古典ライブラリー

平家物語 巻第四

信連合戦の事

五月十五日夜、頼政の知らせを受けた以仁王は、長谷部信連の勧めで女房姿に変装して三井寺へ逃れた。御所に残った信連は、宮が忘れた名笛「小枝」を届けたのち取って返し、押し寄せた討手の兵と衛府の太刀で奮戦し、十四五人を切り伏せたが、ついに生け捕られた。六波羅でも臆せず宣旨を嘲った信連は、その剛勇を惜しまれて伯耆に流された。

  1. 1さるさるさる程ほど程ほどほどににに宮みや宮みやみやははは五ご五ごご月ぐわつ月ぐわつがつ十じふ十じふじゅう五ご五ごご夜や夜ややののの雲くも雲くもくも間ま間ままののの月つき月つきつきをををながめながめながめさせさせさせ給たま給たまたまひひいててて、、、何なに何なになにのののゆくへゆくへゆくえもももおぼしめしおぼしめしおぼしめし寄よ寄よよらららざりざりざりけるけるけるににに、、、三さん三さんさん位み位みみ入にふ入にふにゅう道だう道だうどうののの使し使しし者じや者じやじゃとととしてしてして、、、文ふみ文ふみふみ持も持ももつつっててていそがはしげいそがはしげいそがわしげににに出い出いいででで來きた來きたきたるるる。。。宮みや宮みやみやののの御おん御おんおん乳めの乳めのめの母と母とと子ご子ごご六ろく六ろくろく條でう條でうじょうののの亮すけ亮すけすけののの大たい大たいたい夫ふ夫ふふ宗むね宗むねむね信のぶ信のぶのぶ、、、これこれこれををを取と取ととつつっててて御ご御ごご前ぜん前ぜんぜんへへへまゐりまゐりまいり、、、開ひら開ひらひらいいいててて見み見みみるるるににに、、、「「「君きみ君きみきみののの御ご御ごご謀む謀むむ叛ほん叛ほんほん既すで既すですでににに顯あら顯あらあらはれはれわれさせさせさせ給たま給たまたまひひいててて、、、土と土とと佐さ佐ささののの畑はた畑はたはたへへへ遷うつ遷うつうつししし參まゐ參まゐまいらすらすらすべしべしべしとてとてとて、、、官くわん官くわんかん人にん人にんにん共ども共どもどもががが別べつ別べつべつ當たう當たうとう宣ぜん宣ぜんぜんををを承うけたまは承うけたまはうけたまわつつっててて、、、御おん御おんおん迎むか迎むかむかへへえににに參まゐ參まゐまいりりり候さふらふ候さふらふそうろう。。。いそぎいそぎいそぎ御ご御ごご所しよ所しよしょををを出い出いいでででさせさせさせ給たま給たまたまひひいててて、、、三み三みみ井ゐ井ゐい寺でら寺でらでらへへへ入い入いいらららせせせおはしませおはしませおわしませ。。。入にふ入にふにゅう道だう道だうどうもももやがてやがてやがて參まゐ參まゐまいりりり候さふら候さふらそうらははわんんん。。。」」」とととぞぞぞ書か書かかかかかれれれたるたるたる。。。
  2. 2宮みや宮みやみやはははこのこのこの事こと事ことこと、、、いかゞいかゞいかがせせせんんんとととおぼしめしおぼしめしおぼしめしわづらはわづらはわずらわせせせ給たま給たまたまふふう所ところ所ところところににに、、、宮みや宮みやみやののの侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいににに長ちやう長ちやうちょう兵ひやう兵ひやうひょう衞ゑ衞ゑえののの尉じよう尉じようじょう長は長はは谷せ谷せせ部べ部べべののの信のぶ信のぶのぶ連つら連つらつらととといふいふいうものものものありありあり。。。折をり折をりおりふしふしふし御ご御ごご前ぜん前ぜんぜん近ちか近ちかちこううう候さぶら候さぶらさぶらひひいけるけるけるががが、、、進すゝ進すゝすすみみみ出い出いいでででててて申まう申まうもうしししけるけるけるははは、、、「「「たゞたゞただ何なに何なになにのののやうやうようももも候さふらふ候さふらふそうろうまじまじまじ。。。女によう女にようにょう房ばう房ばうぼう裝しやう裝しやうしょう束ぞく束ぞくぞくににに出い出いいででで立た立たたたたたせせせたまひたまひたまいててて、、、落お落おおちちちさせさせさせ給たま給たまたもうううべうべうびょうもももややや候さふらふ候さふらふそうろうらんらんらん。。。」」」ととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、このこのこの儀ぎ儀ぎぎ尤もつと尤もつともっとももも然しか然しかしかるるるべしべしべしとてとてとて、、、御おん御おんおん髪ぐし髪ぐしぐしををを亂みだ亂みだみだりりり、、、重かさ重かさかさねねねたるたるたる御おん御おんおん衣ぞ衣ぞぞににに市いち市いちいち女め女めめ笠がさ笠がさがさをををぞぞぞ召め召めめささされれれけるけるける。。。六ろく六ろくろく條でう條でうじょうののの亮すけ亮すけすけののの大たい大たいたい夫ふ夫ふふ宗むね宗むねむね信のぶ信のぶのぶ傘かさ傘かさかさ持も持ももつつっててて御おん御おんおん供とも供ともとも仕つかまつ仕つかまつつかまつるるる。。。鶴つる鶴つるつる丸まる丸まるまるととといふいふいう童わらは童わらはわらわ、、、袋ふくろ袋ふくろふくろににに物もの物ものもの入い入いいれれれててて戴いたゞ戴いたゞいただいいいたりたりたり。。。たとへたとへたとえばばば靑せい靑せいせい侍じ侍じじががが女をんな女をんなおんなををを迎むか迎むかむかへへえてててゆくゆくゆく樣さま樣さまさまににに出い出いいででで立た立たたたたたせせせ給たま給たまたまひひいててて、、、高たか高たかたか倉くら倉くらくらををを北きた北きたきたへへへ落お落おおちちちさせさせさせ給たま給たまたまふふうににに、、、大おほ大おほおおきききなるなるなる溝みぞ溝みぞみぞのののありありありけるけるけるををを、、、いといといとものものもの輕がる輕がるがるううう越こ越ここえええさせさせさせ給たま給たまたまへへえばばば、、、道みち道みちみち行ゆき行ゆきゆき人びと人びとびとががが立た立たたちちち止と止ととまつまつまっててて、、、「「「はしたなはしたなはしたなののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうののの溝みぞ溝みぞみぞののの越こ越ここえええやうやうようややや。。。」」」とてとてとて、、、あやしげあやしげあやしげににに見み見みみ參まゐ參まゐまいらせらせらせけれけれければばば、、、いとゞいとゞいとど足あし足あしあしばやばやばやにににぞぞぞ過す過すすぎぎぎさせさせさせおはしますおはしますおわします。。。
