辺党が寄り集まって競のことを話し合っていた。「何とかしてあの競の滝口を連れて来られればよかったのに」と口々に申されると、三位入道は競の心をよく知っていて、「決してあの者が捕らえられたり縛られたりすることはあるまい。入道に心を寄せる者だから、見ておれ、もうすぐ参るぞ」とおっしゃり終わらないうちに、競がさっと参った。「やはりそうだった」とおっしゃった。競がかしこまって申すには、「伊豆守殿の木の下の代わりに、六波羅の南鐐を取って参りました。差し上げましょう」といって差し出した。

伊豆守はたいへんお喜びになって、すぐにたてがみと尾を切り、焼き印をして、その夜六波羅へ送り返された。夜半ごろに門の内へ追い入れたところ、馬は厩に入って他の馬たちとかみ合ったので、舎人が驚いて「南鐐が帰ってまいりました」と申した。宗盛卿が急いで出てご覧になると、「昔は南鐐、今は平の宗盛入道」という焼き印がしてあった。大将は、「憎い競めを切り捨てるべきだったのに、猶予を与えてだまされたのは悔しい。今度三井寺へ攻め寄せる人々は、何としても競めを生け捕りにせよ。鋸で首を斬ってやる」と、躍り上がり躍り上がりして怒られたが、南鐐のたてがみや尾も生えず、焼き印もまた消えなかった。

意訳

頼政が挙兵した真の理由を、名馬をめぐる宗盛の横暴として語る章段である。宗盛は仲綱の愛馬「木の下」を執拗に求めて取り上げたうえ、「仲綱」と焼き印して客の前で「仲綱めに鞍おけ、乗れ、打て」と辱めた。物語はこれに、蛇を騒がずに処理して女房たちを驚かせなかった重盛の優雅なふるまいを対比させ、平家の棟梁の器量の差を鮮やかに示している。

後半の渡辺競の話は、宗盛への痛快な報復の物語である。主人頼政に取り残された競は、宗盛に仕えるふりをして名馬「南鐐」を賜り、その馬で三井寺へ駆けつける。南鐐はたてがみと尾を切られ、「昔は南鐐、今は平の宗盛入道」と焼き印されて送り返された。宗盛が仲綱にした仕打ちを、そのまま返した形である。

語釈・文法注

文法

「乘りつからかして」
乗り疲れさせて。
「ござんなれ」
「…でござるなれ」の約。…なのだな、の意。
「金燒」
馬などに焼きごてで押す焼き印。
「うて、はれ」
「打て、張れ」。鞭で打て、たたけ、の意。
「還城樂」
舞楽の曲名。蛇を捕らえて喜ぶさまを舞うとされる。重盛が蛇を手にしたことにかけて、その優雅さをたたえた。
「兼參」
二人以上の主人に仕えること。
「手延にして」
処置を遅らせて、猶予を与えて。
「音なせそ」
「な…そ」の禁止。音を立てるな、静かにしておけ。

和歌

こひしくば來ても見よかし身に添ふるかげをばいかゞ放ちやるべき

詠者
源仲綱
状況
宗盛に愛馬「木の下」を強要され、父頼政に命じられて馬を差し出すときに書き添えた歌。

修辞

掛詞
「かげ」に「影」と、馬の毛色の「鹿毛」を掛ける。わが身に添う影のような愛馬を、どうして手放せようか、という嘆き。

解説

源仲綱(1126〜1180)は頼政の嫡男で、伊豆守を務めた。渡辺競は摂津渡辺党の武士で、頼政の郎等として名高い。宗盛と仲綱の名馬をめぐる争いは『平家物語』独自の説話で、頼政の挙兵の動機を宗盛の驕りに帰している。

関連

出典

底本
『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、430–435頁(コマ244–246)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日