古典ライブラリー

平家物語 巻第三

法印問答の事

治承三年十一月、大地震があり、陰陽頭安倍泰親は重大な凶事を予言した。清盛が数千騎を率いて福原から上洛し、朝廷を恨んでいるとの噂が立つ。法皇の使者静憲法印に対し、清盛は重盛の中陰中の御遊、越前国の没収、中納言の人事、鹿ケ谷の陰謀などを挙げて法皇を責めた。静憲は少しも騒がず理を説いて答え、人々は法印をほめたたえた。

  1. 1同おな同おなおなじきじきじき十じふ十じふじゅう一いち一いちいち月ぐわつ月ぐわつがつ七なぬ七なぬなぬ日か日かかののの夜よ夜よよののの戌いぬ戌いぬいぬののの刻こく刻こくこくばかりばかりばかり、、、大だい大だいだい地ぢ地ぢじ夥おびたゞ夥おびたゞおびただしうしうしゅう動うご動うごうごいいいてててやゝやゝやや久ひさ久ひさひさししし。。。陰おん陰おんおん陽やう陽やうようののの頭かみ頭かみかみ阿あ阿ああ倍べ倍べべののの泰やす泰やすやす親ちか親ちかちか、、、急いそ急いそいそぎぎぎ内だい内だいだい裏り裏りりへへへ馳は馳ははせせせ參まゐ參まゐまいりりり、、、「「「今こん今こんこん度ど度どどののの地ぢ地ぢじ震しん震しんしん、、、占せん占せんせん文もん文もんもんのののさすさすさす所ところ所ところところ、、、そのそのその愼つゝ愼つゝつつしみしみしみ輕かる輕かるかるからからからずずず候さふらふ候さふらふそうろう。。。當たう當たうとう道だう道だうどう三さん三さんさん經きやう經きやうきょうののの中うち中うちうちににに、、、坤こん坤こんこん儀ぎ儀ぎぎ經きやう經きやうきょうののの說せつ說せつせつををを見み見みみ候さふらふ候さふらふそうろうににに、、、年とし年としとしををを得え得ええてててははは年とし年としとしををを出い出いいでででずずず。。。月つき月つきつきををを得え得ええてててははは月つき月つきつきををを出い出いいでででずずず、、、日ひ日ひひををを得え得ええてててははは日ひ日ひひををを出い出いいでででずずず、、、以もつ以もつもってててののの外ほか外ほかほかににに火くわ火くわか急きふ急きふきゅうににに候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」とてとてとて、、、涙なみだ涙なみだなみだをををはら〳〵はら〳〵はらはらととと流なが流ながながしししけれけれければばば、、、傳てん傳てんてん奏そう奏そうそうののの人ひと人ひとひとももも色いろ色いろいろををを失うしな失うしなうしなひひい、、、君きみ君きみきみももも叡えい叡えいえい慮りよ慮りよりょををを驚おどろ驚おどろおどろかかかせせせおはしますおはしますおわします。。。
  2. 2若わか若わかわかききき公く公くく卿ぎやう卿ぎやうぎょう、、、殿てん殿てんてん上じやう上じやうじょう人びと人びとびとははは、、、「「「けしからけしからけしからぬぬぬ泰やす泰やすやす親ちか親ちかちかががが泣な泣ななきききやうやうようかなかなかな。。。たゞたゞただ今いま今いまいま何なに何なになに事ごと事ごとごとのののあるあるあるべきべきべきかかか。。。」」」とてとてとて、、、一いち一いちいち度ど度どどにににどつどつどっとととぞぞぞ笑わら笑わらわらひひい合あ合ああははわれれれけるけるける。。。されどもされどもされどもこのこのこの泰やす泰やすやす親ちか親ちかちかははは晴せい晴せいせい明めい明めいめい五ご五ごご代だい代だいだいののの苗べう苗べうびょう裔えい裔えいえいををを受う受ううけけけててて、、、天てん天てんてん文もん文もんもんははは淵ゑん淵ゑんえん源げん源げんげんををを窮きは窮きはきわめめめ、、、推すゐ推すゐすい條でう條でうじょう掌たなごゝろ掌たなごゝろたなごころををを指さ指ささすすすががが如ごと如ごとごとししし。。。一いち一いちいち事じ事じじももも違たが違たがたがははわざりざりざりけれけれければばば、、、指さ指ささすすすののの神み神みみ子こ子こことととぞぞぞ申まう申まうもうしししけるけるける。。。
  3. 3雷いかづち雷いかづちいかずちののの落お落おおちちちかゝりかゝりかかりたりたりたりしかしかしかどもどもども、、、雷らい雷らいらい火くわ火くわかののの爲ため爲ためためににに狩かり狩かりかり衣ぎぬ衣ぎぬぎぬののの袖そで袖そでそでははは燒や燒ややけけけながらながらながら、、、そのそのその身み身みみははは恙つゝが恙つゝがつつがもももなかりなかりなかりけりけりけり。。。上じやう上じやうじょう代だい代だいだいにににももも末まつ末まつまつ代だい代だいだいにににもももありありあり難がた難がたがたかりかりかりししし泰やす泰やすやす親ちか親ちかちかなりなりなり。。。