  3. 3御ご御ごご所しよ所しよしょののの御おん御おんおん留る留るる守す守すすにににははは、、、長ちやう長ちやうちょう兵ひやう兵ひやうひょう衞ゑ衞ゑえののの尉じよう尉じようじょう長は長はは谷せ谷せせ部べ部べべののの信のぶ信のぶのぶ連つら連つらつらをををぞぞぞおかおかおかれれれけるけるける。。。女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうたちたちたちののの少せう少せうしょう々せう々せうしょうおはしおはしおわしけるけるけるをををばばば、、、かしここゝかしここゝかしここへへへ立た立たたちちち忍しの忍しのしのばばばせせせててて、、、見み見みみ苦ぐる苦ぐるぐるしきしきしき物もの物ものものあらあらあらばばば、、、取と取ととりりりしたゝめしたゝめしたためんんんとてとてとて見み見みみるるるほどほどほどににに、、、さしもさしもさしも宮みや宮みやみやののの御ご御ごご祕ひ祕ひひ藏ざう藏ざうぞうありありありけるけるける、、、小こ小ここ枝えだ枝えだえだととと聞きこ聞きこきこえええししし御おん御おんおん笛ふえ笛ふえふえををを、、、常つね常つねつねののの御ご御ごご所しよ所しよしょののの御おん御おんおん枕まくら枕まくらまくらににに取と取ととりりり忘わす忘わすわすれれれさせさせさせ給たま給たまたまひひいたるたるたるをををぞぞぞ、、、立たち立たちたち返かへ返かへかえつつってててももも取と取ととらららまほしうまほしうまほしゅうやややおぼしめさおぼしめさおぼしめされれれけんけんけん。。。信のぶ信のぶのぶ連つら連つらつらこれこれこれををを見み見みみつけつけつけててて、、、「「「あなあなあなあさましあさましあさまし。。。さしもさしもさしも君きみ君きみきみののの御ご御ごご祕ひ祕ひひ藏ざう藏ざうぞうののの御おん御おんおん笛ふえ笛ふえふえををを。。。」」」ととと申まう申まうもうしししててて、、、今いま今いまいま五ご五ごご町ちやう町ちやうちょうががが内うち内うちうちにににててて追お追おおつつっ著つ著つついいいててて參まゐ參まゐまいらせらせらせたりたりたり。。。宮みや宮みやみやなのめなのめなのめならならならずずず御ぎよ御ぎよぎょ感かん感かんかんあつあつあっててて、、、「「「われわれわれ死し死ししなななばばば、、、このこのこの笛ふえ笛ふえふえをををばばば御おん御おんおん棺くわん棺くわんかんににに入い入いいれれれよよよ。。。」」」とととぞぞぞ仰おほ仰おほおおせせせけるけるける。。。
  4. 4やがてやがてやがて、、、「「「御おん御おんおん供とも供ともとも仕つかまつ仕つかまつつかまつれれれ。。。」」」ととと仰おほ仰おほおおせせせけれけれければばば、、、信のぶ信のぶのぶ連つら連つらつら申まう申まうもうしししけるけるけるははは、、、「「「たゞたゞただ今いま今いまいまあのあのあの御ご御ごご所しよ所しよしょへへへ、、、官くわん官くわんかん人にん人にんにん共ども共どもどもががが御おん御おんおん迎むか迎むかむかへへえににに參まゐ參まゐまいりりり候さふらふ候さふらふそうろうなるなるなるににに、、、人ひと人ひとひと一ひと一ひとひと人り人りりももも候さふら候さふらそうらははわざらざらざらんんんははは、、、むげむげむげににに口くち口くちくち惜を惜をおしうしうしゅう存ぞん存ぞんぞんじじじ候さふらふ候さふらふそうろう。。。そのそのその上うへ上うへうえあのあのあの御ご御ごご所しよ所しよしょににに信のぶ信のぶのぶ連つら連つらつらががが候さふらふ候さふらふそうろうととと申まう申まうもうすすすことことことをををばばば、、、上じやう上じやうじょう下げ下げげみなみなみな知し知ししつつったるたるたる事こと事ことことでででこそこそこそ候さふら候さふらそうらへへえ。。。今こ今ここ夜よひ夜よひよい候さふら候さふらそうらははわざらざらざらんんんははは、、、それそれそれもももそのそのその夜よ夜よよははは逃に逃ににげげげたりたりたりなどなどなどいはいはいわれれれんんんことことこと、、、口くち口くちくち惜を惜をおしうしうしゅう候さふらふ候さふらふそうろうべしべしべし。。。弓ゆみ弓ゆみゆみ矢や矢やや取と取ととるるる身み身みみははは、、、かりにかりにかりにももも名な名ななこそこそこそ惜を惜をおしうしうしゅう候さふら候さふらそうらへへえ。。。官くわん官くわんかん人にん人にんにんどもどもどもににに、、、しばらくしばらくしばらくあひしらひあひしらひあいしらい、、、一いつ一いついっ方ぱう方ぱうぽううちうちうち破やぶ破やぶやぶつつってててやがてやがてやがて參まゐ參まゐまいりりり候さふら候さふらそうらははわんんん。。。」」」とてとてとて、、、たゞたゞただ一ひと一ひとひと人り人りり取と取ととつつっててて返かへ返かへかえすすす。。。
  5. 5信のぶ信のぶのぶ連つら連つらつらがががそのそのその夜よ夜よよののの裝しやう裝しやうしょう束ぞく束ぞくぞくにににははは、、、薄うす薄うすうす靑あを靑あをあおののの狩かり狩かりかり衣ぎぬ衣ぎぬぎぬののの下した下したしたににに、、、萌もよ萌もよもよ黄ぎ黄ぎぎ匂にほひ匂にほひにおいののの腹はら腹はらはら卷まき卷まきまきををを著き著ききててて、、、衞ゑ衞ゑえ府ふ府ふふののの太た太たた刀ち刀ちちをををぞぞぞ帶お帶おおびびびたりたりたりけるけるける。。。三さん三さんさん條でう條でうじょう表おもて表おもておもてののの總そう總そうそう門もん門もんもんをををももも、、、高たか高たかたか倉くら倉くらくら表おもて表おもておもてののの小こ小ここ門もん門もんもんをををももも、、、共とも共ともともににに開ひら開ひらひらいいいててて待ま待ままちちちかけかけかけたりたりたり。。。案あん案あんあんののの如ごと如ごとごとくくく源げん源げんげん大たい大たいたい夫ふ夫ふふののの判はん判はんはん官ぐわん官ぐわんがん兼かね兼かねかね綱つな綱つなつな、、、出で出でで羽は羽はわののの判はん判はんはん官ぐわん官ぐわんがん光みつ光みつみつ長なが長ながなが、、、都つ都つつ合がふ合がふごうそのそのその勢せい勢せいせい三さん三さんさん百びやく百びやくびゃく餘よ餘よよ騎き騎きき、、、十じふ十じふじゅう五ご五ごご日にち日にちにちののの子ね子ねねののの刻こく刻こくこくににに宮みや宮みやみやののの御ご御ごご所しよ所しよしょへへへぞぞぞ押おし押おしおし寄よ寄よよせせせたるたるたる。。。