  4. 4同おな同おなおなじきじきじき十じふ十じふじゅう四よつ四よつよっ日か日かか、、、入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこくいかゞいかゞいかがははは思おも思おもおもひひいならならなられれれたりたりたりけんけんけん、、、數す數すす千せん千せんせん騎ぎ騎ぎぎののの軍ぐん軍ぐんぐん兵びやう兵びやうびょうをををたなびいたなびいたなびいててて、、、都みやこ都みやこみやこへへへ還かへ還かへかえりりり入い入いいりりり給たま給たまたまふふう由よし由よしよし聞きこ聞きこきこえええしかしかしかばばば、、、京きやう京きやうきょう中ぢゆう中ぢゆうじゅう何なに何なになにととと聞き聞きききききわきわきわきたるたるたる事こと事ことことはははなけれなけれなけれどもどもども、、、上じやう上じやうじょう下げ下げげ騒さわ騒さわさわぎぎぎあへあへあえりりり。。。またまたまた何なに何なになに者もの者ものものののの申まうし申まうしもうし出いだ出いだいだしししたりたりたりけるけるけるやらやらやらんんん、、、入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこく朝てう朝てうちょう家か家かかををを怨うら怨うらうらみみみ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるるべしべしべしととといふいふいう披ひ披ひひ露ろう露ろうろうをををなすなすなす。。。
  5. 5關くわん關くわんかん白ぱく白ぱくぱく殿どの殿どのどのももも内ない内ないない々ない々ないない聞きこ聞きこきこしめさしめさしめさるゝるゝるる旨むね旨むねむねもももやややありありありけむけむけん、、、急いそ急いそいそぎぎぎ御ご御ごご參さん參さんさん内だい内だいだいあつあつあっててて、、、「「「今こん今こんこん度ど度どど入にふ入にふにゅう道だう道だうどうののの入じゆ入じゆじゅ洛らく洛らくらくははは、、、ひとへひとへひとえににに基もと基もともと房ふさ房ふさふさををを亡ほろ亡ほろほろぼすぼすぼすべきべきべき由よし由よしよしののの結けつ結けつけっ構こう構こうこうにににててて候さふら候さふらそうらへへえ。。。遂つひ遂つひついにににいかなるいかなるいかなる憂う憂ううききき目め目めめにににかかかあひあひあい候さふら候さふらそうらははわんんんずずずらんらんらん。。。」」」ととと奏そう奏そうそうせせせさせさせさせ給たま給たまたまへへえばばば、、、主しゆ主しゆしゅ上しやう上しやうしょうきこしめしきこしめしきこしめしててて、、、「「「そこそこそこにににいかなるいかなるいかなる目め目めめにににもももあはあはあわんんんははは、、、ひとへひとへひとえにににわがわがわが逢あ逢ああふふうにににてててこそこそこそあらあらあらんんんずずずらめらめらめ。。。」」」とてとてとて、、、龍りよう龍りようりょう顏がん顏がんがんよりよりより御おん御おんおん涙なみだ涙なみだなみだををを流なが流ながながさささせせせ給たま給たまたまふふうぞぞぞかたじけなきかたじけなきかたじけなき。。。
  6. 6まことまことまことににに天てん天てんてん下か下かかののの御おん御おんおん政まつりごと政まつりごとまつりごとははは、、、主しゆ主しゆしゅ上しやう上しやうしょう攝せふ攝せふせっ錄ろく錄ろくろくののの御おん御おんおん計はか計はかはからひらひらいにににてててこそこそこそあるあるあるににに、、、これこれこれはははいかにいかにいかにしししつるつるつる事こと事ことことどもどもどもぞぞぞややや。。。天てん天てんてん照せう照せうしょう大だい大だいだい神じん神じんじん、、、春かす春かすかす日が日ががののの大だい大だいだい明みやう明みやうみょう神じん神じんじんののの神しん神しんしん慮りよ慮りよりょもももはかりはかりはかり難がた難がたがたししし。。。
  7. 7同おな同おなおなじきじきじき十じふ十じふじゅう五ご五ごご日にち日にちにち、、、入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこく朝てう朝てうちょう家か家かかををを恨うら恨うらうらみみみ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるるべきべきべきことことこと、、、必ひつ必ひつひっ定ぢやう定ぢやうじょうととと聞きこ聞きこきこえええしかしかしかばばば、、、法ほふ法ほふほう皇わう皇わうおう大おほ大おほおおきききににに驚おどろ驚おどろおどろかかかせせせ給たま給たまたまひひいててて、、、故こ故ここ少せう少せうしょう納な納なな言ごん言ごんごん信しん信しんしん西ぜい西ぜいぜいののの子し子しし息そく息そくそく靜じやう靜じやうじょう憲けん憲けんけん法ほふ法ほふほう印いん印いんいんををを御おん御おんおん使つかひ使つかひつかいにににててて、、、入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこくのののもともともとへへへ遣つか遣つかつかはさはさわさるるる。。。仰おほ仰おほおおせせせ下くだ下くだくだささされれれけるけるけるははは、、、「「「近きん近きんきん年ねん年ねんねん朝てう朝てうちょう廷てい廷ていてい靜しづ靜しづしずかかかならならならずずずしてしてして、、、人ひと人ひとひとののの心こころ心こころこころもももとゝのほらとゝのほらととのおらずずず。。。