源げん源げんげん大たい大たいたい夫ふ夫ふふののの判はん判はんはん官ぐわん官ぐわんがんははは存ぞん存ぞんぞんずるずるずる旨むね旨むねむねありありありととと覺おぼ覺おぼおぼえええててて、、、はるかはるかはるかののの門もん門もんもん外ぐわい外ぐわいがいににに控ひか控ひかひかへへえたりたりたり。。。出で出でで羽は羽はわののの判はん判はんはん官ぐわん官ぐわんがん光みつ光みつみつ長なが長ながながははは乘の乘ののりりりながらながらながら門もん門もんもんののの内うち内うちうちへへへうちうちうち入い入いいれれれ、、、庭には庭にはにはににに控ひか控ひかひかへへえ、、、大だい大だいだい音おん音おんおん聲じやう聲じやうじょうををを揚あ揚ああげげげててて、、、「「「宮みや宮みやみやののの御ご御ごご謀む謀むむ叛ほん叛ほんほん既すで既すですでにににあらはれあらはれあらわれさせさせさせ給たま給たまたまひひいててて、、、土と土とと佐さ佐ささののの畑はた畑はたはたへへへ遷うつ遷うつうつししし參まゐ參まゐまいらせらせらせんんんががが爲ため爲ためためににに、、、官くわん官くわんかん人にん人にんにんどもどもどもががが別べつ別べつべつ當たう當たうとう宣ぜん宣ぜんぜんををを承うけたまは承うけたまはうけたまわつつっててて、、、たゞたゞただ今いま今いまいま御おん御おんおん迎むか迎むかむかへへえににに參まゐ參まゐまいりりりててて候さふらふ候さふらふそうろう。。。とう〳〵とう〳〵とうとう御おん御おんおん出い出いいででで候さふら候さふらそうらへへえ。。。」」」ととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、
  6. 6信のぶ信のぶのぶ連つら連つらつら大おほ大おほおお床ゆか床ゆかゆかににに立た立たたつつっててて、、、「「「當たう當たうとう時じ時じじははは御ご御ごご所しよ所しよしょでででももも候さふら候さふらそうらははわずずず、、、御おん御おんおん物もの物ものもの詣まう詣まうもうででで候さふらふ候さふらふそうろうぞぞぞ。。。何なに何なになに事ごと事ごとごとぞぞぞ、、、事こと事ことことののの仔し仔しし細さい細さいさいををを申まう申まうもうささされれれよよよ。。。」」」ととといひいひいいけれけれければばば出で出でで羽は羽はわののの判はん判はんはん官ぐわん官ぐわんがん、、、「「「なんでふなんでふなんじょう、、、このこのこの御ご御ごご所しよ所しよしょならならならでででははは、、、いづくいづくいずくへへへかかか渡わた渡わたわたらららせせせ給たま給たまたまふふうべかんべかんべかんなるなるなるぞぞぞ。。。そのそのその儀ぎ儀ぎぎならならならははは、、、下しも下しもしも部べ部べべどもどもども參まゐ參まゐまいつつってててさがしさがしさがし奉たてまつ奉たてまつたてまつれれれ。。。」」」とととぞぞぞ申まう申まうもうしししけるけるける。。。信のぶ信のぶのぶ連つら連つらつらかさねかさねかさねててて、、、「「「ものものものももも覺おぼ覺おぼおぼえええぬぬぬ官くわん官くわんかん人にん人にんにんどもどもどもががが申まう申まうもうしししやうやうようかなかなかな。。。馬むま馬むまうまににに乘の乘ののりりりながらながらながら門もん門もんもんののの内うち内うちうちへへへ參まゐ參まゐまいるるるだにだにだにももも奇き奇きき怪くわい怪くわいかいなるなるなるににに、、、あまつさへあまつさへあまつさえ下しも下しもしも部べ部べべどもどもども參まゐ參まゐまいつつってててさがしさがしさがし奉たてまつ奉たてまつたてまつれれれとととははは、、、いかでいかでいかでかかか申まう申まうもうすすすぞぞぞ。。。長ちやう長ちやうちょう兵ひやう兵ひやうひょう衞ゑ衞ゑえののの尉じよう尉じようじょう長は長はは谷せ谷せせ部べ部べべののの信のぶ信のぶのぶ連つら連つらつらががが候さふらふ候さふらふそうろうぞぞぞ、、、近ちか近ちかちこううう寄よ寄よよつつっててて過あやま過あやまあやまちちちすすすななな。。。」」」とととぞぞぞいひいひいいけるけるける。。。
  7. 7廳ちやう廳ちやうちょうののの下しも下しもしも部べ部べべのののうちうちうちににに金かな金かなかな武たけ武たけたけととといふいふいう大おほ大おほおお力ぢから力ぢからじからののの剛かう剛かうこうののの者もの者ものもの、、、打うち打うちうち物もの物ものものののの鞘さや鞘さやさやをををはづしはづしはずし、、、信のぶ信のぶのぶ連つら連つらつらににに目め目めめをををかけかけかけててて、、、大おほ大おほおお床ゆか床ゆかゆかののの上うへ上うへうえへへへ飛と飛ととびびび上のぼ上のぼのぼるるる。。。これこれこれををを見み見みみててて同どう同どうどう隷れい隷れいれいどもどもども十じふ十じふじゅう四し四しし五ご五ごご人にん人にんにんぞぞぞ續つゞ續つゞつづいいいたるたるたる。。。信のぶ信のぶのぶ連つら連つらつらこれこれこれををを見み見みみててて、、、狩かり狩かりかり衣ぎぬ衣ぎぬぎぬののの帶おび帶おびおび紐ひも紐ひもひもひつひつひっ切き切ききつつっててて捨す捨すすつるつるつるまゝまゝままににに、、、衞ゑ衞ゑえ府ふ府ふふののの太た太たた刀ち刀ちちなれなれなれどもどもども、、、身み身みみをををばばば心こころ心こころこころ得え得ええててて作つく作つくつくらせらせらせたるたるたるををを拔ぬ拔ぬぬきききあはせあはせあわせててて、、、さん〴〵さん〴〵さんざんにににこそこそこそふるまうふるまうふるもうたれたれたれ。。。敵かたき敵かたきかたきははは大おほ大おほおお太だ太だだ刀ち刀ちち、、、大おほ大おほおお長なぎ長なぎなぎ刀なた刀なたなたでででふるまへふるまへふるまえどもどもども、、、信のぶ信のぶのぶ連つら連つらつらががが衞ゑ衞ゑえ府ふ府ふふののの太た太たた刀ち刀ちちににに切き切ききりりり立た立たたてててられられられててて、、、嵐あらし嵐あらしあらしににに木こ木ここののの葉は葉ははののの散ち散ちちるるるやうやうようににに、、、庭には庭にはにはへへへさつさつさっとととぞぞぞ下お下おおりりりたりたりたりけるけるける。。。
  8. 8五ご五ごご月ぐわつ月ぐわつがつ十じふ十じふじゅう五ご五ごご夜や夜ややののの雲くも雲くもくも間ま間ままののの月つき月つきつきのののあらはれあらはれあらわれ出い出いいでででてててあかかりあかかりあかかりけるけるけるににに、、、敵かたき敵かたきかたきははは無ぶ無ぶぶ案あん案あんあん内ない内ないないなりなりなり、、、信のぶ信のぶのぶ連つら連つらつらははは案あん案あんあん内ない内ないない者しや者しやしゃにににてててありありありけれけれければばば、、、あそこあそこあそこののの面めん面めんめん廊らう廊らうろうににに追お追おおつつっかけかけかけてててははは、、、はたはたはたととと切き切ききりりり、、、こゝこゝここのののつまりつまりつまりににに追お追おおつつっつめつめつめてててははは、、、ちやうちやうちょうととと切き切ききるるる。。。「「「いかにいかにいかに宣せん宣せんせん旨じ旨じじののの御おん御おんおん使つかひ使つかひつかいをををばばば、、、かうかうこうはははするするするぞぞぞ。。。」」」ととといひいひいいけれけれければばば、、、「「「宣せん宣せんせん旨じ旨じじとととははは何なに何なになにぞぞぞ。。。」」」とてとてとて、、、太た太たた刀ち刀ちちゆがめゆがめゆがめばばば躍をど躍をどおどりりりのきのきのき、、、おしおしおしなほしなほしなおし、、、蹈ふ蹈ふふみみみなほしなほしなおし、、、矢や矢やや庭には庭にはにはににによきよきよき者もの者ものものどもどもども十じふ十じふじゅう四し四しし五ご五ごご人にん人にんにんぞぞぞ切き切ききりりり伏ふ伏ふふせせせたるたるたる。。。そのそのその後のち後のちのちははは太た太たた刀ち刀ちちののの鋒きつさき鋒きつさききっさき三さん三さんさん寸ずん寸ずんずんばかりばかりばかりうちうちうち折を折をおれれれててて捨す捨すすててててててけりけりけり。。。腹はら腹はらはらををを切き切ききらららんんんととと腰こし腰こしこしをををさがせさがせさがせどもどもども、、、鞘さや鞘さやさや卷まき卷まきまき落お落おおちちちてててなかりなかりなかりけれけれければばば力ちから力ちからちから及およ及およおよばばばずずず。。。大おほ大おほおお手で手ででをををひろげひろげひろげててて、、、高たか高たかたか倉くら倉くらくら表おもて表おもておもてののの小こ小ここ門もん門もんもんよりよりより跳をど跳をどおどりりり出い出いいでででんんんとととするするする所ところ所ところところににに、、、大おほ大おほおお長なぎ長なぎなぎ刀なた刀なたなた持も持ももつつったるたるたる男をとこ男をとこおとこ一ひと一ひとひと人り人りり寄よ寄よよりりり合あ合ああひひいたりたりたり。。。信のぶ信のぶのぶ連つら連つらつら長なぎ長なぎなぎ刀なた刀なたなたににに乘の乘ののらららんんんととと飛と飛ととんんんでででかかるかかるかかるががが、、、乘の乘ののりりり損そん損そんそんじじじててて、、、股もゝ股もゝももををを縫ぬ縫ぬぬひひいざまざまざまににに貫つらぬ貫つらぬつらぬかかかれれれ、、、心こころ心こころこころはははたけくたけくたけく思おも思おもおもへへえどもどもども、、、大おほ大おほおお勢ぜい勢ぜいぜいののの中なか中なかなかににに取と取ととりりりこめこめこめられられられててて生いけ生いけいけ捕どり捕どりどりにににこそこそこそせせせられられられけれけれけれ。。。
  9. 9そのそのその後のち後のちのち御ご御ごご所しよ所しよしょ中ぢゆう中ぢゆうじゅうににに亂みだ亂みだみだれれれ入い入いいつつってててさがせさがせさがせどもどもども、、、宮みや宮みやみやはははわたらわたらわたらせせせ給たま給たまたまははわずずず。。。信のぶ信のぶのぶ連つら連つらつらばかりばかりばかり搦から搦からからめめめててて、、、六ろく六ろくろく波は波はは羅ら羅ららへへへゐゐいててて參まゐ參まゐまいるるる。。。前さき前さきさきののの右う右うう大だい大だいだい將しやう將しやうしょう宗むね宗むねむね盛もり盛もりもりののの卿きやう卿きやうきょう大おほ大おほおお床ゆか床ゆかゆかににに立た立たたつつっててて、、、信のぶ信のぶのぶ連つら連つらつらををを大おほ大おほおお庭には庭にはにわににに引ひ引ひひきききすゑすゑすえさせさせさせ、、、「「「まことまことまことにににわわわ男をとこ男をとこおとこははは、、、宣せん宣せんせん旨じ旨じじののの御おん御おんおん使つかひ使つかひつかいととと名な名なな乘の乘ののるるるををを、、、宣せん宣せんせん旨じ旨じじとととははは何なに何なになにぞぞぞとてとてとて切き切ききつつったりたりたりけるけるけるかかか。。。そのそのそのうへうへうえ廳ちやう廳ちやうちょうののの下しも下しもしも部べ部べべどもどもども、、、多おほ多おほおおくくく刄にん刄にんにん傷じやう傷じやうじょう殺せつ殺せつせつ害がい害がいがいしししたんたんたんなれなれなればばば、、、よく〳〵よく〳〵よくよく糺きう糺きうきゅう問もん問もんもんしてしてして、、、ことことことののの仔し仔しし細さい細さいさいををを尋たづ尋たづたずねねね問と問ととひひい、、、そのそのその後のち後のちのち河かは河かはかわ原ら原ららににに引ひき引ひきひき出いだ出いだいだいいいててて首くび首くびくびををを刎は刎ははねねねよよよ。。。」」」とととぞぞぞのたまひのたまひのたまいけるけるける。。。
  10. 10信のぶ信のぶのぶ連つら連つらつらもとよりもとよりもとよりすぐれすぐれすぐれたるたるたる大だい大だいだい剛かう剛かうこうののの者もの者ものものなりなりなりけれけれければばば、、、ゐゐいなほりなほりなおり、、、あざあざあざ笑わら笑わらわらつつっててて申まう申まうもうしししけるけるけるははは、、、「「「このこのこの程ほど程ほどほどあのあのあの御ご御ごご所しよ所しよしょををを、、、夜よ夜よよな〳〵な〳〵なよな者もの者ものもののののうかゞひうかゞひうかがい候さふらふ候さふらふそうろうををを、、、なんでふなんでふなんじょう事こと事ことことのののあるあるあるべきべきべきととと思おも思おもおもひひい侮あなづ侮あなづあなずつつっててて、、、用よう用ようよう心じん心じんじんももも仕つかまつ仕つかまつつかまつらららぬぬぬ所ところ所ところところににに、、、夜や夜やや半はん半はんはんばかりばかりばかりににに鎧よろ鎧よろよろうううたるたるたる者もの者ものものどもどもどもががが、、、二に二にに三さん三さんさん百びやく百びやくびゃく騎き騎ききうちうちうち入い入いいつつっててて候さふらふ候さふらふそうろうををを、、、何なに何なになに者もの者ものものぞぞぞととと尋たづ尋たづたずねねねててて候さふら候さふらそうらへへえばばば、、、宣せん宣せんせん旨じ旨じじののの御おん御おんおん使つかひ使つかひつかいととと申まう申まうもうすすす。。。