世せ世せせ間けん間けんけんももも未いま未いまいまだだだ落らく落らくらく居きよ居きよきょせせせぬぬぬさまさまさまににになりなりなりゆくゆくゆく事こと事ことことををを、、、總そう總そうそう別べつ別べつべつにににつけつけつけててて歎なげ歎なげなげききき思おぼ思おぼおぼしししめせめせめせどもどもども、、、さてさてさてそこそこそこにににあれあれあればばば、、、萬ばん萬ばんばん事じ事じじははは賴たの賴たのたのみみみ思おぼ思おぼおぼしししめさめさめされれれてててこそこそこそあるあるあるににに、、、たとひたとひたとい天てん天てんてん下か下かかををを鎭しづ鎭しづしずむるむるむるまでまでまでこそこそこそなからなからなからめめめ、、、あまつさへあまつさへあまつさえ嗷がう嗷がうごう々がう々がうごうたるたるたる體てい體ていていにににててて、、、朝てう朝てうちょう家か家かかををを怨うら怨うらうらみみみ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるるべしべしべしととと聞きこ聞きこきこしめすしめすしめすははは何なに何なになに事ごと事ごとごとぞぞぞ。。。」」」ととと仰おほ仰おほおおせせせ下くだ下くだくださささるるる。。。
  8. 8法ほふ法ほふほう印いん印いんいん敕ちよく敕ちよくちょく諚ぢやう諚ぢやうじょうををを承うけたまは承うけたまはうけたまわつつっててて、、、西にし西にしにし八はち八はちはち條でう條でうじょうののの邸てい邸ていていににに行ゆ行ゆゆききき向むか向むかむかふふう。。。入にふ入にふにゅう道だう道だうどう對たい對たいたい面めん面めんめんもももししし給たま給たまたまははわずずず、、、朝あさ朝あさあさよりよりより夕ゆふ夕ゆふゆうににに及およ及およおよぶぶぶまでまでまで待ま待ままたたたれれれけれけれけれどもどもども、、、無ぶ無ぶぶ音いん音いんいんなりなりなりけれけれければばば、、、さればさればさればこそこそこそととと無む無むむ益やく益やくやくににに思おも思おもおもひひい、、、源げん源げんげん大だい大だいだい夫ふ夫ふふののの判はん判はんはん官ぐわん官ぐわんがん季すゑ季すゑすえ貞さだ貞さださだををを以もつ以もつもっててて敕ちよく敕ちよくちょく諚ぢやう諚ぢやうじょうののの趣おもむき趣おもむきおもむきいひいひいい入い入いいれれれさせさせさせ、、、暇いとま暇いとまいとま申まう申まうもうすすすとてとてとて出い出いいでででられられられけれけれければばば、、、そのそのその時とき時ときとき入にふ入にふにゅう道だう道だうどう、、、「「「法ほふ法ほふほう印いん印いんいん呼よ呼よよべべべ。。。」」」とてとてとて出い出いいでででられられられたりたりたり。。。
  9. 9呼よ呼よよびびび返かへ返かへかえしししててて、、、「「「やゝやゝやや法ほふ法ほふほう印いん印いんいんののの御ご御ごご坊ばう坊ばうぼう、、、淨じやう淨じやうじょう海かい海かいかいががが申まう申まうもうすすす所ところ所ところところはははひがひがひがことことことかかか。。。まづまづまず内だい内だいだい府ふ府ふふががが身み身みみまかりまかりまかりぬるぬるぬることことこと、、、當たう當たうとう家け家けけののの運うん運うんうん命めい命めいめいをををはかるはかるはかるににに似に似ににててて、、、入にふ入にふにゅう道だう道だうどう隨ずゐ隨ずゐずい分ぶん分ぶんぶん悲ひ悲ひひ涙るい涙るいるいをををおさへおさへおさえてててこそこそこそまかりまかりまかり過す過すすぎぎぎ候さふら候さふらそうらひひいしかしかしか。。。御ご御ごご邊へん邊へんへんののの心こころ心こころこころにににももも推すゐ推すゐすい察さつ察さつさつししし給たま給たまたまへへえ。。。保ほう保ほうほう元げん元げんげん以い以いい後ご後ごごははは亂らん亂らんらん逆げき逆げきげきうちうちうち續つゞ續つゞつづいいいててて、、、君きみ君きみきみ安やす安やすやすききき心こころ心こころこころもももましまさましまさましまさざりざりざりしししににに、、、入にふ入にふにゅう道だう道だうどうはははたゞたゞただ大おほ大おほおお方かた方かたかたををを取と取ととりりり行おこな行おこなおこなふふうばかりばかりばかりでででこそこそこそ候さふら候さふらそうらへへえ。。。内だい内だいだい府ふ府ふふこそこそこそ手て手ててををを下くだ下くだくだししし、、、身み身みみををを碎くだ碎くだくだいいいててて、、、度ど度どど々ど々どどののの逆げき逆げきげき鱗りん鱗りんりんをををばばば靜しづ靜しづしずめめめ參まゐ參まゐまいらせらせらせ候さふら候さふらそうらひひいしかしかしか。。。そのそのその外ほか外ほかほか臨りん臨りんりん時じ時じじののの御おん御おんおん大だい大だいだい事じ事じじ、、、朝てう朝てうちょう夕せき夕せきせきののの政せい政せいせい務む務むむ、、、内だい内だいだい府ふ府ふふ程ほど程ほどほどののの功こう功こうこう臣しん臣しんしんはははありがたうありがたうありがとうこそこそこそ候さふら候さふらそうらへへえ。。。