當たう當たうとう時じ時じじははは諸しよ諸しよしょ國こく國こくこくののの竊せつ竊せつせつ盜たう盜たうとう、、、強がう強がうごう盜たう盜たうとう、、、山さん山さんさん賊ぞく賊ぞくぞく、、、海かい海かいかい賊ぞく賊ぞくぞくなどなどなど申まう申まうもうすすす奴やつ奴やつやつばらばらばらががが、、、或あるい或あるいあるいははは公きん公きんきん達だち達だちだちののの入い入いいらららせせせ給たま給たまたまひひいたるたるたるぞぞぞ、、、或あるい或あるいあるいははは宣せん宣せんせん旨じ旨じじののの御おん御おんおん使つかひ使つかひつかいなどなどなどなのりなのりなのり申まう申まうもうすすすととと、、、かね〳〵かね〳〵かねかね承うけたまは承うけたまはうけたまわつつっててて候さふらふ候さふらふそうろう程ほど程ほどほどににに、、、宣せん宣せんせん旨じ旨じじとととははは何なに何なになにぞぞぞとてとてとて、、、切き切ききつつったるたるたる候さふらふ候さふらふそうろう。。。およそおよそおよそ信のぶ信のぶのぶ連つら連つらつら物もの物ものもの具のぐ具のぐのぐをををももも思おも思おもおもふふうやうやうようににに仕つかまつ仕つかまつつかまつりりり、、、鐵かね鐵かねかねよきよきよき太た太たた刀ち刀ちちをををももも持も持ももつつっててて候さふら候さふらそうらははわんんんにににははは、、、たゞたゞただ今いま今いまいまののの官くわん官くわんかん人にん人にんにんどもどもどもをををばばば、、、よもよもよも一ひと一ひとひと人り人りりももも安あん安あんあん穩をん穩をんおんにににてててははは返かへ返かへかへししし候さふら候さふらそうらははわじじじ。。。そのそのその上うへ上うへうえ宮みや宮みやみやののの御おん御おんおん在あり在ありあり所か所かかははは、、、いづくいづくいずくにににわらたわらたわらたせせせ給たま給たまたまひひい候さふらふ候さふらふそうろうやらやらやらんんん、、、知し知ししりりり參まゐ參まゐまいらせらせらせずずず候さふらふ候さふらふそうろう。。。たとひたとひたとい知し知ししりりりまゐらせまゐらせまいらせててて候さふらふ候さふらふそうろうともともとも、、、侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいほどほどほどののの者もの者ものものののの、、、一いち一いちいち度ど度どど申まう申まうもうさささじじじととと思おも思おもおもひひい切き切ききつつってててんんん事こと事ことことををを、、、糺きう糺きうきゅう問もん問もんもんににに及およ及およおよんんんででで申まう申まうもうすすすべきべきべきやうやうようなしなしなし。。。」」」とてとてとて、、、そのそのその後のち後のちのちはははものものものももも申まう申まうもうさささずずず。。。
  11. 11いくらいくらいくらもももなみなみなみゐゐいたりたりたりけるけるける平へい平へいへい家け家けけののの侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいどもどもども、、、「「「あつぱれあつぱれあっぱれ剛かう剛かうこうのののものものものややや。。。これらこれらこれらをををこそこそこそ一いち一いちいち人にん人にんにん當たう當たうとう千せん千せんせんののの兵つはもの兵つはものつわものともともともいふいふいうべけれべけれべけれ。。。」」」ととと、、、口くち口くちくち々ぐち々ぐちぐちににに申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、そのそのその中なか中なかなかにににあるあるある人ひと人ひとひとののの申まう申まうもうしししけるけるけるははは、、、「「「あれあれあれががが高かう高かうこう名みやう名みやうみょうははは今いま今いまいまににに始はじ始はじはじめめめぬぬぬことことことぞぞぞかしかしかし。。。先せん先せんせん年ねん年ねんねん所ところ所ところところにににありありありししし時とき時ときとき、、、大おほ大おほおお番ばん番ばんばん衆しゆ衆しゆしゅののの者もの者ものものどもどもどもののの止と止ととめめめかねかねかねたりたりたりししし強がう強がうごう盜たう盜たうとう六ろく六ろくろく人にん人にんにんににに、、、たゞたゞただ一ひと一ひとひと人り人りり追お追おおつつっかゝりかゝりかかり、、、二に二にに條でう條でうじょう堀ほり堀ほりほり川かは川かはかわなるなるなる所ところ所ところところにににててて、、、四よ四よよ人にん人にんにん切き切ききりりりふせふせふせ、、、二ふた二ふたふた人り人りり生いけ生いけいけ捕ど捕どどつつっててて、、、そのそのその時とき時ときときなさなさなされれれたりたりたりししし長ちやう長ちやうちょう兵ひやう兵ひやうひょう衞ゑ衞ゑえ尉じよう尉じようじょうぞぞぞかしかしかし。。。あつたらあつたらあったら男をとこ男をとこおとこののの斬き斬ききららられれれんんんずるずるずる事こと事ことことののの無む無むむ慙ざん慙ざんざんさささよよよ。。。」」」ととと惜を惜をおしみしみしみあへあへあえりりりけれけれければばば、、、入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこくいかゞいかゞいかが思おも思おもおもははわれれれけんけんけん、、、「「「さらばさらばさらばななな斬き斬ききりりりそそそ。。。」」」とてとてとて、、、伯はう伯はうほう耆き耆ききののの日ひ日ひひ野の野ののへへへぞぞぞ流なが流ながながささされれれけるけるける。。。平へい平へいへい家け家けけ亡ほろ亡ほろほろびびび源げん源げんげん氏じ氏じじののの世よ世よよとととなつなつなっててて、、、東とう東とうとう國ごく國ごくごくへへへ下くだ下くだくだりりり、、、梶かぢ梶かぢかじ原はら原はらはら平へい平へいへい三ざう三ざうぞう景かげ景かげかげ時とき時ときときににについついついててて、、、事こと事ことことののの根こん根こんこん元げん元げんげん一いち一いちいち々いち々いちいちににに申まう申まうもうしししたりたりたりけれけれければばば、、、鎌かま鎌かまかま倉くら倉くらくら殿どの殿どのどの、、、「「「神しん神しんしん妙べう妙べうびょうなりなりなり。。。」」」ととと感かん感かんかんじじじ給たま給たまたまひひいててて、、、能の能のの登と登ととののの國くに國くにくにににに御ご御ごご恩おん恩おんおん蒙かうぶ蒙かうぶこうぶりりりけるけるけるとととぞぞぞ聞きこ聞きこきこえええししし。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

そうするうちに宮(以仁王)は、五月十五夜の雲間の月を眺めておられて、何のなりゆきも思い寄られなかったところに、三位入道(頼政)の使者として、手紙を持って急ぎ足でやって来た者がいた。宮の乳母子の六条亮大夫宗信がこれを受け取って御前に参り、開いて見ると、「君のご謀叛はすでに露見して、土佐の畑へお移し申すということで、役人たちが検非違使別当の命を受けてお迎えに参ります。急いで御所をお出になって、三井寺へお入りください。入道もすぐに参ります」と書かれていた。

宮はこれをどうしたものかと思い悩んでおられると、宮の侍に長兵衛尉長谷部信連という者がいた。ちょうど御前近くに控えていたが、進み出て申すには、「何の工夫もいりますまい。女房の装束で出立なさって、お逃げになるのがよろしいでしょう」と申したので、これはもっともだといって、御髪を乱し、重ねた御衣に市女笠をおかぶりになった。六条亮大夫宗信が傘を持ってお供をした。鶴丸という童が袋に物を入れて頭に載せていた。まるで青侍が女を迎えて行くような姿で出立なさって、高倉小路を北へお逃げになると、大きな溝があったのを、たいそう身軽にお越えになったので、通りがかりの人が立ち止まって、「はしたない女房の溝の越え方だ」といって怪しそうに見申したので、いっそう足早にお通り過ぎになった。