  10. 10こゝこゝここををを以もつ以もつもっててて古いにしへ古いにしへいにしえををを按あん按あんあんずるずるずるににに、、、唐たう唐たうとうののの太たい太たいたい宗そう宗そうそうははは魏ぎ魏ぎぎ徵ちよう徵ちようちょうにににおくれおくれおくれててて、、、悲かな悲かなかなしみしみしみのののあまりあまりあまりににに、、、『『『昔むかし昔むかしむかしののの殷いん殷いんいん宗そう宗そうそうははは夢ゆめ夢ゆめゆめののの中うち中うちうちににに良りやう良りやうりょう弼ひつ弼ひつひつををを得え得ええ、、、今いま今いまいまののの朕ちん朕ちんちんははは覺さ覺ささめめめてててののの後のち後のちのち賢けん賢けんけん臣しん臣しんしんををを失うしな失うしなうしなふふう。。。』』』ととといふいふいう碑ひ碑ひひののの文もん文もんもんををを、、、みづからみづからみずから書か書かかいいいててて、、、廟べう廟べうびょうににに立た立たたててててててだにだにだにこそこそこそ悲かな悲かなかなしみしみしみ給たま給たまたまひひいけるけるけるなれなれなれ。。。わがわがわが朝てう朝てうちょうにににももも間ま間まま近ぢか近ぢかぢこううう見み見みみ候さふら候さふらそうらひひいししし事こと事ことことぞぞぞかしかしかし。。。顯あき顯あきあき賴より賴よりよりののの民みん民みんみん部ぶ部ぶぶ卿きやう卿きやうきょうががが逝せい逝せいせい去きよ去きよきょしししたりたりたりしししをををばばば、、、故こ故ここ院ゐん院ゐんいんことことことににに御おん御おんおんなげきなげきなげきあつあつあっててて、、、八や八やや幡はた幡はたはたののの行ぎやう行ぎやうぎょう幸かう幸かうこう延えん延えんえん引いん引いんいんあつあつあっててて、、、御ぎよ御ぎよぎょ遊いう遊いうゆうなかりなかりなかりききき。。。すべてすべてすべて臣しん臣しんしん下か下かかののの卒そつ卒そつそつするするするをををばばば、、、代だい代だいだい々だい々だいだいののの御み御みみ門かど門かどかど、、、みなみなみな御おん御おんおんなげきなげきなげきあるあるある事こと事ことことにににてててこそこそこそ候さふら候さふらそうらへへえ。。。
  11. 11それそれそれににに内だい内だいだい府ふ府ふふががが中ちゆう中ちゆうちゅう陰いん陰いんいんににに八や八やや幡はた幡はたはたののの御ご御ごご幸かう幸かうこうあつあつあっててて、、、御ぎよ御ぎよぎょ遊いう遊いうゆうありありありききき。。。御おん御おんおんなげきなげきなげきののの色いろ色いろいろ、、、一いち一いちいち事じ事じじもももこれこれこれををを見み見みみずずず。。。たとひたとひたとい内だい内だいだい府ふ府ふふががが忠ちゆう忠ちゆうちゅうをををこそこそこそ思おぼ思おぼおぼしししめしめしめし忘わす忘わすわすれれれさせさせさせ給たま給たまたまふふうともともとも、、、などなどなどかかか入にふ入にふにゅう道だう道だうどうががが悲かな悲かなかなしみしみしみをををばばば、、、御おん御おんおん憐あはれ憐あはれあわれみみみなくなくなくてててははは候さふらふ候さふらふそうろうべきべきべき。。。たとひたとひたとい入にふ入にふにゅう道だう道だうどうががが悲かな悲かなかなしみしみしみをををこそこそこそ御おん御おんおん憐あはれ憐あはれあわれみみみなくなくなくともともとも、、、などなどなどかかか内だい内だいだい府ふ府ふふががが忠ちゆう忠ちゆうちゅうをををばばばおぼしめしおぼしめしおぼしめし忘わす忘わすわすれれれさせさせさせ給たま給たまたまふふうべきべきべき。。。父ふ父ふふ子し子しし共とも共ともともににに叡えい叡えいえい慮りよ慮りよりょにににそむきそむきそむき申まう申まうもうすすすことことこと、、、今いま今いまいまにににおいおいおいててて面めん面めんめん目ぼく目ぼくぼくををを失うしな失うしなうしなふふう。。。これこれこれ一ひと一ひとひとつつつ。。。
  12. 12次つぎ次つぎつぎににに越ゑち越ゑちえち前ぜん前ぜんぜんののの國くに國くにくにをををばばば、、、子し子しし々し々しし孫そん孫そんそん々そん々そんそんまでまでまで御ご御ごご變へん變へんへん改かい改かいかいあるあるあるまじきまじきまじき由よし由よしよし御おん御おんおん約やく約やくやく束そく束そくそく候さふら候さふらそうらひひいててて、、、下くだ下くだくだささされれれ給たま給たまたまひひいててて候さふら候さふらそうらひひいしかしかしかどもどもども、、、内だい内だいだい府ふ府ふふにににおくれおくれおくれててて後のち後のちのち、、、やがてやがてやがて召め召めめししし返かへ返かへかえささされれれ候さふらふ候さふらふそうろうははは、、、何なに何なになにののの過くわ過くわか怠たい怠たいたいにににててて候さふらふ候さふらふそうろうやらやらやらんんん。。。これこれこれ一ひと一ひとひとつつつ。。。
  13. 13次つぎ次つぎつぎににに中ちゆう中ちゆうちゅう納な納なな言ごん言ごんごん闕けつ闕けつけつののの候さふら候さふらそうらひひいししし時とき時ときとき、、、二に二にに位ゐ位ゐいののの中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょう頻しき頻しきしきりりりににに所しよ所しよしょ望まう望まうもう候さふら候さふらそうらひひいしししををを、、、入にふ入にふにゅう道だう道だうどう隨ずゐ隨ずゐずい分ぶん分ぶんぶん取と取ととりりり申まう申まうもうししししかしかしかどもどもども、、、遂つひ遂つひついににに御ご御ごご承しよう承しようしょう引いん引いんいんなくなくなくしてしてして、、、關くわん關くわんかん白ぱく白ぱくぱくののの息そく息そくそくをををなさなさなさるるるるるる事こと事ことことはははいかにいかにいかに。。。たとひたとひたとい入にふ入にふにゅう道だう道だうどういかなるいかなるいかなる非ひ非ひひ據きよ據きよきょ申まう申まうもうししし行おこな行おこなおこなふふうともともとも、、、一いち一いちいち度ど度どどはははなどなどなどかかか聞きこ聞きこきこしめししめししめし入い入いいれれれでででははは候さふらふ候さふらふそうろうべきべきべき。。。位ゐ位ゐい階かい階かいかいととといひいひいい、、、家け家けけ嫡ちやく嫡ちやくちゃくととといひいひいい、、、理り理りり運うん運うんうん左さ左さそ右う右ううににに及およ及およおよばばばざるざるざることことことををを、、、引ひ引ひひきききちがへちがへちがえさせさせさせ給たま給たまたまふふう御おん御おんおん事こと事ことことははは、、、あまりあまりあまりににに本ほ本ほほ意い意いいなきなきなき御おん御おんおんとりとりとりはからひはからひはからいとととこそこそこそ存ぞん存ぞんぞんじじじ候さふら候さふらそうらへへえ。。。これこれこれ一ひと一ひとひとつつつ。。。
  14. 14次つぎ次つぎつぎににに新しん新しんしん大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごん成なり成なりなり親ちか親ちかちかののの卿きやう卿きやうきょう以い以いい下げ下げげ近きん近きんきん習じゆ習じゆじゅののの人ひと人ひとひと々びと々びとびと鹿しし鹿ししししののの谷たに谷たにたにににに寄よ寄よよりりりあひあひあいててて、、、謀む謀むむ叛ほん叛ほんほんををを企くはだ企くはだくわだてててしししことことことももも、、、全まつた全まつたまったくくく私わたくし私わたくしわたくしののの計けい計けいけい畧りやく畧りやくりやくにににあらあらあらずずず、、、しかしながらしかしながらしかしながら君きみ君きみきみ御ご御ごご許きよ許きよきょ容よう容ようようあるあるあるににに依よ依よよつつってててなりなりなり。。。ことことこと新あた新あたあたらしきらしきらしき申まう申まうもうしししごとごとごとにににててて候さふら候さふらそうらへへえどもどもども、、、このこのこの一いち一いちいち門もん門もんもんをををばばば七しち七しちしち代だい代だいだいまでまでまでははは、、、いかでいかでいかでかかか思おぼし思おぼしおぼし召め召めめししし捨す捨すすてててさせさせさせ給たま給たまたまふふうべきべきべきににに、、、それそれそれににに入にふ入にふにゅう道だう道だうどう七しち七しちしち旬じゆん旬じゆんじゅんににに及およ及およおよびびびててて、、、餘よ餘よよ命めい命めいめいいくばくいくばくいくばくならならならぬぬぬ一いち一いちいち期ご期ごごののの中うち中うちうちだにだにだに、、、やゝやゝややもももすれすれすればばば滅ほろ滅ほろほろぼさぼさぼさるるるべきべきべき由よし由よしよしののの御ご御ごご結けつ結けつけっ構こう構こうこう候さふらふ候さふらふそうろう。。。申まう申まうもうししし候さふら候さふらそうらははわんんんややや、、、子し子しし孫そん孫そんそん相あひ相あひあい續つゞ續つゞつづいいいててて朝てう朝てうちょう家か家かかににに召め召めめししし仕つか仕つかつかははわれれれんんん事こと事ことこともももありがたうありがたうありがとうこそこそこそ候さふら候さふらそうらへへえ。。。
  15. 15およそおよそおよそ老お老おおいいいててて子こ子ここにににおくるるおくるるおくるるははは、、、枯こ枯ここ木ぼく木ぼくぼくののの枝えだ枝えだえだなきなきなきににに異こと異ことことならならならずずず。。。今いま今いまいまははは程ほど程ほどほどなきなきなきうきうきうき世よ世よよににに、、、さささのみのみのみ心こころ心こころこころををを費つひや費つひやついやしししてててももも何なに何なになににににかかかはははせせせんんんなれなれなればばば、、、いかでいかでいかでもももありありありなななんんんととと思おも思おもおもひひいなつなつなってててこそこそこそ候さふら候さふらそうらへへえ。。。」」」とてとてとて、、、かつうかつうかつうははは腹ふく腹ふくふく立りふ立りふりゅうししし、、、かつうかつうかつうははは落らく落らくらく涙るい涙るいるいししし給たま給たまたまへへえばばば、、、法ほふ法ほふほう印いん印いんいん恐おそ恐おそおそろしうろしうろしゅうももも、、、またまたまた哀あは哀あはあわれれれにににももも覺おぼ覺おぼおぼえええててて、、、汗あせ汗あせあせ水みづ水みづみずにににこそこそこそならならなられれれけれけれけれ。。。