御所の留守には、長兵衛尉長谷部信連が残された。女房たちが少しいたのをあちこちへ隠れさせて、見苦しい物があったら片づけようと見回っていると、宮があれほど大切にしておられた小枝という御笛を、常の御所の御枕元にお忘れになっていたのを、引き返してでも取りたいとお思いになったであろうか。信連はこれを見つけて、「ああ大変だ。君があれほど大切にしておられた御笛を」といって、五町も行かないうちに追いついて差し上げた。宮はたいへんお喜びになって、「私が死んだら、この笛を棺に入れよ」とおっしゃった。

そのまま「供をせよ」とおっしゃると、信連が申すには、「今あの御所へ役人どもがお迎えに参るというのに、人一人もいないのは、ひどく残念に存じます。そのうえあの御所に信連がいることは、上下の者がみな知っていることです。今夜いなかったら、あいつもその夜は逃げたなどと言われるのは残念でしょう。弓矢を取る身は、かりそめにも名こそ惜しいものです。役人どもをしばらくあしらって、一方を打ち破ってすぐに参りましょう」といって、ただ一人引き返した。

信連のその夜の装束は、薄青の狩衣の下に萌黄匂の腹巻を着て、衛府の太刀を帯びていた。三条大路側の総門も、高倉小路側の小門も、どちらも開いて待ち構えた。案の定、源大夫判官兼綱と出羽判官光長が、合わせて三百余騎で、十五日の子の刻(午前零時)に宮の御所へ押し寄せた。源大夫判官は思うところがあったのか、はるか門の外に控えていた。出羽判官光長は馬に乗ったまま門の内へ乗り入れ、庭に控えて大声をあげ、「宮のご謀叛はすでに露見して、土佐の畑へお移し申すために、役人どもが検非違使別当の命を受けて、ただ今お迎えに参りました。早く早くお出ましください」と申したので、

信連は縁に立って、「今は御所にもおられません。御物詣でに出かけておられます。何事ですか、事情を申されよ」と言うと、出羽判官は「何を言うか、この御所以外に、どこへおいでになるというのか。そういうことなら、下部ども、入って探し申せ」と言った。信連は重ねて、「ものの道理もわきまえない役人どもの言いぐさだな。馬に乗ったまま門の内へ入るだけでも不届きなのに、そのうえ下部ども入って探し申せとは、どうして言うのか。長兵衛尉長谷部信連がここにいるぞ。近寄ってけがをするな」と言った。

検非違使庁の下部の中に、金武という大力の剛の者がいて、刀の鞘を払い、信連を目がけて縁の上へ飛び上がった。これを見て仲間の者たち十四、五人が続いた。信連はこれを見て、狩衣の帯紐を引き切って捨てるやいなや、衛府の太刀ではあったが、刀身は心得て作らせてあったのを抜き合わせて、さんざんに戦った。敵は大太刀・大長刀で切りかかったが、信連の衛府の太刀に切り立てられて、嵐に木の葉が散るように、庭へさっと下りた。