  16. 16そのそのその時とき時ときときはははいかなるいかなるいかなる人ひと人ひとひとももも、、、一いち一いちいち言ごん言ごんごんののの返へん返へんへん事じ事じじにににははは及およ及およおよびびび難がた難がたがたききき事こと事ことことぞぞぞかしかしかし。。。そのそのその上うへ上うへうえわがわがわが身み身みみももも近きん近きんきん習じゆ習じゆじゅののの仁じん仁じんじんにににててて、、、鹿しし鹿ししししののの谷たに谷たにたにににに寄よ寄よよりりりあひあひあいししし事こと事ことことををを、、、まさしうまさしうまさしゅう見み見みみ聞き聞ききかかかれれれしかしかしかばばば、、、たゞたゞただ今いま今いまいまもももそのそのその人にん人にんにん數じゆ數じゆじゅとてとてとて召め召めめしししややや籠こ籠ここめめめられられられんんんずずずらんらんらんととと思おも思おもおもははわれれれけれけれければばば、、、龍りよう龍りようりょうののの鬚ひげ鬚ひげひげををを撫な撫ななででで、、、虎とら虎とらとらののの尾を尾ををををを踏ふ踏ふふむむむ心ここ心ここここちちちはははせせせられられられけれけれけれどもどもども、、、法ほふ法ほふほう印いん印いんいんもももさるさるさるおそろしきおそろしきおそろしき人ひと人ひとひとにににててて、、、ちつちつちっとととももも騒さわ騒さわさわがががずずず申まう申まうもうささされれれけるけるけるははは、、、
  17. 17「「「まことまことまことににに度ど度どど々ど々どどののの御ご御ごご奉ほう奉ほうほう公こう公こうこう、、、淺あさ淺あさあさからからからずずず候さふらふ候さふらふそうろう。。。一いつ一いついっ旦たん旦たんたん御おん御おんおん恨うら恨うらうらみみみ申まう申まうもうさささせせせましますましますまします旨むね旨むねむね、、、そのそのそのいはれいはれいわれ候さふらふ候さふらふそうろう。。。但たゞ但たゞただししし官くわん官くわんかん位ゐ位ゐいととといひいひいい、、、俸ほう俸ほうほう祿ろく祿ろくろくととといひいひいい、、、御おん御おんおん身み身みみにににとつとつとってててははは悉ことごと悉ことごとことごとくくく滿まん滿まんまん足ぞく足ぞくぞくすすす。。。さればさればされば功こう功こうこうののの莫ばく莫ばくばく大だい大だいだいなるなるなることことことをををももも、、、君きみ君きみきみ常つね常つねつねににに御ぎよ御ぎよぎょ感かん感かんかんあるあるあるでででこそこそこそ候さふら候さふらそうらへへえ。。。しかるにしかるにしかるに近きん近きんきん臣しん臣しんしん事こと事ことことをををみだりみだりみだり、、、君きみ君きみきみ御ご御ごご許きよ許きよきょ容よう容ようようありありありなどなどなど申まう申まうもうすすす事こと事ことことははは、、、謀ぼう謀ぼうぼう臣しん臣しんしんののの兇きよう兇きようきょう害がい害がいがいにににてててぞぞぞ候さふら候さふらそうらははわんんんずずずらんらんらん。。。およそおよそおよそ耳みゝ耳みゝみみををを信しん信しんしんじじじててて目め目めめををを疑うたが疑うたがうたがふふうははは、、、俗ぞく俗ぞくぞくののの常つね常つねつねののの弊へい弊へいへいなりなりなり。。。小せう小せうしょう人じん人じんじんののの誣ふ誣ふふ言げん言げんげんををを重おも重おもおもくくくしてしてして、、、朝てう朝てうちょう恩おん恩おんおんののの他た他たたににに異こと異ことことなるなるなるににに、、、今いま今いまいま更さら更さらさらまたまたまた君きみ君きみきみををを傾かたぶ傾かたぶかたぶけけけ參まゐ參まゐまいらさらさらさせせせ給たま給たまたまははわんんんことことこと、、、冥みやう冥みやうみょう顯けん顯けんけんにににつけつけつけてててそのそのそのおそれおそれおそれ少すくな少すくなすくなからからからずずず候さふらふ候さふらふそうろう。。。およそおよそおよそ天てん天てんてん心しん心しんしんははは蒼さう蒼さうそう々さう々さうそうとととしてしてして量はか量はかはかりりり難がた難がたがたししし。。。叡えい叡えいえい慮りよ慮りよりょ定さだ定さださだめめめてててそのそのその儀ぎ儀ぎぎでででぞぞぞ候さふら候さふらそうらははわんんんずずずらんらんらん。。。下しも下しもしもとととしてしてして上かみ上かみかみにににさからふさからふさからうことことことははは、、、豈あに豈あにあに人じん人じんじん臣しん臣しんしんののの禮れい禮れいれいたらたらたらんんんややや。。。よく〳〵よく〳〵よくよく御ご御ごご思し思しし惟ゆゐ惟ゆゐゆい候さふらふ候さふらふそうろうべしべしべし。。。詮せん詮せんせんずるずるずる所ところ所ところところ、、、このこのこの趣おもむき趣おもむきおもむきをををこそこそこそ披ひ披ひひ露ろう露ろうろう仕つかまつ仕つかまつつかまつりりり候さふら候さふらそうらははわめめめ。。。」」」とてとてとて立た立たたたたたれれれけれけれければばば、、、
  18. 18そのそのその座ざ座ざざににになみなみなみゐゐい給たま給たまたまへへえるるる人ひと人ひとひと々びと々びとびと、、、「「「あなあなあなおそろしおそろしおそろし、、、入にふ入にふにゅう道だう道だうどうのののあれあれあれほどほどほど怒いか怒いかいかりりり給たま給たまたまふふうににに、、、ちつちつちっとととももも騒さわ騒さわさわがががずずず、、、返へん返へんへん事じ事じじうちうちうちしししててて立た立たたたたたれれれけるけるけるよよよ。。。」」」とてとてとて、、、法ほふ法ほふほう印いん印いんいんををを譽ほ譽ほほめめめぬぬぬ人ひと人ひとひとこそこそこそなかりなかりなかりけれけれけれ。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

同じ年の十一月七日の夜の戌の刻(午後八時)ごろ、大地がひどく揺れて、しばらく続いた。陰陽頭安倍泰親が急いで内裏へ馳せ参って、「このたびの地震は、占いの示すところでは、その慎みは軽くはございません。陰陽道の三経のうち、坤儀経の説を見ますと、年を得ては年を越えず、月を得ては月を越えず、日を得ては日を越えずとあり、ことのほか差し迫ったことでございます」といって涙をはらはらと流したので、取り次ぎの人も顔色を失い、君も驚かれた。

若い公卿・殿上人は、「とんでもない泰親の泣きようだな。今すぐ何事があるものか」といって、一度にどっと笑い合われた。けれどもこの泰親は安倍晴明の五代の子孫で、天文の学は奥義を極め、その占いは手のひらを指すように確かであった。一つも外れることがなかったので、「指すの神子」と呼ばれた。

雷が落ちかかったこともあったが、雷火で狩衣の袖は焼けながら、その身は無事であった。上代にも末代にもめったにいない泰親である。

同じ月の十四日、入道相国は何を思われたのであろうか、数千騎の軍兵を率いて都へ帰って来られると聞こえたので、京中では何とも事情はわからないが、上下の者が騒ぎ合った。また誰が言い出したのであろうか、入道相国が朝廷を恨み申しているといううわさが広まった。

関白殿(基房)も内々にお聞きになることがあったのであろうか、急いで参内されて、「このたびの入道の入洛は、ひとえに基房を滅ぼそうという企てでございます。ついにはどんなつらい目に遭うことでしょうか」と申し上げられると、主上はお聞きになって、「そなたがどのような目に遭うにしても、それはひとえに私が遭うのと同じであろう」といって、お顔から涙をお流しになったのは畏れ多いことである。

まことに天下の政治は、主上と摂政・関白のお計らいによって行われるものであるのに、これはどうしたことであろうか。天照大神や春日大明神のお心もはかりがたい。

同じ月の十五日、入道相国が朝廷を恨み申すことは間違いないと聞こえたので、法皇はたいへん驚かれて、故少納言信西の子息の静憲法印を御使として、入道相国のもとへ遣わされた。仰せになるには、「近年朝廷は穏やかでなく、人の心も整わない。世間もまだ落ち着かない様子になっていくのを、何かにつけて嘆いていたが、そなたがいるからこそ万事を頼みにしていたのに、たとえ天下を鎮めるまではいかなくても、そのうえ騒々しい様子で、朝廷を恨み申そうとしていると聞くのは、どういうことか」と仰せ下された。

法印は勅命を承って、西八条の邸に行き向かった。入道は対面もなさらず、朝から夕方まで待たれたが、何の音沙汰もないので、やはりそうかと無駄なことに思い、源大夫判官季貞に勅命の趣を取り次がせて、暇を告げて出ようとされると、そのとき入道が「法印を呼べ」といって出て来られた。

呼び返して、「さて法印の御坊、浄海の申すことは間違っているか。まず内府(重盛)が亡くなったこと、一門の運命をはかるかのようで、入道はたいそう悲しみの涙をこらえて過ごしてまいりました。そなたの心でも推察してください。保元以後は戦乱が続いて、君も安らかなお心がなかったが、入道はただ大筋を取り仕切っていただけです。内府こそ自ら手を下し、身を砕いて、たびたびの君のお怒りを鎮め申し上げたのです。そのほか臨時の大事、日々の政務においても、内府ほどの功臣はめったにおりません。

これについて昔を考えると、唐の太宗は魏徴に先立たれて、悲しみのあまり『昔の殷の高宗は夢の中で良い補佐の臣を得、今の朕は目覚めた後に賢臣を失った』という碑文を自ら書いて、廟に立ててまで悲しまれたということです。わが国でも間近に見たことがあります。顕頼の民部卿が亡くなったときには、故院(鳥羽院)はことのほかお嘆きになって、八幡への行幸を延期し、管弦の御遊もなかった。すべて臣下が亡くなったときには、代々の帝はみなお嘆きになるものです。