五月十五夜の雲間から月が現れて明るかったが、敵は勝手を知らず、信連は勝手を知っていたので、あちらの面廊に追いかけてははたと切り、こちらの行き止まりに追いつめてはちょうと切る。「どうして宣旨の御使をこのようにするのか」と言うと、「宣旨とは何だ」といって、太刀が曲がると跳びのいては押し直し、踏み直して、その場で手ごわい者ども十四、五人を切り伏せた。その後、太刀の切っ先が三寸ほど折れたので捨ててしまった。腹を切ろうと腰を探ったが、鞘巻が落ちてなかったのでどうしようもない。両手を大きく広げて、高倉小路側の小門から躍り出ようとするところに、大長刀を持った男が一人立ち向かってきた。信連は長刀に乗ろうと飛びかかったが、乗りそこねて股を縫うように突き通され、心ははやっても、大勢の中に取り囲まれて生け捕りにされた。

その後、兵たちは御所の中に乱れ入って探したが、宮はおられない。信連だけを捕らえて六波羅へ連れて参った。前右大将宗盛卿が縁に立って、信連を大庭に引き据えさせ、「本当にお前は、宣旨の御使と名のるのを、宣旨とは何だといって切ったのか。そのうえ庁の下部どもを多く斬り殺したということだから、よくよく問いただして事情を聞き出し、その後で河原に引き出して首を刎ねよ」とおっしゃった。

信連はもとより並外れた剛の者であったので、居住まいを正し、あざ笑って申すには、「近ごろあの御所を、夜ごとに何者かがうかがっておりましたのを、何事があるものかと侮って用心もしていなかったところ、夜半ごろに鎧を着た者どもが二、三百騎押し入ってきたので、何者だと尋ねると、宣旨の御使だと申す。このごろは諸国の窃盗・強盗・山賊・海賊などという奴らが、あるいは公達がおいでになったぞ、あるいは宣旨の御使だなどと名のると、かねがね聞いておりましたので、宣旨とは何だといって切ったのです。およそ信連が武具も思いどおりに整え、鉄のよい太刀でも持っておりましたら、今の役人どもを一人も無事には帰さなかったでしょう。そのうえ宮のおいでになる所はどこなのか、存じません。たとえ存じていても、侍ほどの者が、一度言うまいと思い切ったことを、問いただされたからといって申すはずがありません」といって、その後は何も申さなかった。

大勢並んでいた平家の侍たちが、「ああ、剛の者だ。これこそ一人当千の兵というべきだ」と口々に言ったので、その中のある人が言うには、「あの男の手柄は今に始まったことではない。先年、所の衆であったとき、大番衆の者たちが取り押さえかねていた強盗六人に、ただ一人で追いかかり、二条堀川という所で四人を切り伏せ、二人を生け捕って、そのとき任じられたのが長兵衛尉だ。惜しい男が斬られるのはかわいそうなことだ」と惜しみ合ったので、入道相国はどう思われたのか、「それなら斬るな」といって、伯耆の日野へ流された。平家が滅び源氏の世となって、信連は東国へ下り、梶原平三景時を通じて事の次第を詳しく申し上げたので、鎌倉殿(頼朝)は「殊勝である」と感心なさって、能登国に所領を賜ったと聞こえた。

意訳

以仁王の挙兵が露見した夜を描く、巻第四でも名高い合戦の場面である。宮は信連の機転で女房姿に変装して三井寺へ逃れるが、溝を軽々と越える姿を通りがかりの人に怪しまれる。緊迫の中にもユーモラスな描写がはさまれている。

宮の忘れた名笛「小枝」を届けた後、信連は「弓矢取る身は、かりにも名こそ惜しう候へ」と言って御所に戻り、ただ一人で三百余騎の討手を迎え撃つ。衛府の太刀で十四、五人を切り伏せ、捕らえられた後も宗盛の前で臆せず宣旨を嘲った信連の姿は、清盛さえも感心させ、命を助けられた。武士の名誉を重んじる心と剛勇とを鮮やかに描き出した章段である。

語釈・文法注

文法

「別當宣」
検非違使別当の命令。
「市女笠」
女性が外出のときにかぶる、中央が高く突き出た笠。
「靑侍」
身分の低い若い侍。
「衞府の太刀」
衛府の官人が儀式のときに帯びる飾りの太刀。実戦向きではないが、信連は刀身を特別に作らせていた。
「萌黄匂」
鎧の縅(おどし)の色の一つ。萌黄色を上から下へしだいに薄くしたもの。
「その儀ならは」
底本は「ならは」。濁点が落ちたもので「ならば」の意。底本の表記のまま翻刻した。
「わらたせ給ひ」
底本は「わらたせ」。「わたらせ」の誤植と考えられる。底本の表記のまま翻刻した。
「切つたる候」
底本は「切つたる候」。通行本文は「切つて候」。底本の表記のまま翻刻した。
「あつたら男」
「あたら男」の促音化。惜しい男、もったいない男。

解説

長谷部信連(?〜1218)は以仁王に仕えた侍で、この夜の奮戦の後、伯耆に流された。平家滅亡後に源頼朝に仕え、能登国大屋荘を与えられ、その子孫は能登の長氏として続いたと伝えられる。以仁王が三井寺(園城寺)に逃れたのは、治承四年(1180)五月十五日の夜のことである。

関連

出典

底本
『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、424–429頁(コマ241–243)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日