それなのに、内府の中陰(四十九日)の間に八幡へ御幸なさって、御遊があった。お嘆きの様子は少しも見えない。たとえ内府の忠義をお忘れになっても、どうして入道の悲しみをお憐れみにならないのか。たとえ入道の悲しみをお憐れみにならなくても、どうして内府の忠義をお忘れになってよいものか。父子ともに君のお心に背くことになり、今となっては面目を失った。これが一つ。

次に越前国は、子々孫々まで改めないとのお約束で下されていたのに、内府に先立たれた後、すぐに召し返されたのは、何の落ち度があってのことでしょうか。これが一つ。

次に中納言の欠員があったとき、二位中将(基通)がしきりに望んだのを、入道もずいぶんお取り成し申したのに、ついにお聞き入れなく、関白の子息(師家)を任じられたのはどういうことか。たとえ入道がどんな無理を申し上げても、一度はお聞き入れになってもよいではありませんか。位階といい、家の嫡流といい、道理から言って論ずるまでもないことを、引き違えられたのは、あまりに残念なお取り計らいと存じます。これが一つ。

次に新大納言成親卿以下、近習の人々が鹿の谷に寄り集まって謀叛を企てたことも、まったく彼らの私の計略ではなく、すべて君がお許しになっていたからです。事新しい申し分ではありますが、この一門を七代までは、どうしてお見捨てになってよいでしょうか。それなのに入道が七十に及び、余命いくばくもない一生のうちでさえ、ややもすれば滅ぼそうとのお企てがある。まして子孫が続いて朝廷に召し使われることも難しいでしょう。

およそ老いて子に先立たれるのは、枯れ木に枝がないのと同じです。今は残り少ないつらい世に、そんなに心を砕いてもどうにもならないので、どうなってもよいと思うようになったのです」といって、一方では腹を立て、一方では涙を流されたので、法印は恐ろしくもあり、また哀れにも思って、汗びっしょりになられた。

そのときは、どんな人でも一言の返事もしにくいことである。そのうえ自分も近習の一人として、鹿の谷に寄り集まったことを確かに見聞きしておられたので、今にもその一味として召し捕られ閉じ込められるのではないかと思われたので、龍の鬚をなで、虎の尾を踏むような心地がされたが、法印もしたたかな人で、少しも騒がずに申されたことには、

「まことにたびたびのご奉公は浅からぬものでございます。ひとたびお恨み申されるのも、もっともなことでございます。ただし官位といい俸禄といい、御身にとってはすべて満ち足りております。ですから功が莫大であることも、君は常にお感じになっておられるのです。それなのに、近臣が事を乱し、君がお許しになったなどと申すのは、謀臣の悪だくみでございましょう。およそ耳で聞いたことを信じて、目で見たことを疑うのは、世俗の常の弊害です。小人の讒言を重んじて、他に比べてことに厚い朝廷のご恩があるのに、今さら君をお傾け申そうとなさるのは、神仏の目に見えても見えなくても、その恐れは少なくありません。およそ天の心は青々と遠くはかりがたいものです。君のお心もきっとそのようなものでございましょう。下の者として上に逆らうことは、どうして臣下の礼といえましょうか。よくよくお考えになるべきです。要するに、このご趣旨を君に申し上げましょう」といって立たれたので、

その座に並んでおられた人々は、「ああ恐ろしい。入道があれほどお怒りになっているのに、少しも騒がず返事をして立たれたことよ」といって、法印をほめない人はなかった。

意訳

重盛の死後、清盛の怒りが朝廷へ向かう転機を描く章段である。泰親の地震の占いが、後の大事件の前ぶれとして置かれ、清盛は数千騎を率いて上洛する。法皇の使者静憲に対し、清盛は重盛の中陰の間の御遊、越前国の没収、中納言の人事、鹿ケ谷の陰謀と、法皇への不満を「これ一つ」と数えあげて責めたてる。

清盛の言葉には、重盛を失った悲しみと、一門の行く末への不安がにじんでいる。これに対して静憲は、恐れながらも理を尽くして答え、臣下が君に逆らうべきではないと諫める。父信西ゆずりの胆力を示した静憲の姿は、人々の称賛を受けた。しかし清盛の怒りは収まらず、物語は次章段の「大臣流罪」、さらに法皇の幽閉へと進んでいく。

語釈・文法注

文法

「年を得ては年を出でず…」
凶事が起こる時期を示す占いの言葉。年に当たれば一年以内、月に当たれば一月以内、日に当たればその日のうちに事が起こる、の意。
「推條掌を指すが如し」
占いの判断が、手のひらを指さすように明らかで確かである。
「攝錄」
摂政・関白のこと。
「嗷々たる體」
やかましく騒ぎたてる様子。
「中陰」
人の死後四十九日の間。
「龍の鬚を撫で、虎の尾を踏む」
きわめて危険なことをするたとえ。
「冥顯」
目に見えない神仏の世界と、目に見えるこの世。

解説

治承三年(1179)十一月、清盛は福原から数千騎を率いて上洛し、関白基房をはじめ反平家の公卿を一斉に解官・配流し、後白河法皇を鳥羽殿に幽閉した。これを治承三年の政変という。清盛の挙げた不満は史実に即しており、重盛の知行国越前の没収や、基通を差しおいて基房の子師家を中納言に任じた人事は、清盛を強く刺激した。静憲は信西の子で、法皇の近臣であった。

関連

出典

底本
『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、395–400頁(コマ226–229)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日